【ouverture『changement』】


千夜の家からの帰り道、俺とモニカの間には微妙な空気が流れていた。
モニカがあからさまに俺に対して不信感のような空気を出しているのだが、俺はそれに気がつかないフリ。

【モニカ】
「なあ刀満、千夜の件本当にあれで良かったのか?」

【刀満】
「んなこと俺が知るかよ、だけどあの人がいるんだから、それで良いんじゃないか?」

【モニカ】
「お前、いささか能天気すぎやしないか? 昔馴染みが死ぬかもしれないというのに」

【刀満】
「だから、そのためにあの人が来たんだろ?
突発的で防げない事故・病気以外ならあの人が守るって云ってたじゃないか」

【モニカ】
「だからお前は阿呆だというのだ。
いいかよく考えろ、あいつの云っていることは都合良すぎるとは思わんか?」

【刀満】
「そうだったかな? 千夜が死ぬと拙いからあの人が守護するってことしか俺にはわからなかったけど」

【モニカ】
「貴様何を聞いていたんだ、自分に関係がないことには全くの無関心なのか?」

【刀満】
「そういうわけじゃないけどさ……」

【モニカ】
「やつはすでに妖怪を封じる絡めが弱くなっていると云っていただろ?
案外、すでに絡めは解かれているのかもしれないとは考えられぬか?」

【刀満】
「どういうことだよそれは?」

【モニカ】
「つまりだ、あいつが妖怪であるということは、あいつこそが疫神ではないかということだ。
もしそうだとすれば、千夜とあいつを一緒にさせておくのは危険だということになる」

