【4月17日(木)】


寝覚めが悪い、というよりも寝た気がしない。
布団にもぐっても頭に浮かぶのは水鏡とあの男のことばかり。
何度もパズルを組み立てては壊し、組み立てては壊しして色々と考えてみたがやはりパズルは完成しなかった。
布団にはいったのが夜9時半、それから無限パズルの組み立てを行っていた。
記憶があるのは朝の4時、それ以降の記憶はあやふやで何をしていたのかも断言できない。

【一条】
「ふあぁぁぁぁぁー……」

大きな欠伸が出る、この欠伸が昨日睡眠を十分にとっていないことを証明している。
どうやら俺は心配性のようだ、不安要素ができると夜も眠れないようだ。
俺って以外に繊細だったんだな……

【一条】
「ははは……」

自分の考えに苦笑する、俺のどこが繊細なんだろうな。
もう4月も中旬、少しずつ温もりを手に入れてきた世界を1人で歩いていた。

……

【美織】
「お早う」

最近、毎度毎度登校中に美織に会っている気がする。

【一条】
「はよう……」

【美織】
「なんか元気無いわねー、眼の下にクマまでつくって、夜更かしでもしたの?」

【一条】
「夜更かしかどうかはわからないけど、ちょっと考え事を……」

【美織】
「マコも考え事なんかするんだ、意外ー」

【一条】
「俺だって人並みに考え事もするさ、それより何か? 美織には俺が何も考えてないように見えるか?」

【美織】
「ううん、どちらかって云うと……いつもムスッとした顔してる」

それはどういう意味なんだ? 考え事と俺の顔と関係あるのか?

【美織】
「マコっていつもムスッとした顔してるじゃない、それって何か考えてることがあるんでしょ?
    いつもいつも硬い表情して、疲れないの?」

【一条】
「ムスッとしてるからっていつも考え事をしてるっていうのはちょっと乱暴だな。
だけど……あながち間違ってないのかもしれないな」

そういえば俺はいつも何かを考えていた気がする。
最初のころは自分の記憶のこと、それから自分に潜むもう1人の自分のこと、そして昨日のこと。
未だ何1つ解決していない、解決が可能なのかさえもまだわかっていない。
特にもう1人の俺のことは……

もう1人の俺の存在は俺の存在があってこそ確立されている。
それを消すにはもう1人が存在する為の器を壊せば良い。
だけどそれはできない、やってはいけないことなんだと思う。
存在する為の器、つまりは俺自身だ、それを壊すということは……

【美織】
「ほーらーまた難しい顔してる、若いうちからそんな悩んでばっかりいたら将来ハゲるよ」

【一条】
「考えることを躊躇うようになることをさらっと云わない」

【美織】
「ごめんごめん、ふふ」

【一条】
「……ははははは」

【2人】
「あはははははははは」

2人で笑いあう、何故だろう、最近美織と話すことが楽しいと感じる。
美織と話しているとその時まで真剣に考えていたことがどこかにいってしまう。
だからこそ今みたいに笑いあえるのだと思う、これが美織の力なんだな……

……

【某】
「せやからええやないかい、久しぶりやしお前かてしたいやろ?」

【二階堂】
「……」

教室に入るとなにやら廓が二階堂に何かをもちかけているところだった。

【一条】
「はよう、朝から何の話をしてるんだよ」

【某】
「一条聞いてーなー、勇のやつわいがいくら誘ってもぜんぜん乗ってくれへんねん」

【二階堂】
「……」

【一条】
「誘ってって、何誘ったんだよ? まさか銀行強盗とかじゃないだろうな?」

【某】
「そんなつまらんもんわいが誘うわけ無いやろ、リベンジや、リベンジ」

廓がビシッと指を1本立てた。
こいつの頭の中で銀行強盗はつまらないこに入っているらしい、突っ込みたいが抑えておこう。

【一条】
「リベンジって、廓、勇と何かもめてたっけ?」

【某】
「もめてるも何もこいつわいから勝ち逃げしとんねんぞ、忘れもしないあの二度の敗戦
今度こそわいが勇を地べたに這いつくばらせて勝利のキメ台詞を高らかと云うんや」

