【church cantata】


【モニカ】
「ふぅ……良い湯であった」

風呂上りで濡れた髪をタオルでわしわしと引っ掻き回す。
髪は女の命だって云うのに、随分と乱暴に扱うんだな。

【刀満】
「ぁ、今日はシャンプー使ったんだ……ってこの香り、ボディソープ使ったのか?」

【モニカ】
「眼についた物を適当に使っただけだ、ちゃんと泡はたっていたぞ?」

【刀満】
「泡だちゃなんでも良いってわけじゃないだろ。
髪にはちゃんと髪用のやつがあるんだから、そのうち髪痛むぞ」

【モニカ】
「髪など構っている暇があると思うか?」

何をくだらないことを、とでも云わんばかりに小さく笑って俺の発言など意に介さず。
うぅむ、今時ここまでアバウトな女の子も珍しいんじゃないか?

【刀満】
「千夜あたりが聞いたらぎゃんぎゃん云われるぞ」

【モニカ】
「何故だ?」

【刀満】
「あいつそういったところにはとことんこだわるから。
嘘でもあいつと話をするときはちゃんと手入れしてるってことにしとけ」

女の命である髪を粗末に扱うのは許せないらしい。
現に、あのズボラな姉さんでさえ髪の手入れだけは毎日怠らずにやっていたな

【モニカ】
「ふぅむ……私も女ではあるが、時々女というのはよくわからんな。
髪一つでどこにそんなこだわる理由があるのだろうか」

自分の前髪を摘んでしげしげと眺めるが、すぐにどうでも良いことのように興味をなくしてしまう。

【モニカ】
「刀満、悪いが水を一杯もらえるか?」

【刀満】
「はいよ、でも水で良いのか? 他にも色々とあるにはあるぞ」

【モニカ】
「そうは云われてもな、この国にどんな飲み物があるのかもわからんのだぞ。
時に刀満、お前が今飲んでいるのはなんなのだ?」

【刀満】
「これか? これはラムネだけど」

さすがにビンのやつではないが、ペットボトルのビニールには
ちゃんとラムネって書いてあったから、きっとラムネなんだろう。

【モニカ】
「美味いのか?」

【刀満】
「人それぞれだな、のどごしが良いからすっきりするぞ」

【モニカ】
「じゃあそれが良い」

【刀満】
「はいよ」

冷蔵庫からラムネを取り出し、コップに注ぐとしゅわしゅわと炭酸が小さくはじけていた。
炭酸の気泡が割れるたびに甘い香りが鼻を通り過ぎ、それだけでちょっとだけ爽快感のような錯覚を受ける。

【モニカ】
「フンフン……なんだか甘い香りがするな」

【刀満】
「飲んでみ、甘いから」

【モニカ】
「では、一口」

コップを傾けてラムネを口の中へ。

……ぁ、しまった。 モニカは炭酸なんか知ってるはずないよな。

【モニカ】
「んむぅ! けほ、けほ……なっ……」

【刀満】
「口の中がちょっと痛いだろ?」

【モニカ】
「な、何だこの不意打ちは……舌が痺れているぞ」

【刀満】
「そういう飲み物なんだよ、スッキリするだろ?」

【モニカ】
「まぁ、確かにスッキリはするが。 何故飲み物を飲むだけで苦痛を味わなければならんのだ」

【刀満】
「慣れるとそれが快感になるんだよ、夏のあっつい夜にそれ飲むと生き返るんだぞ」

【モニカ】
「そう、なのか……むぅ、これにも慣れる必要がありそうだな」

さっきは不意打ちだったのであれだったが、今度はわかっているのでさほど驚きはしなかった。
それでもやはりまだ慣れないのか少し飲んでは止め、少し飲んでは止めを繰り返している。

