【The 20th nocturne】


カシャカシャカシャ……

夕食が終わり、今は使った食器の後片付け中。
泡まみれになった皿やコップを綺麗に水で洗い流し、食器入れの中にしばらく放置。

千夜がいるときは拭け拭けと煩いので食器を拭いているが
実際俺は自然乾燥派なので、千夜がいないときは必ずと云っていいほど食器を拭くことは無い。

【刀満】
「ふぅ、食器洗い終了っと。 モニカ風呂はすぐ入るか?」

【モニカ】
「いや、私はまだ結構だ」

【刀満】
「あそう、じゃあまた暇が出来たな」

実際一人のときは暇が出来たからといってなんとも思わなかったものの
そこに一人でも増えてしまうと急に暇であることが変な感じに思えてしまう。

一人ならぼうっとしていても誰も文句も云わないが、二人いるとなるとそこには異なる雰囲気が流れてしまう。

【刀満】
「……」

【モニカ】
「……」

うぅむ、どうもこういった沈黙は好きじゃない。

慣れ親しんだ千夜と一緒でも意味の無い沈黙はお互い良しとしないため
常にどちらかが取り留めの無い話題を振ることが定番となっている。

だけど、どうやらモニカは沈黙の類が気にならない性分のようで
居心地の悪い俺とは対照的に、壁に背を預けて眠っているかのように静かに眼を閉じていた。

話しかけるな、という意思表示と見て良いのだろうか?

【刀満】
「……」

……駄目だ、モニカは耐えられても俺が耐えなれない。

元々会話が好きな俺に沈黙など耐えられるわけないか。
モニカが話しに付き合ってくれないなら、部屋に戻って適当に本でも読もう。

【刀満】
「よっと……」

【モニカ】
「もう就寝か?」

【刀満】
「まさか、なんかモニカ寝そうだったから邪魔しちゃ悪いと思ってさ。
部屋で本でも読もうかなって」

【モニカ】
「別に寝ようとしていたわけじゃないさ。
少しでも力を蓄積しておこうと思って、精神統一みたいなものだよ」

【刀満】
「じゃあ尚更邪魔しちゃ悪いだろ、部屋にいるから用があったら呼んでくれ」

【モニカ】
「あぁ」

昼間は退屈だ退屈だと連呼していた人物と同じ人物とはとても思えないようなこの変わりよう。
やっぱり見た目と同じで頭の中も子供っぽくなったってことか?

すこん!

【刀満】
「あたっ!」

【モニカ】
「失礼なこと考えてる暇があったら部屋で学問にでも励め」

あんたエスパーか……?

……

PrrrrrrrPrrrrrrr……

【刀満】
「なんだよ今良いとこなのに……」

折角これから名探偵の名推理が始まるってところなのに。
こんな一番良い状況に空気を読まずに電話してくるド阿呆は一体どこのどいつだ?

【刀満】
「もしもし?」

【千夜】
「お、まだ起きてるね、さすが不良少年」

【刀満】
「忙しいから切るぞ、じゃ」

ブツっ!

やれやれ、これでようやく名探偵の名推理を……

Prrrrrrr!Prrrrrrr!……

……なんだろう、なんだか着信音が微妙に怒っているように感じられるのは気のせいだろうか?

