【decadence toccata】


【千夜】
「はいはいそこまで、こんな時まで喧嘩しないの」

二人の肩をぽんぽんと叩いてクールダウンを促した。

橘禰さんは元々そういった感情コントロールに長けているのでそんなフォローはいらないだろうけど
モニカの場合は……多分あって助かったと思いたい。

【千夜】
「ふぁ、あぁあ……大したことしてないけど、なんか眠くなっちゃったな」

【橘禰】
「あまりお休みにはなられませんでしたか?」

【千夜】
「うーん、こんなことになるのかなあって考えるとやっぱりゆっくりとは眠れないわね」

【橘禰】
「では、今日はもうお開きにしてお休みになられるのが一番でしょうね。
それでよろしいですか?」

【刀満】
「構いませんよ、きっと良く眠れやしないと思うけど」

【千夜】
「良いのよ、どうせ明日は土曜日だしゆっくりと休めるわよ、気持ちをね」

【橘禰】
「では失礼します、ごきげんよう」

俺たちに別れを告げ、後手に手を振りながら二人の後姿は夜の街へと小さく消えていく。
だけどまさか、千夜までこの夜の街へと入り込んでくるとはな……

【モニカ】
「私達も帰るぞ、大丈夫だとは思うがお前の手当てをしてやらんとな」

【刀満】
「それはお互い様だろ、腕大丈夫なのか?」

【モニカ】
「なんてことのない火傷だ、酷いもんじゃない」

【刀満】
「だからって放っておけるもんじゃないだろ」

すぐにでも水で冷やすのが良いんだけど、生憎ここには水道の類はない。
だけど一時凌ぎになるちょうど良い物もあった。

自動販売機、そこで適当な飲み物を一つ買う。

【刀満】
「これ腕に当てとけ」

【モニカ】
「へえ、気が利くのだな」

【刀満】
「家に着くまではそれで冷やしとけば多少痛みも減るだろ。
家帰ったら湿布張ってやるからそれまでは我慢しててくれ」

【モニカ】
「相変わらずそういった処置には詳しいのだな。
帰ったら私も刀満の骨を見てやろう、折れてはいないと思うが、念のためにな」

【刀満】
「そりゃどうも」

……

【モニカ】
「それよりも、良かったのか?
千夜をこっちの世界に引き込んでしまって、狐のやつじゃ千夜を止める力は無い。
千夜を止められるのは刀満だけなんだぞ?」

【刀満】
「とは云われてもな、あいつは俺が云ったからって聞くような奴じゃないしな。
あいつも云ってたとおり、あいつだけが知らないってのは気に入らないんだろ」

【モニカ】
「類は友を呼ぶ、というやつか……
お前といい千夜といい、変わった人間が多いのだな」

【刀満】
「貶してるのか?」

【モニカ】
「刀満は私が貶したってさっぱり気付かないだろ?
心配するな、貶すというよりは……いいや、もう慣れた」

お、こいつも遂に諦めたか。
こうやって少しくらいこっちの世界に慣れて、女の子らしくなれってんだ。

【モニカ】
「ところで刀満、お前あの時何をした?」

【刀満】
「あの時? 何を?」

【モニカ】
「とぼけるな、私があいつにいいようにされている時、刀満が切り伏せたんだろう?
あの距離からどうやってやったのかは合点がいかんがな」

【刀満】
「あぁー、あれか……なんて云うんだろうな。
切ったら、飛んでって、当たったんだよ」

【モニカ】
「……」

【刀満】
「……ね?」

わぁ、莫迦じゃないのって顔されてる。

【刀満】
「そんな顔するなよ……実際そういうことが起こったんだか」

【モニカ】
「剣に宿った魔の力かもしれんな。
それは自分が出したいと思った時に出せるのか?」

【刀満】
「さてな、たぶん出来ないんじゃないか?
