【空虚の時間・世界】


【明仁】
「……」

なんだか当たり前なのか違和感があるのかよくわからない。
年明け最初の授業は滞りなく進み、何の問題もなく2時間目、3時間目、4時間目と過ぎ去って気付けば昼休み。

授業が滞りなく進むのはいたって普通かも知れないが、僕には少し納得が出来なかった。
クラスから生徒が1人消えた、それなのに何事もなく授業は進んでいる。

こんなことに違和感を抱く僕はどこかおかしいのだろうか……?

【ゆゆ】
「あっくん」

【明仁】
「え……」

横手から不意にかけられた声に、一瞬体がびくりと跳ねた。

【ゆゆ】
「お昼、一緒に食べませんか?」

【明仁】
「うん……良いよ」

お弁当を手にしているゆゆちゃんが昼食を誘ってくれた。
ゆゆちゃんの席はいつも僕の前、柊君が席を貸してくれる。

柊君はいつも学食、なんでも学食にはロマンがあるとか何とか……

2人なら席は1つあれば十分、今までは隣にいた真菜弧の机もくっつけて3人でいつも昼は食べていたっけ。

【ゆゆ】
「……なんだか、恥ずかしいですね」

【明仁】
「そうだね」

今までは3人いたから良いけど、今は2人。
必然的に僕とゆゆちゃんは向き合う恰好になり、なんだか照れくさい。

【ゆゆ】
「いただきます」

【明仁】
「ます」

2人でお弁当を広げ、昼食を始めた。

【ゆゆ】
「……」

【明仁】
「……」

もくもくとご飯を口に運ぶ2人、どうしても会話が生まれてこない。
今までは何かにつけて真菜弧が話を切り出していたために、僕たちが切り出すことはあまりなかった。
そのうえこの配置、弾んだ会話なんて生まれるはずもない。

【ゆゆ】
「あの……」

【明仁】
「ん?」

【ゆゆ】
「あ、いえ……なんでも」

こんな会話とも云えない言葉のやり取りだけが繰り返される。
もともとよく喋る気質ではない僕たちには、食事をしながらの楽しいおしゃべりなんて難しすぎる。

彼女はもういないというのを、改めて痛いほど実感させられる場面だった……

……

【教師】
「87ページに移って……おっと、もうこんな時間か
それじゃあ続きは次回に持ち越そうか、委員長?」

初老の男性教師の合図でクラスに号令がかけられる。
最終授業も終わり、今日はこれでお開き。

【明仁】
「ふぅ……」

午後の授業も何の変化もなく進行され、一日の授業全てが終わってしまった。

学校側にしてみれば、1人の生徒がいなくなってしまたことは悲しいかもしれないが
そのために他の生徒の進行を遅らせるわけには行かないという考えがあるのかもしれないな。

【明仁】
「はぁ……」

再び溜め息、もう一日に何回溜め息をついているんだろう……

【ゆゆ】
「あっくん、これから何か予定はありますか?」

【明仁】
「いや、特にないけど?」

【ゆゆ】
「それじゃあ一緒に帰りませんか?」

【明仁】
「わかった……」

ゆゆちゃんに誘われ、手早く帰宅の準備に取り掛かった。

……

朝から降り続いていた雨はようやく止んでおり、朝以上に寒さを感じた。

【明仁】
「さむぅ……」

ぶるぶると体が震え、外にいることを拒否していた。

【ゆゆ】
「はい……」

そんな僕を見てか、ゆゆちゃんは朝と同じようにマフラーを首に巻きつけてくれた。

【ゆゆ】
「行きましょうか」

にっこりと微笑むゆゆちゃんの横に付き、僕たちは学校を後にした。

吐く息が白く靄を作り、一瞬にして外の景色に溶け込んだ。
朝と全く同じ光景、違いをあえてあげるなら雨が降っていないくらいだった。

【ゆゆ】
「はあぁぁ……」

【明仁】
「ゆゆちゃん、やっぱり無理してない?」

手に息を吐きかけ、両手を擦り合わせるゆゆちゃんの姿を見ているとどうしても罪悪感にかられてしまう。

【ゆゆ】
「いえ、私は平気です、あっくんはまだ肺炎が治って間もないんですからあったかくしてなくちゃダメですよ」

そうは云ってくれるものの、ゆゆちゃんの首筋には薄っすらと鳥肌が立っていた。
マフラーを返したとしても、きっとゆゆちゃんは受け取ってくれない。
ゆゆちゃんはそういう女の子だから。

じゃあどうするか、どうすれば少しでも暖かさをあげられるのだろう?

