【Chocolate Kiss】



【真菜弧】
「びゃっくしぃ!!」

【明仁】
「いくら見えないからって、くしゃみするときくらい気にしてよ」

【真菜弧】
「るさいなぁ、どうせてんちゃんくらいしか見てないんだから良いじゃんか」

定位置の僕の肩に腰掛けながら、くしゃみをした真菜弧は鼻の下をクシクシと擦っていた。

【真菜弧】
「っかしぃなぁ、風邪でも引いたかな……?」

【明仁】
「死人に医者要らずじゃなかったの?」

【真菜弧】
「のはずなんだけどね、これはもしかするとあれじゃない。
幽霊の私がかかるくらいの風邪だから、地球滅亡レベルの風邪が地球に迫ってるんじゃ!」

【明仁】
「風邪で地球滅亡って、人類ってそこまで軟弱じゃないと思うけど……」

軟弱以前に、風邪で地球滅亡なんてお終いはなんかやだ。
地球が滅亡するレベルの話ならもっとスケール大きな話にしてほしい、例えば太陽に食べられるとか。

【真菜弧】
「ま、幽霊だって完璧ではないということかね……びゃっくしぃ!」

盛大にくしゃみをする真菜弧を見ると、先日行なった豆まきはさっぱり効いていないということかな。
ポルターガイスト現象を使って散々僕に豆をぶつけてくれた、こっちは一粒だって当てられないというのに。

だけど僕もテスト期間中によく豆まきなんてやったもんだ、真菜弧がやれやれ煩かったのが一番の原因だけど……

【真菜弧】
「むぅぅ……てんちゃんは風邪引いてないの?」

【明仁】
「大丈夫だよ、寝るときは毛布いっぱいかけて寝たし、真菜弧みたいに寒い夜中に外行かなかったし」

【真菜弧】
「いつもはこの時期になると真っ先に体壊すくせに。
受験勉強・期末テスト勉強のせいでほとんど寝てないくせに、よく体調維持できたね、授業寝てないくせに」

【明仁】
「真菜弧みたいに無茶しないから、それから勉強中に寝てばっかりだからこの時期に泣きついてきてたんでしょ?」

【真菜弧】
「私は基本的に楽しくないことはしない主義なんでね」

いやその、そこでふんぞり返られても……何1つ褒めるところ無いんだから。

【真菜弧】
「そういえばさ、この時期と云うともうすぐあれの日だよね?」

【明仁】
「あれ? あれって云うと……あれ?」

【真菜弧】
「天誅!」

モサ!

【明仁】
「もぁ!」

頭上の木の枝に積っていた新雪が綺麗に僕の頭と肩を覆い隠した。
いつもの真菜弧お得意の意地悪、慣れてはきたけど最近頻度が高くなっている気がする……

というかこんなことしておいてよく体大丈夫とか聞くね、風邪引いたら十中八九犯人は真菜弧だよ?

【明仁】
「もぅ、なんなのさ」

【真菜弧】
「てんちゃんってばあれあれって、連呼しすぎ! エロいよ!」

【明仁】
「は? へ?」

【真菜弧】
「まったくもう、女の子の前でなんてこと云うかな。
良いこと? 今度から女のこの前であれあれって連呼しちゃダメだからね」

【明仁】
「ぁ、えぇと……わ、わかった」

【真菜弧】
「わかればよろしい、これで恥掻かずに済んだね、私に大いに感謝しなさい」

なんなんださっきからあれあれって、真菜弧から振った話なのになんで僕がこんな目に合わないといけないんだ。

【明仁】
「結局のところ、あれってなんのこと?」

【真菜弧】
「私の話聞いてなかったのか! てんちゃんの変態!」

【明仁】
「そんなぎゃんぎゃん怒らないでよ、真菜弧が振ってきたんじゃないか」

【真菜弧】
「あ、そっちのことか……てっきり幽霊のくせにあの日があるの? なんて無神経な発言してるのかと思ったよ。
この時期にあれって云ったら一つしかないでしょ、チョコの日」

チョコの日って、バレンタインのことを云っているのかな?
だけどバレンタインにチョコを送るのはほとんど日本人だけだから、チョコの日って云うのはちょっとどうだろう?