出来るようだったら初めから使うだろうしな」

【モニカ】
「それもそうだな、しかし刀満がそれを使えるということはわかったから良いじゃないか。
後は修練次第で自在に操れるようになるかもしれんな」

【刀満】
「それって無闇矢鱈に使えるようになって良いのかよ?」

【モニカ】
「それは私の知るところではない。
それが私がお前に与えた力ということさ」

【刀満】
「俺の力、ねぇ……」

今はもう剣もない掌をじっと見つめ、ぎゅうっと力強く握り締めた。
これが、俺に与えられた力。

形は違えど、入瀬と同じ異形の力……

【モニカ】
「……呑まれるなよ、己の力にはな」

【刀満】
「俺でも、呑まれるのかな?」

【モニカ】
「さあな……もしお前が呑まれてしまったら、私は容赦しない。
例え刀満であろうと……これ以上は止そう」

【刀満】
「心配するな、俺がこういった力を持っても殆ど意味がいないことくらい
この短い付き合いの中でもわかっただろ?」

【モニカ】
「ふふ、お前らしい答えだ……信じているからな」

【刀満】
「あぁ」

【モニカ】
「ならば、さっさと家に戻ろうか。
姉君が起きていたら、心配をかけないような云い訳を考えておけよ」

あの人は適当に云っておけばなんでも良いと思うけどな……


……


街灯など一本も立っていない路地の裏の裏。
ビル群の隙間に出来た路地には、天辺から覗く僅かな光だけが辛うじて辺りを照らしていた。

覚束ない足取りで右へ左へと身体を揺らし、壁に背を預けてそのままずるずるとへたり込んでしまう。

【入瀬】
「はぁ……はぁ……」

入瀬は乱れる呼吸を整えようとするも、腹の奥底から湧き上がる気分の悪さに
全く呼吸を落ち着けることが出来ずにいた。

【入瀬】
「クソ……こんなところで……ぐふぅ!!」

腹の奥でもやもやしていた気持ち悪さは、眼に見える形で現れた。

【入瀬】
「ゲホ、ゴホ……ごぽぉ、あぁ……」

口から吐き出したものが、受け止めた手を真っ赤に染めた。
胃液などではない、明らかにそれは血の塊だった。

【入瀬】
「はぁ……はぁ……クソ!!」

ダンとコンクリートの壁を叩く、叩きつけた拳が小刻みに震えていた。
自分は優れた人間である、絶対的な自負が彼には存在した。

しかしそれを真っ向から否定され、自分よりも劣る人間に負けた。
ありえない現実は身体を通してそれを彼に実感させる。

【カリス】
「だから云ったじゃないですか、無茶をすればもたないって♪」

楽しげな声で、笑みを浮かべながらカリスは入瀬の前へと表れた。

【カリス】
「魔族でない彼方が、魔の力を無理やりに得ればこうなることは必然ですけど。
それにしても、無様な姿ですね♪」

【入瀬】
「なん、だと……」

【カリス】
「見下していた刀満さんに足元を掬われて、こんな状況になっているんですから。
私が助けに入らなければ、あの人に殺されていたんですよ?」

【入瀬】
「芦屋の力を見誤っただけだ、そうでなければ俺が……」

【カリス】
「そうでしょうか? 私には彼方が刀満さんに勝るところはないと思いますけどね」

【入瀬】
「貴、様……もう一回云ってみろ」

壁に手を付きながら無理やり身体を立ち上がらせる。

【カリス】
「刀満さんと彼方では根本から違うんですよ。
もっとも、彼方にそれをどうのこうの云っても納得しないとは思いますけどね。」

【入瀬】
「どういうことだ……」

【カリス】
「ご自分で考えられたら如何ですか? 優れた人間であるという自負があるのならね。
ですけど、そんな自負がある間はいつまで経っても底辺から抜け出せないでしょうけど♪」

