【Courant de la balle】


グウウウゥゥゥゥゥ……

自己紹介を終えたとたん、狙ったかのように盛大にお腹の鳴る音がした。

【刀満】
「……」

【千夜】
「……」

【モニカ】
「すまない、私だ」

まあそうだろうね、俺と千夜はさっき晩飯を食べたわけだし。
普通の女の子はお腹の音を聞かれると恥ずかしがるけど、モニカは気にしてる素振りすら見せていない。

【刀満】
「なんだ、腹減ってるのか?」

【モニカ】
「あ、あぁ、まぁな……こっちに来てからは水しか飲んでいないから」

【千夜】
「育ち盛りにそんな生活してると身長伸びなくなるよ」

【モニカ】
「だから、今は小さいが、実際は千夜とほとんど変わらないくらいあるんだ」

なら尚更水だけだとダメなんじゃないのか?
水が無いと生きていけないが、水だけでも生きてはいけないからな。

【刀満】
「そんな生活してたら早死にするぞ」

【モニカ】
「こっちにいる間だけだ、それをもあるから早めに終わらせたかったんだ」

【刀満】
「早くって、飯食う時間くらい……あぁ、金の問題か」

【モニカ】
「それも一つの理由だ、だがいざとなれば野草を摘めば良いから。
この国は私の国以上に野草が豊かだ、食べるものには不自由しない国でよかった」

【千夜】
「うぅん、あんまり野草食べる人なんてこの辺にはいないよ」

【モニカ】
「そうなのか? あれはあれで立派な食材なんだが。
この国の人間は調理の仕方を知らないんじゃないのか?」

知ってても喜んで野草ばっかり食うやつなんていねえって……
水と野草だけって、どんだけサバイバルな生活してたんだこの子は。

グウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ……

なんて話してたらまた盛大に音がした、しかもさっきよりも長い……

【モニカ】
「……刀満、すまないが水をもらえないか」

【刀満】
「いやなんだ、そんな腹減ってるんなら飯食べるか?」

【モニカ】
「は?」

【刀満】
「は? じゃなくてさ、晩飯の残りもんだけど、食べたかったら出すけど」

【モニカ】
「……いや、施しを受けるのは少々、そのなんだ、私のプライドが」

グギュルルルルルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……

【千夜】
「プライドだ何だって云ってる場合じゃないみたいだね」

【刀満】
「食えないもんとかある?」

【モニカ】
「基本的に嫌いなものは無いが、あまり刺激が強いのは得意ではない……」

【刀満】
「なら大丈夫だろ、すぐ用意するからちょっと待ってな」

約4人分作ったから良い具合に後1人分残っている。
どのくらい食べるのかはわからんけど、ここ最近水ばかりだって云ってたからな……

【刀満】
「はいよ」

【千夜】
「うわ……なんかご飯山盛り盛ってあるよ、そんなに食べれんの?」

【刀満】
「最近食ってないならこれくらい大丈夫じゃないか? 腹の音聴いたろ?」

【千夜】
「刀満、あんまりそういうのを女の子の前で云うのデリカシー無いよ」

【モニカ】
「この国の料理は初めて見るが、一つの料理に随分と食材を豊富に使うんだな」

【刀満】
「ありもん色々入れたからな、味は悪くないと思うから好きなだけ食べてくれ」

【モニカ】
「う、うむ……かたじけない……」

かたじけないって、随分古い言葉を使うな。

【モニカ】
「刀満、これは?」

【刀満】
「箸がどうか……なるほどな、箸なんて使えるわけないか」

【モニカ】
「ここにあるということは、食事をする際に使うものなんだろうが
どうやって使ったら良いんだ?」

【千夜】
「ここをこうしてこうやって持つの、この指でここを支えて、こう動かすのよ」

モニカの手をとって千夜が箸の講座を始めてくれた。
当然使ったことないであろうモニカの動きはぎこちなく危なっかしい。

【刀満】
「使ったことない人がいきなり使うのは無理だろ、フォークか何か持ってくるわ」

【モニカ】
「いや大丈夫だ、しばらくこの国で過ごす以上
この国の生活に少しでも慣れねばならん、これも訓練だ」

とは云うものの、やっぱり箸初心者が箸を扱うことは慣れてる俺たちにはわからないくらい辛いことなんだろう。
何度も取りこぼし、再び挑戦してもまた取りこぼすの繰り返し。

