【Rainy Prelude】
今とは全く別の時代、時は平安の移り世界。
雅な印象ばかりが一人歩きするこの世界の中に、人あらざる者の存在があった。
世間ではそれを『鬼』と呼んだり、人外の容姿からそのまま『化け物』と呼ぶ者もいた。
しかしそれは鬼などではなく、紛れもない人間そのもの。
鬼は突然現れたのではなく、世捨て人の成れの果て。
世捨て人ほど欲望の強いものはおらず、それが邪法によって姿を変えたのが鬼であると云われていた。
邪法。
昔は呪術といわれていたその力、一般平民には決して会得することの出来ない異能力。
その異能を扱える者、それを当時の世の中では『陰陽師』と人は呼んでいた。
陰陽五行や風水術、様々な道や術式を自在に操り政治を支える者。
この時代、陰陽師の存在は帝からも一目置かれる存在であり
実質政治の裏を握っているといっても過言ではないのかもしれない。
陰陽師の中でもとりわけ名の知れていたのが『安倍晴明』その人であり
その宿敵といわれているのが道満法師、『芦屋道満』であった。
この二人の対決は今でも文献などに多く記されている。
何もない地面から水を噴出させた晴明、それを手を叩くだけで止めて見せた道満。
どちらも勝るとも劣らない実力者同士、しかし、実際は晴明の圧勝に終わってしまう。
今でもこの二人は様々な物語で復活し、色褪せることのない戦いを今日もどこかで行っている。
ただ、この世界では……
……
【?】
「おー……い……きろー……」
【刀満】
「ぐぅ…………」
【?】
「おき……ろってば……もー……だぞー……」
【刀満】
「ぐぅ……………」
【?】
「……はっ!」
バゴ!
【刀満】
「もぁあ!」
突然腹部を襲う鈍い痛み、ベッドの上で悶えながら眼を覚ました。
【刀満】
「おおぉぉぉ……咽の奥が酸っぱい……」
【少女】
「やれやれ、また今日も鉄拳で起こすはめになるとは」
少女は痛がる俺の姿を心配するどころか呆れ顔で見下ろしていた。
【少女】
「いい加減学習しようよ、そのうち本当に昨日の晩御飯戻すわよ」
【刀満】
「ぐうぅ……千夜が殴らなければ良いだけじゃないか……」
【千夜】
「だから最初は普通に起こしてるじゃない、嫌だったらそこで起きることね。
もしくは私が来る前に起きておきなさい」
うぅ、まっ向から正論で云われると何にも返せないな。
【刀満】
「わかったよ、俺が悪かったよ」
【千夜】
「素直でよろしい、朝ごはんは今日もパンで良いの?」
【刀満】
「良いも何もパンしかないしな……」
【千夜】
「2枚食べる? それとも1枚にしておく?」
【刀満】
「1枚で良いや……」
【千夜】
「了解。 早く着替えて降りてきなさいよ」
千夜はそう云い残すとさっさと俺の部屋を出て行った。
【刀満】
「はぁ……女の子なんだからもうちょっと優しく起こしてくれれば良いのに。
あれじゃあ野郎に起こしてもらってるのと同じだよ」
【千夜】
「なんか云ったか!」
【刀満】
「ひぃ! い、いたの……?」
【千夜】
「悪口云われる予感がしたから残ってたのよ。
それで、このどこからどう見ても女の私のどこが野郎なのかしら?」
顔はもう最高の笑顔なんだけど、それとは全く逆に指の関節をばきばきと鳴らしている。
プラスとマイナスが同居しているこの状況、千夜の場合は十中八九マイナス面だけが強くなる。
【千夜】
「刀満、ちょっとだけ大人しくしてなさいね♪」
【刀満】
「な、何する気だよ……」
【千夜】
「大人のお勉強、よっ!」
……
【刀満】
「あぁ……もぎ取れるかと思った」
【千夜】
「あの程度で取れるようじゃ人は生きていないわよ。 あ、イチゴジャム取って」
【刀満】
「はいよ」
手前にあったジャムを千夜に渡し、代わりに千夜側にあった蜂蜜を受け取った。
ジャムを受け取った千夜はトーストにこれでもかとジャムを塗りたくり、大きく口を開けてトーストに噛り付く。
とても女の子の食事風景とは思えないな……
「安倍 千夜」、それが目の前でトーストに齧り付いている少女の名前だ。
こいつは俺の家からそう遠くないところにある神社の娘で、一応俺とは幼馴染(?)になる。
