【受け取れないプレゼント】


雪が降っている。
はらはらと雪が地に舞い降り、一瞬にしてその姿を消して行く。
その場に留まることも無く、存在さえも消されてしまった上に再び違う雪が舞い降りる。
希薄な存在でしかない雪も、地域によっては人の身長を軽く越えるほどに降り積もる。
勿論この地域で積もることは無い、もし積もったら大災害と考えていい。

雪の降る地域の利点は水不足に悩まされないこと、都心で深刻な時も何事もないように使用出来るらしい。
まったく、良いのか悪いのか……

雪とはほぼ無縁の地で、静かに降りしきる空の産物。
寂しげで、酷く物悲しいこの光景……

今日は今年の初雪だった……

……

【明仁】
「はあぁぁ……」

口から吐いた息が、寒い外気にさらされて白い靄となって現れる。
その靄もたちまち景色に溶け込んで見えなくなる。

【明仁】
「天気予報士の莫迦……晴れるって云ってたくせに」

昨日の天気予報では、概ね晴れの見込み、降水量は10%以下って云ってたくせに……
その僅か10%が見事に当たってしまい、今は雨がしょうしょうと降っている。
今の季節に体が濡れるのは好ましくない、学校に行けば暖房がついているとはいえ、僕の席は場所が悪い。
窓際から1つ横の最後列、暖房の温もりが届くはずも無い最悪の場所。

【明仁】
「なるべく濡れないようにしなくちゃ、風邪も治ったばっかりだし……」

これでも数日前まで寝込んでいた身だ、ここで濡れて風邪がぶり返したらたまったもんじゃないよ。

これ以上迷惑かけることは避けたい、今まででも散々迷惑をかけてきたのに……

【明仁】
「迷惑かけてばっかりじゃ、あいつも喜ばないかな……」

消え入りそうな声でポツリと呟き、灰色に彩られた空をゆっくりと見上げた。
雨雲は忙しなく動き、目の前の雨雲が通り過ぎるとまた後ろから新たな雨雲が通り過ぎる。
ゆっくり動いているように見え、実際には驚くほど早いスピードで動いている。

それはまるで人の時間と同じような、そんな考えがスッと過ぎった……

ぼんやりと空を見つめていたが、外気の寒さに体が震えを感じ、現実へと引き戻される。

【明仁】
「さむ……ぼんやりしてないで早く学校に行かなくちゃ……」

こんな寒い中でまったりしてたらそれこそ風邪がぶり返すよ。
僕は思考を切り替え、通学路に歩を進めた。

……

学校が近づくにつれ、僕の肩は小さくなっていく。
理由は至極簡単、寒いから身をすくめているだけである。

【明仁】
「コートとかマフラーかなんかして来れば良かったかな」

これも全部天気予報士のせいだ、また寝込むようなことになったら二度とあの局のは見ないようにしよう。

【明仁】
「……くしゅ! けほ、けほ……」

くしゃみに咳まで出てきた、もう絶対にあの局は信じない。
体調が少し悪くはなったが、代わりにさっきまで降り続いていた雨は一時の小休止に入ったようだ。
もっともこれからもまだ降るのだろうが、とりあえずはやんでくれたみたいだ。

そういえば、あの日もこんな感じだった。
世界が1つ動くと触発されたようにもう1つの世界が姿を変える。
良いことは決して2つ続けて起きず、必ず片一方は悪いことが重なっている。
しかもその良いことが、降っていた雨が止むだけでは釣り合いが取れているなんて到底云えるわけもない……

