【5月10日(土)】
電車がガタガタと揺れ、景色を変えながら走行していく。
【美織】
「それで、今日は何が欲しいの?」
【一条】
「何が欲しいってどういうことだよ?」
【美織】
「だって、今までマコとデートする時はいつも食料品だとか本だとか云ってるじゃない」
【一条】
「あれは今までのことだろ、今日は特に欲しい物なんてないんだ」
【美織】
「だったらなんで隣町なんて誘ったのよ?」
【一条】
「しいて云うならば何もないから誘った、俺たち恋人同士なのにデートらしいデートしたことなかっただろ
だから今日は2人でゆっくりと時間過ごせたらと思ってさ」
【美織】
「1つ質問、それだったらあたしかマコの家でも良かったんじゃないの?」
【一条】
「美織は家で過ごすのと太陽の下で過ごすのはどっちが好きだ?」
【美織】
「うん、合格、あたしのことわかってくれてるんだね」
【一条】
「当たり前だろ、俺は美織の彼氏なんだから」
なんだか云ってて恥ずかしくなってくるようなやり取りが電車の中では行われていた。
……
【美織】
「よっと、それでどこに行こうか?」
【一条】
「とりあえず無難に服でも見に行くか」
……
【美織】
「ねえねえこれどうかな?」
【一条】
「かわいいと思うけど、少し短すぎないか?」
【美織】
「そうかなあ、これくらいの方が男の視線を集められると思うんだけどな」
【一条】
「あのね……そんなことになったら俺はその辺の男を皆仕留めないといけなくなっちゃうだろ」
【美織】
「あら嫉妬してるの? 男らしくないなあ」
【一条】
「それ以上余計なこと云うと着替え中に開けるぞ」
【美織】
「いやーんマコのエッチー」
サッとカーテンが閉じて他の候補に着替え始める、よりによって今日はスカートですか……
しかも最初にはいたやつはどう考えても短すぎる、あんなの俺は認めない。
【美織】
「じゃーん、次のはさっきよりも長いよ」
【一条】
「確かに長いけどさ、美織がはくには派手過ぎない? もっと美織はボーイッシュな方が似合うと思うけど」
【美織】
「だよねー、さすがにあたしもこれははけないかな、なんかお嬢様って感じするもんね」
またカーテンがサッと閉まって着替えが始まる、この薄布の1枚後ろでは美織が下着になってるんだよな。
【一条】
「……」
ブンブンと頭を振るっていけない衝動を押し殺す、ここで派手に開けたら即警察行だ。
【美織】
「お待たせ、最後のやつなんだけど、どう?」
【一条】
「それ良いじゃないか、短過ぎず派手過ぎず、変に飾り気が無くて美織らしいよ」
【美織】
「あはは、やっぱりあたしとマコって感性同じだね、あたしもこれが一番似合ってるって思うんだ」
くるりと1回転してモデルの様な悩殺(?)ポーズを披露する。
【一条】
「こんなところで刺激するなよ、似合ってるのはわかってるから買ってこいって」
【美織】
「はーい」
……
【一条】
「スカートも買ったことだし、他に行きたいところは?」
【美織】
「うーん……そうだ、また映画館行こうよ」
……
バスに乗って映画館前の停留場に降り立つ。
【一条】
「今日は何の映画見る? 何か新作とかの情報はないの?」
【美織】
「色々と新作は出てるけど……ねえ、あたしのわがままで悪いんだけど、この前と同じ映画じゃ駄目かな?」
【一条】
「美織が見たいって云うんならかまわないよ、もう一度見ておきたい何か理由があるんだろ?」
【美織】
「うん……ちょっと、あたしなりに確かめたいことがあるんだ」
……
「ねえ待ってよ! どうして私になんの相談も無しに全部自分で背負い込んじゃうのよ!」
「仕方がないんだよ……もう誰にも止められない、俺が望もうともう時間は待ってくれない
だから、そんな顔しないでくれ……笑ってくれないか」
「そんなの……できるわけ……ないじゃない」
「……もう、お終いのようだね、今までありがとう……俺はこれからもいつまでも愛していますそして……」
「……さよなら」
夕日に照らされた彼が最後に見せた表情は心からの笑顔、そんな風に私には見えていた……
……
【一条】
「今日は泣かなかったな」
【美織】
「そう何回も泣くわけないでしょ、もうストーリー自体は知ってるんだから」
【一条】
「泣いてる美織を見れなかったのは残念だな、それで確かめたいことは確かめられた?」
【美織】
「どうだろうな……だけど、前と今ではあの映画に対する考えが変わったことは確かだよ」
【一条】
「へえ、前と今はどう違うの?」
【美織】
「前は物語の大筋だけしか見てる余裕が無かったから悲しい話だと思ってたけど
今日ので解った、この話は悲しいだけじゃなくてとても綺麗な物語なんだって……」
俺には悲しい話だとは解ったけど綺麗な話だと理解することはできなかった、これが俺と美織の見る所の違いなんだろう。
【美織】