【一条】
「勝利のキメ台詞って、何て云うつもりなんだよ?」

【某】
「許してほしければわいの靴を舐めろ」

【一条】
「それはどっかの店の女王様か何かだろ!」

【二階堂】
「……怒」

俺が額をはたき、二階堂が廓の後頭部に拳を入れる。
ちょうど2人の突込みが良いタイミングで決まったので廓は異なる痛みにサンドイッチ状態にされる。

【某】
「ふ……2人とも……ええ突っ込みや……」

互いからの異なった衝撃で廓が机にダウンする。
まったく、こいつの頭の中には何が渦巻いているんだ?

【一条】
「それで、勇は廓の挑戦受けるのか?」

【二階堂】
「……」

両手を挙げて「さぁ?」とポーズをとる、喋れば良いのに行動で示すところが二階堂らしい。

【美織】
「もう、羽子のやつー、あら、某どうしちゃったの?」

【一条】
「突っ込んだら死んだ、突っ込みで死ねるなら廓も本望だろう」

【美織】
「そうなんだ、ご愁傷様」

廓に手を合わせて拝んでいる、これで廓も天国行き決定だ、良かったな。

【某】
「黙って聞いてれば云いたいことボンガボンガ云いおってー、皆嫌いじゃー、うわーん」

泣きながら教室を出て行く、別に追わなくてもすぐに戻ってくるだろう。
なんたって廓なんだから、関西人の持ちネタの1つに泣き真似は必ず出てくる。

案の定、授業が始まる鐘と同時に廓は戻ってきた。

「何で追いかけてくれへんねん、女が出て行く時は男に追いかけて欲しいもんなんやで」

とか云っていたが廓、お前はれっきとした男だ。
喧嘩別れした恋人同士の青臭い遣り取りなんて再現できないだろ。

……

購買でパンを買って教室に戻る。
今日も良いパンは買えなかった、毎日毎日あそこは戦場だ。
あそこで良い物を買えるようになればその学校では一目置かれる存在になれることだろう。
それにしても……

【一条】
「いい加減家庭の味が恋しく思うな……」

手にした菓子パンを見ながらボソリと呟いた。
こっちに越して来てからまともな食事をした覚えが無い。
朝は食パン1枚、昼は購買のパン、夜は冷凍食品と野菜をかじる。
……駄目だ、とてもじゃないが良い食事をしているとは思えない。

少しでも料理の才能があれば野菜を炒めたりして栄養バランスとかを考えられるんだが、なにぶんそっちの才能は備わってない。
以前、肉と野菜を炒めてそれなりの物を作ったがその味たるや……
思い出しただけで体に寒気が走る、あれは食べて長寿にでもならないと割が合わない。
誰かに料理のことでも聞いてみるか?

【美織】
「またパンなの、もう少し良い物食べないと体壊すわよ」

教室でパンの袋を開封していると隣で弁当を食べていた美織が突っ込みをいれる。

【一条】
「もう少し良い物って云われてもな、学食ならそれなりの物食べられるけど毎日は金銭的にきつい」

【美織】
「まぁいくら安いって云っても毎日使ってたらお財布も寂しくなるわよね
だったらお弁当でも作ったら良いじゃない?」

【一条】
「男の俺に弁当を作る能力なんて無い、あったら初めから弁当にしてるっての」

【美織】
「それもそっか、だけど男だから料理できないって云うのは納得ならないわね」

弁当の卵焼きを口に運びながら美織はそんなことを云う。

【美織】
「男の人だって最近は料理する人多いわよ、マコだって1回くらいはしたことあるでしょ?」

【一条】
「あるにはあるけど、あんなおぞましい物は思い出したくない……」

【美織】
「おぞましい物って何作ったのよ、いくらなんでも食べられる物になったんでしょ?」

【一条】
「泥でも食ってた方がましだった……」

箸でニンジンをつかんだまま美織の手が止まった。

【美織】
「泥にさえ負ける料理なんてどうやって作り出したのよ……?」

【一条】
「普通に炒めて味付けしたらできた」

【美織】
「それって料理じゃなくて実験って云うんじゃないの?」

【一条】
「……核実験だったよ……」

思い出したくもないあの料理が再び脳裏に甦る、炒め物と云うにはかなり無理があった核兵器。

【美織】「ふーん……よし、こうしよう」

美織が弁当から箸を置いた、何かを考え付いたらしい

【美織】
「あたしがマコの家に行って料理を教えるっていうのはどう?」

【一条】
「美織が家に来て料理を教える?」

待て待て、もしかして俺の家でお料理教室でも開こうって云うんじゃないだろうな?

