【Scherzo quotidiano】


【刀満】
「……」

【モニカ】
「……」

【刀満】
「……」

【モニカ】
「……おい、刀満」

【刀満】
「何?」

【モニカ】
「暇だぞ」

【刀満】
「そうか、そりゃ良かった。 結構結構」

休みの日に何もすることがない、これ以上の至福はないな。
やっぱり休みの日までせかせかと外に出て騒ぐのは面倒だしね……

【モニカ】
「何かすることはないのか、例えば……鍛練を積むとか、基礎体力をつけるとか」

【刀満】
「折角の休みにそんなことしたらダメだろ、休日は体を休めるためにあるんだぞ」

【モニカ】
「だとしても暇すぎる、まだ陽も傾いていないのに何もすることがないなど考えられん。
刀満、走りに行こう、食後のランニングは気持ちが良いぞ?」

【刀満】
「飯食った後に走ると腹痛くなるぞ? モニカの国が普段ここまで暇じゃないのはわかったから
とりあえずこっちにいる間は休みの日はちゃんと休んだらどうだ?」

【モニカ】
「とは云われても、急に生活を180度以上も変えることなど早々できることじゃない。
せめて何か体を鍛えることでも出来れば良いのだが……」

【刀満】
「だからそこで俺を見るな、走りになんて行かないからな」

【モニカ】
「……ギッ!」

【刀満】
「睨むなよ……」

【モニカ】
「……この国の人は皆休日になるとこうなのか?」

【刀満】
「どうだろう、世間が休日をどう過ごすかなんて考えようとも思わなかったしな。
少なくとも俺の休日は大体家ですることもなくぼぉっと……」

【モニカ】
「はぁ……刀満、お前が私の国に来たら一日ともたずに投獄されてしまうぞ」

【刀満】
「心配するな、行けたとしても行こうと思わないから」

【モニカ】
「と云うと思った……はぁ、退屈だぁ……」

何もすることがなく、テーブルの上にぐでーっと体を伸ばす。
どうやらモニカは何かしらの行動をしていないと落ち着かない性分のようだ。

【刀満】
「体鍛えたいなら筋トレでもすれば良いだろ?」

【モニカ】
「別に筋力が欲しいわけではない、私が今欲しいのは持久力だ。
正直この体でどこまでやれるのか不安があるからな……」

【刀満】
「大丈夫だろ、あれだけ走って息一つ乱れてないんだから」

【モニカ】
「あんなもの走ったうちに入らん、あの程度で疲れているようじゃ戦場では生きることすら叶わない。
実際、カリス等と交えた際に今の状態ではどうなるか……」

【刀満】
「モニカじゃ勝てないのか?」

【モニカ】
「勝てないとは云わないが、勝てるとも云えん……
奴等を討ちに来たが、もしかすると殺られるのは私の方かもしれないな」

【刀満】
「……」

【モニカ】
「そんな不安そうな顔をするな、もし勝てなくとも奴等をのさばらせやしない。
例え私が死んだとしても、その際は奴等も道連れだ」

今までモニカが一方的にカリスを殺すと云っていたが、実際問題そう簡単にいくようなことではないようだ。
死ぬのは自分かもしれない、しかもそれをすでに覚悟している。

こんな小さい……おっと、見た目のことは考えちゃいけないんだったな。

【刀満】
「……」

【モニカ】
「どうした?」

【刀満】
「食後の散歩、モニカも行くか?」

【モニカ】
「ぇ……?」

【刀満】
「折角良い天気なんだ、川原で昼寝するのもまたオツなもんだぞ?
で、一緒に行くのか行かないのか?」

【モニカ】
「ぇ、ぁ、私も行くぞ!」

……

【モニカ】
「しかしどういう心境の変化なのだ?
さっきまではあれほど外に出ることを嫌がっていたのに」

【刀満】
「猫の気まぐれみたいなもんだ」

【モニカ】
「人のくせに猫レベルで物を考えるな。