【モニカ】
「……確かに、飲む前に比べると多少眼が冴えた気がするな」

【刀満】
「だろ、一種の気つけ剤だよ。 眠くても嫌でも眼が冴える」

まぁ、一時的ではあるがな。

【モニカ】
「適度に甘いから疲れも取れる、なるほどな、なかなか利に適った飲み物だ。
私の国ではこういった不意を付く飲み物はまずないからな」

【刀満】
「モニカの国だとこういった時は何飲むんだ?」

【モニカ】
「ぶどう酒、といったところだろう」

【刀満】
「ぶどう酒て、モニカ酒飲めるの?」

【モニカ】
「あまり飲めん……すぐに頭が痛くなって眠くなってしまうからな」

この見た目で酒豪って云われる方が驚きだよ、見た目どおりで一安心だ。

【刀満】
「……って、お前未成年だろ」

【モニカ】
「人を見かけだけで判断するな、成人の儀なら当の前にちゃんと終えておるわ」

【刀満】
「嘘だろ? え、モニカって俺より年上なの?」

【モニカ】
「厳密に云うとどうなるだろう、この国と私の国では時間の数え方が多少違うからな。
この国の数え方でいうと……18歳というところだな」

【刀満】
「なんだ、同い年か……未成年じゃねえかよ!」

同い年というのも正直信じられないのだが、まぁ多少の誤差があると考えておこう。
だけど18だとしたら、この国ではまだりっぱな未成年じゃないか。

【モニカ】
「何わけのわからんことを云っているのだ、成人の儀は16で終えるだろうが。
16歳を迎えた夜は、皆揃ってぶどう酒を飲むのが常識だろう?」

【刀満】
「この国だと成人は20からなんだよ。
16でおおっぴらに酒飲んだらお巡りさんにしょっ引かれるぞ」

【モニカ】
「20とは随分と遅いのだな、一般的な女性ならほとんどが結婚する年齢だぞ」

20で結婚というのもまた早いな……
日本でも昔は相当早かったみたいだけど、今じゃ20で結婚なんて不安で出来るもんじゃない。

【モニカ】
「ま、刀満が一応は同年代だということがわかっただけでも良しとしよう。
てっきり私よりも幼いと思っていたのだが」

【刀満】
「どこをどう見たら俺の方が幼いんだよ……」

中学のジャージ着てお姉さん面されたんじゃたまったもんじゃない。
しかもそのジャージ、似合いすぎてる……

胸に『安倍』と書かれてはいるものの、全く違和感のかけらもないな。
まるで林間学校か合宿だよこれは。

ゴフ!

【刀満】
「いぐ!」

【モニカ】
「顔に何が云いたいか出ているぞ」

うぅ、だからって問答無用で抜き手は無いと思う……
どうして俺の周りにいる女の子は皆手が早いんだ。

千夜にしろ、モニカにしろ、カリスにいたっては殺そうとしやがったからな。

【モニカ】
「ふぁ、ぁあ……力を使ったせいか、なんだか瞼が重いな……」

【刀満】
「だったら早く寝ちまえ、明日は朝から早いぞ」

【モニカ】
「ほぅ、早朝訓練でも行うのか? それともランニングか?」

【刀満】
「また千夜の家に行くぞ、呼び出し食らったからな」

【モニカ】
「なんだ、私も呼ばれているのか?」

【刀満】
「いや、呼ばれてない。 けど一緒に来い」

人手は多ければ多いほど良いんだ、俺一人じゃ何させられるかわかったもんじゃない。

【モニカ】
「随分と理不尽だな」

【刀満】
「帰りにリンゴ買ってやるから、な?」

【モニカ】
「物で騎士をつろうとは、大した根性だな。
本来なら切り捨ててやるところだが……エバを貰えるというのなら話は別だ」

コップに残っていたラムネを一気にあおる。
のどを襲う炭酸の刺激に僅かに瞳を潤ませながらも、注がれたラムネは全部飲み干した。

【モニカ】
「何をしている、今日はもう寝てしまうぞ」

ぐいぐいと腕を引っ張って俺を二回へ連れて行こうとする。
モニカは眠いのかもしれないけど、俺はまだ眠くないんだぞ?