【美織】
「あたしは姫みたいに料理上手くないけど、さすがにマコよりは料理できると思うの
それにマコ1人暮らしでしょ、料理くらいできないと倒れかねないわよ?」

倒れかねない、それは一理ある、そろそろレトルト……冷凍以外の物を食べないと体がもたないかもしれない。

【一条】
「家でやるってことは当然美織が俺の家に来るってことだよな」

【美織】
「それ以外どうやってやるのよ? 大丈夫よ調味料とか材料とかはあたしが持って行くから
マコは台所だけ綺麗にしておいてもらえればそれで良いから」

【一条】
「調理器具だって鍋とフライパンくらいしか無いけど?」

【美織】
「それがあればたいていの料理はできるわよ、1人暮らしの男の家にオーブンがあるなんて思ってないから
それで、マコが乗り気だったらあたし教えに行っても良いけどどうする?」

【一条】
「そうだな、そこまで云ってくれるなら……お願いします」

深々と美織に頭を下げる、生きて行く為にはやっぱり少しくらい料理ができた方が良いよな。

【美織】
「OK、じゃあ週末にしましょう、日曜日にマコの家に行くわ」

【一条】
「お待ちしております、美織先生」

【美織】
「茶化さないの、先生なんて云われたら照れちゃうでしょ」

少しだけ頬を朱色に染めて美織が笑顔になる、結構嬉しそうだな。
……あれ? ちょっと待てよ

【一条】
「美織が来るよりも俺が美織の家に行った方が良いんじゃない?」

材料や調味料を買ってきたらそれなりの量になるだろう、それを女の子の手に持たせるのは酷なんじゃないか?

【美織】
「え、いや、あたしの家は……」

【一条】
「そっちの方が美織に無駄な手間かけさせなくて済むし、習う立場の者が教えてもらいに行くのが礼儀だろう」

【美織】
「いや、別にあたしは、その、ちょっと……」

どうしたのだろう? 美織がやけに焦っている、俺何かおかしなこと云ったか?

【美織】
「そんな悪いじゃない、あたしが勝手に云い出したのに何か呼びつけるみたいになっちゃ……」

【一条】
「美織?」

【美織】
「と、とにかく、あたしが好きで行くんだからマコの家で良いの、余計な心配は無用よ」

【一条】
「それなら、それで良いけど……?」

美織の家の話になったら急に焦りだしたな、あんまり家に来て欲しくないのだろうか?
もしかしたら掃除が下手だからあまり人に見られたくないのかもしれない。
だとしたら無闇に俺が押しかけるのも悪いな、掃除の手間までかけさせちゃ教えてくれる人に失礼だ。

【一条】
「日曜日お願いします、このことはなるべく胸先三寸で」

【美織】
「わかってるわ、某とかには話さないから安心して」

指を立ててウィンクをする、どうやら日曜日はお料理教室が開かれるようだ。
その時は美織の顔は笑っていた、しかしその後に見せた酷く悲しい顔を俺は見逃してしまっていた。

……

【一条】
「……待って!」

ここが以前とは違う、以前のような息の詰まるような息苦しさが存在せず言葉が自然に出てきた。

「待って」

こんな僅かな言葉すらも以前の俺は出すことができなかった、今日の俺はどうしたというのだろう?
去ろうと背を向けていた水鏡がこちらに向き直る

【一条】
「それは……どういう意味……?」

【水鏡】
「……聞いたまま、言葉そのままの意味」

音は綺麗だが悲しんでいる、言葉そのままの意味と云われても俺には理解できない。

【水鏡】
「オカリナから産み出される音は綺麗、とても澄んでいる。
だけど、それを産み出す人間は澄んでいない、澄んでいないと云うよりは澄むことができない。
心の底に隠した物は決して消えることがない、どんなに上手く隠しても水面の上に浮き上がってしまうもの
今のあなたはそんな状態じゃないんですか?」

