【monstre jig】
【刀満】
「たーいまー……」
【法子】
「ぉ、お帰りー♪」
俺たちが帰ってくるのとほぼ同時に、姉さんが二階から下りてきた。
【法子】
「どうしたの竹刀なんか持ち出して、刀満そういうのダメなくせに」
【刀満】
「まあ俺にも色々あるんだ、ほっとけ」
【モニカ】
「ふぅー……刀満、湯浴みをさせてもらっても良いか?」
【刀満】
「どうぞ」
【法子】
「あ、じゃあ私もご一緒しようかな」
出た出た、姉さんの悪い癖がまた出たよ……
本人は何も悪気がないので、まあ良いといえば良いんだけど……俺は被害者にならないし。
【モニカ】
「そうか、なら私は後で良い、姉君からお先に」
【法子】
「ノンノン、女の子同士なんだから一緒に入りましょう。
汗かいたまま放置するのも気持ち悪いでしょ、千夜ちゃんと一緒に入ったこともあるから心配要らないよ」
【モニカ】
「し、しかし……」
どうしたものかとモニカは俺に助けを求めた。
【刀満】
「あー、まあ良いんじゃない、姉さんもああ云ってるし」
【モニカ】
「刀満もそう云うのなら……ご一緒させてもらおう」
【法子】
「はいはーい、入浴剤持って来るねー♪」
あのはしゃぎよう、久しぶりに誰かとの風呂なんで浮かれてやがるな。
【モニカ】
「本当に良いのか?」
【刀満】
「たぶんな……先風呂入ってな、姉さんなんか持って来るみたいだし」
【モニカ】
「ぅ、うむ……」
【法子】
「おーふろー、おーふろー♪」
【刀満】
「姉さん、浮かれてるとこ申し訳ないけど……変なことするなよ」
【法子】
「変なことなんて別にしないわよ、まだ浅い子と打ち解けるためのスキンシップだよ」
そのスキンシップを千夜ですら嫌がることをちゃんとわかってるんだろうかねぇ?
……
【法子】
「はぁー、さっぱりー♪」
先に出てきたのは姉さんだった。
しかもちゃんと服全部着てやがる、珍しい。
【刀満】
「モニカはどうした?」
【法子】
「お風呂でぐったりしてた、大丈夫だって云ってたから先あがってきた」
【刀満】
「……」
それは本当に大丈夫なのか……?
【モニカ】
「うぅ……」
なんて心配をしていたら、ちゃんとモニカもあがってきた。
その表情の奥が酷く疲弊しているのはきっと見間違いじゃないのだろう。
またやりやがったな……
【刀満】
「風呂入る前よりも疲れた顔してるな」
【モニカ】
「湯浴みくらいゆっくりとしたいのだが……」
【法子】
「二人いた方が洗いっこ出来て楽しいじゃない♪」
出た、洗いっこというなの姉さんの自己満足、千夜からちょっとだけ聞いたことがあるけど
あれはちょっと勘弁してもらいたいらしい。
【モニカ】
「だからって、あんな念入りに洗う必要は無いのではないか?」
【法子】
「女の子はいつ何時何がどうなるかわからないんだから、準備はいつでも完璧にしておかないとね」
【モニカ】
「自分で洗うのならともかく、他人に洗われるのはちょっと……」
モニカがモゾモゾと体を震わせた、くすぐったさでも思い出されたのか?