なるほど、そういう考え方できたわけか。
勿論その可能性を否定する要素はどこにもない、が、どうしてだかあの人が千夜を襲うとは考えられなかった。

【刀満】
「そうなった時はそうなった時、おきもしないうちからあれこれ考えたってしょうがないだろ?
それに千夜なら大丈夫だよ、人を見抜く力は鋭い方だからさ」

【モニカ】
「何一つ根拠のない自信だな、千夜に何かあってからでは遅いのだぞ?
お前は良いのか、友人がみすみす殺されたとしても? しかも面識のあるやつにだ」

【刀満】
「おっと、冗談でもそういったことは口にしないでくれ。
お前が心配してるのはもうわかったから」

【モニカ】
「う、うむ、少し軽率ではあったな。 すまん」

さすがに云い過ぎたと思ったのだろうか、僅かにトーンを落としてそのまま喋らなくなってしまった。

【刀満】
「一応あいつに周囲に気をつけるようには云っておくけどさ。
たぶん無駄だと思うぞ、あの人悪い人にはどうにも思えないんだよな」

【モニカ】
「私と互角に競り合える以上、無害と決め付けるのはいささか早計だぞ?」

【刀満】
「そうだよ、お前なんであの時さっさと剣を出さなかったんだ?」

【モニカ】
「切り札を初めから見せる莫迦がどこにいる。
やつを仕留めるなら一瞬の隙を狙うしかない、もっとも、その一瞬の隙さえもやつは誤魔化していたのだがな」

【刀満】
「するとなんだ、あの人は相当の実力者だと?」

【モニカ】
「少なくともこの身体で満足に勝たせてもらえる相手ではない。
加えてああいった小手先の幻術は私がもっとも苦手とするタイプなんだ」

【刀満】
「カリスと比べるとどっちが厄介なんだ?」

【モニカ】
「総合的に見て、どちらも一長一短。
ただ、どちらと殺りあってももっとも不利なのは私と見て間違いないだろうな」

おいおい、お前はまだあの人と殺りあうつもりかよ……

【刀満】
「まあ、あれだ……なんて云えば良いかな」

【モニカ】
「お前の言葉を借りるなら、その時にならねばわからんということさ。
そんなところでどもってないでもっとはっきりと云え」

折角言葉を選んでやろうと思ったのに、こういうところは真っ直ぐで可愛くないな。

【刀満】
「それより、これからどうする?
一日中あいつに付き合うつもりだったから、今後の予定も飯のことも何一つ考えてないんだけど」

【モニカ】
「そうだな……ジョギングでも行くか?」

【刀満】
「あのさ、折角暇になったんだからもっと楽で有意義なことにしようぜ」

【モニカ】
「例えば?」

【刀満】
「例えば……じっくりことことカレーでも作るとか。
時間掛けて出来ることが……お」

そういえば、明日からこいつには自分で昼食をとってもらわないといけないんだったな。
料理は苦手だと云ってたけど、ちょいとお手並み拝見といこうか。

【刀満】
「モニカ、お前辛いのとあんまり辛くないのどっちが良い?」

【モニカ】
「辛くない方が良い」

【刀満】
「OK、そんじゃあ買出しに行くぞ」

【モニカ】
「どこに?」

【刀満】
「スーパーに決まってるだろ、今日の晩飯はカレーだぞ」

……

二日前にも訪れたスーパーで、前回と全く同じ物を買って帰る。
前回よりはどれも僅かに多め、リンゴは一個のところが3個に増えている。

でもまさかあそこまで驚くとはな……

【モニカ】
「なっ、ななななな、なんだこれは」

【刀満】
「だから云ったろ、リンゴなんて特別珍しいもんじゃないって」

特売セール中で山の様に盛られていたリンゴを見て空いた口が塞がらなくなっていた。
その程度のことで感動できるなんて、安い感動だな……

【モニカ】
「それで、今日の献立はなんなのだ?」

【刀満】
「今日こそカレーだ、二日前は色々あって生姜焼きになっちまったからな。
それにカレーなら余程のことがない限り食えないってなことにはならないだろうしな」

【モニカ】
「何を云っているんだ、刀満なら勿論美味く作れるのだろう?」

【刀満】
「俺が作ればそれなりにはなるさ、だけど俺は作らない」

【モニカ】
「は?」

【刀満】
「今日はこれから家に帰ってお料理教室だ。
あまり上手くないって云ってたけど、どの程度のもんかお手並み拝見ってとこだな」

【モニカ】
「え、あ、う? わ、私が作るのか?」

【刀満】
「明日から昼間は一人になるんだから、昼飯は自分で作らないとダメなんだよ。
材料があっても出来ませんじゃ意味ないだろ?」

【モニカ】
「しかしだな、さっきも云ったように私は料理は……」

【刀満】
「上手くはないけど出来るって云っただろ。
ならとりあえずやってみて、話はそっからだな」

【モニカ】
「ぐ、むむむ……」

……

【モニカ】
「むぅ、またこの格好なのか」

普段は使わないけど一応用意だけはしてあったエプロンと三角巾。
千夜の家と全く同じ格好で再び俺の前に出てきた、違う点はあの時よりも嫌な顔をしているといったところだろうか。

【刀満】
「おぉおぉ、似合ってる似合ってる。 お母さんのお手伝いって感じだな」

【モニカ】
「莫迦にするのならもう二度とやらんからな」

【刀満】
「そう怒るなって、似合わないって云われるよりずっと良いだろ?
さてと、まずは……モニカ包丁は勿論使えるよな?」

剣をあんなに軽々振り回すんだから、包丁も普通に使えると思うんだけど。

【モニカ】
「剣が扱えるからといって、ナイフの扱いまで上手いと思ったら大間違いだぞ?」

【刀満】
「すると上手く使えないってことか……
まあ良いや、芋や人参の皮は俺が剥いておいてやるから、玉ネギ切ってみ」

【モニカ】
「あ、あぁ……」

まな板の上に玉ネギを置き、すぅはぁと深呼吸をしてから玉ネギに力強く包丁を落とした。

ダン!

玉ネギは見事に一刀両断され、ぱっくりと綺麗に二つに割れた。

【刀満】
「……」

【モニカ】
「ど、どうだ?」

【刀満】
「あのさ、真っ二つにしてはい終わりじゃ困るんだけど。
一口で食えるくらいの大きさにしてもらわないと」

【モニカ】
「う、うむ……それは一理ある。
とは云われてもな、普段大雑把にしか切らない人間に細かくと云われても上手くはできんぞ?」

危なっかしい手つきで玉ネギをザクザクと刻んでいく。
形の正確性や包丁を落とすリズムなど、なんのへったくれもありゃしない。

こいつは包丁を扱わせるのはまだ早かったかな……?

