【3】 【宗志】 「ん、ぅ……」 チチチチチっと鳥の鳴く声でもなく、じりじりと喧しい目覚ましの音でもなく 自然と睡眠の淵から現世へと意識を引き戻された。 いや、自然にではない。 もし自然だとしたら、この腹部に感じる重みの説明がつかないじゃないか。 【宗志】 「なんなんだよこの重さは……」 【小町】 「……」 えぇとなんだ、僕はまだ夢でも見ているのだろうか? 何故僕の家の僕のベッドの上で、さらには僕のお腹の上に小町がいるのだろう? 【宗志】 「……」 【小町】 「よす、お早うお寝坊さん」 僕を見下ろす形で、無表情のまま朝の挨拶を一方的にけしかけてきた。 【宗志】 「おはよう……夢、じゃないよね?」 【小町】 「夢じゃなくて現実、お早うのキスでもしたら眼が覚める?」 【宗志】 「そんなこと……」 するわけないだろうと思っていたが、小町は僕の顔を押さえつけてどんどんと顔を近づけてくる。 【宗志】 「や、やめれー! 起きるからやめれー!」 【小町】 「むぐ」 慌てて両手で小町の顔を止める。 手のひらに柔らかな小町の唇の感触が伝わってきた。 【小町】 「させてくれないの?」 【宗志】 「させない、そういうのは好きな人とでもやってよ」 【小町】 「そう」 残念とは口に出さなかったけど……いや、少しも残念だ何て思っちゃいなそうな顔だな。 あ、顔は前から無表情だったか。 【宗志】 「ところでさ」 【小町】 「何?」 【宗志】 「何で僕の家にいるの、あれほど昨日来るなって云ったのに。 それ以前にいつ来たのさ?」 【小町】 「ほんの20分くらい前、無用心に鍵かかってなかったから留守番しててあげた」 【宗志】 「僕がいるんだからそれは留守番とは云わないよね。 むしろ住居不法侵入罪にあたいするね」 【小町】 「知らない仲じゃないんだから気にしない。 そういえば、宗志無呼吸状態があったよ、痩せてるくせに」 【宗志】 「そんなとこ観察しないでよ…… それよりさ……パンツ見えてるよ」 【小町】 「スカート穿いてこの体勢なんだから見えるのは当然だよね」 いやそうじゃなくてさ、だったら普通はこんな体勢には絶対にならないのが普通だと思うんですけど。 【宗志】 「じゃあ止めようよ、恥ずかしくないの?」 【小町】 「別に。 宗志はもっと恥ずかしいとこ見てるでしょ?」 【宗志】 「……」 出来ることなら、その話題にはもう一生触れて欲しくない。 加害者である僕がそう感じているのに、どうして被害者である小町は意に介せずなのだろうか……? 【小町】 「ほら、いつまでも寝てないで起きる。 やっぱりキスしようか? それとも、これのほうが良い?」 スカートの裾を持ち上げ、僕の視界いっぱいに下着を露にさせた。 【宗志】 「だからそういうの止めろってのに! というか、いい加減降りろ! これじゃ起きれないだろ!」 【小町】 「はいはい」 やっとのことで僕の上からどいてくれた。 そもそも僕も僕だ、まずイの一番にお腹の上からどかさなきゃダメだろ? さほど重くはなかったけど、僕の上に乗っていた錘が無くなり 動けるようになったのでまずは眼鏡をかけて、と。 9月8日(火) 〜First spiral〜 今日は昨日よりも一時間も早い7時の起床。 休みなんだからこんなに早く起きる必要はないと思う。 【宗志】 「折角の休みなんだから、もっと寝かせてくれれば良いのに」 【小町】 「寝たいんだったら寝てれば良かったのに。 だけどこうやって朝の散歩をしてるってことは、寝る気はないってことじゃないの?」 【宗志】 「小町が帰ってくれたら二度寝もしたよ。 しかも何で僕の散歩についてくるわけ?」 【小町】 「私も散歩したいから」 【宗志】 「百歩譲ってそれは良いよ、じゃあ何でこんなことになってるわけ?」 こんなこと、それはこの僕の腕に巻きつけられた千夜の腕のことだ。 よく本島ではこんな風にしてる阿呆なカップルがいっぱいいたけど、何で僕が…… 【小町】 「私がしたくなったから、別に死ぬわけじゃないんだから気にするな。 