【刀満】
「……もしもし?」

【千夜】
「勝手にきんな! まだ用件何も云ってないじゃないか!」

【刀満】
「忙しいって云っただろ、無駄に怒るだけならまた切るぞ」

【千夜】
「相変わらず人の電話には無頓着で自分勝手だね……
切られても困るから一言で云うわよ、明日大掃除あるから私の家に来い、以上、そんじゃね」

ブツ……

【刀満】
「……何を?」

なんか随分と面倒なことを云われた気がするな。
大掃除があるから家に来い、って云ってた気が……

しかも返答聞かずに電話を切るとは、完全に俺の意思無視なんだな。

PrrrrrrrPrrrrrrr……

【千夜】
「なーによ、今忙しいんでしょ? だったら電話なんかしてる暇無いんじゃないの?」

【刀満】
「ちょっと確認を……お前さっきなんて云った? もう一回云ってくれる?」

【千夜】
「だから、明日私の家大掃除するから刀満も来て手伝いなさいってこと。
早口だったから聞き取れなかった? それは失礼したわね」

【刀満】
「やっぱりそう云ったんだ……で、俺の意思は無視なの?」

【千夜】
「刀満の意思? 最近のあんたにそんなものあると思ってんの?
一人でモニカの着替えできなくて呼びつけたくせに、しかも下着と服まで持ってこさせたくせに」

ぐぅ、た、確かに昨日は千夜に色々と迷惑かけたことは事実だ。
これでチャラにするといわれて俺に文句は云えないのだけど……だけどね。

【刀満】
「お前の家の大掃除って、確かえらい大変だった記憶があるんだが……」

以前一回だけ手伝ったことがある、丸一日かかって俺の休日が見事に消化された苦い記憶がよみがえる……

【千夜】
「だからこそ呼ぶんでしょ? あったま悪いなぁ。
うちの家族だけで足りるんならわざわざ刀満を呼んだりしないって」

【刀満】
「……だったらせめて飯ぐらいおごってくれよ」

【千夜】
「まあそれくらいは恵んでやるか、お昼ご飯と晩ご飯食べさせてあげるからしっかり働くんだぞ。
何やってんのか知らないけど忙しいんでしょ、じゃね」

【刀満】
「……はぁ」

やれやれ、折角の休日が重労働に早変わりか。
今日みたいにモニカに退屈だ退屈だと云われるよりはマシ……なのかなぁ?

コンコン

【モニカ】
「刀満、少し良いか?」

【刀満】
「どうした、そろそろ風呂に入りたくなったか?」

【モニカ】
「そうではない、もう時間も良い具合、外出してくるからそのことを伝えに来ただけだ」

【刀満】
「こんな時間に外出? ……あぁ、昨日云ってた見回りがどうのこうのってやつか」

【モニカ】
「そうだ、一応ここに置いてもらっている身だ。 出て行くことぐらい伝えておこうと思ってな」

【刀満】
「律儀だねぇ、じゃあちょっと下で待っててくれ?」

【モニカ】
「? あぁ」

……

【刀満】
「待たせたな、準備出来たぞ」

【モニカ】
「は? 何の準備が出来たというのだ?」

【刀満】
「外出するんだろ、だから外に行く準備だよ。
さっさと終わらせて風呂は云って寝ちまおうぜ」

【モニカ】
「ちょ、ちょっと待て! まさかとは思うが、お前が外出する準備をしていた、なんて云うんじゃないだろうな?」

【刀満】
「そうだけど、それがどうかしたか?」

【モニカ】
「お前は阿呆か! ただ外にでるだけじゃない、私はカリス等を探しに行くんだ!
もしそこにお前を連れて行ったらどうなるか、考えれば容易にわかることだろ!」

【刀満】
「そんな怒るなよ、俺がついて行ったらどうなるって?」

【モニカ】
「……その先を私に云わせようというのか?」

モニカの眼が俺を射抜くような真剣なものへと変わっていた。
その瞳は背筋に寒気を覚えるようなきついものだったが、あえてそれには気付かないフリをしながら視線を外す。

【刀満】
「まあ、またカリスに出会ったらそりゃ大事になるだろうね。
俺はモニカみたいに体術に優れるわけでもない平凡な人間だからな」

【モニカ】
「だったら、私になどついてくるな。
ここで大人しく私が戻ってくるのを待っていろ」

【刀満】
「とは云われてもね……考えてみ?
もしモニカが出ている間に、カリスが家に来たとしたらどうなる?」

【モニカ】
「……なるほど、そういえば私が納得するとでも思ったか?」

【刀満】
「可能性がゼロでない以上、より生存率の高い方を選ぶのが賢い選択だと俺は思うけどね」

【モニカ】
「……」

【刀満】
「……」

二人の間に流れる沈黙、モニカは俺の出方をうかがっている。
ここで俺が先に動けばたぶんモニカに云い包められてしまう、ここは我慢だ。

【モニカ】
「……」

【刀満】
「……」

【モニカ】
「……はぁ、いつまでだんまりを決め込むつもりだ。
確かにお前が云っていることは正論だ、私が出ている間にここにやつらが来ないとは限らない。
ならば私の眼が届くところにいる方が安全、まったく、変なところで頭の回転が速いというのはどうにも好きになれないな」

【刀満】
「そりゃ、俺だってまだ死にたくないんでな」

【モニカ】
「仕方が無い……全く納得などしていないが、刀満もついてこい。
ただし、やつらに遭遇した場合、最悪の事態もあるということをわかった上での選択にしてもらいたい、どうする?」

