【生徒会長さん現る!】



サーっと柔らかく流れるお湯の温度がとても気持ちよく、私の髪から伝って足の下へと流れていく。
いつもより少しだけ温かめのお湯、寝起きでしっとりと汗をかいていた肌にはこれくらいの方がさっぱりとして気持ちが良い。

【箱根】
「ふぅ……」

シャワーから流れ出るお湯を全身に浴び、寝起きに少しだけかいていた汗が私から流れ落ちていく。
朝風呂が特別好きというわけではないけど、たまにこうやって早く眼が覚めた日に入ると一際気持ちが良い。

ボディソープで体を洗い、終ったら今度はシャンプー・リンス。
それなりに髪の毛の量が多いので普通の人よりもそれなりに時間がかかってしまうけど、私は髪を洗うことは嫌いじゃない。
身長も体も幼く、自慢できるところなんてほとんど無いんだけど、唯一髪だけは他の人と比べても結構良いところにいくと思う。

前の学校でも女の子は皆私の長い髪に触れ、こんなに長いのに手入れが行き届いてるねって皆云ってくれた。
特にこれといって特別なことはしていないのだけど、褒められて悪い気はしなかった。

【箱根】
「ホントに、どうして髪ばっかりよく伸びるのかな」

身長も伸びない、胸も大きくならないくせに、髪が伸びるのは非常に早い。
ヘアーサロンだって一ヶ月前に行ったばかりなのに、もう肩を軽く越しちゃって。
よく髪が伸びる子はエッチな人ってよくいうけど、つまりそれって私がそうだって……

【箱根】
「違うかな、きっと栄養が全部とられちゃってるんだろうな……」

シャワーのコックを捻り、さっきよりも強めにお湯を流す。
シャンプーの泡が髪の上方から下方へ途中で枝分かれした泡が私の体を伝う。
その泡も続けて流れてくるお湯によって洗い流され、その姿を消してしまう。

ふうむ、本来これって相当に色っぽいシーンのはずなのに……私だとなんだか申し訳ないような……
こういうのは可愛らしくそれでいて発育の良い身体の人、やっぱり姫崎先輩なんかだと。

【箱根】
「……!」

頭の中でちょっとだけ想像してみたのだけど、私の方がはずかしくてカアっと顔が熱くなる。
慌てて私の妄想を打ち消し、恥ずかしさから隠れるようにお風呂の中へと身を沈めた。

【箱根】
「ポコポコポコ……」

半分だけ顔を出してゆっくり息を吐き、ポコポコと現れる水泡が小さく割れる音だけに集中した。
もう、私ってば何考えてるんだろう……やっぱり髪の伸びる人はエッチって、当たっているのかもしれない。

……

ドライヤーで濡れた髪を乾かし、クシできちんと髪の流れを整える。
どこかで髪が詰まるようなこともなく、ほとんど何の抵抗もなく髪の端までクシが流れていく。

前の学校では、これを見た女の子は皆羨ましがっていたっけ。
そのてん、私は私の髪を羨む子の身体つきを物欲しげに眺めていたのだけど。

下着の上はワイシャツだけ、よく男性向けの雑誌で女の子が男性物の大きなワイシャツを
一枚だけ恥ずかしげに着ているのがあるけど……どこが恥ずかしいのだろう?

女性物のワイシャツなので、今は下着が上半分くらいしか隠れていない。
逆にこっちの方が恥ずかしいと思うんだけど、男の人の考えってよくわからない。

【箱根】
「……うぅ」

自分のいつもの恰好なんだけど、なんかこうやってまじまじと見ると急に恥ずかしくなってくる。
それもこれも下着が見えているせい、とりあえずスカートをはけば何とかなるかな。

【箱根】
「さてと、髪も乾いたことだし、もう行っちゃっても大丈夫かな」

お弁当はお風呂に入る前にもう作ってあるし、お弁当に入らなかった物をつまみ食いしたから朝ご飯も大丈夫。
手早く上着を羽織りネクタイを巻くのももう慣れたもの、髪をテールに結わって、眼鏡を装着して準備完了。

最後に眼鏡のフロントを軽く押し上げ、鏡に向かって柔らかく笑顔。
今日も一日、よろしくお願いします。

……

昨日も十分に早い時間に出てきたけど、今日はそれよりもさらに30分も早い。
まだ学校周辺ですら何があるかわからないし、今日は学校周りの観察をしてみようかと思ってこの時間なんだ。