【入瀬】
「きぃっ、さまあぁ!!!」

カリスに向かって腕を薙ぎ、発生した炎は真っ直ぐカリスへと向かっていく。

【カリス】
「フッ……その身体で力を使えば死が近づくだけですよ?
折角助けて差し上げたんですから、もう少し役に立って欲しいものですね」

【入瀬】
「黙れ、黙れえ!! 俺は優れた人間なんだ、俺に命令をするなあ!!!」

今の体力ではもう怪物の姿にはなれないのか、全身に炎を纏わせてカリスに襲い掛かる。

【カリス】
「きゃはは、そんな状態にもかかわらず私の言葉に反応するなんて。
彼方の言葉を借りて云えば、クズの最後の足掻きといったところですか?」

【入瀬】
「俺は、俺にはやらなければならないことがあるんだ!
この手でクズを廃絶し、世界を正しい方向へと動かすんだ!!」

【カリス】
「大層な目標ですね、ですが彼方では役不足ですよ。
こんな所で私と戦っている以上、命は長く持ちませんしね」

【入瀬】
「煩い!! この世界を支配するのはこの国の人間だ、俺にはその資格がある」

【カリス】
「資格はあっても実行する力は無い。
所詮彼方も同じなんですよ、彼方がクズ呼ばわりした人と全く同じ」

【入瀬】
「それ以上云うな……」

【カリス】
「本当に自信があるというのはね、求めずとも寄ってくるんですよ。
安易に私が差し出した力に頼るようでは、底辺から一歩も抜け出せてはいないんですよ」

【入瀬】
「お前に、お前なんかに何がわかる!!
この国の実情を知り、変革を望んだ俺の思いは貴様になどわからない!!
他者よりも優れている、その自信だけではどうにもならないことを知った俺の何がわかる!!」

【カリス】
「それは私の知る必要のあることではありませんので。
まあ、彼方が影では苦労をしていたということを云いたいのでしょうけど、どうでも良いことですしね」

【入瀬】
「殺す、殺してやる……」

普段周りに見せていた入瀬の姿はそこには何一つ感じられない。
外套を脱ぎ捨てた生身の『入瀬 天草』の姿がそこにはあった。

【入瀬】
「かあぁあ!!」

【カリス】
「その身体で大した生命力ですね、執念とでも云った方がよろしいですか?
でもよろしいのですか、このまま続ければ本当に死にますよ」

【入瀬】
「俺はこんな所で死なない、この世界が俺を求めるのなら、ここで俺を殺すはずがない!」

【カリス】
「凄い理屈ですね」

カリスは呆れとも取れる顔で小さく息を吐いた。
やはり傷付いた今の入瀬では、カリスと互角に戦うことはおろか、攻撃を直撃させることも出来ずにいた。

【カリス】
「もう止めませんか、無駄な体力の消耗は出来れば避けないのですけどね」

【入瀬】
「お前を殺せば、全て終わるさ!」

【カリス】
「……仕方ないですね、私もお手伝いして上げますよ。
その自己中心的な考え、二度と出来ないようにしてさしあげます」

今まで攻撃を避けるだけで決して手を出さなかったカリスが遂に動いた。
動いたといっても、力の全てを出す必要など勿論無く、最小限度の力で入瀬と対峙する。

【入瀬】
「がふ!」

形振り構わない入瀬の攻撃でがら空きになった腹部に強烈な膝が打ち込まれた。
内臓も傷付けたのか、入瀬の口からは再び夥しい量の鮮血が流れ落ちる。

【カリス】
「ほら、一発でこれではもうどうやっても勝ち目なんてありませんよ。
もう戦意も喪失したでしょう、もう大層なことは云わずにその辺の邪魔な人を葬るだけにしたらどうですか?」

【入瀬】
「俺の夢に……侮辱は許さん!」

懐に飛び込んできたカリスをがっちりと押さえつけ、全身を火達磨にして抵抗を見せた。

【カリス】
「なっ、あつ!」

初めてカリスが慌てた表情を見せた。
それでもカリスの対処は早く、空いた方の足で力いっぱい腹部を蹴りつけて入瀬の捕縛を逃れた。

【カリス】
「むぅ、服が焦げちゃうじゃないですか。
でも中々考えましたね、最後の閃きですか?」

【入瀬】
「ぐぅ、はぁ……俺は、こんなところで……」

【カリス】
「こんなところで、終わってしまうんですよ。
それが世界が決めたこと、大人しく従ってくださいな♪」

【入瀬】
「黙れ、俺は、俺には……」

【カリス】
「もう聞き飽きましたよ、では最後に一つ教えて差し上げましょう。
刀満さんにあって彼方にない、本当に強い者が得れるもの、それはですね」

【入瀬】
「その減らず口、いつまでもたた……」

ドス!!

