【4】


【宗志】
「うぐぅう……」

お腹が重い、限界だと公言していた3人前はもう軽く超えているが、案外僕のお腹には余裕があった。
余裕はあったのだけど、だからって無制限に食べられるわけもない。

限界をとうに超えてなお焼かれ続ける各種肉の山山山。
もう半年は肉を見るのも嫌になりそうだ……

【小町】
「苦しい?」

【宗志】
「死にそう……」

【小町】
「そんなに食べればそうなるのも当然でしょ。
元々宗志は小食なんだから、無茶したってたかが知れてるんじゃない?」

返す言葉もございません……

大体僕たち男性陣と小町たち女性陣の扱いに差がないか?
小町たちは会話を楽しみながら肉を摘む程度、一方僕と酔狂には親の敵としか思えないような大量の肉。
なんなんだこれは、僕たちは肉処理工場じゃない、もっと人間らしく扱ってくれよ。

【酔狂】
「ぐえふ……さすがに、これはちと多いな」

【宗志】
「どこが少しなもんか……もう嫌だ、これ以上食べたら僕戻すからな」

【酔狂】
「食事中にあまり汚い話したらあかんぜ、とはいうものの、俺もそろそろ限界だな」

俺の3倍は食べたんだ、もう許してくれても良いんじゃないか?
勿論僕も一緒にだけど。

【風車】
「宗志クン宗志クン、あ〜ん」

【宗志】
「……何の真似だよ」

【風車】
「口開けてってば、ほらほら、あ〜ん〜」

ラム肉を俺の眼の前に持ってきてさあさあと迫ってくる。
か、勘弁して、これ以上は本当に冗談じゃなく戻るから……

【宗志】
「さすがに、もう無理……」

【小町】
「むぎゅ」

【宗志】
「ふぐ! もあ!」

【風車】
「小町ちゃんナ〜イス〜♪」

ガボ!

【宗志】
「もごむ!」

小町に鼻を押さえられ、風車に無理やり肉を詰め込まれた。
血も涙も無いのかこの女たちは……

【風車】
「はいこれで第一波終了ー♪」

【宇理祢】
「お疲れ様ー、とりあえず今はもう焼いてるお肉無いからしばらく打ち止めだね」

【宗志】
「もう肉は見たくない……」

【宇理祢】
「このくらいでへこたれるな、夕方過ぎたらもう一回盛大に焼くからそれまでにお腹空かせておきなさい」

【宗志】
「に、逃げよう……」

【宇理祢】
「まあまあそう心配するなって、夕方になれば援軍も来るから宗志の負担の良も減るって。
萬最先生にみなみ、それと明日螺先生に巽さんも顔出してくれるってさ」

【小町】
「一同集結する」

【宇理祢】
「それに夜はビール解禁だ、盛大に盛り上がろうじゃないか」

【宗志】
「未成年のビールは禁止だ……」

【風車】
「この島で硬いこと云っちゃノンノンだよ」

確かに咎める人もいなけりゃ否定する人もいない。
だけど……あぁもういいや、どうせ僕一人で止められるわけないんだし。

【宗志】
「宇理祢、どっか横になれるとこない?」

【宇理祢】
「私の家で良かったらどうぞ、ソファでもベッドでも好きに使って良いわよ。
わかってるとは思うけど、部屋に入るのだけはNGだからね」

【宗志】
「へいへい……」

あいつの家には結構入ってるけど、今まで一度だって部屋に入れてくれたことはなかったな。
別にあいつの部屋に興味もないので、いつも通される居間のソファでも借りてよう。