驚いた、まるで俺の中まで見透かされたような感じだった。
心の底に隠した物それは記憶を失ってしまったという事実、そのことを知っている人はこの学校にはいない。
隠し通せるものなら隠し通したい、他人に変な気を使われるのは自分でも居心地が悪い。
でも、それが俺の奥底で悲しみを与えている元凶であることは間違いない。
自分は明るく振舞っているつもりでも、水鏡は俺の奥底のことを感じ取った。

【水鏡】
「……失礼します」

……

ぼんやりとさっき水鏡の云ったことを考えていた。

【水鏡】
「心の底に隠した物は決して消えることがない、どんなに上手く隠しても水面の上に浮き上がってしまうもの
今のあなたはそんな状態じゃないんですか?」


俺は皆に隠し事をしている、俺がこの学校に来ることになった本当の理由。
過去の記憶を失ってしまったということ。
なるべくそのことには触れられないように今まで生活をしてきて特に支障など存在しなかった。
ただ、それは俺がそう思っていただけなのかもしれない……?

俺は普段通り生活をしているつもりだった、だけど、俺はどこかで悲しんでいた。
最初のころ、人との交わりを極端に避けていたのがそれに該当するのではないだろうか?
人との交流を作ってどこかから俺の秘密が露呈するのを恐れていた。
必要以上の交流に成長したパイプを俺の脳内の回路は強制的に排除を開始する。
それがこの前のようなもう1人の俺の覚醒なのではないのだろうか?

【一条】
「……」

多少強引な気もするがその可能性はかなり高いと思われる。
現にもう1人の俺を見た廓と二階堂はその時は俺を恐れていた。
そこであの2人とのパイプは切断されるはずだった、しかし2人は俺との関係を断つようなことをしなかった。
それは果たして正しい判断だったのだろうか……?

2人とは以前と同じような関係を保っているがいつまたもう1人の俺がパイプを切断しに来るともわからない。
覚醒した俺は二階堂でも止めることができないと云っていた、もし俺が2人に牙をむいたとしたら?

……駄目だ、耐えられるわけがない。
2人は俺を友達だと云ってくれた、その2人の血で俺の拳を染めるわけにはいかない。
2人に危害が及ばず、俺が下手に覚醒しないようにする手段。

俺が身を引くのが一番確実な行動なんだろう……

ここまでに築いた関係を無に帰すことはしたくない、ならば関係を最小限にするしかない。
この答えが正しいかどうかなんて俺にはわからないが少なくとも2人を傷つけることはなくなるだろう。

【某】
「おぁ、おーい、いーちじょーうー」

廓の声がするがここで振り返ることはできない、それは俺を覚醒させることに繋がってしまう。
振り返りたい、だけど振り返ってはならない。
誰も傷つかない一番手っ取り早い手段がこれなんだから。

【某】
「うーん? 聞こえへんかったかな? うおーいぃ、いーちーじょー!」

振り向かない、振り向かない、振り向かない、振り向かない。
必死に自分に云い聞かせて行動を束縛する。
声に気付かない振りをして家までの道を帰る。

ガバ!