【刀満】
「ここまで云い争って行かないは無いだろ?」

【モニカ】
「はぁ、やれやれ……」

……

街の明かりが煌々と煌き、背広姿のサラリーマンや休日を楽しむ若い女の子などが交差路を行き交っている。

あまり夜は外出しないタイプなので、こうやって夜に外にでると
まだ慣れていない疎外感のようなものを感じずにはいられない。

暗がりの中に煌く街灯、もう夜だというのにまだまだ遊び足らない人たちの声。
やっぱり俺にはそこまで好きにはなれないな……

【モニカ】
「あんな事件があったばかりだというのに、この街の住人はまるで他人事のようだな」

【刀満】
「皆自分には当てはまらないって思ってるんだろうさ」

実際俺だってあんなことに巻き込まれるとは思ってもいなかったわけだし。

【モニカ】
「危機意識が低すぎる、と云うよりも欠如していると云った方が良いか。
こんな時間になってもいまだに減りもしない人の数、刀満はこの現状をどう思う?」

【刀満】
「どうって云われてもな、こっちの世界じゃこれがごくごく自然、普通のことだから。
事件現場には近づかなくても、一歩離れたらどこもこんなもんさ」

【モニカ】
「なるほど……誰も彼も、他人にも世間にも無関心、ということか」

【刀満】
「それだけ自分のことで精一杯ってことだろ。
人の心配をしている余裕なんかないんだろうさ」

【モニカ】
「皆、病んでいるのだな……」

病んでいる、その表現は確かにもっとも相応しい言葉かもしれないな。

【刀満】
「で、こんなところに本当にカリスがいるって云うのか?
だとしたらこれだけの人の中から見つけるのは色々と面倒だぞ」

【モニカ】
「いや、やつらがこの中に紛れることは考え辛い。
仮にもあいつは夜魔だ、好き好んで明るいところばかりを狙うことはまずないだろう」

【刀満】
「じゃあ何でこんなところに来たんだよ?」

【モニカ】
「さっき刀満自身も云っていただろう、可能性はゼロではない。
はなから選択肢を切って、そこに現れたではシャレにならないからな」

【刀満】
「へぇ、ちゃんと考えてるんだな」

【モニカ】
「莫迦にするな、騎士である私が考えもなしに動くわけないだろう。
私の判断ミスで傷付くのは私だけではないんだ、判断は常に冷静で、それでいて常に自信を持たねばならん」

【刀満】
「ごもっともな意見だな、でもここにはいないんだろ?」

【モニカ】
「あぁ、奴等の気配を探ったが、ここには一切感じられん。
こんな大通りではなく、もう少し人の少ないところを探した方が良いだろうな」

……

大通りを一歩抜けると、人の賑やかな声は聞こえるものの人の気配は一気に少なくなってしまう。
視界に入る人影はちらほらといる程度、街灯の数も明らかに少なくなってなんだか別世界につながっているようだ。

【モニカ】
「奴等がいるとしたらたぶんこんなところ、なるべく人が少なくてなるべく静かで。
そしてなるべく暗いからこそ力を発揮するの」

【刀満】
「……それってカリスには良いことずくめってことだろ?
そんな敵の土俵で見つかって大丈夫なのかよ?」

【モニカ】
「もとより私有利の場所で出来るなど考えてはいない。
敵陣の地でも戦って勝つ、騎士に求められるのはそれだけだ」

【刀満】
「……前から一度聞こうと思ってたんだけど、良い?」

【モニカ】
「何かを聞いていないのに良いも悪いも云えるわけないだろ。
大概のことは答えられるが、何が聞きたいんだ?」

【刀満】
「モニカがよく云ってる騎士ってことについてなんだけどさ」

【モニカ】
「そのことについては前に話したはずだが?
なんだ、まだ私が騎士であるというのが信じられないとでも云いたいのか?」

【刀満】
「いやね、騎士だ騎士じゃないはもういいんだけどさ。
騎士って云うからには何かしらの剣みたいなものを持ってるのが普通じゃないのか?」

まさか丸腰で騎士ってのはないだろ。
ゲームや映画なんかでしか見たことはないが、騎士といえば必ず剣を持っているのが通例だ。

それなのにモニカはどこをどう見てもそういった剣の類を持っている様子はない。
それで騎士だって云われても、いまいち説得力がない。

【モニカ】
「なんだそんなことか、剣の有る無しで騎士かどうかを判断されても困るのだがな」

【刀満】
「……すまん」

【モニカ】
「何も謝るようなことじゃない、確かに騎士といえば剣、これはもう決まりきった先入観かもしれないな」

【刀満】
「それで結局のところ、モニカって剣の類は持ってるのか?」

【モニカ】
「勿論、体術はいざというときの最後の抵抗程度のもの、私の戦法は主に剣術なんだから」

【刀満】
「するとその剣は今どこに?」

【モニカ】
「手元にはない、ただ、いつでも取り出そうと思えば取り出せるところにはある。
細かい説明を聞いてもたぶん理解するのに時間がかかるから、その時になったら……」