【真菜弧】
「てんちゃんてばさ、チョコいっぱい貰ってたの?」

【明仁】
「さっぱりだね、僕はそんな女の子と親しくもないし。
僕よりも真菜弧の方がいっぱい貰ってたでしょ、下の学年の子からたくさん」

【真菜弧】
「まね、私ってばもてるから。 ま、今年はてんちゃん以上にもらえないんだけどね。
1対0っていう限りなくレベルの低い戦いだけど」

【明仁】
「? 僕もゼロだけど?」

【真菜弧】
「うぇ、なんで?」

【明仁】
「だって真菜弧から貰えないと僕だってゼロだよ、大体その1ってどこからきたの?」

【真菜弧】
「私以外にてんちゃんと親しい女の子っていったらルナでしょ、ルナから貰えるんじゃないの?」

【明仁】
「お生憎さま、僕は一度だってゆゆちゃんからチョコをもらったことはないよ」

【真菜弧】
「うっそだぁ、私だってもらってたのに、なんで?」

僕がチョコをもらっていないのが心底信じられないのか、眼を大きく開いてパチパチと数回の瞬き。
いや、そんなこと僕に聞かれてもさ……

【明仁】
「あげるのが普通みたいに云ってるけど、ゆゆちゃんの自由なんだから僕にはわかんないよ」

【真菜弧】
「ふーん、私にはくれててんちゃんにはあげてないんだ、なんか意外だな。
となると、毎年てんちゃんにチョコあげてたのって私だけ?」

【明仁】
「そうなるね」

【真菜弧】
「献身的な私のおかげで毎年悲しい思いしないで済んだんだから、感謝しなさいよ」

【明仁】
「……」

確かに毎年毎年、真菜弧はチョコをくれていた、見るのも嫌になるほどの量を。
もらった人数を1とするのならば、僕は真菜弧がくれた1つだけなんだけど……

実際の数を1とするならば、軽く二桁を超えていたっけ。
それを一人で処理する僕のみにもなってよって云ったこともあるけど、当の真菜弧はそれ以上の数をもらうから僕よりも辛いとか云ってたな。

【真菜弧】
「あーぁ、今年は私もこんななっちゃったからてんちゃんにチョコあげれないし。
寂しいバレンタインになりそうだねぇ……」

【明仁】
「正直今年は真菜弧のチョコがなくてほっとしてるんだけど」

【真菜弧】
「んなっ! 折角の女の子からの好意を迷惑だというのかてんちゃんは!」

【明仁】
「そうは云ってないでしょ」

【真菜弧】
「じゃあなんだって云うんだ!」

噛み付いてきそうな形相で肩上の少女は僕に食って掛かる、確かに多かったは多かったんだけど、迷惑だとは思っていなかった。
僕の中では一種の季節の風物詩みたいなもの、だけどそう考えると今年はちょっと寂しいかな……

【真菜弧】
「まったく、あれだけ私の愛をあげたというのにこの子はもう……」

特売品の素材用チョコをあんなにもらってもさ、大体あれは溶かして使うものでそのまま食べるのならあれでなくて良いじゃない。

【真菜弧】
「だけどこのまんま一つもチョコ貰えないんじゃ寂しいよね? 
私がなんかしてあげようか? うん、決定! 今年も私の愛をあげちゃうよ」

【明仁】
「何かって何するつもりなの?」

【真菜弧】
「例えば…………添い寝とか」

【明仁】
「しないで良いよ!」

【真菜弧】
「じゃあ一緒にお風呂でも入る? てんちゃん知らないかもしれないけど、この服脱げるんだよ?」

発言が事実であることを示すかのように、制服のボタンを一つずつ外し始め……って、うぁ!

【明仁】
「ちょっと、天下の往来でなんで脱ぎだすの!」

【真菜弧】
「天下って云われてもどうせ見てるのはてんちゃんしかいないしね、私の柔肌独り占めだよ。
あぁもうてんちゃんってばエロいなぁ♪」

エロいのはどっちですか……

【ゆゆ】
「お早うございます」

【明仁】
「うぁ!」

【ゆゆ】
「ひゃ! ど、どうかされましたか……?」

【明仁】
「あ、ご、ごめん。 いきなりだったからちょっと驚いちゃって」

【真菜弧】
「もうそこまで私の柔肌が見たかったら云ってくれれば良かったのに、今日からお風呂一緒に入ろうね♪」

くぅ……絶対に止めてと云ってやりたいのに、この状況で真菜弧に話しかけたらゆゆちゃんが変な目で見るのは確実。
制服のボタンを全て外し、中途半端に第2ボタンまで外された幼馴染の体に僕の視線はあても無く彷徨った。