肩に手がまわされる、これは予想することができなかった。

【某】
「いーちーじょーうー、呼んでんねんから気ぃつけや」

【一条】
「……あぁ」

【某】
「はぁー、一条、またかいな……」

【一条】
「またってなんだよ?」

【某】
「またってまたや、お前またわいのこと避けとるやろ?」

廓との交流は最低限にすると決めた、だから返事もそっけなく答えた。
そのことについて廓は気付いてしまった。

【一条】
「……」

【某】
「今度はどんな理由でわいを避け始めたんや、怒らんから云うてみ?」

【一条】
「……俺に関わると色々と危ないと思ってさ……」

【某】
「まーたお前はそういうこと云うんか、わいなら大丈夫やそんな柔な体してへん、勇もそやろ?」

【二階堂】
「……ビシ」

廓の後ろにいた二階堂が指を2本差し出す。

【某】
「お前はまーだこの間のこと気にしとったんか? あの程度のことでわいらがお前と繋がりを切る思ったんか?」

【一条】
「2人が関係を切らないから俺の方から切ろうと思ったんだけど
そうでないと、2人とも怪我させちゃうと思ってな……」

【某】
「くぅーええ話やなー、勇ーええ話や思うよなー」

廓が飲み屋で酔っ払った親父のようにぐずぐずと鼻を鳴らして泣いている。
勿論嘘泣きなんだろうけど……

【一条】
「何が良いんだよ……?」

【某】
「だってお前自分のことより知り合いのことを考えてくれとるんやで、自分が悪者になってでも知り合いの身を案じる
さすがはわいが見込んだ男や、お前がそういう性格やからわいらはお前との関係を切ることをせんねん」

【二階堂】
「一条、人の身を案じることも大切なことだと思う、だがそれで自分を殺すのは良いことだとは思えんな
他人のことばかりでなく自分のことも考えないと生きて行く上でつまらないだろ」

【某】
「勇のゆう通りや、どうせお前がわいらを避けたとしてもわいらはお前につきまとう
わいらはお前がどうなろうと友達をやめる気はあらへん、せやからお前もわいらを避けるなんて止めや」

【一条】
「廓……勇……」

莫迦なやつだ、2人とも自分に危害が及ぶかもしれないというのに。
2人は本当に大莫迦野郎だ、そして、俺も……

【一条】
「う、くぅ……」

【某】
「男泣きはみっともないで、せやけど、泣くことができるんはええやつの証明や」

【二階堂】
「……たまには良いさ」

知らず知らずのうちに眼に涙が溜まっていた、2人の言葉にただ泣くことしかできない。
普通は泣くところなんかじゃないんだが俺の眼は涙を流さずにいられなかった……

……

【美織】
「おーい、みんなー」

【某】
「おっと、この声は美織やな」

3人で振り返るといつものようにブンブンと手を振った美織の姿が眼にはいった。

【一条】
「廓、勇、さっきのことは……」

【某】
「大丈夫や、男と男の秘密やろ」

【二階堂】
「……ビシ」

二カッと口で笑う廓と指を2本差し出す二階堂、、2人ともさっきのことを口外する気はないようだ。

【美織】
「皆揃ってどうしたの? 帰るとこ?」

【某】
「あーなんか一条が茶おごってくれるゆうから皆で喫茶店行こかって話をしていたや」

おいおい、俺そんなこと一言も云ってないぞ。
ちらりと廓が俺の方を向いてわからないくらいの笑みを見せた。
なるほどな、さっきの口止め料か、別にお茶をおごるくらいなら良いか。

【一条】
「これから皆で商店街に行く予定だったんだけど、美織も来るか? おごるぞ」

【美織】
「そうねえ、それじゃぁあたしもお言葉に甘えて、マコにご馳走になっちゃおうかな」

1人増えた、自分で誘ったんだから文句は無い。

【美織】
「それにしても男が3人も揃って、皆もてないのね、カッワイソー」

【某】
「なんやと、わいのどこがもてへんゆうねん! わいを2人と同じに見んといてくれるか
明朗活発で巧みな話術、喧嘩は滅法強い、それにこの男前なルックス
三本の矢が揃った完璧なわいのどこにもてへん理由があんねん!?」

【美織】
「しいて云うなら、軽さと発言内容に問題があるのよ」

【某】
「うぐ! せ、せやったとしてもこの2人よりはわいの方がもてるわい!」

【美織】
「どうかしらね、勇には100%勝てないだろうし、マコにすら勝てないかもね」

俺はすら扱いですか、廓に勝とうが負けようがどっちでも良い。
あんまり異性と付き合うのが俺は得意じゃない、将来はどうだかわからないが今は独り身でも別に苦にならないし。

