【4月28日(月)】


眼が覚めると頭の中はいつもよりすっきりとして晴れやかな感じがする。

【一条】
「久しぶりによく眠れたな……」

今日はいつもとは違う、俺にとって重要な1日になることは間違いない。
全てを確信した土曜日、決心を固めた日曜日、2日間で俺の頭の中に強く思い浮かばれる人物。

【一条】
「美織……」

もやもやした気持ちはもう俺の中に無い、あるのは美織に全てを伝えること、ただそれだけなんだ。

……

朝の通学路、美織に遭遇する確立が高い場所の1つでもある。
あまり今は出会いたくない、今気持ちをぶつけるのは2人にとって気まずさが生まれかねない。
朝一番で云うのは少々気が引ける、とことんまで俺はキザになってやろうと思った。

……

【一条】
「お早う」

【美織】
「おはよ」

何気ない朝の挨拶なのに、急に心臓の鼓動が早くなる。
朝はあれだけいきまいていたのに、実際になるとこれなんだよな、こんなんで大丈夫なのか?

【美織】
「どうしたの、なんか難しい顔して? 顔赤いよ?」

【一条】
「いや……なんでもない、なんでもないんだ」

【美織】
「……変なの?」

自分でも変なのはわかっているさ、現実になるとここまで緊張を伴う物だとは思わなかった。
こんな事では朝から打ち明けたりでもしたら俺はどうなってしまったんだろう……

……

授業なんか何も耳に入らない、隣に座っている美織の存在をこれほどまでに意識したことは無かった。
時折、美織と眼が合ってしまうともう心臓は暴れだして外見でも焦っているのが丸わかりだ。

先生の話も右からはいっては直ぐに左から抜けていくような感じでなんの話があったのかなんて覚えていない。
覚えているのは美織と眼が合った時に美織が見せた笑顔だけ……

……

昼休みのチャイムと共に席を立ち上がって屋上へと向かう。
教室にいることができない、美織と同じ空間にいるだけで俺の鼓動が止むことはない。
もしかしてこれが恋とでも云うのだろうか? もしくは俺が意識しすぎているんだろうか?

どちらでも良いさ、俺がしなくてはいけないことは放課後だ、あの場面と同じような場面を自ら作り上げるんだ。
幸いにも今日の天気は見事な快晴、天気予報でも1日中天気が崩れることはないって云っていたっけ。

【美織】
「いたいた、おーい」

おもわず体がビクンとなってしまう、急に後ろから聞こえた声は間違うはずも無い美織の声だ。

【一条】
「どうかしたか?」

【美織】
「どうかしたかってもうお昼の時間だよ、一緒に食べようと思ってさ」

【一条】
「一緒に食うにもな、もうパンは売り切れてるだろうし買いに行くだけ俺は無駄だ」

【美織】
「そんなことだろうと思ってあたしが買ってきたよ、マコはカレーパンとロールパンどっちが良い?」

【一条】
「別に食わなくても良い」

【美織】
「そんなこと云っちゃ駄ー目、お昼ご飯食べないと午後の授業体もたないよ」

【一条】
「どうせ寝て過ごすからそれでもかまわないんだ」

【美織】
「もぅ天邪鬼なんだから、食べる気が無いんならあたしが無理矢理食べさせちゃうぞ」

【一条】
「美織が力ずくで俺に勝てるわけないだろ」

【美織】
「押さえつけることは無理でも他にも手はあるよ、例えば……口移しとか」

【一条】
「ば……!」

なんてことを云い出すんだ、俺は今平常心を保つので必死だっていうのに。
口移しなんてされたら俺が放課後まで待つ意味がなくなるじゃないか、ここは大人しくパンを受け取った方が良さそうだ。

【一条】
「カレーパンを、貰えるか」

【美織】
「ようやくその気になったか、はいカレーパン、お代は要らないからね」

【一条】
「いただきます」

【美織】
「いただきまーす」

2人でベンチに腰を下ろしてパンを食べる、パンの味すらよくわからない。

【一条】
「……」

【美織】
「……なんかさ」

【一条】
「……?」

【美織】
「今日のマコ、ちょっと変じゃない?」

【一条】
「気のせいだ、俺はいたって普通だが」

そんな訳無い、今でも俺の心臓はバクバクと荒々しく鼓動しているんだ。
それが外見に出ないように装うのはとんでもなく苦労することだと実感している。

終始言葉少なく食事の時間を終える、食事が終わっても時間に余裕があるのは正直嬉しくない。
もっとゆっくりと食べれば良かったんだけど、あんまりゆっくりだとまた美織に指摘されかねないし。