【明仁】
「はぁ……もう2週間か、時間が経つのって早いんだな」

再び空を見上げ、思考を過去の記憶へと戻して……

【?】
「あっくん」

不意に呼びかけられ、振り返った先にいたのは女の子。
暗めの色のコートに身を包んだ女の子が小さく手を振っていた。

【少女】
「お早うございます、もう体は大丈夫なんですか?」

【明仁】
「お早うゆゆちゃん、おかげさまで学校に行けるくらいには回復したよ」

【少女】
「そうですか、良かった」

少女は柔らかく微笑み、僕の横に並ぶ。
この子は僕の幼馴染、僕が借りているアパートの前の家の女の子。
名前は『月岡 ゆゆ』という。

【ゆゆ】
「てっきり大事をとって今日は休まれると思ったんですが」

【明仁】
「それも良いかと思ったんだけど、今日始業式だし、やっぱり初日から休むのも良くないしさ」

【ゆゆ】
「そうですか、ですがコートやマフラーをしないのは辛いんじゃないですか?」

【明仁】
「それは僕も思ってる、天気予報を信じたらこうなっちゃってね……けほ、けほ」

【ゆゆ】
「まだ咳をしてるじゃないですか、やっぱりまだ早かったのかもしれませんね
ちょっと待っててください」

そういうとゆゆちゃんは自分の首に巻いていたマフラーを解き、僕の首へとまわした。

【明仁】
「え……」

【ゆゆ】
「私のしかありませんが、少しは寒さも防げると思いますよ」

にっこりと笑みを向け、手早くマフラーを絡ませていく。

【ゆゆ】
「どうですか?」

【明仁】
「えっと……あったかいよ」

マフラー本来の暖かさだけではなく、今さっきまでゆゆちゃんが巻いていた温もりが残っている。
半なりとした暖かさが生地を通して肌へと伝わった。

【ゆゆ】
「ふふ、学校までしていて良いですからね」

【明仁】
「それは嬉しいけど、僕が借りちゃったらゆゆちゃんが寒くなるんじゃ」

【ゆゆ】
「私のことは気にしないでください、コートも羽織っていますからこれで十分です」

今ゆゆちゃんは軽く嘘をついた。
コートだけで十分だったのなら初めからマフラーをしてくるわけがない。
あらわになった首筋に風が吹き付けたらきっと声を漏らしてしまうことだろう。

【明仁】
「……ありがとね」

【ゆゆ】
「いえ、マフラーくらいで気になさらないでください」

【明仁】
「それだけじゃなくて……あの日のことも、迷惑かけてばっかりだね」

ははっと小さく苦笑いをしてみせる。
さっきまで笑っていたゆゆちゃんの表情も、困ったような表情へと変わっていた。

【ゆゆ】
「……私はお節介をしているだけですよ」

【明仁】
「そんなこと……」

【ゆゆ】
「あ、もうこんな時間……急ぎましょう、このままでは遅れてしまいます」

無理に会話を断ち切るように腕時計に目をやり、少しだけ歩くスピードを速めた。
そんなゆゆちゃんに置いて行かれないように、僕もスピードを上げた。

……

【明仁】
「ゆゆちゃん、これありがとね」

【ゆゆ】
「どういたしまして」

いつものように軽く笑い、マフラーを受け取った。
すでにさっきのような困った表情は微塵も無くなっていた。

【明仁】
「ふぅ……さむ……」

自分の席である窓際一つ横の最後列に腰を下ろすと、体に沁みる嫌な寒さが体に感じられる。
本当に暖房が入っているのかと疑いたくなるほどに後ろの席は寒い。
この時期、席替えで最後列を引いた生徒は皆落胆する理由がコレである。

息を手のひらに吐きかけ、軽く擦り合わせてみても一向に暖を取れる感じはしない。
逆に一瞬だけの暖かさが失われていくと余計に寒く感じる、気持ちまで寒くなってくるようだよ……

【明仁】
「席替えしてくれないかな……」

まあ提案したとしても高確率で却下されるだろうな……

無闇に体を動かすと熱が逃げてしまうので、最低限の動きで窓の外に目を向けた。
降り止んでいた雨は再び降り始め、寒さに拍車をかけるような視覚効果を与えていた。

【明仁】
「自然まで僕を見捨てたかな……」

この世に神様が存在するのなら、それはきっと形だけで全く力の無い神だ。
この世に奇跡が存在するのなら、それはきっと決して望んだことではない結果だろう。

今まで僕は神と奇跡に見捨てられてきた。
その上自然まで僕を見捨てたとなると、僕の味方をしてくれるものって一体何なのだろう?