どうせ顔見知りにしか会わないんだから、堂々としてれば良くない?」 【宗志】 「余計に恥ずかしいわ!」 全員が顔見知りという方が僕は嫌だ。 まだ不特定多数に見られる方が精神的ダメージは少なくて済む。 それがどうだ、この島は全員顔見知りときたもんだ。 一人に見られればそれは島のその他全員に知られるのと同じこと。 感染率の速度に違いはあれど、誰に見つかってもその日のうちに知られることは避けられない。 【宗志】 「僕がそういうの苦手だって小町も知ってるよね?」 【小町】 「勿論、だからこそしてるんだけど?」 こ、この女は…… 【小町】 「大丈夫、誰にも会わなかったら良いだけのことだよ」 【宗志】 「それはそうだけどさ……」 【少女】 「ぁ、おーい。 小町ちゃーん、宗志クーン」 会っちゃったよ、しかもまた面倒なのにぶつかっちゃったな。 遠目からでもあの二人だけは間違えようが無い、なんせほぼセットでいることが多いからな。 【少女】 「二人とも朝から熱々だね」 【宗志】 「お前の方こそ、今日もまた萬最先生と一緒かよ。 先生も、折角の休みまで南方に付きまとわれて面倒じゃないんですか?」 【萬最】 「はは、生憎私は頼られるのが嫌いではありませんのでね」 男性は、ハハハっと少々僕たちよりも年齢を感じさせる笑みを洩らした。 『黒田 萬最』、僕たちが通う学校で教科の半分を担当する万能男性教師。 島にいる人で数少ない年齢を重ねたいわゆる大人、詳しい年齢はわからないが30前半から半ばといったところだろう。 一番の特徴は、この島で唯一着物で生活をしているということだろう。 普段着が着物と袴、それがまた年齢をわからないようにしている要因だろう。 『矢尾 南方』、宇理祢、酔狂、小町や風車に続く僕のクラスメイト。 地面につくのではないかと思うくらいに長く綺麗な黒髪にシャープな銀縁眼鏡。 見た感じ大人しそうに見えるものの、宇理祢と同じくらいに行動的なんだから見た目って当てにならない。 萬最先生と南方は見かけるといつも二人でいることが多い。 なので、僕たちの間では二人はデキているということになっているけど、実際はどうなんだろう? 二人ともはっきり否定もしなければ肯定もしない、一体どんな関係になってるんだろうね? 【南方】 「宗志クン、それじゃあ私が無理やり付きまとってるみたいに聞こえるんだけど」 【宗志】 「似たようなもんだろ? 行き過ぎてストーカーになるなよ」 【南方】 「むぅーうっ! 宗志クンてば基本的に酷いこと考えてるよね」 【宗志】 「基本的にって、そんな根本否定みたいなこと云うなよ」 【小町】 「実際考えてるんだから仕方ない」 【宗志】 「お前まで云うか!」 【萬最】 「こらこら、あまり喧嘩はしなさんな。 神保君、男というものは少々云われたくらいで動じてはいけませんよ」 【小町】 「そうそう、黒田先生だってミナミと付き合ってるって云われても 慌てたりしないんだから、宗志もそれくらいで驚くな」 【南方】 「またその話なの、もう何回説明すればわかるのかなぁ君たちは」 【萬最】 「私としては光栄な噂話ですがね」 【南方】 「ヤダもう先生ってば……」 やっぱりこの二人、デキてるせんが濃厚そうだな。 …… 【宗志】 「ただいまーっと」 【小町】 「お邪魔しまーす」 【宗志】 「……帰らないの?」 【小町】 「朝ご飯くらい一緒に食べさせてよ」 折角今日は宇理祢がいないから一人分で済むと思ったのに、結局二人分消費するのかよ…… いつものように二人分の朝食を用意し、これといった会話も無く朝食は終了した。 【小町】 「宗志は今日の予定は?」 【宗志】 「折角の休みだからゆっくりと寝ようかと思ってる。 云っておくけど、もう山なんて付き合わないからね」 【小町】 「そう、残念。 じゃあ明日はちょっと付き合ってもらおうかな、良いよね?」 