【Waltz of weekday】


【刀満】
「ふぁあ、ぁぁ……」

【モニカ】
「いつまで寝ぼけておるのだ、もっとシャキッとせんか」

【刀満】
「休日はもっと遅くまで寝てるのが日課だから……なんだってこんな朝早くに……」

全部千夜のせいだ、あいつがモニカの服持って行くから二度寝の時間をとられてしまった。
勿論二度寝出来ないわけではなかったが、人が寝てる間にモニカで裸でいられると色々と拙いしな。

【刀満】
「あいつもなんでまた服持ってったんだ……モニカわかる?」

【モニカ】
「そんなの私が知るわけ無いだろ、頼んだわけでもないのだから」

【刀満】
「だよな、繕うったってあいつ……」

家事全般は出来るみたいだけど、裁縫は見てるこっちが怖くなるくらいダメだったはずが……
なんせ家庭科の課題のエプロン全部俺が縫ってやったくらいだしな。

【刀満】
「……指が傷だらけだったりしてな」

【モニカ】
「生傷が絶えないのは生きているという証拠だ、良いことじゃないか」

【刀満】
「痛いのは誰だってやだろ? なんだ、モニカその年でそっちの趣味が?」

【モニカ】
「……お前、一体何を想像しているんだ? 顔が変だぞ」

顔が変ってのはまた酷いことを……せめて表情くらいにしてくれよ。

【モニカ】
「何を勘違いしたのかは知らんが、痛みを感じるということは生きている証。
痛みを喜ぶ者はいないが痛みを感じることで生を実感する、それが自分が生きている証明だ」

【刀満】
「そんなもんかねぇ?」

【モニカ】
「刀満、お前もう少し今の状況を有難がった方が良いんじゃないのか?
一歩間違っていれば、今頃カリスに殺されてこの世にいない存在になっていたんだぞ」

【刀満】
「でもこうして生きてるんだから、死ぬ生きるを考えながら生きるなんて俺には面倒すぎる。
もし死ぬ時が来たのなら受け入れれば良い、いつもいつも自分の生き死になんて考えてたら疲れるだろ」

【モニカ】
「そ、そうか……どうやら私の国の考えとこの国では考え方の根本が違うみたいだな」

【刀満】
「違うってどんな風に?」

【モニカ】
「なんて云えば良いかな……私の国では、死がわりと身近なところにあるんだ。
だからこそ、今生きていることに感謝をする、そんなところだな」

【刀満】
「へぇ、結構大変な国に生まれてるんだな」

【モニカ】
「あぁ……ところで、何なんだこの長い階段は?」

モニカが驚くのも無理は無い、千夜の家は今時珍しい長い石階段を上った先にある。
漫画や小説の中にしか存在しないと思ってたころが懐かしいな……

【刀満】
「これを登った先が千夜の家、嫌になるだろ?」

【モニカ】
「千夜のやつ、まさか王族なのか?」

【刀満】
「んなわけないだろ、あいつはただの神社の娘だ」

【モニカ】
「そう、なのか?」

【刀満】
「そうなの、はぁ、またこれ登るのか……」

たまにしか千夜の家には来ないけど、来るたびにどんどん嫌いになっている気がする。
だけどあいつもよく毎日毎日こんな階段登っていられるな、家に帰るだけでなんでちょっとトレーニングしなきゃいけないんだ?

【刀満】
「……はぁ」

【モニカ】
「……」

【刀満】
「しんどいなぁ……なぁ?」

【モニカ】
「は?」

【刀満】
「は? じゃなくて、嫌にならないか?」

【モニカ】
「別に、長いだけだろ」

明らかに疲れているのがわかる俺とは対照的にモニカは汗一つかかずに涼しい顔。
こんな小さい子の体力にさえ俺は負けているのかよ……

……負けてられるか!