【美織】
「……マコ、もしかして怒ってる?」

【一条】
「はい? 俺が何に怒ってるって云うんだ?」

【美織】
「この前の土曜日のことだよ……」

土曜日と云われてまたしても体がビクッと反応してしまう。

【美織】
「ほら、あたしが帰り際にマコにキスしちゃったでしょ、なんの断りも無くいきなりやっちゃったからその……」

【一条】
「……」

もうこの場所にいられない、そう思ってすくっとベンチを立ち上がった。

【美織】
「ちょ、マコ……」

【一条】
「放課後、屋上に来てくれ、大事な話があるから……」

それだけ云い残して屋上を後にする、なんとか屋上に呼ぶことはできそうだ。
後はどんな方向に転がっていくか、『神のみぞ知る』まさにそれにぴったりの状況だな。

……

6時限目終了鐘が鳴り響く、もう後に引くことはしない。
教室にはもう美織の姿は無い、屋上へ向かったんだな、俺も屋上へと向かおう。

【某】
「お、一条、一緒に帰らへんか?」

【一条】
「悪い、これから大事な用があるんだ」

【某】
「大事な用ねぇ……」

まじまじと俺の顔を見る、俺の顔に何かついているのか。

【某】
「どうやらやっとわかったみたいやな、教室にもおらへんし、もう呼び出してあるんやろ」

ニッカリといつもの笑みを向ける、廓は全部わかってるんだな。

【一条】
「お前もしかして、前から気付いてたのか?」

【某】
「まあな、結構前からあいつはアピールとかしとったのにお前全然気付けへんねんもんな」

【一条】
「そういったものには鈍いんだよ」

【某】
「わいが遠巻きになんべんも教えたったのに一条はどこ吹く風、ほんまにむしゃくしゃしたわ」

【一条】
「そういえば、お前には色々と迷惑かけたな、ありがとう」

【某】
「気にすんな気にすんなわいらは親友やないかい、それより早く行ってやった方がええやろ
結果はどうであれ、やってみんことには始まらへんからな」

【一条】
「ああ……それじゃ、行ってくる」

俺は廓に別れを告げて美織の待つ屋上へと足を向かわせた。

【某】
「……」

1人になった教室で廓は線香を1本くわえる。

【某】
「絶対、ものにせえよ……」

教室に立ち込める線香の香り、いつもと変わらないその線香の香りが今日は苦く感じる。
それは、1つの恋が終わりを告げたそんな放課後のでき事……

……

屋上の扉を開け放つ、俺を待っていたかのように一筋の風が吹き抜けた。
見渡して見ても美織の姿は無い、だとすればあそこしかない。
俺は給水塔へと繋がるハシゴに手をかけて上る、上った先には予想通りの人の姿。

【美織】
「……」

【一条】
「……お待たせ、急に呼び出して悪かったな」

【美織】
「そんなことないよ、それで、あたしに話があるんでしょ」

【一条】
「……ああ」

美織がこちらに向き直る、これから美織には俺の全てを話す、それが俺の下した決意。

【一条】
「今まで、美織に話してなかったことを全て話そうと思ってさ……」

【美織】
「話してなかったこと?」

【一条】
「前に俺がここに転校して来た理由を話しただろ」

【美織】
「うん……重い病気にかかったってやつでしょ?」

【一条】
「そう、だけど俺がここに来た本当の理由は違うんだ、俺がここに来ることになった本当の理由
それを美織に聞いてもらいたい」

【美織】
「……どうしてあたしに聞いてもらいたいの……」

【一条】
「美織以外には聞いて欲しくない、これじゃ駄目か?」

【美織】
「……」

【一条】
「……」

【美織】
「……わかったよ、あたしでよければ聞かせてもらうよ」

ニッコリと美織が笑う、その笑顔に嘘をつき隠し続けることなんてできそうもない。

【一条】
「ありがとう、俺がここに転校してきた理由、それは俺の過去のことになるんだ」

【美織】
「過去のことって?」

【一条】
「俺がかかった病気は脳幹出血、聞いたままの通り脳の病気なんだけど
それが少し厄介な物で発病から数時間経たずに死んでしまうケースがほとんどなんだとさ。
そんな病気にもかかわらず俺は奇跡的に一命を取り留めた、これが俺を最も苦しめる要因なんだ」

