【ouverture『Entwicklung』】


ごてごてと、それでいてベトベトとした嫌な感触。
それに何度も妨害される事はや6回、人間6回も嫌な感触が続くとしまいには慣れてしまうものだ。

うとうとしてきたかと思うと後頭部から感じるベットベトの感触に再びパッチリと戻される。
それにもようやく慣れ、このままうとうととしたまま深い眠りに……

4時か……

自分の強情さには呆れるよ……

ぐぅ……

……

【千夜】
「ふぅ……せい!」

ドス!

【刀満】
「ふぐぅ!」

【千夜】
「だらしない顔してないで起きなさい」

【刀満】
「鉄拳で俺の意識が飛んだので再び眠りにつきます……」

【千夜】
「お腹ぐりぐり踏んであげようか?」

【刀満】
「わかったよ……起きれば良いんだろ」

腹を踏みつけられて消化し切れなかった夕ご飯を戻すのは絶対に避けたいし。
あー……なんというか、人生で一番最悪な目覚めだな。

この後頭部と前髪付近に感じるいやーな感触。
散々俺の安眠を妨害し続けてくれたこの感触は云わずもがな。

【千夜】
「フンフン……なんか、刀満甘ったるい匂いするよ」

触れてみると髪がごわごわ、それでいてベタベタと非常に不快な粘り気がある。
指の匂いを嗅いでみると、なんとも甘ったるいこの匂い。

昨日モニカに頭からぶっかけられたコーラの残り香だ。
不快なベタベタも全部コーラのせい、やっぱりしっかり風呂に入りなおすべきだった。

【刀満】
「コーラって予想以上にベタベタするんだな」

【千夜】
「コーラは頭で飲むもんじゃないよ。 あれは口から咽を伝っていく飲み物なんだから」

【刀満】
「そんなの知ってるよ、モニカにコーラぶつけられただけだ」

勿論モニカがぶつける前に、面白半分でモニカにコーラを渡した俺が悪いのだけどさ。
適当に塗れタオルで頭と体拭くだけじゃベタベタは一切取れないんだな。

【刀満】
「仕方ない、ちょっと一人で飯食べててくれるか」

【千夜】
「刀満食べないの?」

【刀満】
「風呂入ってベタベタと匂い取ってくる、これじゃ学校行けないだろ」

何よりこんな不快感じゃ俺が参ってしまうよ。

【千夜】
「勝手にパン焼いて良いの?」

【刀満】
「人数分焼いといてくれ、俺とお前とモニカのぶんな」

【千夜】
「はいはい、人に起こさせておいて人使い荒いな。
……あ、云い忘れたけどさ」

千夜が何かを云い終わる前に、俺は部屋を出てしまっていた。

……

【刀満】
「たくもう、コーラはもっと糖類を抑えてもらいたいね」

なんて愚痴を云っても、結局一番悪いのは風呂に入らなかった俺だ。
コーラに糖類が多かろうがそんなことはどうだって良い、だけどこうでも云わないとなんか納得できないし……