真剣な顔で箸とご飯を睨みつけながら食事をする風景って初めて見たな。

【モニカ】
「く、ぅ……あぐ」

挟むことが上手くできず、結局最後は掬うような形でようやく生姜焼きを口に運ぶ。

【モニカ】
「んく、んむ……こく…………」

飲み込むとそのままモニカは止まってしまった、咽につっかえたか?

【モニカ】
「……」

【刀満】
「どうした? 咽つまったか?」

【モニカ】
「いや、私の国にはない味の料理だったから」

【千夜】
「美味しくない?」

【モニカ】
「とんでもない、今空腹だということを差し引いても
異国の味でここまで口に合うのは珍しい、これは刀満が?」

【刀満】
「あぁ、この家には俺しかいないし、こいつは食う方専門だから」

【千夜】
「失礼なこと云うな、私が料理するといっつも刀満怒るからじゃない」

【刀満】
「見境無しに材料全部使うからだろ、エンゲル係数考えろ」

俺は一人暮らしだっていうのに、こいつが料理すると4、5人前を当たり前のように作るから始末が悪い。

【モニカ】
「刀満は料理上手なのだな」

【刀満】
「上手というか、自然と上手くならざるをえなかったんだよ」

俺が料理できないと姉さんこっぴどく俺を怒ったもんな。
自分は全く出来ないくせに、姉さんに料理を任せるとまあ悲惨なことに……

【千夜】
「法子さんに感謝しなきゃね」

【刀満】
「あんな理不尽な姉さんに感謝できるかよ」

【モニカ】
「それは違うぞ刀満、例えどれだけ理不尽であろうとも、血を分けた姉弟に違いはないんだ。
感謝できるときにしておかねば、後で感謝したくとももう手遅れになりかねんぞ」

【刀満】
「姉さんは俺以上に長生きするから多分大丈夫だって。
まあ感謝してるところも多少はあるしな」

【千夜】
「例えば?」

【刀満】
「俺の帰りが遅いときは洗濯物取り込んでくれたり、布団日干ししてくれたり」

【千夜】
「……らしいねって云っておけば良い?」

【刀満】
「それで良い……」

ダメだ、それ以外ちっとも姉さんに世話になった記憶がない。
平日なのに家にいることも多かったし、もしかして姉さんってダメ人間……?

