【Contrasts】


【刀満】
「え、えぇ! ……ど、どうしよう……」

落ち着け俺、頭の中の大運動会を即刻中止して冷静になるんだ。
まずは状況確認だ、何がどうなって今どうなっているのかを正確に分析しよう。

【刀満】
「……」

現状までの道程を順序だてて考えてみよう。

俺はカリスという女の子に遭遇して、彼女に殺されかけて
女性に助けられて、カリスがどこかへ行って、女性がカリスを追いかけて、女性の倒れる音がして。

【刀満】
「抱き起こしてみたら……縮んでた」

そんな莫迦な、人がそんな縮むなんて……狐に化かされているのだろうか?

【刀満】
「う、うぅぅぅん……」

これは奇病か何かなのだろうか?
ある日突然体が縮んで幼くなってしまう奇病、まだ新しいから見たことも聞いたこともないだけなのか?

【刀満】
「……そんなわけあるか!」

自分で自分のくだらない発想に嫌気がさしてきた。
結論をまとめると、女性がわずか十数秒の間で少女並みに縮んだということになる。

もうこれ以上どう云えというんだよ……

【刀満】
「おいあんた、こんなとこで倒れてると風邪引くぞ」

【少女】
「うぅ……」

触ってみるとコートは雨でびしょびしょに濡れている。
雨があたらないところへ運んだとしても、このまま放っておいたら絶対に風邪を引くだろう。

【刀満】
「こんなときに携帯も忘れてくるし、どうしたら良いんだよ……」

【少女】
「はぁ、はぁ……」

【刀満】
「……」

近場で頼れる家もなければ交番もない、悪いことに雨をしのげるところさえないときた。
こうなった場合選択肢は僅かに二つ、知らん顔して帰るか否か。

【刀満】
「……あぁもう仕方ない!」

コートごと少女の体を抱き上げ、とりあえず雨風がしのげるところまで運んでしまおう。
予想以上に軽い少女の体と、少女には明らかに大きすぎるコート。

信じたくはないけど、やっぱりこの子は縮んでしまったのだろうか?

……

【刀満】
「よい、しょっと……」

なるべく振動を与えないよう少女を壁に寄りかからせ、急いで風呂の準備に取り掛かる。
傘を差していなかったのかコートはずぶ濡れ、体温もかなり下がっていることだろう。

風呂にお湯と水の蛇口の両方を捻り、お湯の方が若干量が多くなるように調節する。

【刀満】
「後は溜まるまで待てば良し、次は……」

寄りかからせていた少女からずぶ濡れのコートを剥ぎ取り、恐る恐る衣服に触れてみる。

【刀満】
「うわ、やっぱり濡れてるわ」

コート自体がもう大量の水を含んでいたせいか、内側のブラウスも濡れていた。

【刀満】
「ど、どうしよう……」

服が濡れている以上、このまま着させているわけにもいかない。
しかし、だがしかしだ……俺が脱がせるのか?

俺しかいないんだから俺が脱がすしかないのだけど、やっぱり抵抗がある。

【刀満】
「……」

ほとんど意識がない以上、自分で服を脱いでもらうことなんて出来やしない。
このまま風呂の中に入れるわけにもいかない。

だとすれば、必然的に俺が脱がせるしか……

【刀満】
「ぬぅ、ぅぅ……」

見ず知らずの女性、今では女の子になってしまった人の服を俺が脱がすのか?
まだ名前も知らないのにか? まだ出合って十数分しか経っていないのにか?

……まだ早すぎるだろそんなの……?