【刀満】
「ぬあぁあ!」

【モニカ】
「お……どうした急に走り出して?」

残り半分くらいの石階段を全力疾走で登っていく、これでも瞬発力はあるつもりだ。

【刀満】
「ぜ、はぁ……はぁ……到、着……」

石段を登りきり、肩で息をしながらぜぇぜぇと不規則な呼吸を整える。
どうだ、さすがにモニカのやつも……

【モニカ】
「急に走り出すな、転んだら大怪我するぞ」

【刀満】
「……ふぅ、はぁ……なんで、何で涼しい顔してんだ?」

【モニカ】
「このくらいでへばるような柔な体じゃない、小さくなってもこのくらい軽いものだ」

……何なんだ俺は、これじゃピエロじゃないか。

【千夜】
「お、おーい」

【モニカ】
「千夜が呼んでいるぞ、いつまでもへばってないで行くぞ」

まだ息が正常にならない俺の腕をぐいと引いて無理やり連れて行かれる。
足もまだ正常に戻ってないんだから、もうちょっとゆっくり……

【千夜】
「来ると思ってたよ、ってどしたの刀満?」

【モニカ】
「階段を全力で登ったら疲れたようだ、自分の体力ぐらい考えておけ」

【千夜】
「珍しい、いつもなら時間かけてゆっくり登るくせに。
モニカに良いとこでも見せようとしたの?」

【刀満】
「別に……ただの気まぐれだ……」

【千夜】
「ま、そうでも云っておかなきゃかっこ悪いもんね。
それで、こんな朝から私の家に何の用?」

【モニカ】
「私の服を返して欲しい、私はあれしか持ってないんだ」

【千夜】
「来てもらって悪いんだけど、あの置手紙嘘だよ」

【刀満】
「何を!?」

【千夜】
「洗濯籠見なかったの? ちゃんとモニカの服入ったままだよ」

おいおい冗談だろ、じゃあ何のために二度寝を我慢してこんな体に鞭打ってここまで来たんだ。

【刀満】
「お前なぁ……怒るぞ」

【千夜】
「まぁ待ちなさいって、こうでもしないと刀満家に来ないじゃない。
外で長話もなんだからとりあえず部屋入ってよ」

……

【千夜】
「お待たせー、刀満あっついのと冷たいのどっちが良い?」

【刀満】
「頭痛くなるくらい冷たいの」

【千夜】
「だろうね、はい、モニカもどうぞ」

【モニカ】
「ありがとう」

千夜に貰った冷たいお茶を一気にあおり、ようやく落ち着いてきた呼吸を二度三度の深呼吸で整える。

【刀満】
「で、わざわざ人の二度寝を妨害してまで呼びつけたわけは何だよ?」

【千夜】
「ぶっちゃけ刀満はあんま関係ないんだよね、用があったのはモニカの方だし」

【モニカ】
「私に、か?」

【千夜】
「うん、ちょっと待ってて」

云い残して千夜は部屋を出て行った、さっきから忙しないやつだよ。

【モニカ】
「私に何の用なのだ……?」

【刀満】
「知らね、俺もう帰って良いかな、寝たり無いんだよな……」

【モニカ】
「まぁ折角ここまで来て茶までご馳走になってるんだ、もう少しいようじゃないか」

モニカはまったりと茶をすすりながら俺を促した、こういったのを人が出来てるって云うんだろうか?