【刀満】
「だけど朝から風呂なんて、優雅だねぇ……」

寝巻きのボタンを外し、上着を肩から下ろしながら脱衣所の扉を開けた。

【モニカ】
「……」

【刀満】
「……」

モニカと目が合った、モニカは俺以上に服を脱いでいた。

上着の類は一切身に着けておらず、スカートも全部脱いでしまっていた。
ワイシャツのボタンは全部外され、ざっくりと開かれた隙間からブラとパンツが覗いている。

【モニカ】
「……」

【刀満】
「……」

【モニカ】
「……おい」

【刀満】
「……」

【モニカ】
「随分と堂々とした覗きだな」

【刀満】
「っ! なあぁあぁー!!!!!」

思考復活。
今までどこかに飛んでいた思考が慌てて戻ってくると同時に体が動く。
脱衣所から俺が飛び出し、ドアを背にしてゼェハァと大きく深呼吸。

何であいつこんな朝から脱衣所にいるんだよ……

【千夜】
「ありゃま予想外、普通モニカが叫ぶはずなのに。
なんで変態刀満の叫び声が聞こえるのかしら?」

【刀満】
「な、何であいつ脱衣所で脱いでるんだよ……」

【千夜】
「脱衣所だから脱いでるに決まってるでしょ?
モニカが脱衣所で服脱いでるからって刀満が疑問視するのはおかしくない?」

【刀満】
「そ、そりゃそうだ……ってそうじゃなくてさ。
何であいつがこの時間に脱衣所で服脱いでんのかってことだよ」

【千夜】
「早朝マラソンしてきたから湯浴みをするんだってさ。
その旨刀満に伝えてくれって云われたよ」

【刀満】
「じゃあ二階に来たときにさっさとそう云えよ」

【千夜】
「云ってる最中に部屋出てっちゃったもん。
モニカが叫んだら天誅を下しに行こうと思ったんだけど、展開が逆だったね」

ケラケラと悪びれる様子も無く笑って嫌がる。
どっちに転がっても俺だけが不利益をこうむるわけじゃないかそれ……

【刀満】
「仕方ない、俺は水シャワーで我慢か……」

家の主が台所で水シャワーってどうなんだろう?

【千夜】
「水シャワーは髪に良くないよ?」

【刀満】
「モニカが風呂入ってるのに俺が入れるわけいかないだろ」

【千夜】
「入っちゃえば? それで石鹸でもぶつけられれば笑えるよ」

【刀満】
「俺が痛いだけだろ!」

【千夜】
「まあね、だけど意気地なしの刀満には無理だろうね。
シャツも脱がせられないようなお子様が、女の子とお風呂なんて無理無理♪」

ほほほっと似合わない笑いを見せて台所に向かう。
まったく、茶化してないでさっさとパンでも焼けってんだ。

……

【モニカ】
「ふぅ、汗も流れてさっぱりだ。
この国は便利で良いな、捻るだけで湯が出る仕組み、私の国にも欲しいくらいだ」

まだほこほこと湯気を感じさせながらモニカが食卓へとやってきた。
なんとなく眼を合わせ辛く、俺の視線はモニカを捕らえないようにぎこちなく動く。

【モニカ】
「あれだけ眼の前で脱ぐなと云っておきながら、堂々と覗かれるとは思わなかったぞ、刀満?」

ギクゥ……

やっぱりそうなりますか。
確かにモニカはよく俺の前でも平気で服を脱いだ、だから俺は俺の前で脱ぐなと散々云ってきた。
そう云ってた俺が覗いたんじゃ本末転倒じゃないか。

【モニカ】
「千夜に伝言を頼んだのにそれでも覗くということは、どういう了見なのかしら?」

【千夜】
「正確には伝える前に覗いたから、刀満に非は半分くらいしかないんだけどね」

【刀満】
「100%の事故じゃないの?」

【千夜】
「脱衣所に入る前にノックしなかったから、刀満にも非はあるわね。
まあ、下着を見られたっていうのがあるから結局は全部刀満が悪いんだけどね」

【刀満】
「ちゃんと伝えなかったお前が悪いんだろ!」

【モニカ】
「まあまあ朝から喧嘩するな、別に私は怒ってなどいないさ」

本来一番怒るのはモニカなのが普通だと思うんだけどなぁ……

だけど、この居候は自分の羞恥なんてほとんど気にしていないみたいだし
これは俺が慣れるしかないのかなぁ。

【千夜】
「でもさ、モニカも下着見られたんだから叫ぶくらいしたって良いのに。
そうすれば全部悪いのは刀満一人で背負い込ませられたのに」

【モニカ】
「下着ぐらいで怒る必要などないさ。
死線を彷徨っていれば、そんなことはとても些細なことでしかないのだからな」

【千夜】
「死線死線って云うけどさ、あんまり危ないことばっかりしてちゃダメだよ」

【モニカ】
「ふふ、この私が心配されるとはな。
刀満といい千夜といい、人が良いのだな」

【刀満】
「それがこの世界では普通なんだって。
パン焼けたな、今日もなんかつけるか?」

【モニカ】
「何かと云われてもな、どれがどんな味かもわからずにつけられないだろ?」

【千夜】
「バター塗ってジャムと蜂蜜かけると美味しいよ♪」

【刀満】
「そんな高カロリー糖類過多なパンお前しかよろこばねえよ。
とりあえず今日はこれでも塗っておけ」

目に付いたピーナツバターをパンに塗りたくる。
このしつこい甘さが嫌いな奴もいれば、俺みたいに病み付きになる奴もいる。

甘党の千夜でさえこいつは苦手としてるんだが、モニカの口には合うのだろうか?