【刀満】
「何があったかは聞かないけど、二人とも風呂ぐらいゆっくり入れ」
女二人でにゃあにゃあしてたのなんて俺にはどうでも良いことだしな。
それよりも昼飯昼飯と。
【法子】
「お昼ご飯何ー?」
【刀満】
「タマゴ入り天カスうどん、確か姉さん好きだったろ?」
【法子】
「覚えててくれたんだ、こっちおいで、ギューーってしてあげるよ」
ギュー……
おいでって云ったくせに、自分からきてギューっとしやがった。
【刀満】
「もあ! 止めろ、放せっての」
【法子】
「折角良い子良い子してあげてるのに、人の感謝は素直に受けておくものよ?」
【刀満】
「赤の他人だったらな、姉さん家族だろうが」
【法子】
「ほとんど家になんかいないけどね」
またそうやって云いにくいことをサラッと云いやがって……
【モニカ】
「はは、二人とも楽しげだな。 さすが家族といったところか?」
【刀満】
「俺には疲れるだけだよ」
【法子】
「私は楽しいけどね♪」
【モニカ】
「優しい姉君と料理上手の刀満、幸せな家族じゃないか。
やはり、刀満にはこんな日常の方が好きなんだろう? うん、美味い」
云いたいことを云い終えると、早速昼食に手を伸ばした。
日常、か……
確かに、これこそが俺にとっての日常だったんだろうな……
……
昼食が終わると、姉さんは枕を引っ張り出してきてそれを抱いて寝てしまった。
それは普通の枕で抱き枕じゃないんだけど、そんなこと姉さんにはお構いなし。
【法子】
「くぅー……」
【刀満】
「起きて風呂入って食ってまた寝て、良い生活だよ全く」
【モニカ】
「ここがそれだけ安心して身を預けられる場所だということだろ。
自分の家というのはそういうものさ、そこだけは誰の眼にも入らない聖域だからな」
【刀満】
「俺がいるじゃないか、モニカも」
【モニカ】
「刀満は家族だから良いのさ、私が見るのは失礼に値するのだがな」
【刀満】
「好きなだけこのだらしない姿を見てやってくれ。
まったく、どこでどうなったらこうなったんだろうな?」
【モニカ】
「人なんてどこでどうなるかなんてわからないものさ。
本当なら私も、騎士なんていうことをしていなかったのかもしれないんだからな。
刀満、少し上に良いか?」
くいっと指を二階に向けた、姉さんがいる前ではあまり話したいことじゃないということか。
モニカが避けたいんだから別に俺に拒む理由は無い、彼女の意思を尊重して二人で二階へ向かう。
【モニカ】
「今夜から、どうするつもりだ?」
【刀満】
「どうするって、何が?」
【モニカ】
「あのなぁ……姉君がいるのに、夜遅くに戦場になど出て良いのか?
私の個人的な意見を云わせてもらえれば、しばらく刀満には出てほしくはない」
【刀満】
「姉さんはそんなこと気にしないから大丈夫じゃないのか?」
【モニカ】
「そんなことと簡単に云うな、もし万が一にも私が刀満を守れなかったとしたら。
肉親である姉君の受ける衝撃はどれほどのことになるか……」
【刀満】
「なんだ、心配してくれるんだ」
【モニカ】
「からかうな、お前を死なせるようなことはしない。
ただ、私がいくらそんな気持ちを持っていたとしてもそこに『絶対』という言葉は存在しない」
拳を作り、トンと俺の胸に押し当てた。
【モニカ】
「お前を、死なせたくはない……
私の眼の前で、死なれたくもない……」
【刀満】
「……心配するな」
今度は俺がモニカの頭の上に手を乗せた。
思い切り振り払われるかと思ったけど、モニカは何もしなかった。
【刀満】
「信頼関係があれば、限りなく絶対に近づくもんさ。
俺がモニカのことを信用していれば、モニカは絶対に俺を死なせたりはしない」
【モニカ】
「……やれやれ、プラス思考というのはどうもこういったところが楽観的で困る」
胸に当てていた手を離し、腹に軽く拳を入れる。
いつもなら苦悶の声でも出そうなものだが、今回はそんな痛みを感じなかった。
【モニカ】
「そこまで信用されているというのも、悪い気はしないか」
最後にクスリと笑みを付け加え、モニカは一人階段を下り始めた。
【モニカ】
「夜間散策の云いわけ、ちゃんと考えておけよ」
背中から聞こえてきたその声は、どこか笑っているように感じられた。
……
【モニカ】
「ご馳走様」
夕食を食べ終え、熱いお茶をすすってほっと一息。
まだ一週間くらいしかいないくせに、随分と馴染んだもんだな。
姉さんの方は相変わらず、夕食が終わった途端にまた枕を抱いてご就寝。
これでスタイルがキープ出来てるんだから、他の女性にしてみればきっと羨ましいんだろうな。
だけど姉さん、一日何時間寝れば気が済むのだろう?
【モニカ】
「刀満、準備はもう出来ているか?」
【刀満】
「俺の方はな、心配なのは食べたばっかりのお前の方だろ」
【モニカ】
「この程度で動けないようでは騎士なんて務まらんさ。
……刀満、前にも云ったが無理についてくる必要などないんだぞ?