【美織】
「どうして、助かったんだから何も苦しむことなんて無いじゃない」

【一条】
「本来なら喜ぶところだけど俺は素直に喜べないんだ、奇跡的に一命を取り留める為に払った代償があまりにも大きすぎたから」

【美織】
「……」

【一条】
「俺が払った代償、それは今まで俺が歩んできた時間、病気はそれを全て無に還してしまったんだよ」

【美織】
「……それって」

【一条】
「簡単に云うと記憶喪失、俺は自分のこと以外の全ての記憶を忘れてしまっていたんだ」

今まで誰にも話すことの無かった真実を、初めて他人に公表した。

【一条】
「友達のこと、学校のこと、幼少のこと……それら全てが俺の頭の中から消えていた。
それがここに来ることになった本当の理由、記憶を失ってしまったままいつもの場所にいることなんてできやしない。
俺はここに逃げてきたんだ、何も無いからっぽの人間が生活するには見知らぬ土地で暮らす方がずっと気が楽だから」

【美織】
「嘘……そんなことって……」

【一条】
「嘘のような本当の話なんだ、記憶喪失なんて信じていなかったけど身を持って体験しちゃったからね
記憶を失った人間はそこで止まってしまう、一度記憶を失う恐怖を覚えてしまうともうこの世の全てと干渉を避けるんだ」

【美織】
「そっか、転校初めのころのマコが人付き合いを極端に避けてたのはそんなことがあったからなんだ」

【一条】
「ああ……臆病な男だって笑ってくれてもかまわないよ、笑われても俺はしかたないんだ。
脅えるだけでそれから先のことを何も考えずにただ自分の殻に閉じこもって、逃げ場所を求めるだけで
あのころの俺は生きていくことにすら意味が無かった、実際何度か死のうと考えたこともあった……」

不意に見上げた空が紅く染まり始めていた、もう少し、時間はもう近い。

【一条】
「前に進むことを俺は拒み続けた、時間は流れていてもそのままその場に留まり続けていた。
だけど、そんな俺の背中を押してくれた人物がいたんだよ」

【美織】
「もしかして……」

【一条】
「君のことだよ……美織
全てを拒絶していたはずの俺に君は近づいて来てくれた、最初は特別どうこうとも思わなかったけど
今は違う、美織と過ごす時間、俺はその時間のためにこの世界で生きていきたい……」

【美織】
「あたしと過ごすために生きるなんて云わないの、マコはマコのために生きなくちゃ駄目だよ」

【一条】
「俺が俺のために生きていくには美織の存在が必要なんだ……」

空の紅味がもっとも強くなった時、今がその時だ!

【一条】
「美織、君のこと……好きなんだ」

【美織】
「っ!!」

夕日の角度で光の強さが最高潮に達したのと同時に自分の思いをぶつけた、朝からこの場面でと決めていたんだ。
驚きのあまり美織は両手で口元を押さえてしまう、突然の告白、驚くのも無理はないだろう。
その場で立ち尽くして呆然とする美織の元へ足を進める、すると美織はくるりと向きを変えて街の方へと視線を移す。

【一条】
「美織……」

【美織】
「……」

俺の顔を見ないように反対方向を向いたのか、自分の顔を見られないように反対を向いたのかはわからない。
美織の肩が僅かに震えている、その背中にかける言葉なんかない、言葉をかけてくれるまで俺は待とう。

【美織】
「……」

【一条】
「……」

【美織】
「……」

【一条】
「……」

【美織】
「……る……いよ」

長い沈黙の後、美織が発した言葉はかすれて聞き取ることができなかった。

【美織】
「マコは……ずるいよ……」

【一条】
「……え?」

ずるい、震える後姿から発せられた最初の言葉はそんな言葉だった。

【美織】
「……」

振り返った美織の眼には涙が溢れていた、その涙が何を意味していたのか俺にはわかるはずもない。

【一条】
「美……織……どうして……」

【美織】
「……っ」

涙を溜めたまま美織は俺の元から逃げるように給水塔を降りる、あの涙を見てしまっては美織を止めることなどできない。
美織自身が答えを語ることは無かった、しかし、全ての答えはあの涙の中に詰まっていたんだ。