【宗志】
「はあぁ……」

人の家のソファだろうと気にしない、宇理祢なら別に咎めもしないだろう。
そもそもあれだけ食わせたあいつが悪いんだ、これくらい許してもらおう。

【小町】
「その体勢、身体に悪いよ」

【宗志】
「どこが?」

【小町】
「頭とお腹が同じ高さにある、それだと逆流しやすい」

【宗志】
「そいつはいかんな……」

【小町】
「待ちなさいって、何のために私も来たと思ってるの?」

小町は僕の頭を持ち上げると、そこに自分の身体を滑り込ませた。
ちょうど小町の膝の上に僕の頭、いわゆる膝枕の形だ。

【小町】
「楽になった?」

【宗志】
「重くないの?」

【小町】
「気にしない気にしない、夕方までまだ長いんだから、ゆっくり休みなさい」

午前中、僕が嘔吐したときと同じように小町は柔らかく僕の頭をなでる。
どうして、どうしてなんだよ……

どうしてそこまで、君は……

【菖蒲】
「うにー」

【宗志】
「もあ!?」

【杜若】
「こら、宗志クン寝てるんだからちょっかい出さないの」

【菖蒲】
「だってなんだかラブラブなんだもん、この果報者めー」

菖蒲先輩に頬を引っ張られた、そんなことばっかりしてるからいつまでも先輩に見られないんですよ。
今回は釈迦円先輩が注意してくれたけど、いつもどちらかがちょっかいどちらかが注意と決まっている。

つまりはどちらも大差ないということだ……本当の本当に赤の他人なんだろうなこの二人は?

【宗志】
「二人とも元気ですね……」

【杜若】
「まあ仕方ないよ、宗志クン私の三日分くらい食べてたもの。
というか、よくあんなに食べれたね」

【菖蒲】
「食べれたというか、食べさせられたって云う方が正しいんじゃないのかな?」

【杜若】
「宗志クンも嫌なら嫌って云わなきゃ、NOと云える日本人にならなくちゃダメだよ」

【宗志】
「云いたくても云えない威圧感ってのがあるんですよ……」

【菖蒲】
「ふぅむ、じゃあこれからその特訓してみようか?」

【杜若】
「だから、宗志クンはお腹痛くて横になってるんだから邪魔しないの。
特訓はまた今度ね、だけど小町ちゃんがいるなら全部小町ちゃん任せでも良いと思うんだけど」

【小町】
「任されました」

ぐっと親指を立てて了解の意思表示。

【宗志】
「あんまり変なことしないでね……」

【小町】
「大丈夫大丈夫、心配せずに今は休みなさい」

【杜若】
「ふぁ、ぁあー……なんだか私も眠い」

【菖蒲】
「私の膝貸そうか?」

【杜若】
「うん、おねがーい」

ごろにゃーんと釈迦円先輩が菖蒲先輩の膝に頭を置いた。

【杜若】
「足痛くなったら起こしてね、おやすみー……」

【小町】
「宗志もしばらく寝たら?
寝てれば吐き気も多少は感じなくなるよ」

【宗志】
「じゃあお願いするよ、小町も足痛くなったら起こして良いからね」

【小町】
「わかった」

本当は全然わかっちゃいない、足が痛かろうが僕を起こすことはきっとないだろう。
小町の僕に対する態度を見ていれば、そんなこと嫌でもわかってしまうよ……

……

【宇理祢】
「ばばーんっと! さてさて、そんじゃまあ青空焼肉第二部、酒池肉林の宴を始めるよー」

ああぁぁ、ついにまた始まってしまった。
しかも今度は酒まで入ったからさらに状況は悪くなる一方だ。

当然まだお腹の中には消化されてない肉が残ってるのに……

【酔狂】
「さーってと、またしこたま食べますかね」

【宗志】
「あれだけ食べてまだ食べるの?」

【酔狂】
「さっきのはもう処理済なんでな、3時間あれば軽いものさ」

普通3時間で約7人前の肉を消化は出来ないと思います……
まあ幸い萬最先生に南方、巽さんに明日螺先生と島民全員がいるから負担は多少和らぐかな。

というか、明日螺先生もうビール空けてる、いつ見ても凄い酒豪だこと……

【明日螺】
「神保君、今日はいつにも増して負のオーラが出てるわよ。
そんなときは嫌なこと忘れて、グイっとアルコールでもどう?」


『掛持 明日螺』、萬最先生と同じく僕たちが通う学校の女性教師。
萬最先生、巽さんと同じく数少ないこの島での大人になる、とはいってもまだ26らしいのだが。
だけどまだ20代後半に入ったばかりなのに、この酒好きはどうにかならないのかな?