【声】
「あはは、またお会いしましたね♪」

【モニカ】
「!」

【刀満】
「っ!」

不意に後ろから聞こえてきた今の時間には相応しくない能天気で明るい声。
昨日の今日で忘れるはずもない頭に残るこの声の正体は……間違うはずもない、カリスのものだ。

【カリス】
「♪」

【モニカ】
「カリス!」

【カリス】
「あら、私を探していたはずなのに、いざ出会ったらえらい驚きなんですね。 
それとも、まさかこんなに早く再会するとは思っていなかったですか?」

【モニカ】
「無駄口など、叩いている余裕があるのか?」

【カリス】
「それは勿論、ですよね、刀満さん」

【刀満】
「……」

カリスは昨日と同じように笑みを崩さず、すでに臨戦態勢をとっているモニカとはうってかわって
モニカよりも俺の方に興味があるようだ。

【カリス】
「まさか、刀満さんから出向いてくれるとは思っていませんでした。
でも、彼女と行動を共にしていると色々と大変ですよ? 死の危険とか」

【刀満】
「承知の上さ……」

【カリス】
「あらら、出会ってまだ一日しか経過していないのにもう彼女の危険を察知するなんて。
鋭い観察眼ですね、でも年中殺気を振りまいてれば嫌でも気付きますかね?」

俺に話しかけながらも、ちょいちょいモニカを貶して揺さぶりをかけている。

【モニカ】
「……はっ!」

【カリス】
「あ、っと……不意打ちなんて、随分ですね」

【モニカ】
「戦地で無駄話などしている暇があると思うか?
これは不意打ちではない、貴様の危機予測不足だ」

【カリス】
「もっともな意見ですね、さすがは騎士であるといったところでしょうか?
でも、今の貴方では本気を出しても私と互角にいけるかどうかってところじゃないんですか?」

【モニカ】
「……だったら、なんだ?」

【カリス】
「なんだ、というわけではありませんが、その身体随分と制約を受けてしまったようですね。
本来なら私よりも大きいはずの身長も、今では私以下にまでなってしまっていますね」

【モニカ】
「身長 = 強さだと思っているのなら大間違いだぞ」

【カリス】
「いえいえ、毛頭そんなことは思っていませんよ。
ただ、小さくなって可愛らしくなりましたね、普段からその方が殿方も寄ってくると思いますよ?」

【モニカ】
「騎士に男など不要。 それと、貶したいことはそれだけか?」

【カリス】
「出来ることならもう少し刀満さんとお話をしたいんですが、許してくれそうもありませんね。
今日の出会いは私にとっても偶然、私が戦う意思はありませんよ。
すぐに退散しますから、仲良く無駄足になる見回りを続けてくださいな」

