【4月10日(木)】


耳元で何かが叫んでいる、やけに機械的で感情のこもってない叫び声だ。
俺の手は無意識下のうちに叫び声を鎮圧する、訪れるのは静寂とカウントダウン。
カウントダウンを無視すると俺のチェックリストにケチがつくので応ぜざるをえない。

【一条】
「……もう……朝なのかよ……」

昨日は迷子を美織に送り届けてもらって、その後俺は家に帰って寝た。
最後に目覚まし時計を見たときにはもう十二時をまわっていた気がする。
あの子は無事に家にたどりつけたのだろうか?昨日の迷子に思いをはせる。

……おや?

おかしいぞ、昨日迷子の子供なんていたか?
眠気の抜け切らない頭で昨日の夜を思い出してみる、確か俺が美織に遭遇した時子供なんていなかったぞ。
とすると……迷子ってのは……

【一条】
「……思い出した、俺だ」

1日寝ただけでころっと忘れてしまっていた。
学校に行きたくない、美織に会ったら何云われるか……
それを廓にでも聞かれたらお終いだ、俺の世間体が……
悩んでもしょうがないので学校に行く準備をする、眠気眼は昨日を思い出した時点で吹き飛んでいた。

……

通学路にいつもの倍以上の注意を払いながら登校する。
なるべく早く美織をみつけて口を封じる……もとい、交渉をしなくてはならない。
昨日と同じ時間に家を出たので遭える確率は0じゃない、限りなく低い気もするが……

桜の花が眼に入る、昨日はここで美織に紅葉を喰らったんだ、今日も出てきてくれ、頼む。

……来ない、十分ほど待ってみたが来ない、もう急がないと俺が遅刻してしまう。
しくじったな、もう少し早く家を出るんだった、もう美織は学校にいて、俺が教室に入ると「迷子」コールでも鳴るんだろうな。
さぼっちゃおうかな……

さぼれるわけないよな、今日さぼっても明日云われるだけだ、それなら今日のほうが良い。
他の生徒が歩いていない通学路を歩く、もう生徒が1人もいない、迷子のうえに遅刻はごめんだ。

【?】
「うわー遅刻遅刻遅刻ー!」

何かあせってる人が俺以外にもいるみたいだな、誰だろう?
振り返った瞬間、体に何が衝突する、とんでもない衝撃だ、衝突を予測していなかったので構えもとれていない

無防備な肉体にぶつかってきた塊、イノシシか何かか?!

【一条】
「ぐえほ、げほ、げーほ……」

【美織】
「あー、ご……ごめんなさい……私急いでて前見てなくてあの……その……」

うずくまる俺の体の上の方から聞いたことのある声がする、この声は美織だ。
俺の顔が隠れて見えていないせいかやけにしどろもどろになっている。

【一条】
「げほ、ごほ、ごほ……まったく前ぐらい見て走れよ」

【美織】
「へ?……あっ、マコ!」

立ち上がって顔を見せると美織の顔からあせりが引いていき、逆にほっと安心した溜め息がもれた。

【美織】
「なーんだ、マコだったの、びっくりした突然目の前が真っ暗になるんだもん」

【一条】
「驚いたのはこっちだ、死ぬかと思ったぞ……げほげほ」

【美織】
「ごめんごめん急いでてさ、昼に何かおごるからそれで許してよ」

おごり! 凄く魅かれる誘惑だそれでチャラに……いや待てよ。
これは美織にとっての弱みになるんじゃないのか? 人を殺しかけたんだぞ。
俺には昨日の弱みがある、ここは1つ美織に和平の交渉をもちかけよう。

【一条】
「昨日の夜のことを口外しないってのでチャラにしよう」

【美織】
「ぐぅ、そうきたか、でもなぁ……」

美織が悩んでいる、後一押し殺し文句を云ってしまえば。

【一条】
「……殺人未遂……」

【美織】
「くぅー、わかったわよ、それでチャラにしてあげるわよ」

心底残念そうな顔をしている。
危なかった、美織が遅刻しそうになってくれて良かった。

【一条】
「和平交渉の握手だ」

右手を差し出す、美織の右手も差し出されて和平成立。
……右手が差し出されない、あれ?

【美織】
「今はそんなことより学校に遅刻するわよ!」

既に先を美織が駆けていくのが見える、時計は……10分前、まずい遅刻!!!