【ゆゆ】
「今日から学年末試験ですね、あっくんのおかげで最後のテストも良い結果が出せそうですよ」

【明仁】
「僕のおかげって僕は何にもしてないよね?」

【ゆゆ】
「ふふ、何もしていないと思っているのはあっくんだけですよ。
私はあっくんに色々と教えてもらっていますから」

【真菜弧】
「何々、私が見てないところでてんちゃん何教えたの?」

【明仁】
「うぅん……僕には何か教えたって記憶はないんだけど、ゆゆちゃんのためになったんだったらまあ良いかな」

【ゆゆ】
「今回は初めてあっくんにも勝てそうな気がします、最後ですからちょっと勝負でもしますか?」

【明仁】
「そんな勝負なんて……」

【真菜弧】
「おぉおぉ、まさかルナからそんな発言が飛び出すとは思わなかったね。
てんちゃん受けてあげなよ、勿論負けたほうにはペナルティーありだよね、ね?」

【明仁】
「えぇと……負けたら何かペナルティーとかある?」

【ゆゆ】
「あればあっくんがしても良いというのであれば、私は構わないですよ」

普段勝負事を好まないゆゆちゃんにしては意外な発言だ。 何か心境の変化でもあったのかな?
ゆゆちゃんがやる気である以上、ここで僕が断わると真菜弧がグチグチと煩くなるのは目に見えている。

最後くらいゆゆちゃんとちょっとした勝負をするのも悪くないかな。

【明仁】
「うん、それじゃあ勝負してみようか」

【ゆゆ】
「決まりですね、判定は学年順位で良いですよね。
ペナルティーは……ありきたりですけど、負けた方が勝った方に何か秘密を一つ打ち明ける、というのはどうですか?」

【明仁】
「依存はないよ」

【ゆゆ】
「ふふ、なんだかこういうのも楽しいですね。 負けませんからね」

【明仁】
「僕だって負ける気はないよ」

【真菜弧】
「頑張れルナー! てんちゃんなんかバーンと倒しちゃえ!」

あ、真菜弧はゆゆちゃん派なんだ……

突発的に行われることになった自分の秘密をかけた学年末テスト。
テストはいつも気を抜けないけど、いつも以上に気を抜けないテストになりそうだ……

……

カツカツカツ、パサパサパサ、パキン……

静まり返った教室にはシャープペンシルの走る音と芯が折れる音、それから消しゴムをかける音だけが小さく聞こえている。
残念ながら僕にはそれ以外にも一つ、テスト中だというのに僕に話しかける声が聞こえていた。

【真菜弧】
「ねえねえこのBの写真ってばさ、平等院鳳凰堂とかいうやつだよね、ね、ね?」

【明仁】
「……」

そうだよと口で云うわけにもいかないので、プリントの端にそうだよと筆談してあげる。
僕の首に抱きついた真菜弧は得意げな顔でうんうんと一人頷いていた。

他の人は自分一人の力でやってるのに二人でやるのってずるくない?
と云われてしまうかもしれないが、心配ご無用、真菜弧は大した戦力にならないから……というか、本当にさっぱりで。

【真菜弧】
「ん〜、なんかもう訳わかんなくなってきた。 ねえてんちゃん、なんだったら私がみんなの答え見てきてあげようか?」

【明仁】
「……」

『そんなことしなくて良い、大人しくしてて』と筆談で返す。

【真菜弧】
「だってぇ、見てても面白くないんだもの。 それに私が見てくればルナにも勝てるよ」

【明仁】
『インチキは良くない、正々堂々とね』

【真菜弧】
「てんちゃんってば真面目だねぇ、社会に出ると正々堂々とか云ってたらすぐ消えちゃうよ?」

【明仁】
『その時はその時立ち回れば良いだけ』

【真菜弧】
「てんちゃんにはそんな器用なこと出来ないと思うけど……あぁもう退屈だぁ!」

【明仁】
『静かにしててよ……』

【真菜弧】
「私はテスト中にじっとしてらんないの、だからいつも絵描いて遊んでたのに。
ねえ、泳いできても良いでしょう? てんちゃんに人の答えは教えないから」

【明仁】
『なら良いけど、人の邪魔しちゃダメだよ……』

【真菜弧】
「わかってるわかってるって♪」

僕から許しが出たのがよほど嬉しかったのか、するりと僕の首から抜け出て教室の遊泳を楽しみ始めた。
今日は後二つもテストがあるのに、1時間目からこれじゃあ最後のテストはずっと愚痴り続けられるかもしれないなぁ……

……

1時間目の歴史、2時間目の物理・化学を終え、今は今日最後の英語の時間。

【明仁】
「……」

1時間、2時間と煩かった真菜弧だったけど、3時間目はとても静か、まったく愚痴る声は聞こえてこない。
まあそれも当然、嫌気がさして教室から出て行ってしまったくらいだもんな……

きっと屋上にでも行って景色でも眺めてるんじゃないのかな?