昨日と同じく、軽く飛んでいるとしか思えない一足飛びで軽がる塀の上へと降り立った。

【カリス】
「でも、私自身に意思がなくとも、彼等がどうするかはわからないですけどね♪」

足場の悪い塀の上で気にすることもなく軽くターンを決め、指を一回だけパチンと鳴らした。

【男1】
「……」

【男2】
「……」

【モニカ】
「なっ、こいつらは……!」

【カリス】
「それではごきげんよう、またお会いしましょうね刀満さん♪」

チュッと俺に向かって投げキッスをとばし、昨日と同じように夜の帳へと溶け込んでいった。

【モニカ】
「刀満、気を付けろ! 私の後に来い。
おのれカリスのやつ、厄介なやつを生み出してくれた……」

【刀満】
「なんなんだ、この人たちは?」

【モニカ】
「詳しいことは後で話す、少なくとも私たちに牙を剥く者であるということだけ覚えておけ」

【男3】
「……」

【女1】
「……」

モニカに召集され男性や女性、どれもこれも普通の人間に見えるがどこかがおかしい。
一切声など発せず、動きが何だか不規則でぎこちなかった。

【モニカ】
「1、2……4人か、これならば刀満を守りながらでもいける。
刀満、お前確か足は速かったな?」

【刀満】
「それなりにはな」

【モニカ】
「私がやつらを蹴散らす間、とにかく逃げ回ってくれ。
奴等の動きはそう早くない、ちゃんと動きを見ていればつかまることはない」

【刀満】
「モニカ一人で大丈夫なのかよ?」

【モニカ】
「私を誰だと思っている、あんなやつらに遅れをとるような弱い人間ではない。
ぐずぐずしている暇はない、いくぞ!」

モニカは声を発しない人間たちとの距離を一気に詰め
勢いの乗った身体から繰り出す肘打ちで男の一人を吹き飛ばした。

【男1】
「……」

【モニカ】
「手応えなしか、やはり奴等に……っ!」

【女1】
「……」

【モニカ】
「やっ!」

素早く体勢を屈め、飛び掛る女の足を払う。
女が倒れたのを確認し、一度集団から距離をとってでかたを伺っている。

大人4人を相手にしながら、あの小さい身体で余裕綽々といった感じのあの動き。
やはりモニカはその辺にいるような普通の女の子とはかってが違うようだ。

【モニカ】
「体術だけで仕留められるかどうか……最悪、開放せねばならんかもしれんな」

再び間合いを詰め、今度は流れるような動きで腕と脚を振り回して4人全員をなぎ倒した。
普通の人間ならあれだけで十分動けなくなるところだが、彼等は普通の人間ではない……

何事もなかったようにむくりと起き上がり、再びモニカへと標準を合わせた。

【モニカ】
「刀満、まだ生きているだろうな!」

【刀満】
「失礼なこと云うな!」

【モニカ】
「まだとうぶんかかりそうだ、体力はまだもつだろうな?」

【刀満】
「もたなきゃ死ぬってんなら、もたせなきゃ駄目だろ!」

【モニカ】
「そういうことだ、っ!」

【刀満】
「モニカ!」

俺に気を取られていたのか、男の一人がモニカを羽交い締めにしてしまう。
華奢なモニカの身体は軽々と持ち上げられてしまう、が、そんなことで参るようなモニカではない。

【モニカ】
「ふっ! あまい!」

肘打ちを男の胸部に叩き込み、羽交い締めから逃れると腕を取って軽々と捻りあげる。
大の大人がいとも簡単に宙を舞って地べたへと組み伏せられる。

【モニカ】
「はあぁっ!」

【刀満】
「!」

組み伏せられた男の咽元へと、躊躇することなく拳が振り下ろされた。
咽を潰されたであろう男はビクビクと小さな痙攣を二度三度繰り返し、ぐったりと動かなくなってしまった。

【男1】
「……」

【モニカ】
「……くそ、これだけやってもまだ消えないか」

【男2】
「……」

たとえ一人が動かなくなったとしても、残りの三人にそんなことはお構いなし
モニカに襲い掛かることを止めようとはしない。

【刀満】
「あいつ、本当に大丈夫なのかよ……」

一人減ったとはいえ、あの異常なまでのタフさだ。
マラソンマッチになったらまずモニカに勝ち目はないのではないだろうか?

【モニカ】
「足を止めるな!」

【刀満】
「は、はい!」

【モニカ】
「私の心配よりも、自分の身を一番に考えろ!」

【女1】
「……」

女の腹部に鋭く蹴りを打ち込むと、女はその場に崩れるようにして倒れてしまった。
これで後二人、このぶんなら何とかモニカが……っ!

【刀満】
「っ!」

ガバ!

一切の気配を感じさせず、俺の後ろに男が立っていた。
どうやらこの男もあいつらと同じく、普通ではない人間のようだ。

【刀満】
「く、くそ!」

【男4】
「……」

羽交い締めにされた腕を振りほどこうとするが、どう考えても常人の力ではない。
暴れてみるものの、男の拘束が解くことがどうやっても出来ずにいた。

【モニカ】
「刀満! 頭を下げろ!」

【刀満】
「っ!」

【モニカ】
「つあぁ!!」

ボゴ!