【明日螺】
「ほらほら飲め飲め、ぐいぐいっといきなさい」

【宗志】
「いえ、ちょっとお腹の調子がまだ……」

【明日螺】
「ノリ悪いぞー、私のお酒を断ることは許さないわよ。
ということで、神保君には私が口移しで飲ませます」

ぐびぐびとビールを口に含むと、逃げられないように僕の頭を押さえ、躊躇することなく唇をくっつけた。

【宗志】
「んむ! んむうぅぅう!」

【明日螺】
「んく、んむ……ぷぁ、どう、お酒の味は?」

【宗志】
「えほ、えほ……な、何するんですか教え子に!?」

明日螺先生の唾液が混じったビールを無理やり飲まされた。
なんとも云えない恥ずかしさと、頭の奥が熱くなるお酒の感覚が非常に心地良いのか? 悪いのか?

教え子になんてことするんだこの人は。
まったくもう、酒豪のクセにさっさと酔っ払うこの人はやっぱり苦手だよ……

【明日螺】
「次はー、風車ちゃーん、ちょっといらっしゃーい♪」

次の獲物を決めたようだ、頑張れよ風車……

【宗志】
「ぉぅ……」

満腹のお腹に入ったアルコールは性質が悪い。
吐き気と倦怠感と眠気様々なものが渾然となってはっきりしないまま押し寄せてきた。

【小町】
「宗志、ちょっと」

【宗志】
「んぅ……むぅ!!」

【小町】
「こく、んく……気分よくなった?」

【宗志】
「えっふ、えふ……な、何すんだよ!」

【小町】
「お水飲ませただけ、さっき明日螺先生と同じことしてた」

【宗志】
「だからってお前までしなくて良いだろうに」

なんでこんな身近に二人も痴女がいるんだよ……

【小町】
「お酒飲んで大丈夫なの?」

【宗志】
「なんか気持ち悪い……」

【小町】
「だろうね、だけどもうちょっと我慢してて。
もうちょっとしたらもう一回来るから、そうしたら二人で抜け出そう」

それだけ伝えると、小町は皆の輪の中に戻っていった。

【宗志】
「はぁ……」

こんな風に皆揃ってわいわいと楽しく過ごしている。
だけどこの中の誰かではなく、皆が皆同じ理由で隔離されている。

『E−27症状』

一体この普通だらけの皆のどこに、そんなわけのわからない症状が隠れているというのだろうか?

ありふれた日常、それは今眼の前の時間そのものだ。
ところが、それがこの島の時間であるのならば、これはありふれた日常ではなくなるわけで。

身の回りの日常など、この世界の中では何もかもが非日常へと早変わりする。
ここはそういう島なのだ。

と、こんな状況を見るたびに考えている。
しかしこんなことを考えるのはもはや僕だけだ、唯一島に馴染んでいない人間、それが僕。

もし僕もこの狂った非日常を認めることが出来たとしたら、それは日常になるのだろうか?
否定者は僕だけ、それが賛成にまわったときそれは否定ではなく必然になるのだろうか?

……いや、そんなことはあるわけがない。

世の中の人間が皆烏は白いと云ったとしても、烏が白くなるわけがない。
それと同じだ、皆が認めたからってこの島が異常でないということには絶対にならないはずだ。

【宗志】
「……」

例えそうだとしても、大が発する意見というのはいつだって正当になるのが世の常だ。
僕一人がいなくなれば、全てが良い方向に向かうというのだろうか……?

……ソンナノ、イヤダ。

僕の手が震えていた、これは何度ももう経験している。
『恐怖』が身近に迫っている兆候。

駄目だ、僕は何も恐れてなどいない。
皆が近くにいるじゃないか、僕は一人じゃない、何も恐れるものなどないんだ。

【宗志】
「ぐ……」

唇を硬く噛締め、意識を保ちながら気持ちを落ち着ける。
もしここで僕の意思が負けてしまったら……

……いや、そんなときのことは考えるな。

今を保ち続けるんだ、せめて僕一人、本当の『恐怖』の時間がくるまでは。

……マタ、ヒトリニナルノ?