……

しんしんと音もなく降り積もる雪がゆっくりと、それでいて確実に世界を白に染め上げていく。
木々の緑や幹の色、アスファルトの色までもが雪の白へと浸食されていく。

【真菜弧】
「……」

雪が降り積もってとてもじゃないけど屋上で休憩なんてできはしない、だけど私にそんなことは関係なし。
寒くもないし、服や髪が濡れることもない、頭に雪が降り積もることだって当然なかった。

両手で頬杖をついて眺める景色、昔は何にも感じなかったけど、何でだろうか今日は一段と物悲しい……

【真菜弧】
「……」

ふわりと宙に舞い、一回転を加えてから屋上の手すりへと腰を落ち着ける。

【真菜弧】
「はぁ……なんというか、完全に除け者扱いだよね」

返答を返す者などこの時間この場所にいるわけないとはわかっていても、どうしても口から出てしまう。
何でも良い、独り言でも良いから喋ってないとどうしても落ち着いていられない。

【真菜弧】
「つい先日までは、私もあの中の一人だったんだけどなぁ……」

さすがにもう忘れたって云う人はいないと思うけど、誰だって過去の人とは思ってるよね。
クラスの中で過去形になってないのはきっとてんちゃん一人だけ……

【真菜弧】
「当然といえば当然だよね、私はもう死んじゃってるんだから。 過去の人になるのも無理ないか」

はははっと誰もいない空に向かって苦笑い、自虐は好きじゃないんだけどどうしてだろうな?

すっと伸ばした手のひらの上に、はらりと雪が一片舞い降りた。
しかしそんな一瞬の停滞もなく雪は下に待つ雪の肌へと舞い降りていった。

【真菜弧】
「今も私はこうやっているのに、本当の私はもういない……」

空気みたいな存在? ……いや違う、空気のようにそこになければならない存在じゃない、道端の石ころと同じ存在かな。
いることに意味もなく、気付く人だっていない。

【真菜弧】
「ねえ、あなたはどう?」

私のやや上でふよふよと浮かんでいた人魂をちょんと突いてみた。
人魂はくすぐったかったのかはよくわからないけど、もそもそと小さく揺らめいて私に反応を返してくれた。

【真菜弧】
「あなたも私と同じ存在。 私と同じく、寂しくない訳無いか」

私の呟きに応えてくれたのか、くるくると私の眼の前で回り、左右への移動を行ったり来たり。

【真菜弧】
「ふふ、おいで……」

雪を受けとめようとした時と同じように手を差し出すと、私の手のひらの上に移動してちろちろと柔らかく燃えていた。
もう片方の人魂もそれを見ていたのか私の手のひらへと寄ってくる。

【真菜弧】
「私の気持ちがわかるのはあなたたちだけ、か……私もずっととこのままだと、あなたたちみたいに人魂になっちゃうの?」

今度は返答に困ったのか、二つの人魂はまるで相談でもするかのように寄り添ったり燃え方を変えたりしていた。

【真菜弧】
「はは、可愛いね」

しんみりしていた私、似合わないとはわかっていてもこんな状況でも能天気に笑っていられるほどできていない。
だけどこの子たちを見ていたらなんだか笑いがこみ上げてきた、笑いとはいっても軽く微笑める程度のものでしかないけど、今はこれでも十分だ。

キンコーン

【真菜弧】
「お、テスト終了の鐘。 二人とも行くよ、ぐったりつかれたてんちゃんの後ろから大声出して驚かせようね」

定位置に戻った人魂二人を確認し、今度は私が定位置であるてんちゃんの肩へ……
いつの間にか決まっていた私の定位置、後どれくらいそこは私を定位置として迎え入れてくれるのだろうか?