【一条】
「……駄目だったか」

泣かれてしまっては俺の負けだ、俺の片思いで終わったようだ。
だけど、十分満足している、結果は振るわなかったものの1歩を踏み出すことはできた、それだけで俺は満足だ。
苦い想い出の一場面として、今日のことは忘れないだろうな……

【一条】
「俺は……これで……満足だ……」

頬に水の伝う感触、小さな恋の終わりは塩辛い海水のような味がした……

……

【水鏡】
「……先輩」

屋上の東側、当事者たちよりも遅く、少女もこの場所を訪れていた……

……

夕日に紅く染め上げられた教室から眺める景色が美しい。
静寂の中に僅かに漂う線香の香り、どうしてそんな匂いがするのかなんてわかりきっている。
屋上から戻ってきてもう結構な時間が過ぎている、帰る生徒も少なく部活動に打ち込む生徒の姿だけ。

【美織】
「……はぁ」

溜め息しか出ない、屋上のでき事、原因はそれ以外に考えられない。

【美織】
「マコが……あたしのことを……?」

屋上でマコはあたしのことを好きだと云った、あのマコの眼、嘘迷いの無い真剣な眼差しだった。
その後、マコはあたしの側に来ようとはしなかった、きっとあたしの答えを待ってたんだろう。

それなのに……あたしは……

【美織】
「……はぁ」

窓の外に移る景色と同じように、あたしの心の中も物悲しさでいっぱいだった。
どこかすっきりしないもやもやしたこの気分、どうしてこんな気分になっちゃうんだろう……
窓に寄りかかって外に視線を投げかけてみても、気分が変わることなんてなかった。

ガラガラガラ

突然教室の扉が開かれて、外に向けられていた視線を入り口へと向ける。

【水鏡】
「宮間……先輩」

【美織】
「水鏡ちゃん……どうしてあなたが?」

学年も違う彼女がここの教室に用があるとすれば、マコに用があったんだろうな。

【美織】
「マコならここにはいないよ、たぶん屋上じゃ……」

【水鏡】
「いえ、宮間先輩にお話があります」

【美織】
「あたしに? あたしから聞きたいことなんて何も無いと思うけど」

【水鏡】
「どうして……どうして誠人先輩に答えを返さなかったんですか」

【美織】
「水鏡ちゃん……もしかしてあなた……」

答えを返さなかったのか、そう云われて思い当たることなんか1つしかない。

【水鏡】
「すいません私も屋上にいましたから全部聞こえてしまいました、誠人先輩の言葉が」

【美織】
「そうだったんだ、それじゃあとぼけるわけにはいかないわね」

【水鏡】
「聞かせてください、誠人先輩に答えを返さなかった理由を……」

【美織】
「なんて云ったら良いかな……よくわからないけど、怖いんだ」

【水鏡】
「……」

【美織】
「マコはあたしに本当のことを話してくれた、だけどあたしはマコに何も自分のことを話してないんだ。
そう考えるとなんだか自分が悪者みたいに感じちゃって」

まだマコは本当のあたしのことをほとんど知らない、それが余計に胸に痛い。

【美織】
「マコとこのまま付き合ったとしたら、いつかはあたしも本当のことを打ち明けなくちゃいけない。
もしマコが本当のあたしのことを知ったら、きっと嫌いになっちゃうと思う、そうなるのが怖いんだ」

【水鏡】
「宮間先輩は……何もわかってないんですか?」

【美織】
「……え?」

【水鏡】
「あれだけ誠人先輩と時間を過ごしてきたのに、まだ誠人先輩のことを信じれないんですか!」

大人しそうな顔のまま声を荒げている、表情にほとんど変化はなかった。

【水鏡】
「誠人先輩が本当のことを知って、宮間先輩のことを嫌うと思いますか?
そんな軽い気持ちで誠人先輩はあなたに告白したと思ってるんですか?」

【美織】
「そ……それは……」

【水鏡】
「違いますよね、もう誠人先輩は真実を知らされてもそれから逃げるような人じゃありません。
それは、一番身近にいたあなたが一番良くわかってるんじゃないんですか?」