まあ外出できるというのであればそんなことはどうでも良いのだがな」

【刀満】
「だからって川原に行くだけだぞ、そこで走ったりとかは自分だけでやってくれよ」

【モニカ】
「見通しが良くてそれなりに広ければ問題はない。
刀満はゆっくりと昼寝でもしておけば良い」

【刀満】
「だけどさ、そこをカリスにバッサリってことも……やっぱ帰ろ」

【モニカ】
「待て、そう心配するな」

踵を返した俺の上着をぎゅっと掴んで逃亡を阻止された。

【モニカ】
「奴等はこの時間には大きな動きは見せん、奴等の最も活発に動くのは夜の間だ。
こんな明るい昼間のうちから行動をすることはごくごく稀だ」

【刀満】
「稀ってことは可能性ありってことだろ……」

【モニカ】
「……300回に1回くらいの割合だ、気にするな」

わぁ、思ったよりも割合的には高いよ……

【刀満】
「やっぱり今日は大人しく……」

【モニカ】
「刀満、私とカリスは住む世界同じだということを忘れるなよ。
奴等は今行動できないが、私はどの時間でも万全に動けるんだからな」

【刀満】
「そんな笑顔で脅すなよ……わかったよ、行けば良いんだろ行けば。
そのかわり、もし万が一カリスが来たら守ってくれよ」

【モニカ】
「あぁ、任せておけ」

本当に大丈夫なのかなぁ……こんな小さいのに。

……

どうでも良い話でもして間を繋ごうかと思ったが、モニカはきょろきょろと
辺りを観察していたので話すに話しかけられず。

結局川原に到着するまでは二人とも無言だった。

【刀満】
「休みだってのに、人ほとんどいねえな」

【モニカ】
「良いじゃないか、あまりこういったところに人がいすぎるのもどうかと思うぞ」

モニカは土手を軽やかに駆け下り、俺にもついてこいと促すが
俺はちょっと先の階段を使ってゆっくりと川原へと降りた。

【モニカ】
「わざわざ階段など使わなくとも良いではないか」

【刀満】
「子供じゃないんだよ俺は」

【モニカ】
「なんだそれは、私が子供だとでも云いたいのか」

見た目は……っと危ない。
だって子供は元気よく川原を駆け下りるじゃない……ってことにしておこう。

【刀満】
「モニカは十分に大人ですよ、そんな云い争いはいいから好きなことしてこいよ」

ひらひらと手を後ろ手に振り、日陰の出来た木の幹に体を預けた。

【モニカ】
「やれやれ……」

俺とは対照的に、モニカはやる気満々のご様子。
首をこきこきと捻り、両手両足をぷらぷらさせての準備運動。

【モニカ】
「ふぅ……はっ!」

【刀満】
「ぉ……」

てっきりマラソンでもするのかと思ってたが、予想とは裏腹にモニカの動きは激しいもので。
足を振り上げ、拳を突き出し、後ろに跳ねてすぐさま前へと体を動かし。

何だか武術の稽古みたいだな。

【モニカ】
「せい! ……はあぁ!!」

いつの間にか川原には俺とモニカの二人だけ。
静寂に満ちた川原の空間を切り裂くように聞こえてくるモニカの鋭い声。

激しく動き回るモニカの姿を、ただじっと眺めながら時間はゆっくりと過ぎていった。

【モニカ】
「やっ! ……ん、どうした刀満?」

【刀満】
「いやなに、なんか見てたら気になってさ。 それは何かの武術?」

【モニカ】
「私なりの体術、といったところか。
この体では最後に頼らねばならないのは自分の体だけだからな」

【刀満】
「へぇ、だけどそれって本当に効果あるのか?」

【モニカ】
「試してみるか?」

口元ににっと笑みを浮かべ、手を出してこいと頬を指差した。

【刀満】
「それじゃ、まぁ……」

【モニカ】
「……はぁっ!」

【刀満】
「っ!」

モニカの頬に触れようとしたら、軽く手を払いのけられ
もう一方の手を軽く捻りあげられ……

ドサリ!