【宗志】 「気分がのって晴れてればな」 【小町】 「わかった、じゃあ明日も起こしに来るから。 今日のところはこれで、お邪魔ー」 ニキニキと手を握ったり開いたりして小町は帰ってしまった。 これでまた、明日まで僕は一人でいることになりそうだ…… 一人でいる場合、それは他者にとって最も安全であり、僕にとっては最も恐ろしいことである。 だからといって僕一個人のために、他者を巻き込むのを僕は良しとしない。 ならばどうするか、一番良いのは何も考えず、何も見ず、何にも干渉しないこと。 つまり、眠ってしまうのが一番ということだ。 幸い朝食が終わった直後であり、散歩の疲労感と食事の満腹感が良い眠気を誘ってくれている。 僕はその欲求に逆らわず、欠伸を一つしてからベッドに潜り込んだ。 今眠れば、お昼は取らなくても良いかもしれないな…… そんなことを考えながら、僕はしばらくの眠りについた。 もし今度眼が覚めたとき、僕が死んでしまっていたとしたら。 これほどまでに嬉しいことはないのだろうさ…… …… 【宗志】 「はぁ、はぁ、はぁ……」 一種のトランス状態から解放された僕は、ゼェゼェと肩で息をしていた。 身体中が異様に熱いのだが、汗でぐっしょりと濡れたシャツが張り付いて次第に寒気を帯びさせていく。 体から熱が奪われ、寒くなれば寒くなるほど僕は現状を理解していく。 乱暴に引きちぎられた衣服、強引に剥ぎ取られた下着 まとう物をなくた柔肌が所々痛々しい赤みを帯びていた。 乱れたベッドシーツ、声もなく胸を上下させる少女。 これは、僕がやったのか…… 現状を理解しようとしても、どうしても理解できない眼の前の状況にわけがわからなくなる。 【宗志】 「うぐ……!」 慌てて口元を押さえ、トイレに駆け込んだ。 【宗志】 「ぅ、ぅぇ……」 胃の奥から湧き上がってきた吐瀉物を盛大に吐き出し、トイレの水を流す。 水が新しくなると、それを待っていたかのように再び吐瀉物はやってきた。 とっくに胃の中が空っぽになったであろうに、それでも僕は吐き倒した。 最後はもう胃液のような透明で粘り気のあるものがだらだらと溢れるだけだった。 やがてそれさえも出てこなくなり、今度は洗面所でうがいを何度も行う。 口の中を濯ぎ、気持ちの悪い味が無くなるまで何度も何度も。 だけど何度やっても気味の悪い味はべったりと口に残ってしまい、もう無駄だと悟って止めた。 うがいの後は顔をこれまた何度も洗う、今度は汚れを取るためでなく、気持ちを繋ぎとめるために。 濡れた顔を鏡で見た、僕の顔がそこにはある。 『今』の僕の顔、これはさっきまでの僕の顔ではない…… 【宗志】 「ぅ、く……」 不意に溢れ出した涙。 僕はその場に崩れ落ち、声を上げずにただ泣き続けた。 許されざる『罪』、そこから少しでも逃げ出したいというエゴから。 僕には泣くことしかできなかったんだ…… …… 【宗志】 「……」 視線の先、そこにあるのは部屋の天井だけだ。 さっきまで見えていた忌々しい過去、僕はまだそこにいるのだろうか……? 【宗志】 「……」 ベッドの周りを見回しても、ベッドにいるのは僕だけだ。 どうやら僕はちゃんと『今』にいるらしい。 【宗志】 「ふぅ……ぅ!」 息を一つ吐くと、コンマ数秒の間を置いて訪れた嘔吐感にトイレへと駆け込んだ。 【宗志】 「ぅぐ、げぇ……」 まだ消化し切れなかった朝食がぼたぼたと吐き出された。 トイレの水を流し、洗面所で何度もうがいをする。 酸味のような苦味のような、とにかく気持ちの悪い味が無くなるまで何度もうがい。 ようやく口の中の違和感が無くなり、バシャバシャと顔を洗って鏡を覗き込む。 【宗志】 「いつもと変わらない、僕だよな……」 タオルで顔を拭い、水道から一杯水を汲んで一気に流し込む。 粘着感のあった咽の奥が流れる水によって潤いを取り戻し、いがらっぽさを取り除いてくれた。 【宗志】 「忘れろ、今は忘れるんだ……」 頭をぶんぶん振るってさっきのことを忘れようとする。 