……

学年末テストは滞りなく終了し、これでもう授業らしい授業というものはなくなってしまった。
残りの授業は大体テストの返却と答え合せなんだけど、それも先日全て終わってしまった。

【真菜弧】
「後はルナとどっちが順位が上か、だね」

【明仁】
「そうなんだけど……ちょっと今回は自信ない」

【真菜弧】
「思いの外英語で伸び悩んだから? 大丈夫大丈夫、英語は軒並み平均点低かったじゃん。
そんな中であれだけ取れたんだから不安材料なんてないも同じでしょ、他は全部平均点を大きく上回ってたし」

【明仁】
「とはいうけどさ……英語はゆゆちゃんの得意分野だよ」

【真菜弧】
「そういえばそうだったね、じゃあてんちゃんの負けじゃない?
今のうちに暴露する秘密考えておいた方が良いよ、前から好きでした、とか云ってみたら」

僕の肩の上で、少女はニカニカといつもの笑みを見せていた。
だけど僕の秘密か……僕が今まで誰にも云わなかった秘密といえばやっぱり……

【明仁】
「……」

【真菜弧】
「ん? どしたの、惚れた?」

【明仁】
「いや、ね…………もしも、僕がゆゆちゃんに真菜弧はまだここにいるってことを教えたら、どうなるかなってさ」

【真菜弧】
「たぶんてんちゃんがイタい子って思われてお終いだと思うよ。
それから私のことは却下、それっててんちゃんの秘密というよりも私の秘密だし」

【明仁】
「……それもそうだね」

ゆゆちゃんはあまり冗談の好きな子ではない、僕が真菜弧はまだここにいるなんて云ったって悪い冗談ととられて嫌な顔をされるだろう。
でも、このままずっと真菜弧のことをゆゆちゃんには教えなくて良いのだろうか?

真菜弧はゆゆちゃんにとって僕以上に長い間一緒にいた幼馴染、本来真菜弧が見えるのは僕ではなくゆゆちゃんではないのだろうか?
どうして僕が真菜弧を見る力と云ったら良いのか権利と云ったら良いのかわからないけど、そんなことが可能になっているのだろう?

【明仁】
「むぅぅ……」

【真菜弧】
「どう、なんか秘密思いついた?」

【明仁】
「わわ!」

頭の上から正面へと顔を覗き込まれた、あまりの仰天映像に少しだけ大きい声が出てしまう。

【真菜弧】
「いい加減私がどこから出てきても慣れようよ」

【明仁】
「考え事してるときにいきなり出られると、体に悪いよ」

【真菜弧】
「考えごとねえ、できるだけ急いだ方が良いよ。 そろそろ結果発表の時間だからね」

時計に眼をやるとそろそろ一時になろうかというところだった。
この学校ではテストが終った数日後、テスト結果の合計と順位を張り出すことがお決まりとなっている。

今まで勝負にこだわったことはなかったけど、今回は初めて二人とも納得の勝負事、出来ることなら勝つ方が良いよ。

キンコーン

1時の鐘が鳴り、クラスに待機していた生徒は一斉に張り出された結果へと足を運ぶ。

【真菜弧】
「ほらほら、早く行こうよ。 もしてんちゃんが負けちゃったら、慰めとして一緒にお風呂入ったげるから泣かないでね」

【明仁】
「泣かないよ、それにお風呂は一人で入る!」

【ゆゆ】
「……どうしましたか? 大きな声出して?」

【明仁】
「え、な、なんでもないよ、なんでも」

【ゆゆ】
「なら良いですけど、私たちも行きましょうか。 最後のテストくらいあっくんの上に立ってみせますから」

【明仁】
「そう簡単に負けないからね、ペナルティのこと忘れてないよね?」

【ゆゆ】
「勿論です、ですがそれはあっくんも同じことですよ。
あっくんにどんな秘密があるのか、凄く気になりますから♪」

【真菜弧】
「なんか自信たっぷりだね、これはてんちゃんも覚悟しておいた方が良いよ」

……

テスト結果の前には大量の人だかり、ここからだとさすがになんて書いてあるのかもわからないな。

【ゆゆ】
「仕方がないですね、もう少し待ちましょう」

【明仁】
「だね」

【真菜弧】
「なんだったら私が見てこようか?」

【明仁】
「良いよ、あんまり人から結果を教えてもらうのって嬉しくないし」

真菜弧と会話をするものの、周りの騒々しさもあいまってゆゆちゃんが不信感を抱くことはなかった。

【ゆゆ】
「このテスト結果が終ってしまうと、この学校ですることももうほとんどなくなってしまうんですね」

【明仁】
「そうなるね、後は卒業式の予行練習に来るくらいしか僕たちにはないね」

【ゆゆ】
「定番の科白になっちゃいますけど、早かったですね、それから色々ありました……
あっくんは入学する数日前のこと、憶えてますか?」

【明仁】
「数日前っていうと確か……」

もうそれなりに前のことなので何のことを云っているのか考えたけど、不意に眼の合った真菜弧の顔を見てピンときた。

【真菜弧】
「?」

【明仁】
「真菜弧が繰り上げ合格したって話?」

【ゆゆ】
「はい、当たりです」

【真菜弧】
「なっ! そんな話今するなよ!」

真菜弧は受験日にすこぶる体調が悪く、途中で保健室にまで行く騒動があった。
当然受験の結果は最低ライン、合格できるかできないか、4対6ぐらいで受験失敗の文字が真菜弧の頭を掠めていた。