【千夜】
「はい、お待ちどうさま」

千夜は段ボール箱を二つモニカの目の前に置いた。
当然何のことやらさっぱりわかっていないモニカは眼をパチクリさせている。

【刀満】
「これ何よ?」

【千夜】
「私がもう着なくなった服、捨てるくらいならモニカに上げようと思ってね」

段ボール箱の中から取り出したのは千夜の私服だった、そういえばどれもこれも一回くらい見たことあるやつだな。

【千夜】
「刀満の家で生活する以上、私が持っていった服だけじゃ足りないでしょ?
だからって私が刀満の家まで持っていくのは面倒だし、だから今日呼んだわけだ」

【刀満】
「あのな、そうならそうとはっきり云えよ……」

【千夜】
「はっきり云ったら絶対に来たがらないじゃない」

ぐっ、さすが昔馴染み、よくわかっていらっしゃる……

【モニカ】
「千夜、気持ちはありがたいのだが……私にはちゃんと服があるのだし……」

【千夜】
「そうは云うけど、毎日同じ服を着るってわけにもいかないでしょ。
サイズも色々あるから好きなの持って行って良いよ」

【モニカ】
「そ、そう云われても……刀満、どうすれば良いんだ」

【刀満】
「最低一枚は持って帰れ、そうでないとここまで来させられた意味が無い」

【モニカ】
「ぅ、うぅぅ……」

【千夜】
「なぁに子供相手に凄んでんのよ」

【モニカ】
「こ、子ども扱いするな……とは云うが、私が着られる服は限られるんだ」

【千夜】
「どんな服が良いの?」

【モニカ】
「飾りなどの無い動きやすい服、最初に私が着ていた服のようなものでないと」

【千夜】
「……そこ気になってるんだけどさ、その体であんな服着てたら逆に動き辛くない?」

まぁ普通はそう考えるだろうな、小学生が高校生くらいの服なんて着れるわけが無い。

【モニカ】
「だから何べんも云うように、今は小さいが本来はもっと大きいんだ。
証明しようにもまだ力が戻ってないからどうにも……」

【刀満】
「それって自由意志で大きくなったり小さくなったりできるのか?」

【モニカ】
「たぶん、力を解放すれば大きくなれるとは思うのだが……」

【刀満】
「そうじゃなければずっとこのサイズってことか?」

【モニカ】
「た、たぶん……」

【刀満】
「じゃあ普段着に貰っていったらどうだ?
千夜の云うとおり、さすがに毎日毎日々服を着るわけにもいかないだろ? 洗濯も面倒だし」

【モニカ】
「そ、そこまで云うのなら……あまり納得はしていないが、いくつか譲って欲しいのだが」

【千夜】
「じゃあもう一度確認するよ、どういった服が良いの?」

【モニカ】
「極力飾り気の無いシンプルな服ならばなんでも良い。
あ、そういえば確か刀満の家にちょうど良いのがあったではないか」

【刀満】
「俺の家に?」

【モニカ】
「白くてボタンが付いてて、胸に収納スペースがあった服があるだろ?」

【刀満】
「あぁー、ワイシャツのことか。 普段着にあんなの着る気か? 肩こるぞ」

【モニカ】
「無駄な装飾も無く機能性は十分にある、あれ以上に適した服はそう無いと思うが。
そういった服は無いのか?」

【千夜】
「生憎私はブラウス派じゃないんだよね、刀満、ワイシャツ何枚くらい持ってる?」

【刀満】
「中学時代のも合わせると8枚くらいあるんじゃないか?」

【千夜】
「じゃあ服は刀満のお下がりで大丈夫そうだね。
私の中学のブラウスはもう処分しちゃってないし、今着てるのはそう数もないし」

まあ中学の時のなんてもう着ないから別に構いはしないし
この体でも袖を捲くれば十分に着れる……かなぁ?

【千夜】
「となると後は下なんだけど、モニカはスカート派? パンツ派?」

【モニカ】
「足が簡単に捌けるようなら何でも良い。
だがどちらかといえば、スカート派……かもしれない」

【千夜】
「スカート、あんまり私持ってないんだよね……良いのあるかな?」

段ボール箱をひっくり返し、中に入っている古着を盛大に撒き散らした。

【千夜】
「うわぁ、なんか懐かしい……こんな服着てたっけ」

【刀満】
「懐かしんでないでスカート探せって」

【千夜】
「あんま急かさないでよ、えぇっと……タイプ別に分けるとこれとこれと、後はこれかな」

【モニカ】
「どれもこれも丈の長さが違うんだな、これは随分と短いようだが……」

【千夜】
「だけど一番足捌きやすいよ、まあ一番下着が見えやすいデメもあるけどね」

【刀満】
「お前こんな短いの穿いてたっけ?」

【千夜】
「外出する時には滅多に穿かなかったね、スカート自体ふわふわしてなんか落ち着かないし
一人で家にいる時くらいしかスカート穿くことなんて今はもう無いかな?」

云われてみればそうだな、こいつがスカート穿いてるのなんて学校にいる時くらいしか思い浮かばない。

【刀満】
「……何これ? これ本当にスカートか?」

一際目立つ丈の長さ、千夜がこれを穿いたとしたらたぶん脛が隠れるくらいの長さになるのではないだろうか?