アパートから学校までの道のりはもう大丈夫なんだけど、その間もいくつか通ったことのない交差路がいくつもある。
まあそれはお休みの日にでも調べるとして、まずは学校周辺について知っておかなくちゃ。

【箱根】
「やっぱり、この時間だと生徒さんなんていないんだな」

いくらお嬢様学校とはいっても、毎日毎日用もなく一時間も前から学校に行く人なんてそうはいない。
スーツを着たサラリーマン風の人と何度かすれ違ったけど、やっぱり月代の生徒とはすれ違わないなあ。

なんて思っていたのだけど……

【声】
「あ、箱根ちゃん」

【箱根】
「え……?」

思いもよらない後方からの声、しかも私の名前を知っている人っていうと。

【音々】
「おはようございます、箱根ちゃん」

【箱根】
「姫崎先輩!」

【音々】
「そんなに驚かないでくださいよ、知らないもの同士ではないんですから。
でも、随分と早い登校なんですね」

【箱根】
「あ、た、たまたま早く眼が覚めちゃって、部屋にいてもすることもありませんでしたので」

どうしようどうしよう、まさかこんなところで姫崎先輩に会うなんて思っていないから言葉が上手く出てこない。
……まずい………それ以前に私、まだ挨拶すらしてないじゃん!

【箱根】
「あ、おはようございます!」

【音々】
「はい、おはようございます」

そんな私の焦りを見越してか、柔らかく笑みを見せてもう一度朝の挨拶を返してくれた。

【音々】
「登校中に合うのは初めてですね、お家はこの近辺なんですか?」

【箱根】
「近辺というほどではないんですが、駅近くのアパートです。
姫崎先輩は自宅通いなんですか?」

【音々】
「ええ、本当は一人暮らしにも憧れているんですよね。
いつかは独り立ちをしなければいけないですから早く慣れておきたいのですけど、両親がまだ認めてくれなくて」

恥ずかしそうにたははっと笑い、頬をポリポリとかく。
普通自分の子供、ましてや年頃の女の子だったらあまり親の眼の届かないところにおきたくはないのが親の心情。
だけどそれは親の愛情であり、子供にとってはうっとおしい枷となる。

私のところは快く送り出してくれたっけ、お母さんの送り言葉にはちょっとムッときたけど。
「せめて大人に見えるようになって帰ってきてね」、だった……年齢的には半分は大人の領域にいるのに。
大体親がそうやって子供が気にしているところを攻めるかな?

【音々】
「あ、もしかして箱根ちゃんは何か用事があったりしたんですか?
もしそうだったらごめんなさい、急いでいたところを呼び止めてしまって」

【箱根】
「いえいえ、急いでしなきゃいけないことでもないですから」

【音々】
「そうなんですか……でしたら、これから私と一緒に学園に行きませんか?
ゆっくりとお喋りでも交わしながら、この近辺では私の知り合いの人もいなくて」

【箱根】
「そういうことでしたら喜んでお供させていただきますよ」

【音々】
「ありがとうございます、それでは参りましょうか」

……

【音々】
「……なんていうこともありましたね」

【箱根】
「へえ、そうなんですか、ちょっと想像と違いますね」

これといって2人に益がある話ではない、学校につくまで時間を潰すだけの特に意味もない会話。
そんな会話なんだけど、先輩と話をしているとなんだろうか、ひどく落ち着いてしまっている自分がいる。

まだ知り合って僅かに三日、それなのにここまで私が落ち着けるっていうことは。
……表にはしていないつもりでも、やはり私の中では……

【音々】
「箱根ちゃん?」

【箱根】
「へ、あ、なんですか?」

【音々】
「あ、いえ、なんだというわけではないんですが。
あれ、この香り……箱根ちゃんの髪、なんだか花の香りがしますね」

【箱根】
「あぁ、早く眼が覚めちゃったんで、眠気覚ましも込めてお風呂に入ってきましたから。
たぶんシャンプーの香りだと思います」

そういえばあのシャンプー、何か花の絵がボトルに描いてあったっけ。

【音々】
「朝からお風呂ですか、ふふ、女の子らしくて可愛らしいですね」

【箱根】
「たまたまですよ、そんな毎日毎日に入ったりはしませんから。
私よりも姫崎先輩の方がそういったことは欠かさずしていそうですよ」

【音々】
「いえそんな、私は結構朝早くから学園に行きますから。
ゆっくりとお風呂に入るには、相当早い時間から起きていないといけませんね。
ですが、たまのお休みには朝から熱めのお風呂をいただくこともありますよ」

ですよね、やっぱり時間にゆとりがないと朝からお風呂なんて入りませんよね。
週末の日曜日、まだ陽も高くない時間帯にシャワーを浴びる姫崎先輩。

……きっと、絵になるんだろうなぁ……って!

