【5月06日(火)】
ちゅんちゅんと鳥の声が聞こえ、弱めの陽光と共に朝の到来を告げる。
【一条】
「ん……んあぁぁぁ」
最近ずっと眠っていたがいつもいつも寝覚めは最悪だった。
それに比べると今日なんて気持ちの良い朝だろう。
【一条】
「そういえば今日は学校だったな……」
寝惚け眼を擦りながら、ぼんやりとそんなことを思い出していた。
……
【二階堂】
「……よ」
【一条】
「勇? どうしたんだこんな早くに俺の家の前で?」
【二階堂】
「たまにはおまえと学校に行くのも悪くないと思ってな」
【一条】
「つまりは待っててくれたってこと?」
【二階堂】
「一言でまとめるとそうなるな」
【一条】
「なるほど、それじゃあ行くか」
……
【一条】
「勇には色々と迷惑かけちゃったな」
【二階堂】
「なに、大したことじゃないだろ」
【一条】
「勇にとっては大したことじゃなくても俺にとっては大層なことなんだよ。
わざわざ音々のところまで行ったそうじゃないか」
【二階堂】
「もうあの手段しか考えつかなかったからな、結果的に丸く収まって良かった」
【一条】
「本当に、おまえのおかげだよ……ありがとな」
【二階堂】
「……なに」
顔に表情をあまり出さない二階堂だけど、声が僅かに変わっているのが感じられた。
……
騒がしい昼休みの時間帯、その中でも騒がしさの欠片も感じられない一角。
静寂に包まれた空間に、コツコツと階段を上る音だけが響く。
階段を上りきった先にある鉄の扉を力いっぱい開け放った。
【一条】
「あぁ……眩し」
空の蒼と日の陽光を全身に浴び、体が少しだけ軽くなる感覚。
【一条】
「はぁ……もう来ないと決めていたけど、どうしても来ちゃうんだよな」
溜め息1つ、そのまま給水塔の上へと上る。
給水塔の上には誰もいないいつもと同じ空間、そのはずなのになんだかいつもとは感じ方が違う。
物悲しさだけではない、冷たささえも感じるほどにこの空間は重くなっている。
【一条】
「……」
何も無いはずなのに、そこに少女がいるような気がしてならない……
【一条】
「……止めよう、もう立ち直らないといけないんだ」
いつかはこの悲しみも消える、そう考えないといつまでもあいつの影を追ってしまいそうだから。
悲しみにいつまでもとらわれてしまっていては、あいつが喜んでくれるわけがないんだから……
……
【一条】
「失礼ー」
【音々】
「あ、ま、誠人さん、ちょっと待って……」
音々の科白が終わるよりも早く、俺は病室の扉を開けていた。
【一条】
「あ……」
【音々】
「あう……」
【羽子】
「あら……」
眼に飛び込んできたのは豊満な音々の胸、おわん型の形の良い胸だ……
見とれている、そんな表現がぴったりとくるほど俺は音々の胸に魅入っていた。
【音々】
「き……」
【音々】
「きゃあぁぁぁーーーー!!!!!」
顔を真っ赤にして慌てて胸を隠す、腕を寄せたことで胸の谷間がはっきりとでき上がってしまう。
【音々】
「誠人さん! いつまでご覧になっているつもりですか!」
【一条】
「え……あ……いや……」
【音々】
「早く出て行ってください! 誠人さんのエッチー!」
……
【羽子】
「もう大丈夫ですよ」
【一条】
「あ、ありがとう……あいつ怒ってる?」
【羽子】
「はい、もうかんかんです」
【一条】
「あーぁ……」
うなだれながら気まずい病室の中に足を踏み入れる。
【音々】
「うー……誠人さん」
【一条】
「は、はい……」
【音々】
「わ、私の胸……見ましたね?」
【一条】
「……ど、どうでしょう?」
【音々】
「とぼけないでください!」
【一条】
「み、見ました……はっきりとじゃないけど」
【音々】
「うぅー……もう!」
プクーっと頬を膨らませて怒る、不謹慎かもしれないけどそんな動作もまたかわいい。
【羽子】
「ふふ、良いじゃありませんか、誰かもわからない人に見られたのならともかく。
見られたのが一条さんだったら、逆に姫崎さんも嬉しかったんじゃありませんか?」
【音々】
「そ、そんなことはありません! 羽子さん意地悪です……」
口元まで毛布を持ってきて顔の半分くらいが毛布に隠れてしまう。
【一条】
「それよりもどうして羽子さんがここに?」
【羽子】
「あら、私がいたのがそんなに意外ですか?