【千夜】
「あーそれね、袴くらい長いスカートないかなって探して実際見つけはしたんだけど。
なんかどうもねぇ、今時これは無いかなーってなっちゃってさ」

【刀満】
「確かに、何年前の不良だよこれ」

【モニカ】
「……それ、ちょっと見せてもらえるか」

【刀満】
「それ穿くのか? 止めておけって、裾引きずって踏んで転ぶぞ」

モニカじゃ絶対に裾が余る、それを踏んで盛大に転ぶモニカの図が容易に想像できた。

【モニカ】
「ふむ、これが一番良さそうだ」

【刀満】
「おいおい、冗談だろ? モニカには長すぎるって」

【モニカ】
「裾を折っておけば問題ない、それに上着はまだしも下はある程度大きくないと困るんだ」

【千夜】
「こっちの方がサイズ的にはちょうど良いと思うんだけど」

【モニカ】
「今のサイズならな、だがいつ大きくならねばならないかわからない以上その長さは穿けない」

【刀満】
「なんで?」

【モニカ】
「そんな物を穿いて大きくなってみろ、下着が隠し切れないじゃないか。
騎士とはいえ一応は女だ、私にも多少の羞恥は残っている」

た、確かに、今ちょうど良いサイズを穿いた場合、大きくなったらミニと変わらない丈になりそうだ。
もし今のサイズでミニを穿いて大きくなったら……

【千夜】
「おーい、卑猥な妄想してないで戻って来い」

【刀満】
「だ、誰が卑猥な妄想だ!」

【千夜】
「年頃の男子が何想像しようと勝手だけど、せめて家に帰って誰も見てないところでしなさい。
じゃあスカートもそれで決まりで良いね、念のために今の体にちょうど良いスカートも持ってってね」

【刀満】
「よし、じゃあ服も用意できたからこれで……」

【千夜】
「終わるわけ無いでしょ、まだ寝巻き選んでないじゃない。
モニカの国では眠るときってどんなの着て眠るの?」

【モニカ】
「薄手の服をまとうだけだが……これ、貰っても大丈夫だろうか?」

派手に散らかった古着の中からモニカが選んだのは……えぇ!

【千夜】
「あぁー、中学校のころのジャージだね」

臙脂色の生地に白のラインが入ったいかにもジャージといった感じだ。
ご丁寧に上下セットで揃ってやがる。

【千夜】
「もっと可愛いのにしたら? ジャージで寝るのってなんかイメージ壊れるよ?」

【モニカ】
「服飾にこだわりなど無いから、伸縮性もあるからもしもの時にも対処できる。
それに今の私のサイズにちょうど良いとまではいかないが、僅かに大きい程度だしな」