【少女】
「は、ぅ……」

【刀満】
「……えぇい迷うな! やましい気もちじゃなく、人命救助だと思え!」

無理やり自分を云い聞かせて気持ちを無理やり奮い立たせてみる。
なるべく見ないように視線を関係ないところに向け、一番濡れている量の多いスカートをさっと脱がせた。

【刀満】
「う、ぅわぁ……」

見ないように見ないように、というつもりでも、やっぱり視線は自然と女の子の方に向いてしまうわけで。

大きめのブラウスが雨のせいでべったりと肌に張り付いて下着のラインが浮き出ている。
ブラウスの裾からのぞく白い下着に眼を奪われそうになりながら、最後の自制心で視線をあさっての方向へ。

【刀満】
「上は……ダメだ、これ以上は無理……」

ブラウスと下着姿の女の子の体を抱き上げお風呂場へ。
ちょうど良い具合になった風呂の中にそっと少女の体を沈めていく。

【刀満】
「上着たままだけど、我慢してくれよ……」

俺の自我が崩壊しない限界がこれだ。
あまり気持ちの良いものではないかもしれないけど、これで勘弁してくれ。

【刀満】
「さてと、後は……着替えだよな……」

風呂に入れることよりもさらに厳しいぞこれは。
俺は女の子が着るような服なんて持ってない、姉さんもあの子が着れるような服を持ってる可能性はゼロに近い。

【刀満】
「買いに行くにももう遅いしな……こんなときは……ぁ」

こんなときに頼れるのがいるじゃないか。
急いで部屋に戻って携帯電話で目的の人物にコールをかける。

PrrrrrrPrrrrrr……

【千夜】
「もしもしー、どしたのこんな時間に?」

【刀満】
「お前今から家出れる?」

【千夜】
「出れるけどどしたの? なんか凄い声が慌ててるよ?」

【刀満】
「色々と面倒があってさ……それでさ、おまえ小学生ぐらいで着てた服ってまだ残ってる?」

【千夜】
「一応とってあるけどそれが?」

【刀満】
「持って来て」

ガチャ!

ツー、ツー、ツー……

PrrrrrrPrrrrrr……

【刀満】
「おい! いきなり切んなよ!」

【千夜】
「うるさいこの変態! こんな時間に電話してくるから何事かと思ったら
よりによって私の服を持って来い? それも小学生のだ? 何考えてんだ!」

【刀満】
「説明は後でするから、頼むから持って来てくれよ……」

【千夜】
「ヤダよ、あんたみたいな変態に渡したら何されるかわからないもん。
どうしても欲しいんなら、そうね……お金で解決する?」

【刀満】
「あのな、俺はお前の服が欲しいんじゃないんだよ!
とにかく色々と緊急なんだ、お前が持ってこないと人が死ぬんだよ」

【千夜】
「そんなオーバーな、第一私の服じゃなくても法子さんのがあるでしょ」

【刀満】
「姉さんの服なんか着せられるかよ、あぁもう持って来てくれるのかくれないのか?」

【千夜】
「ふぅむ……まぁ普通の状況じゃないっていうのはわかったかな。
友人の好で一応持って行ってあげるけど、変なことに使わないでよ」

【刀満】
「だから、俺が使うんじゃないってば……あ、それからな」

【千夜】
「何よ?」

【刀満】
「下着も持って来て」

【千夜】
「刀満…………………このド変態!! 電柱に頭ぶつけて死んじゃえ!!!!!!」

ブツ!