【刀満】
「俺はまだ良いよ、もう少しテレビでも見てだな」

【モニカ】
「くだらんことをしている暇があるならさっさと寝てしまえ、エネルギーの無駄遣いだ」

テレビの電源を主電源から切られ、居間の電気も消されてしまった。
電化製品なんて見たこともなかったくせに、もう使い慣れやがったな……

【モニカ】
「ほら、さっさと部屋に戻って寝る。 明日は忙しくなるぞ」

忙しくなるのに随分と声は嬉しそうだな。
だけど、リンゴ一つでそこまでやる気になってくれるとなるとは……

厳格な騎士のくせに、ずいぶんと煩悩には正直みたいだな。

……

【刀満】
「はぁ……一週間に一回しかない絶対に赤い日なのに。
なのになんでこんな朝から俺は起きてるんだろう……罰があたるぞ」

【モニカ】
「私も起きているではないか。 呼び出した千夜だって起きているだろう?」

【刀満】
「あいつの家のことだからあいつが早起きしようが知ったこっちゃねえ。
なんで部外者である俺まで一緒に早起きせにゃいけんのだ?」

【モニカ】
「それは千夜に呼び出されたからだろ。 嫌なら断れば良かったじゃないか」

それが出来れば今になってぐちぐちと文句云わないよ……
俺と千夜の力関係はいつになったら対等になるんだろうねぇ。

……朝起きれない時点で対等になるはずないな。

【刀満】
「まずはそこからかよ……自信ないなぁ……」

【モニカ】
「何一人で自己完結しておるのだ?」

【刀満】
「朝どうやったら千夜に起こされずに起きれるかを考え……て……あ。
モニカ、お前確か朝は早かったよな?」

【モニカ】
「今のところ刀満よりは早く起きてはいるな」

【刀満】
「じゃあさ、これからモニカが起きたら俺も起こしてくれないかな?
俺があいつの手を煩わせずに起きれれば、あいつもわざわざ俺の家に寄る必要もなくなるし」

【モニカ】
「代わりに私の手を煩わせようということか。
だが私が起きてそのまま刀満を起こすことになると、必然的に早起きになるぞ?」

【刀満】
「ちなみに、今日は何時に起きたんだ? 俺は九時にあいつからの確認メールで起こされたけど」

【モニカ】
「確か……五時半、といったところじゃなかっただろうか」

はや! 無理無理無理! 毎日そんな早くに起きるなんて無駄なこと出来るかよ!

【刀満】
「もっと遅くて良いんだけど……八時くらいで十分間に合うからさ」

【モニカ】
「注文の多いやつだな、もういい歳なんだから人に頼らず自分で起きんか」

ぐぅ、そんな真正面から正論で云われたら立場ないんですよ……
仕方ない、これからも千夜に頼るしかなさそうだな……

……自力で起きるなんて発想はもとからありませんので。

……

【千夜】
「よぉっす、よく来たね。 今日はお参り? それともおみくじ?」

【刀満】
「ぜぇ、はぁ……破魔矢よこせ、撃ってやる!」

人が苦労して石階段を登ってやってきたというのに、そんな小ボケに付き合う余裕はないんだ。

【千夜】
「冗談よ、じょーだん。 でも、モニカも来てくれたのは嬉しい誤算だったわ」

【モニカ】
「私が、か?」

【千夜】
「えぇ、でないと私と刀満二人だけで全部掃除する破目になったからね」

【刀満】
「……ちょい待ち、今二人って云ったのか? 親父さんとお袋さんはどうした?」

【千夜】
「二人してしばらく旅行だって、なんでも今日結婚記念日らしくてさ。
なんか昨日の夜から計画してて、朝になったら書置きがあった」

そんなこの日を狙った冗談みたいなことが起きるのかよ。

【千夜】
「さて、無駄話をしてる暇は無いよ。 本殿・幣殿・拝殿全部掃除しないといけないからね。
ついでに蔵の中の物を虫干ししないといけないし、やることは山積みだ」