僕とゆゆちゃんはすんなり合格通知が届き、真菜弧には合格通知はおろか不合格通知さえも届きはしなかった。
どうなってるんだとぎゃんぎゃん騒がれたけど、結局入学式の一週間前にようやく合格通知が届いたというわけだ。

僕とゆゆちゃんにとっては楽しい想い出だけど、真菜弧にとっては蛇の生殺し状態になった思い出したくもない過去だろう。

【ゆゆ】
「合格が決まったと真っ先に私のところへ電話してきて、あっくんの部屋で合格祝いをしましたよね」

【明仁】
「そこはあんまり思い出したくないなぁ……」

合格で調子に乗った真菜弧がお酒を持ち出し、そのまま三人して翌日は酷い二日酔いになった。
しかも張本人の真菜弧が一番症状が重く、しばらく僕の意部屋から出ることさえかなわなかったくらいだから。

【真菜弧】
「ふん、どうせ私はお酒弱いですよ!」

僕が何を考えているのかを悟ったのか、文句を云ってツンと顔を背けてしまう。

【ゆゆ】
「あっくんの合格も決まったことですし、たまには一緒にご飯でも食べませんか?
よろしければ私が作りに行っても良いですよ、最近あっくんにご飯作ってあげていませんから」

【明仁】
「それは嬉しいけど、ゆゆちゃんは迷惑じゃない?」

【ゆゆ】
「大丈夫ですよ、そんなに一緒にいる時間ももう多くはないですから。
卒業してからはお互い別々の学校へ、考えてみたらこれが初めてですね、あっくんはやっぱりこの街からは?」

【明仁】
「うん、ちょっと通うには遠いからね」

次の学校はゆゆちゃんは地元、僕は外部になる。
電車だと毎日2時間以上かかるから、春までに新しい住居をみつけに行かないといけない。

【ゆゆ】
「じゃあなおさらですよ、もう機会もそんなに無いですから近いうちに一緒にご飯食べましょう」

【明仁】
「わかった、じゃあゆゆちゃんの手が空いているときにでも」

【ゆゆ】
「お任せください。 あ、空いてきましたよ」

少しずつまばらになり始めた人の群の中、ゆっくりと足を進めながら書かれている文字を追っていく。
まだ遠めだけど、驚くほど早く二人の名前はみつけられた。

【明仁】
「あ、あった」

【ゆゆ】
「あぅ……はぁ、今回も私の負けなんですね」

順位は上から数えて僕が二番、ゆゆちゃんはそれより二つ下の四番だった。
だけど僕とゆゆちゃんの得点差は僅か9点、接戦とよんで良い好試合だったみたい。

ちなみに総合一位は予想通り河合くん、失点僅か4点の好成績。
まあ河合くんはいつも学年トップだから今回もトップだとは思ってたけど、改めて見るとやっぱり凄い。

【真菜弧】
「おぉー、やっぱりてんちゃんの勝ちなんだ。 良かったね、これでルナの恥ずかしい秘密聞けるよ♪」

【ゆゆ】
「仕方がないですね、やっぱりあっくんには敵いません。
あの、自分で云い出しておいて都合が良いかもしれないんだけど……ペナルティのこと」

【明仁】
「別に云わなくても良いよ、今度ゆゆちゃんにはご飯作ってもらえるし」

【ゆゆ】
「そうじゃなくて……その、教えるのは良いんだけど、もうちょっと待ってもらえないかな?」

【明仁】
「? 云いたくないなら教えてもらわなくても僕は良いんだけど」

【ゆゆ】
「それはフェアじゃないですから、ペナルティはペナルティとしてちゃんと果たします。
……それではダメでしょうか?」

【明仁】
「ゆゆちゃんなりの考えがあるだろうから、いつでも良いよ」

【ゆゆ】
「ありがとうございます、ぁ、少し用事がありますのでお先に失礼しますね」

ニッコリ微笑んだゆゆちゃんは丁寧に頭を下げ、顔には笑顔を浮かべたまま小走りでその場を立ち去った。

【真菜弧】
「まだ時期じゃないってことだね、くしし、一体何を暴露することやら♪」

【明仁】
「別に教えてもらわなくても良いのに」

【真菜弧】
「わかってないなぁ、秘密を暴露するにも一番良いシチュエーションってのがあるんだよ。
それに今を避けたってことは、てんちゃん以外にこんな人がいるところでは云えないようなことなんだろうね」

