【Gaillarde『Beer and real intention』】


【刀満】
「よっと」

【法子】
「ふにゃぁ……」

またも酔いつぶれ、気持ちよさそうの顔で夢の世界に行ってしまった姉さんを抱きかかえ
俺の部屋のベッドに寝かせて布団をかけてあげる。

【刀満】
「やれやれ……」

……

【モニカ】
「姉君、寝かせてきたのか?」

【刀満】
「運んでる最中も起きないんだから、きっと朝までぐっすりだろうな」

【千夜】
「だけど、こんなちっさい缶ビール一本飲んだだけでぐっすりなんて。
よっぽどお酒の類弱いんだね、普段どうしてるんだろ?」

【橘禰】
「ビールに極端に弱いということだけかもしれないですよ?」

予定通り姉さんのお帰りなさいパーティーをやったわけだ。

いつもは俺と千夜、後は主役の姉さんだけだったけど
今回はそこにモニカと橘禰さんが加わった大所帯だ。

案の定、真っ先に酔っ払って眠ってしまったのは主役のはずの姉さんだったけど……

【刀満】
「さてと、主役も寝ちゃったし。 俺達だけで飲む? まだ食べる物も残ってるし」

【橘禰】
「あまり未成年者の飲酒は良いものとは云えませんよ」

【モニカ】
「だそうだ、二人が駄目となれば私が」

【橘禰】
「お待ちなさいな、自分が一番の未成年者のくせに当たり前のようにお酒に手を出さない。
体が小さいとそれだけアルコールの回りも早く、分解も遅いんですから」

【モニカ】
「なっ! 私を二人と同じにするな。
成人の儀ならとうの前に終えている、国にいるときは飲酒も嗜んだ方だ」

【橘禰】
「貴方の世界とここでは法が違うんですから。
この世界にはこの世界のルールがあります、他所から来たのだから従わないというのは通じません」

正論だ、非の打ち所の無い正論。

【モニカ】
「刀満! この硬い狐に一言云ってやれ、ここは家主である刀満の意見に従おう」

おいおい、ここで俺に振るのか。

【橘禰】
「彼女が飲んだら色々と問題がある、そうはっきりと仰って頂いて良いんですよ」

【モニカ】
「問題など無いと云っているだろうが、まったく無駄に年だけ重ねた者は
何処の世界でも口煩いものだな」

【橘禰】
「聞き捨てなりませんね、私がただ年を重ねただけの狐狸だと云うのなら
私から見れば貴方は百にも満たない赤子同然ですがね」

また始まったよ、しかもこのやり取り一度どこかで見た。

【モニカ】
「で、どうなんだ!」

【橘禰】
「どうなんですか?」

【刀満】
「ぁ、えぇとなんだ……千夜が先に始めたから、良いんじゃない?」

【橘禰】
「へ? な、千夜様!」

不毛なやり取りというのを早々に理解したのか、モニカが手を出そうとした
あたりからすでに千夜は飲み始めていた。

【千夜】
「たまには良いんじゃない? 明日起きれなくなるまで飲まなきゃ、ね?」

【刀満】
「だそうだ、俺は別に飲んでも良いし飲まなくても良い、票が多い方にいくよ」

【モニカ】
「なら私と千夜の二票、お前の一票、刀満は多い方への一票だから我々の勝ちだな」

【橘禰】
「別に勝ち負けを争ってなど最初からいませんよ。
そういうことであれば、私もその意見に流されましょうか」

【モニカ】
「飲むなら飲むと最初から云えば良いだろうに」

【橘禰】
「最年長者が真っ先にそんなこと云えると思いますか?
お二人はともかく、貴方はその身体ですから控えた方が宜しいですよ」

あぁぁ、また始まりそう……
酒ぐらいゆっくり飲もうよ。

……

街灯は僅かに二本、この公園の広さにしてはいささか不十分な数だろう。
しかし、遮る物のほとんど無いここでは月明かりさえ出ていれば視界はなんら不自由することは無い。

実際、困ったことが無いのだからきっと他者もそう考えているだろう。
元々そういう設計なのか、たまたま偶然そうなったのかはわからないが、なんにせよこの対比は心地良い。

【天空】
「……」

天空は待っていた。
見回りに走らせた人形の帰り、それが今日はやけに遅い。

道術で仮初の命を宿しているため、人形の自由意志で動ける上に危機管理も出来る。
術者である天空が危険と認識しているものには近寄らない、そういった判断を自分で下すことも出来る。