ここ数年、朝は毎日こいつと一緒だな。
【千夜】
「だけどもう3年も経つのに何で一人で起きれないかなぁ?」
【刀満】
「体質なんでな、どうにも一人じゃ起きられない」
【千夜】
「それなのによくおじさんおばさんは一人暮らしにさせたもんだね」
【刀満】
「親父もお袋も案外適当だし、絶対に朝は大丈夫だって自信があったんだろうさ」
【千夜】
「なんでよ?」
【刀満】
「だってお前がいるじゃん」
【千夜】
「は?」
【刀満】
「学園までの通り道に俺の家があるから起こしてくれると思ってたんだろうさ」
【千夜】
「何よそれ、私はあんたの目覚まし代わりじゃないのよ」
不満げな顔で二枚目のトーストにバターを塗りたくって頬張った。
【千夜】
「はぁ……なんであんたなんかと幼馴染なんだろうね」
【刀満】
「親同士が仲良いからだろ、俺と千夜はともかくとして」
【千夜】
「まあいがみ合うよりはずっと良いけどね、紅茶のおかわり頂戴」
自分で入れれば良いのにと思いながらも、それで面倒になるのが面倒なので素直にティーカップにおかわりを注ぐ。
朝食時は常に腰を低く、食事くらい喧嘩もなく普通に食べたいからな。
【千夜】
「法子さんはまだ戻ってこないの?」
【刀満】
「そのうち戻るとか電話してきたけど、本当に戻ってくるかはちょっと疑問だな」
【千夜】
「戻ってきたら軽くパーティーでもしてあげようね。
あ、テレビつけても良い?」
【刀満】
「つけても良いけど、あんま口に物入れて喋るなよ」
二人しかいないんだから気にするなと笑いながら千夜はテレビのスイッチを入れた。
二人しかいなくても気にしてくれよ、人として。
【キャスター】
「……先月起きました怪死事件、それにまた類似した事件が発生しました」
つけたチャンネルはニュース・情報番組、朝からまた物騒な事件を特集するもんだ。
【千夜】
「まーたこの事件なんだ、これでもう四件目だよ」
【刀満】
「最近流行の事件みたいだな」
この番組と同じような事件を見るのもこれで四回目。
事の始まりは先月、OLが怪死するといった話だったはずだ。
【キャスター】
「前に起きた三件と同じく、今回も……」
プツ!
【司会者】
「ということで、今日一番良い運勢はO型のあなた!」
暗いニュースをしていたはずが、一転して明るい話題。
月曜から金曜まで毎日朝の番組を担当している司会者が血液型占いを行っていた。
千夜がチャンネルを変えたのだろう。
【千夜】
「うえぇ、朝からあんな話題聞きたくないよ。 朝ごはんが通らなくなる」
とか何とか云いながら、気にする素振りもなく二枚目のトーストを完食していた。
【千夜】
「だけど物騒だよね、どの現場もここからそう遠くない場所なんだよ」
【刀満】
「あんな話題は嫌だったんじゃないのかよ」
【千夜】
「私が食べ終わったからもうどうでも良いよ。
さすがにああいった血なまぐさい話題を見聞きしながらご飯を食べるのは勘弁だ」
だったらせめて俺が食べ終わるまでしないでくれよ。
こっちだってそんな話題を考えながら真っ赤なイチゴジャムを塗ったパンなんて食いたくない。
【刀満】
「すぐ食べ終わるから、それまで適当にテレビ見てろよ」
【千夜】
「朝の情報番組は見ちゃダメなんだよ、最後まで気になって見ちゃうからね。
八時とかまたがれると続きが気になって学園行きたくなくなるもの」
【刀満】
「さいですか……ふぅ、それであの事件が何だって?」
【千夜】
「現場がどれもこれもここからそう遠くないってこと。
案外犯人はこの近辺にまで来ているのかもしれないよ」
【刀満】
「どうだろうな、確かに遺体発見現場はここからそう遠くないけど、殺害現場はうんと遠いかもしれないし」
過去三件に共通した現場状況、それは遺体発見現場には血痕が全くと云って良いほど落ちていないらしい。
事細かな死体の状況などは報道されていないけど、状況は惨殺と云ってしまえるほどのものらしい。
だとすれば、発見現場に血痕が無いのはいささか不自然だ。
【千夜】
「別の場所で殺っちゃって、あちこちにわざわざ運んだってこと?