【ゆゆ】
「へ……」

【明仁】
「……」

僕はゆゆちゃんの手を握り締めた。
ゆゆちゃんの手は冷たいとまではいわないが、到底温もりがあるとはいえない温度だった。

【ゆゆ】
「あ、あっくん……?」

【明仁】
「少しでも、あったかい……かな?」

【ゆゆ】
「…………うん」

【明仁】
「良かった……」

自分でやっておいてなんだが、むしょうに恥ずかしい。
空いている方の手で、僕は無意識のうちに頬をポリポリとかいていた。

【ゆゆ】
「ふふ……あっくんがこんなことしてくれるなんて考えて無かったな」

【明仁】
「僕も初めてだからね……それに、ゆゆちゃん凄い寒そうだったし」

【ゆゆ】
「それはあっくんにもいえることだと思いますよ、だけど、なんだか朝にも増して寒いですね」

【明仁】
「このぶんだと近いうちに雪降るかもね」

【ゆゆ】
「雪……嫌だな」

【明仁】
「寒いから?」

【ゆゆ】
「そうじゃなくて……滑って転ぶから……」

あぁ、そういえばそうだっけ。
物腰はいつも落ち着いているゆゆちゃんだけど、少々おっちょこちょいなところがある。
毎年この季節になると、僕や真菜弧の前で派手に転んでいたっけ。

【ゆゆ】
「雪なんて降らなければ良いのに……」

【明仁】
「そう? 僕は結構好きだけどな」

【ゆゆ】
「寒がりのあっくんとは思えない発言です、どうしてですか?」

【明仁】
「だって」

【ゆゆ】
「だって……?」

【明仁】
「滑って転んだゆゆちゃんの可愛い顔が見れるから」

【ゆゆ】
「なっ!……」

ゆゆちゃんは顔を赤面させ、わなわなと可愛らしく怒りをこみ上げた。

【ゆゆ】
「あ、あっくん! あっくんはいつもそんなふうに私を見てたんですか!」

【明仁】
「だってねぇ、実際可愛らしいんだからどうしようもないよ」

【ゆゆ】
「むうぅ……あっくんの莫迦!」

握っていた手を解き、1人早足で歩き出してしまう。

【明仁】
「おーい、待ってよー」

【ゆゆ】
「ふん」

横に並んでもツンと顔を背けてしまう。
もしかしてゆゆちゃんにとって、あれは触れちゃいけないことだったかな……

【明仁】
「あの……怒ってる?」

【ゆゆ】
「……」

【明仁】
「怒ってるね……ごめんね」

【ゆゆ】
「……別に謝らなくても」

【明仁】
「少しでもゆゆちゃんが傷付いたのなら全部僕の責任だから
誰でも云われたくないことってあるもんね」

【ゆゆ】
「……ふふ」

さっきまで怒っていた顔が、いつものような笑顔に戻る。

【ゆゆ】
「あっくんは本当に優しいですね……云っておきますけど、私は少しも傷付いてはいませんから」

【明仁】
「そっか、良かった」

【ゆゆ】
「ちょっと、優しすぎるかも……です」

【明仁】
「ゆゆちゃん、今何か云った?」

【ゆゆ】
「いいえ、何も」

再び2人並んで視線を交差させる。
いつもなら僕の横にもう1人いたんだけど、それももう過去の話。
ぽっかりと空いてしまった僕の隣、ここが埋まることはこの先もきっと無いんだろうな……

【明仁】
「あ……」

僕の鼻先を何か白い綿のような物が掠めた。
綿はさあっと姿を消し、冷たさと水分を僕の鼻に残していった。

【ゆゆ】
「雪、降ってきましたね」

見上げればちらちらと白い綿のような物、冬季限定品である雪が舞い降りていた。
まだ降り積もるだけの硬く重い雪ではなく、地に落ちた雪はその場に留まることなく消えてしまう。