【刀満】
「それ全部をたったの3人でやるのかよ……普段来てくれる手伝いの人はどうした?」

【千夜】
「生憎都合付かず、残念だったね」

はは……気が遠くなるのを通り越して、どこかへ逝ってしまいそうだ。

【刀満】
「昼飯だけじゃわりあわねぇ……」

【千夜】
「なに、夕ご飯も付けろって云うの?」

昼夕食わせてもらっても全くつりあってないと思うんだけどな……

【モニカ】
「私だけ話についていけていないのだが。
とりあえず掃除をする、ということで良いのか?」

【千夜】
「まね、モニカにもちゃんとご飯作ってあげるから、お願い」

【モニカ】
「良いのではないか? どうせ刀満と家にいてもぐうたらするだけだし、な?」

【刀満】
「日曜にぐうたらして何が悪い、日曜は身体を休める日なんだぞ」

【千夜】
「日曜に限らず、刀満は学校でもぐうたらしてるでしょ。
たまには汗水流して働きなさいな」

【モニカ】
「そういうことだな、で、何からすれば良いんだ?」

【千夜】
「物分りがよくて助かるよ、ほら刀満も観念して手伝いなさい」

わからん、どうしてモニカのやつこの広さを見てもそんな平常心でいられるのだろうか。
俺は三人しかいないと聞いて早くも逃げ出したい気分だよ……

……

【千夜】
「あっと、刀満そっち持ってくれる」

【刀満】
「はいよ」

【千夜】
「せーので持ち上げてよ、いくよ、せーの!」

千夜の掛け声にあわせて力を込める。
男二人で持ち上げるのも苦労する棚を、千夜と一緒に持ち上げるのは想像以上に辛い。

【刀満】
「ぐぐぐ……」

【千夜】
「落とさないでよ、そのまま真っ直ぐ後ろに下がって」

一寸でも気を抜いたら確実に落としてしまいそうだ。
こんな重いのが脚の上に落ちたら骨折は確実だな……

【千夜】
「良いよ、そこで下ろして」

【刀満】
「はぁ、はぁ……いつやってもしんどいな」

【千夜】
「男のくせに弱音を吐くな、ほら、次のやついくよ」

あいつロボットか何かか? 何でこの重い棚を平然とした顔で持ち上げられるんだ?
絶対に重いのは間違いない、それを顔に出さないなんてことが本当に可能なのだろうか?

……まぁ、実際顔に出してないわけだからなぁ。

【刀満】
「……考えたって無駄か」

どうせ考えたって俺にわかるわきゃないんだ、止めよ止めよ。

【千夜】
「よし、これを動かしたらとりあえず後は掃き掃除拭き掃除だけかな。
ここの掃除が終わったらお昼作ってあげるから、最後の力を振り絞りなさい」

【刀満】
「振り絞ったらその後動けなくなると思うけど……」

【千夜】
「屁理屈云ってないでさっさとそっち持つ、せーの!」

おぉぅ、これはまたさっきよりも重いじゃないか……
こいつは余力を残すなんて悠長なこと云ってられなそうだな。

【刀満】
「ぬぉお……」

【千夜】
「……はい、ご苦労様。
重たいのは全部終わったから、後はぱぱっと出来そうね」

【モニカ】
「千夜、むこうの拭き掃除が終わったのだが、次は何をすれば良い?」

【千夜】
「お疲れ様、午前中はこれくらいにして続きはお昼食べてからにしよっか。
で、やけに疲れてる刀満は何食べたい?」

【刀満】
「胸焼けがするくらいに重いやつ……」

【千夜】
「女の子が二人もいるのに面倒な注文するのね。
まあなんか考えてみましょう、モニカは何かリクエストある?」

【モニカ】
「特にない、千夜が作りやすいものを作ってくれて結構だ」

【千夜】
「まとめると最高に重くて私が作り易いやつってことか。
冷蔵庫と相談してくるから、しばらく休憩しててね」

【刀満】
「はぁぁ、これでまだ四分の一くらいしか終わってないのかよ……」

【モニカ】
「随分と疲れているようだな」

【刀満】
「力仕事しか回ってこないからな、たまには俺にも掃き掃除とかさせろっての……」

本殿入口の縁に腰を下ろす、腹が立つほど絶好の掃除日和になった空が憎らしい。

【モニカ】
「普段から鍛えていないからこそだろう?
やはり常日頃からの鍛練を怠っては、こういったときに損をするのだぞ」

【刀満】
「普通に生活してりゃこんな大掃除余程滅多なことがなきゃめぐりあわねえよ」

座ってるだけじゃ身体も落ち着かず、本殿に向かってダラーっと体を投げ出した。
ひんやりした木の感触が暑く火照った身体には心地良い。

【モニカ】
「神仏の前でだらしないぞ」

【刀満】
「わぷっ、ハタキで顔はたくなよ」

【モニカ】
「だったらせめて身体を起こせ、なんなら私が背中合わせで支えてやろうか?」

【刀満】
「いいよべつに、俺だって男だからそれなりに重いしな。
だけどお前のその格好……」

【モニカ】
「どこか変か? 千夜に貸してもらったのだが」

頭には白い三角巾、服が汚れないようにと借りたエプロン、それにオプションのハタキ。
どこも変じゃない、至って普通の格好だ。

それにしてもなんか妙な違和感があるような……
あ、そっかなるほど、違和感があるんじゃなくて、なさすぎるから違和感があるように思えるのか。

つまるところ、恐ろしく似合ってるってことだ。

【刀満】
「いかにも子供の初めてのお手伝い、って感じだな」

【モニカ】
「むか」

ふみ!