……

【一条】
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ」

何とか間に合った、ホームルーム開始1分と30秒前だ

【某】
「なんや一条、そんなにバテて、寝坊でもしたんか?」

【一条】
「いつも、どおり、起きたさ……いろいろ、あってな」

心臓がまだおさまらない、脈拍が正常になるまではまだ時間が掛かりそうだ。
これじゃ一時限目は授業にならないな。
ガラガラと教室の入り口が開いて志蔵先生が入ってくる。

【志蔵】
「皆さんお早う御座います、今日の1時限目の化学の授業は皆木先生が病気のため、自習になりました。
教科書なりノートなりをまとめてくれと連絡を与ってますので各自、自分のまだまとめ終わってない所をやっていてくださいね」

……はぁ?
自習? ははは……死ぬ気で走ってきたのが莫迦みたいだ。隣の美織も机に突っ伏してしまった。

【志蔵】
「では、ホームルームを終わります、自習やってくださいね」

先生が出て行くとすぐに1時限目開始の鐘が鳴る。
自習の時間に真面目にやる生徒なんて一握りの生徒しかいない、今の俺には自習の時間が天国に感じる。
1時限目は寝てしまって次の授業に備えるか

【?】
「美織ちゃん、お早う御座います」

完全にダウンした美織の前に、茶髪の女の子が立っていた。

【美織】
「うーん……あれぇ、姫、姫じゃない」

女の子の登場に、さっきまでダウンしていた美織ががばっと起き上がる。

【美織】
「久しぶりー、いつ戻ってきたの、体はもういいの?」

【少女】
「ええ、今日からお医者様も行ってもいいだろうって」

姫と呼ばれた女の子の手を取って、美織はおおはしゃぎしている。

【少女】
「それで、美織ちゃん、こちらの方は?」

女の子は俺の方を見てきょとんとしている。

【美織】
「こいつは誠人って云ってね、姫が休んでた2日前に転校してきたんだよ」

【少女】
「そうだったんですか、初めまして誠人さん、姫崎 音々と申します」

【一条】
「一条 誠人です」

自己紹介に自己紹介で返す、姫崎 音々か、美織と違って随分落ち着いた女の子だ。

【音々】
「お2人とも随分お疲れのようですけど、どうかなさったんですか?」

【一条】
「学校まで本気で走って疲れてるんです」

【美織】
「マコの奴が昨日ま……ふぐふぐむぅー」

昨日のことを口外しようとしたので慌てて美織の口を塞ぐ、危なっかしい口だ。

【某】
「2人して男と女の情事を楽しんどったら時間の経つのを忘れてしもたんやろ?」

後ろから廓が満面の笑みで、といっても眼は見えないから本当はわからないが……
上機嫌な声で尋ねてくる、何云い出すんだ廓は、情事って朝からそんなことするわけないだろ。

【美織】
「なーにーがーしー!」

口を塞いでいた美織がするりと抜け出し逃げる廓を追い回す
こういう場合は暴れたら負けなのに、そこのところをわかってないようだ。

【音々】
「くす、美織ちゃん相変わらずなんですね」

音々さんが微笑ましそうにその光景を見ている、微笑ましいのかなあ?

【一条】
「姫崎さんは美織とはつきあい長いの?」

【音々】
「音々でけっこうです、そうですね下級年の頃に美織ちゃんとは知り合いましたね」

【一条】
「美織って以前からあんなに元気なの?」

【音々】
「ええ、初めて出遭った時も初対面だというのに一緒に街を連れ回してくれましたよ」

連れ回したって云うのはどうなんだろう……
きっと、美織が無理やりやったんだな。

【羽子】
「廓さん、宮間さん、今は授業時間ですよ、戯れは休み時間におこなって下さい」

2人が羽子さんに怒られている、そりゃあ羽子さんは怒るよな、真面目に自習してるみたいだし。

【音々】
「ふふふ、羽子さんも相変わらずなんですね、懐かしいです」

音々の眼がどこか遠い世界を見ているよに見える、その顔はひどく悲しそうに見えたのは気のせいだろうか?

【美織】
「まったく羽子のやつ、あんなに怒らなくてもいいのに」

【某】
「ええんちゃうか、羽子はクラス委員長なんやから、クラスが乱れるのは嫌なんやろ」

【一条】
「羽子さんってクラス委員長だったの?」

【某】
「あぁ云うてへんかったか? このクラスの委員長なんやで、羽子は」

知らなかった、でも確かに羽子さんならクラス委員長っていうのは似合いそうだ。
美織や廓が委員長でなくて良かった、こいつらじゃクラスはハチャメチャになりかねないしな。
そう考えると自然と笑いがこぼれてしまう。

【美織】
「ちょっと、何笑ってるのよ気持ち悪い」

【一条】
「悪い悪い、ちょっとおかしくなっちゃってな」

【音々】
「おかしい時に笑っておくのは良いことですよ、笑うことは人間だけに認められた表現の1つなんですから」

音々が知的なフォーローをいれてくれた、なるほど、人間だけに認められた行為ね。
笑うことは人間の生きる意味の1つかもしれないな。

……

昼休み、美織の提案で俺と音々の3人で屋上で食事をすることになった。
ここの屋上はいつも空っぽで自分達しか屋上に人の姿はない。

【美織】
「やっぱり天気の良い日は外で食べるのが一番よね」

【音々】
「外でご飯食べるの久しぶりです」

女の子2人はベンチに腰を下ろすと持参した弁当を開ける、俺はもちろん購買で買ったパンだ。
屋上の硬いアスファルトに腰を下ろし袋を破いてパンをかじる。

【美織】
「うわー、姫のお弁当おいしそうー」

【音々】
「そんなことはないですよ、美織ちゃんのお弁当だっておいしそうですよ」

2人の弁当はともに彩りも良く、栄養のバランスも考えて作られた物のようでとても美味そうに見える。
それに比べて俺の弁当は茶色一色で、バランスもへったくれもないかたよった食事だ。