【千夜】
「モニカがそれで良いなら良いけど、本当にジャージなんてダサいので良いの?」

【モニカ】
「機能的で着易いと思うのだが……そんなに人気が無いのか?」

【刀満】
「まぁ女で進んでジャージを選ぶのも珍しいよな?」

【千夜】
「ねえ?」

【モニカ】
「そ、そうか……だが着るのは私だ、文句はないだろ?」

【刀満】
「最初から文句はないって、ただ珍しいって思っただけだ」

【千夜】
「じゃあまあ寝巻きもそれで良しと、後は……下着だね、刀満もう帰れ」

【刀満】
「はいはい……石階段で待ってるから、さっさと選んでこいよ」

【モニカ】
「できるだけ早く終わらせるから」

……

【刀満】
「おーい、こいこいこい」

手をパンパンと軽く叩くと、石階段にいた鳩がゆっくりと近づいてきた。
餌でもあればいいんだけど生憎豆もパンも持ち合わせがない。

【モニカ】
「刀満ー」

【刀満】
「どうしたそんなに焦って?」

【モニカ】
「いや、待たせては悪いと思って……待ったか?」

【刀満】
「そりゃ多少はな、で、下着もちゃんと選び終わったのか?」

【モニカ】
「あぁ、ちゃんとこれに詰めてもらってきた」

紙袋にパンパンにつまった衣服を見せてくれる、結局今のサイズ用の服も何着か貰ってきたみたい。

【刀満】
「よし、じゃあ帰るべ。 帰って朝飯食べて、休日らしくごろごろするか」

【モニカ】
「食べたらその分消費しないと太るぞ?」

【刀満】
「1キロや2キロ増えても見た目は変わんないって」

【モニカ】
「そうかもしれないが、そんな考え方をしていたら……」

【刀満】
「お説教はまた今度な」

【モニカ】
「あ、こら! まだ話は終わってないんだぞ、逃げるな!」

……

【刀満】
「はぁ……余計な汗かいた。 あんまり追い掛け回すなよ」

【モニカ】
「素直に止まれば良かっただけだろ、しかし、足は速いんだな」

【刀満】
「よく云うよ、モニカは少しも疲れちゃいないくせに」

【モニカ】
「良い運動にはなった、そのぶん食事が美味く食べられそうだ」

グウウゥゥゥゥ……

【刀満】
「……」

【モニカ】
「……朝ごはん」

【刀満】
「はいよ……」

どうやら腹が減ると自動的に周囲に知らせてくれるみたいだ。
普通の女の子なら死んでもいらないような機能だな……

【刀満】
「パンと卵焼くだけで良いか……だけど、モニカの奴何枚食べるんだ?」

昨日の食べっぷりを見る限り、軽く二枚以上は食いそうだな。
あんまりいっぱい食べられてエンゲル係数上げられると困るんだけどなぁ……

とりあえず自分用とモニカ用に二枚ずつパンをトーストして
卵は待ってる時間が嫌いなので引っ掻き回してスクランブルエッグに、すぐに火が通って早いから楽で良い。

【モニカ】
「刀満、湯浴みをしたいのだが……湯はどうやって作るのだ?」

【刀満】
「後で用意してやるから、もう飯できるぞ」

【モニカ】
「な、なんと……この国では料理がそんなに手早く出来るものなのか?」

【刀満】
「時間かかるものは時間かかるけど、早いものはえらく早くできる。
なんて云ってる間に完成だ」

焼きあがったトーストと卵を皿に盛ってテーブルの上に。
冷蔵庫から適当な飲み物を出してコップと共にテーブルへ、朝だしこんなもんで良いだろ。

【モニカ】
「刀満、これは一体……?」

【刀満】
「パンだけど、パンくらいモニカの国にもあったろ?」

【モニカ】
「あるにはあるが、パンというのはもう少し色が茶褐色で噛み応えがあるものなのだが」

トーストにしてはいるものの、食パンの柔らかさが気になるらしい。
ふにふにと表面を押し、普段とは違う感触に戸惑っているようだ。

【モニカ】
「随分と柔らかいのだな」

【刀満】
「堅いのは顎が疲れるからな、なんかつけるか?」

【モニカ】
「つける? 何をだ?」

【刀満】
「バターとかジャムとか、蜂蜜なんかもあるぞ」

【モニカ】
「あぐ……もくもく……」

って、もう食ってやがった。
何にもつけなくても良いっちゃ良いけど、味気ないんじゃないのかなぁ?

【モニカ】
「ごく……美味い、柔らかいパンというのは初めてだが中々良い物だな。
それで、何かつけたほうが良いのか?」

【刀満】
「つけた方が味変わって食い飽きないんじゃないか?
甘いのでも良いし、マヨネーズかなんかかけても美味いらしいな」

マヨネーズなんか知ってるわけないか……無難にジャムでも塗ってやろう。
目の前にあったイチゴジャムの蓋を開け、適量とってモニカのパンに塗りたくる。

【モニカ】
「フンフン……何だか甘い匂いがする、それと何かの果実の香り」

【刀満】
「イチゴもお前の国にはないか、果物で作った甘いジャムだ。
とりあえず食ってみ、口に合わなかったら他の味もあるし」

【モニカ】
「あく……はく、あく……」

【刀満】
「どうだ?」

【モニカ】
「……甘くて美味い、驚きだな。
私の国ではパンに何かをつけて食べる習慣は無いからな」

【刀満】
「普段何食べてるんだ?」

【モニカ】
「狩で捕まえた獲物の肉、それを焼いて食べることが多いか」

うわぁ、ワイルド……とても年頃の女の子の食生活とは思えない。

【刀満】
「あのモニカ、くれぐれもこの国で狩なんてしないでくれよ。
その辺の動物はほとんどペットなんだからな、食いもんじゃないんだからな」

【モニカ】
「お前は私を何だと思っているんだ、見境なく獣を追うようなことはしない」

ほ、良かった。 これで近所の動物が食われたなんて事件にならなくて済みそうだ……
会話だけではしらけてしまうので、バックミュージックとして適当なニュースでも流しておくか。

