【4月16日(水)】


【一条】
「ふああぁー……」

春の木漏れ日の中で大きな欠伸が出てしまう、早く寝たはずなのに眠気が抜けきっていない。
ベットに入ってもすぐに眠ることなんかできず、いくつもの疑問が頭をぐるぐる回っていた。
音々の体のこと、もう1人の俺のこと、それから俺のオカリナに対する水鏡と音々の言葉……

【一条】
「悲しんでいる……か」

水鏡は直で、音々も間接的ではあったけど云っていることは水鏡と同じなんだよな。
それから、俺の音がそうなってしまった原因さえも音々は気付いていた。

悩んでいる、それは紛れも無い事実、その原因は俺にも予想できている。
音が変わってしまうほどの悩みなんて1つしかない、もう1人の俺の存在、全ての元凶はこれだ。
今の俺とは全く逆の性格を持った獣、あれが俺の奥底に潜む願望……?
考えても考えても答えにたどり着かない、一体どうしたら良いんだ……

……

【美織】
「おっはよー」

【音々】
「お早うございます」

【一条】
「……はよう」

途中で美織と音々に遭遇する、2人とも覇気のない俺に首を傾げる。

【美織】
「今日も元気無いわねー、毎日そんなんじゃネクラ君になっちゃうわよ」

【一条】
「ほっといてくれ……」

【美織】
「ありゃりゃ、こりゃ重症だわ」

【音々】
「あ、あの……誠人さん、昨日はその……ありがとうございました」

【一条】
「お礼ならもう昨日聞いたよ」

【美織】
「なになに? 姫、昨日なんかあったの?」

【音々】
「私の体のことで誠人さんに迷惑をかけてしまいましたから……」

【美織】
「あぁー……」

すぐに美織はなんのことか気が付いたようだ、美織は音々の体のことを知ってたんだな。

【美織】
「ってことは、昨日倒れちゃったの?」

【音々】
「はい……ですが誠人さんが保健室まで私を運んでくれまし……あ!」

突然カァっと顔が赤くなる、たぶん云ってる途中で昨日のことを思い出したんだな。
あれだけ俺に念を押していたのに、これじゃすぐにボロが出るぞ。

【美織】
「あって……もしかして、マコに襲われちゃったりしたの!!!」

【一条】
「……」

美織の後ろに音も無く忍び寄る、問題発言をしたものに制裁を加えるために……

【一条】
「……」

【美織】
「ひ、ふなあ!!!」

うなじを指で滑るようになぞる、大概の人はここが弱点だったりするけど、美織も当りだったようだ

【美織】
「な、何するのよー」

【一条】
「人を犯罪者扱いした天罰、なんならもう1回やってみるか?」

【美織】
「もういいわよ、あたし弱いんだから」

【音々】
「ふふふ、お2人は仲がよろしいですね」

【一条】
「仲が良いというよりは、俺が遊ばれてるだけ……」

数日前の俺だったらここで美織たちと一緒に笑いあったりしてるんだろうけど。
今の俺には心から笑うことなんてできるわけも無い。
こんな日はあまり人と一緒にいたくない、気分転換でもしに行くか。