【モニカ】
「今はわからなくとも、そのうち嫌でもわかる時が来るさ」

【刀満】
「年寄りくさいことばかり云うなよ、ちっさいくせに」

【モニカ】
「小さいのではないといっているだろう、今は訳あってこんな状態なだけだ」

この状態を小さいって云うと思うんだけどなぁ……

【千夜】
「さっきからそこんとこがよくわかんないんだけど、何で小さいの?」

【モニカ】
「話すと少々長くなる上に、理解するのに時間もかかる。
食事が終わったらゆっくり話すからしばらく待っていてもらえるか?」

【千夜】
「まだ夜も早いんだし、ゆっくりご飯食べなよ」

話を打ち切り、食事に集中したモニカの食べるペースが一気に上がる。
あれだけ盛ってあったご飯がもう半分以上なくなっていた。

【刀満】
「小さいくせによく食べるんだな」

【千夜】
「育ち盛りはよく入るんだよ」

【刀満】
「お前もう育ち盛り終わったくせにいっぱい食うよな」

【千夜】
「刀満と違って部活があるからね、体を動かせばお腹が減る、人類の定義だよ」

【モニカ】
「はぐはぐ、こくん……ふぅ……ご馳走様」

【刀満】
「はやっ! もう全部食ったの?!」

【モニカ】
「戦場では食事は早ければ早いほど良いからな」

【刀満】
「よく噛んで食えよ、それにここは戦場じゃないだろ」

【モニカ】
「刀満や千夜にとっては、な。 私にとってはこの国全てが戦場と同じだ」

【千夜】
「なんか凄い物騒な話してるけど、何がどうなって戦場なのさ?」

【モニカ】
「再三話に出てきたカリスという女、奴等がいる以上私の周りは全てが戦場なんだ。
やつらを全て討ち取ること、それが私がこの国に来た理由だから」

【刀満】
「待て待て、じゃあなんだ? モニカはカリスを殺そうってのか?」

【モニカ】
「ああ」

表情は何一つ変えず、淡々とモニカは云ってのけた。

【刀満】
「殺すって、そんな簡単に云うけどさ」

【モニカ】
「殺らねばこっちが殺られるだけだ、私はむざむざ殺られる気は毛頭無い」

【千夜】
「だけど殺しちゃったらモニカの方が罰せられるんだよ?」

【モニカ】
「こちらの法にかまっていることはできん、邪魔立てすれば切り捨てるだけだ」

【刀満】
「殺れば殺っただけ罪は重くなるぞ? 可愛らしい顔して冗談云うと御上にしょっ引かれるぞ」

【モニカ】
「冗談ではない、やつには明確な殺意がある、それは刀満も理解しているはずだ。
やつの殺意をわざわざ受け入れるような馬鹿もいるまい」

正論と反正論がゴチャゴチャになってるぞ。
正当防衛だといえばそうなんだけど、なんかしっくりこない。

【刀満】
「正当防衛を主張するにしても、カリスが本当に殺しに来ない限り認められない。
こっちから手を出したんならそれはもう正当防衛じゃなく、モニカの殺人罪になるぞ」

【モニカ】
「だからといってあんな危険なやつらを野放しには出来ない。
見つけ次第すぐにかたをつける、逃がせばそれだけ死者が増えるだけだ」

【千夜】
「そのカリスって子、そんなに拙い子なの?」

【モニカ】
「ああ、だから私がこの国に来たんだ。 放っておけないほど拙いやつだからな」

俺と千夜は顔を見合わせ、モニカの発言をどう受け取って良いか首を傾げあった。
さっきからのこの真剣な顔を見る限り、云っていることは多分彼女の本心なのだろう。

【刀満】
「話が何度も前後して悪いんだけど、殺したら殺したで問題があるだろ。
この国でなく、どこの国だって人を殺せばそれ相応の罰が自分に帰ってくるぞ」

【モニカ】
「それはこの国の事情であって、私の国の事情ではない」

【千夜】
「そういえば、モニカってどこの生まれなの?」

【モニカ】
「どこだと思う?」

【刀満】
「少なくとも日本ではないわな」

【千夜】
「ヨーロッパの方?」

【モニカ】
「残念ながらどう答えても不正解だ、この国という考え方をするのならば絶対に当たらない。
私と刀満たちでは根本から違う……住んでいた世界そのものが違うんだ」

【刀満】
「それはつまり、どういうことなんだ?」

【モニカ】
「簡単に云えば、私がいる世界は刀満たちにとっては夢や幻、御伽噺の世界のということになるんだ。
刀満たちはこの世界に住んでいるからこの世界しか知らない、他の世界なんて全てが御伽噺の世界だろう?」

【刀満】
「……よくわからんなぁ」

【モニカ】
「それが普通なんだ、気にすることはない。
本来自分がいる世界以外は足を踏み入れることなんてないんだ、知らなくて当然、わからないから良いんだ」

【千夜】
「えぇと、結局どういうことなの?」

【モニカ】
「世界は一つではなく、数限りなく無数にあるということだ。
ただ互いに干渉をしないから本来なら決して交わらず、交わらないからこそ秩序が保たれる」

【刀満】
「モニカがそういった世界の人間だとして、だったらなんでこっちの世界に来たんだよ?
干渉せず絶対に交わらないんじゃないのか?」

【モニカ】
「本来なら、な。 ただ、実際世界はありとあらゆるところで異世界と繋がっているんだ。
『パイ』という料理があるだろ、あの生地のように複雑な交差をして世界と異世界は点と点で繋がる」