【モニカ】
「甘い匂いがするが、果実の香りではないのだな」

【刀満】
「ナッツを水あめと一緒に練ったもんだよ。
甘いペーストだと思って食ってみ」

【モニカ】
「あぐ……んくんく……こく。
ふぅむ、昨日のとはうってかわって腹に確かな重量感があるな」

【刀満】
「食えるか?」

【モニカ】
「大丈夫、というよりもどちらかでいえば好きな部類の味だ」

ピーナツバターの甘さに満足したのか、文句一つどころか会話もなくモクモクとパンを食べていった。

【刀満】
「お、そうだった。
冷蔵庫の中にあるものは好きなように使って良いから、ちゃんと昼飯食えよ」

【千夜】
「刀満がお弁当作ってあげるんじゃないの?」

【刀満】
「生憎俺は早起きして弁当作る余裕はない。
一応最低限の料理は出来るみたいだから、昼飯は自炊してもらうことにしたんだよ」

【モニカ】
「本当は飯炊きなどやりたくはないのだがな……」

【千夜】
「面倒だから?」

【モニカ】
「そうではない……刀満の方が食事が美味いのだ。
私だって出来ないことはないが、刀満のように美味い物は作れないから……」

【千夜】
「あーそういうことか、ジェラシーってことだね。
確かに刀満のご飯美味しいからね、女の私も羨むくらい」

【刀満】
「な、なんだよ、俺が悪いのかよ」

俺が料理上手いのは全部姉さんのせいだよ。
文句を云われる筋合いはないぞ。

【モニカ】
「そうは云っておらん、私のたんなる妬みだ」

【刀満】
「妬みって……」

昔からあまり料理を褒められて良い気はしなかった。
褒められるということは、それはどこかで食わせろという相手からのメッセージでもあるからだ。

特に、姉さんに褒められることが何一つ嬉しくなかったな……

……

【千夜】
「で、モニカの料理って美味しいの?」

【刀満】
「一応カレーは食えるのが出来てたな」

【千夜】
「それってモニカが一人で全部作ったの?」

【刀満】
「大体な、料理が終わった後俺が色々と入れたけどさ」

【千夜】
「監修・刀満ってことね、それだとあんまり当てにならないんじゃない?」

【刀満】
「大丈夫だろ、コンロの使い方とか全部教えてあるし。
カップ麺も食わせてあるから最悪それ食ってるだろ」

食べる物が何もないという状態にはしてないから、何かしら食べてくれるだろう。
あの体のクセに、よく食う上に燃費も悪いみたいだしな。

【刀満】
「モニカもそうだけど、お前の方はどうなんだよ?
って、あの人なら特に心配する必要もなさそうだな」

【千夜】
「橘禰のこと?」

【刀満】
「きつねって、何もそのまま呼ばなくても良いだろうに。
あの人だってちゃんと名前あるんだろ?」

【千夜】
「だから橘禰だってば、たちばなとかたしろできつねって読むの」

【刀満】
「またわかりやすいようで面倒な名前だな」

【千夜】
「私が適当につけた名前だからね」

お前がつけたのかよ……しかも適当かよ……
あの人もこいつのお目付け役で災難だったな。

【千夜】
「橘禰はどうだろう、何食べて良いとかは云っておかなかったけど
まあ無茶なことはしないでしょ、今日はお父さんたちも帰ってくるから説明が大変だよ」

【刀満】
「あの人……橘禰さんお前の家で暮らしてるんだ」

【千夜】
「んぅ、なんか外でも寝られるから大丈夫って云ってたんだけど。
外に放っておくのはなんか見過ごせないじゃん、刀満がモニカを住まわせてるのとまあ一緒かな」

【刀満】
「ふぅん、二人して変な同居人が出来ちまったな。
しかもその同居人二人とも人間離れしてるときたもんだ」

【千夜】
「人生ってのは平坦に行かないもんだね」

二人揃ってはぁっと大きなため息。
先日まで平々凡々と暮らしていたはずが、今じゃそんなの微塵も見えてはいない。

【千夜】
「そういえばさ、昨日橘禰が散歩してたら刀満たちに会ったって云ってたけど」

【刀満】
「あぁ、確かに会ったけど?」

【千夜】
「モニカはともかくとして、あの運動嫌いの刀満が散歩なんて何でしてるの?
あ、もしかして…………だぁー!!」

ボゴ!

【刀満】
「のぅ!」

鞄で腹部を強打された。
胃の奥から酸っぱいものが上がってきそうなのを必死に堪えて千夜を睨みつける。

【刀満】
「な、何しやがる……」

【千夜】
「刀満が健康的なことしてるってことは
何か良からぬ考えがあるような気がしたから、とりあえず天誅」

【刀満】
「理不尽だなおい……俺はモニカに付き添っただけだ……」

【千夜】
「あそう、ふーん」

それだけか? 豊かな想像力で傷つけられた俺に謝罪の言葉は無いの?