【入瀬】
「がぅう! な、が、ぁ……」

入瀬の胸から刀が突き出していた。
正確には、背中から心臓をめがけて刃を突き立てられていた。

もう入瀬の眼に光は宿っていない、口からはとめどなく流れるどす黒い血の塊。
口元は痙攣のためかパクパクと魚のように小刻みに動いていた。

【カリス】
「『仲間』、それが彼方にとって決定的に劣るものですよ。
優れている刀満さんは勿論のこと、それから、私達もですけどね♪」

くるりと可愛らしくターンを決めた。
それは血生臭い戦いの終焉を物語る、異様な光景だった。


……


【モニカ】
「ふむ、安心しろ骨に異常はない、軽い打撲程度これなら二、三日で元通りだ」

【刀満】
「ありがとよ」

二人で順繰りに風呂に入り、俺はモニカの腕の手当てを、モニカは俺の骨を調べてくれた。
モニカの火傷は思っていたほど大したことは無く、俺にいたっては殆ど何もなっていないようだ。

モニカが心配していた姉さんだけど、気持ちよさげな顔して寝てやがった。
勿論俺の部屋で、なので今日からしばらく俺は下で寝ることに。

【モニカ】
「姉君に部屋に戻ってもらって、刀満が自分の部屋で寝れば良いんじゃないのか?
私は別に部屋をもらわなくとも構わないぞ?」

【刀満】
「お前が気にしなくても俺が気にするんだよ。
いらねえ心配してないでお前は姉さんの部屋で寝ろ」

【モニカ】
「刀満がそこまでいうのなら、従うまでだがな」

【刀満】
「そうしてくれ」

【モニカ】
「んぅー、やはり長時間元の姿に戻っていると体力の消耗も激しいな。
やはりもう少しあの状態を維持できるようにならんとな」

【刀満】
「それって完全にあの大きさのままいることって不可能なのか?」

【モニカ】
「さてな、これはこの世界の者でない私が受けた枷だからな。
時間を伸ばすことは出来ようとも、ずっとそのままでいることはたぶん出来んだろうさ」

【刀満】
「厄介な枷だな、カリスには何も無いのにモニカだけってのは」

【モニカ】
「あいつだって何かしらの枷を受けてはいるさ、私と違って身体的ではないどこかにな」

【刀満】
「そうなのか?」

【モニカ】
「たぶんな」

たぶんかよ。

【モニカ】
「さて、それじゃあ刀満の言葉に甘えさせてもらうとしようか。
姉君の部屋、使わせてもらうぞ」

どうぞ、と俺が声をかけようとしたが、そんな言葉は出てこなかった。
突然俺とモニカの前に奇妙な靄のようなものが現れたからだ。

【刀満】
「な、なんだよこれ」

【モニカ】
「私に聞くな、ただ、良い物でないことだけは身体が感じているがな」

突然現れた靄はグネグネと奇妙に動き、何かを形作ってく。
足が出来て、身体が出来て、腕が出来て。

そして、顔が出来上がった。
出来上がったのはある男の姿、それも数時間前まで同じ世界にいた男の姿だった。

【入瀬】
「よぉ」

【刀満】
「い、入瀬!」

【モニカ】
「下がれ刀満!!」

近いうちに嫌でも再会するであろうとは思っていたが、こんなに早く
しかもあいつが俺の家に直接来るとは思いもしなかった。

【入瀬】
「そう警戒するな、といってもそんなことは無理というものか。
数時間前まであれだけ殺し合いをしていたのだからな」

【モニカ】
「まだ化け物の力を残していたか、今ここで仕留めてくれる」

【入瀬】
「残念ながら、それは無理な話だ。 今の俺は実体が無いからな」

【刀満】
「実体が、無いだと?」

確かにこの入瀬を形作っているのはあの奇妙な靄だ。