【某】
「が――――――――――――ん! 勇に負けて、よりによって一条にまで……あわわわわ」

相当へこんでいる、俺に負けそうなのがそんなに屈辱か。

【美織】
「なんか某のやつ落ち込んでるみたいだからあたしたちだけで行きましょうか」

【二階堂】
「……そのうち立ち直るさ」

【一条】
「それもそうだな、廓、先に行ってるから」

いじけていた廓を置いて俺たちだけで喫茶店に行く。

【某】
「くぅぅぅぅぅ、たとえ一条に負けたとしてもそれは一時的なこと
すぐにわいが巻き返したるさかい見とれよ一条ー!って誰もおれへんやんけ、おーい待ってーなー」

……

【某】
「皆でこっち来るのって思えば初めてやな」

【美織】
「そうね、2人とは来たことあるけどマコも含めてっていうのは無かったわね」

【某】
「わいらも美織と一条、どっちかと一緒ならあったけどこのメンツで来るの初めてや」

【美織】
「あら、2人ともマコと商店街に来ることなんてあったんだ」

【某】
「あぁ、一条と勇のやつが喧嘩っ早くて相手から逃げるのにこっちに来たんや」

【一条】
「一番喧嘩っ早いやつが何云ってるんだか、それに俺は喧嘩なんかしないだろ」

【某】
「おー云うやんけー、本気になったらわいや勇じゃ手ーつけられんくらい強いくせに」

【二階堂】
「廓!……」

二階堂の太く長い腕が廓の頭に巻きつく、慌てて廓の言葉をさえぎったそんな感じだった。

【美織】
「なになに、マコってそんなに強いんだ」

【一条】
「いや、俺はその、なんだ……」

【二階堂】
「花札だ……」

【美織】
「は?」

【二階堂】
「一条は花札に関しては一種の天才だ、俺や廓じゃ歯が立たなかった」

美織が驚いた表情で聞いている、かくいう俺も二階堂の言葉を驚いて聞いている。
俺に花札の才能があるなんて初耳だぞ、そもそも俺はカードゲームの博打はとことん弱いはずだが。

【二階堂】
「俺たちが役を作れば一条は流れでご破算にして、自分が役を作るときは流れないように必ず一枚は雨を取る
スベ札一枚取るにしても後々のことを考えて取っている、スベ二十枚で十文、二十五枚で二十文
俺たちの頭じゃ一条と花札でためはることができなかったということだ」