今日は今までと違う、あの公園での出来事と同じことが起こる……」
入瀬を殺す、モニカは間接的にそう云っていた。
【刀満】
「だからどうした……今更そんなこと云うな、俺だって『騎士』なんだろ」
【モニカ】
「無粋なことを聞いたな……忘れてくれ」
残ったお茶を一気にあおり、はあっと息をひとつ吐いてからスクっと立ち上がる。
【モニカ】
「行くぞ、目覚めた姉君が心配しないうちに片付けるぞ」
……
【刀満】
「だけど、入瀬がいるような場所を俺たちで見つけられるのか?」
【モニカ】
「さあな、だがじっとしているわけにもいくまい?
それに、たぶんあいつはもう無駄な殺人を犯したりしないだろうしな」
【刀満】
「何でまた?」
【モニカ】
「はっきりとした根拠なんてないが、ああいうタイプはプライドが強いんだよ。
自分の障害にあるであろうものを真っ先に始末する、プライドが高いやつは案外心配性なんだ。
やつにとって一番の障害は」
【刀満】
「モニカってことか」
【モニカ】
「何を云う、私だけじゃなくてお前もだ。 むしろ私よりもお前の方を奴は狙っているようだがな。
云っていただろう、この世界のことはこの世界にいるものが決着をつけるべきだって」
【刀満】
「おいおい……モニカの助け無しかよ」
【モニカ】
「心配するな、奴がどんな御託を並べようとももう私も黙っていないさ。
刀満に自分を守るだけの力があれば、全ての事は私が運ぶ」
まったく、頼もしい騎士さんだこと。
【刀満】
「で、どっから探す?」
【モニカ】
「昨日のやつの足取りをもう一度追う、同じ場所で出会うとは思えんが
その周辺から事細かに潰していくしかあるまい」
【刀満】
「まあそうなるか、今日は長い夜になりそうだな……」
【モニカ】
「見つからなければな、心配せずとも明日は休日だろう?
ゆっくり休んで心身ともに落ち着けるんだな」
まだ戦ってもいないうちからそんな言葉云われても、ねぇ?
……
二人で昨夜、入瀬を追った道筋を辿っていく。
しかし、よくよく考えれば昨日の今日、当然昨日の現場付近には規制線が張られ
報道関係者であろう何人もの人間で溢れかえっていた。
昨夜の一夜で焼死体が二つ、それも二つの距離が離れていないとなれば
同一犯ということに誰だって行き着くだろう。
誰だって行き着きはするが、それが誰だと特定できる人間はほんの一握り。
俺たちと千夜たち、それくらいだろう。
とはいうものの、俺たちには犯人を公表することは許されない。
そうなれば入瀬がどんな行動に出るかなんて容易に想像出来る。
【モニカ】
「さて、ここからどうしたものか」
事件現場からある程度離れたところ、人通りの少ない路地のガードレールに腰を預けて天を仰いだ。
【刀満】
「手がかり無しか」
【モニカ】
「全く無いというわけでもないが、可能性が広がりすぎて絞ることは出来んのさ。
広いからといって散開するわけにもいかんし……刀満、お前はどっちだと思う?」
【刀満】
「そんなこと云われてもなぁ……両方行くしかないんだろ?」
【モニカ】
「刀満でもその答えか、じゃあそれしかないな……んっ!」
急にモニカは辺りを見回し、近くにあった自販機を背にして戦闘の構えを取っていた。
【刀満】
「どうした急に……もしかして、あいつから来たのか!」
【モニカ】
「いや、奴よりも私の嫌いなあいつが来たようなんでな」
【カリス】
「フフ、随分と失礼な挨拶ですね」
近くにあった木がガサリと揺れ、カリスが姿を見せる。
カリスは木の高さなど気にすることもなく、そのままタンと地面に飛び降りた。
【カリス】
「今晩は、お二人さん♪」
【モニカ】
「タイミングの悪いところで現れたな、今日の私は何の躊躇もなく貴様を殺す気でいるぞ」
【カリス】
「いつも殺す気でいるような気もしますが、彼方が『殺す』という表現を使うというということは
いつも以上に本気でいる、と考えた方が良さそうですね」
モニカは普段『討つ』という表現をしている。
『殺す』といった直接的な表現をしたのは確かに珍しいな。
【モニカ】
「貴様と無駄話をするつもりはない、いくぞ」
【カリス】
「まあまあお待ちください、貴女がそこまで私との決着を望む気持ちもわかりますけど
今日も私に戦う意思はありませんよ」
【モニカ】
「貴様になくとも、私にあればそれで十分だ」
【カリス】
「こちらが無抵抗だというのに、それでも尚私を殺すつもりですか。
刀満さん、何とか云ってやってくださいよ」
【刀満】
「俺に止められるかと思うか?」
【カリス】
「ですよね♪」
カリスはクスリと口に手を当てて笑う。
そのままさっきと同じように何の抵抗も見せずに高く飛び上がり、街灯の上にタンと綺麗に着地した。
【カリス】
「いい夜ですね、この世界の夜はどこも表情が違って楽しませてくれますから」
【モニカ】
「……貴様、目的は何だ?」
【カリス】
「特にありませんよ、ただ、こんな世界に不釣合いな光が私の先に見えるんですよ。
紅くて、メラメラと燃えるような嫌な光が」
【モニカ】
「どっちの方角だ!」
カリスの言葉は俺でも理解出来た、勿論モニカもすぐに理解したのだろう。
【カリス】
「あちらですよ、急いだ方が良いんじゃありませんか?