【美織】
「おーい、そっち学校じゃないわよー」

【一条】
「1、2時間川原でサボってくる、先生には適当になんか云っておいて」

【美織】
「不良ー」

美織の悪態を背に、後ろ手に手をひらひらと振って2人に別れを告げる。

【音々】
「最近の誠人さん、あまり元気じゃないですね……」

【美織】
「なんか悩んでるのかもね、それよりも体の方は大丈夫なの?
適当に云ってみたけどもしかしたら本当にやられちゃってるかもよ?」

【音々】
「ま、誠人さんはそんなことをする人じゃありませんよ」

【美織】
「冗談だよ、だけど良かったの? マコに体のこと教えちゃって」

【音々】
「ばれちゃったものは仕方ありませんよ……」

音々が体が弱いことを隠していたのには大きな理由がある。
それに一条が気付けるのかが、音々の親友である美織は不安だった。

……

川原の土手にゴロンと寝転がって空を見上げる。
まだ午前中ということもあって風が心地良く、人のいない静けさが癒しの効果をもたらしている。

【一条】
「……はぁ」

気分で癒されても心の中は癒されない、もう1人の俺はこんな感情を最も嫌っているから……

【一条】
「ふあぁーーー……」

睡眠時間の少なさと、癒し効果が相まって眠気をもたらす
どうせ2時間は学校に行かないんだし、ここで寝ちゃっても良いよな……

……

【一条】
「んあ……ああぁー」

眼が覚めて腕時計を見ると、時間は11時をまわっている
もう3時限目も始まって少し経ったころか……

【音々】
「3時限眼には間に合いませんでしたね」

【一条】
「あぁ、そうみたいだ……は?」

予期しない声に振り返ると、俺の横には音々がチョンと土手に腰を下ろしていた。

【音々】
「お早うございます、よく眠れましたか?」

【一条】
「おはよ……じゃなくて! どうして音々がここに?」

【音々】
「サボっちゃいました、誠人さん1人だとなんだか心配なんで」

ここ最近の俺の体のことを考えればそう思うのも当然かもしれないな。

【一条】
「それで、いつからここに……?」

【音々】
「もうずいぶん前になりますね、私が来た時には誠人さんぐっすりと眠ってらっしゃいましたから」

【一条】
「当然寝顔とか……」

【音々】
「可愛らしい寝顔で寝てらっしゃいましたよ」

小さく舌を出して笑う、女の子に寝顔を見られたのなんて初めてだ……

【一条】
「起こしてくれても良かったのに、寝てるやつの顔見てるだけじゃ退屈で仕方なかったろ?」

【音々】
「いえそんなことありませんよ、男の方の寝顔を見るのは初めてでしたから。
とても幸せそうな顔で、私まで眠くなってしまうほどに」

【一条】
「幸せそうって……?」

【音々】
「少しだけよだれが出てらっしゃいましたよ」

慌てて口元を押さえる、寝顔を見られた上によだれまで……今日は厄日だ。

【音々】
「ふふ、だけど、ここは本当に気持ちが良いですね」

音々が土手に寝そべる、とてもお嬢様の行動とは思えない。

【一条】
「服が汚れるから音々は寝ない方が良いんじゃないか?」

【音々】
「服なんて汚れたら洗えば良いじゃないですか、何事も経験ですよ」

そういうと俺と同じように両手を広げて胸いっぱいに空気を吸い込む。

【音々】
「ふぅ……はぁ……良い香り」

吸ったり吐いたりするのと同時に胸が上下に揺れる。
音々って案外胸大きいんだな……

【音々】
「土の香り、草の香り、風の音、水の音……
直接寝てみない限り、この香りや音は絶対に感じることはできませんね」

【一条】
「ここは俺のプライベートスポットなんだ」

【音々】
「ここはほとんど人が通りませんから、とても静かで、とても気持ちを落ち着けてくれますね」

【一条】
「何なら音々もここでひと眠りしてみたら?」

【音々】
「そんなことしたら寝顔見られちゃうじゃないですか、寝顔は夫になる人にしか見せないと決めているんですから」

ようは好きな人にしか寝顔は見せたくないってことなんだけど……

【一条】
「決めてたところ悪いんだけど……俺、昨日寝顔見てるし」

【音々】
「……あ」

ハッと気付いたように小さく口を開ける、すると見る見るうちに顔が紅潮していく。

【音々】
「あわわわわわ、はわわわわわ……」

手をパタパタさせたり口元を押さえたりしてかなり慌てている。

【一条】
「このままだと俺が夫に……」

【音々】
「はうぅー……」

【一条】
「なんてな、じょうだ……うわ!どこ逝ってるんだよ!」

【音々】
「はふ……はふぅ……」

眼を回して思考がどこかに吹っ飛んでいる、口からはエクトプラズムが……やば!!!!!

……

【一条】
「で……どうしよう」

とりあえず口から抜けようとしていたエクトプラズムは押し戻した。
ついでに日影まで運んだんだけど(勿論お姫様抱っこで)、次はどうしたら良いんだ?