姿形は入瀬とまったく同じだが、その身体は薄っすらと透けて後ろの壁が見えていた。

恐る恐る入瀬の身体に触れてみる。
冷たい、靄はとても冷たいものだったが肌に直接感じるものは何も無かった。

【入瀬】
「こんな身体で、お前達に危害を加えられると思うか?」

【刀満】
「モニカ、どうやら入瀬の云っていることは本当のようだぞ」

【モニカ】
「化け物の云うことなど、どこまで信用出来ると思っているんだ?」

モニカはあくまで信用していない、当然といえば当然か。

【入瀬】
「疑り深いお嬢さんだ、ならこう云えば満足か?
俺はもう死んでいる、奴等に殺されたよ」

【モニカ】
「何?」

少しでもおかしな行動を取れば問答無用で切りかかろうとしていたモニカだが
入瀬の言葉で先程まで帯びていた殺気が薄らいでいた。

【モニカ】
「殺された、だと? 貴様等は仲間同士ではないのか?」

【入瀬】
「莫迦を云え、この世界の俺が異世界のあいつと仲間意識が芽生えるとでも?
あいつは利用しただけだ、もっともあいつも俺を利用していただけだったがな」

【モニカ】
「利害の一致というやつか、しかしそんなものは何の信用性も持ちはしない」

【入瀬】
「お前の云うとおりだ、俺とあいつ等の間に信用なんてものは無かった。
まあ、俺があいつ等とどういう関係であったかなどもうどうでもいいことだろう」

入瀬は鼻で笑い、論点がずれ始めたと付け加えた。

【刀満】
「で、お前は死んでまで俺に何の用だ?
わざわざ俺に会いに来るくらいだ、何か理由があるんだろう?」

【入瀬】
「そんな大した理由なんて無いさ、俺が死んだという事実を一人くらい知っていた方が
後々面倒にならずに済むだろう、そちらのお嬢さんが俺を探し回らないようにもな」

【モニカ】
「ふん」

【刀満】
「わざわざそんなことを云いにきたのか、お前らしくないな」

【入瀬】
「ふふ、俺自身もそう思うよ。 折角だから忠告ぐらいはしておこうか。
気をつけろよ、奴等は一筋縄でいく相手ではない」

【刀満】
「十分にわかってるよ、俺が何度あいつに殺されかけたと思ってるんだ」

【入瀬】
「その時点でお前は一つ勘違いしているようだな。
『あいつ』ではなく『あいつ等』が相応しい表現だ」

【刀満】
「え……?」

【入瀬】
「敵は一人ではない、それをお前達に教えてやろうと思ってな」

どういうことだ、全ての黒幕はカリスではないのか?

【モニカ】
「貴様に云われなくとも、そんなことは最初からわかっていたことだ。
刀満に直接云いはしなかったが、私もこいつと同じく『奴等』と云っていただろう」

云われてみれば、確かにそうだ。

俺はカリスしか知らないので当たり前のように相手は一人だと思っていた。
が、確かにモニカはいつも奴等と複数形で呼んでいた。

カリスを含めた魔族と取ることも出来るが、カリス以外の魔族と取ることも出来る。
俺は前者で取って、モニカは後者の意味で云っていたってことか。

【入瀬】
「やれやれ、死ぬ間際に最後に残った魔の力で来てみれば、無駄足だったというわけか。
芦屋、死んでしまった者の頼みだが、一つ聞いてはくれないか?」

【刀満】
「お前が俺に頼み事だと? いよいよお前らしくなくなったな」

【入瀬】
「なんとでも云うが良いさ……あいつ等を、お前の手で殺してくれ。
この世界は俺たちの世界だ、奴等が好き勝手に荒らして良い世界ではない。
本当なら俺が全てを片付けたいところだが、こうなってしまってはな」