勿論このくらいのことで忘れられるわけなどないのだが、しないよりはずっと気持ちが楽に感じる、はずだ。 【宗志】 「……ん、これは?」 テーブルに視線を落とすと、そこには見慣れない赤い封筒が置かれていた。 朝はこんなもの無かったはずだ、小町が帰った後テーブルを見たけどこんな物は置いてなかった。 では一体、誰が、いつ置いていったのだろうか? 【宗志】 「カードでも入ってんじゃないだろうな?」 確かそんなドラマがあったはずだ。 なんて莫迦げたことを考えながら封筒の封を切る。 中に入っていたのは手紙、手紙というよりも……呼び出し丈、だろうか? 差出人は宇理祢、文章はごくごく淡白に。 『青空焼肉でもしよう』 と書かれていた。 青空焼肉ってなんだろうと考えたが、きっとそれを世間はバーベキューって云うと思うんだ。 【宗志】 「また阿呆なこと云い出したな」 バーベキュー自体が阿呆なことだとは云ってない。 問題はそれ一文しか書かれていないところにある。 やるにしたってどこでやるつもりだ? やってるから島中探して僕に来いとでも云うのだろうか? それからいつやるつもりなんだ? やってる時間を見極めて探せと云いたいのだろうか? 【宗志】 「なんでその物事自体しか書かないんだよあいつは」 一般社会ではまず生活できないぞこれでは…… 【宗志】 「さあって、どうしたもんかな……」 【小町】 「よっす、起きた?」 【宗志】 「うあぁあ!」 ソファの後から音も無くぬっと現れた小町が耳に息を吹きかけた。 ぞわぞわぞわっと背筋に寒気と震えが訪れ、慌ててその場から距離をとった。 【宗志】 「な、何してるの。 ていうか、いつの間にいたの」 【小町】 「さっきからずっといたの、ウリリンにその手紙届けてくれって云われて。 持ってきたら宗志寝てたから、起こすのも悪いから私も寝てた」 【宗志】 「寝てたって、どこで?」 【小町】 「台所」 【宗志】 「何もそんなとこで寝なくたって」 【小町】 「ベッドは宗志の邪魔になる、ソファじゃ宗志が驚くでしょ」 ソファで寝てくれてれば驚きも最小限度で済んだのに…… この子はどうにもそういった気の使い方がどこかで抜けている。 【小町】 「ところで大丈夫? そんな急に動いて?」 【宗志】 「もう、誰のせいだと思ってるんだよ……」 落ち着きを取り戻し、ソファに身体を戻す。 【小町】 「気持ち悪いんだったら、横になったほうが良いんじゃない?」 小町が僕の背を柔らかくさすってくれた。 【宗志】 「……」 【小町】 「まだ気持ち悪い?」 【宗志】 「なぁ、どうして……」 【小町】 「ん?」 【宗志】 「どうして、今でも僕にそんな風に接していられるんだよ……」 【小町】 「そうだね……私だから、とでも云っておこうか」 【宗志】 「誤魔化すな。 僕はこの島の中で、唯一『狂っている』ことが確認されてるんだ。 それなのに、それを一番知ってるはずの小町がどうして……」 【小町】 「宗志は、物事を難しく考えすぎるんだね。 それと、過去を意識しすぎてもいる」 【宗志】 「それは、お前が意識しなすぎるだけだろ。 他の奴等ならまだしも、お前だけは……」 【小町】 「私のことを心配するのなら、もうその話は止めよう。 私は気にしないって云ったでしょ? だから、宗志もあのことは忘れよう」 ぽんぽんと僕の肩を叩き、気持ちを切り替えろとさとしているようだ。 【小町】 「ところで、ウリリン考案の青空焼肉、宗志も行くでしょ?」 【宗志】 「行くも何も、いつどこでやるかわからんのに行けないだろ」 【小町】 「だから私がいるんでしょ、場所も時間も聞いてあるから大丈夫。 それと、最低限一人一品お肉持ってこいって」 最低限肉一品ってどういうことだよ…… まさか肉だけを焼き続けるわけじゃなかろうな? 冷蔵庫には食いきれないくらいの肉があるから、もって行くのは出来るけど 今の云い方だと皆肉を持ってくることになるよな。 