また誰かが燃やされてしまう前に、ね♪」
【モニカ】
「行くぞ刀満!!」
【刀満】
「あぁ!!」
カリスが指さした方に俺たちは駆け出した。
だけどどうして、カリスはそんなことを俺たちに教えたのだろうか?
あいつはカリスから力を貰った、いわばカリスの仲間なのではないのだろうか?
なんてことを考える余裕が出来たのは、もっと後になってからのことだった。
今はただ、一人でも犠牲者が増える前にあいつを止めなければならない。
そのことを考えるだけで精一杯なのだから。
……
正確な位置など勿論俺たちにはわからないのだけど、だからって足を止めるわけにはいかない。
俺たちが急ぐことで救える命があるのなら、出来る限りの全力を出そう。
【刀満】
「今日は何か臭わないのか?」
【モニカ】
「さっきから試している、まだ炎の臭いがしない」
炎に臭いがあるかなんて当然俺にはわからないけど、モニカにはそれがわかるんだ。
そのモニカがわからないとなると……もしかして、はめられたか?
【刀満】
「俺たち騙されたか?」
【モニカ】
「かもしれんな、だとしても良いさ、あてもなく探すのも結局は同じことだからな。
見つかれば儲けもの、見つからなくてもそれが当たり前さ」
【刀満】
「そもそも入瀬とカリスの関係ってなんなんだ?」
【モニカ】
「本人に聞いてみろ、興味はな……っ、止まれ!!」
腕をいっぱいに広げてモニカが俺を通せんぼ。
モニカが通せんぼした眼の前を、まるで自動車か何かのような大きな炎の塊が一直線に突き抜けた。
【入瀬】
「おやおや、奇襲失敗か。 中々優れた反射神経だな」
【モニカ】
「お出ましか、刀満剣をとれ」
モニカはすでに剣を呼び出していた、慌てて俺も剣を呼び出した。
【入瀬】
「一応聞いておこうか、標的は俺か?」
【モニカ】
「今更何を云うか、この世界に貴様のような奴が存在する意味はない」
【入瀬】
「この世界の人間である俺に向かって酷い云い草だ。
まあ、この世界の人間を超えた存在にはなってしまったがな」
軽く手を上げると、その手の中に炎を宿して見せた。
【モニカ】
「それは『超えた』のではない、『堕ちた』だけだ」
【入瀬】
「好きなように云え、何を云おうとこの力は俺のもの。
いつの世も、力による絶対的な支配こそが優れた人間を活かせる世界なんだ」
【モニカ】
「恐怖政治が栄えた世など、ない!」
剣を抜き、入瀬目掛けて間髪いれずになぎを払う。
【入瀬】
「騎士は礼節を重んじるものだが、君はそれが欠けているようだな」
【モニカ】
「悪人に払う敬意もなければ、重んじる礼節もない!」
【入瀬】
「はは、こう見ると芦屋のほうが余程騎士のように見えるな。
落ち着き払った態度、感情的な君に騎士は向かないのでは?」
【モニカ】
「知ったような口を利くな!!」
それはモニカにとって云われたくないことなのか、語尾を荒げて剣を振るう。
まずい、いくらモニカといえど感情的になると勝てる戦いも勝てなくなる。
【刀満】
「モニカ! もっと冷静になれ」
【モニカ】
「私はいつだって冷静だ!!」
どこがだよ……
【入瀬】
「そら、クールダウンだ」
その場で高く飛び上がり、モニカが届かない高さで静止した。
【入瀬】
「芦屋の云うとおり、君は冷静さを失っているようだ。
余程俺が憎い様だが、そんな不安定な感情コントロールで俺を殺せるか?」