【モニカ】
「……」

【刀満】
「先に云っておくけど、どんな構造でどうなってるかなんて聞くなよ。
これはこういうもんなんだってことにしておいてくれ」

【モニカ】
「わ、わかった……人類の英知なのだな」

テレビを一から説明するのは疲れるからな、そういうもんだと覚えさせておけば良いだろう。

【キャスター】
「続いてのニュースです、先月から立て続けに起きている怪死事件ですが
現在も犯人の特定はおろか、犯人につながる証拠もいまだに見つかっていない状況で……」

【モニカ】
「この事件は……」

さっきまで穏やかだったモニカから、明らかに違う雰囲気が滲み出している。
敵意や憎しみといった負の感情、眼を見れば腹の中では何を考えているのか容易に想像できる。

【モニカ】
「……刀満、昨日は色々と訳ありでうやむやのうちに了承してしまったが、最終確認だ」

【刀満】
「何を?」

【モニカ】
「私をここに置くのかどうかだ、昨日は体調を崩したせいで仕方なく一泊させてもらったが
今はもう回復している、私を放り出しても一向に構わんぞ?」

【刀満】
「回復したって? はは、冗談を」

【モニカ】
「冗談ではない、食事をさせてもらって一夜の宿を貰ったんだ、それで体は十分に回復している」

【刀満】
「本当に回復したって云うのなら、何でまだ小さいんだよ?
本当は大きいんだろ? それがまだ小さいってことは、回復したってことにはならないだろ」

【モニカ】
「それは屁理屈だ、小さいが体力だけは回復しているんだ。
それで十分じゃないか?」

【刀満】
「モニカがいなくなったら誰がカリスから守ってくれるんだよ?
云っておくけど、俺にはカリスと殺りあうようなマネはできないんだぞ」

【モニカ】
「それはそうなのだが……はぁ、やれやれ。
昨日はカリスに殺されかけて脅えているのに、そのカリスと同じ世界にいる私に脅えないというのはどういうことだ?」

【刀満】
「モニカに脅えるっていうのも、なぁ……」

こんな小さい子に脅えるなんてちょっと、恥ずかしいやら格好悪いやら……

【モニカ】
「勘違いをしているのかもしれないが、刀満にとって私も云ってみればカリスと同じような存在だ。
カリスが刀満を殺そうとしたように、私でも簡単に刀満を殺めることは出来る」

真剣な表情を崩さないまま、まっすぐ眼を見ながら告げられた。
これは冗談や嘘ではない、真実だと云わんばかりの威圧感……

【モニカ】
「それでも、私をここに置くというのか?」

【刀満】
「殺すことは出来ても、殺しはしないだろ?
もしそういった気があったのなら、昨日の夜のうちに殺されてるはずだからな」

【モニカ】
「……ふぅ、なんと云っても無駄か。 刀満の能天気さにはつくづく感心するよ」

もう何を云ってもしょうがないと実感したのか、表情をやんわりと崩してパンにかじりついた。

【モニカ】
「これでも国では周りから恐れられていたのだが、刀満には全く通じないみたいだな」

【刀満】
「モニカがか? まさかぁ」

【モニカ】
「信用しておらんな、まあ普段の私ではないところしか見たことのない刀満には無理もないか」

コップに注いだ牛乳で咽を潤し、少しだけ暗さを帯びた声で先を告げる……

【モニカ】
「だが、私と共にいる以上、嫌で怖い私を見なければならないがな……」

【刀満】
「……」

【モニカ】
「それを見て刀満が恐れようと構わない、私を追い出すのはそれからでも遅くはないからな」

【刀満】
「追い出さねえよ、こう見えて一人暮らしは結構退屈なんだ。
話し相手くらいにはなってもらわないとな」

【モニカ】
「ふふ、この能天気が……」

……

【刀満】
「で、これを捻れば上からお湯が出てくるから、風呂に入りたかったら時間かかるけど湯を溜めて入ってくれ。
だけど昨日のまま風呂掃除してないから、シャワー浴びるだけの方が良いかもな」