【明仁】
「初雪だね」

【ゆゆ】
「そうですね」

ひらひらと幻想的であり、なおかつ少しもの悲しさに溢れている冬の風物詩
この雪は、今年の初雪だった……

……

【明仁】
「それじゃ、また明日ね」

【ゆゆ】
「はい、また明日」

ゆゆちゃんに別れを交わし、僕はアパートへ、ゆゆちゃんは自分の家へと入っていった。

【明仁】
「ふぅ、さむさむ……早くストーブ付けないと凍えるよ」

一刻も早く暖を取りたく、急いで部屋へと戻る。

部屋に戻ってストーブのスイッチを入れるが、勿論すぐに暖かくなってはくれない。
一応部屋の中なのだが、室内温度は外気温とほとんど変わりが無かった。

【明仁】
「早く暖かくなってよ……」

震える体を抱きしめながら、ストーブの吹き出し口をじっと眺めていた。
やがて、ぽんという着火音と共に、温かい風が吹き出し口から吐き出された。

【明仁】
「はぁ……生き返るよ」

部屋の中が暖かくなり、ぬくぬくになってきたので手っ取り早く部屋着へと着替える。
厚手のセーターが僕の部屋着、そういえばこのセーター、去年ゆゆちゃんが縫ってくれたものだっけ。

僕のセーターを見た真菜弧が、駄々っ子のようにゆゆちゃんにねだっていたのが思い出された。

【明仁】
「……」

何かにつけてあいつの顔が浮かんでくる。
それだけ僕とゆゆちゃんの間には、いつもいつもあいつの存在が大きかったんだと実感させられる。

忘れろと云われても絶対に無理である。
だけど、いつかあいつのいない生活に慣れなくちゃいけない。

そう考えると、急に寂しい感じになってくる。

【明仁】
「真菜弧……」

机に置かれた写真立て、その中には僕の腕に抱きつく真菜弧の姿がある。

写真に撮られることが好きで、いつも笑顔で写真にブイサインなんかをしていた彼女にしては珍しく
この写真だけは笑顔というよりも、なんだか悲しげな表情をしていた……

壁に貼り付けられた僕やゆゆちゃんと一緒の写真は全部笑顔なのに。
どうしてなんだろうな……

【明仁】
「……いけないいけない、あまりあいつのことばっかり考えるのは止めよう」

ゆゆちゃんにも云われたじゃないか、もう真菜弧を放してやれって……
軽く頭を振って思考を切り替え、夕食の買出しへと向かうことにした。

……

【明仁】
「さてと……何を作ったもんかな」

とりあえず日持ちしそうで安めの食材を購入してきたけど、一体何を作ろう?
僕の料理はいつも食材を買ってきてから決まる、したがって売ってる材料次第なのである。

こう見えても多少の料理なら出来る、もっとも美味しいか不味いかで云ったらどちらとも云えないのだけど……
まあ食べれる物は出来る、今までだって鍋が爆発したことは一回も無い。

【明仁】
「キャベツ、ネギ、卵、もやし、豚……鍋にしよう」

この材料なら鍋よりももっと良い物があるような気がするけど、まあ考えない方向で行こう。
鍋は男の料理、材料を切って煮れば出来てしまう簡単料理だ。

【明仁】
「キャベツ切って……ネギ切って……」

包丁でざんざんと乱雑にキャベツを刻む。
鍋は乱雑に切る方が良いらしい…………確か。

まあ小さくたって大きくたって食べる僕が満足すれば良いんだ。
その後も気にせずネギを刻み、もやしの芽を取り、鍋の下準備。

結果的に鍋が出来上がったのは僅か30分後のことだった。

【明仁】
「いただきます」

くつくつと煮える鍋から野菜を掬い取る。
鍋といっても具は少ない、勿論一人前だけ作るのだから大量の材料を入れられるはずもない。
冬に1人寂しく鍋、普通鍋は大勢で食べる物だよ……

そんなことがふとよぎったが、特に気にもせず食事を始めた。

【明仁】
「あぐあぐ…………美味い……かな」

特別美味しいわけではない、しかし特別不味いわけでもない。
僕が食べるにはこれで十分かなってところだ。

その後も黙々と食べられる鍋、当然一人暮らしなのだから話す相手はいない。
鍋の選択は失敗だったようだ、やっぱり鍋は何人かで会話をしながら食べる物だよ。
一人でやる鍋は、なんだか負け組みのような感じがしてならなかった……

……

かりかりと走らされるシャープペンシルの音、暖気を吐き出すストーブの音、それから僕の呼吸の音。
勉強中の僕の部屋にはそんな音しか聞こえてこない。
外では時折、救急車や警察のサイレンが聞こえるけど小さいこと。

【明仁】
「……」

テレビをつけるわけでもなく、音楽を聴くわけでもない。
部屋の中に変化のある雑音はいらない、規則正しく邪魔にならない音だけで十分だ。
誰かが僕の勉強風景を見たら、きっとこう云うんじゃないだろうか。

「辛くない?」

そんなことを云われたら、僕はどう答えるんだろうな?