自分ではもうどうしようもない、こいつが悲観するのを見るのは初めてだ。

【モニカ】
「自業自得だろ、奴等の力など得ずこの世界のやり方で変えれば良かっただけだ」

【入瀬】
「云ってくれるな、それだけ俺が弱い人間だったということだろう。
この世界を統治するのはこの世界の者である俺たちだ、わかるな芦屋?」

【刀満】
「わ、わかってるよ。 俺にはお前みたいな大層な目標なんて無いけどな」

【入瀬】
「奴等のいない世界にする、それが大義名分だ。
お前なら出来るさ、この世界の者であるお前が本気でこの世界を救いたいと思えばな」

云っていることは突拍子もないことだし、普段の入瀬からは考えられないような科白が
多々出てきてはいるが、それだけこの世界は入瀬にとって大切な世界だったということだろう。

【入瀬】
「こんな世界でも、この世界の者でない者に好き放題荒らされては後味が悪い。
頼んだぞ芦屋、この世界はこの世界に生きる俺たちの物なんだ」

【刀満】
「入瀬……」

【入瀬】
「じゃあな、いつまでも俺の顔なんて見ていたくはないだろう」

入瀬がくるりと向きを変えると、足元から徐々に靄は消滅していった。

【入瀬】
「お前が、羨ましいよ……芦屋」

そんなとてもあいつらしくない言葉を残して、入瀬の姿は完全に消えてしまった。

【モニカ】
「随分なことを云っていたな、散々人を殺してきたやつの言葉とは思えんな」

【刀満】
「あいつも、自分がそういう立場になって考え方が変わったんじゃないか?」

【モニカ】
「死んでから後悔などしても、何の意味も無いさ……」

そうかもしれないが、わざわざ俺のところに来て云いたいことを云うくらいだ。
あいつにも何らかの変化があったのだろうさ……

【刀満】
「ところで、敵はカリス以外にもいるって云うのは本当かよ?」

【モニカ】
「本当だ、今まで聞いてこなかったから黙っていたが詳しい話をしてやろう。
カリスを含め、この世界に来た魔族は全部で三匹だ」

【刀満】
「他に二人もいたのかよ……あ」

思い返してみればモニカ以外にも、カリス自身が不自然な発言をしていることが何度かあったな。
あいつが俺を殺そうとした時、あいつは俺が初めてだと云った。

つまり、今までの事件は自分が起こしたのではないと云っているのと同じじゃないか。

これがカリスの吐いた嘘ではないという確証など何も無いがな。

【モニカ】
「どうかしたか?」

【刀満】
「いや、なんでもない」

これをモニカに云うのは止めておこう、こいつのことだから信用出来るかの一言で切り捨てるはずだしな。

【モニカ】
「まさかの来訪者も帰ったことだ、今度こそ私も休ませてもらうぞ」

【刀満】
「お休み」

【モニカ】
「……気に食わん奴でも、死んでなおああやって願いを伝えに来たんだ。
叶えられなくとも、叶える努力くらいはしてやれよ」

入瀬も意外だったけど、モニカがあいつに対してそんなことを云うのも意外だ。
さすがのモニカでも、死者を侮辱するようなことはしないということかな?

入瀬の願いか……

だけど入瀬は一つ勘違いをしている。
この世界は俺たちの物ではない、この世界に所有者などいないのだから。

とはいうものの、カリス達の好きにさせて良い世界で無いことだけは確かなことだ。

【刀満】
「どこまでやってやれるかわかんないけど、弔いの意味を込めて
俺も少しはやってやろうじゃないか」

殺されかけはしたものの、あれでもクラスメイトの一人だ。
小出さんの分も含めて、俺は二人を弔ってやろう。


……明後日からな。





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