まずいまずいまずい、さっきお風呂に入りながら想像された姫崎先輩の姿がまた頭の中に!
瞬時にカアっと顔が熱くなり、きっと頬どころか顔全体が赤く上気しているだろう。

あわわわわわ、ど、どうしよう……

と、とりあえず今は顔を合わせないように下を向いていよう。
後は息を整えて、顔の紅潮をどうにか抑えれば……

【音々】
「箱根ちゃん、どうかなさいましたか?」

【箱根】
「え、いや、あの……な、なんでもないです」

【音々】
「そうですか、なんだか顔が赤いように見えましたので。
あ、もし何かお体の具合が悪くなったらすぐに云ってくださいね」

先輩の入浴映像を想像して顔が熱いです、なんて絶対に云えません……

私が下を向いたのを体調不良と受け取ったのか、先輩が私に話しかけてくることはなかった。
きっと気を使ってくれているのだろうけど、私のどうしようもない不順な妄想が大本だと思うと、恥ずかしいうえに凄く申し訳ない。

あぁもう、私ってば……

先輩の気遣いのおかげで学校につく頃にはもう顔も正常に戻り、変な熱さも吹き飛んでいた。
だけど学校に着いたとき、「体調、良くなられたみたいですね」って云われたときはまた申し訳ない気でいっぱいに。

【箱根】
「姫崎先輩は今日も中庭ですか?」

【音々】
「はい、昨日箱根ちゃんのおかげで種は植え終わりましたので、お水をあげるだけですけど」

【箱根】
「私も見に行かせてもらっても良いですか?」

【音々】
「ええ、見ていても面白くはないと思いますが、それでも構わないのでしたらどうぞ」

先輩の後について中庭へと向かい、適当なところに鞄を置いた先輩は如雨露を取り行く。
すぐに如雨露の中には冷たい水が並々と注がれ、それを手に先輩は端の方から水を振りまいていった。

【音々】
「♪」

とても楽しげで、それでいてとても幸せそうな顔で先輩は水を土肌へと振りまいていく。
時々立ち止まり、その場にしゃがんでそこだけ他の場所よりも多めに水を上げたり、きっと陽射しの関係とか色々と考えることがあるのだろう。

なんというのか、女の私が云うのも何なんだけど、そんな先輩の姿はひどく可愛らしく
ここが共学だったら相当の人気が出るのではないかと思うほど、先輩とこの中庭の組み合わせははまっていた。

【音々】
「ふぅ、こんなところですかね。
今日はお昼休みにこれませんので、少し多めにあげておきましたからね」

【女生徒】
「音々……」

【音々】
「はい? あ」

先輩と一緒に私も振り返る、そこには女生徒が一人。
紺色の膝裏を越えるほどの長くて綺麗な長髪、制服は姫崎先輩と同じベストタイプ。
淡い黄色のベストに、真っ白なスカートが春色の世界の中にはとても眩しく映った。

【音々】
「おはようございます、由都美先輩。
どうしたんですか、こんな時間にこんなところへ?」

【由都美】
「どうしたって、時間も取れたから部活をと……」

【音々】
「あ、そうだったんですか、ですがもう昨日のうちに作業は終えてしまいましたから。
今日も後はお水を上げれば終わりですので、折角来ていただいたところ悪いんですがなんのお仕事もありませんね」

【由都美】
「そう、残念……折角時間が取れたんだけど、出番なしか」

【音々】
「いえいえ、お忙しい中で時間を作って来ていただいただけでもとても嬉しいですよ。
最近は一人で作業をすることも多かったですから」

【由都美】
「そう、それで、その子は……?」

姫崎先輩の先輩、由都美先輩と呼ばれた女生徒が私に不思議な視線を投げる。
とはいうものの、長めの前髪が瞳を隠しているから本当に視線は私を捉えているのかはわからないけど。