【一条】
「美味そうな食事だな」

【音々】
「よろしかったら少し召し上がりますか」

【一条】
「マジですか、良いんですか!」

【音々】
「ええどうぞ、お好きなものを摘まんでください」

【美織】
「あーぁ姫ー、あたしもー」

【音々】
「ええ、どうぞ」

俺と美織は2人して音々の弁当を摘まむ、体のバランスを考えて俺は野菜の煮物を少し貰う。

【一条】
「うわぁ、うま……」

野菜の持ち味を生かしたまま醤油や味醂が野菜にドレスアップを施している。
主食がパンなのが少々痛いところだ、米の飯だったらもっと美味かっただろうな。

【美織】
「んーん、姫の料理美味しーい、やっぱり料理じゃ姫に敵わないわね」

美織は揚げ物を頬張って顔をほころばせている。

【音々】
「ふふ、お世辞を云っても他には何も出ませんよ」

【一条】
「お世辞ならもっと色々と喋りますよ、本当に美味いものを食べると喋りたくないものですから」

【美織】
「そうそう、姫だって胸張っていいんだよ」

【音々】
「私はこれくらいしかできませんから、美織ちゃんが羨ましいです」

【美織】
「えぇあたし? あはははは、あたしのどこに姫が羨むところがあるって云うのよ?」

【音々】
「全て……ですかね……」

【美織】
「やだなぁ、なんか照れちゃうなあ」

美織が柄にもなく照れている、そのせいで見過ごしてしまったのだろう。
音々がその時見せた顔は教室の時と同じ様に、悲しみを封じ込めたような顔をしていた……

しかしそれも一瞬のこと、すぐに笑顔に戻り、美織は気付いていなかった。
音々も何か自分に背負っているものがあるのかもしれない、俺が転校理由を喋らないみたいに……
食事の後、3人して昼休みが終わるまで空の庭園の中でお喋りを楽しんだ。

……

今日の過程が終わる、また今日も暇だ。
大人しく帰った方がよさそうだ、今日は家に帰って昨日の場所の道でも覚えるとしよう。
帰る準備をしていると美織が教室にやってきた。

【美織】
「マコまだ居たんだ、これから暇なら一緒に帰ろうよ」

【一条】
「いいよ、どうせ帰るつもりだったし」

美織が帰りの準備を終えるのを、しばらくぼけっと待っていた。

【美織】
「お待たせ、じゃ帰ろっか」

……

【一条】
「音々って、何か美織と対照的な人だよな」

【美織】
「それ、どういう意味よ?」

【一条】
「彼女、美織と違って物腰も静かだし、言葉遣いも丁寧だし、料理も美味いし」

【美織】
「するとなに、あたしは腰が軽くて言葉遣いが汚くて料理が下手って云いたいのか?」

【一条】
「そうは云ってないだろ、ただ今日2人を見てて対照的だなって思っただけだ」

【美織】
「そりゃあ姫は、普通の人とは違うんだもん」

美織の言葉が引っかかった、普通の人とは違う?
確かに音々は普通の人とは礼儀作法や感じる雰囲気が随分違うと思う。
羽子さんもそう思うがそれとは違う、何か、音々は特別な人間のような聞こえ方をした