あっけなく体を倒されてしまった、あまりの出来事と視界一面に広がった空の青い色に
頭と体が追いつかずに軽いパニックに陥った。

【モニカ】
「どう?」

【刀満】
「た、たいしたもんだ……」

差し伸べられたモニカの手を借りて立ち上がる、受身も何にもとれなかったので背中が鈍く痛い。

【刀満】
「ちっさいくせにどこにこんな力が……」

【モニカ】
「物理的に個人個人が持つ力で云えば、たぶん今の私では刀満よりも低いだろうな。
たぶんこのサイズでなくとも、純粋に力のみを考えれば私の方が低い」

【刀満】
「それにしちゃいとも簡単にひっくり返されたけど。
これがよくテレビなんかで云う梃子の力ってやつか?」

【モニカ】
「厳密に云えば違うのだが、まあそんなところだ。
人体の構造を知ればどこをどう攻めれば体勢が崩れるのか、いかに少ない力で致命傷を与えられるのかも簡単にわかる」

【刀満】
「へぇ、だけどこれだけ強くてもまだカリスと同レベルなのか?」

【モニカ】
「どうだろうな、少なくとも体術ではよほど上手くやらねば勝ち目はない。
まあ、私も体術が主な戦法ではないから、本気でやりあえばたぶん負けはしないだろう」

あくまでもたぶん、ようは負けるときは負けるということだ。

【モニカ】
「しかし少々動きが鈍ってしまったな、この体では仕方ないといえば仕方ないのだが……
どうだ刀満、私の組み手に付き合うつもりはないか?」

【刀満】
「人をサンドバックにするつもりか……?」

あんな蹴り食らったらきっと帰ってこられないですよ?

【モニカ】
「手加減すればさほど痛くはないさ……とっ、手加減したら意味が無いではないか」

【刀満】
「本気でやられたら俺死ぬぞ?」

【モニカ】
「たぶんな、いや、絶対か……」

認めやがった、勘弁してくれ……

【モニカ】
「仕方がない、まだ感触も戻ってはいないがこのくらいにしておくか。
後はひたすらランニングでもしておけば良いだろう、刀満は」

【刀満】
「お休み……」

【モニカ】
「付き合いの悪いやつだな、先に云っておくが勝手に帰るなよ。
まだ帰り道覚えていないんだからな」

……

【刀満】
「ふが……んぅ、んむ……」

気持ちの良い風が珍しく眠りを妨げた。
寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見回すと、眠りつく前とほとんど変わらない川原の景色が広がっていた。

【モニカ】
「ようやくお目覚めか、こんなところでよくそんな無防備に眠れるものだな」

【刀満】
「ふぁ、あぁ……走るんじゃなかったのか?」

【モニカ】
「あのなあ、一体あれから何時間経ったと思ってるんだ?
私は2時間もの間走ってきたのだぞ、それにもうそろそろ昼食の時間になる」

【刀満】
「2時間? もうそんなに経ってたのかよ……」

【モニカ】
「暢気なものだな、2時間ただ眠っていただけなんて効率が悪すぎるぞ」

【刀満】
「休みなんだからこんなんで良いんだよ。
さて、そんじゃそろそろ帰って昼飯にでもするか、2時間も走れば腹も減っただろ?」

【モニカ】
「それなりにはな」

【刀満】
「……」

【モニカ】
「どうした、何を止まっておるのだ?」

【刀満】
「腹鳴らないなて思ってさ」

【モニカ】
「あのなあ、そう都合よく腹が鳴ると思うのか?」

鳴らないよな、普通は。

……

【刀満】
「ただいまーっと、さぁて、何作ったもんかな」

グウウゥゥゥゥゥゥゥ……

【刀満】
「……」

【モニカ】
「……」

【刀満】
「鳴ったな」

【モニカ】
「そのようだな」

いや、そんな普通の顔して腕組みされたまま云われてもさ。
女の子なんだから少しくらい恥ずかしがったらどうなんだ?

グウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……

【モニカ】
「煩い腹だな、水でも押し込んでやろうか」

【刀満】
「すぐ作ってやるから無茶なこと云うな」

とは云うものの、何作るかは何にもまだ考えてないしなぁ。

【刀満】
「カップ麺で良いっちゃ良いけど、あいつ食べるかな?」

あれだけ盛大に腹を鳴らしたんだ、きっと言葉にはしないものの早く食わせろと云っているのだろう。
一番早く出来るのはこれなんだけど、こういったものを食べたことが絶対に無いであろうモニカが食べるかどうか……

【モニカ】
「どうした、何を固まっておるのだ?」

【刀満】
「モニカってさあ、カップ麺って食べたことある」

【モニカ】
「食べたことがある以前に聞いたこともないな」

【刀満】
「だよな、ちょっと味濃いんだけどそういうのは大丈夫?」

【モニカ】
「基本的に濃い味も薄い味も気にはならん、ただ一つだけ苦手があるとすれば……苦いのは止めてほしい」

【刀満】
「だったらたぶん大丈夫だろ、すぐ出来るからあっちで待ってな」

【モニカ】
「うむ、じゃあ私はテーブルの上でも拭いて……なっ!!」

急に声色の違う声を上げたモニカの視線の先、そこにあったのは。

【モニカ】
「と、刀満、どうしたこんな物がここに……」

【刀満】
「こんな物ってただのリンゴだろ? 昨日カレーを作ろうとして買ってきたやつだな」

【モニカ】
「馬鹿者! 何故こんなぞんざいに扱っておるのだ!」

【刀満】
「大声出すなよ、リンゴなんて珍しくもなんともないだろ?
年がら年中どこでだって売ってる庶民的な果物だぞ」

【モニカ】
「庶民的だと!? ありえん、こんなありえんことが現実に起こるとは……」

両手でリンゴをえらく大事そうに扱い、カタカタと手が震えていた。
リンゴ一つに何をそんな大袈裟な。

【刀満】
「リンゴ一つに何をそんな驚いてるんだよ? どこの家だってリンゴくらいある時はあるぞ?」

【モニカ】
「この国でどう扱われているかなど知らんが、これは私の国では『エバの果実』と呼ばれているんだ。
王族階級であってもよほどめったなことがない限り口にすることは叶わない果実なんだ」

【刀満】
「何だかモニカの国だとえらく出世してるんだな。
逆にこっちだと王族階級なんか見向きもしないんじゃないかな」

【モニカ】
「数年に僅か数個しか実をつけぬ希少価値の高い果実に対してなんて無礼なことを。
この国、いつか滅ぶぞ……」

リンゴ程度で滅んだら一大事だよ……

【刀満】
「あくまでもモニカの国ではだろ、こっちじゃ誰だって気軽に食べてるんだぞ」

【モニカ】
「ちなみに聞くが、これをめぐって争いが起きたりはしないのか?」

【刀満】
「起きたとしても農場同士で小競り合いが起きるくらいだろ。
リンゴ程度で争ってたらこの世は戦争が乱発してるところだぞ」

【モニカ】
「ぐぐぐ、信じられん……遠く離れた異国で、こんなにもエバをぞんざいに扱う国があったとは。
私ですら生まれてこの方数回しか口にしたことがないというのに」