【?】
「もる」

【明仁】
「ん……?」

【青年】
「朝からブルーかな? 朝の気分が一日を作ると云っても過言じゃないって知ってる?」

僕に軽く挨拶をした青年はニヒルに笑い、僕の前の席に腰を下ろす。

【青年】
「空腹? 朝ご飯食べてきた?」

【明仁】
「食べてきたけど……」

【青年】
「そう、それは良かった」

何が良かったのかわからないけど、青年は小さく笑ってうんうんと頷いた。
彼は僕の友人で……

【青年】
「河相 準野」

【明仁】
「ど、どうしたの急にフルネームなんか名乗って?」

【河相】
「いや、なんとなく……なんでだろうね?」

自分で云ったくせに顎に手を当ててクスクス笑みを漏らす。
女の子の人気も高く、スポーツ万能の彼がどうして僕なんかの友人なのか疑問がる人もいるかもしれないが
まあ別に良いじゃないですか、実際友達なんだから……

【河相】
「そう云えば……明仁君入院したんだって?」

【明仁】
「3日ほどね、正月の三箇日はずっと病院のベットの上だったよ」

【河相】
「なるほどね……1回くらい顔出せば良かったかな」

【明仁】
「気にしないでよ、病院なんて来ても楽しい所じゃないよ」

【河相】
「それはごもっとも」

【少女】
「河相くーん」

【河相】
「はーい、ちょっと失礼しますね」

丁寧に断りを入れてから、河相君は呼ばれた女生徒の方へを歩み寄る。
話し相手のいなくなった僕はもう一度窓の外に視線を移した。

雨は降り止む気配も無く、静かに、長く降り続けていた。
降り続いている雨からもいつの間にか視線が外れ、僕は何も無い教室の一角を眺めていた。

このクラスの席順は廊下側から男子女子の順番で交互に男女が入れ替わるようになっている。
男女比率が同じこのクラスでは、必然的に廊下が男子、窓側が女子になる。
僕の席の隣には当然女子の列があり、一番窓際の列、その最前列にはゆゆちゃんの席がある。

本来なら、僕の横には生徒が授業を受けるための机と椅子のセットがあるはずなのだが
僕の隣には何も無い、ぽっかりと空いた空間、僕はそこを見つめていた。

【明仁】
「もう、片付けられちゃったんだ……」

ここは元から空っぽだったのではない、つい先日までは周りと同じように机と椅子のセットがあった。
生徒が授業を受けるために席は存在する物、しかしもうそれは役割を果たしていない。
先日までそこにいた生徒、『蕨禰 真菜弧』の存在を失うと共に……

あれは12月の後半、一年の終月12月のメインイベント、クリスマスイブの日の出来事……

……

12月最大のイベントということもあり、街は煌びやかに彩られ
色とりどりのネオンが街中をライトアップしていた。

そんな中でも、僕は街の賑わいとは無縁な生活を送っていた。
これでも僕は受験生、年明けには入試があるのでそれを見据えて勉強に精を出してきた。
それは街が賑わうクリスマスイブでも変わることは無い。

他の人が街で楽しんでいるときも僕は机の前、恋人も持たなかった僕には参考書と赤本が恋人代わり。
つまらない人生と云われればその通りかもしれない、だけどこれも僕の人生、特に嫌な気分はしなかった。

【明仁】
「クリスマスイブだっていうのに……今日も雨か」

勉強に一息入れ、軽く開いたカーテンの隙間から見える空模様は今日も優れるものではなかった。
打ち付けるような激しい雨ではない、やんわりと降り続く雨は優しいのか悲しいのかいつもわからない。

……きっとどちらでもないのだろう。

【明仁】
「2人とも、楽しんでるかな」

受験勉強に躍起になっている僕とは対照的に、2人は今日を楽しみにしていたらしくいつも話題はその話で持ちきりだった。
生憎の雨だけど、このくらいで2人がめげるはずも無い。

【明仁】
「僕も1日くらい息抜きすれば良かったかな」

家族と過ごす人、恋人と過ごす人、友人と過ごす人、クリスマスイブは皆誰かしらと時間を共にすることが多い。
そんな日でも、僕の友は参考書と赤本……悲しくて笑いが漏れる。

一応2人に誘われはしたんだけど、あの時はどうして断っちゃったんだろう?
今考えると、あの僕の決断にはどんな利点があったんだろうな……

【明仁】
「後悔しても遅いよね……よし、時間はいっぱいあるんだ、たまには本でも読んで気分転換でもしよう」

買うだけ買っておいて、時間が無かったから少しも読んでいない本が山ほど本棚には並べられている。
ライトノベル、長編小説、文庫本さらには心理学の本まで、変わった趣味だと自分でもびっくりするよ……