【一条】
「それは……どういうこと……」

【美織】
「さぁ、答えは自分で導き出しなさい」

悪戯っぽく笑う美織の顔に、音々のことを考える思考を奪われてしまう。

……

【一条】
「今日は居ないみたいだな」

昨日と同じ階段の踊り場、無意識のうちに泣いてしまった所を目撃された所だ。

【美織】
「居ないって誰が?」

【一条】
「昨日俺の顔見て逃げ出した女の子」

【美織】
「あぁーそんなこと云ってたわね、またスケベな眼で女の子吟味しようとしたの?」

【一条】
「スケベな眼かどうかわからんけど、会っておきたいと思ってさ……」

昨日の説明をしたい、でないと俺はただの泣虫男になってしまう。

【美織】
「あーらマコ、その子に一目惚れ」

思わず吹き出してしまう、恥ずかしい所を見られた女の子に一目惚れなんかするか。

【一条】
「そんな訳ないだろう」

【美織】
「どうかしらねぇ、あらら、顔真っ赤よ」

【一条】
「なっ?!」

慌てて顔を隠す、しまったはめられた、これじゃ一目惚れしてますって云ってるようなものじゃないか。

【美織】
「図星みたいねー、隠さなくてもいいわよ、応援してあげる」

もう何とでも云ってくれ、ここで食い下がったらますます美織の思うつぼだ。
黙ってこいつを置いて帰ってしまおう。

【美織】
「ちょっとー、置いていくんじゃないわよ!」

騒いでいる美織を置いて階段を下りると、その下の階段に女の子が1人座っていた。
見るとその女の子は昨日街のお菓子屋で見た女の子だった。

【美織】
「あー、みな先輩だ」

美織に呼ばれた女の子はこちらに振り返る。
その腕の中には昨日と同じ紙袋が抱きかかえられていた。

【少女】
「あら、美織ちゃん」

【美織】
「みな先輩、今から帰りですか?」

【みなよ】
「ええそのつもりよ、でもちょっとお腹空いちゃって」

女の子が紙袋から何かを取り出してかじりつく、かすかに甘い匂いが漂ってきた。

【みなよ】
「美織ちゃんはどうしたの? もしかしてそっちの彼とこれからデート?」

【美織】
「もーう違いますよー、あたしがこんなのとデートするわけないじゃないですか」

こんなのって、お前は今随分と酷いことを云ったぞ、わかってるのか?

【みなよ】
「そうなのー? それでその子の名前は?」

少女はまたお菓子にかじりつき、モクモクと口を動かしている。

【一条】
「一条 誠人です、初めまして」

【みなよ】
「誠人君かー、私は大宇宙 みなよ、よろしくねー」

【美織】
「みな先輩はあたしの家の近所に住んでてね、あたしにはお姉さんみたいな人なんだよ」

【みなよ】
「お姉さんみたいなじゃなくて、本当に私の方がお姉さんなのよー。
美織ちゃんは中級生だけど私は上級生だものー」

いや、美織が云いたいのはそういうことじゃないんじゃないですか?
少し天然の入った先輩だな……

【みなよ】
「誠人君、はい、これー」

みなよ先輩は、抱えた紙袋からお菓子を取り出して俺に差し出してくる。

【一条】
「これは?」

【みなよ】
「お近づきの印だよー、遠慮せずにどうぞ、美味しいよー」

先輩は、俺にお菓子を渡すともう1つ取り出してまたかじりつく。
渡された物は手のひらサイズの焼き菓子であった、先輩が食べているのも同じ物のようだ。

【みなよ】
「じゃあ、頂きます」

どうぞーと先輩が笑顔で首を振ってくれる、口に詰まっているせいか声には出さない。
廓だったら口からクズを飛ばしながらでも喋るだろうな
焼き菓子にかじりつくと甘い味と共に何かわからないが不思議な香りだ漂ってくる。
しかもかなり美味い、あまり甘い物の得意じゃない俺でも美味いと思えるから甘い物好きにはたまらないだろうな。

【一条】
「へぇー美味いですね、あんまり甘い物得意じゃないのにこれはいけますよ」

【みなよ】
「でしょでしょー、ここのお菓子は最高なんだよー」

先輩は2つ目を平らげ満面の笑みで3つ目にかじりつく

【美織】
「あぁーん、みな先輩、あたしにもくださいー」

お菓子を口にくわえたまま袋を差し出し、美織もお菓子を袋から1つ取り出して口に運ぶ。

【美織】
「はむ、うーん、やっぱりあこのお菓子はおいしーい」

美織と先輩は甘い物が好きなようで、互いに満面の笑みになっている。

【一条】
「美味いですけど、これ何ていうお菓子なんですか?」

【みなよ】
「もぐんぐ……これはね、月餅って云うお菓子なんだよー」

3つ目を完喰して4つ目に……まだ食べるんですか?

【みなよ】
「誠人君は月餅って何だかわかるー?」

4つ目を手にしたまま先輩は尋ねてきた。

【一条】
「いいえ、お菓子に関する知識は何も持ってないです」

【みなよ】
「月餅っていうのは中国のお菓子でね、明の時代にラマ僧っていう人たちがいたんだけどー、その人たちは追放されちゃうのよー。
その後追放された人たちを偲んで十五夜の夜にお供えしたのが月餅の始まりなのー」

お菓子にもそんな伝説めいたことがあるんだ、それにしても何で先輩はそんな事を知っているんだろう?

【みなよ】
「それでー、日本のお菓子屋さんの人が中国に行った時に月餅に出会ってね、それを日本に持ち帰ってきたのが日本の月餅の発祥。
でも最初のころの月餅は食べるよりもお供え物として使われていたから日本人の口には合わなかったのよー。
その後日本人の口にも合うように改良に改良を重ねた偉大なお菓子なのよー」

先輩は月餅を力説すると手にしていた4つ目の月餅にかじりついた。

【みなよ】
「おーいしー、月餅に勝るお菓子は存在しないよねー」

1つ目の時と全く変わらない笑みで4つ目の月餅を完食する。
しかし、月餅とはまたマイナーなお菓子をチョイスしたもんだ、確か何かでタイ焼き好きな女の子や
あんまん好きの女の子の話を聞いたことがあるが、まさか月餅好きがいるとは思わなかった。

【一条】
「タイ焼きとかあんまんじゃ駄目なんですか?」

【みなよ】
「タイ焼きもあんまんも冬しか見かけませんから、月餅は一年中楽しめますよー。
味も色んな種類がありますしねー、カスタードとか、ドライフルーツとか、変わったところだとアイスクリームなんてのもあるんですよー」