「全然」

……ありえないな。

「楽しいよ」

……そんなわけあるか!

「辛いです」

……さすがにそう云っちゃ駄目でしょう。

【明仁】
「……」

これだ、きっとそうだ。
たぶん僕の返答は無言、他人の言葉にいちいち返答するのが面倒で無言を貫くことだろう。
つまらない人間と云われる率がグンと上がった感じだな。

【明仁】
「……僕は何を考えているんだ?」

頭の中でまわりだした妙な返答の例がいくつも浮かび上がる。
意識が勉強から全く違う物へと流れている、こんな時に無理にやると逆効果になるんだよな。

気持ちを再びゼロに戻すために、カーテンを開けて夜空を眺めてみた。
夕方から降り始めた雪は今も力無く、ちらちらと降り続いていた。

【明仁】
「……はぁ」

何故だか出てしまう溜め息。
雪を眺めていると毎年僕はこうなってしまう。
別に何が悲しかったわけでもなく、何が辛いわけでもないのだが、雪を見ていると溜め息が出てしまう。

もしかして何かの病気かな?

【明仁】
「はは…………考えすぎだよね」

自分の回答に苦笑いをし、カーテンを閉めようとした。

【明仁】
「…………なにあれ?」

ちらちら雪が降る暗い世界の中、ぼやぁっと光る奇妙な球体を目にした。
球体は不規則な動きで中を動き回り、時折強めに輝いたりしている。

僕は超常現象の類は否定的な考え方をしている人間だ。
あの球体が宇宙人だとか飛行物体だとかは考えたくない。
だけど、だとしたらあの奇妙な球体は一体なんなのだろうか?

ふよふよと球体は飛び回り、球体の動きから僕は目を放すことが出来ずにいた。

【明仁】
「なんなんだろう……」

僕がそう思った瞬間、突然球体は起動を曲げ、僕の部屋に向かって蛇行しながら向かってきた。

【明仁】
「わわ、なに、なに!」

数歩後ずさり、もしかしてあの球体、僕の部屋に来ようとしているんじゃ……

……確実に来てるよ!

球体の進行方向は間違いない、僕の部屋だ。
球体から目を放さずにさらに数歩の後ずさり、一応ガラス窓があるからぶつかると思うんだけど……

そう思った僕が甘かった、球体はガラス窓をすり抜けて僕の部屋へと進入してきた。

【明仁】
「うぁ!」

進入してきた球体に、僕は尻餅をついてしまった。
球体は部屋の中央で小さく浮き沈みを繰り返しながら、ぼやぁっと輝いている。
大きさとしてはバレーボール程度の大きさだろうか。

そんな球体を、僕は逃げることも出来ず、ただジッと見つめていた。

こいつはなんだ? プラズマか?
強烈な雷が降り注ぐ時、輝く球体がふよふよと飛んで触れるもの全てを焼き焦がすと古い記録がある。
これをプラズマと呼ぶ人がいるけど、真相はよく分からない。

しかしだ、今は雷なんてこれっぽっちも降っていない。
よってこの球体がプラズマである可能性は否定される。

じゃあなんだ、眼の前で浮かぶこの発光球体の正体はなんなんだ?
僕の今までの経験、知識から考えてもあれがなんであるのか断定出来ない。

これはいよいよ超常現象と結び付けるしかないのだろうか……

今までの自分の考え方を否定しようとしたその時
浮き沈みを繰り返していた球体は一際大きく光り輝き、僕は眼を開けていることが出来なくなった。

再び眼が開けられるようになったのはそれから数秒後のこと。
視界が元に戻ると、僕はゆっくりと眼を開けた。

【明仁】
「……え」

僕は夢を見ているのだろうか?
さっきまでそこに浮かんでいた球体の姿など微塵も無く、変わりに全く別のものがそこに存在する。

人の姿。
学校の女子用の制服に身を包む、腰を越えるほどに長い茶色いロングヘアー。
もうかれこれ10数年の歳月を共にしてきた少女と瓜2つ。

いや、彼女の姿そのものが今僕の目の前に浮いていた。
見間違うはずも無い、彼女は、僕の幼馴染。

『蕨禰 真菜弧』そのものだった……

【明仁】
「……ぁ」

【少女】
「……」

閉じられていた少女の眼がゆっくりと開かれ、僕の姿を視界の先に捉えていた。

【少女】
「……よっす」

僕の姿を確認した少女は手で小さくポーズを取り、いつも通りの笑顔をしてみせる。

【少女】
「久しぶり、てんちゃん」

てんちゃんというのは僕のあだ名。
僕の本名『天皇寺 明仁』の姓から真菜弧がつけた僕のあだ名。
ゆゆちゃんが云う「あっくん」とは名前の方からゆゆちゃんがつけたもの。