……

【明仁】
「んぁ……もうこんな時間」

読み耽っていたライトノベルから視線を外すと、掛け時計の針は11時をまわっていた。
かれこれ2時間弱本に熱中していたかな。

【明仁】
「気分転換も出来たことだし、勉強を再開しますか」

首をコキコキ捻り、途中だった古典の勉強を再開する。
しかしなんだ、僕って意外と独り言多いんだな……

【明仁】
「寂しがりや……なのかな」

また、もしかして僕の心、病んでる?
……そんなわけないか。
自傷気味小さく笑い、シャープペンシルをノートに走らせた。

PrrrrrPrrrrr……

参考書の一文を書き写したところで、携帯が着信を知らせた。
画面にはかけてである人の名前、『月岡 ゆゆ』の名前が記されていた。

【明仁】
「はい、ゆゆちゃん?」

【ゆゆ】
「あっくん! 大変なんです、真菜弧ちゃんが、真菜弧ちゃんが!」

ゆゆちゃんの声はとても慌てていた、大変と云うのだから何かとんでもないことが起きたんだろうけど
何を伝えたいのか全く伝わってこない。

【明仁】
「ゆゆちゃん落ち着いて、あんまり焦らないで」

【ゆゆ】
「は、はい」

電話越しにすぅはぁと深呼吸の音が聞こえる。
普段あまり慌てることのないゆゆちゃんにしては酷く慌てていた、それに真菜弧って……

【明仁】
「落ち着いた?」

【ゆゆ】
「はい、すいません……大変なんです、真菜弧ちゃんが交通事故にあって、今危険な状態なんです」

【明仁】
「真菜弧が!?」

慌てて取り落としそうになった携帯をしっかり握り、次の言葉を捜すが……何故か何も浮かんでこなかった。

【ゆゆ】
「今近くの病院にいるんです、まだ手術室のランプもついたままで」

【明仁】
「ゆゆちゃん、病院の名前を教えて」

【ゆゆ】
「えぇと……大河内総合病院です!」

名前だけ確認すると素早く電話を切り、かけてあった上着を羽織って部屋を飛び出した。

……

外は11時過ぎということもあり、夕方に比べると随分と明かりが消えていた。
降り続いていた雨も、いつの間にかぱったりと止んでしまっていた。

【明仁】
「はぁ……はぁ……」

12月の夜は特に寒い、うっかり酔いつぶれて寝てしまおうものなら凍死は免れないだろう。
今日も雨が降っていたのだから当然寒いはずなのだが、僕には寒さは一切伝わってこなかった。

伝わってこなかったというよりは、そこまで神経が回らないといった方が正しいかもしれない。
僕の頭に浮かんでくるのは病院までの道筋と、真菜弧の顔だけだった……

【明仁】
「っ、赤信号……」

信号の色が変わり、僕の経路に交差するように車で目の前を駆け抜ける。
急いでいる時の赤信号ほど神経を逆撫でする物はない。

一瞬の隙を見計らって渡りきってしまおうか、その考えは返って逆効果になりかねない場合がある。
急いでいる時は注意力が散漫になり、見落とすはずが無いものはで見落としかねないからである。

しかし、だからといって気持ちが落ち着くことは無い。
今も足はどこか地につかず、視線は交差する車や変わらない信号に忙しなく移り変わりしている。

赤信号が青に変わると同時に、僕は一番に交差路を飛び出した。

【明仁】
「後は直線だけか……」

……

【明仁】
「はぁ、はぁ……」

病院の中はしんと静まり返り、ホールのような所はすでに電気が落とされていた。
そんな中でも受付だけは明かりが灯り、いつでも急患に対処出来るようになっている。

【ゆゆ】
「あっくん!」

肩でぜぇぜぇと息をしながら呼吸を整えていると、ちょうどエレベーターから降りてきたゆゆちゃんと遭遇した。

【明仁】
「ゆゆちゃん……あいつは?」

【ゆゆ】
「まだ、手術室の中です……」

【明仁】
「そうなんだ……そこまで、案内してもらえるかい」

ゆゆちゃんは言葉無くコクンと頷き、僕の回復を待っていてくれた。
僕の呼吸が正常に戻ると、ゆゆちゃんは目的の場所へと案内してくれた。

【ゆゆ】
「ここです……」

簡素な作りの扉の上方には、赤く点灯する『手術中』のランプが煌々と灯っていた。
何の飾りも無い扉の先、この向こうで真菜弧はどうなってしまっているんだろう?