なるほど、確かに僕以外にこんなに人がいれば誰に聞かれるかわかったものじゃない。

【明仁】
「でも、だとすればなおさら云わなくて良いような気もするんだけど……?」

【真菜弧】
「その辺はルナに教えてもらったときにわかるんじゃない。
ルナも教えることを拒んだわけじゃないし、むしろ……おっと、これ以上は他言無用だね」

何かに気付いている真菜弧と何のことだかよくわからない僕。
ちょっとだけ気になることも残ったけど、卒業式前最後の足枷行事は楽しみながら幕を下ろしていった。

……

【真菜弧】
「くしし、やっぱりゼロだったね」

【明仁】
「放っておいてよ、どうせ最初から期待はしてなかったし」

今日は2月の14日、世間ではバレンタインでチョコが飛ぶように売れる日だ。
クラスでも恥ずかしそうにチョコを渡す女生徒や、あっけらかんとした顔でたくさん配る女生徒の顔が結構見れた。

毎年僕にチョコをくれたのは真菜弧だけなので、予想通り僕は誰からももらっていない。

【真菜弧】
「こんな日に、こんな寒空の下で悲しいねぇ。
だけど心配しないで、今日は特別に私が一緒にお風呂入って慰めてあげるから。
その後はてんちゃんが泣きやむまで添い寝してあげるから、妬け起こしちゃダメだよ」

【明仁】
「……僕そんなに落ち込んで見えるかな?」

【真菜弧】
「全然」

【明仁】
「だったらお風呂とか添い寝とか云わないでよ」

【真菜弧】
「てんちゃんには勝手に居候させてもらってるから、何か恩返しでもってね。
女の子が一緒にお風呂入ってくれたり添い寝してくれたりするのって男の子にしたら夢みたいなもんじゃないの?」

【明仁】
「……ど、どうだろう?」

真菜弧の勝手な自論に曖昧な返事を返し、吹き抜ける風の冷たさに体を強張らせた。

……

【真菜弧】
「傘持っていかなかったから危なかったね」

【明仁】
「だね……ぁ、ゆゆちゃん」

【ゆゆ】
「あっくん、待っていましたよ」

【明仁】
「どうしたの、僕の部屋の前で。 待ってたって、僕を?」

【真菜弧】
「てんちゃんってば慌てすぎ、云ってることなんかおかしいよ」

僕が教室を出るとき既にゆゆちゃんの姿は教室になかった。
先に帰ったかどこかに用事でもあるかと思ったんだけど、まさか僕の部屋の前で待っているとは思わなかったよ。

【ゆゆ】
「はあぁ……やっぱりこの時期の外って寒いですね」

【明仁】
「もしかして、もう結構長いこと外に?」

【ゆゆ】
「うぅん、20分くらいかな」

【明仁】
「なんでそんな時間まで僕の部屋の前なんかに、用があれば連絡してくれればすぐ訪ねたのに」

【ゆゆ】
「なんて云ったら良いのかな、あんまり家の人に見られたりするのは恥ずかしいっていうか。
………はい、あっくん」

ゆゆちゃんが差し出す手くれたのは可愛らしくラッピングされた小箱。
このラッピングと今日が何の日であるかを考えればこれがなんであるかは当然。

【ゆゆ】
「今日はバレンタインですから、チョコレートです。 どうぞ」

【明仁】
「ぁ、ありがとう……」

あまりにも意外な、まったく予想していなかったことが眼の前で起こると人は驚くよりも呆然としてしまう。

【明仁】
「でも、どうして僕に?」

【ゆゆ】
「もう今年くらいしかあっくんにチョコレートをあげるような機会が無さそうでしたから。
それに、私があげないと一つも貰えないのってなんだか寂しいじゃないですか」

口元に指を当てて楽しげに笑う、なんだかちょっと同情されたみたい……
とはいうものの、初めてゆゆちゃんからチョコをもらったということに変わりはない。

【ゆゆ】
「それじゃあ私はこれで、ちゃんと食べてくださいね」

【明仁】
「うん、ありがとね」

【真菜弧】
「くししし、良かったじゃんてんちゃん♪ 一個とはいえ貰えると貰えないでは雲泥の差があるからね。
だけどてんちゃんってば嘘ばっかり、ちゃんとルナもチョコくれるじゃない」