【刀満】
「くうぅ……そんな怒るなよ……」

俺だって何が悲しくてこんな時間に女の子に服と下着持って来てなんて電話しないといけないんだよ。

……

【千夜】
「おーいむっつりスケベさん、服持って来てあげたわよ」

【刀満】
「莫迦お前! 近所が誤解するようなこと大声で云うな!」

【千夜】
「なに? 雨の中折角刀満が喜ぶ服と下着持って来てあげたのにその態度なの?」

【刀満】
「ぐぅ、あ、ありがとうございます……」

【千夜】
「で? 私の下着をそこまでして手に入れて何しようって云うのかしら?
正直に話してごらんなさい、そうすれば痛くしないであげるわよ」

【刀満】
「詳しく話すと長くなるから、まず入ってくれ」

このまま服だけ置いてってもらって帰ってもらうわけにはいかない。
まだまだ千夜には働いてもらわないといけないからな。

【刀満】
「あの、なんか温かいの飲む?」

【千夜】
「気が利くのね、それじゃ紅茶」

あくまでも低姿勢、怒らせて帰られると俺一人であれやこれやを自制心を無理やり押さえつけながら
悟りの境地で行わないといけなくなるからな……

【刀満】
「お待ちどう」

【千夜】
「それで、こんな時間に私の子供のころの服を持ってこさせた理由は何?
下着だけならまあ想像しやすいけど、昔の服はどういうこと? 刀満ってばロリコンなの?」

【刀満】
「失礼な、何度も云うように俺が使うんじゃないんだよ」

【千夜】
「尚更意味がわからないわね、この家には刀満しかいないのよ?
それなのに刀満以外が使うって云うのは無理があるんじゃない?」

あくまでも俺が使うことを疑わない千夜の疑いを解くには風呂を見せれば済むのだけど。
いきなり見せるとまたギャーギャー騒がれることになるから、慎重にいかないと……

【刀満】
「ええと、そのなんだ……洗濯カゴ見れば自ずとわかるかも……」

【千夜】
「洗濯カゴ? どうせ刀満が汚した服が入ってるだけで……は?」

カゴの中から女の子がはいていたスカートを取り出し、目線の高さまで持ち上げてじっと眺めている。

【千夜】
「……誰か来てるの? ぁ、そういえば靴が……」

【刀満】
「風呂、見てくれば……」

【千夜】
「……」

恐る恐るというのか、わくわくというのか、信じてもいないというか。
どうにも表現に困る表情で千夜はお風呂場へ。

さて、戻ってきた千夜にどう云い聞かせたら良いんだろう?

正直に云っても信じてもらえるとは思えないし……

【刀満】
「あの子の眼が覚めれば説明もしやすいんだけどな……」

だけどそうなったらここにいる理由を彼女に説明しなければならないわけで。
どっちにしろ今日は面倒な夜になりそうだ……

【千夜】
「……」

【刀満】
「お、どうだった?」

【千夜】
「……だぁ!」

バガ!

【刀満】
「いった! いきなりなんだよ」

【千夜】
「煩いこの変態! 女が来てるって云うから見てみれば、女じゃなくて女の子じゃないか!
あんな小さい子家に連れ込んで、この犯罪者! 誘拐犯!」

【刀満】
「莫迦! 人聞きの悪いこと云うな!
誘拐したのでも連れ込んだのでもなく、倒れたからそのままにしておけずに連れてきただけだ!」

【千夜】
「意識が朦朧としてるのに家に連れてきたなら同じことだ!
さっきはロリコンじゃないとか云っておきながら、やっぱりロリコンなんじゃないか!」

【刀満】
「だから、違うって云ってるだろ!」

【千夜】
「どこが違うのよ!? さらには服まで脱がせてお風呂に入れるなんて
この先何考えてるか誰だって想像できるわよ!」

【刀満】
「た、確かにスカートは脱がせたけど、上は着てただろ」

【千夜】
「何であの子服着たままお風呂入ってるんだ!」

【刀満】
「俺が脱がせたら色々と拙いだろ」

【千夜】
「やれやれ、あの状況まで持っていっておきながら恥ずかしいとはとんだ腰抜けだ。
いいこと、あんたとあの子の間で了承があったとしても、私は絶対に認めないからね」