【刀満】
「うぎぃい!」

【モニカ】
「な・ん・ど・い・え・ば・わかるんだ!
私は子供ではなく、お・ま・え・と・同い年だ!!」

ぎゅむうぅ!

ぐりぐり!

【刀満】
「わ、悪かったから、踏むな! そこ痛いから踏むな!」

【モニカ】
「口は災いの元だ、覚えておけよ」

【刀満】
「肝に銘じます……」

【モニカ】
「話は変わるが……昨日のカリスの行動、刀満はどう思う?」

【刀満】
「昨日……あいつ昨日何かしたか? 出会っただけだろ」

【モニカ】
「そこが妙なんだ、小さくなった私相手ならカリスは有利に戦えるはず。
奥の手を使ったとしても長時間の持続は今のところ不可能、最後に有利になるのは結局やつだ。
それだというのに、あいつが引いた理由がわからん」

【刀満】
「そんなのあいつの気まぐれじゃないのか?」

【モニカ】
「気まぐれだけでチャンスを潰すと思うか?
奴等にとって一番目障りなのは私だ、その私を潰すチャンスをわざわざ捨てる必要があったのだろうか」

【刀満】
「どうだろうな、そんなの俺に聞かれたってモニカが考えたって
カリスじゃないんだから納得する答えなんか出てこないだろ」

【モニカ】
「それは、確かにそうなのだが……
例えどんなことであっても、気にしはしておいた方が後で後悔せずにすむだろう」

【刀満】
「そんなものかねぇ……」

【モニカ】
「そんなものなんだよ、死がいつでも身近にある私にとってはな……」

【刀満】
「……」

一体何がこの子をそんな生死の淵に立たせているのだろうか?
俺と同じ18歳、同じ18歳でもあまりにも置かれている立場が違いすぎる。

死が身近にあるものと、死が身近にありながらも遠い存在と。
これが、平和ボケというやつなのかもしれないな……

【モニカ】
「ん、どうした? 私にどこか気になるところでも?」

【刀満】
「いや、別に……」

【モニカ】
「しかし、千夜には感謝しなければならんな。
まだ出会って間もない私を何の疑いもせずに家に入れるとは、その点で云えば刀満も同じか」

【刀満】
「感謝ってどこがよ、まだまだ手伝わされるんだぞ」

【モニカ】
「だとしても、何もしないで一日が終わってしまうよりはずっと良い。
お前には突然平常が終わってしまうことがわからないから、仕方のないことかもしれんがな」