まあお2人にとっては私はお邪魔な存在でしょうけどね」
【一条】
「誰もそんなことは云ってないだろ、意地悪だね」
【羽子】
「ふふ、姫崎さん1人だけラブラブなのは見ていて悔しいですから」
【音々】
「ラブラブなんてそんな、私たちは普通にお付き合いしているだけです」
【一条】
「あの、話がだいぶそれてるんですけど……」
【羽子】
「ああすいません、私は勿論のお見舞いですよ。
それと姫崎さんのお手伝いを少し」
【一条】
「手伝いって?」
【音々】
「眠っている間に少し汗をかいてしまって」
【羽子】
「私がちょうどいいところに来たので姫崎さんの体を拭いてあげた、そんなところですよ」
【一条】
「そうだったんだ、いきなり裸だったから俺はてっきり……」
【音々】
「てっきりなんですか!」
【羽子】
「私が姫崎さんを襲っていた、とでも思いましたか?」
【一条】
「いや、まあ……可能性の1つとしては……」
【音々】
「そんなことあるわけないじゃないですか、私たち女の子同士なんですよ!」
【一条】
「世界には同性愛って言葉もあるしさ……」
【音々】
「ど……誠人さんの変態ー!」
顔を真っ赤にしながら音々の手がある物を放る。
なんだろうあれ……?
……
【一条】
「うぅーん……」
【羽子】
「あ、気が付きましたか?」
【一条】
「羽子……さん?……ここは?」
【羽子】
「休憩所のベンチです、倒れたまま病室に残しておくわけにもいかないんで運ばせてもらいました」
【一条】
「病室で倒れた? 俺が?」
【羽子】
「はい、恥じらいが頂点に達した姫崎さんが投げた目覚まし時計が顔を直撃しましたから」
そういえば音々が俺に向かって何か投げたっけ、そうか時計だったんだ。
いわれてみればさっきから額の辺りに鈍い痛みが残っている。
【一条】
「それでどうして羽子さんが俺を?」
【羽子】
「姫崎さんが意識が戻った時に合わせる顔が無いというので、私が介抱させていただきました。
それに、私としては一条さんと2人だけになったほうが好都合ですし」
【一条】
「は?……それって……」
今の科白、取り方によってはとんでもない取り方ができるぞ。
もしかして羽子さんって略奪派……?
【羽子】
「……(ニンマリ)」
【一条】
「ひぃ!」
【羽子】
「どうかされましたか?」
【一条】
「い、いえ、なんでもないです……」
一瞬だけ悪女羽子さんを思い浮かべてしまった、心の中で謝っておきます、ごめんなさい。
【羽子】
「姫崎さんのことで少しだけ教えておきたいことがありまして」
【一条】
「音々? 音々がどうかしたの?」
【羽子】
「姫崎さんうなされていたんです、それもとても苦しそうに」
【一条】
「え……?」
【羽子】
「呼吸を乱し、息を荒げ、時折苦痛に歪んだような声を漏らしていました」
【一条】
「嫌な夢でも見ていたんじゃないのか?」
【羽子】
「そうかもしれません、だけど、そうじゃないのかもしれません」
【一条】
「何か気になる点が?」
【羽子】
「姫崎さんの汗のかき方なんです。
姫崎さんが眼を覚ました時、寝巻きはおろか下のシーツに浸透するほどの大量の汗をかいていたんです」
俺にはそれが特別まずいことのようには思えない、汗をかくのがそんなにも悪いことなんだろうか?
【羽子】
「寝ている間に汗をかく可能性としては、何か嫌な夢でも見ていて恐れや怖さから心理的にかく場合。
起きている場合でも何か恐怖を感じたりすると冷や汗をかきますよね」
【羽子】
「それともう1つ、体に何かしらの痛みが走り、眠っている体が悲鳴をあげてかく場合……」
【一条】
「体が悲鳴をあげて……」
【羽子】
「どちらも良いとは云えませんが、前者だったらこれといった問題はありません。
ですが、もし後者だとしたら……」
どうしてだろう、どちらかなんて本人でさえもわからないはずなのに。
俺にはなぜか絶対の自信を持って断言できる、音々は後者であると……
【羽子】
「私のお話はこれでお終いです、もう面会時間も終わりますからご一緒に帰りませんか?」
【一条】
「……あぁ」
……
何も無い天井に音々の顔が思い浮かぶ、思い浮かべた音々の顔は笑っていた。
あいつは俺の前ではよく笑っていた、柔らかさが印象的なあの笑顔。
しかし、それと同じくらいあいつが苦しむ顔も見てきている……
【一条】
「もしかしてもう時間が……」
いくらあいつが手術を受けてくれる気になっても、手術を受ける前に時間が来てしまっては意味が無い。
【一条】
「手術が受けられるまで、もってくれよ……」
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