【千夜】
「それって大丈夫なことなの?」

【モニカ】
「繋がっているからといって自由に世界と異世界を行き来できるわけじゃない。
ある種の条件が揃ったときのみ、ほんの僅かな時間だけ交差路が出来上がるんだ。
だからといって交差路を通った先がちゃんと繋がっているとは限らない、最悪空間のない無の世界に行くこともあるかもしれない」

【刀満】
「なんかSFみたいな話になってきたな……
で、モニカはカリスを追ってこっちに来た、ということで良いのか?」

【モニカ】
「目的だけを突き詰めればほぼ正解だな」

うぅむ、どうにもこういったSF的な話は苦手なんだよな。
だけどモニカが小さくなったのは事実だし、モニカの云ってることも信用せざるを得ないのか?

【刀満】
「質問ばっかりで悪いんだけど、何でカリスはこっちに来たんだ?」

【モニカ】
「あまり気持ちの良い話ではないし、非常に生々しい話になるから
できることなら刀満や千夜たちには聞かせたくないのだけど……」

【千夜】
「そう云われると聞きたくなるんだけど、モニカが配慮してくれるんなら聞かなくても良いか」

【刀満】
「だな、無理に聞かなきゃならない話でもなさそうだし」

【モニカ】
「賢明な判断だな」

【千夜】
「私は会ってないからわかんないんだけど、そのカリスって子何者なの?」

【モニカ】
「私の国で云うところの魔族。 純血の魔族と純血の人の間に生まれた混血主だ」

確かにカリスは自分のことをハーフだとか云ってたっけ。
人の血が入っているから普通の女の子と同じような容姿をしていたのだろうか?

【モニカ】
「他に何か知りたいことはある? ここまできたら大概のことは教えてもかまわんぞ」

【刀満】
「あー……俺は良いや、今までのことを整理するのでいっぱいいっぱいだ」

【千夜】
「私も」

【モニカ】
「無理に私の云っていることを信用することはない、信用できない方が普通なんだから。
私の発言は全てが虚言、そう思っている方が多分ずっと楽だ」

【刀満】
「嘘だ本当だと考える方が面倒だから、全部本当で良いや」

【千夜】
「短絡的な刀満らしい答えだね」

こういったものは何でも信じておく方が良い、UFOとかだって信じてた方がなんか楽しいし。

【刀満】
「あ、今日からモニカが泊まるってことは部屋用意しないとダメだな」

【モニカ】
「私は住まわせてもらうだけで十分だぞ、わざわざ部屋を用意してくれなくてもかまわんが?」

【刀満】
「だけど着替えとかするとき部屋があった方が良いだろ?
どうすっかな……姉さんどうせ帰ってこないからそこでいっか」

【千夜】
「私の場所は? 雨降ってるしもう遅いから泊めてもらいたいんだけど」

【刀満】
「俺の部屋使えば良いだろ、俺はここで十分だし」

【千夜】
「刀満の部屋なんか怖いんだよね……なんか出そうで」

【刀満】
「何もでねえよ、部屋案内するからついてきてくれ」

……

【刀満】
「とりあえず今はここが空いてるから、ここ使ってもらえるか」

【モニカ】
「こんな個室を使わせてもらって良いのか?」

【刀満】
「一応姉さんの部屋なんだけど、ほとんど家になんかいないから好きに使って良いや」

【千夜】
「……相変わらず、凄い部屋だね」

所狭しと並べられたぬいぐるみや人形が女の子らしい部屋に見えるんだけど、あの姉さんの部屋なんだよな。
家にはほとんどいないくせに、物凄い使い込まれて愛着があるみたいな部屋に見えるから不思議だ。

大体人形やぬいぐるみなんて全く興味ないくせに、なんで家に戻ってくるたびに何個も増えているんだろうか?