俺が頭を下げたことで露になった男の顔に向かってモニカが膝を打ち込んだ。
どうやっても剥がれなかった男の拘束が解け、慌てて男から距離をとる。

【モニカ】
「一旦引くぞ!」

モニカに腕をつかまれ、脱兎のごとく走り出した。
つんのめりながらも転んでしまわないように体勢を保つのがやっとのこと。

それでもモニカは構わず俺の腕をつかんだまま走ることを止めてはくれなかった。

【モニカ】
「まだいたとはな……刀満、大丈夫か?」

【刀満】
「なんとかな、だけどなんなんだあいつら。 人間にしちゃ信じられない力だったぞ」

【モニカ】
「人に見えて人に非ず、ということだ。
しかし、このままではどうやら私の勝ち目はないみたいだな」

【刀満】
「それは、本気で云ってるのか……?」

【モニカ】
「嘘をついてどうなる、奴等に体術は一時的な足止め程度にしかならんようだ。
たぶん途中で倒した二人も、今頃何事もなかったように動いているだろうな」

【刀満】
「じゃあ、俺たちはもう逃げ回るしかないってことか……」

まさかこんなに早く最悪の状況に陥るとは思っていなかった。
カリスを討つと散々云っていたモニカでも、もはや勝ち目がないとはな……

【モニカ】
「何を悲観めいた顔をしている、私の話を聞いていなかったのか?」

【刀満】
「え……?」

【モニカ】
「このままでは、と云っただろ。 私だってむざむざやられるつもりはない。
このままやって勝ち目がないのなら、勝てる方法を選ぶまでよ」

【刀満】
「そんなこと出来るのかよ?」

【モニカ】
「云ったでしょ、私の専門は体術ではなく、剣術だとね」

少しだけ得意げな視線を向け、口元にほんの僅かな笑みを作る。

【モニカ】
「ただ、この身体で扱うことは楽ではないから。
どれくらい力を蓄えられているかはわからないけど、やらなきゃ殺られる……なら、躊躇する暇はないわ」

ゆっくりと眼を閉じ、深い深呼吸を一回。
そして、聞こえるか聞こえないか程度の声で小さく呟いた。

【モニカ】
「開放……」

モニカの言葉に、風など一切吹いていないはずなのに髪やスカートが風に遊ばれるように揺れた。
そしてほんの一瞬だけ、時間にしたら一秒もない程度の僅かな時間、まるで夢を見ているような不思議な出来事。

そこにいるモニカの姿が変わっていた。
さっきまでの少女のような小さなものではなく、昨日俺を助けてくれたあの女性の姿へと成長していた。

【刀満】
「ぁ……モニ、カ?」

【モニカ】
「少し下がっていろ、あまり近いと危険だぞ?」

下がっていろと云った割にはモニカの方から距離をとってくれる。
僅かに距離をとったモニカは眼を閉じ、両手を前にかざした……

しかし、剣術とは云うものの、その剣は一体どこに?

【モニカ】
「……来い!」

【刀満】
「なっ!」

モニカが何かに呼びかける、次の瞬間モニカの手元に剣の輪郭が現れた。
その輪郭をモニカが握り締めると、あるはずのない剣はモニカの手元に確かに存在していた。

一瞬のうちに終わった急成長、そして何もないはずのところから呼び出された剣。
いかにもファンタジー小説のような展開、しかし、それが今俺の眼の前で起きている。

これは、小説ではない……

【モニカ】
「さて、後はこれをどれだけ保てるか……」

【刀満】
「それが、モニカの……剣?」

剣、というよりもあれは『刀』と云った方が適切だろう。
見た目はごくごく一般的な日本刀と同系統、ちゃんと鞘にまで入っている。

【モニカ】
「お前が散々気にしていた私の剣だ、見れて満足か?」

【刀満】
「満足とかそういうのは……」

【モニカ】
「感想は後で聞く、今は面倒な奴等の始末が先決だ」

【男1】
「……」

【男2】
「……」

【モニカ】
「ご丁寧に全員揃ってのお出ましか、むしろその方が探す手間も狩る手間も省けて願ったり叶ったりだな」

刀を鞘から抜き、青白い幻覚さえも見せているようなその刀身がギラリと輝いていた。
さっきまでの軽やかな足取りではなく、余裕を持った一歩一歩ゆっくりとした足取りで相手に近づいていく。

敵の数は全部で6人、いつの間にかさらに一体増えていたようだ。

【モニカ】
「……」

しかし、今のモニカにそんなことは大した問題ではないようだ。
モニカが歩みを止めると、モニカに一斉に飛びかかれるように奴等はモニカを取り囲む。

そして、男の一人がモニカに飛び掛ると……

【モニカ】
「ふっ!」

ザウ!