【刀満】
「モニカ、お前にとっての平常ってなんなんだ?」

【モニカ】
「剣を振るうこと……とでも云えば満足か?」

【刀満】
「なるほどね、云いたくないってことだな」

【モニカ】
「察しが良いな、察したのならこれ以上は聞いてくれるな」

【千夜】
「お待たせー、ご飯出来たよー」

都合良く響いた千夜の声に、二人とも相手には見せないものの安堵の表情をしていた。

……

【刀満】
「ぐうぅ、お腹痛い……」

【千夜】
「ただの食べすぎでしょ、男の子のくせに情けないぞ」

【刀満】
「お前が三人前も飯盛るからだろ……せめて二人前なら良かったのに」

【モニカ】
「男はそれくらい食べれるのが当然だろう、軟弱者が」

満腹に限りなく近く動くのも嫌になりそうな俺とは対照的に
千夜の昼食に満足したモニカは食後のお茶を美味しそうに飲んでいた。

【モニカ】
「体を動かせばそのぶん余分に入るだろう?」

【刀満】
「俺は元々胃の許容量がちっさいんだよ。
どっかの誰かさんたちみたいに大喰らいじゃないんだ……」

【千夜】
「ほほぅ、そのどっかの誰かさんっていうのは誰のことかしらね?」

【モニカ】
「ここにいるのは私たちだけ、となれば必然的に私と千夜、ということになるな」

【刀満】
「……そんな睨むなよ、俺が悪かったってば」

今の状態で抜き手やら踏みつけられたりしたら色々とまずいことになる。
ここは素直に謝って余分な争いをしない方が俺の身のためだ。

【千夜】
「後片付けしてくるから、終わるまでもうしばらく休憩してて。
特に刀満は休憩中にちゃんと消化して動けるようにしておくんだぞ」

無茶云うな、俺の胃は溶鉱炉じゃないんだ……

【モニカ】
「なあ刀満、この国の人は皆料理くらい出来て当たり前なのか?
刀満にしても千夜にしても、かなりの実力者なんじゃないか?」

【刀満】
「誰だって練習すればそれなりになるだろ。
それこそモニカが散々云ってる鍛練やらと同じことだ、俺だって最初から料理が出来たわけじゃないし」

【モニカ】
「だが料理は鍛練や修練だけで出来るものではない。
優れた味覚と、なによりセンスがない限りはいくらやっても上手くはならないだろ」

【刀満】
「……なに、もしかしてモニカは料理が出来ない、とか云うんじゃないだろうな?」

【モニカ】
「失礼なことを云うな、食事の仕度くらい私だって出来る。
だが、な……色々とあるんだよ」

【刀満】
「なら今度俺の家で飯作らせてやろうか?
モニカが料理出来るんなら俺の負担も減るしな」

【モニカ】
「……云っておくが、私の料理は刀満や千夜のように上手くはないぞ」

【刀満】
「とりあえず食えりゃ良いよ、それに料理できた方が何かと今後便利だろ」

昨日今日と連休だったから良いが、明日からは俺は学校に行かないといけない。
となった場合、モニカを家に残さなきゃいけなくなる。

さすがに俺が昼飯の準備までする余裕はないので
モニカには自分で昼食を作ってもらわないといけないしな。

【千夜】
「よーし、後片付け終わったよ。 張り切って午後の掃除を始めようか」

【刀満】
「まだ全然消化出来てないんだけど……」

【千夜】
「反芻でもすれば?」

人を牛扱いかよ……

……

午後は千夜の気まぐれかどうかはわからないが、午前に比べて仕事が随分と軽くなった。
俺とモニカが拭き掃除と掃き掃除、千夜は蔵の中の物の虫干しと力仕事はほとんどなくなっている。

【刀満】
「良いのかよ、まだ本殿も終わってないのに蔵の掃除始めちゃって?」

【千夜】
「良いの良いの、どうせ今日一日かかったって終わらないんだから。
今日は本殿と蔵の掃除だけで良いかなと思ってね」

【刀満】
「俺には願ったり叶ったりだけど、幣殿・拝殿はどうすんだよ?」

【千夜】
「来週に持ち越しだね、お父さんとお母さんに自分たちだけ楽されるのもしゃくだし」

おやおや、そういったことは結構根にもつんだな。

【モニカ】
「おい刀満、サボってないでちゃんと手伝え。
私の身長では届かないところも多々あるんだぞ」

【刀満】
「でかくなりゃ良いだろ、俺とほとんど身長変わらなくなれるんだから」

【モニカ】
「あのな、掃除程度で生命線である力を無駄に使えると思ってるのか?
私の力がその時に残ってなかったら、お前自身もお終いになるんだぞ」

ハタキで顎の下からぐりぐりと突き上げられた。
だからさ、文句があってもちょこちょこと手を出すなよ。

【刀満】
「わかったわかった、俺がやるからお前は拭き掃除してろよ」

【千夜】
「あらあら、随分と尻に敷かれてるわね」

はぁ、どうして俺の周りの女は皆おしとやかじゃないのかねぇ……

【モニカ】
「声に出てるぞ」

【刀満】
「嘘、あ、ごめんなさい……」

【モニカ】
「嘘だ、しかし、謝るということは随分と失礼なことを考えていたな」

【刀満】
「このやろぅ、おちょくりやがって……」

【千夜】
「喧嘩しないの、ちゃちゃっとやって早く終わらせるよ」

そうだな、いちいち気にしてたら疲れるだけだし。
女は皆姉さんと同じ性格だと思ってた方が疲れないし、対処も簡単だしな。

【千夜】
「刀満、悪いんだけど入り口の掃き掃除やってもらえるかな?」

【刀満】
「はいよ」

箒を持っていざ掃き掃除をしようとすると、石段を登ってくる一人の女性の姿が眼に移った。

こんな何もない休日の長閑な午後に参拝客か?
きっと余程暇なんだろうなぁ……

【女性】
「ふぅ、つきましたね」

薄紫色をした着物を着たその女性、年齢は俺たちよりも僅かに高い程度だろうか?
見た目とは違って随分と大人びた印象と、酷く完成された礼儀正しさを感じさせるその女性。

唯一つ、そんな女性にも不思議な点がある。
それは腰の下からちらりと見え隠れする、薄黄金色に輝くふさふさとした尻尾飾りの存在だった。






〜 N E X T 〜

〜 B A C K 〜

〜 T O P 〜