【モニカ】
「随分と装飾が細かい部屋なんだな、見渡す限り小物だらけでなんだか楽しくなってくるな。
この国の人は皆部屋にはこんな装飾をしているのか?」

【刀満】
「いや、姉さんの部屋はごくごく少数派だと思う……
定期的に掃除はしてるからほとんど汚れていないと思うけど、念のため掃除機ぐらいかけるか?」

【モニカ】
「いや、心配は要らん。 国では星の下で眠ることも多かったんだ。
汚れなどほとんど気にはならんし、刀満に面倒をかけるのもしのびない」

【刀満】
「そうか、じゃあ今日からここで寝てもらうことにするか。
ちなみに隣が俺の部屋だから、なんか用があったらノックでもしてくれ」

【モニカ】
「あぁ、わかった」

【千夜】
「どうする? まだ眠るにはちょっと早いんだけど、なんか話しでもする?」

【モニカ】
「折角の誘いで申し訳ないんだが……今日は早めに休ませてもらえないだろうか?
体が小さくなったせいで持久力も低下してしまって……ふぁ……ぁ」

小さなあくびを手で隠し、目尻に薄っすらと涙を浮かべていた。

【千夜】
「そっか、じゃあ今日はこれで解散だね」

【モニカ】
「すまない……また時間があったときは必ず」

【千夜】
「いつでも空いてるからどうぞ、お休みー」

【モニカ】
「お休み」

部屋の扉を閉じ、千夜と二人で俺の部屋へと入る。

【千夜】
「なんか随分と変わった子を拾ってきたね」

部屋に入るなりベッドにボフっと体を投げ出して盛大にくつろぎ始めた。
俺の部屋は嫌なんじゃなかったのか……?

【千夜】
「あの子、本当に泊めちゃって大丈夫なの?」

【刀満】
「行くとこないみたいだし、部屋も余ってたから良いんじゃない?」

【千夜】
「そうでなくて……モニカの云ってたこと、あれどう思う?」

【刀満】
「さっき云ったろ全部信じてるって、お前はやっぱり一切信じてなさそうだな」

【千夜】
「信じないわけじゃないんだけど、やっぱりどうにも信用できる話じゃないじゃない。
異世界から来たっていきなり云われてもさ」

【刀満】
「そう云ってるんだからもうそれで良いじゃないか、色々考えると余計にこんがらがるぞ」

【千夜】
「やれやれ、楽天的はこれだから……」

【刀満】
「楽天的に考えた方が世の中楽だしな、それはそうと俺が嘘云ってないってのはどうなったんだよ」

【千夜】
「本人がああ云ってる以上、刀満は嘘ついてないってことになるんじゃないの? 良かったねぇ」

うわぁ、ちっとも心がこもってねぇ……

【刀満】
「さっさと風呂入って寝ちまえ」

【千夜】
「明日朝になったら家でシャワー浴びるから今日は良いよ、もうこのままお休みだ……」

【刀満】
「掛け布団かけないと風引くぞ」

【千夜】
「じゃあかけて、もうたつのヤダ……」

手のかかる子供かよ……
さっさと千夜に布団をかけ、電気を消して部屋を退散する。

することもなく、まだ寝るには早いので俺は一人居間でテレビの観賞だ。

【刀満】
「お、朝のニュースまたやってるわ」

女性キャスターが現場からリポートしているのはつい最近あった例の殺人事件のニュースだった。

【刀満】
「これを、カリスがやったとはな……」

はっきりとやったとは云っていないが、カリスの遠回しやモニカの話を聞く限り
犯人はカリスである可能性が濃厚だと見るのが妥当だろう。

【刀満】
「あんな人間らしい顔して笑ってた子が、本当は犯人、か……」

モニカは魔族だと云っていたが、あの子を見て魔族だなんて判別できる人間が何人いるのだろう?
そもそもこの国には魔族という固定概念そのものが存在しないのだから、誰一人わかるはずがない。

魔族だとわかったとしたら、その人もこの世界の人ではない、ということになる。

【刀満】
「それを追ってきたモニカが俺の家に泊まることになって。
全く人生ってどう転がるかわかんないもんだな」

さっきまで普通の学生だったのに、今日一日であまりにも色々なことが起きすぎた。
どっと疲れた上に、あまりのめちゃくちゃぶりにわらけてくるよ……

【刀満】
「ふあ、うぁあぁ……俺も早く寝よ……」

明日は土曜で休みなのでもう少し夜更かしでもしておきたいところだが
さすがに今日みたいなドタバタがあった後は早く寝たくもなる。

さっきまでモニカの寝ていた布団の上に大の字に寝転がり、ゆっくりと目を閉じて一つ息を吐く。
明日になったらモニカは初めからいなかったかのように消えてれば、ファンタジー小説としては3流で終わるところ、かな?