【宗志】 「ちなみに、小町は何の肉持ってきた?」 【小町】 「鶏肉、全部で一キロある」 うわぁ、やっぱり肉しか持ってきやがらねぇ。 少しくらい野菜かなんかを持っていかないとまあ悲惨なことになりそうだぞ…… …… 【宗志】 「あのさぁ、バーベキューってこんな時間にやるもんなの?」 【小町】 「ウリリンに聞いて」 僕が起きたのが12時過ぎ、で、宇理祢が提案したのが2時ときたもんだ。 時間的に考えて、皆お昼を食べた後ってことになる。 そんな時間に肉だらけのバーベキュー? 何かおかしいような気がする。 【宗志】 「僕はあいつが何考えてんのかわからないときがあるよ」 【小町】 「心配しないで、私にもあるから」 そりゃそうだろ…… 【宗志】 「そういえば、参加する人って全部で何人なの?」 【小町】 「わかんない、もしかすると全員来るかもね」 全員来てもらわないと、たぶん嫌になるほど肉が残ると思う。 しかも全員来てもほとんどが女性、必然的に僕たちが頑張るしかないのかなぁ…… なんてちょっと憂鬱になりながら目的地である宇理祢の家を目指す。 なるべく時間をかけて歩こう、少しでもお腹に余裕を作らないと。 …… 【宇理祢】 「おーい、遅いぞー」 宇理祢の家に着くと、すでに宇理祢は戦闘態勢でやる気満々だった。 あ、やる気満々どころかもう焼き始めてるわ。 だけどなんだ、いつもは料理とかからっきししないくせに今日は随分と女の子らしい格好してるな。 可愛らしい絵柄のプリントされたエプロンと毛髪混入を防ぐ三角巾、結構似合うじゃないか。 まあ、焼いてるのが全部肉ってところがある意味宇理祢らしい。 【宇理祢】 「天気の良い青空の下で盛大に肉を焼く、これほどの贅沢は無いわ。 大平原で捕まえた肉を焼いて食べる部族の気持ちがわかるわね」 【宗志】 「こんな良い設備で焼いて部族の本質なんてわからないだろ」 バーベキュー用の機材で焼いてちゃそういった民族の何たるかは永遠にわからないだろうさ。 勿論僕は一から火を起こしてなんて面倒をするくらいなら永遠にわからなくても良いのだけど。 【宇理祢】 「煩いな、そういった気分が僅かでも出ればそれで良いのよ。 で、二人は何の肉を持ってきてくれたのかしら?」 【小町】 「鶏肉、一キロあるよ」 【宗志】 「僕は豚と牛の二つ」 【宇理祢】 「えくせれんと、青空の下で焼く肉の味は格別だからね。 あぁ? 宗志、そのついでに持ってきましたって感じのそれは何?」 【宗志】 「何って、ジャガイモとかモヤシとか、いわゆる野菜だけど?」 【宇理祢】 「ばっとぅ! 私はそんな大地の味を頼んだ覚えはないぞ! 焼肉って知ってるのか? 肉を焼くって書くんだ、野菜の入る余地はない!」 びしっと肉掴みを突きつけられた。 そんな力説されると僕が間違っている、という気がしないでもない。 しないでもないが、だからって納得も出来ないから不思議。 【小町】 「だから云ったのに」 【宗志】 「みたいだね、折角持ってきたのにこれだと食べなそうかな」 これは相当もたれる食事になりそうだよ、とほほ…… 【酔狂】 「はっはっは、云い包められよったな。 だが宗志落ち込むなよ、お前は何も悪くない、それからお前は正しいぞ」 【宗志】 「だよな? ちなみに、酔狂は何もってきた?」 【酔狂】 「ラム肉、嫌いなのにやけに大量に届けられたからその処理にちょうど良かったわ」 あれだと酔狂が指した先には、銀皿の上に山盛り盛られたラム肉の山山山。 うえぇ、あれ見ただけで胸焼けしそう…… 本当に野菜の類は食べさせてもらえないのだろうか? 参加者は島民の約半分、正直これでは少々不安だな。 見知ったクラスメイトの宇理祢、酔狂、風車、小町。 それに、先輩方も参加したみたいだ。 【宗志】 「こんちは、先輩たちも参加したんですね」 【女性1】 「宇理祢チャンから赤紙が届いちゃったからね」 【女性2】 「たまには皆でわいわいやるのも楽しいかなって、宗志クンたちにも会いたかったし」 先輩方は顔を見合わせ、笑みを見せてねーっと同じ顔をしながら云った。 