【千夜】
「そういえばモニカに初めて会った時から気になってたんだけど
夜の見回りがどうのこうのって、あれってなんなの?」

謝罪の言葉無し、鬼め……

【刀満】
「散々話に出てきたカリスって女の子いるだろ、その子を探してるんだとさ。
なんでも夜行性で夜が一番出会いやすいとか何とか云ってた」

【千夜】
「見つけたらどうするの?」

【刀満】
「物騒な話だけど、殺すんだとさ」

【千夜】
「その話って、やっぱり本当に本気の話なの?」

【刀満】
「本気だろうな」

数日前の俺だったら、ここまではっきりと返答出来なかっただろう。
だけどもう、モニカの目的も行動もはっきりとわかっている。

確実に、モニカはカリスを殺すのだろう。
殺さなければ殺される、二人の間にあるのはそんな生々しいつながり。

そしてよりによって、俺までも絡んでしまったという非常に面倒なことになっている。

【刀満】
「ぁ、そうだ。 お前あんまり夜一人で出歩くなよ。
いや一人じゃなくても夜は出歩くな」

【千夜】
「なんでよ?」

【刀満】
「なんでもだ、たぶん橘禰さんもそう云うと思うから」

昨晩、彼女もあの得体の知れない人型と交わっている。
彼女にとっては意に介さない程度の存在なのかもしれないが、普通の人間である千夜にとっては
あれは命の危機にも直結する存在だ。

事実、俺もあの場にモニカがいなかったら間違いなく今ここでこうしてはいないだろう……

【千夜】
「へぇ、私にはそう云っておきながら、刀満はモニカと夜中にラブラブですか。
気にしなくてもあんた等の邪魔なんてしないわよ」

【刀満】
「あのなぁ、一応真面目な話してるんだけど」

【千夜】
「別に刀満に心配してもらわなくても大丈夫だって。
でもまあ、私も一応ご心配ありがとうと云っておこうか」

にかにかと笑いながら返された。
……うん、こいつはこう返してくれないと調子が狂うからこれで良いや。

……

ザザ、ザザザザ……

機体のアンテナを伸ばし、適当に目盛りを回していると
ザザザザっという音が無くなり、ちゃんとした日本語が聞こえてきた。

FM放送の周波数に合致したようだ。
机の上に端末を置き、イヤホンを両耳にはめて周りの迷惑にならないように、と。

昼食時は基本的にいつもこんな感じ。
ラジオを持ってきて良いとは云われていないが、持ってきちゃいかんとも云われていない。

まあ、学業に励む学生のささやかな楽しみとでも受け取ってくれれば幸いだな。

【刀満】
「……」

いつも通り、自分にはまるで関係の無いようなニュースばかりが伝えられる。
株価が下がる一方だとか、円高だとか、また食品偽装だとか。

そんな他愛の無いニュースの中で、一つだけ引っかかるニュースが流れてきた。

【キャスター】
「……今朝6時ごろ、公園で学生の物と思われる鞄が発見されました。
鞄の周りには教科書などが散乱しており、一緒に落ちていた定期入れの中から
鞄の持ち主であろうと思われる女学生の学生証が発見されました」

【刀満】
「……」

【キャスター】
「学生証の持ち主は『小出 愛良』さん17歳で、私立高校に通う学生だということが分っています。
小出さんは昨日の夕方から行方がわからなくなっており、家族が帰宅しないのを不審に思い、警察に……」

【刀満】
「……小出?」

『小出 愛良』、親しみがあるわけではないが全く知らない名前でもない。
それも当たり前、彼女はこのクラスの生徒で俺のクラスメイトになる。

もっとも、会話をしたことなんて数えるほどしかないのだけどさ。

云われて見れば、朝から彼女の姿が見えないな。

【刀満】
「千夜、千夜」

昼食が終わってぼけっとしていた千夜に来い来いと意思表示。

【千夜】
「何よ?」

【刀満】
「お前さ、小出さんと親しかったっけ?」

【千夜】
「知らない仲ではないけど、そこまで特別親しいわけでもないかな。
小出さんがどうかしたの?」

【刀満】
「行方不明なんだってさ、今ニュースでやってた」

【千夜】
「小出さんが行方不明? 何でよ?」

【刀満】
「そんなん俺が知るかよ、今ニュースでやってたからお前は知ってんのかなって思っただけだ。
もし親しいようなら教えといてやった方が良いかなってさ」

【千夜】
「小出さんがねぇ、だけど行方不明とはいってもまだはっきりとはわからないんでしょ?
ひょっとしたら誰かの家に泊まってるのかもしれないし、もしかするともしかするかもしれないし」