ご機嫌顔で話をしている、よっぽど好きなんだろうな、誰にでも好きな食べ物はある。
好きな食べ物の事になると他のことが眼に入らないと云うが、先輩はそんなタイプなんだろうな。

【みなよ】
「さてと、お腹もいっぱいになったことだし、帰りましょうか」

その後、先輩は月餅をさらに3個、全部で7個も平らげてしまった。
女の子の胃袋のどこにあんなにたくさんの内容物が入るのか俺には不思議だった。

【みなよ】
「美織ちゃん、この後時間は空いてるかしら?」

【美織】
「もう帰ることしかないですから何もないですよ?」

【みなよ】
「ちょーと付き合ってくれないかしらー、商店街に寄りたいんだけどー、買い物一緒にしていかない?」

【美織】
「えー、商店街ってあたしの家と反対方向じゃないですか」

【みなよ】
「お願ーい、喫茶店で苺パフェおごるから買い物行こうよー」

【美織】
「苺パフェ……行きます行きまーす、商店街でもどこへでもついて行きまーす」

美織のやつ苺パフェに買収されたな、いやしんぼな女だ、美織らしいと云えば美織らしいけど……

【美織】
「っとーいうわけで、マコは1人で帰りなさい、あたしはみな先輩に付き添わなくちゃいけないから」

【みなよ】
「誠人君ごめんねー、また今度月餅食べようねー」

【美織】
「みな先輩、早く早く、急がないと日が暮れちゃいますよ」

よほど苺パフェが食べたいのか先輩の腕をぐいぐい引っ張っていく。
あれじゃどっちが商店街に用があったのかわからないな。
美織と先輩が商店街に行ってしまったので静かになる、俺も家に帰ろうか。
鞄を拾い上げ1人で階段を下る。

……あれ?

何か違和感がある、いつもあるはずの物の感触が無い
慌ててポケットに手を突っ込んでみるがその中は空っぽだった

【一条】
「……教室だ!」

玄関まで来ていたが踵を返して教室に戻る、あれは忘れてはいけない物なんだ。
教室のドアを開け、暮れ始めた弱い赤に染められた机の中を散策する。
その場所に目当ての物は存在した、オカリナだ。

【一条】
「はぁー、良かった、危うく忘れていくところだった」

ほっと胸を撫で下ろしオカリナに謝罪をする、謝罪を込めてオカリナを口にした。
弱々しい赤に侵食されていく教室の中で緩やかな旋律が教室を駆け抜けた。

曲を終えて教室を出る、そこで俺は出会ってしまった。

……昨日の女の子だ。

眼が隠れるくらい長い髪をして鞄を抱きかかえた少女は俺の目の前に立っている。
昨日のことを説明したい……しかし、俺は喋ることができなかった。
少女と俺の間で静寂の時間が流れる、先に行動を起こしたのは少女の方だった。

【少女】
「……な……音」

【一条】
「えっと、君は昨日の……」

何をどう話そうか考えあぐねていると、また少女は走り去ってしまった。

【一条】
「あ……」

引き止めることができない、あの少女に会いたいと思っていたのに。
いざ会ってみるとこの様だ、本心では俺はあの子との再会を拒んでいたんだな。
そうでなければ言葉を失うなんてことはないはずだ。
今日も少女の去った廊下をただ眺めることしかできなかった。

弱々しい赤が校舎を照らす中、学校を後にする。
俺は弱虫な男だ、女の子1人呼び止めることもできないなんてな……

【一条】
「それにしても、あの女の子、何て云ったんだろう?」

少女は何かを口にした、しかしそれは俺の耳にははっきりと聞こえなかった。
思いがけない再会に気が動転していたせいもあってか少女の言葉にまで気がまわらなかった。
でももう遅い、今となっては確かめることはできない、俺は弱い人間だな。

【某】
「おーい、一条ー」

男の声が後ろから聞こえた、振り返ると廓と二階堂の姿があった。

【一条】
「2人ともどうしたんだ、帰ったんじゃなかったのか?」

【某】
「ちょっと用事が有ってな、勇と居残りしとったんや、それで帰ろ思うたらお前がおってな。
どや、男三人女気なしでつまらんけど一緒に帰らへんか」

【一条】
「男3人ねー、俺はかまわないが勇は?」

【二階堂】
「……」

二階堂は何も喋らない、代わりに指を2本出してくる。
……どういう意味なんですか?