『雲仙街 菖蒲』、僕たちよりも一年先輩で、良きお姉さんであり皆の相談役。 薄紫の長髪をくりくりといじるクセがあり、一年先輩だけど幼さの残る可愛い先輩だ。 『釈迦円 杜若』、菖蒲先輩と同じく僕たちより一年先輩の、良きお姉さんであり良き相談役二人目。 薄藍色した長髪を手ですき、ふわりとかきあげるポーズが非常に印象的な同じく可愛らしい先輩。 そしてこの二人、ぱっとみ見分けがつかないのが最も大きな特徴だろう。 菖蒲先輩と釈迦円先輩は二人とも顔のつくりが全く同じ、一見一卵性の双子に思われがちだが 二人は全くの赤の他人、偶然が生み出した正真正銘のそっくりさんということだ。 幸い髪の色に違いはあるし、菖蒲先輩いわく僅かに釈迦円先輩の方が胸が大きいらしい。 ……僕には二人とも同じように見える、だって二人とも十分に大きいんですもの。 まさに神の悪戯、天文学的確率まさかの的中。 世界には自分と同じ顔がうんたらと云うが、まさか現実にこうして見るとは思わなかった。 双子でもどこかに大きな差が見つかるはずなのに、この全く同じ顔が二人というのは、一種の七不思議のようだ。 まさに鏡写し、『いずれがアヤメかカキツバタ』。 まさにその言葉通り、名前までそのとおりになる確率ってどれくらい小数点の先に行けば良いのだろうか? それとこの二人、この島で唯一ここに来る前からの友人関係があった二人でもある。 そのせいか、先輩たちが個別でいることを見かける方が珍しいといって良いんじゃないだろうか? 萬最先生と南方とは別の意味で、まさに二人で一つの存在なのだ。 【菖蒲】 「宗志クンしばらく見ないうちになんだか……」 【杜若】 「男の子らしくなったよね、もしかして誰かと恋人同士になっちゃったかな」 【菖蒲】 「わぁお、宗志クンってばおませさん〜♪」 先輩たちは両手を絡ませ、きゃきゃっと子供っぽい表現をして見せた。 これのどこをどう見たら双子じゃない他人同士って云えるのだろうか? 【宗志】 「恋人なんていませんって、僕はこれでも恋愛ベタで奥手なんですから」 【小町】 「私は恋人じゃないの?」 【宗志】 「お前がいつ僕の恋人になったんだよ。 そういうこと云うと先輩たちが誤解したり、茶々入れてくるから止めろっての」 【菖蒲】 「それは宗志クンが照れ隠し誤魔化してるのかな?」 【杜若】 「それとも、小町ちゃんに対してそっけないプレイを強要してるのかな?」 あぁーもう、こうなった…… しかも釈迦円先輩のはなんだ、完全に俺が変な性癖持ちじゃないか。 【小町】 「宗志はそういったのが好み?」 【宗志】 「お前も乗ってくるな!」 【酔狂】 「かっかっか、一歩先の世界に足踏み入れよった。 まあ、小町に嫌がられないよう程々にしとけよ」 【風車】 「立場逆転だね、今まで虐げられてた宗志クンの淫靡な復讐が始まるんだね」 【杜若】 「まあ、やっぱり二人はおませさんね」 「菖蒲」 「私たちより年下なのに、ちょっと悔しいかも」 【杜若】 「じゃあ、私が相手してあげようか?」 待て待て待て! 話がどんどんとおかしくなっているのに皆気付け! 【宇理祢】 「ほーら焼けたわよー、お食べー」 宇理祢が美味そうに焼けた肉を皿いっぱいに盛って来た。 良いぞ宇理祢、最高のタイミングで会話をぶった切ってくれた。 【宗志】 「こうやって焼いちゃうともう……」 【小町】 「やるしかない、逃げ場は無しだよ」 【酔狂】 「我々の頑張り次第、というところかね。 宗志は限界までいけてどのくらいよ?」 【宗志】 「3人前いけるかどうかだね……」 【酔狂】 「ちと厳しいな、仕方ない俺もリミッターを外しますかね」 こいつにリミッターなんてものがあるかどうかはわからないが、云ってるんだからたぶんあるんじゃないの? 【小町】 「いただきます」 【風車】 「いただきま〜す〜♪」 こうして恐ろしい量の肉を食べる会が行われた。