あぁもう! 話が進まないじゃないか。

【刀満】
「とにかくだ、俺一人じゃ風呂から上げて着替えさせられないから
お前呼んだんだよ、服もそのためだ」

【千夜】
「自分で苦しい言い訳してるって思わないのかあんたは?」

【刀満】
「その話はまた後でしてやるから、彼女の着替え手伝ってくれよ」

【千夜】
「手伝えだ? 冗談じゃない、私が一人で全部するから刀満はお布団の準備でもしてなさい!」

ぷんすか怒りながら千夜は着替えとバスタオルを手にお風呂場へ。
怒りは収まっていないけど、手伝ってくれることは手伝ってくれるみたい。

【刀満】
「なんだかんだで手伝ってくれるところはあいつらしいな」

まざ、その後で根掘り葉掘り聞かれることは避けられないのだけど……

……

【千夜】
「よし、こんなもんでしょ」

少女をお風呂から上げ、ブラウスと下着を着替えさせ、丁寧に髪を乾かして布団の中へ。
やっぱりこういったときの千夜は頼りになるな。

【少女】
「すぅ、はぁ……」

【千夜】
「眠ってるというか気を失っているというか、ちょっと熱もあるみたいだしね」

【刀満】
「あれだけコートも服も濡れてればな」

【千夜】
「さて、それじゃあ初めから最後まで包み隠さず話してもらいましょうか。
刀満がどこであの女の子をさらってきたのか詳しく聞こうじゃないの」

【刀満】
「だからさらってきたんじゃねえってのに……」

俺の身に起きた不可解な事件、カリスという少女の存在、初めて殺されかけた恐怖
助けてくれた女性、その女性が小さくなってしまったこと……

【刀満】
「で、倒れてるのをそのままにしてたら色々と拙いと思って、一番近い俺の家に運んだわけだ」

【千夜】
「……」

話し終えた俺の額に手を当て、空いた手は自分の額へと当てた。

【千夜】
「頭腐ってんの?」

【刀満】
「熱測ったくらいじゃ腐ってるかどうかなんてわかるかよ」

【千夜】
「だってさっきから黙って聞いてれば何なのそのファンタジーとホラーの入り混じった話は?
何で初対面の女の子に殺されかけるわけ? 何でそこで都合よく助けが来てくれるわけ?」

【刀満】
「そんなの俺だってわからないよ」

【千夜】
「極めつけは助けてくれた人が急に小さくなって、それがこの子だって?
そんなゲームや漫画みたいな異常現象が起こると思ってるのか?」

【刀満】
「実際に起こったんだから、起こるんじゃないのか?」

【千夜】
「はぁ……いいこと? そんな非現実的なことが起きるほどこの街はファンタジックじゃないの。
普通に殺人事件が起こるごくごく一般的な街なの、あんたの云ってることは全部飛びすぎてることわかってる?」