【明仁】
「……真菜弧」

【ゆゆ】
「真菜弧ちゃん……」

2人は交わす言葉も無く、ただ扉の先の少女の名前を呟いた……

……

どれくらいの時間が経ったのだろう?
数分なのか数十分なのか、数時間なのかさえもわからない時間、2人は扉の前で少女の無事を祈り続けた。

いつの間にかベンチに腰掛けていたゆゆちゃんとは対照的に、僕は廊下を行ったり来たり。
じっとしているのが苦手な体質ではないはずなのに、僕はじっとしていることが出来なかった。

それだけで、僕の心理状況がぐちゃぐちゃになっているのは明白だった。

【ゆゆ】
「あっくん、少し座ったらどうですか?」

【明仁】
「いや、僕はこのままで……」

ゆゆちゃんの心配もよそに、僕の足は行ったり来たりを続けていた……

そんな行ったり来たりも、ポーンという電子音の一つでピタリと止まる。
煌々と灯っていたランプは明かりを無くし、簡素な扉がぎぃっと開いた。

【医者】
「君たちは……」

緑の手術着を来た眼鏡の医者が僕たちの存在に気付き、声をかける。

【明仁】
「先生、真菜弧は……真菜弧はどうなったんですか?」

【医者】
「……」

医者は何も応えない、云いづらそうに言葉を選んでいるのが口元を見てわかった。
何故医者は言葉を選んでいるのか、理由は一つしか考えられない……

【医者】
「我々の、力不足でした……」

【明仁】
「……え」

医者の言葉の後、手術室の奥からガラガラと滑車が運ばれてきた。
滑車の上はこんもりと丸みをおびており、シーツがかけられ、そこに何かが隠されているのは明白だった。

【医者】
「あの部屋へ……」

医者が指示を出すと、数名の医者と看護婦が滑車ををは込んでいく。

【明仁】
「あ……」

【医者】
「なんと云って良いのかわかりませんが……申し訳ない」

医者は僕たちに深々と頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。

【明仁】
「あの……あいつには、どこに行けば会えますか?」

【医者】
「……ここを突き当たって右、準備もありますから後10分もすれば」

【明仁】
「そうですか……」

【医者】
「本当に、申し訳ない……」

もう一度謝罪をし、医者は廊下の奥、右へ廊下へと消えていった。

【明仁】
「……」

【ゆゆ】
「……ぅ」

【明仁】
「ゆゆ……ちゃん……」

後ろで聞こえた震えるような声に、どこかへ飛んでいた思考が呼び戻された。
ベンチに腰掛けたままゆゆちゃんは下を向き、小さく震えていた。

どんな言葉をかけて良いのかわからず、僕はただ見つめていることしか出来なかった。
小刻みに震えるゆゆちゃんの拳は硬く握られ、その拳は溢れる涙で濡れていた……

こんな少女に、僕がどんな言葉をかけられようか?……

……

とりあえず涙のおさまったゆゆちゃんと共に、医者に教えられた所へと歩を進める。
廊下を突き当たって右、その先にもう廊下は無く、部屋が一つあるだけだった。

『面会室』

そうプレートには名前が記されていた。
通常の面会とは違う、面会が出来るのはこちらだけで、あちらにはなんの自由も無い……

【明仁】
「……大丈夫?」

【ゆゆ】
「……」

コクンと小さく頷くが、たぶん大丈夫ではないだろう。
僕の袖口をきつく握り締め、1人になるのを恐れているような、そんな印象が感じられた。

【明仁】
「……」

それ以上言葉をかけることは無く、僕は眼の前の扉を開けた。

薄暗い部屋の中、小さな照明がある一角だけを照らし出している。
部屋の中には独特の香りが充満し、いやな想い出を甦らせる。

照明が照らし出す下には白いベッドと白いシーツ、そしてそこに横たわる一人の少女……
ゆっくりとベッドに近づき、少女の顔を覆う白い布切れを恐る恐る取り除いた。

【明仁】
「……」

【ゆゆ】
「っ……」

少女の顔を確認すると、袖を力強く握り締めていたゆゆちゃんの力が無くなり、その場に崩れ落ちる。

【ゆゆ】
「ぁ……ぅ……ぅ……」

両手で顔を覆い、小さく嗚咽をあげていた……

昨日まであれだけ元気に僕に話しかけていた少女。
話すことが好きであまり静かにしていることの少ない少女が、今僕の目の前では一言も話さない。
少女の名前は『蕨禰 真菜弧』、ゆゆちゃんと同じく僕の幼馴染……