……

【千夜】
「ふぅ…………はぁ!」

ボゴ!

【刀満】
「はぐぅ!」

いきなり腹への圧迫感に、声にならない言葉とジンジンした鈍い痛みの嫌な饗宴が起きる。
鈍い上に重い痛みを必死で堪えながら、身に起きた状況を整理する。

…………あの野郎、やりやがったな。

【千夜】
「休みの日に朝一番からだらしない顔してんじゃないの。
休みだからっていつまでも寝てると、気がつけば一日終わるぞ」

【刀満】
「休みの日くらいもっと優しく……」

【千夜】
「踏んであげた方が良かったの? うわぁ、やばぁ……」

【刀満】
「普通に起こせよ、今何時……?」

【千夜】
「6時半、いつもなら絶対に起きてない時間だわね」

【刀満】
「6時半!? 何で休みの日にそんな早起きしないといけないんだよ……
大体お前だってなんでこんな早い時間に起きてるんだ?」

【千夜】
「昨日早く寝たから偶然早く目が覚めただけ。
だけど私なんかよりももっと早起きさんもいるけどね」

ちらりと千夜が窓の外に目を向ける。
いつもと同じような寝覚めの悪い目を擦りながら千夜と同じように窓の外に眼を向けた。

そこにはまだ朝も早いというのに、入念なストレッチで体を動かすモニカの姿があった。

【モニカ】
「お、眼が覚めたみたいだな。 口元の涎、拭いておいた方が良いぞ」

【刀満】
「ふあ、ぁあぁ……朝早くからご苦労だな」

【モニカ】
「陽が出たのにいつまでも寝ている道理もあるまい、休むのは夜だけで十分だ。
そうだ刀満、眼が覚めたら頼もうと思っていたんだが、少し私に付き合ってくれないか?」