【刀満】
「なんだ食いたいのか?」

【モニカ】
「それは出来ることなら食べたいが……って何を云わせるんだ。
エバはめでたい席でしか口にしてはならないんだ、そういった席にしか出てこないからな」

【刀満】
「こっちはめでたい席になればなるほど顔出さなくなるぞ。
別に高いもんでもないし、食いたきゃ後で剥いてやるぞ」

【モニカ】
「ほ、本当に……い、良いのか?
後で法外な金銭を要求したり、不貞行為を強要したりしないだろうな?」

【刀満】
「リンゴ一つで何を馬鹿みたいなこと云ってんだ。
食いたいのか? 食いたくないのか?」

【モニカ】
「…………食べたい」

最初っからそう云えば良いのに、だけどこんなリンゴが違う国だと
争いまで起こすものになってるとは、世界は広いなぁ……

ググググウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……

【モニカ】
「お腹空いた」

【刀満】
「はいはい……カップ麺食ってからな」

……

【刀満】
「はいよ、お待ちどう」

【モニカ】
「おぉ、おおおぉぉー」

【刀満】
「たかがリンゴでそこまでかしこまるなよ」

【モニカ】
「お前にはこの感動がわからんのだ、遠い異国の地でエバに出会うこの衝撃。
しかしいつ見ても美しい柔肌だ、上質の絹のような滑らかな肌だとは思わないか?」

【刀満】
「さあて、別にいつも見るリンゴの果肉にしか見えないな」

【モニカ】
「やれやれ、刀満は本当に素晴らしい物を見る眼がないのだな」

【刀満】
「リンゴをそこまで素晴らしいものだと思ったことないし。
ごたくばっかり云ってないで、食わないんだったら俺が食っちまうぞ」

【モニカ】
「だ、ダメだ! それは許さんぞ!!」

さっと皿を自分の胸元へと持って来て俺の手に渡るのを阻止された。

【刀満】
「冗談だ、とらねえからそんな大事そうに抱えてないで、そろそろ食べたらどうだ?」

【モニカ】
「う、うむ、それもそうだな……」

フォークの刺さったリンゴを一つ取り、ほんの少しだけリンゴをかじった。
普段の食事は結構一口も多いくせに、こんな時だけは随分ともったいぶって食べるんだな。

【モニカ】
「もくもく……んく……はぁ、素晴らしいな……
甘味と酸味、それとこの胸に抜けるような心地良いアロマ……どれをとっても一級品の証だ」

【刀満】
「リンゴにそこまで絶賛できるのも今じゃ珍しいぞ」

【モニカ】
「私の国でエバを貶す者などおらん。
たぶん百人に聞いて百人が私と同じように絶賛するであろうな」

【刀満】
「……」

改めて文化の違い、というより居住世界の違いを感じてしまった。
少なくとも俺の知り合い全員に聞いたとしても、リンゴをここまでべた褒めする奴はいないだろうな。

【モニカ】
「しかし、こんな物をいつでも手軽に口にすることが出来るとは。
国に帰るとき少々名残惜しくなってしまうな」

【刀満】
「なんだったら毎日食わしてやろうか?
お前が帰るころにはもう見るのも嫌になってたりしてな」

【モニカ】
「……それは本気なのか?」

【刀満】
「……モニカこそ本気にしてるのか?
毎日リンゴなんて食べてたらさすがに嫌いになるだろ」

【モニカ】
「刀満、はっきり云わせて貰うが……私は一向に構わんぞ。
むしろしてくれるのならそうしてほしいくらいだ」

おいおい……本気かよ。

【モニカ】
「しかし、刀満の金銭的な問題もあるだろう。
どうだ……毎日とは云わないから、三日にいっぺんくらい食べさせてもらえたら、嬉しいのだが……ダメか」

【刀満】
「別に毎日でも構わないけどな。
一応これからはモニカに色々と助けてもらうつもりだし、ギブ&テイクで良いんじゃない?」

【モニカ】
「ほ、本当に良いのか? 無理してはいないだろうな?」

【刀満】
「毎日リンゴ一個買うくらいで崩壊するような財政状況じゃないんだ、心配するな。
だけどちゃんと守ってくれよ、でないとリンゴ食えなくなるからな」