【音々】
「この子は新入生の子で、夢夜 箱根ちゃんです。
ついでに紹介しておきますね、こちら久山 由都美先輩です」

【由都美】
「久山です、よろしく……」

【箱根】
「夢夜 箱根です、初めまして」

【音々】
「以前少しだけ話したと思いますが、由都美先輩は園芸サークルの一人なんですよ」

【由都美】
「一人とはいっても、あまり顔を出している回数は多くはないけど」

【音々】
「それは仕方がないですよ、由都美先輩はこの部活だけではなく
他にもいろいろと兼任なさっていますから」

【由都美】
「その子、箱根ちゃん、だったかな……?」

【箱根】
「あ、はい」

【由都美】
「貴女はもしかすると、新入部員さん、かな……?」

【音々】
「違いますよ、それに部活動の勧誘は今日からですよ。
箱根ちゃんにはいろいろとお手伝いをしていただいちゃいましたので、感謝しています」

ニッコリとあの微笑を向けられ、なんだか気恥ずかしくなって少しだけ頬が熱くなる。

あまり褒められたりすることもないから、純粋に嬉しいというのもあるけど
何より姫崎先輩にそう云ってもらえるとなお嬉しく感じてしまう。

【由都美】
「……そろそろ私はこれで、来たのに何の役にも立てなくてごめんね」

【音々】
「いえそんな、お忙しい中ありがとうございました」

【由都美】
「箱根ちゃんもまたね、きっとすぐにでも会えると思うけど」

意味深な科白を残し、長い髪を風に遊ばせながら久山先輩は優雅な足取りで中庭を後にする。
なんだか不思議な先輩だった、独特の雰囲気というか、まずあの長い髪には驚いた。

あれだけ長いとさぞ手入れも大変なんだろうけど、あの流れる髪の感じ
あの柔らかさは髪の端から端までしっかりと手入れが行き届いている証拠。

優しく穏やかな姫崎先輩や、男性的でキリリとした八重倉先輩とはまた違う
なんと表現したら良いのかよくわからないのだけど、やはり久山先輩もこの学園に相応しい雰囲気を持った先輩なのだと実感できる。

【音々】
「今日の由都美先輩、随分とお喋りでしたね」

【箱根】
「え、いつもはもっと無口なんですか?」

【音々】
「無口といいますか、普段は単語で物を話すことが多い人ですから。
私と二人で話すときはとても素っ気無いんですが、箱根ちゃんもいましたからきっとあんな話し方をしたんでしょう」

【箱根】
「へえ、だけど綺麗な人ですね、さすがお嬢様学校の人って感じがします」

【音々】
「はい、同学年の人や後輩からも人気が高い人なんですよ。
常に冷静で落ち着いていて、この学園を代表する器を持った生徒さんの一人ですね」

【箱根】
「そういえば久山先輩、さっきすぐにでも会えるって」

【音々】
「あぁ、たぶん午後のことを云っていたんだと思います。
箱根ちゃんたち新入生は、今日の午後は部活動紹介のオリエンテーションだと思いますが」

確か今週だけは普段と日程が違うからということで、スケジュール表が配られていた。
その中で確か今日の午後、授業は入っておらず学年集会と書かれていたっけ。

【箱根】
「あ、あの集会ってそのことだったんですか」

【音々】
「はい、由都美先輩は手芸部の部長さんですから、きっとまたお会いできると思いますよ。
まあそうでなくても、案外頻繁にお眼にかかると思いますけど」

口元に指を当て、ちょっと含みのあるクスクスとした笑みを見せた。

【箱根】
「部活動ということは、姫崎先輩も出られるんですか?」

【音々】
「どうでしょう、まだ同好会の段階ですから、お呼びがかからなければ出ることはできないですね。
こう見えてもこの学校、案外部活動も盛んに行なわれているんですよ。
確か箱根ちゃんも以前は陸上部ということでしたから、入部してみてはいかがですか?」

【箱根】
「全国大会でメダルも貰えないような人ですから、あんまり部に貢献できるかわかりませんので」

【音々】
「あら、ですが全国大会に行けるだけの実力はある、ということですよね。
それだけでも十分に凄いじゃないですか」

以前の学校で陸上部に入っていたのも、そこに知り合いがいたからなんだ。
その子とは良い意味でライバル関係だったから部活も止めることなく続けていたんだけど。

知り合いが誰もいないのに、陸上部に入っても正直続けられるかどうか。
むしろ陸上部ではなく、姫………

【音々】
「ぁ、私たちもそろそろ戻らないと遅刻してしまいますね」

【箱根】
「そうですね、急ぎましょう」

昨日の失敗を教訓に、ホームルーム開始五分前の行動。
綺麗な長髪の久山先輩との出会い、この学校に来てから毎日が新鮮な驚きでいっぱいだ。

もっとも、私が久山先輩についてもっと驚いたのはもうちょっとしてからのことだったんだけど……

……

【由都美】
「新入生の皆さん、初めまして。
私がこの学園の生徒会長を勤めています、久山 由都美です」

え、嘘……?