普通に殺人事件が起きちゃダメだと思うんだけどな……

【刀満】
「そりゃ俺だって変だとは思うけどさ、こんなとこで嘘ついてもしょうがないし」

【千夜】
「うぅん、確かに刀満が嘘ついたって何の利益もないことは確かだよね。
それなのに嘘つくってことはよほどやましいことがあるはずなんだけど……」

【刀満】
「だからなんもねえってのに……とにかくだ、この子が起きたら詳しく話を聞いた方が良いだろ?」

【千夜】
「まあ、それまではあんたの疑いも疑惑で留めておいてあげるわよ。
だけど、私もちょっとこの子には気になる点もあるしね」

千夜は選択カゴの中から濡れたスカートとさっきまで着ていたぐしょ濡れのブラウスを取り出した。

【千夜】
「これ見てどこか変だと思わない?」

【刀満】
「……やっぱり千夜も気になる?」

どうやら俺と千夜は彼女の服装に同じように疑問を持っているようだ。

【千夜】
「どう考えてもサイズが合わないよね、見たところ小学生くらいなのに
この服だと私が着てちょうど良いくらいだもの」

【刀満】
「小さくなったんだから当然だろ?」

【千夜】
「はいはい……それから、随分とボロボロなんだよね。
着れないことはないけど、あちこち傷モノになってるような服を女の子が着るかな?」

それは俺も不思議に思っていた。
女性……ややこしいから彼女と表現するとして、彼女が着ていた服は決して綺麗といえるものではない。

スカートには土汚れがちらほらとついており、裾は小さいながらもところどころが破れていた。
ブラウスにしてもそう、袖や裾が何かで切りつけたように裂けている。

【刀満】
「野宿でもしてたのか?」

【千夜】
「例えそうだとしても、それにしては荷物が少なすぎる。 この子手ぶらだったんでしょ?
それに野宿してたからといって服が裂けるなんて考えにくいわね」

【刀満】
「野犬に襲われた、とか?」

【千夜】
「もうちょっと真面目に考えろ!」

怒られてしまった、とは云うけど今までの出来事をひっくるめて真面目とはかけ離れた出来事だった訳だし。
真面目に考えようにもどこかで一線を越えた発想が出てきてしまうのは仕方がない。

【千夜】
「なんにせよ、この子が起きるまでは進展しなそうね……しょっと」

【刀満】
「どこ行くんだよ?」

【千夜】
「どこって家に帰るのよ、着替えも手伝ってあげたから後はあんた一人で大丈夫でしょ」

【刀満】
「そんな、ちょっと待ってくれよ! いくらなんでもそれは無理だって」

【千夜】
「スカート脱がせてお風呂入れれたんだからこれ以上何が無理だって云うのさ?
別に女の子と二人になって気まずいわけでもあるまいし、よく私と二人っきりになるじゃない」

それはそうだけど、千夜と名前も知らないほとんど初対面の子だと雲泥の差がある。
この子が起きたとき、もしかしたら俺はパニックになって逃げ出すかもしれない……ないとはいえないぞ。

【刀満】
「せめてあと二時間、一時間でも良いから付き合ってくれよ」

【千夜】
「うぅん、まあ、寝てる彼女に刀満がちょっかい出さないとも限らないし……
仕方ない、あと一時間くらい付き合ってあげましょうか」

【刀満】
「良かった……そういえば千夜、晩飯は?」

【千夜】
「食べてない。 親に刀満の家行くって云ったら、じゃあ夕ご飯は入らないねって」

【刀満】
「なんか食うか? 付き合ってもらうんだから晩飯ぐらい作ってやるけど」

【千夜】
「お、気が利くじゃないの。 今日の献立は何?」

【刀満】
「早く帰れたらカレーでも作ろうかと思ったんだけど、この時間だとなぁ。
肉と玉ネギあるから、生姜焼きなんかがすぐに作れるけど」

【千夜】
「おぉおー、お腹空き気味の私にはぴったりのメニューだよ。
それで良いや、ご飯いっぱい盛ってね♪」

頭の上に♪マークでも出そうなくらいノリノリだ。
だけどハンバーガー二人分も食べてご飯いっぱいって……そんな入るのかよ?