【モニカ】
「何故だろうな、涙が出来くるぞ……別に欠伸もしてはいないのに、眠いのだろうか?」

【刀満】
「玉ネギの水分が眼にしみてるだけだ、余計なこと考えないで手元を見てろ。
しっかし、本当に下手くそだな」

【モニカ】
「うるさい! だから苦手だと云っただろうが……」

大きいのに小さいの、妙な形のもあればもう微塵に近い状態のまである。
まあ煮込めばほとんど気にならなくなるから別に良いけどさ。

【刀満】
「そんなんで良いだろ、芋と人参皮剥いてやったから今度はこいつ。
あまり小さくしすぎるなよ、全部溶けて具の無いカレーになっちまうからな」

【モニカ】
「細かいな、そんなに云うなら刀満がやれば良いじゃないか」

【刀満】
「俺がやったら意味無いだろ、これはモニカのための料理教室なんだから。
自分の国に帰ったとき、料理できるとこ見せれば女の株が上がるぞ」

【モニカ】
「騎士に必要なのは料理の腕でなく剣の腕だ。
こんなナイフが扱えたところで評価など上がらん、もっと大ぶりの剣を……ひぐ!」

変な声と共に包丁を離して指を押さえた、どうやら指を切ったようだ。

【モニカ】
「あつつつ……」

【刀満】
「消毒薬もってくるから、傷口咥えておけ」

一応用意しておいた消毒液と傷テープ、まさかここまで早く使うはめになるとはな。

【モニカ】
「いつつつ……」

【刀満】
「ほら、いつまでも指咥えてないで見せてみろ」

【モニカ】
「……すまないな」

指に絡めついた唾液をふき取ってその上から軽く消毒。
後は水に濡れても水を通さない傷テープを貼って、はいお終い。

【モニカ】
「手際が良いのだな」

【刀満】
「こっちのも色々あったんだ」

姉さんが気まぐれで料理なんてしたときはいつも傷だらけだったもんな。
普段は全くやらないくせに、やると決めた時は俺が口出すとすぐ怒るし……

【刀満】
「云っておくけど、これでもうしなくて良いとか思ってないだろうな?」

【モニカ】
「なに、刀満は私が怪我をしているというのにまだ食事の仕度をさせるつもりか?」

【刀満】
「たりまえだ、そんなもん怪我したうちにはいらねえよ。
まだ切る物もいっぱいあるし、ほとんど作業らしい作業してないだろ」

【モニカ】
「騎士に飯炊きをしろというのか!」

【刀満】
「女なんだから料理のひとつくらい出来ろ、嫁の貰い手がいなくなるぞ。
それに料理の出来る騎士がいて問題があるとでも?」

【モニカ】
「ぐ、そ、それは特にないが……」

【刀満】
「じゃあ頑張って料理作れ、少しは手貸してやるから」

……姉さんいは絶対こんなこと云えないのに、なんかモニカだと姉さんと違って云い易いな。
姉さんの場合、腹が減ったらご飯ご飯〜って煩かった記憶しか出てこない。

自分で作れなんて云った日にはもう……翌日が酷いんだこれが。
どんなに腹が減ってもコンビニや外食はしないって云うのは良いことだけど。

作るのは結局いつも俺だしなぁ……

……

【刀満】
「後はしばらく煮込めば終わりだな、お疲れさん」

【モニカ】
「……傷だらけになってしまったぞ」

モニカの左手には傷テープが無数に張られている。
何切らせても最低一回は指も切りやがった、姉さん以上に包丁の扱いが下手なんだな。

【刀満】
「なれないうちはそんなもんだろ、俺だって昔はそうだったよ。
モニカだって最初から剣が扱えたわけじゃないだろ?」

【モニカ】
「ようは慣れ、ということか。
しかしなぁ……これ、ちゃんと食べれるんだろうな? 私は味付けなどの知識は無いに等しいんだぞ?」

【刀満】
「食えないものは入ってないから、まず問題ないだろ。
この先モニカが余計なものを入れたりしなければな」

【モニカ】
「人が嫌々ながら料理をしたというのに、なんだその云い草は!」

ドス!