ポカンと口を開けたまま、少しの間久山先輩から眼を放せなくなっていた。

それから状況を理解するのにさほどの時間はかからず、今は周りに他の生徒がいるから静かにしているものの
きっと私一人だったら勢いよく立ち上がって「あーっ!!」って云っちゃってるだろうな。

私が一人で皆にはわからないように軽くパニックになっている一方で、久山先輩の話は続いていた。

【由都美】
「この学園は他校に比べて進学校だと思っている方も多いと思いますが、確かに実際ここは進学校です。
ですが、進学校だからといって部活動が活発でないということはありません」

【由都美】
むしろ積極的に部活動を行なってもらいたいと思います、我々生徒会としてもできる限り良い環境を提供していきますので。
新入生の皆さん、学業も大事ですが人との交流もそれと同レベルで重要なことです
この機会に部活動への入部を検討していただけると、学園の活性化にも繋がりますのでよろしくお願いいたします」

深々と頭を下げ、長髪を一度だけ左右に振り、堂々とした足取りで舞台袖へと久山先輩は身を消した。
あまりにも優雅で、それでいてピーンと張りつめたヴァイオリンの弦のような緊張感。

朝中庭で出会ったのとは全く違う、これが本当の『久山 由都美』という人なんだと。
まるで心臓を射抜かれたような支配感に、私の心臓はドキドキと早く脈を打ち続けていた。

【女生徒】
「はい、それではホールの方で各部部長さんが部の紹介を行なっていますので話を聞くも良し
どんな部活があるか確認するのも良し、思い思いに部を回って見てください」

司会進行の先輩の誘導に従い、集まっていた生徒が講義同を出て隣の正面のホールへと抜けていく。
私はなるべく後ろの方に下がって、混雑がなくなってから出よう。

ホールに出るといくつかのテーブルで区切られ、そこに一人か二人ずつ先輩であろう女生徒が受付をしていた。

【箱根】
「さてと、私はどこから見ていこうかな……」

いくつかたくさんの女の子が集まっているところもあるけど、大体のところが少数の子が興味を示しているだけに見える。
やっぱり進学校ということもあってか、部活に入ろうって子は少ないのかな?

そんな中でも、やっぱり陸上部はそれなりの人気があるみたい。
なんだか見た感じ足も速そうな、体格も同年代の子よりも少し大きな子ばっかり、あんな中じゃ私はやっていけないな。

となると、他に見ておきたい部活動も……あ。
たくさんの女生徒でごた返す中に、一人だけ見知った人の顔、あの人は。

【箱根】
「姫崎先輩!」

【音々】
「あ、箱根ちゃん、いらっしゃい」

【箱根】
「朝はどうなるかわからないって云ってましたけど、先輩も参加していたんですね」

【音々】
「はい、本来まだ部ではない同好会がいることは相応しくないのでしょうが、由都美先輩が出なさいって云うものですから」

その時、私の両肩にポンと手が置かれ、柔らかい草花のような香りが頭の後ろからふわりと漂ってきた。

【由都美】
「それじゃ私が無理矢理云ったみたいじゃない、本当は出たかったくせに……」

【音々】
「ぁ、由都美先輩!」

【由都美】
「折角出れたのに、お客様が箱根ちゃん一人っていうのは少し寂しいね……」

【音々】
「それは仕方がないですよ、人気があるようならもっとずっと前に部としてあって当然ですから。
それよりも先輩はよろしいんですか、進入部員の勧誘をなさらなくて?」

【由都美】
「私のところは別に増やしたいとも思ってないから……」

【音々】
「そ、そうですか……あら、どうしましたか箱根ちゃん?」

【箱根】
「ぇ、ぁ、その……」

さっきからまるで蝶がピンで留められてしまったかのように体が動かせない。
朝会ったときはこんなことはなかったのに、今の先輩には少しでも動けば氷の刃で肌を切られてしまうような鋭い威圧感が感じられる。