【モニカ】
「わかった任せろ、エバのためだからな」

あ、俺のためじゃないのね……ちょっとショックだ。

……

昼食が終わり、またまったりと暇な時間が訪れた。
川原であれだけ寝てしまったので、昼寝をしようにもちょっと眠くないな。

となると、何一つすることなどないわけで……

【刀満】
「はあぁぁ……」

【モニカ】
「凄いな、本当に何にもすることないんだな」

【刀満】
「休日はこれくらいで良い……とは云ったものの、さすがに退屈だな」

【モニカ】
「何か趣味のようなものはないのか? 本を読むとか、体を動かすとか」

【刀満】
「趣味らしい趣味は何一つない、よくすることといえば……将棋とか、チェスとか」

自分で云っててなんか寂しくなった……俺ってば地味だな。

【モニカ】
「その『しょうぎ』とか『ちぇす』というのは一体どういったものなのだ?」

【刀満】
「盤上に駒を置いて、相手の駒を自分の駒で取っていく非常に戦略的な知能スポーツだ」

あくまでもあれはスポーツだ、遊びやゲームなどの生温い考えでやるもんじゃない。

【モニカ】
「陣取り、と考えて良いのだろうか?」

【刀満】
「大きくはしょればそれで大体はあってる」

【モニカ】
「面白いのか?」

【刀満】
「面白い面白くないの次元じゃなくて、あれはスポーツだから。
いつだって真剣勝負、探り合い騙し合い誘い合い、頭をフル稼働させて行う高次元の心理戦だよ」

多少大げさに云っているかもしれないが、俺はいつだって将棋やチェスをする時はそういった気持ちでやっている。
まあ、相手はほとんど千夜なのでそこまで頭を捻ったり悩んだりする必要はないのだけど……

あいつ頭の出来は良いくせにああいったことにはめっぽう弱いからな。

【モニカ】
「心理戦か……面白そうだな、ルールは複雑なのか?」

【刀満】
「教えればすぐにでも覚えられると思うけど、止めておいた方が良いんじゃないか?
云っておくけど俺結構容赦ないぞ?」

【モニカ】
「ほぅ、まさか刀満からそんな科白が飛び出すとは思わなかったな。
まあ刀満のことだから、きっと大げさに云っているのだろうけど」

カッチーン! ……

【刀満】
「そこまで莫迦にされたら仕方ない、ルール教えてやるから一局交えるぞ!」

【モニカ】
「やれやれ、高次元の心理戦と云う割にはすでに見失っているじゃないか。
このぶんだと、実力もどの程度なものか……」

……

【モニカ】
「うぐぐぐぐ……」

盤目を睨みつけて唸りながら必死に王を逃がしていく。
もはや王は死に体、迫り来る金銀桂馬の猛攻にもはや虫の息だった。

【刀満】
「そっちに逃げてもう遅いぞ、これで詰めろだな」

【モニカ】
「ぐぎぎぎぎ……」

【刀満】
「これで俺の6連勝、ほんっとに弱いな」

【モニカ】
「う、煩い! もう一回、もう一回だ!」

ガシャガシャと詰まれていた将棋盤を引っ掻き回しながら再戦を要求された。
ルールを覚えるのは早かったんだけど、実際やってみるとやはり素人……超がつくほど弱い。

千夜も弱いがそれ以上、たぶんモニカの性格上こういったものにはてんで弱いのではないのだろうか?
モニカの一手一手は非常に実直で正面突破が信条の非常に素直なもの。

将棋で正面突破で勝つなんて話まず聞いたことが無い。
どうやら策略とか裏の裏を読むとかそういったことが無縁の性格なのだろう、素直というか、頑固というか。

まあ、一言で云ってしまえば相手にならないということだ。

【刀満】
「何回やっても同じだと思うぞ、ちょっとハンデやろうか?
金銀抜かすとか、飛車角くれてやるとか」

【モニカ】
「情けなどいらん! 騎士はいつでも正々堂々、敵の施しなど受けぬ!」

【刀満】
「頑固だねぇ、じゃあこの先もずっと負け続けてくれや」

【モニカ】
「まだ負けるかどうかなどわからんだろ!」

あーぁ、熱くなっちゃって。
将棋は常に平常心、でないとただでさえ弱いのがもっと弱くなっちゃうぞ?