【明仁】
「……」

【少女】
「もぅ、久しぶりに会ったのにその素っ気無いリアクションは無いんじゃないの?」

【明仁】
「君……真菜弧?」

【真菜弧】
「当たり前でしょ、10何年の続く幼馴染の顔を忘れたのかしら?」

【明仁】
「だって……真菜弧はもう……」

真菜弧がここにいるはずが無い、真菜弧の体はこの世に存在していないはずなのに……

【真菜弧】
「うん、確かに死んだよ」

自分が「死んだ」という事実さえも、彼女はあっけらかんとした表情で答えてしまった。

【真菜弧】
「死んで成仏するはずだったんだけど、なんでか知らないけど成仏出来ないんだよ
気付いた時はふよふよと空の上だったんだ」

【明仁】
「それじゃあ今の君は……」

【真菜弧】
「幽霊、ってやつじゃないかな? 浮いてるから浮遊霊ってとこかな」

【明仁】
「幽霊って云われても……素直に信じれる訳無いだろ」

【真菜弧】
「それもそうかもしれないけど、実際そうなんだからしょうがないじゃない
その証拠に私の体、少し透けてるでしょ?」

確かに真菜弧の姿は少し薄く、対面にあるガラス窓が薄っすらだけど見えていた。

【明仁】
「た、確かに……だけど」

【真菜弧】
「どうして信じられないかなぁ、ほらほら、人魂だって付いてるよ」

真菜弧の頭やや上に、ふよふよと人魂が左右に1つずつ付いていた。

【明仁】
「人魂……なの、それ?」

【真菜弧】
「嘘ついてどうなるっていうのさ……はぁ、相変わらず超常現象には否定的だね、てんちゃんは」

肩を大きくすくめ、手を広げてやれやれとポーズをとっている。

【明仁】
「……」

目の前にある光景がどうにも信じられない。
死んだ幼馴染が成仏出来ずに幽霊になって、今僕の眼の前で呆れかえっている。
これを信じろと云われても信じることなんて出来るはずがない。

【真菜弧】
「いい、私はもう死んじゃってる、だけど何故だか成仏出来ずにてんちゃんの前にいる
生憎今の状況は夢じゃない、となるともう超常現象を信じるしかないんじゃないかな?」

宙に浮いた状態からすぅっと地面に下り、尻餅をついた僕と同じ目線になるようにしゃがみこんだ。

【真菜弧】
「いつまで驚いてるの? 私そんなに怖い?」

【明仁】
「怖いとかそんなんじゃないけど……」

【真菜弧】
「これだけ云ってもまだ信じられないって感じだね、それじゃあ私の体触ってみる?
一応幽霊になってるけど、胸とか触っちゃダメだからね」

【明仁】
「さ、触らないよ……」

恐る恐る手を伸ばし、一番近い頬に触れてみようとする。
僕の指が真菜弧の頬に当たる……ように見えるだけ、実際にそこに肌の感触は無い。

【明仁】
「あ……」

【真菜弧】
「どう? いい加減理解した?」

鬼の首でも取ったような良い笑顔で僕に尋ねてくる。
これはいよいよ超常現象を認めなくてはいけないのかもしれない。

【明仁】
「……お稲荷さん」

【真菜弧】
「なっ、その名前で呼ぶなー!」

さっきまでの笑顔から一転、怒りを露にした表情へと変わっていた。
ちなみにお稲荷さんというのは真菜弧のあだ名、もっとも僕以外云う人はいない。
なんでか知らないけど、こう呼ぶと真菜弧はいつも激怒していたっけ……