【音々】
「由都美先輩、箱根ちゃんいじめたりしてませんよね?」

【由都美】
「むぅ、私ってばそんなイメージなの……?」

【音々】
「冗談ですよ、ですがそろそろ離してあげたらどうですか?
たぶん箱根ちゃんも緊張しているのかもしれませんから」

【由都美】
「緊張? 私相手に、まさか……」

【音々】
「ご自分ではわかっていなくても、由都美先輩も十分有名な方なんですから。
それに、生徒会長ともあろう方がこんなところでサボっていては示しがつきませんよ」

【由都美】
「はいはい、わかりました……二人とも、またね」

スッと久山先輩の手が離れ、それと同時に鋭い威圧感もどこかへと失せてしまっていた。

【箱根】
「はぁ……」

【音々】
「ふふ、緊張しましたか?」

【箱根】
「はい……朝はそうでもなかったんですけど、なんだか朝とは雰囲気が違うみたいで」

【音々】
「あの時は私たち二人しかいませんでしたから、不特定多数がいるこのような場所では先輩はいつもあんな感じなんですよ。
生徒会長として見本になるようにということで結構気を使うらしいです」

【箱根】
「そうだったんですか、だけどまさか生徒会長さんだったとは……」

【音々】
「驚かれましたか?」

【箱根】
「それは勿論、姫崎先輩も一言も教えてくれませんでしたし」

【音々】
「すいません、知らないほうが驚きも倍増するかと思いまして。
ですから少しだけ云ったじゃないですか、案外頻繁にお目にかかるだろうって」

もう、姫崎先輩ってば意地悪なんだから。
そうとわかっていれば中庭で会った時もちゃんと挨拶したのに、って、誰にでもちゃんと挨拶するのがここでは普通だよね。

【音々】
「箱根ちゃんはもう他の部活動のところはご覧になったんですか?」

【箱根】
「まだですけど、もう良いんです」

【音々】
「まあ、ということはもう心に決めた部活動がある、ということですね。
ってあれ? 私のところしかまだ来てないって云ってましたよね、とすると……」

【箱根】
「はい、私にも先輩のお手伝いさせてください。
姫崎先輩のように詳しくないですけど、少なからずお力にならせていただきます」

【音々】
「わぁ……ありがとうございます、箱根ちゃん!」

私の両手をギューっと握り締め、姫崎先輩の胸元へと持ってくる。
かすかに触れた先輩の胸の温もりと、握り締められた手の温もりがまたしても私の鼓動を早くした。

【音々】
「歓迎します、これから一緒にがんばっていきましょうね!」

【箱根】
「はい」

姫崎先輩の顔が笑顔の色でいっぱいになる、今までの柔らかい笑みとは違うとても明るく裏表の無い自然な笑顔。
こんな顔で笑ってもやっぱり姫崎先輩は可愛らしい、本当に、素敵な先輩だな。

……

【由都美】
「お疲れ様……」

【音々】
「お疲れ様です、由都美先輩」

【由都美】
「……どうしたの、なんだか楽しそうな嬉しそうな顔してる」

【音々】
「はい、勿論ですよ。 だって箱根ちゃんが同好会に入ってくれたんですから」

【由都美】
「そう、箱根ちゃん入ったんだ、良かったねって祝福してあげたいけど
私のところには来てくれなかったんだ、残念……」

【音々】
「どちらに入ったとしても先輩は箱根ちゃんには会えるじゃないですか。
由都美先輩、結構箱根ちゃんのこと気にいっていますよね?」

【由都美】
「その言い方は少し語弊がある、私は満月じゃない……
私じゃなくて、音々だって彼女のことは気に入っているんじゃないの?」

【音々】
「箱根ちゃんには初対面の時から手を貸していただきましたから、良い子なんだなって思っていましたよ。
それに話していてとても楽しいですし、これからの学校生活がより楽しくなりそうな気がするんです」

【由都美】
「そうなってくれると良いわね、私は生徒会があるからこれで、またお店でね」

長髪を空間に遊ばせ、優雅な足取りに合わせて長髪が弾んでいる。
なんだかその長髪の弾みが笑っているような、楽しんでいるように見えたのは私の錯覚なのかな?

【音々】
「さて、お店に行く前にもう一度お水を上げていきましょうか」

あ、やだ、由都美先輩の髪も弾んでいたけど、私の足取りだって弾んでいる。
由都美先輩にもすぐにバレちゃったし、やっぱり嬉しさを隠すのは難しい。

箱根ちゃんの入部、あんな子が入ってくれればなって叶わないおまじないのように考えていたのに。

【音々】
「明日はきっと、良いお天気になってくださいね」

薄っすらと夕焼け色に変わり始めた空に向かって、誰に聞かせるでもない言葉を呟いた。
大丈夫、こんな良いことがあった日の翌日はきっと晴れる、それが彼女の中の小さなジンクスなのだから。






〜 N E X T 〜

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〜 T O P 〜