【宗志】
「うぅ……」

嫌な眩暈と吐き気、勿論お酒のせいじゃない。
耐えろ、今の僕は……一人じゃない

【小町】
「どう、少しは楽になった?」

【宗志】
「こまち……」

小町の声が、耳を通って僕の心を落ち着けてくれた。
僕は一人じゃない、僕は一人じゃない、僕は一人じゃない……

【小町】
「私もいっぱいお酒飲んじゃったし、二人で抜け出さない?」

【宗志】
「……」

【小町】
「どうせここにいたってもう宗志じゃ何も出来ないでしょ?
夕涼みといこう、夜の散歩もまた風流なもんだよ」

小町に腕を引かれ、無理やり立たされた。
僕はこのまま、小町と二人になって良いのだろうか……?

……

【小町】
「静かだねぇ、波の音しか聞こえないよ」

ある程度宇理祢の家を離れると、あの賑やかな声はぱったりと聞こえなくなった。
車は一台も走らず、電気も最低限しか通っていないこの島には余計な音が存在しない。

夜聞こえるのは虫と鳥の鳴き声、後は四方を囲んだ海から聞こえる波の音だけだ。
この波の音が聞こえていると、僕の恐怖は何故だか顔を出してこない。

一人になったとしても、波の音が聞こえていれば酷く落ち着いてくる。
まるで全てを消し去るかのような波の音が、僕自身を消すことが出来たのなら、なんて考えもよく浮かぶ。

【小町】
「たまにはこうやって夜に散歩するのも良いもんでしょ?」

【宗志】
「そう、かもね」

【小町】
「……なんか宗志らしくないな、ここ数日で何か嫌なことでもあった?」

【宗志】
「別に……」

明らかな嘘ではあるが、そうでも云っておかないとこいつは何をするかわからない。

【小町】
「何かあったら、お姉さんに話してごらん」

【宗志】
「一ヶ月しか違わないくせに何がお姉さんだよ。
それに小町は僕に関わる必要ないだろ、むしろ、僕を避けてくれた方が僕としてはありがたいよ」

【小町】
「本当に、避けてしまっても良いの?」

小町の問いかけ、それは僕の本心が全く別なことを意味していることを知っているからこそ出来る問いかけだ。
僕の言葉はほとんどが嘘、そうしてほしいと願う中で本当は絶対にしてほしくないとも願っている。

僕は誰よりも弱くて、卑怯で、自分を好きな最低な人間なのだ……

【小町】
「いつも云ってるでしょ、何かあったら私がいるって」

【宗志】
「小町……」

前を歩く小町を後から抱きしめた。
僕たちは決して恋人同士という間柄ではない、ただ、今はこんなことでもしないと僕が壊れてしまいそうだから……

それが僕のわがままだとしても、小町は僕を受け入れてくれた。

【小町】
「もう、明日までおあずけって云ったのにな」

【宗志】
「明日なんかさせる気だったの?」

【小町】
「一般的に云えばデート、だけど私たちは付き合ってないから
結局散歩に近いものになるかな」

【宗志】
「どこに?」

【小町】
「ちょっと山の中へ、気になるところがあるんだ」

【宗志】
「そう……じゃあ、お越しに来て、もらえるかな?」

【小町】
「ええ、勿論」

僕が小町を解放すると、小町は僕の腕に朝と同じように腕を絡ませた。

【小町】
「一応戻ろうか、勝手に帰ったら明日何云われるかわからないし」

【宗志】
「そうだね……」

見上げた空には一面の星空が広がっている。
街灯一つたっていないこの島だからこそ見れる、唯一と云っていい良い所。

こんな星空の下にあるこの島が、どうして人を隔離するためだけに存在しているのか?
僕にはその事実がとても悲しく、とても残酷なように感じられた……





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