【明仁】
「本当に、真菜弧なんだ……」

【真菜弧】
「……うん」

こういう時はなんて云ったら良いんだろう?
死に別れたはずの幼馴染と再会することなど一般では考えられない。
今でも混乱する頭で考えた真菜弧に対する言葉は……

【明仁】
「……おかえり」

【真菜弧】
「どう応えたら良いのかわからないけど……ただいま」

驚いて抜けていた腰がようやく元に戻り、よろよろとベッドの縁に腰を下ろした。
真菜弧も宙をふわりと飛び、僕の横に体を降下させる。

【明仁】
「でだよ、どうしてこんなことになっちゃったの?」

【真菜弧】
「さあなんでだろうね、それがわかったら私だってこんな状態じゃないって」

【明仁】
「それもそうか、なんというかお気の毒だね」

【真菜弧】
「そうなのよ……」

肩を落とし、小さくはぁと溜め息をついた。
幽霊でも溜め息ってつくんだな。

【明仁】
「とりあえずさ、真菜弧はこれからどうするの?」

【真菜弧】
「そうねえ、成仏したいけど出来ないわけだし……どうしよっか?」

【明仁】
「僕に聞かれても困るんですけど……」

【真菜弧】
「だって、私にもどうしたら良いかわからないんだもん……そうだ、てんちゃんと一緒に過ごしてみようか?」

【明仁】
「はいぃ?」

【真菜弧】
「世間で云うところの同棲ってやつよ、私が幽霊だからちょっと違うかもしれないけどね」

【明仁】
「同棲って、真菜弧さぁ……」

【真菜弧】
「あら、てんちゃんは私と一緒じゃ嫌?」

ぐ、なんでこういう時だけ眼が変わるんだよ……

【明仁】
「嫌……じゃないと思うけど……」

【真菜弧】
「なんかあやふやな返答だね」

【明仁】
「し、仕方ないじゃん……」

【真菜弧】
「ふぅん、まあいっか、どっちみち私にはてんちゃんしか頼る人もいないわけだし」

【明仁】
「僕だけってどういうこと?」

【真菜弧】
「それはだねえ、幽霊ってゆうのは普通の人には見ることが出来ないわけだ
ということはだよ、私は人には見えないってこと、ただ1つの例外を除いてね」

【明仁】
「例外って、僕のこと?」

【真菜弧】
「あったりー、まあ簡単に云っちゃうと、私の姿はてんちゃんにしか見えてないんだ」

また話がややこしくなってきたな、僕しか見えない? なんでまた僕だけ?

【明仁】
「ゆゆちゃんには見えないの?」

【真菜弧】
「残念ながら、さっきルナの家に行ったんだけど気付いてもらえなかったよ」

ルナというのは月岡から真菜弧がとったゆゆちゃんのあだ名。
同じ幼馴染であっても僕には見えて、ゆゆちゃんには見えないなんて……

【真菜弧】
「それらを踏まえて考えると、私にはてんちゃんのところしか行く所が無いわけさ、あんだすたん?」

完全に日本語の発音で英語を喋ってみせる、こんなところも変わらないな……

【明仁】
「ふふ……」

【真菜弧】
「どうしちゃったの? 急に笑って?」

【明仁】
「いや、ごめん……幽霊になっても真菜弧は真菜弧なんだなってさ」

【真菜弧】
「死んだんだから少しは大人しくなれっていうこと?」

【明仁】
「どうせ無理でしょ?」

【真菜弧】
「うん」

【明仁】
「即答だね……」

【真菜弧】
「悪い?」

悪くはないけどさ、少しは……いや、このままの方が良いな。
これだから真菜弧、幼馴染の蕨禰 真菜弧はいつもそういう女の子だったから。

【明仁】
「ふぁ、色々あったから僕もう寝たいんだけど……真菜弧はどうするの?」

【真菜弧】
「私は幽霊だから別に寝なくても良いんだけど、ちょっと寝てみようかな」

【明仁】
「ベッド使う?」

【真菜弧】
「あのねえ、私は幽霊だよ、重力とか上とか下とか全く影響が無いわけ
その辺で浮いたまま寝れるから気を使わなくても大丈夫だよ」

【明仁】
「そういえばそっか」

【真菜弧】
「もっとも、てんちゃんが一緒に寝て欲しいって云うならお姉さんが一緒に寝てあげても良いよ」

【明仁】
「ば、莫迦なこと云わないでよ」

【真菜弧】
「あ、赤くなってるよ、照れちゃってかわいー」

こんな所も相変わらずだよ、とほほ……

【明仁】
「もう電気消すよ」

【真菜弧】
「うん、おやすみー」

電気が切られ、部屋の中が真っ暗になる。
こうなると真菜弧の姿ももう確認出来ない。

まるで全てが夢であったかのように、再び電気をつけたら真菜弧の姿は消えてしまっているのではないだろうか?
たとえ夢であったとしても、真菜弧に再び会えたのだから良かったじゃないか……
そんなことを考えながら、初雪の夜は更けていった……







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