……

千夜と二人で夕食を終え、後片付けが済むころには時計はもう9時近くを指していた。

【千夜】
「もうこんな時間なんだ、なかなか眼覚まさないね」

【刀満】
「だからってあんま弄るなよ」

【千夜】
「だってやっぱり何度考えてもおかしなことばっかりなんだもの。
早く起きてもらって、刀満にさらわれたって云ってくれれば丸く収まるんだけど」

【刀満】
「お前なぁ……」

【千夜】
「冗談だってば、刀満がさらってきたってのなら私に電話するわけないでしょ。
だけど状況を飲み込めない彼女はさらわれたって云うかもよ?」

【刀満】
「その時はその時だ、一時的に行方をくらませる……お前ん家行っても良い?」

【千夜】
「ヤダよ、警察来たら神社儲からなくなるもん」

警察が来たくらいで儲からなくなる神社って、そんなあくどい商売してるわけでもないくせに。

【千夜】
「どうしよっかな、どうせ明日は休みで朝練もないし、泊まってこうか?」

【刀満】
「親御さん心配するだろ?」

【千夜】
「刀満の家なら問題ないんじゃない? 帰ってこなくても良いとか云ってたし」

おいおい、千夜の親父さんとお袋さん、本当にそれで良いのかよ……

【少女】
「ん、ぅ……」

少女が小さく声をあげ、もそもそと布団が動く。

【千夜】
「お、お目覚めみたいだよ」

【刀満】
「だな」

二人で少女の顔を覗き込むと、うつろな瞳がぱちぱちと瞬きをしていた。

【少女】
「……」

【千夜】
「おーい、大丈夫ー?」

【刀満】
「起きれるか?」

少女はもう二度三度瞬きをして、ゆっくりと上半身を起こしてきょろきょろと辺りを見渡した。
どことなくぼぉっとして見えるのは千夜が云っていたように熱があるからだろうか?