【音々】
「すぅ……すぅ……」

すやすやと小さく寝息を立てて眠っている、確か前俺が倒れた時は……

【一条】
「……」

ゆっくりと音々の頭を持ち上げて膝の上に乗せる、初体験の膝枕。
男のごつごつした足の上じゃ気持ち良さのかけらも無いだろうけど、無いより良いよな。

【音々】
「すぅ……すぅ……」

足に乗せたおかげで音々の顔をまじかで見れている。
眠っている顔なんかお嬢様じゃなくて、どっちかというとお姫様って表現の方がぴったりくるな。
小さい鼻、小さな口、さらさらと流れる髪、それら全てが音々をお姫様に彩っている。

思わず触れてみたい衝動に駆られる、しかし、ここで決して触れてはいけない。
触れたらもろく崩れてしまうような、そんな危うさを持った寝顔をしていたから……

【一条】
「今日は1日サボり決定だな」

時間はもう昼近く、今頃学校に行っても小言を云われるだけ。
それだったら息抜きに今日1日ゆっくりと休む方が良いよな。

【音々】
「すぅ……すぅ……ん、んぅ……」

【一条】
「よ、お目覚めか、お姫様?」

【音々】
「うん……誠人さん……ここは……?」

【一条】
「なんて云ったら良いのかな……俺の足の上かな?」

【音々】
「足の上?……あぁ」

頭の下にある不思議な感触に気が付いて頭を上げようとする。

【一条】
「男の膝枕なんて気持ち良くないだろうけど、もう少し休むんだ」

【音々】
「は、恥ずかしいです……男の方に膝枕されてるなんて」

【一条】
「ははは、やっぱりそういうものなのかな、男の膝枕は初体験?」

【音々】
「あ、あたりまえです……膝枕は、女性が男の方にしてあげるものじゃありませんか」

【一条】
「それは偏見じゃない? まぁ、俺は男が膝枕してるのを見たことは無いけどね」

【音々】
「もぅ……意地悪です……」

眼を背けてムスッとする、だけどまんざら嫌でも無さそうだ。

【一条】
「もう昼近いんだけど、昼はどこかで食べる?」

【音々】
「もうお昼なんですか……学校へは行かないんですか?」

【一条】
「俺は行かないけど、音々はどうする、行っても怒られるだけだと思うけど」

【音々】
「これは……勧誘ですか?」

【一条】
「当り、どうせ午後の授業だけ受けるのも面倒だろ、今日はこのまま2人でゆっくりしないか」

【音々】
「誠人さんって悪い人ですね……だけど、たまにはそんな日も良いですね」

ニッコリと微笑む、それは俺が今まで見た音々の表情の中でも飛び切りかわいらしいものだった。

【一条】
「うわぁ……」

【音々】
「どうか……なさいましたか?」

【一条】
「い、いや……なんでもない」

思わず声に出てしまった、少しだけ顔も熱くなってきている。
音々に感情の変化を読み取られないようにすっと顔を背けた。

【音々】
「誠人さん……顔が、赤いですよ?」

バッチリ読まれてますね、あぁ……恥ずかしい。

……

【音々】
「あの、よろしいんですか? 私がおごってもらっちゃって」

音々が目が覚めたのがちょうど昼ごろだったので2人で昼食をとった。
だけどまさか、お嬢様である音々の口からラーメンという言葉が出るとは思わなかった。

【一条】
「こういう時は男が払うって相場は決まってるから、それに音々まで学校サボらせちゃったしな」

【音々】
「あれは……私が眠ってしまったから……」

【一条】
「何でも良いじゃないの、俺が楽しくて音々も楽しいんなら問題ないだろ」

【音々】
「誠人さんったら……ふふふ」

【一条】
「さてと、これからどこか行きたい所とかある?」

【音々】
「私事で申し訳ないんですが……よろしいですか?」

……

【一条】
「ここは……」

音々に連れてこられたのはとある施設、大きな建物に赤い十字架のアクセント。
人の生と死を司る崇高なる聖域、そして、俺にとって最も馴染み深い施設。
看板に書かれている名前は……