だけどそれってどうなのさ、どこかに動かすよりも埋めたり沈めたりする方が確実なんじゃないの?」
【刀満】
「そんなこと俺に聞くなよ、それ以前に朝からこんな会話させるなよ……」
【千夜】
「うん、私も今そう思った……考えたら気もち悪い」
朝には似つかわしくないダークな会話に、俺も千夜も揃って顔を振る。
【千夜】
「ところでさ、今日は何の日だかわかる?」
【刀満】
「女の子の日、とか云ったら怒るだろ?」
【千夜】
「アホかあんたは!」
ベシ!
テーブルに置いてある一回使いきりの小分けバターを俺の顔へと投げつけた。
【刀満】
「やっぱり怒ったよ……」
【千夜】
「わかってるならわざわざ云うな、そうじゃなくて。
今日はこの前やった実力テストの返却日だよ」
【刀満】
「あぁ、そういえばそんなのあったな」
【千夜】
「どうする、今回も勝負する?」
何でこいつは毎回毎回勝負事にこだわるのだろう?
テストがあれば勝負、スポーツ大会があれば勝負、ここから学園まで徒競走で勝負と何かにつけて勝負をしたがる。
普通勝負事にこだわるのは男連中で、女はそれを理解できないといった眼差しを向けるのが普通なんだけど。
俺と千夜の間では全くの真逆、勝負にこだわる千夜と勝負の意味がわからない俺がいる。
【千夜】
「負けた方は帰りにハンバーガー奢りってことでどう?」
【刀満】
「待て待て、俺は一言も良いと云ってないのに」
【千夜】
「もたもたしてるから時間切れよ、今日返却されるテストの結果で勝負よ」
【刀満】
「やれやれ……」
どうせ今回も俺が負けるんだ、そんなことわかりきってるじゃないか。
勉強なんてほどほどに出来れば良い、何もわざわざ遅くまで勉強して一番をとろうなんて考えてない。
何でもほどほどに出来て、その中のいくつかがちょっと飛び出てればそれで良いじゃないか。
それを良しとしないのが千夜の性格で、なんでもかんでも全力勝負でないと気分が悪いらしい。
今回のテストも、散々千夜から勉強に付き合えと云われたけど全部蹴ってきたもんな。
そんなテスト前日に少しだけ復習した俺と、十分勉強した千夜の結果なんてどう考えたって明らかだろ。
【千夜】
「ほらほら、朝ごはん終わったんなら後片付け手伝うの」
【刀満】
「わかってるよ」
使った食器を大雑把に洗って大雑把に布巾で拭く。
それを見ている千夜は小言をぐちぐちと……もう毎朝おなじみの光景だ。
親父もお袋も、なんで千夜がいれば安心できるなんて云ってたんだ?
俺にも千夜くらい自分にも身の回りにも真剣になれとでも云いたかったんだろうかね。
【千夜】
「後片付け終わり、それじゃあ学園いこっか」
……
【千夜】
「そういえば刀満、今日も引いてきてあげたわよ」
ポケットから紐で止められた小さな紙を取り出した。
こいつが毎日俺のために引いてきてくれる物、それはおみくじだ。
別に引いてきてくれとは頼んでおらず、こいつが個人的な趣味で毎日俺のためにおみくじを引いてくる。
自分の家だからタダだとは云うけど、そんなことしてたら親父さんたちが泣くぞ……
大体おみくじを人が引いてくるっていうのもどうなんだ?
【刀満】
「親父さんにばれたら大目玉だぞ」
【千夜】
「別に良いんじゃない、どうせそんなに売れないし、一つたったの200円だしね」
そんなんで神社ってやっていけるんだろうか……?
まあ絵馬とか破魔矢とかあるし、それで十分生計が成り立つのかな?