【刀満】
「朝早くから何に付き合わせようって云うんだよ?」

【モニカ】
「道案内だよ、これからランニングをと思っていたんだが、あいにく道がわからないから。
明るいうちに一通り道を覚えておきたいのもあるのでな」

【刀満】
「ヤダよ寝起きにランニングなんて、走るのそんな好きじゃないし」

【モニカ】
「体を動かさないのはあまり感心せんぞ、それではいざというとき自分の身を守れないではないか」

【千夜】
「刀満はダメな時はダメだってもう割り切ってるから、そんなこと云っても無駄よ」

【刀満】
「ほっとけ、走るのは付き合いたくないけど、散歩くらいなら付き合っても良いかな」

【モニカ】
「それでもかまわん、そうと決まればさっさと顔を洗って身支度を整えるのだな」

ランニングは出来なかったものの、散歩には付き合ってもらえるということで
嬉しそうにモニカはストレッチの幅を大きくして見せた。

【千夜】
「おやおや、休日の朝っぱらからデートですか? 偉くなったもんだね」

【刀満】
「ただの散歩だ、帰って来たら二度寝するんだから早く行ってくるべ。
お前も行くか? それとも家帰るか俺たちが帰ってくるまで待つか?」

【千夜】
「昨日お風呂入ってないから家帰ってシャワー浴びるわよ。
私がいないからといって、くれぐれも疚しいこと考えて手を出したらダメなんだぞ」

だからださねえってのに……

【モニカ】
「遅い! 支度に手間取ればそれだけ好機を逃してしまうのだぞ、急げ」

……

【モニカ】
「何をしているんだ、もっときびきび歩け」

【刀満】
「あのなぁ、散歩っていうのはもっとゆっくり歩くもんだろ。
俺たちは競歩選手権をしてるんじゃないんだから、もっとペース落とせよ」

俺とモニカのペースがさっぱりと合ってこない。

それもそのはず、散歩はマイペースでゆったり行うのが俺のやり方。
なのにモニカの散歩は早足でずんずんと一歩一歩が大きく、散歩とは到底呼べないくらいに速い。

【モニカ】
「覚えなければならないところはほぼ全域なんだ、そんなペースでは回りきれないであろう」

【刀満】
「ゆっくり時間かけて見てけば良いだろ。
それになんで全域を覚える必要があるんだよ?」

【モニカ】
「夜の見回りがあるからに決まっているだろ、一刻も早く奴等を見つけて討つ。
そのためには徹底した地理の知識が必要なのだ、理解できたか?」

【刀満】
「だったら夜も付き合ってやっから、今日は近所だけにして帰ろうぜ?
ふあ、あぁぁあ……帰ってもう一回寝たいんだよ」

【モニカ】
「やれやれ、弛んだ精神なのだな。 そんなことでは戦地に赴くことなど出来んぞ」

【刀満】
「戦地なんてないから大丈夫大丈夫、あっても行こうとも思わないしな」

【モニカ】
「能天気な、昨日殺されかけたとは思えないくらい軽い男だな」

予想外の返答に心底呆れ返ったモニカはため息にも似た長い息を一つつく。

【モニカ】
「なあ刀満、お前昨日の私の話をどう受け止めたのだ?
世迷言か、それとも妄想と空想の産物だ、とでも受け取ったのか?」

【刀満】
「俺らの知らない世界ってやつか?」

【モニカ】
「あぁ」

【刀満】
「どうって云われてもなぁ、そういった世界があるのなら別にあっても良いんじゃないか?
そんな世界はないって証明できたわけでもないし、あったらあったで問題ないんじゃないのか?」