【某】
「指2本はOKのサインや、1本は拒否、3本は保留を意味してる。
勇のやつちっとも喋れへんからこの指サインは覚えておいた方がええで」

なるほど、確かに二階堂は無口だ、喋っている所を全然を見たことがない。
喋ったとしても一言二言、廓のようにネジの壊れた玩具みたいにべらべらとは喋らない。
それにしても指サインは凄いな、考案した二階堂もそうだがそれを理解した廓も凄い。
この2人でないと解らない合図なんだ、仲が良いんだな2人は
そんな中に俺が入ることなんてできないよな……

【某】
「よっしゃ決まりや、ほんじゃま帰りますか」

……

【某】
「なんやー、一条あのアパートに住んどったんかい、はよいいや
今度2人で遊びにいったるさかいな」

驚いたことに廓と二階堂の家は俺と同じ方向だった、俺の住むアパート少しの手前に十字路がある。
その十字路を右に曲がると廓の、左に曲がると二階堂の家につながるらしい。
ちなみにその十字路はよく美織と別れる所のことだ、美織は廓と同じく右に曲がっている。

【某】
「にしても何で一回もお前とすれ違ったことがないんやろ?」

【一条】
「俺はいつも普通に起きて学校に行ってる、お前が行くのが早いんだろ
毎日俺が学校に着くともう教室に居るじゃないか」

【某】
「早いのは当たり前や、いつも予定の時間より十分は早く目的地に着いとるんは常識や
そうでないとエリートサラリーマンは勤まらんで」

廓は社会人の鑑みたいなことを云っている、恥ずかしくないんだろうか?
エリートサラリーマンって、俺たちはまだ学生だろ、そこまで堅苦しくなくてもいいじゃないか。

【二階堂】
「……寝坊助……遅刻王……」

【某】
「なぁっ勇、それは云わんでもいいことやろ!」

【一条】
「寝坊助?  遅刻王?」

【二階堂】
「……」

二階堂がコーヒーの缶を口にしたまま廓を指差す。

【一条】
「遅刻のしすぎでペナルティーでも貰ったのか?」

【廓】
「ぐ、なんで、わかったんや……」

さっきまで偉そうに喋っていた廓の肩ががっくりと落ちる、図星だったんだな。

【一条】
「よく寝坊で遅刻するから何分も前に学校に居ないと落ち着かないんだろ?」

【廓】
「うー……そ……そうや……もしまた遅刻したら1週間全階のトイレ掃除わいがせなあかんねん
だいたい日本は時間にうるさすぎるんや、1時間や2時間遅れただけでがみがみ文句いいおって
外国やったら今度は気をつけてねーで終わるっちゅーのに」

ぶーぶー文句をたれているが廓の云ってることはフォローしようがない。
1、2時間遅れるってかなりのもんだぞ、外国でもそこまで甘くはないだろう。
廓の莫迦話を聞いていると自然と笑みが漏れてきてしまう。

【某】
「何笑っとんねん、人がせっかく学校に異議申し立てしたろうと真剣に考えとんのに」

【一条】
「悲しい思いするだけだから止めておけ」

男3人で帰るのも悪くない、いや3人で帰るのが楽しいんじゃない。
莫迦ばっかり云ってる廓とそれをコーヒーを飲みながら観賞している二階堂だからこそ楽しいんだろうな。
男友達も良いもんだ。

【?】
「おい、ちょっと待てよ」

俺たち3人を誰かが呼び止める、後ろにはガラの悪い、いかにも不良な男が5人いた。

【某】
「何やおまえら、わいらに何か用か?」

【男】
「そっちのでかいやつ、お前二階堂だろ」

【某】
「勇、何かお前の知り合いみたいなこと云ってるで?」

【二階堂】
「……」

二階堂は首を横に振る、面識は無いようだ。

【男】
「とぼけるな、お前『静寂の鬼』こと二階堂 勇だろ」

【某】
「うわー静寂の鬼やて、かっこええなー勇、お前有名人やったんやな」

【男】
「そう云うお前こそ、廓 某だろ」

【某】
「なんやわいも有名人なんかいな、うれしいなーそれで、わいは何て呼ばれてるんや?」

【男2】
「『暴れ天狗』こと廓 某だよ」

【某】
「うーわーなんやそれ、天狗ってカッコ悪ー、もうちょっとええ名称ないんか?」

【男】
「うるさい、話はもういいだろ、お前達を倒せば俺等の株も上がるんだよ」

【男】
「お前達はさしずめお尋ね者の賞金首だぜ」

【某】
「はぁーあ、そんなことやないかと思ったわ」

【二階堂】
「……」

【某】
「一条、ちぃーっと待っててくれや、すぐ片付けてくるさかい」

廓はやる気だ、二階堂も首をゴキゴキと鳴らしている、こんな街中で始めるのか?。

【某】
「さぁーて、どっからでもかかってこいや!」

【男】
「うらぁー!」

某の合図と共に5人の不良が2人に殴りかかってくる。
2対5じゃ圧倒的不利だろう……と思ったのは最初だけだった。

【某】
「おらおらおらおらおら!」

廓の拳が男のボディーに何発も突き刺さる、廓はかなり喧嘩が強いようだ。

【二階堂】
「……」

缶コーヒーを片手に持ったまま相手の顔面に二階堂は蹴りを入れる、ケンカキックだ。
ケンカキックとは別名ヤクザキックとも呼ばれ、ポケットに手を突っ込んだヤクザが。
取立て時にドアを蹴破るのに似ているからヤクザキックと呼ばれている。
二階堂の蹴りは本物のプロレスラーのように不良の顔面に的確にヒットしていた。
あんなケンカキック喰らったら立ってこれないだろうな、不良は大の字に伸びていた。