【刀満】
「むぐ!」

出たよこの人は……都合が悪くなるとすぐ抜き手だよ。
よりによってこんな鍛えられないとこばっかり狙ってくんなよ……

【モニカ】
「で、煮込むのにかかる時間はどれくらいなのだ?」

【刀満】
「30分も煮込めば十分に食える……」

【モニカ】
「30分か、十分な時間だな」

エプロンと三角巾を脱ぎ捨て、ワイシャツのボタンを外し始めた。

【刀満】
「なっ、ちょ! 何脱ぎ出してんだこの痴女!」

【モニカ】
「着替えるだけだ、その程度のことで子供みたいにギャーギャー騒ぐな」

ワイシャツのボタンが全て外され、スカートのホックも外され……

パサ……

【刀満】
「俺の前で全部脱ぐな! 向う行け!!」

【モニカ】
「はいはいわかったわかった、少しは女に免疫付けたらどうだ?」

脱いだスカートを抱えてキッチンを出て行った。
どうして俺の近くにいる女はこう、何かが足りなく、何かが理不尽に多いんだ……

【刀満】
「大体あいつこの時間から何するつもりだ? 風呂なんてまだ出来てないのに」

【モニカ】
「刀満、少し出てくるからな」

【刀満】
「ジャージ? 食事前の腹ごなしか?」

【モニカ】
「そんなものだな、軽く走ってくるから。
湯浴みにはまだ早いから、水浴びが出来るようにしておいてくれ」

云いたいことを云い終えたのか、モニカはさっと手を上げてさっさと出て行ってしまう。

【刀満】
「やれやれ、元気はお子様なみだな……」

というか、服汚して帰ってきて夕飯がカレーって、子供の定番コースみたいだ。

【刀満】
「仕方がない、モニカが帰ってくるまでにちょっと一手間加えておくか」

……

【モニカ】
「ただいま」

【刀満】
「お帰り、冷たいラムネでも飲むか?」

【モニカ】
「舌が痺れるあれか……味は悪くないのだが、あの刺激はまだ慣れんのだ」

【刀満】
「何事も慣れが一番だろ、ほれ」

コップに冷えたラムネを注ぎ、モニカに手渡してやる。
ぱちぱちと弾ける炭酸にまだ抵抗があるのか、なかなか一口目が始まらない。

【刀満】
「何にも気にせず一気にぐぐっと、薬だと思って飲んでみ」

【モニカ】
「良薬口に苦しとでも云いたいのか……んく!」

ようやく意を決して一口目。
やはり刺激がのどに痛いのか何度も表情が濁りはするが、口を離すことなく一杯飲み干した。

【モニカ】
「んふ! は、ぁ、はぁ……のどの奥がぴりぴりする。
こっちの世界の人の好みは良くわからん……」

【刀満】
「不味くはなかったろ。 水浴びでも湯浴みでもいいからさっさと済ませて、飯にしよう」

【モニカ】
「それもそうだな」

ジーっとチャックを下ろして……待てい!

【刀満】
「風呂場で脱げ!」

【モニカ】
「注文の多い家主だな」

羞恥の足らないお客様で本当に困ったもんだ……

……

【モニカ】
「これが『かれーらいす』という物なのか。
随分と色々な香りが混ざった複雑な物なのだな」

【刀満】
「市販のルーだから誰にも合う様に調合されてるとは思うけど、とりあえずお前が食べてみ。
自分が手を傷だらけにして作った料理だ、いの一番はモニカがどうぞ」

【モニカ】
「……お前、毒見を命じているだけじゃないのか?」

こいつ日本人じゃないくせにまた面倒なこと知ってるな。

【刀満】
「食べたって死なないから、まずは一口、さあさあさあ」

【モニカ】
「むぅ……あむ……もくもく。 ぉ……美味い」

だろうね、知ってるよ。
だって俺も味見したし、色々と隠し味をぶち込んであるからね。

【刀満】
「どれ……うん、食える食える。 やるじゃないか」

わかっててもこういう時は素直に褒めてやるのが一番だ。
何事も褒めて伸ばすのが一番良い、姉さんで痛いほど理解してるから……

【刀満】
「これなら明日から昼飯は一人で任せても大丈夫そうだな」

【モニカ】
「昼? 刀満が作ってくれるんじゃないのか?」

【刀満】
「生憎俺は学校、夕方にならないと帰れないから昼飯は適当に作って済ませて欲しいんだわ。
一応そのためのモニカのお手並み拝見だったんだけど、これなら一人で大丈夫だよな?」