【美織】
「だ……だけど、もしそうだとしても、もうあたしには……」

【水鏡】
「まだ間に合いますよ、宮間先輩ならきっと……いいえ、宮間先輩じゃないと駄目なんですよ」

【美織】
「あたしは……さっきマコから逃げてきたんだよ、自分の気持ちも何も伝えずに」

【水鏡】
「それじゃあ聞かせてください、宮間先輩は誠人先輩のこと……好きですか?」

止まったはずの涙が溢れてくる、この涙があたしの本当の気持ちなんだ……

【美織】
「……好きだよ……あたしも、マコのことが大好きだよ」

【水鏡】
「良かった、だったら心配ないじゃないですか」

無表情だった水鏡の顔に笑顔が宿る、この子は笑うとこんなにも可愛いんだ。

【水鏡】
「相思相愛ならなんの問題もありません、真実を話しても誠人先輩なら笑って抱きしめてくれますよ」

【美織】
「抱きしめるって、マコがそんなことするかなあ?」

【水鏡】
「きっとしてくれますよ、だって宮間先輩は誠人先輩が心から求めた人なんですから」

ぼっと火がついたように顔が熱くなるのがわかる、大人しい顔して大胆なことを云うなあ……

【美織】
「わかった、もうあたしも自分の気持ちに逃げたりしない、マコに本当の気持ちを伝えるよ」

【水鏡】
「はい……あ、ですけど今日は止めた方が良いと思います、明日はお休みですから明後日。
今日みたいに夕日の色がもっとも紅く燃えた時、誠人先輩はそれを狙っていたみたいですから」

【美織】
「うわー、なんだかちょっとキザだね……だけど、あたしはそんなマコが好きなんだな」

【水鏡】
「少し妬けちゃいますね……宮間先輩、誠人先輩の力になってあげてくださいね
ああ見えて誠人先輩は結構強がりですから」

【美織】
「うん……水鏡ちゃんありがとう、あなたのおかげで自分の気持ちを確認できたよ」

【水鏡】
「いえ、当事者でないのにでしゃばり過ぎましたね」

【美織】
「そんなことないよ、水鏡ちゃん……でも、もしかしてあなたは……」

【水鏡】
「そろそろ失礼しますね、明後日は自信を持って誠人先輩にアタックしてくださいね」

にっこりと笑って彼女は教室から去っていく、あたしの最後の言葉を待たずに……

【美織】
「マコ……」

もしかしたら最初からあたしには決まっていたのかもしれない、だけどあたしはずっと怖がっていた。
ずっと好きでいたのに、マコに告白されるずっと前から、あたしはマコのことが好きだったんだ。
そんなあたしの気持ちが云わせた言葉だったのかもしれない。

『ずるい』

自分だけ全部話して、あたしは何も話していないのに、そんなのずるいよ。
お互い好きなのにあたしだけ置いてきぼり、そんな感情が産み出したのがあの言葉であり、あの涙だったんだ……

【美織】
「マコ……ごめんね、もう自分の気持ちに逃げたりしないから」

……

誰もいない廊下、この静寂が今の私には心地良い。

【水鏡】
「これで、全て上手くいきますから……先輩」

立ち尽くす少女の眼から涙の筋ができ上がる、どうしてもこらえることができなかった、できるはずもなかった……

【水鏡】
「……に……ん……」

言葉にならない言葉だけが彼女の中だけでこだました。

……

ベッドにゴロンと仰向けになる、夕飯を食べてもテレビをつけても、なんだか気分がさえない。
美織は俺を求めてはくれなかった、こういった結果も考えてはあったけどいざなってみるとこたえる。

【一条】
「くよくよするな、気持ちは全部伝えれたんだ、それだけでも良いじゃないか」

無理矢理自分に云い聞かせる、そうでもしないと自分を保てなくなるかもしれないから。
美織への告白は実を結ばなかったけど、俺はもう迷うことはなくなるだろう。

【一条】
「……」

起きていてもしょうがないので電気を消して部屋を真っ暗にする、暗くしてもまだ眠くない。
明日は休日だ、これから自分が努めていかないといけないことは明日考えよう
失恋最初の夜は今までで一番長く感じる夜だった……





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