【少女】
「ここは……?」

【刀満】
「俺の家、あんたが倒れてたから悪いけど運ばせてもらったよ」

【少女】
「倒れた……私が……?」

【千夜】
「意識が無いのを良いことに、こいつにさらわれちゃったんだよ」

【刀満】
「勘違いするようなこと云うな!」

【少女】
「……」

少女は小さく首をかしげ、俺の顔をじっと見つめていた。

【少女】
「貴方は……あいつに襲われていた人、で良いのかしら?」

【刀満】
「ああ、あの時はどうも、本当に助かったよ」

【少女】
「お礼なんていらないわ、あいつらを仕留めることが私の職務なんだから。
これ以上犠牲は出したくないから……」

【刀満】
「やっぱり、あの時助けてくれた人で良いんだよな?」

【少女】
「ええ、それが何か?」

【刀満】
「いや、その……あの時よりも小さくなってるから」

【少女】
「ぇ? ……ぁ……」

俺に云われて初めて気がついたのか、自分の手をじぃっと見つめ
続いて体全体にも眼を通していった。

【少女】
「あぁ、もう時間切れになっちゃったんだ……」

【刀満】
「時間切れ? 変身ヒーローじゃあるまいし時間が経つと小さくなるって云うのか?」

【少女】
「その辺りを詳しく話すと長くなるから、今はそういうものだと思っていて。
信じられないかもしれないけど、私はあの時貴方を助けた人物と全く同じ人物よ」

【千夜】
「あのぉ、さっきから私一人置いてかれてるんだけど」

【少女】
「彼にも云ったとおり、詳しく話すと知らなくて良いことまで知ってしまう。
それなら何も知らないでいた方が気持ちもずっと楽よ……」

少女は布団を抜け出し、寝起きでおぼつかない足取りで立ち上がる。

【少女】
「一時とはいえ、介抱してくれてありがとう。
私には私の仕事があるから、申し訳ないけど失礼するわ」

【刀満】
「ちょっと待て、あんた顔色悪いぞ、熱もあるみたいだし。
急ぎの仕事があるのかもしれないけど、そんなんじゃ体が持たないぞ」

【少女】
「私の体よりも、もっと重要なことだから。 少なからず貴方たちにも
特に貴方には大きく関係している、カリスに仕留め損なわれたのならなおさらね」

【刀満】
「カリスって女、あれは何者なんだ? あんたの知り合いか何かなのか?」

【少女】
「知り合いといえば知り合い、できることなら知り合いたくはない女だけどね」

少女はそこで言葉を切り、出て行こうとしたところで慌てて自分の姿をもう一度眺めなおした。

【少女】
「なっ、何だこの服は!?」

【千夜】
「私が昔着てたやつだよ、サイズぴったりで良かったね」

【少女】
「冗談はよしてくれ、私が着ていた服はどこだ?」

【刀満】
「今洗濯中、さっき回したばかりだから乾くまでは後1時間くらいだな」

【少女】
「なっ! なんてことしてくれるんだ、私はあれしか服がないんだぞ!」

【千夜】
「あぁ大丈夫だって、それ私はもう着ないからあなたにあげるわよ」

【少女】
「そういう問題ではない、こんな小さな服では色々とまずいではないか」

【刀満】
「小さいって、ほとんどサイズぴったりなのにか?」

【少女】
「今の状態ではな……こんな服では、大きくなったとき着てられないじゃないか」

まぁ、確かにその服のまま大きくなったら間違いなくサイズオーバーだろうな。

【少女】
「どうするんだ……これでは見回りも出来ないじゃないか……」

【刀満】
「今日は休暇にしたらどうだ?」

【少女】
「うぅぅ……」

よほど見回りに出れないのが歯痒いのか、睨みつけるように窓の外を眺めている。

【少女】
「仕方ない、この雨ならそう出回る人も多くは無いだろう……」

【刀満】
「それであんた、泊まる場所とかあるのか?」

【少女】
「特に寝場など決めていない、雨がしのげれば橋の下でもかまいはしない」

【千夜】
「ということは、野宿してたの?」

【少女】
「野宿はしていない、ほとんど徹夜で走り回っていたから」

【刀満】
「あぁ、だからあんなに服ボロボロだったんだ」

【少女】
「あれ一着しか持ってこなかったからな」

【刀満】
「宿無し服も無し、あんた家出でもしてきたのか?」

【少女】
「そうではない、さっきも云ったとおり私は私の職務でこの国に来ているんだ。
一般の宿泊施設に泊まったら被害が出ないとも限らない、それにこの国の手持ちも無い」

【千夜】
「お金持ってないんだ」

【刀満】
「宿無い服無いにさらに金も無い、見事に三無いが揃っちまったな」

【少女】
「だから短期間で終わらせるしかないんだよ、それにはこんなところで休んでいるわけには……」

【刀満】
「じゃあどうだ、あんたここに住むか?」

【少女】
「え? ……」

少女は俺の言葉が理解できなかったのか、眼をぱちぱちとすばやく瞬いた。

【刀満】
「寝るところ無いんだろ? あそこで助けられたのも何かの縁、小さくなったあんたを見つけたのも何かの縁だ。
あんたの職務とやらが終わるまで、住んでもらっても別にかまわなけど?」

【千夜】
「なっ!」

【少女】
「……貴方、正気なの?」

【千夜】
「そうだよ刀満! こんな小さい子と一つ屋根の下なんて、あんた刑務所行きになるわよ!」

俺が手を出すこと確定かよ……

【少女】
「ありがたい申し出だけど……そう簡単にはいそうですかと受けるわけにもいかないわ……」

【刀満】
「どうして?」

【少女】
「私がこの街にいることを、もうカリスは知ってしまっている。
あいつのことだから当然私を狙ってくる、それ以上に貴方はカリスに眼をかけられてしまっているわ。
私が貴方と一緒にいれば、確実に貴方に危害が及ぶ……」

【刀満】
「ふぅん、そんなやばいやつなんだあいつ」

【少女】
「ええ、だから貴方の申し出は……」

【刀満】
「だったらなおさらここにいた方が良いんじゃないか?
あいつは俺を狙ってるんだろ? ならここにいれば必然的にあいつと鉢合わせになるだろ」

【少女】
「それはそうかもしれないが……これ以上犠牲者を増やすわけには……」

【刀満】
「なんとかなるだろ」

【少女】
「そんな軽い考えはよしてくれ、犠牲者が増えれば増えるほど、国に帰ったとき私が辛くなる」

【刀満】
「強情だな……じゃあさ、俺を守ってくれよ」

【少女】
「え……? それは、どういう……」

【刀満】
「犠牲者を増やしたくないのなら、カリスに狙われる可能性が高い俺を守ってくれよ。
あてにならない俺の勘だけど、そう遠くないうちにまたあいつとは再開するような気がする」