【モニカ】
「貴様を殺すなど造作もないこと、いつまでも余裕ぶっていられるほど私は甘くない」
【入瀬】
「芦屋、少し落ち着けてやってはどうだ?」
【刀満】
「俺が何か云ってすぐ対応できるほど器用じゃないんだよ」
【入瀬】
「そうか、なら仕方ない。 俺も本腰を入れて挑まねばダメか」
入瀬は地上に降り立ち、両腕を小刻みに震わせて精神を集中させているように見えた。
【モニカ】
「刀満、後れをとるな!」
【刀満】
「ぁ、あぁ!」
モニカの一声で俺も剣を抜き、動きを見せない入瀬にモニカとは逆側から剣を振り下ろした。
蒼白い不気味さをも感じさせる俺の剣は、入瀬を捉えることなく空を切っていた。
モニカの剣もまた同じ、僅かに身体を引いて俺たちの太刀筋を避けていた。
【入瀬】
「遅い、全て見えているぞ」
【モニカ】
「ほう、ではこれでどうだ! 刀満、いつもの動きを思い出せ!」
俺の身体をもって覚えさせられた様々な動き、身体に叩き込まれた痛みはすぐに俺の身体を動かしていく。
自身の身体で受けた痛みは、どう動けばそう出来るかどう動けばそれを回避出来るかを嫌でも覚えさせてくれる。
ここは、横薙ぎだ!
【入瀬】
「ふ!」
難なくかわされる、当たるとは思っていなかったけど思い通りに身体が動いたことには自分でも驚いた。
【モニカ】
「良いぞ、その動きを続けろ!」
【刀満】
「お前みたいに上手くは動けねえって!」
【モニカ】
「今はそれで良い、少しずつ動きを身体に叩き込め!」
【入瀬】
「無駄口を叩く隙があるのかね?」
入瀬が手に炎を呼び出し、モニカに向かってその塊を投げつけた。
【モニカ】
「甘い! 下だ!」
ヤクザキックを打ち込んだモニカに一歩後れて、俺も指示通り水面蹴りを放つ。
これも全て嫌というほどモニカに教え込まれた、今では俺も様になった蹴りを撃てるようになっている。
【入瀬】
「ぅ、お!!」
【モニカ】
「もらった!」
【刀満】
「はぁ!!」
水面蹴りでバランスを崩した入瀬に襲い掛かる二つの太刀筋、この距離ではもう入瀬にかわすことは……
【入瀬】
「くっ……」
【刀満】
「なっ!……」
入瀬は二つもの太刀筋を片手で止めていた、右手でモニカの剣を、左では俺の剣を。
ぎゅっと握られた剣に入瀬の震えが伝わってきた。
剣の筋を滴る鮮血の赤、こんなにも近くで感じる血の色に、俺の頭は一気に寒さを感じ始めた。
【入瀬】
「やるじゃないか芦屋、俺を殺す覚悟は出来ているということか……」
【刀満】
「……あぁ、俺ももうお前と同じ世界の人間だ」
【入瀬】
「歓迎するよ……これで貴様も高みの世界の仲間入りだ。
折角仲間入りしたところ悪いが、それもほんの僅かの期間でしかないだろうがな……」
【モニカ】
「何?」
【入瀬】
「本腰、入れさせてもらうぞ……!」
合図と共に、腕から放出された炎が入瀬の身体を包み込んだ。
【モニカ】
「離れろ!」
【刀満】
「……自殺、したのか?」
【モニカ】
「莫迦を云え……云っただろ、奴は堕ちたんだ」
入瀬を焼き尽くす炎はごうごうと大きくなり、もがく身体に合わせて炎も揺れた。
苦しむ声は聞こえない、だけど気になったのはそこではない。
どことは云えないが、何かがおかしい。
あれほどの自信家に自殺なんて選択肢があるのだろうか?