【千夜】
「で、どっちが良い? とはいっても両方とも刀満のだけどね」
【刀満】
「あのさあ、おみくじって普通一回だけするもんじゃないの?」
【千夜】
「良いじゃん何回やっても、何回もやった方が大吉でやすいよ」
いや、だからね……あぁもういいや、こいつに何云ってもどうせ気にもしないだろうし。
【千夜】
「右と左どっちからが良い?」
【刀満】
「じゃあ左から……」
おみくじを一つ受け取り、大して期待も緊張もせずに封を解く。
人が引いてきたおみくじを自分で解くっていうのはどうにも緊張感がなくて面白くないなぁ……
『半吉』
【千夜】
「なんか中途半端で面白くないね、しかも無いよりはまし程度のだよそれ」
【刀満】
「もうちょっと良いやつ引いてこいよ」
【千夜】
「こればっかりは運次第だからねえ、だけどそれなりに良いこともちょっとは書いてあるじゃん。
『待ち人来ず、新たなる出会いあり』だってさ、彼女出来るかもしれないよ」
【刀満】
「その出会いが女である可能性は100%じゃないんだから……
それに『落ち物来ず、遅ければ無し』って書いてあるしな、なんか落とすみたいだわ」
【千夜】
「半吉なんだからそんなもんでしょ、中途半端な刀満らしいじゃない。
そんじゃ次はこっちね、せめて中吉ぐらい引きなさいよ」
だからさ、引いてきたのは千夜であって俺じゃないってば……
【千夜】
「早く解いてみなさいよ、もしかしたら大吉で相殺できるかもしれないよ」
【刀満】
「そう都合良くいかないと思うけどなぁ……」
せめて半吉よりは良いものが出てくれるとありがたいのだけど……
『末凶』
【刀満】
「……」
【千夜】
「……」
【刀満】
「…………おい」
【千夜】
「しーらないっと」
【刀満】
「ちょっと待てや! 何でこんなとんでもねえもん引いてくるんだよ!」
【千夜】
「朝からそんな怒鳴らないでよ、長い人生そんなのを引く日だってあるわよ。
だけどそれ一番悪いやつじゃないだけ良かったね」
だーかーらー、これを引いたのは全部お前だろ!
【千夜】
「うわぁ、書いてあることも最悪だこれ」
【刀満】
「『お先真っ暗、一筋の光も無く晴れる日来ず』、『生命微弱なり、外出ことなかれ』……」
どこを読んでもプラス要素のかけらも見えないな。
これ以上ないというくらい悪いことが書いてあるけどこれ以上下って本当にあるのかよ、末凶なんだぞ……
【千夜】
「これは……ちょっと……今日休んだら? 外出るなって云われてるし」
【刀満】
「あのなぁ、先生におみくじで末凶引いたんで休みますなんて云えるわけないだろ。
それに俺はおみくじとか信じない方だからな」
【千夜】
「そう云うなら別に止めようとも思わないけど、この二つを組み合わせるとなんか凄いことになるよ。
『生命微弱なり、外出ことなかれ』、『落ち物来ず、遅ければ無し』」
【刀満】
「だからなんだよ」
【千夜】
「死んじゃうんじゃないの?」
【刀満】
「何を莫迦なことを、そんな都合良くおみくじ通りになってたまるか。
前大吉だったときも特に変わったことなかったし、どうせ何も起きないって」
おみくじなんて所詮は運試しだ、しかも何度も云うけどこれは俺が引いたものじゃない。
俺の心配よりも自分の心配した方が良いんじゃないのか?