【美織】
「へぇー、マコってそういうところで頭が働くのね、将来は博打屋?」

【一条】
「……花札は趣味だ、仕事にするほど俺には小手先の技が無い」

【美織】
「ふーん、それよりそろそろ某はなさないと危ないんじゃないの?」

二階堂の腕の中で廓がぐったりとしている、でもこれくらいじゃ廓が死ぬことなんか無いだろう。

【某】
「げほ、げほ、ぐえほぉ……たく、絞めるにしても少しは手加減せえっちゅーねん」

【二階堂】
「……」

【某】
「美織ー勇がいじめるんやー介抱してーなー」

【美織】
「ちょっと、気持ち悪いわね寄るな!」

美織と廓がじゃれあっている、相変わらず2人は仲が良いな。

【一条】
「勇さっきの話、ありがとな」

【二階堂】
「廓が余計なことを喋ったからだ、お前の秘密を知ってるのは俺たちだけで良い
美織がもう1人のお前を知ってしまったらどうなるかわからんしな」

【一条】
「悪いな、だけど花札は無いんじゃないか?」

【二階堂】
「とっさに思いつかなくてな、麻雀じゃ少し気まずいだろ」

俺の秘密が少しでも露呈する前に二階堂はそれを止めてくれた。
二階堂には色々なところで助けられているな、どっかの関西弁は……まぁいいか。

【美織】
「マコー助けてー、某のやつ引っぺがしてー」

【一条】
「そのうち疲れれば引くって、俺たち2人で先行くからな」

【美織】
「あー待ってー、こんなのと2人にしないでー」

【某】
「こんなのってゆうなー!」

……

商店街が近づく、廓が云い出したことだから俺はどこの喫茶店に行くのかわからない。

【一条】
「廓、それでどこの喫茶店に行くんだ」

【某】
「これといって決めてへんよ、どっか行きたいとこある?」

【美織】
「じゃあさじゃあさ、中腹にある『マロン』に行こうよ」

【某】
「『マロン』ってあの店ん中に苺のディスプレイが飾ってあるとこか」

【美織】
「そうそれ、あそこのイチゴパフェ美味しいんだよ、皆も食べてみればわかるんだから」

【二階堂】
「甘い物はどうもな……」

【美織】
「またそういうこと云う、少しは甘い物食べないと体力回復しないわよ」

【一条】
「それにしてもマロンって名前のくせに飾ってあるのは苺のディスプレイってのはどうなんだ?」

【美織】
「細かいこと気にしない、早く行かないと売り切れちゃうわよ」

美織が皆をせかさせる、洋菓子屋じゃないんだからそんなにすぐ売り切れる物でもないだろうに。
そういえば前にも美織はみなよ先輩にイチゴパフェで釣られていたっけな。

苺が好きなのかただ甘い物が好きなのか、やっぱり美織も女の子なんだな。
そう考えると不思議と笑みがこぼれてしまうが誰にも気付かれることはなかった。

商店街の入り口が見える、何の気なしに商店街の脇道、公園に繋がるその道に眼を向けてみた。

……あ!

俺の眼が何かを捉えた、次の瞬間俺はもう駆け出していた。

【某】
「おーいマコ、慌ててどこ行くんや?」

【一条】
「悪い、俺今日パスだ、この埋め合わせはまた今度するからじゃな」

3人に詫びをいれて視線が捉えた物の方へ急いで駆けた、見失うわけにはいかなかった。

【某】
「どないしたんやろなマコのやつ、まぁええわわいらだけでい行こか」

【美織】
「……」

……

【一条】
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

公園に足を踏み入れる、確かこっちで良いはずだ。
良いも何もあの脇道から繋がる道はここしかない、ここにいるはずなんだ。
公園内に眼を光らせる、すると公園のベンチに目的の人物はいた。

焦げ茶色のロングコートに黒いフリース、さらには帽子を眼深に被った男。
俺の名前を知っていた謎の人物、昨日俺に謎を残したもう1人の人物。

【一条】
「はぁ、はぁ、はぁ……すいません」

【?】
「君か……私に何か用か?」

【一条】
「いくつか教えて欲しいことがあるんです」

【?】
「昨日あまり詮索するのは感心しないと云ったばかりだが?」

【一条】
「覚えています、だけど、どうしても教えて欲しいことがあるんです」

【?】
「どうしてもねぇ……わかった、何が知りたいんだ?」

【一条】
「どうして俺の名前を知っているんですか?」

ベンチに座って肘を突いていた男の顔がクスリと笑った。

【?】
「なるほどね、少し考えてみたまえ、この世界がどんな構造をしてるか……
今この時代には金を貰えばある特定の人物を調べることなんて容易くできてしまう仕事があるだろ」

【一条】
「それじゃあなたは、探偵の人か何かですか?」

【?】
「当たらずとも遠からずってところだな、他には?」

【一条】
「何故昨日あの川原にいたんですか?」

【?】
「どこにいようがそれは私の勝手だ、君にそれを制止させることはできないと思うが?」

【一条】
「すみません、でしゃばりすぎました……」

男はベンチから立ち上がる、かなり大柄で二階堂よりも背が高い。

【?】
「そろそろ時間だな、私はこの辺で失礼するよ」

コートを風になびかせて公園から男が去っていく。

【一条】
「あ、すいません、最後にもう1つだけ」

一番大事なことを聞くのを忘れていた。

【?】
「まだ何か?」

【一条】
「貴方の、名前を教えてもらえますか?」

【?】
「私の名前か……萬屋、萬屋 恨だ」

『萬屋 恨』とても珍しい名前だ、最後の質問に答え終えた萬屋さんは公園を後にした。

萬屋さんが座っていたベンチに代わりに腰を下ろす。
昨日から謎に包まれていたパズルの一角が証明された、俺を知っていた理由と彼の名前。
探偵かそれに近い仕事をしている、そこで誰かに俺のことを調べてくれるよう頼まれたのだろう。