【モニカ】
「まぁ、無理ではないな……しかし、これは本当に私が作ったものなんだろうな?
私が走りに行っている間に前もって作っておいた物と交換してないだろうな?」

んな料理番組じゃないんだから、色々と手は加えたけどベースはモニカが作ってたやつだ。

【刀満】
「そんなことしてねえって、見ろこのジャガイモの適当な切られかた。
モニカが無理やり切った跡に間違いないだろ」

【モニカ】
「……のようだな、で、私は美味いと思うが刀満も本当に美味いと思っているのか?」

【刀満】
「勿論、俺はこれでもまずい物はまずいってはっきり云える日本人だからな」

【モニカ】
「そうか……良いものだな、他人に料理を食べてもらえるというのは。
戦場では全てが自分のため、人の食事など構っている余裕もなかったからな……」

【刀満】
「何なら今度からたまにはモニカが夕飯作ってくれよ。
お前の国の料理と同じ物は食えないだろうけど、似たような物ならぜひ食べてみたいし」

【モニカ】
「私の国の料理か……そのうち、機会があったらな」

最初はあんなにも不機嫌に始まった料理教室も、今はもう笑みが見え隠れしている。
しかもその上機嫌もまんざらではないみたいだな。

後はこのまま料理に興味を持って俺の手伝いでもしてくれれば助かるんだけどな……

……

食後は昨日と同じく、街の警備巡回へと時間を割いた。
勿論俺も同伴だ、最初は昨日みたいなこともあるからと止められたものの、最後にはモニカが折れてくれた。

【モニカ】
「昨日死にかけたというのに、懲りないやつだ」

【刀満】
「モニカの方こそ、不利なのがわかっていながら出向くなんて、無謀だろ?」

【モニカ】
「無謀だとわかっていても、奴等は消さなければならないんだよ。
犠牲者が増える前に、出来るだけ早くな」

【刀満】
「ニュースでその話はまだでてないから、大丈夫だとは思うけど」

【モニカ】
「死者はでていない、だが精神を食われたものは確実に増えている。
奴等にとっての食事は精神を食うことでも満たされるのだからな」

【刀満】
「するとなんだ、毎日あの変な人たちが増えるってことか?」

【モニカ】
「どうだろうな、私は奴等が一日に何人の精神を食うのかまでは知らん。
一人食えば数日もつのか、毎日何人も食べなければならんのかなんて知らないし興味もない。
ただ、精神を食われた人には安息がない、ということだけはわかっているからな」

【刀満】
「なるほどな、ご苦労なことだ」

【モニカ】
「まあ、私にはそれ以上に気になるのはお前のことだ。
刀満には何一つ関係がない、関わる必要など微塵もないのに何故私についてくる?」

【刀満】
「なんでだろうかね、たぶん偽善者だからじゃないか?
女の子が一人で敵に向かっていくのを黙って見てられないってことかな」

【モニカ】
「それは偽善者なのではなく、お人好しと云うんだ。
カリスは勿論、私よりも圧倒的に戦闘能力の劣る刀満がいても私の負担が増えるだけだ」

これはたぶんモニカの誘い罠、こう云えば俺がすんなりと引き下がるとでも思ったのだろうか?

