【5月09日(金)】


【某】
「たくもう掃除なんてたるいのー」

【一条】
「文句ばっかり云ってないで手を動かせ、真面目にやらないととばっちりくらう」

【某】
「へいへい、せやけどなんでできてないやつわいと一条の2人だけやねん、勇なんかできとるわけあれへんのに」

【一条】
「でも現にいないんだから仕方ないだろ」

レポートでペケをくらったのは俺と廓の2人だけ、後の人は皆合格らしい。

【某】
「だいたいなんやねんあの題材は、あんなもん1日でまとめるのなんて不可能やで」

【一条】
「だからっておまえ白紙で出さなくたって良いじゃないか、少しくらい何か書けるだろ」

【某】
「そんな中途はんぱなもん書くくらいなら何も書かん方がいさぎええやろ
そう云う一条はなんでペケくらったんや?」

【一条】
「提出しなかったからだよ」

【某】
「なんやそれ、わいよりいさぎええなあ」

【一条】
「書くことには書いたさ、それを忘れてきただけだ」

【某】
「ガク、前言撤回や、いさぎええんやなくてヌケとるんやな」

【志蔵】
「ほらそこ、お喋りばかりしてないで手を動かす、ペナルティー期間が延長になるわよ」

【某】
「そんな殺生なー……」

【志蔵】
「嫌だったら掃除をする、ここの担当は私なんだから逃げようなんて思っちゃ駄目よ」

【一条】
「云わんこっちゃない……」

……

【某】
「あーぁ、こんなんが1週間も続くと思うと憂鬱やのぉ」

【一条】
「俺たちが悪いんだから仕方ないだろ、1週間の辛抱だよ」

思った以上に教務室の掃除はハードだ、しかも担当が志蔵先生だから手を抜こうもんなら……

【美織】
「2人ともお疲れ、災難だったね」

【一条】
「なんだまだ帰ってなかったのか? てっきりもう帰ったと思ってたのに」

【美織】
「さほど時間も掛からないと思ってたからね、一緒に帰ろ」

【某】
「そう云うことみたいやな、ほんならわいは勇に呼ばれとるから一足先にいなしてもらうわ、また来週」

鞄を持ってさっさと廓は去ってゆく、これが廓の気遣いだということは云わなくてもわかる。

【一条】
「また2人になっちゃったな、どうするこのまま帰るか?」

【美織】
「それも良いんだけど……そうだ、今日は川原に行かない?」

【一条】
「そうだな、することもないんだしたまには行ってみるか」

……

【美織】
「でもさ、昨日はあれだけ自信満々だったのにどうして掃除なんかやらされたの?」

【一条】
「先生に提出しなかったからやらされたんだ」

【美織】
「なんで出さないのよ、もしかして何も書いてなかったの?」

【一条】
「ちゃんと書いた、だけどそれを家に忘れてきた」

【美織】
「……嘘なんだね?」

【一条】
「やっぱり美織にはバレちゃうか、これは廓に話した作り話だよ」

【美織】
「本当はどうなの?」

【一条】
「家に忘れてきてなんかいないさ、ちゃんと持ってきてるよ、見るか?」

コクンと頷いたので鞄の中から1枚のレポート用紙を取り出して美織に渡す。

【美織】
「なんだ、書いたって云っても1枚だけか、どれどれ……」

1枚という表現も本当は相応しくない、あの用紙に書いてあるのはほんの一言だけなんだから。

【美織】
「これって……?」

【一条】
「考えてるとおりだろう、俺にはこんなことしか云えない、でもこれじゃ提出するわけにもいかないしな」

【美織】
「提出なんかしなくても良いじゃない、マコと、あたしだけが知ってればそれだけで良いじゃない」

【一条】
「そう云ってもらえると嬉しいね、そろそろ川原に到着だな」

公園を抜けて川原が視界に広がる、ここに来たのがずいぶん久しぶりに感じられる。
そう感じるのは意識的に避けていたから、ここに来ると思い出してしまうのが怖かったから……

【美織】
「ここって不思議だよね、なんだか人に忘れられてるみたいに人気が無い」

【一条】
「だからこそあいつの大切な場所だったんじゃないのかな……」

【美織】
「あいつって、水鏡ちゃんのこと?」

【一条】
「ああ、ここは俺とあいつの別れの場所なんだ……」

【美織】
「あ……ごめん……無神経に来たいなんて云っちゃって」

【一条】
「もう良いんだ、それにいつまでも避けてられるわけないんだから」

土手を降り立って川岸に近づいていく、そこはいつも水鏡が川を見つめていた場所。

【一条】
「あいつはいつもここで何を見てたんだろうな?」

【美織】
「きっとあたしたちになんかにわかることじゃないよ、だけど、なんだか落ち着く」

街の騒々しさと無縁なこの空間はひどく心を落ち着ける、まるで現実には存在していないようにさえ感じられる静けさ。
もしかして水鏡が見ていたものって……

【美織】
「そういえば、最近マコってオカリナ吹いてないけど、どうしちゃったの?」

【一条】
「あのオカリナは水鏡が消えた時に一緒に消えたよ」

【美織】
「そうだったんだ、それじゃあもうあの曲を聞くことはできないんだね」

たぶん美織はもうわかっているんだろう、俺がなぜ他のオカリナを買わないのかを……

【一条】
「折角あの曲がなんだかわかったっていうのに、肝心のオカリナがないんじゃな」

【美織】
「あの曲って一体なんの曲だったの?」

【一条】
「あの曲か……あの曲は俺のお袋がよく吹いていたものだったんだ、あのオカリナもお袋が使っていた物。
水鏡に教えてもらうまで、俺は思い出すことができなかったんだ……」

物心つく前から俺はオカリナを持っていたんじゃない、オカリナを貰ったことを忘れていた。

意識的にその部分を忘れようとしていたんだ、あのオカリナはお袋が死ぬ前日に俺にくれた
幼いころの俺にはそれが何を意味しているのかわからなかったけど、あれはお袋が託してくれた形見だったんだな……

【一条】
「水鏡のおかげで俺は思い出すことができた、あいつには感謝してもたりないくらいだな」

【美織】
「何から何まで、あの子はマコに託してくれたんだね……」

【一条】
「そうだ、明日の休みは一緒に隣町に行かないか?」

【美織】
「マコからデートの誘いなんて珍しいね、時間も空いてるから良いよ」

【一条】
「それじゃあ明日迎えに行くよ」

明日は美織と一緒に隣町へ、恋人同士になってから明日が初めてのデートと云っても良いだろう。

【一条】
「さてと、明日に備えてそろそろ帰るか?」

【美織】
「ううん……もう少しこの場所にいたい、ここならきっと彼女にもよく見えると思うから」

絡められた腕にぎゅっと力が入る、美織は空の住人に確かめさせるようにいつまでも腕を絡めたままだった。

……

【美織】
「また明日ね、ばいばーい」

美織と別れてほっと溜め息、何気無い溜め息だったのに体に異変を感じる。

【一条】
「つつ……」

肩の辺りに鈍い痛みが走る、この痛みはまるで筋肉痛に酷似している。

【一条】
「おかしいな……何かしたわけでもないのに……?」

触ってみるとピクッと筋肉に小さな痛みを感じる、腫れているわけでもないのにどうして痛みを感じるのだろう?

【一条】
「1日寝れば治るか……」

そうだよな、腫れてないんだたらすぐに治るよな。
肩の痛みのことは忘れて明日のことを考えよう、明日隣町に行く目的は1つだけ。

【一条】
「間に合ってれば良いんだけど……」





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