『桃瀬総合病院』

【音々】
「気分を害してしまいましたら申し訳ありません」

【一条】
「いや、それは無いけど……どうしてまた病院に?」

【音々】
「今日は定期健診の日なんです、私のこのあやふやで脆い心臓の……」

聞いてからしまったと思った、音々の心臓が弱いのは当然知っていたじゃないか。
それなのに俺は……

【一条】
「……悪い」

【音々】
「気になさらないでください、さすがに病院なんて好きになれませんよね」

すたすたと音々は病院の中へ消えて行く、せっかくだから俺も行ってみるか。

……

病院の中も白で統一された清潔感漂う聖域になっている、地元の病院もこんな感じだったな。

【音々】
「中まで付き合っていただかなくてもかまいませんのに」

【一条】
「ちょっとした好奇心だよ、音々の診察ってどれくらいかかるんだ?」

【音々】
「いつもは30分くらいですが……」

【一条】
「それじゃあ音々の診察が終わるまで待ってるよ、俺にはまだ仕事が1つ残ってるからね」

【音々】
「お仕事ですか……? でしたら早く帰られた方が……」

【一条】
「音々を家まで送って行くっていう仕事がね」

【音々】
「私を……ですか……」

ポォッと音々の顔が赤くなって俯いてしまう、初めてこんな気障なことを云ったな。
廓や美織なんかがいたら口が裂けても云わないだろう。

【音々】
「あ……あの……それじゃ……私、し……診察行ってきます!」

バタバタと音々が走り去ってしまう、そんな背中に一言……

【一条】
「病院は走ると危ない、ゆっくりと歩きなさい!」

ビシィっと音々の体が止まり、ゆっくりとした足取りに変わる。

【一条】
「まったく……心臓が弱いのに走るなよ」

……

【一条】
「……」

病院内の散策を始めて約15分、どうして病院の中ってこうも落ち着くのだろう?
普通の人の感覚だと病院の中は冷たくて、物静かな息のつまる空間と感じるんだろうけど。
病院に2ヶ月も入っていると感じ方も変わるのかな?

【一条】
「あれ……ここは……」

立ち止まったのは扉の前、そこに掲げられたプレートには「心臓外科第一診察室」の文字。
見渡すと第二診察室には外出中の札、第一には来客中の札がかけられている。

【一条】
「ってことは、音々がいるのは第一の方か」

診察室の前には手ごろなソファーがあったのでそこで音々を待つことにしよう。
それにしても……来客中はまだしも外出中は無いだろう。
ソファに腰掛けたままぼけっと視線を彷徨わせると、廊下の奥に人影が横切った。
それはかなりの長身で、焦げ茶色のロングコートに目深に帽子を被った人物、たぶん男だろう。

【一条】
「うわ……変わった恰好、まるで変質者だな」

失礼極まりない発言だが、聞かれてもいないので別に良いか……
来客中の札がかけられた扉が開き、中から音々と担当医が姿を現す。

【音々】
「ありがとうございました」

【医者】
「次の検診はまた来週の今日、水曜日にいつもの時間でね」

【音々】
「はい、あ、誠人さん……待っていていただけたんですか?」

【一条】
「ちょうど通りかかったからね、もう診察は終わったのか?」

【音々】
「はい、今日はこれでお終いです」

【医者】
「姫崎君の知り合いの方かい、君が他の人と一緒に来るなんて珍しいね。
私は姫崎君の担当医の秋山といいます、よろしく」

【一条】
「ああ、どうも……」

差し出された手を握り返す、初対面の俺にずいぶんと礼儀正しい先生だな。
そのまま担当医は俺の顔をまじまじと見る、俺の顔になにか付いているってのか?

【医者】
「君はもしかして、姫崎君の良い人かな?」

【一条】
「は?」

前言撤回、初対面の俺に対して最初の質問がそれですか……

【音々】
「あ、秋山先生!」

【医者】
「いやぁごめんごめん、姫崎君から男関係の話を聞いたことが無くてね。
初めて関係を持った男性連れてきたもんだからついね」

【音々】
「もぅ……先生の莫迦……」

なんだか新藤先生みたいな人だな、患者とのコミュニケーションが上手くできないと莫迦なんて決して云われない。
新藤先生よりはずいぶんと歳が若いけど、将来は新藤先生並に患者に慕われる先生になるだろうな……

【?】
「あぁ秋山君、診察はもう終わったかい?」

【一条】
「……え?!」

後ろから懐かしい声が聞こえる、この声を俺が聞き間違えるはずが無い。
だけど、どうしてここでこの声を聞くことになるんだ?