【モニカ】
「これを捻るだけで湯が出るのか? 人類の文明にこうまでも差があるとはな……」

【刀満】
「感心してないで、着替え持って来て準備したらどうだ」

【モニカ】
「あぁ、今取ってくる」

パタパタとかけながら居間の方へ、俺ももう教えることもないから今でテレビでも見るか。

【モニカ】
「一応云っておくが、覗くなよ」

【刀満】
「覗かねえって……」

【モニカ】
「失礼するぞ」

パンパンに詰まった紙袋を丸ごと持ったままお風呂場へ。

【刀満】
「やれやれ……」

はぁっと小さくため息を一つ、芸能ニュースには興味がないのでチャンネルをいじると
食事中にやっていたニュースのこれまでのまとめのようなものをやっていた。

殺された人は年齢から性別、職業から生活地域まで全てがばらばらで一貫性がない。
ただし、どの事件にも殺害方法と死因が一致していることから同一犯の犯行であるだろう。

ただし、殺害に用いた凶器は不明、殺害された動機も不明、犯行人数も不明。
単独犯なのか複数犯なのか、はたまた通り魔殺人なのか計画殺人なのかも全てがまだ謎だらけだということ。

結局まとめとは云うものの、まとめるものはまだ何一つ上がっていないように感じられた。

【刀満】
「……」

犯人はカリスという魔族の少女である、という事実を云って信じるものは果たして何人いるのだろうか?
たぶん限りなくゼロか、ゼロと云って間違いないだろう。

事実を半分以上知らされた俺でも、いまだにカリスという少女が魔族であるといわれても半信半疑だ。
それを全く知らない人に俺が云っても、頭でも打ったかと云われて終わってしまうのだろう。

それに、さっきのモニカの表情。
あのニュースを見た瞬間に雰囲気そのものが変わり、自分とカリスがいかに危険な存在かを教えてくれた。
たぶんモニカとしては俺が自分に関わることを良しとは思っていないのだろう。

しかし俺がカリスと関わってしまった以上、また俺が狙われるのは明白。
犠牲者を出すことを嫌うモニカは不本意ながら、俺を守るために俺の家に宿を借りている。

気になることは他にもある、さっきモニカが云っていた普段ではない私という発言。
俺は今までのモニカが普段のモニカだと思っていたが、実際は今のモニカは日常のモニカではないという。

だとすると、日常のモニカは一体どんな生活をしていたのだろうか……?

【刀満】
「はぁ……」

【モニカ】
「何をため息などついておるのだ?」

【刀満】
「いや何、ちょっと考えご……って!」

【モニカ】
「どうした? 何を後ずさっておるのだ?」

【刀満】
「お、おまえこそ、なんて格好してるんだよ!」

裸というわけではないが、上下の下着と上はシャツ一枚だけ
しかもボタンは一つも留められていないから前が全開で下着が一切隠れていない。

【モニカ】
「ちゃんと着ているではないか」

【刀満】
「せめてボタンくらい留めて来い!」

【モニカ】
「煩わしいな、その年で女の下着程度で何を焦っておるのだ?」

【刀満】
「良いから! ボタン留めて下もちゃんと穿いて来い!」

なるべく見ないように視線を逸らしながらモニカを居間から追い出した。

【モニカ】
「免疫が無いのなら最初から云えば良いだろうに」

ぶつぶつ文句を言いながら風呂場へと戻っていく。

【刀満】
「まったくもう、羞恥が残ってるんじゃなかったのかよ……」

モニカとの生活、人助けのつもりで招き入れたけど
これはひょっとすると予想以上に俺はとんでもない状況に自らを導いてしまったのかもしれないな……






〜 N E X T 〜

〜 B A C K 〜

〜 T O P 〜