【某】
「ほらほら、まだ終わらんでー!」

2人を両脇に抱え力一杯頭を絞る、不良はフラフラになってしまった。

【某】
「ちゃんとガードせんとどうなっても知らんで!」

アッパーとフックがフラフラの不良に命中する、眼を回したまま不良の体が宙に舞う。

【男】
「ぐほぁ!」

コーヒー缶を口にくわえ、九十度に曲げた腕が男の首をとらえた、あれはアックスボンバーだ。
普通のラリアットは水平に伸ばした腕をぶちあてるものだがアックスボンバーは腕を直角に曲げて。
腕の力全てを相手にお見舞いする技だ。
ラりアットよりも格段に威力は増す、あれじゃ不良も失神するだろうな。

2人の強さは半端じゃなかった、3人分のハンデなんて物ともしない。
不良とは力の差がありすぎる、あれじゃ10人いても2人に敵わないだろうな。
俺はあいつらみたいに強くないから少し離れて様子をうかがっていた。

【男】
「イタタタ……やろー、うん? あいつは……」

不良の1人が俺に気付く、まずいなこっちに来るなよ。

【男】
「あいつをやっちまえば……へへへ」

不良が俺の方にやってくる、逃げたいがもう遅かった、不良は俺の目の前に迫ってきていた。

【某】
「あかん、一条、逃げろー!」

廓が気付いた頃には不良はもう俺の目の前だった。
やばい、俺は喧嘩弱いんだよな。

【男】
「おまえならぼこぼこにしてやれるぜ!」

不良が俺の胸ぐらをつかんだ、その直後頬に拳が命中した。

【男】
「がっはぁ!」

不良の拳ではない、殴られたのは不良の方だ、しかも不良に入った拳は廓や二階堂のものではなく。
俺の拳が不良の頬にめり込んでいた。
とっさのことでよく解らなかったが、胸倉をつかまれた瞬間俺の手が反射的に動いた。
流れるように一瞬で俺の拳が握られ、不良の頬めがけて拳を繰り出していた。
俺には喧嘩の技術なんか持っていないはずなのにどうしてあんなことができたのだろう?

【某】
「ひゅー、一条のやつやるやんけー、わいらもこうしちゃおれんな!」

某は最後の1人にブロー・フック・アッパーのコンビネーションを見舞って不良をKOした。

【某】
「やれやれ、手ごたえの無いやつ等やなー」

【二階堂】
「……」

廓はポンポンと手を叩き、二階堂は缶コーヒーに口をつけていた……まだ残ってたのか。

【某】
「一条、大丈夫かー?」

【一条】
「別に怪我とかはしてないぞ」

【某】
「ほうか、それにしてもさっきの拳凄かったなー、喧嘩強いんなら強いって云うてや
出し惜しみするなんて人が悪いでーこのこの」

【一条】
「肘で突付くな、あれはまぐれだろ、俺は喧嘩は本当に弱いんだ、それにしても、2人とも強いんだな」

【某】
「さてどうやろな、今回はあいてが弱すぎただけやろ、まったくあの程度の強さしかないんやったら挑んでくるなっちゅうねん
行き過ぎんように手加減すんのも難しいんやからな」