……嫌な予感がする。
そしてそれは勿論現実のものとなる……
入瀬を焼き尽くす炎はやがて小さくなり、紅く燃える炎はもう見えていない。
その業火の中から現れたのは焼け死んだ入瀬の死体ではなかった。
人間の三倍はあろうかという太い腕や脚、二周りほど大きくなった筋肉の浮き出た黒い体。
前面に突き出した口から覗く無数の牙、鋭く漆黒に輝きを見せる爪。
それはもはや人間であったということさえも疑わせる、怪物と呼ぶに相応しい姿だった。
【刀満】
「なっ、なんだよこれ……」
【モニカ】
「これが魔を与えられた者の堕ちた姿だ。
魔族の血を分けられ、その力に体を蝕まれた者の姿……」
【入瀬】
「……フフ、堕ちたとは失礼だな。 上り詰めたといってもらおうか?」
【モニカ】
「魔族の力を手をした人間に、それ以上の飛躍などはない。
あるのはずるずると落ちた奈落の底、苦しみを与え続ける地獄だけだ!!」
怪物の本性を現した入瀬に対し、モニカも力を解放して迎え撃つ構えを見せた。
【入瀬】
「なるほど、お前も本気を出していなかったということか。
ならばこれで互いに全力を持っての殺し合いとなるわけだ」
【モニカ】
「心配するな、何も苦しませずに死出の旅路をむかえさせてやる!」
ガギン!
モニカの剣と入瀬の爪が激しくぶつかり合う。
火花でも出そうなくらいの衝撃に、何もしていない俺の方が仰け反ってしまう。
【入瀬】
「惚けている暇があるのかね!」
入瀬の爪が俺を引き裂こうと薙いできた、それを受け止めるものの
普段のモニカの力とは桁違い、防ぎはしたもののそのまま身体を弾き飛ばされて地べたを転げまわった。
【刀満】
「つう、とんでもない力だな……」
【モニカ】
「刀満! お前は守りに専念しろ、無茶をして命を落とすな」
【刀満】
「わかってるよ」
【入瀬】
「遠慮は要らないぞ? 二人掛りで俺を殺そうと一向に構いはしない。
特に芦屋、俺はお前との戦いを望んでいるんだ」
【刀満】
「俺とだって?」
【入瀬】
「前にも云っただろう、この世界のことはこの世界の者が方をつける話だと。
この女との戦いも構わんが、それでは意味が無い」
【刀満】
「俺との戦いが、お前にとって意味のあるものだって云うのか?」
【入瀬】
「無論だ……さあ、俺と戦え」
【モニカ】
「挑発に乗るな刀満! お前はお前が出来る方法で自分の命を守れ!!」
【刀満】
「自分が出来る方法で……か」
一体俺に何が出来る?
入瀬の攻撃一つ受け止められないこの俺がだ。
このまま俺が凌いだとしても、凌ぎ続けられる可能性は限りなくゼロに近い。
なら、残された方法は一つしかないじゃないか。
【入瀬】
「フッ!」
【モニカ】
「はあぁ!!」
モニカと入瀬が激しくぶつかりあう隙に、俺は……
【刀満】
「ここだ!」
入瀬の体目掛けて剣を突き出した。
あまり好きではないが、俺が生き残る道は一種の奇襲しか残されてはいない。
【入瀬】
「むっ!!」
慌てたのか慌てていないのかは定かではないが、入瀬はモニカとの距離をとり
俺が突き出した剣を避けた。
【モニカ】
「どういうつもりだ、無闇な攻撃は自らの死を招く。
お前は大人しく自分の守りに専念……」
【刀満】
「無理だよ、守り続けたっていつかはやられる。
攻めなければ絶対に勝てない、なら、あいつを倒す意外に選択肢は無い」
【モニカ】
「……普段のお人好しの言葉とは思えんな」
こんな殺し合いの最中でも、モニカの声はどこか笑っていた。
【モニカ】
「ならば、全力を持ってあいつを仕留めるだけだ。 頼りにしているぞ」
【刀満】
「あぁ!」
俺は、入瀬との殺し合いに足を踏み入れた。
〜 N E X T 〜
〜 B A C K 〜
〜 T O P 〜