しかし、だとするとおかしなことが発生する。

【一条】
「俺のことを調べるよう依頼する人間なんているのか?」

俺の身辺を知りたがる人物が果たして存在するのだろうか?
浮気もしてないしヤクの運び屋をやってるわけでもない普通の学生だ。
金をかけてまで俺のことを調べるのには意味が無いような気がする。
いくつかのピースがはまったと思ったら関係のないピースが混じってしまった。

【一条】
「結局何もわからないまんまか……」

がっくりと肩を落とす、自分で謎を増やしてどうするんだ。

【美織】
「マコ……」

いるはずの無い声が聞こえてがばっと顔を上げた。

【一条】
「美織、どうしてここに、喫茶店に行ったんじゃないのか?」

【美織】
「断ってきちゃった、今頃あいつら2人でラーメンでも食べてるんじゃない?」

美織が俺の座っている横に腰を下ろす。

【美織】
「なんかさ、マコただならぬ雰囲気だったから追ってきちゃったそれで、さっきの男の人知り合い?」

【一条】
「知り合いといえば知り合い、探偵の人みたい」

【美織】
「なんでマコが探偵と知り合いなの?」

【一条】
「探偵ってのはさっきわかったことだ、そしたら色々とね……」

【美織】
「またそうやって1人で悩むんだ」

【一条】
「……え?」

【美織】
「いっつもそうだよね、マコ何を考えるにも自分1人だけ、全部自分で抱え込んで
1人で答えを出そうとする、周りには一緒に考えてくれる人が沢山いるのに」

まいったな、廓と二階堂の2人だけじゃなくて美織まで俺の性格に気付いている。

【美織】
「全てを自分1人で片付けることなんてできるはず無い、人間は誰しも1人じゃ生きていけないの
支えてくれる人がいるから生きていける、某にしても、勇にしても、勿論あたしでも
マコだって1人じゃないんだよ、それなのに自分1人で背負い込むなんて損じゃない」

【一条】
「美織……」

【美織】
「今話してくれなくても良い、だけど1人で考えるのに疲れたらいつでも声かけてね
あたしだってマコのこと心配してるんだから」

【一条】
「……ありがとう」

……

空が茜色に染まっている、もうどれくらいの時間ここにいるのだろう。

【一条】
「そろそろ、俺は帰る……」

【美織】
「そう、だったらあたしも……」

【一条】
「悪い、今日は1人にしてくれ、俺自身1つでもいいから自分なりの答えを見つけたいんだ」

マコは1人で立ち上がって公園を去っていった。
あたしにマコを追うことなんてできない、今のマコに近づくことは彼を掻き回すことにしかならない。
彼の意見を尊重するのが一番良いことだ、あたしにはそれしかわからない。

【美織】
「あたしってば、やっぱりおせっかいだな……」

人のいなくなった公園からは音が極端に少なくなってしまう。
子供の笑い声、主婦の話し声、猫がじゃれあう鳴き声、そんな音が一斉に消えてしまう。
人を失った公園では風に吹かれたブランコが1つ、ギィギィと音をたてていた。
それは酷く寂しく、酷く悲しいもの以外の何物でもなかった……

……

美織と別れて1人で家までの帰路を歩く。

自分なりの答えを見つけたい、これはとっさについた嘘だ。
美織と一緒に帰るのを拒んだ、今の俺は美織と一緒に帰ってはならない。
自分の弱さを他人に見せてはいけない、それは自分の成長をそこで止めてしまうことになるから。
今の俺は弱さだけが強調された裸の体だ、こんな時は1人でなければならない。
隣に誰かがいると弱さに溺れてしまう、人の温かさに触れることを俺はしてはならない……

1人の帰り道がいやに大きく見える、人の有無だけでここまで同じ道でも違って見える。
これが孤独、これが人との交わりを禁じられた人間の世界。
1人で歩んでいくにはこの世界は大きすぎる牢獄、そんな考えだけが頭をめぐっていた。

今はもう、夕日も落ちて暗闇がのさばる世界へと変貌を遂げていた……





〜 N E X T 〜

〜 B A C K 〜

〜 T O P 〜