【男1】
「……」

まるで男の動きなど眼中にないように、肩から腰にかけて斜めに刀を振り下ろした。
バッサリと両断された男は、苦悶の声を上げることもなく、崩れ落ちながらその姿を消してしまった。

【モニカ】
「はっ! だあぁ!」

【男3】
「……」

【女1】
「……」

無駄のない動きで振るわれる刀、それに立ち向かうことも出来ない男と女。
奴等は次々と姿を消し、目視できるのはすでに残り一体となっていた。

【モニカ】
「……!」

【男4】
「……」

男の腹部に向かって一直線に刀を貫く、刀身が貫通した男はふらふらと腕をモニカに向けるも
向けきる前に煙のようにその姿を帳へと溶け込ませていった。

【モニカ】
「ふぅ……時間内に終われたようだな」

【刀満】
「あ、あの……お疲れ様、でした」

【モニカ】
「この程度の敵に遅れをとったりはせんよ、小さい身体なら私の方が弱くとも
この身体で剣を持てば、やつらなど取るにたらん」

息一つ乱れていないモニカはまた口元にニィっと笑みをつくり、表情を軟化させる。

【刀満】
「えぇと、モニカ……だよな?」

【モニカ】
「昨日僅かではあるが顔を会わせただろう。
昨日の今日でもう忘れてしまったのか?」

【刀満】
「いや、そのなんだ、忘れちゃいないんだけど……」

やっぱり彼女とモニカは同一人物、頭じゃわかってるはずなんだけどどうにも。
あのちっさいモニカが今じゃどうだ……

なんか色々と大人です、その……胸が特に。

【モニカ】
「莫迦者、なに鼻の下を伸ばしているんだ。 女性の胸をまじまじ見るな」

【刀満】
「あ、わ、悪い……」

見るなと云われても、自然と眼に入るんだよな……

【モニカ】
「ま、見るなとは云わんが、あまりじろじろと見るのは関心せんな。
一応は私も女だ、見られて良い気分はしない」

【刀満】
「気をつけるよ……」

【モニカ】
「胸を見ながら云われてもまったく説得力がないな」

モニカははぁっと小さく息を吐き、刀の背で肩をとんとんと叩いた。

【刀満】
「ところでその刀なんだけど、何でまた刀なんだ?」

【モニカ】
「何でと云われると返す言葉がないな、昔からこればかり使っていたから使い慣れてるんだ。
で、どうだようやく見れた感想は?」

【刀満】
「なんというか、もっと西洋風の剣を想像してたから面食らったな。
普通騎士が持つのは両刃のサーベルが一般的じゃないのか?」

【モニカ】
「私の国でも一般的なのは両刃の剣だ、国の騎士の九分九厘は両刃を使っている。
このような片刃の剣を使うのは今も昔も私ただ一人、この国ではどうやらやけに流通しているようだがな」

【刀満】
「流通はしてないと思うけど、初めて見る物ではないわな」

日本刀を持っている以上、騎士というにはちょっと違う気がしてきたな。
どちらかというと、侍といった方が相応しいんじゃなかろうか?

【刀満】
「それから、それってどこから出したんだ?」

【モニカ】
「さあてどこだろうな、異次元とでも云っていおこうか?
刀満たちの世界とは違うところから呼ばれた、と云うしかないかもしれんな」

【刀満】
「魔法か何かだって思っておけば良い訳ね」

【モニカ】
「厳密に云えば魔法とは違うが、そう思ってる方が混乱もしないだろう。
実際私には使えないが、私の世界には魔法も実在するのだぞ?」

そりゃまあそうだろうな、だってモニカがこの場所にいること自体が魔法じゃないか。

【刀満】
「じゃあ最後にもう一つ、さっきの変な人たち、あれは一体なんだったんだ?」

【モニカ】
「人にして人に非ず、大本は勿論人ではあるがな。
やつらはカリス等が偶発的に生み出した一種の伏兵なんだ」

【刀満】
「偶発的に生み出した?」

【カリス】
「ああ、奴等は夜魔であると同時に、夢魔でもあるんだ。
夢魔というのがどんなものかは知っているか?」

【刀満】
「夢魔って云うくらいだから、夢に出てくる悪魔じゃないのか?」

【カリス】
「そのままの解答だな、まあ根本的なところを云えばそうなるのだが。
奴等は夢の中に現れ、その精神を食べるんだよ」

【刀満】
「精神を、食べる?」

【カリス】
「そう、そして精神を食べられた人間は身体と精神が切り離される。
生きている身体と、切り離されて自我を失った精神、ここに二人分の存在が出来るというわけ」