……

【モニカ】
「うぅぅ……参りました……」

全部で14回戦行って、俺の14戦無敗、モニカは驚きの14連敗ときたもんだ。
最後まで一度も俺のハンデを受けることなく正々堂々とやったんだ、モニカにとっちゃ清々しい負けだろうな。

もっとも、俺はかなり気を遣いながら指してやったわけだけど……あえて云わないでおくけどさ。

【モニカ】
「くうぅぅ……口だけではないのだな、才能があるのではないか?」

【刀満】
「どうだろうな、昔からこういったことには色々と頭の回転が速いんだ」

頭を使うことは苦手だが、物事をひねくれて考えるのは昔から得意だった。
これが良いことなのか悪いことなのかはわからないが、別に損はしてないから良いことでいいか。

【モニカ】
「特別訓練や経験をつんだわけでもないというのか?」

【刀満】
「訓練とか面倒だろ、生まれてこのかたそういったのは一回も無いな」

親父たちがまだこっちにいるころには色々と習い事もやらされたりはしたけど
結局何一つ長続きせず、どうやら俺は長期的にやらされるのが嫌いなようだ。

【モニカ】
「労せずこの実力か……私では敵わんわけだ」

【刀満】
「ついさっきルール覚えたやつが強いわけないだろ。
そのうちモニカも強くなるんじゃないか?」

【モニカ】
「毎日やれば刀満を超えられるだろうか……?」

【刀満】
「そいつはどうだろうな、ま、とは云ってもモニカが俺に勝つには
まずその性格から変えないと無理かもしれないな、まじめなだけじゃ将棋は勝てないぜ」

【モニカ】
「無理を云うな、私は崇高なる騎士、騎士は常に実直で真面目でなければならん。
姑息な考えなど持たず、正々堂々・正面から刀満を陥落させてみせるからな!」

【刀満】
「やれるもんならやってみな、っと、気がつきゃもうこんな時間か」

将棋を指している間はいつも時間を忘れてしまう。
時計が示す時間はもう夕飯の準備に取り掛かっても良いくらいの時間になっていた。

【刀満】
「夕飯は何を作ろうかねぇ」

【モニカ】
「昨日から気になっていたのだが、この広い家に住んでいるのは刀満一人だけ。
炊事洗濯全てを刀満がやっているが……もしかすると、家族はもう?」

【刀満】
「皆元気に生きてるよ、親父の単身赴任にお袋はくっ付いて行っただけだし。
姉さんは仕事であっちこち飛んで回ってるから家にほとんどいないだけだ」

【モニカ】
「そうか、だが家族がバラバラであることには変わりない。
刀満はそれで何も感じないのか?」

【刀満】
「死に別れたわけじゃないんだし、そのうち皆揃うだろうから。
今の生活も別に不自由無いし、役に立つタダ飯食らいもいるしな」

あえて千夜とは云わないであげよう、もし千夜がこの場にいたら殴られてただろうな。

【モニカ】
「そ、そうか……その年にして随分ちゃんとした考えが出来ているのだな」

【刀満】
「逆に俺みたいなのがこの年で寂しがってたら変だろ?」

【モニカ】
「寂しさを知らぬ人間がいると思うか……?
誰だって一つくらい寂しさを感じることもある、家族であったり、好意ある異性だったりな」

【刀満】
「……どうしてまたそんなことを?」

【モニカ】
「ただの興味本位だ、騎士である私にしては無粋な質問だったな。
はは、忘れてくれ……」

話を打ち切り、夕焼けに色づき始めた外の景色を眺めながらモニカは視線を外してしまう。
夕日が逆光になって表情は一切窺い知ることは出来なかった。

【刀満】
「なんか食いたいもんあるか?」

【モニカ】
「刀満に任せるよ……」

モニカの微妙な変化を知りながらもそれに気がつかないフリ。
きっとモニカ自身にも触れて欲しくないことは山程あるだろう。

だったらそれに俺が気付くのは無粋すぎるから……

【モニカ】
「……」

今の見た目と本当の姿、普段のモニカとそうではないモニカ。
ありとあらゆるところが普通ではないこの少女は、一体今何を考えているのだろうか……?





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