【モニカ】
「……はぁ、刀満、お前頭悪いだろ?」

【刀満】
「良くなろうと思ってないしな、人並みにできて生活出来ればそれで良いし」

【モニカ】
「……少しくらい怒ったらどうなんだ? 今私はお前を馬鹿にしたんだぞ?」

【刀満】
「あまりそういったこと気にしないから、個人個人の尺度を他人が決めてどうするのさ」

【モニカ】
「そういったことにはちゃんとした意見を持っているのだな。
不思議な男だ、私の世界でも今まで会ったことのない全く初めてのタイプだ」

【刀満】
「そりゃ良かったな、人間関係の幅が広がったな」

【モニカ】
「それは確かに云えてるな」

モニカはハハハっと笑みを見せ、さっきまでの早かった足の進みを俺に合わせてゆっくりなものへと変えていた。

【モニカ】
「仕方ない、お前の散歩に付き合うとしよう。
時間が出来たときにでも一人でランニングはすれば良いのだからな」

【刀満】
「そうそう、人生マイペースの方が疲れなくて楽だぜ」

【モニカ】
「そういえば、私の服はどうなったんだ?
いつまでもこんな小さな服ではいざというときに非常に困るのだが……」

【刀満】
「あの服着るのか? 所々破れたり裂けたりしててとても女の子が着る服とは思えないんだけど……」

【モニカ】
「私は女であるが、それと同じように騎士でもあるんだ。
無駄な装飾のついた魅せるような服は興味がない」

確かに、昨日着てた服は上も下も年頃の女の子が着るにはどう見ても地味だったな。

だけど昨日から気になっていた彼女の台詞にちょいちょい登場する
『騎士』という言葉が気になっていた。

【刀満】
「昨日から気になってたんだけど、騎士ってどういうことなんだ?」

【モニカ】
「聞いてそのままの意味だが……何か不都合があるのか?」

【刀満】
「さも当然のように云ってるけどさ、この時代この国には騎士なんていないんだけど」

【モニカ】
「そういうことか、確かにこの国は私の国に比べて文明は随分とは発達しているが
少々息苦しく、騎士がいるには相応しい場所ではなさそうだ。

【刀満】
「お前のいた国ってどんなとこなんだ?」

【モニカ】
「よく御伽噺やファンタジー小説に出てくるような世界だと思ってもらって問題はない。
この世界のように発達した文明はなく、のどかな世界だよ」

【刀満】
「電気とかない世界だ?」

【モニカ】
「当然な、夜の明かりはもっぱら松明や蝋燭の明かりだよ。
そういう世界に慣れているものだから、夜でもあんなに明るいのは少々目に痛いんだ」

モニカの話を聞く限り、まるでゲームの世界から抜け出てきたみたいだな。

【モニカ】
「話が少々ずれてしまったが、私の服は?」

【刀満】
「あの服って小さくなる前の服だろ? 今の体であの服はちょっと厳しいだろ」

【モニカ】
「そうは云うが、何度も云うように私にはあの服しかないんだ。
こんな服でカリス等と一戦交えるわけにも行くまい」

【刀満】
「だけどなぁ、あんな服着てたらそれこそ動きにくいだろ?」

【モニカ】
「それは刀満が心配することではなく、私が心配することだから気にするな」

どうしても譲らないらしいな、あまりあんなぼろぼろになった服を着せていたくはないけど
本人が着たいと云うのなら仕方ないか……

【刀満】
「もう洗濯も乾燥も終わってるから、どうしても着たいなら帰ってから着替えな。
朝はこんなところで良いんじゃないか? もう30分も歩いてるから往復で一時間になるし」

【モニカ】
「うむ、一応目印になるようなものもいくつかあったからそれを目指せば
私だけでも何とかなりそうだ、礼を云うぞ」

【刀満】
「ランニングに付き合わされないだけましだよ、早く帰って寝よ……」

【モニカ】
「やれやれ……」

……

【刀満】
「ただいまーっと……千夜のやつ帰ったみたいだな」

朝出るときにあった千夜の靴がない。
シャワーを浴びに帰ると云っていたからきっと家に戻ったのだろう。

【モニカ】
「刀満、戻ってきて早々で悪いのだが水を浴びさせてもらえないか」

【刀満】
「汗でもかいたのか? だけど水浴びって、風邪引くぞ。
ちゃんとシャワー出るからお湯で良いだろ?」

【モニカ】
「あ、すまん。 つい向こうの国の習慣で……向こうは湯を作るのもそれなりに時間がかかるのでな」

【刀満】
「なるほどな、風呂はそっちだから後は着替えを……お」

昨日モニカが着ていた服を探していると、テーブルの上に置手紙が置かれていた。
この几帳面に整った等間隔で並んだ字を見ればすぐに書いたのは千夜であると理解できた。

【刀満】
「なになに……は……えぇ?」

【モニカ】
「何を変な声を出しているのだ?」

【刀満】
「なんか千夜がモニカの服もっていくってさ」

【モニカ】
「は? じゃあ私の服はここには無いというのか?」

【刀満】
「そういうことになるな」

あいつはまた何を考えてモニカの服を持ってったんだ?
まさか裁縫で繕うつもりなんだろうか?

【刀満】
「悪い、風呂入るのはちょっと待ってもらえるか。 着替えが何もない」

【モニカ】
「体が乾くまでなら私は別に裸でいても問題はないが?
あまり本意ではないが、この体ならこの服でも十分に間に合うからな」

【刀満】
「ちょ、何云ってんだあんたは! そんなの俺が色々と拙いだろ!」

【モニカ】
「昨日私の服を脱がせたではないか、それに私が問題ないと云っているんだ。
刀満も私のことなど気にせず普通にしてれば何も問題にはならないと思うのだが」

【刀満】
「俺は免疫がそんなに強くないんだよ……」

それもこれも、全部姉さんのせいである。
あの人は俺の免疫力がないのを良いことに散々遊んでくれたからな……

散々遊ばれたというのに、一向に免疫力は上がってこないし……

【刀満】
「仕方ない、これから千夜の家行って服取り返しに行くぞ」

【モニカ】
「良いのか、寝ていなくて?」

【刀満】
「寝てる横で裸で生活されちゃ俺が困るんだよ……」

【モニカ】
「ふむ、そういうものなのか。
まあ私は散歩の続きが出来るのであれば願ったりかなたっりではあるがな」

モニカにとっては嬉しい誤算、俺にとっては非常に迷惑な誤算を生み出した
千夜の家を目指し、再び俺たちは家を後にした。






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