【刀満】
「例えそうだとしても、それでも俺を守ってくれるんだろ?
こんな見ず知らずの街までカリスを止めに来るくらいなんだからさ」

見ず知らずの街で何が起きようと知らん顔が普通の考えだ。
それをわざわざ危険がわかっていながら出向くなんて、モニカも相当なお人好しだ。

【モニカ】
「やれやれ、本当に阿呆なのだな。 ……ぉ」

【橘禰】
「あら」

【モニカ】
「こんな夜更けに何をしているんだ? 人間狩りか?」

【橘禰】
「まさか、散歩ですよ、散歩。
夜は昼間よりも不穏な香りが鼻につきますのでね」

【モニカ】
「刀満、身を引いておけ」

僅かに腰を落とし、モニカはもう臨戦体勢へと移っていた。

【橘禰】
「あら、丸腰の私を切り伏せますか?」

【モニカ】
「そんな爪を持っていながら丸腰は通じんぞ。
私よりもよっぽど危険なくせによく云うわ」

【橘禰】
「何でもお見通しですか、ですが貴女と争う気はありませんよ。
今日は本当にただの散歩、夕涼みを楽しみに来ただけですのでね」

【刀満】
「だとさ」

【モニカ】
「甘いな、そんな考えではいつか本当に殺されるぞ。
私はお前が思っている以上に……」

【橘禰】
「……この匂い」

モニカは言葉を切り、女性は鼻をヒクヒクと動かした。
二人とも何かの異変を察したようだ、勿論俺には何がなんだかわからないのだけど。

【刀満】
「2人とも、どうかしたの?」

【モニカ】
「1、2……3人というところか」

【橘禰】
「いいえ、4人ですね」

【刀満】
「なっ、おいおい!」

4人、女性が云うと俺たち以外の部外者がもう四人姿を現した。
人間のようでどこかが人間ではない、不規則でぎこちない動きをした四つの人影。

昨日俺たちを襲ってきたやつらと同系の『怪物』のようだ。

【モニカ】
「お前、一人くらい任せられるか?」

【橘禰】
「不公平ですね、平等に二人ずつということで宜しいのではないですか?」

【モニカ】
「貴様の実力がやつらに通じるのならな、先に行くぞ!」

モニカは素早く刀を呼び出し、抜刀と同時に男性を切りつけた。
胸から肩へと切り上げられた男性は後に倒れながらその姿を世界と同化させていく。

【モニカ】
「づあぁ!」

鞘を投げ捨て、両手に持った刀を今度は力強く振り下ろす、これで2人目。

【橘禰】
「……お強いのですね、ですが、私も遅れはとりませんよ」

女性は一直線に男性との距離をつめ、心臓めがけて手を突き刺した。
男性から手を引き抜き、近くにいたもう一人の男性へは両肩口からクロスする形で逆方向のわき腹へと爪で引き裂いた。

【橘禰】
「ふぅ……いかがですか?」

【モニカ】
「ほう、どうやら私と互角に渡り合ったのもまぐれではないようだな。
しかし、力を見れば見るほど化け物だな貴様は」

【橘禰】
「ええ、私は妖怪ですから」

女性は昼間に見せたのと同じような笑みをして見せた。
こんな状況だというのに、女性二人が揃って笑ってるって異常事態だよな。

【橘禰】
「ところで、さっきの人たちはなんなのですか?」

【モニカ】
「切り捨ててからの科白とは思えんな、もし今のが一般市民だったら間違いなく貴様を切るところなのだが。
生憎やつらは切らなければならん奴等だ、お前も違和感には気がついていたのだろう?」

【橘禰】
「勿論、少々生者とは違う匂いがしましたのでね」

【モニカ】
「犬でもないくせに、鼻が効くというのもおかしな話だな。
刀満、無事か?」

【刀満】
「無事も何も、二人してあっという間に片付けたから一歩も動いてないぞ」

【モニカ】
「それで良い、下手に動いてつかまってしまったら今度は助けられるかどうか」

【橘禰】
「一つよろしいですか?
貴女は良いとして、どうして彼方までこんなところに?」

【刀満】
「いやその、モニカ一人で行かせるのはちょっと後ろ髪引かれる気がするんで」

用は気持ちの問題だ、俺よりもかなり小さいモニカが一人で夜の街に行く
なんて云われたら、俺もついて行かなきゃなんかダメだと思わない?