【刀満】
「もしかするとって?」

【千夜】
「誘拐とかってことよ、他には最悪の場合とかね」

【刀満】
「最悪の場合……」

最悪の場合、つまりはもっとも無いと願わずにはいられないパターン。

彼女の、死……

【刀満】
「……」

頭の中でここ数日の様々な出来事と、さっき聞いたニュースがぐるぐると混ざり合わさっていく。
そしてたどり着いた答えは驚くほどに単純なもの。

彼女は、カリスに殺された。

そんな答えだった。

【千夜】
「へぇ、刀満が自分以外のことでそんな顔するなんて珍しい。
もしかして小出さんのことちょっと気に入ってたのかな?」

【刀満】
「……」

【千夜】
「ありゃ、反応無しか。 話が終わりなら私は戻るからね」

俺から反応が返ってこなくなったので千夜は席に戻る。
俺はというと、さっきからああでもないこうでもないと様々な答えが出ては消え出ては消え。

だけど結局最後に行き着く答えは同じ。

彼女は死んでいる、それも事故ではなく彼女は殺された。
犯人はカリスだ……

【刀満】
「まだ死体も見つかってないのに、失礼だな俺は……」

まだ死んでいるかどうかなんてわからないし、死んだ方向で考えるのは非常に失礼だ。
頭でそうわかってはいても、どうしてもそれ以外の答えを考えることは俺には出来なくなってしまっていた。

……

【モニカ】
「ほう……」

云われたとおり適当に食事を済ませ、腹ごなし前の休憩に見ていたテレビ番組。
私には一切関係が無く、この世界の仕組みさえ知らない私には全く不要な情報の数々。

そんな中にも、時たま私に必要な情報も漏れてくる。

今流れていたニュース番組も、そんな情報の一つだった。

【モニカ】
「行方不明、か……」

行方不明というだけで直接結びつけるのはいささか早計だとは思うが可能性はゼロではない。
勿論まだ生きていることを願いたいのだが、あまり期待はできないだろう。

【モニカ】
「後はどっちの姿で発見されるかだな」

手遅れで発見されるのか、もしくは人ならざる人型で出くわしてしまうのか。
どちらにせよ、百害あって一利無しだ。

【モニカ】
「さて、家で閉じこもっていても仕方があるまいか」

ワイシャツとスカートを脱ぎ捨て下着だけのシンプルな姿になる。
こんなところを刀満にでも見られたらまたギャーギャーと騒がれるのだろうが
今はその刀満もいないので知ったことではない。

千夜に貰ったジャージを着込み、自由に使って云いと云われたタオルを一枚腰に挟んで準備完了。

【モニカ】
「確かここに入れて置けとか云っていたな」

家を出たらまず施錠、鍵はガスメーターの後に隠されたフックにかけておく。

さてと、今日はなどんなコースを走ってみようかな?