さらにいえば、あれには危機的状況を切り抜ける術も持ち合わさせている。

それが今の時間になっても戻ってこないというのは、いささかおかしい話だった。

【天空】
「どこで道草しているんだ」

人形にも当然行動範囲の限界がある、天空が自身の眼で見たことの無い場所に
人形は立ち入ることが出来なかった。

すなわち天空の行動範囲全てが人形の行動範囲ということになるが、何かがおかしい。

術者と術具には意思をつなぐ見えない糸のような物があり、それにより
術具を自分の元へ呼び寄せることも可能となる。

それが効かなくなっているということは、すなわちそういうこと、という現実にぶち当たる。

【天空】
「……」

ベンチから腰を上げ、軽く首を捻る。
右手をコートの中に忍ばせ、その手で針を握った。

【天空】
「……」

少女の姿が一人眼に映る。

その少女は月明かりを正面から受け、妖しい美しさをその幼さに秘めながら
ゆっくりとこちらへ歩みを進めている。

【カリス】
「初めまして、こんな夜遅くにこんなところで何かご用事ですか?」

【天空】
「人を待っているだけですよ、私より君の方こそこんな時間に一人でいるなんて危険ですよ。
最近この街は物騒ですからね、いつ何時どうなるかわかりませんよ」

【カリス】
「ええ、ですので用事を終わらせたらすぐに帰るつもりですよ」

【天空】
「用事? ならば私のところになど来ていないで用事を済ませてはいかがですか?」

【カリス】
「あらら、わかりませんか? こんな時間こんなところに来るなんて明らかに不自然。
となれば、用事はここに済ませに来たとは考えないですか?」

【天空】
「私に? 生憎私は貴方を知りません、そんな私に用事というのは」

【カリス】
「お届け物ですよ、これ、貴方のですよね?」

にっこりと笑ってカリスが見せた物、それは紛れも無い天空が使役する人形だった。
ただ、その人形の心臓に当たる部分には太い針のようなもので無残にも貫かれていた。

しかし、それは天空にとって予想済みの結果であった。

【天空】
「痛々しい人形ですね、何かストレスでもありましたか?」

【カリス】
「?」

カリスは僅かに眼を大きくし、パチクリと瞬きをした。
天空の反応がカリスには予想外だったのだ。

【天空】
「……ふっ!」

【カリス】
「ぇ? いたっ!」

天空の合図と同時に人形の内側から無数の針が飛び出した。
これが人形に備わった危機回避能力、まさか人形の内側から針が飛び出すとは思わないだろう。

それはカリスも同じで、手にした人形から飛び出した針に手を傷めてしまう。

【天空】
「お届け物ありがとうございます、大切な商売道具ですから無いと困るんですよ。
傷物にされたことには怒りを覚えますけどね」

【カリス】
「そんな物騒な人形で、よく子供の相手が出来ますね。
そんな不意打ち、私もむかむかきます」

【天空】
「子供が惹かれるのは、案外危険な物というのがお決まりなんですよ。
それにしても、酷いことをしますね」

ヨタヨタと天空の下に歩み寄った人形を拾い上げ、心臓に突き刺さっていた針を抜く。

【天空】
「商売道具への暴力は私への侮辱、ただでは済ませませんよ」

【カリス】
「それは私も同じことです、こんな痛い思いをさせられたんですから」

二人は初めて会った同士、ただ一つだけ大きな違いがあった。
天空はカリスのことを何者なのかを気付き、カリスは天空が何者だかを知らずにいるということ。

案外この差は大きいもので、殺し合いを行う者たちにとってこの差は雲泥のものとなる。