「でもさ、あたし思ったんだけど、この話ってあたしたちに似てると思わない?」
【一条】
「やっぱりそう思う? 前から主役2人の設定が似てるなって思ってたんだ」
【美織】
「マコは前にもう気付いてたんだ、記憶をなくした主人公と親を失ったヒロイン
あたしたちをそのまんま写し取ったような設定だったね」
【一条】
「似てるのが設定だけだったら良いんだけどな」
【美織】
「あたしだってそうだよ、ねぇ……マコだったら最後に笑ってさよならなんてできる」
【一条】
「それって映画のラストシーンのことか?」
【美織】
「うん……本当に愛している人と別れる時、マコはあんな風に笑うことできる?」
心から愛し合っている2人が永久の別れにつく時、主役は最後に満面の笑みで別れを告げた。
俺だったらたぶん……
【一条】
「無理だろうな……あれはお芝居の中だから成り立ってるんだ。
実際にあんな立場に立たされて、別れ際に笑顔を向けることなんて俺には無理だ
水鏡の時でさえ、俺には笑い返すことができなかったんだから……」
【美織】
「あたしの時も水鏡ちゃん笑ってた、だけどあたしにも笑い返せなかった
そう考えると、あの子って本当に強い子だね……」
2人の間に沈黙、水鏡は別れ際に心からの笑顔で笑っていた、まるであの映画の主人公の様に。
【美織】
「ねえマコ……あたしの前から消えちゃったりしないよね?」
【一条】
「急にどうしたんだよ?」
【美織】
「映画の主人公みたいに、大切な人を残して消えちゃったりしないよね、あたしそんなの嫌だよ」
ギュッと腕にしがみついてくる、それは痛みを感じるほどに強く、まるで美織は何かに怯えているようなそんな感じを受ける。
その怯えを取り去ってやれるのは俺しかいないんだ。
【一条】
「心配するな、俺たちはあの映画の主役とヒロインじゃない、俺が美織を残して消えるわけないだろ」
【美織】
「そうだよね……ごめん、なんかかっこ悪いところ見せちゃったね」
ほんの僅か瞳に滲んでいた涙を指で拭ってやると、ほんのりと頬を赤く染めた。
【美織】
「優しいね……あたしが泣けるのはマコの前でだけだよ」
【一条】
「俺の前でだけは弱い美織を見せて良いじゃないか、2人で支えあっていけば良いんだから」
【美織】
「……うん」
……
簡単に昼食を済ませて再び街をぶらつく、途中で帽子屋に入ったりして時間を潰す。
【一条】
「もうこんな時間か、一箇所行っておきたい所があるんだけど良いかな?」
【美織】
「それってマコがエスコートしてくれるの? あたしはどこにでもついて行くよ」
今日ここに来た目的、その目的が存在する場所へと足を進めた。
……
足が進むにつれて人の数が増えていく、さっきとは通りが違うため人が多い。
向かっているのは人の数が最も集中する大通り、そこに俺の目的は存在する。
【一条】
「今日もいてくれると良いんだけど……」
周りに眼を光らせて目的の店を探す……いた!
【一条】
「すいませーん」
目的があったのはとある露店商、その店を開いている若者に声をかける。
【若者】
「いらっしゃい……あ、君は」
店の人も俺のことを覚えていた、前にここで会ったシルバーアクセサリーの露天商の人だ。
【一条】
「お久しぶりです、それで、頼んでいた物はでき上がりましたか?」
【若者】
「ばっちりよ、ちょっと待っててな」
後ろからアタッシュケースを取り出してその中からアクセサリーを1つ差し出す。
【若者】
「はいよ、ご注文の品はこれでどう?」
手渡されたのは六角星の形をしたシルバーアクセサリー。
【一条】
「凄い、本当に注文通りにできちゃうんですね」
【若者】
「形だけで驚かれちゃ困るよ、それにはご注文通りに細工が施してあるんだから、ちょっと貸してみ」
アクセサリーを渡すと、店の人はカチッと六角星を2つに分裂させた。
【若者】
「どうよ、これで俺の役目は果たせたかな?」
【一条】
「想像以上のできですよ、ありがとうございます」
俺が頼んだのは六角星の形をして2つにわかれさせることができるアクセサリーということだった。
店の人が作ってくれたのは注文に実に忠実に作られていて、想像していた物と酷似している。
【美織】
「マコアクセサリーなんかつけるんだ、しかもオーダーメイドなんてやるわね」
【一条】
「まあね……それでこれおいくらなんですか?」
【若者】
「ああ、金は要らないよ、それは俺からの気持ちとでも思ってよ」
【一条】
「そんな、悪いですよ、こんなに良い物を作ってもらって経費とか時間とか使わせちゃいましたし」
【若者】
「気にしない気にしない、オーダーメイドって頼まれたの初めてでやたらと張り切っちゃってさ
完成した時からこれは君に譲ろうと思ってたんだ、君みたいなロマンチストにね」
【一条】
「ロマンチストって俺はそんなんじゃ……」
【若者】
「そのタイプを選んだ君は間違いなくロマンチストだよ、これ鎖ね」