【明仁】
「こんなこと初めてだよ、ゆゆちゃんどうしたんだろう……?」

【真菜弧】
「どうしたって、さっきルナが云ってたじゃんもうあげる機会無いって。 どっかおかしかった?」

【明仁】
「そうじゃないけど……」

【真菜弧】
「じゃあ良いじゃん、で、ルナはどんなチョコくれたの?」

……

綺麗に包装されたラッピングを剥がし、蓋を開けると小さく1口サイズにまとめられたホワイトチョコが敷き詰められていた。

【真菜弧】
「へえ、ホワイトチョコなんだ。 ルナってばやるぅ♪」

【明仁】
「ホワイトチョコだと何かあるの?」

【真菜弧】
「てんちゃん忘れてるの? 前に三人で映画見に行ったの憶えてないかな。
確か一年前の今日だよ、『Chocolate Kiss』っていう映画」

あぁ、そういえばそんな映画を見に行った気がする。
前半戦は半分寝ていた真菜弧が、珍しく後半で感動したとか云ってたっけ。

【真菜弧】
「その映画のヒロインの科白だよ。
『ホワイトチョコは純真無垢な私の姿、ビターの苦さを知らず、甘さしか知らない私ですけど。
こんな私でよろしければ、私の全てをあなたに捧げたい……』」

両手を胸元で握り締め、少しだけ節目がちになりながら映画の科白を朗読する。
わかってはいたけど、真菜弧がやってもなんか似合わないな。

【明仁】
「……」

【真菜弧】
「…………なんか云えよ! 恥ずかしいじゃないか!」

【明仁】
「恥ずかしいなら云わなければ良いのに、だけどゆゆちゃんがそんなことを考えているかな?」

【真菜弧】
「わかんないよ、見たところそれ手作りだし。
手作りだったら普通は褐色のチョコだよ、それをあえてホワイトチョコにするってことは」

【明仁】
「その映画だと茶色のチョコはなんて云ってたの?」

【真菜弧】
「なんて云ってたかは覚えてないなぁ、だけど後日談ではホワイトチョコは初めの一回だけで、後はずっと普通のチョコなんだって」

【明仁】
「どうして?」

【真菜弧】
「それだけ初めて贈るチョコには意味があるってことじゃない? ホワイトチョコは女の子の処女と同じってことかな」

女の子がそうやって云いにくいことをサラッと云うのはどうかと思うけどなぁ……

【真菜弧】
「チョコについて考えるのはそれくらいにして、折角だから食べてみたら?」

【明仁】
「うん……あく」

チョコに歯を立てるとサクっと心地良く歯が沈む、どうやら中はクッキー生地で周りをチョコでコーティングしているみたい。
味は普通に美味しかった、ゆゆちゃんは料理上手だから美味しくないことはないと思っていたけど、やっぱり美味しかった。

【真菜弧】
「私も一つ貰うよ」

貰って良いかと聞かない辺りが真菜弧らしい、チョコを一つ摘んで口の中へ。
改めて見てもどうして幽霊なのに物が食べられるのか不思議だ。

【真菜弧】
「もくもく……うん、さすがルナだね。
だけど初めててんちゃんに贈ったチョコがホワイトチョコだなんて、ルナってばてんちゃんに告白したつもりなのかな?」

【明仁】
「んぐ! ちょ、ちょっと、変なこと云わないでよ」

【真菜弧】
「幼馴染はポイント高いらしいよ。 てんちゃんも告白するんだったら今の時期しかないから、後で後悔すんなよ♪」

【明仁】
「もう、僕とゆゆちゃんはそんなんじゃないってば!」

【真菜弧】
「はいはい慌てない慌てない、あ、ルナにチョコ貰えたから私とのお風呂&添い寝サービスはまた今度ね♪」

【明仁】
「いい加減にしないと僕も怒るよ!」

【真菜弧】
「たーいさ〜ん♪」

サッと壁を抜けてどこかえ消えてしまった、まったくもう、どうして真菜弧はいつもいつも僕をからかうかな?
真菜弧に熱せられた頭を緩和するためにゆゆちゃんから貰ったチョコを1口。

淡い甘さが頭の神経をにぶらせて緩和していく、よし、落ち着いてきた。

【明仁】
「ゆゆちゃんからの初めてのチョコ、か……」

幼馴染からの初めての経験、バレンタインデーはいつも大量の板チョコを消費するのが風物詩だったけど
今年のバレンタインはやんわりとお腹を満たしてくれる、ホワイトチョコのように柔らかくとても落ち着いた日になりました。






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