健康的だった肌の色はややくすみ、数箇所にある傷跡が痛々しい。
トレードマークだったロングヘアーもばっさりと切り落とされ、あご先までの長さになっていた。

僕が見ていたのとは何もかもが違う幼馴染の姿が、今僕の目の前にある。

再び布を顔に被せる、もう真菜弧の顔を見ているのが辛かった……

【明仁】
「……」

僕の眼からはつぅっと一筋の涙が流れていた。
2人が面会室を出たのはそれからややあってから。

壁にかけられた時計はすでに12時をまわり、日付を変えていた。
イブを終え、時はもうクリスマス。

僕たちにとって、決して忘れることの出来ないクリスマスプレゼントが送られた……

……

周り一面に溢れかえる黒い塊、鼻を掠める線香の匂いが苦い記憶を呼び戻す。
泣いている人、言葉を無くす人、目を背ける人、僕の回りはそんな人たちでいっぱいだ。

誰も言葉を交わさない人だかりの中、はっきりとした音色で言葉を続ける人物がいる。
黒い着物に袈裟をまとった人物、その人一人だけが黙々と言葉を続けていた……

【明仁】
「……」

言葉を続ける人の奥、そこには棺が置かれ、その上には写真がたてられていた。
ロングヘアーが印象的で、彼女の性格を現しているような明るい笑顔が写真の中ではじけていた。

その表情は、僕が最後に見た彼女の笑顔をなんら変わらないもの
しかし、彼女がまた明るく笑ってくれることは二度とありえない……

【ゆゆ】
「……」

偶然にも僕の隣にはゆゆちゃんが正座している。
ゆゆちゃんもまた周りと同じく、黒にまとめられた服のまま声無く泣いていた。

ややあってから、棺は車へと移動させられた。
黒塗りの車体に、金色の櫓が異様な風格を滲ませる独特な車。

僕はあんな車を一種類しか知らない……

車へと詰め込まれる彼女の体、走り去る車を見て再び涙を流す人の姿がちらほらと見受けられた。
大体が彼女の友達やクラスメイト、当然ゆゆちゃんも泣いていた。

しかし、不思議なことに僕は涙一筋流れることがなかった。
もう10年以上の長い付き合いをしてきたのに、彼女との別れに僕は涙することが出来なかった。

何故涙を流せないのかを知ったのは、それから数日後のことだった……

……

【明仁】
「……」

長い階段を上りきると、そこに広がるのは四角い石柱の群れ。
全て同じように見えるが、1つ1つ全てが違う、何が違うかというと名前が違う、後石柱の下も違う。

無数にある石柱の中から、僕は目当ての石柱へと脇目も触れずに向かう。

【明仁】
「……」

目当ての石柱の前にたどりつく。
石柱には名前が彫られ、それが誰の物であるかを示していた……

【明仁】
「……真菜弧」

石柱の下方に刻まれた名前を小さく呟き、そのまま僕は立ち尽くしていた。

……

まだ太陽がてっぺんに来ていないころにここに来たはずなのに、すでに太陽の影は消えている。
どれほどの時間僕は立ち尽くしていたのだろう……?

随分長い時間立ち尽くしていたというのに、僕の足に疲労感というものは無かった。
まだまだこのまま何時間でも経っていられそうな気分だったのだが、僕の足はその場を立ち去った。