……

【モニカ】
「はっ、はっ、はぁ」

今日はいつもより遠回り、道など一切わかりはしないが一度通った道なら記憶することも出来る。
どこかでおかしくなってしまったらもう一度戻れば良いだけの話だ。

私の国と違って建物が多いから目印は付けやすいが、いささか窮屈である感じも否めない。
やはり私にはこの世界よりも自分の国が一番ということなのだろうさ。

【モニカ】
「はっ、はぁ……ふぅ」

朝に比べて約倍の距離を稼いでから川原にたどり着く。
相変わらず人がいない、今日は休日ではないので人がいないのは当たり前だと刀満なら云いそうだな。

タオルで浮き出た汗を拭い、両腕をグーッと伸ばして深く深呼吸。
やはり体が小さくなったとはいえ、基礎体力がゼロになることはないようで助かった。

【モニカ】
「後はどこまで実戦で耐えられるか」

コキコキと首を捻り、もう一度深く深呼吸をしてから足を肩幅に開いて構えをとる。

【モニカ】
「……はっ!」

右手を一直線に打ち抜き、素早く前に飛び込んで足をかる。
かった後もすぐ後に下がって間合いを取り、再び構えを取る。

この動きもしばらく行っていなかったものの、やはり何100回ととった動きは体が覚えているようだ。

まぁ、この身体なので相手との間合いや足の短さを考慮しておかないといけないわけだが
刀満じゃウォーミングアップにもならんし、千夜が受けてくれるとも思えない。

イメージトレーニングだけでどうなるものでもないが、しないよりはずっとましだ。

【モニカ】
「ふっ、はぁ!」

教え込まれた様々な動きの反復練習、時折それらを織り交ぜた練習で汗を流す。
この身体で普段と々ことをしていれば、そりゃ腹が減るのも当然か。

【橘禰】
「あらあら、お子様はいつでもお元気ですね」

声が耳に届いた時点でわかった、この寒気がするほど優しげな声。
それでいて自分よりもこちらを下に見ているような感じがするのは相手が私だからなのだろうか?

【モニカ】
「化け女狐が何の用だ? 生憎今お前に会いたいとは思っていない」

【橘禰】
「つれないですね、昨日お互いに刃を交じわせ、時には背を任した仲だというのに」

【モニカ】
「ふっ、本心でもないことはどんなに表情と声で
誤魔化そうとしても誤魔化せないものさ、いまだ私には敵意があるくせにな」

【橘禰】
「それはお互い様というものではないですか?
ですが千夜様の命もありますので、あなたを殺しまではしませんからご安心を」

【モニカ】
「生憎私は刀満に何も云われていないのでな。
その気になれば、貴様を討つことも戸惑わんぞ」

【橘禰】
「あらあら、それではその日を楽しみにお待ちしておきますわ♪」

ほほほっと着物の袖を口に当てて嫌味に笑う。
自分は絶対に討たれないという自信の現れなのだろう、憎らしい奴だ。

【モニカ】
「用が無いのならさっさとお引取り願おうか。
もっとも、私に用がある奴など刀満と千夜ぐらい貴様が私に用など無いはずだろう? さっさと去れ」

【橘禰】
「まあまあ、折角月曜のお昼下がりにこうしてめぐり合ったんですから。
炉辺会議というわけではありませんが、何かお話など嗜みませんか?」

【モニカ】
「貴様と私で共通の話題などあると思うか?」

【橘禰】
「勿論ありませんよ、これは私の個人的な興味です。
貴女は私が何のために千夜様をお守りしているかご存知ですが
私は貴女が何故あの方をお守りしているのかとても興味がありますので」

【モニカ】
「別に何の誓約も契約も無い、あいつを守らねばあいつが死ぬ、それだけのことだ。
お前には千夜との間に誓約があるようだが、私と刀満の間には何も無い。
ただ、あいつは呆れるくらいの能天気でお人好しだから、面倒を見ているだけだ」

【橘禰】
「随分と刀満様のことを下に見ているのですね」

【モニカ】
「貴様には関係のないことだ、奴は市民であり、私は騎士だ。
一般市民である刀満を守るのは、騎士である私の務め、それだけのこと」

【橘禰】
「主君を持たない騎士は、騎士ではありませんよ」

【モニカ】
「……それ以上の侮辱には、さすがの私とてただでは済まさんぞ」

何もない空間に手を構え、いつでも剣を呼び出せるように準備しておく。
相手にしないつもりでいたが、こいつの性格は一筋縄で行くものじゃないな……

【橘禰】
「物騒なことは止めましょう、今日の私は無抵抗なのですから、ね?」

【モニカ】
「それは私が手を出さない限り私が知りえることではなかろう?」

【橘禰】
「それもそうですね、ですが私にとって千夜様の命はほぼ絶対ですから。
貴女と争うなと云われてしまった以上、無駄に争うことはいたしませんのでご心配なく」

これが嘘なのか本当なのか、表情を読み取らせないところは認めたくはないがさすがといえるだろう。

【モニカ】
「やれやれ、常識外れに長生きしている妖怪は面倒で困る」

【橘禰】
「お褒めの言葉としてもらっておきますわ♪」

また袖口を口元に当てて笑う、この女も、今まで私の回りにはいなかったタイプだ。

【橘禰】
「話がどんどんと逸れてしまいましたが、そろそろ本題に移らせてもらいます。
単刀直入にお聞きしますが、ここ数日巷で話題になっている怪死事件のことは勿論?」

【モニカ】
「それがどうした?」

【橘禰】
「あの事件、貴女も一枚噛んでいますね?」

【モニカ】
「ほう……」

どうやら、退屈だけはしないようだな……





〜 N E X T 〜

〜 B A C K 〜

〜 T O P 〜