振り返るとこちらに歩み寄ってくる白衣の人物が1人、その人物の顔は俺の予想通りの人物の顔だった。

【新藤】
「さっき来た時には札がかかっていてね、時間は空いてるかな?」

【秋山】
「えぇ、もう大丈夫ですよ」

【一条】
「新藤先生!」

【新藤】
「おや、一条君じゃないか! こんな所で奇遇だね」

医者の名前は新藤、俺にとってもう1人の親のような存在、そして、俺の命の恩人。

【秋山】
「新藤先生、この方とお知り合いだったんですか?」

【新藤】
「ああ、前の病院でね、しかしどうして君がこの病院に?」

【一条】
「彼女の付き添いで来たんですよ、それよりも新藤先生はどうして?」

さっき先生は妙なことを口走っていた、「前の病院」確かに先生はそう云った、すると……

【新藤】
「以前君にちょろっと云ったことがあったね、もしかしたら毎日のように顔を合わせるかもしれないと。
どうやらそれは現実になりそうだよ」

【一条】
「それってもしかして……」

【新藤】
「来週から私はこの病院に配属になってね、この病院でもそれなりの地位をいただけるらしいよ」

【一条】
「そうだったんですか、これからはわざわざ地元まで戻る必要がなくなりますね」

【新藤】
「そうだね、またいつでも来てくれたまえ、君ならいつでも歓迎するよ」

【一条】
「ありがとうございます、だけどここでも診察室を先生の部屋に変える気ですか?」

【秋山】
「新藤先生、ちゃんと外に漏れないように管理は徹底してくださいよ」

……

【一条】
「また近いうちに、失礼します」

【音々】
「失礼します」

玄関で新藤、秋山両先生に頭を下げる、聞くところによると秋山先生は新藤先生の教え子らしい。

【新藤】
「またいつでも来てくれたまえ」

【秋山】
「来週の検診まで、激しい運動はしちゃいけませんよ」

体を気遣う秋山先生と、お茶でも飲みに来いとさそうような新藤先生の言葉の対比がなんだかおかしかった。

【音々】
「新藤先生って、面白い先生ですね」

【一条】
「面白くて性格が良くて、それに腕も良い文句の付けようが無い先生だよ。
たまに話が脱線するし、診察室でお茶会開いたりするけど……」

【音々】
「ふふ、秋山先生がどうしてあんな先生か納得です」

【一条】
「新藤先生の教え子なんだから将来はきっと院長にでもなるんじゃない」

【音々】
「ふふ……かもしれませんね」

2人で歩く帰り道には2人の長い影法師が伸びる、時間はもうとっくに夕方に突入していた

【音々】
「誠人さんも……同じなんですね」

【一条】
「え?……」

【音々】
「い、いえ……すいません、なんでもありませんから」

最後の方はかすれて聞くことができなかったけど、俺の名前が出たよな?

……

【音々】
「今日は1日ありがとうございました」

【一条】
「いいっていいって、俺も楽しかったし、礼を云いたいのはこっちの方だよ」

【音々】
「またいつか、2人で学校サボって街に行きたいですね」

【一条】
「声かけてくれればいつでも付き合うよ、音々が俺で良いならね」

【音々】
「ご安心ください、私が誠人さんを嫌ったりすることなんてありませんから」

なんて良いことを云ってくれるんだ、女の子にそう云ってもらえるとやっぱり嬉しいな。

【音々】
「それじゃ、また明日学校で」

ぺこりと頭を下げて音々は屋敷へと姿を消す

【一条】
「嫌うことはない……か」

音々がそう云ってくれたのは本当に嬉しく思う、だけど、そんな音々を俺は裏切らねばならないかもしれない。
もう1人の俺が存在する限り、俺の欲望は音々をも飲み込みかねない。
俺には……音々を守ることができるんだろうか……

嬉しさと怖さの狭間の中で、俺はただ悩むことしかできなかった。





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