【天空】
「あまり長々と相手も出来ませんから、短期でいきますよ」

【カリス】
「わかりました、では私も短期決着、というよりも一瞬で決めて差し上げますね」

その言葉通り、カリスは会話を切ると同時に動き出した。
それは当然天空のよんでいたところ、天空を知らないカリスならば考えられる可能性の一つ。

モニカの動きを知っている天空にとって、カリスの動きは当然反応出来ないものではない。

心臓を狙ってきたカリスの動きを大きく右に跳んで避け
カリスの影目掛けて針を投げつける。

【カリス】
「ぇ、ちょ、何!?」

突然動きを封じられたカリスが戸惑いの声を上げた。

【天空】
「何も知らない相手に無用心に襲い掛かるとは、向こう見ずもいいところですね。
奇しの力を持つ貴方では、私の結界の中ではただの少女と変わりません」

【カリス】
「結界っ? どうしてただの人間にそんなことが……」

【天空】
「ただの人間ですが、ただの人間ではないんですよ、私はね。
だから、躊躇無く貴方を殺すことも出来る」

天空に当然迷いなど無い、構えた針を躊躇せずカリスの心臓目掛けて投げつけた。
力、スピード、どれをとってもカリスを貫くには十分すぎるもの。

しかし、それは当然、当たればの話であるが……

カラン

心臓目掛けて一直線に飛んでいた針が地面に落ちる音が小さく響く。
さっきまで無かった障害物が、その針を弾いていた。

【男性】
「フフっ……」

【天空】
「援軍の到着、か。 しかも空からとは、さすがに予期出来ませんでしたよ」

【男性】
「いえいえ、なにも貴方と交えに来たわけではありませんよ。
偶然にも私の耳に届いたものですから。彼女の危機がね」

【カリス】
「危機? これくらいの小技なんて私なら……」

【男性】
「解けませんよ、彼はそういった人物なんですから。 ねぇ?」

【天空】
「……」

男性は天空のことを全部とは云わないが、ある程度は知っている。
カリスを相手した天空がそうであったように、今は男性がその立場にいることになる。

ここは天空の絶対的不利、ここで交えるのは得策ではない。

【男性】
「心配なさらずともこのまま一戦交えようなんて思ってはいませんよ。
私にも私なりの目的というものがありますので、とりあえずこれだけはしておかないとね」

影を貫いていた針を抜きとり、カリスの呪縛を解いた。

【カリス】
「お礼ぐらい、云いましょうか?」

【男性】
「要りませんよ、では私たちはこれで」

男性の背からはいつの間にか黒い翼が二つ生えており
その翼を使ってあっという間に姿をくらませてしまった。

【天空】
「面倒な……」

天空とカリスの初遭遇、僅か一瞬ながらの初遭遇だったかもしれないが
お互いに相手には勿論云えることのない恐怖を覚えていた……

……

【モニカ】
「くぅ……」

【千夜】
「もうはいんない……」

で、結局こういうことになるんだ。

真っ先に飲み始めた千夜は今はもう橘禰さんの膝を借りて寝言まで呟いてやがる。
モニカはモニカで勢いよく飲み始めたと思ったらすぐに顔赤くして今はもう夢の中。

ようは二人とも酒には強くないということだな。

【刀満】
「膝大丈夫ですか? なんでしたら千夜の布団出しますけど」

【橘禰】
「いえいえ、私はこのままで大丈夫ですよ、ご心配なさらず」

橘禰さんは嗜む程度に飲んでいたせいか顔も赤くなってないし、まだまだ全然いけそうな感じだ。
俺はというと、元々そんなに飲める身体じゃないのでもう欲しいとは思わない。