【少女】
「……」

【千夜】
「慎重に考えて、安易に答えだしちゃダメだよ。
刀満と一緒に暮らしたらいつまたスカート脱がされるかわかんないよ」

【刀満】
「お前ちょっと黙ってろよ」

【千夜】
「うるさい! うら若き乙女にも満たないこんな子が
あんたの毒牙に侵されないようにだね! ……」

【少女】
「……わかった」

【千夜】
「へ……?」

【少女】
「貴方の云うことも一理ある、カリスが真っ先に狙うとすればたぶん私か貴方。
私なら良いけれど貴方が狙われた場合、その場に私がいた方が後処理も好都合だし」

【千夜】
「ちょ、ちょっとちょっと、早まんない方が良いよ!
泊まる場所無いんだったら私の家に来た方が良いよ、女同士だし、ね?」

【少女】
「いえ、カリスを知らない貴方をまき込むわけにはいかない。
出来るなら彼もまき込みたくはないのだけど、カリスに知られた以上彼の近くにいるのが一番安全で確実なの」

【千夜】
「そうは云うけど、こいつだって結局は男だよ?
夜中に変なことされたり強要されたりしても良いの?」

俺はどこまで犯罪者気質なんだ……

【少女】
「彼がどれほどのものかはわからないけど、これでも私は騎士だから。
不埒な真似をしようものなら、恩人といえど容赦はしないわ」

【刀満】
「心配するな、そんなことしねえよ」

【千夜】
「うぅんまぁ、それもそうか。 スカート脱がせただけで
それ以上何も出来なくて私を呼ぶくらいだもんね」

【少女】
「すると、私に湯浴みをさせたのは……」

【千夜】
「こいつだよ、スカート脱がせただけで上は着たままお風呂に入れられてたんだよ」

【少女】
「……まぁ、やましい気持ちが無い、とみなして大丈夫だろう」

だから、俺は人助けのつもりでやっただけなのに。

【少女】
「だが、貴方は本当にそれで良いのか?
私がここにいるということがカリス等に知られてしまえばそれだけ危険も増えるんだぞ?」

【刀満】
「それを守ってくれるのが職務、なんだろ?」

【少女】
「意志が固いのね、わかったわ。
全ての職務が終わるまで貴方を守り抜くこと、それが条件ということね」

【刀満】
「そんな堅苦しく考えなくても、君みたいな子を外に放り出したらそれこそ良心が痛むよ」

【少女】
「そんなことばかり云っていると、世間ではお人よしって莫迦にされるわよ」

少女はニッと口元に小さな笑みを作り、出て行こうとしていた足を再び俺たちの方へ戻してきた。

【千夜】
「刀満、もし何かの間違いであろうと彼女に手出したら、前進をくまなく射ってあげるからそのつもりでね」

【刀満】
「しつこいな、だから手なんかださねえってのに」

【少女】
「はは、二人は仲が良いんだな。
それに背が小さくなった私を見てもさほど驚いた様子も無い、私が怖くないの?」

【千夜】
「私は別に、怖いというよりは可愛いって云う方が大きいかな♪」

千夜は少女を抱きしめ、頭をなでこなでこと撫で上げた。

【少女】
「こ、こら、子ども扱いをするな。 見た目は小さいが、実際はもう年頃なんだぞ」

【千夜】
「世の中見た目が全てだからねぇ♪」

【刀満】
「そういえばあんた、まだ名前聞いてなかったな。 生活が同じになる以上
お互い名前知らないと不便だよな。 俺は『芦屋 刀満』、よろしく」

【千夜】
「私は千夜、だよ。 面倒だからさん付けとかそんなのしなくて良いからね」

【モニカ】
「国ではモニカと呼ばれていた、正式な名前は『モニカ・ヴァン・シモンズ』
各々好きなように呼んでくれてかまわない」







〜 N E X T 〜

〜 B A C K 〜

〜 T O P 〜