アクセサリーには首に付けれるようにちゃんと鎖がついているが、もう1つ余計に渡してくれる、その意味は……
【一条】
「本当に頂いちゃって良いんですか?」
【若者】
「もちろん、それじゃここからはどうするか解ってるよね、この先の公園なら人もほとんどいなくて絶好の場所だよ」
露天商の人に頭を下げて店を後にする、振り向いて店の人と眼が合うと親指をグッと立てた。
それはまるでがんばれと応援でもしてくれているかのように感じ取れた。
……
【一条】
「店の人の云うとおりだな、ほとんど人なんかいない」
公園の中には4人ほどしか人が見当たらない、だけどそれは皆男女ペアの恋人同士ばかりだ。
【美織】
「マコがアクセサリーに興味があったなんてちょっと意外だったな、せっかく貰ったんだからつけてみたら?」
【一条】
「いや、これ元々俺がつけるために注文したんじゃないんだ」
【美織】
「じゃあ誰がつけるのよ?」
次の瞬間、そっと美織の体を抱き寄せた。
【美織】
「うわわ、いきなりどうしたのよ?」
【一条】
「ちょっと動かないで……」
2つに分けたアクセサリーの鎖を外して美織の首にまわす、留め金を後ろで留めるとちょうど胸元の辺りでアクセサリーが光る。
【一条】
「良かった、美織に似合ってるよ」
【美織】
「ひょっとしてこれって……あたしに?」
【一条】
「前に云ってただろ、全てを話して決心がついたらもう一度ここに来たいってさ
美織は俺に全てを話してくれた、だから今日ここに来たんだよ」
【美織】
「それじゃあ……ここに来たのは……あたしのために……?」
【一条】
「俺が心から愛する人にプレゼントを贈るためだ……」
【美織】
「マコ!」
ガバッと美織が抱きついてくる、突然のことに少し体がよろけてしまう。
【美織】
「ありがとう、マコ大好き!」
【一条】
「喜んでくれて良かったよ、俺がデザインを頼んだから美織が気に入ってくれるか不安だったんだ」
【美織】
「そんな心配は要らないよ、あたしはマコからのプレゼントってだけで凄い嬉しいんだから
だけどどうしてこのアクセサリー2つにわかれるようにしてもらったの?」
【一条】
「ちょっとした願掛けみたいな物かな」
【美織】
「願掛け?」
【一条】
「そう、それはオーダーメイドだから2つに分けた場合他の物とは決して合わさることは無い
アクセサリーを1つに戻すには必ず分けた2つじゃないと絶対に元には戻らないだろ」
そう云って、もう片方のアクセサリーに鎖を通して自分の首にまわす。
【一条】
「アクセサリーがもう一度1つに戻るには俺と美織が2つを合わせなくちゃならない
俺たちが離れてしまうと二度と元には戻らないってことだよ」
【美織】
「それってつまり……」
【一条】
「俺たちが離れ離れにならないように、離れ離れになったとしても必ず出会えるように、そんな願いを込めてね」
【美織】
「なんだか……今日のマコすっごいかっこ良いよ
あたしたちの関係が壊れてしまわないように、あたしたちがんばらなくちゃね」
小さなアクセサリーに込めたのは大きな願い、2人がいつまでも一緒にいられるように。
願いを形として存在させ、決して2人がお互いを忘れてしまわないようにするために……
……
帰りにもう一度露店商の人の所に顔を出すと、店の人は俺たちのことを祝福してくれた。
【若者】
「俺のアクセサリーが役に立ってくれたのなら俺も嬉しいよ、2人とも末永く幸せにね」
そんな祝福の言葉を貰って俺たちは街を後にした。
……
【美織】
「はー……今日は楽しかったー」
【一条】
「誘っておきながらほとんど美織任せになっちゃって悪かったな」
【美織】
「そんなのどうでも良いじゃん、あたしは最高に幸せだったよ。
マコにプレゼント貰って、マコの気持ちを再確認できて」
【一条】
「俺も美織が喜んでくれたのなら満足だよ」
軽く腰を捻る、すると今まで感じたことのない妙な痛みが体に走った。
【一条】
「痛!」
【美織】
「ちょっとどうしたの、腰痛いの?」
【一条】
「いやなに、最近少し筋肉痛になりやすくなったと思ってさ、歳かな?」
【美織】
「もう心配させないでよ、歳なんてあたしと同じでしょ、まだ若いんだから筋肉痛なんかに負けないでよ」
【一条】
「大丈夫、そこまで俺の体だって柔じゃないさ」
【美織】
「あはは、それもそうか……それじゃ、あたしはこの辺でね」
十字路を曲がったところで一度美織が振り返った。
【美織】
「このアクセサリー絶対に大切にするからね、それと、お休み」
【一条】
「ああ、お休み」
……
【一条】
「あ痛!」
腰を動かすたびに激痛が走る、これは筋肉痛なんかの比じゃない。
急激に襲ってきた痛みに耐えながら家まで帰る、1歩1歩がここまで苦痛に感じたのは初めてだった……
〜 N E X T 〜
〜 B A C K 〜
〜 T O P 〜