【モニカ】
「私のことなど気にするな、云うならば私はこいつと同じ側の人間だ。
刀満の世界とは違う、刀満の世界は千夜がいる方の世界だ、私の世界じゃない」

【橘禰】
「そうですね、彼女の云うとおりですね。
千夜様と々世界にいる彼方は彼女と一緒にいることは好ましくありませんよ?」

【刀満】
「それは俺が決めることですから、モニカもなんだかんだで俺がいることを認めてるだろ」

【モニカ】
「まぁ、それはそうなんだが……」

【橘禰】
「その時になって後悔しても遅いですよ?」

【刀満】
「それはその時になったら後悔しますよ。
後悔することばかり気にしてちゃどうしようもないでしょ」

【橘禰】
「……」

【モニカ】
「……」

何を云っても無駄だと思ったのか、それ以上二人が突っ込んでくることなく
女性はくるりと向きを変えてすたすたと歩き出した。

【モニカ】
「どこへ行く?」

【橘禰】
「さっき云ったでしょう? 夕涼みの続きですよ。
物騒な輩も出没しているようですから、それの駆除もかねてですけどね」

【モニカ】
「貴様の方が余程物騒だと思うがな。
……さて、では私たちも夕涼みといくか?」

いくら余裕だったとはいえ、さっきの緊張に比べて随分と暢気な発言だった。

【刀満】
「食後の散歩程度にしてくれよ、一応明日は学校があるんだから」

……

【モニカ】
「99、100……うぅーん、はぁ、ようやく今日も終わりだな」

風呂上りに日課になっているという腹筋100回を終え、ぐいーっと体を伸ばして立ち上がる。
こきこきと首を捻り、柱に背を預けてくつろぎ始めた。

【刀満】
「お疲れさん、なんか飲むか?」

【モニカ】
「あの刺激物以外なら何でも構わん」

【刀満】
「ラムネ以外か、じゃあコーラでも飲んどけ」

冷蔵庫から取り出したコーラ缶をモニカへと放る。
あ、まずい……放ったりしたら中の炭酸が……

ブシィ!

【モニカ】
「わぶ!」

あぁー、遅かった……
勢いよく噴出したコーラはモニカの顔を見事に濡らしてしまう。

【モニカ】
「刀満、これは嫌がらせか?」

【刀満】
「わ、悪かったって、ちゃんと手で渡せばよかったな」

【モニカ】
「うぅー、顔がベタベタする……しかもこれも刺激物じゃないか」

【刀満】
「ラムネ以外が良いって云うから、他の刺激物ならどうかと思って」

【モニカ】
「貴様わかっていてわざとやったな……覚えておけよ」

【刀満】
「そんな怒るなって、それから早く顔洗ってこいって。
糖分が多いから乾くと余計ベタベタするぞ」

【モニカ】
「ふん」

つんと顔を背けて洗面所へ。
ちょっと意地悪したつもりなんだけど、ちょっと必要以上に根にもたれちまったかな。

だけど、こうやって意地悪できる女の子は初めてだ。
姉さんや千夜の反動だろうか、これからはもっと高度な意地悪を……

ボコン!

【刀満】
「おぐ!」

どぷどぷどぷ……

【モニカ】
「お返しだ、早く頭洗った方が良いぞ」

やろう、よりによって頭めがけて投げつけやがって。
しかもまだたっぷり入っていたコーラが俺の頭から流れ落ちて服の中に入って……

……異様に気持ち悪い。

【刀満】
「また風呂入らなきゃいけないのかよ……」

俺は今日実感した。

意地悪いくない……

……

【カリス】
「んむ……」

カリスの唇がねっとりと女性の唇と絡みつき、逃れられないように後頭を押さえつけた。
抵抗していた女性は徐々にその力を失い、やがて腕がだらんと力なく垂れ下がった。

【カリス】
「ふぅ……けふっ」

カリスが唇を離すと、女性は力なくドサリと地面に倒れ込んだ。

【カリス】
「ご馳走様、これでしばらくは無茶も出来そうですね。
ぁ、女性が地面で眠っちゃダメですよ?」

指を自分の唇にあて、その指を今度は女性の唇へと当てた。
すると女性は何事もなかったかのように立ち上がり、カリスの元からふらふらとした足取りで去っていった。

【カリス】
「調査の方、よろしくお願いしますね」

にんまりと微笑み、ニパニパと手を握ったり開いたり。

【カリス】
「ふぁ、あぁ……夜にこんなに眠くなるなんて、夜魔も形無しですね。
でも、仕方のないことかもしれませんね……」

月を濃い雲が遮り、光を失うとカリスはその場を後にした。

そしてその場に残されたのは、誰も落としたことにさえ気付かず
誰からも興味を持たれなかった小さな定期入れが寂しく取り残されていた……






〜 N E X T 〜

〜 B A C K 〜

〜 T O P 〜