【二階堂】
「……20%だ」

【某】
「うわ、勇手ぇ抜きすぎやろ、もうちょっと相手してやってもええやんけ」

あれで20%なのか、100%の勇は一体どれだけ強いんだ?
考えただけでも俺は武者震いがする、二階堂を敵に回すやつは不幸だな。

【某】
「でも一条があんだけ強かったら、今年の頭取れるかもしれんぞ?」

うししと裏のある笑いをする、わかりやすい男だ。


【一条】
「何考えてるんだ、俺に面倒なことさせるなよ」

【某】
「面倒なことなんかないって、ところで一条は頭を取ってみたないか?」

【一条】
「頭って何だよ?」

【某】
「そらお前、頭云うたら首領に決まってるやんけ」

話が見えてこない、頭とか首領とか云われても俺には馴染みのない言葉ばかりだ。
まさか廓は学校でも手に入れようと云うんだろうか……さすがにそれはないよな。

【某】
「わいはな、生徒会についたろうと思ってんねん、そこでお前に生徒会長をやってもらいたい」

何かおかしなことを云っているぞ、俺が生徒会長?……聞き間違いだろうな。

【某】
「お前が会長をやってくれたら、わいが副会長やったるわ、勇は書記やな
そうなれば学校を手中に収めたも同然や」

期待を裏切ってくれたよ、こいつは学校を手に入れるつもりだ、しかも俺や二階堂まで巻き込んでやがる。

【一条】
「待て待て待て、何で俺が生徒会長なんだ、頭取りたかったらお前がなるべきだろう」

【某】
「アホか、わいは首領は好かん、赤毛に眼が隠れるようなやつじゃ似合わん
かといって勇じゃちっとも喋れへんから会長なんかなれん、お前しかできんのや」

【一条】
「俺はまだ学校に来たばかりだ、学校のこともよく解らないやつが会長になれないだろ」

【某】
「だからこそわいが副会長やるんやないけー、わいは裏で動くのはかなりできる方なんやで
わいが策を考えるさかい生徒会長なってみんか?」

【二階堂】
「……怒」

黙っていた二階堂だったが拳が廓の後頭部に講義をいれる。

【某】
「痛ー、何するんや」

【二階堂】
「……俺は出ないぞ……」

【某】
「なんでやー、お前がおれへんと軍団に威圧感が生まれへんやんけ」

【二階堂】
「……一条も迷惑だ……」

【一条】
「そうだぞ、悪いが俺も降ろさせてもらう、大体お前が生徒会の一員になったら学校が駄目になる」

【某】
「駄目になるってどういうことや、わいは学校を活性化させるために一肌脱ごうっちゅうんやで」

【一条】
「お前みたいに喧嘩っ早いやつはなったとたんに停学だよ、生徒会に光る眼は厳しいんだぞ」

【某】
「む、それを云われると反論でけへんやんけ……」

がっくりと廓の肩が落ちる、どうやら自分でも解っているらしい、よかったよかった。

【某】
「はぁーあ、やっぱり学校を支配するんて無理なんかなー」

1つ云っておくぞ廓、生徒会だって学校を支配なんかできやしないって。

【某】
「ちぇー、世の中簡単にはいかんもんやのー」

ごそごそとポケットをあさり白いケースを取り出す。
その中の1本を口にくわえ、懐からマッチ箱を出してマッチを1本すり、火の点いたマッチをくわえた物に誘発させる。
こいつ煙草を吸うのか、あまり良い気分じゃないな。

【一条】
「廓、俺の前で煙草は吸わないでくれ、煙草の煙は苦手なんだよ」

【某】
「煙草? 誰が煙草なんて吸ってんねん?」

【一条】
「今お前、くわえた物に火を点けたじゃないか」

【某】
「ああこれか、よく見て見いや、これが煙草に見えるか?」

廓が口から離して物を見せる、それは煙草というには変に細く、色も緑色をしていた。

【一条】
「これは……線香?」

【某】
「せや、紛れもないれっきとした葬式なんかで使う線香や、煙草じゃあれへんで」

どう見ても線香だ、燃えて生まれた煙からは葬式や盆によく漂う匂いと同じものだった。

【一条】
「どうして線香なんか吸ってるんだよ?」

【某】
「いや、これは別に吸ってるんやないんや、わいにとって線香は鎮静剤みたいなもんや」

鎮静剤?某は何か変な病気でも持っているのだろうか?

【某】
「さっきも見ての通りわいは喧嘩が好きや、喧嘩すると気持ちが高まりすぎて周りが見えんようになる。
そこで線香や、線香の持つ香りがわいにとっては気持ちを静めるのにちょうどええんや。
日本人の心ってやつやな、線香の香りってなんか落ち着くやろ」

【一条】
「落ち着くかもしれないけど、体に害は無いのか?」

【某】
「知らん、せやけど気持ちが高まりきった状態はもっと体に悪いさかい。
でも大丈夫やないんか、これまで体壊したりしてへんし、一条も1本どうや?」

白いケースを差し出してくる、煙草ケースを縦に少し大きくした感じで中には線香がぎっちり詰まっていた。

【一条】
「俺は遠慮しておくよ、気持ちも高ぶってないし」

【某】
「そうか、ええなあ何もせんで高ぶりを鎮められるなんて」

しかし線香とは思わなかった、廓は変わっていると思ったがここまでとは予想できなかった。
世の中には想像できないようなやつもいるんだな。

……

【某】
「じゃ、わいはこっちやから、また学校でな」

【二階堂】
「……また」

十字路で2人と別れる、1人になるとやってくるのは静寂のみ
それにしても今日のあれは何だったんだ?
俺は不良に絡まれた時のことを考えた、相手が胸倉をつかむと俺の腕は意識もしないで反応を示した。

これはどういうことなのか?  考えられるとすれば何かすごい武術でもしてたのか?

……まさかな、記憶を失っているからとはいえそんなことはありえない。
いくら考えても答えは出ない、もしかしたら答えは存在しないのかもしれない。
だったらいくら考えても無駄だ、まぐれで良いじゃないか、そうだなそうしよう。
考えるのを止めてアパートまでの帰路についた。

……

【一条】
「食った食った、今日も生き延びれたな……」

レトルトの夕食を終えて空腹を排除する、空腹がなくなると突如として眠気が襲ってくる。
このまま寝ても良いだろうな、ベッドシーツを換えてその上に大の字に寝る。
食ってすぐ寝ると牛になるとか云うことわざがあったが牛になってもいいじゃないか。
俺は襲ってくる眠気に白旗を上げて降参する、薄暗い牢獄の中で男は眠りについた。





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