「明日がある」

僕は心の中でそんなことを思っていた……

次の日も、僕はまた真菜弧の墓の前にいた。
昨日と何も変わらない目の前の光景、石柱は昨日と同じ姿のまま僕を迎えていた。

【明仁】
「……」

何を語るわけでもなく、何をするわけでもない。
ただこの空間にいることだけが、僕の過ごす時間だった……

次の日も、そのまた次の日も僕は同じように真菜弧に会いに来た。
まるで何かに取り憑かれているかのように、僕は毎日真菜弧の墓を訪れた。

そこに僕の意思は無く、ただ必然と続けられている、そんな感じだった。
ロボットはそこに意思を持たず、ただ命令を忠実に実行するだけ。

僕の行動はほとんどロボットと同じになっている……

……

【明仁】
「う……うぅん……」

【ゆゆ】
「あ、気が付かれましたか?」

【明仁】
「ゆゆ……ちゃん?」

僕は何をしているんだ? ここはどこだ? 何故ゆゆちゃんがいるんだ?
様々な疑問が頭の中を駆け巡る、が、僕には何1つ理解することが出来なかった。

【明仁】
「……ここは?」

【ゆゆ】
「ここは病院です」

云われて気づいたけど、僕はベッドの上にいる。
白に統一された清潔感溢れる色調の中、僕の体はそこにあった。

【明仁】
「病院? どうしてそんなところに?」

【ゆゆ】
「何も……覚えていないんですか?」

【明仁】
「僕は……真菜弧のところに」

【ゆゆ】
「真菜弧ちゃんのお墓の前で倒れていたんです、これだけ雨が降っているのに傘も差さずに……」

【明仁】
「そういえば……」

記憶の片隅に薄っすらとではあるが、家を出るときに雨が降っていた気がする。
しかしそんなことは気にも留めず、傘も持たないまま僕はでかけた。

【ゆゆ】
「私の勝手ですが、救急車を呼ばせていただきました。
あのままではあっくんも危ない状態だったから……」

【明仁】
「僕はそんな柔な……けほ、けほ」

不意に咽の奥に感じる違和感、こみ上げてきた違和感を吐き出すように咳をした。
咳をすると酷く咽が痛い、そういえばさっきから声を出すのも少し辛いか。

【ゆゆ】
「お医者様の診断では、肺炎らしいです……
この時期に傘も差さずに長時間雨に打たれていれば当然だろうって……」

【明仁】
「けほ、けほ……肺炎……」

【ゆゆ】
「あっくん……いつまであんなことを続けるつもりなんですか」

ゆゆちゃんが云っているあんなこととは、たぶん僕が墓に行くことだろう。

【明仁】
「ゆゆちゃんには、関係ないことだよ」

【ゆゆ】
「関係はありますよ……」

【明仁】
「関係ない……」

【ゆゆ】
「っ!」

不意に頬に伝わる刺激、ゆゆちゃんの平手が僕の頬を捕らえていた。

【ゆゆ】
「……少しは、眼が覚めましたか?」

【明仁】
「……」

【ゆゆ】
「故人を偲ぶためにお墓参りをすることなら問題はありません、だけど、今のあっくんは違う
毎日毎日、彼女のために自分の体を犠牲にしてでも会いに行って……」

【ゆゆ】
「こんなことを続けていたら、きっとあっくんさえも……」

そう云うと、ゆゆちゃんは僕の体をやんわりと抱きしめた。

【ゆゆ】
「私たち幼馴染なんですよ、あっくんも真菜弧ちゃんも……
真菜弧ちゃんだけでなくあっくんまでいなくなってしまったら、私は……」

【明仁】
「ゆゆ……ちゃん……」

最期の方はもう声が震えていた、震える声と共に肩に伝わる冷たさ。
ゆゆちゃんの涙が僕の肩に降り、肩を濡らしていた。

【ゆゆ】
「お願いします……もう、真菜弧ちゃんを放してあげてください……」

【明仁】
「……」

今のゆゆちゃんの言葉、それが僕に真実を気付かせた。
僕が葬儀の時、どうして泣くことが出来なかったのか……

僕は、真菜弧の死を認め、受け入れることが出来ていなかったんだ……

泣き続けるゆゆちゃんに抱きしめられながら、僕も泣いていた。
あの時泣くことが出来なかった代わりに、僕の眼から涙はとめどなく溢れていた……

……

そんなことが過ぎ、今日は年明けの始業式。
始業式だというのにすでに彼女の席は片付けられてしまっているようだ。

【明仁】
「終業式にはこんなことになるなんて夢にも思ってなかったな……」

人の未来は決して見ることが出来ない、人が過去に戻れないのと同じことだ。
もし未来が見えていたのなら、僕は全力で真菜弧の外出を止めたけど、見えてなかったのだからしょうがない。

【明仁】
「はぁ……」

今は真菜弧の墓参りをすることは無い、だけど時折今みたいに溜め息が出ることはある。
それくらい、あいつも許してくれるよね……

ぼぉっと窓の外を眺めていると担任の先生が到着する。
クラス委員の号令でクラス全員が立ち、お決まりの挨拶をする。

【担任】
「お早うございます……連絡事項は特にありませんが一つ、もう皆さん知っていると思いますが……」

先生の声にも、どこかやりきれないような、とても哀しげな感じがした……






〜 N E X T 〜

〜 T O P 〜