身体はちゃんと動いて普通に生活しているのに、精神も具現化されて同じように生活してるってことになるわけか。

【刀満】
「さっきのはその切り離された精神の方だと?」

【カリス】
「そういうことだ、自我が崩壊しているとはいえ奴等にも思考はある。
自分たちと違う存在を襲う、そんな単純で低俗なものしかないのだがな」

【刀満】
「あんなのが日常生活にごろごろ紛れ込んでるのかよ……」

【カリス】
「いや、日常生活に紛れることはほとんどない、奴等が動けるのは母体である身体が眠っている間だけだ。
まあ母体である身体と同じように日常に紛れようとはするが、いかんせん自我が崩壊しているからな」

日本ではよく『生霊』なんて呼ばれるものがそんざいするが、それのもっと性質の悪いものと見ていいのだろう……か?

【刀満】
「それで、問答無用で切り捨ててたけど、大丈夫なのか?」

【カリス】
「切り捨ててやらねばならんのだよ、切り捨てられた精神は夢魔の絡め失い母体である身体に戻る。
母体に戻った後、死ぬほど痛がっているかもしれないがいつまでも精神を失って苦しむよりはずっと良いだろうさ」

【刀満】
「そう、なんだ……」

【モニカ】
「どう? 早足で説明してきたけど、質疑応答はこれくらいで良いかしら?
もっとも、新しいことが目白押しで現状を整理するのでさえ一日二日かかるかもしれないがな」

確かにモニカの云うとおりだ、こんな短い時間の中で、俺の常識外のことがこれでもかと立て続けに起こっていた。
もはや何が日常で何が非日常なのかも俺には理解できないのかもしれない……

【モニカ】
「云ったでしょ、私も危険な存在だって。
どうする、刀満が私を恐れるのなら、私はもう刀満の前には……」

ポシュン……

【刀満】
「ぁ……」

【モニカ】
「ぉ……」

まるで風船から空気が抜けるようなまの抜けた音でも聞こえてきそうな感じで
モニカの身体がいつもの小さなものへと戻ってしまった。

【モニカ】
「むぅ……時間切れか、そう長丁場身体を維持することは出来ないようだな」

【刀満】
「……くく、ははははは」

思わず笑いが漏れてしまった、もうさっきまでのシリアスな雰囲気はどこ吹く風だ。

【モニカ】
「人が真面目な話をしているというのに、何を笑っておるのだ馬鹿者が!」

【刀満】
「いや悪い、で、何の話の途中だったっけ?」

【モニカ】
「はぁ、やれやれ……お前のその能天気さは称賛に値するという話だよ。
さて、今日の見回りはこれくらいで良いだろ、帰るぞ」

【刀満】
「はいはい」

通常サイズ(俺にとって)に戻ったモニカがやっぱり一番しっくりくる(俺にとってはだ)。
こんな子がついさっきまで死線の中心にいたとは、やっぱり普通は考えられないよな。

【モニカ】
「帰ったら湯浴みをさせてもらうからな」

【刀満】
「はいよ」

【モニカ】
「そういえば刀満、おまえ……はぶ!」

ビタン!

スカートの裾を踏んづけたモニカが盛大に転んでしまう、しかも顔からいったよ……

【刀満】
「おーい、大丈夫か?」

【モニカ】
「大丈夫なわけないだろ!」

【刀満】
「だろうな、だからそんな長いスカート止めとけって云ったんだ」

【モニカ】
「裾を折ればちょうど良いんだ、ちょっとそのことを忘れていただけ、二度とこんな失態はせんからな」

鼻の頭を赤くさせながら、丁寧に長いスカートを織り込んでいく。
な、だから俺の云わんこっちゃない。

【モニカ】
「むぅ……これが一番痛いぞ」

【刀満】
「子供は生傷作るのが仕事みたいなもんだからな、ちょうど良かったじゃないか」

【モニカ】
「それ以上云うと手が出るぞ」

どす!

【刀満】
「うぐ!」

モニカの抜き手が俺の腹部に綺麗に入った、あれ以上云ってないのに早速出してきやがったよ……

【モニカ】
「何をもたもたしてるんだ、さっさと帰るぞ」

【刀満】
「やろぅ、覚えてろよ……」

さっきの死線とは全く対照的なくだらない小競り合い。
戦いの後の休息は、思いもよらないほど早く訪れていた。






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