【刀満】
「甘い物は、大丈夫ですか?」

【橘禰】
「何でも大丈夫ですよ、極端に苦いのは苦手ですけど」

なら大丈夫だろう、冷蔵庫に冷やしてあったコーヒーゼリーを二人分取り出し
クリームを添えて橘禰さんに渡した。

【刀満】
「どうぞ」

【橘禰】
「いただきます。 ぁ、美味しい」

【刀満】
「多少苦味はあると思いますけど、食べれますか?」

【橘禰】
「ええ、クリームが添えられてますからこれで苦味もある程度消せますね。
それにこの程度の苦味なら問題なく食べられますよ」

ほ、良かった。
実はこれ、モニカに食べさせたら苦い苦いって散々文句云われたんだよな。

だけどこのくらいの苦味がないと、コーヒーゼリーじゃなくなるし。

【橘禰】
「彼女と千夜様が寝ていることですから、少し話しませんか?
いくつか確かめたいこともありますので」

【刀満】
「なんでもどうぞ」

【橘禰】
「刀満様は、今の状況をどうお考えですか?」

【刀満】
「今の状況というと……未成年が酒飲んでる、ってことじゃないですよね」

【橘禰】
「勿論です、そこで幸せそうな顔で寝ている彼女が来てから
刀満様の周りはとてもじゃないですけど、平穏とは云えない世界に変わったと思うのですが」

【刀満】
「そりゃまあ、そうですね」

こんな短い期間であんなにも死を予感したのはたぶん日本広しといえども俺くらいのもんだろ。

【橘禰】
「何度も私が忠告をしたにもかかわらず、それでも尚彼女を側に置いて
自らを危険の中心に置く、どうしてそこまでなさるんですか?」

【刀満】
「前にも、似たようなことを聞かれましたね。
そのつど答えてきたつもりではいましたけど、納得できてませんか?」

【橘禰】
「その場では納得したふりをしてきただけですよ。
千夜様がいることですし、彼女と揉めるわけにもいきませんでしたので」

【刀満】
「そのモニカも今は寝ちゃってますね」

【橘禰】
「ええ、ですから今聞けるのは刀満様の本音。
彼女を気にすることの無い、刀満様の気持ちが聞けるというわけです。

彼女には守ってもらう、というようなことを仰っていましたけど
それはもう過去の話、きっかけはそうだったかもしれませんが今は違いますね?」

【刀満】
「……どうして?」

【橘禰】
「その返答は、私の言葉が的を得ているということの証明になりますよ」

証明も何も、実際そうなんだから返す言葉も無い。

【刀満】
「そうですね……云うなれば……俺の意地、とでも云いましょうか。
こいつには今まで守ってもらってばかりでしたけど、それだけじゃ達成出来ないんですよ」

【橘禰】
「達成? 何をですか?」

【刀満】
「俺にも、約束ってものがあるんですよ。
カリスたちの好きにさせるなっていう約束なんですけどね」

これは入瀬が死ぬ間際に俺なんかに託した願い。
それともう一つ、小出さんの弔いも兼ねて。

【橘禰】
「それは、刀満様がなさらなくとも彼女が実現することではないんですか?」

【刀満】
「かもしれません、だけど俺が願われてしまった以上
俺もそれに応えるくらいの気でいないと」

【橘禰】
「なるほど、刀満様のお気持ちよくわかりました」

【刀満】
「こんなことで納得してもらえましたか?」

【橘禰】
「気持ちというのはそれだけ重要なものなんです。
もし刀満様が、身の安全のためだけに彼女をそばに置いているというのならば
彼女とはもう一度、今度は私の力全てをかけて交えるつもりでしたから」

俺の返答一つでモニカに危険が及ぶところだったのかよ……
だけど今の言葉を聞く限り、その意志はなさそうだな。

【橘禰】
「彼女のことはもう私が気にする必要もなさそうですね。
ですがもう一つ、気がかりなことがあるんですよ」

【刀満】
「もう一つ、ですか?」

【橘禰】
「はい、しかもこれは千夜様に直接関わることなんです。
放っておけば、最悪の事態にもなりかねないこと……」

最悪の事態ということは、つまりはそういうことなんだろう。

【刀満】
「どういうことですか?」

【橘禰】
「前にも一度お話したことだと思いますが、この街に封じられた妖怪の類
それらを封じる絡めが弱くなっているという話は覚えていますか?」

確か初めて橘禰さんに会ったときに聞いた話だったかな。

【橘禰】
「いくつか気になるところがありましたので、私自身でその場所を一つずつ回ってきました。
殆どの場所がまだまだ絡めの力に捕らわれていて心配することはありませんでしたけど」

【刀満】
「今、殆どって云いましたね」

【橘禰】
「多分予想している通りです、数にして二つ、絡めが完全に解けている場所がありました。
一つは自然に解けていましたが、もう一つは明らかな決壊の痕が見られました」

【刀満】
「最初に出た奴が、もう一人を出したってことですね?」

【橘禰】
「そうなります、それで刀満様に一つお尋ねします。
ここ最近、妙な男に出会ってはいませんか?」

【刀満】
「……」

妙な、というとやはりあの男性のことだろうか?

【刀満】
「心当たりが、一つありますね……」


……


【男性】
「やれやれ、あれほど釘を指したのに」

刀満達のいる部屋を見ることが出来る街灯の上に器用に立ち、はぁっと小さく息を漏らした。

【男性】
「ま、大体のことはもう知ってしまいましたから、大した障害にはなりませんけどね」

男性は口元ににんまりと笑みを浮かべ、普段は隠している自慢の翼を表に現し
音も無く飛び立った。

【男性】
「さて、後は彼にもお伝えしておきますか。 私と違って、短気な方ですからね」


……


【橘禰】
「……」

【刀満】
「といった感じの人なんですけど、やっぱりあの人は?」

【橘禰】
「話を聞く限り、間違いないでしょうね。
それとあいつは人ではありません、私と同じ妖怪の類です」

橘禰さんの言葉を聞いて、いくつもの謎が簡単に解けてしまう。
あの人がどれだけ人間離れした行動を取ろうとも、人間でないのならそれまでだ。

人間の尺度で考えなければ、それが一番納得できたんだ。

最近の俺の周りを考えれば、そういった答えになって当然だったな。

【橘禰】
「これは私も本腰を入れないといけないようですね。
刀満様もお気をつけください、言葉遣いは丁寧ですけど本性は非道極まる男ですから」

【刀満】
「ありがとうございます、モニカが起きたらちゃんと伝えておきます。
それと千夜のこと、お願いします」

【橘禰】
「お任せください、それでどうしますか?
普段彼女が行っている見回り、私がやってきましょうか?」

【刀満】
「それなら俺も一緒に行った方が良いですか?」

【橘禰】
「いえ、私だけで十分ですよ。 刀満様は心配なさらず、お二人のそばにいてくださいな」

橘禰さんはにっこりと微笑み、小さくお辞儀をして家を出て行った。






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