【千夜】
「どうしよう、お葬式の場合は私が喪主になろうか?」
【刀満】
「勝手に葬式の話なんかするな、縁起悪い」
【千夜】
「ごめんごめん、だけどちょっとくらい気にしてくれないと私としても困るな。
これでも神社の娘、おみくじ売れないと困るからさ」
さっき売れなくても困らないとか云ってただろ……
こういうとこだけは俺以上に適当なんだよな。
……
【千夜】
「にっひっひ、どうだった刀満?」
【刀満】
「もう聞くのも面倒になるくらいの笑顔だな」
【千夜】
「そりゃ当然よ、刀満が80点以下なら自動的に私の勝ちなんだから。
で、何点だったのよ?」
【刀満】
「72点、上々の出来だな」
【千夜】
「にひひ、じゃあ今回も私の勝ちだね、これで7連勝ー♪」
そりゃやる気満々のやつと、早く終わんないかなって考えのやつじゃ差も出るさ。
【千夜】
「帰りにハンバーガーよろしくね」
【刀満】
「はいはい、たく疲れるな……」
朝からわかってはいたけど、こうやって実感すると余計に疲れてくる。
【千夜】
「あんまり負け続けるとご先祖様怒っちゃうよ?」
【刀満】
「ご先祖ねぇ……」
親同士仲の良い俺と千夜の家だけど、系図を辿っていくと今とは全く逆の状況だったことがわかる。
俺の本名は「芦屋 刀満」、芦屋と聞いて何か気がつく人もいるかもしれないが
俺のご先祖はさかのぼっていくとかの「芦屋 道満」にたどりつくらしい。
さらには千夜の苗字は安倍、何の巡り会わせか千夜のご先祖をさかのぼると
平安時代に絶対的権力を持っていた陰陽師、「安倍 晴明」にあたるらしい。
当時では絶対に馴れ合うことのなかった二人が、時代を超えて今では家族ぐるみの友好状態とは。
ご先祖様もそこまでめちゃくちゃになるとは思ってなかったろうな……
【千夜】
「自分の子孫までもが憎いライバルの子孫に負けてるなんて知ったら、天罰が落ちるよ」
【刀満】
「そんな大昔の因縁なんて俺は知らないよ。
それに先祖が芦屋道満と安倍晴明だったっていうのも曖昧な情報だしな」
親からあなたの先祖は芦屋道満だって聞かされはしたけど、家計図を見たわけでもないし
苗字が芦屋だったから適当に親が作ったでまかせの可能性だってある。
しかも名前が僅かに一文字違いって、家の親は芦屋道満のファンか何かなのだろうか?
【刀満】
「先祖の話しはもう良いよ、奢ってやるからさっさと帰るぞ」
【千夜】
「あ、ごめん。 テスト終わったから今日から部活があるんだよね……
だから今すぐ帰るのは無理、待ってては」
【刀満】
「やだ」
【千夜】
「って云うと思った、じゃあさ、刀満が買い物行くときで良いや。
どうせいつものスーパーなら合流できるでしょ」
【刀満】
「それならまあ良いか、俺もそれなりに金持ってこないといけないし」
【千夜】
「それで決まりね、私は部活に行くから約束忘れんじゃないわよ!」
しっかりと念を押してから千夜は駆け足で教室を飛び出していった。
あいつが云ってた部活、それは弓道部のことだ。
近隣でも弓道のレベルが高いことで有名なこの学園、しかもその中であいつは部長さんをやっている。
何度か無理やり部活を見学させられたことがあったけど、部長というだけあって実力はそれなりのものだったな。
ここ最近はテストのために部活が休みになって暇だ暇だと嘆いていたっけ。
【刀満】
「俺は毎日人生暇街道、帰宅部は楽で良かったよ」
部活に入るのも悪くなかったけど、特別気になる部活もなかったし。
自分で何かを設立するのもあれだし、結局帰宅部しか残ってなかった。
【刀満】
「家帰ってゆっくりすんべ……」
【男】
「おい」
【刀満】
「ん?」
教室から出ようと一歩を踏み出そうとしたら後ろから声をかけられた。
声の質で誰かはすぐにわかった、嫌々ながら無視するわけにもいかないので振り返る。
【刀満】
「なんだよ?」
【男】
「落し物だ」
やっぱりそうか、振り返った先にいたのは生徒会長の「入瀬 天草」だった。
こいつとは正直あんまり関わりたくない……
【刀満】
「こりゃどうも」
入瀬が持っていたのは返却された俺の答案用紙だった。
【入瀬】
「酷いもんだな、この程度の試験でよくこんな悲惨な点が取れるもんだ」
【刀満】
「別にそこまで良い点とろうなんて考えてないからな」
【入瀬】
「考えていないのではなく、初めから無理だとわかっているんだろう?
だからこそ向上しようとしない、クズに相応しい短絡的で最も利にかなった考えだよ」
【刀満】
「俺は面倒が嫌いなんだよ、それ相応で十分だ」
【入瀬】
「自らにある可能性を引き出そうともしないだけだろ?
凡人がクズに成り果てる一番多いパターンだな、嘆かわしい」
【刀満】
「はいはい良かったですね、講釈とかどうでも良いからそれ返せよ」
【入瀬】
「ほら」
まるで汚いものでも扱うように入瀬は俺の答案用紙を投げ捨てた。
飛び掛らんばかりの勢い……など微塵も見せずに答案用紙を拾い上げた。
【刀満】
「ご丁寧にどうもありがとうございました、生徒会長さん」
【入瀬】
「ふん、怒りもしないとはな。 つくづく救いようのない男だな」
【刀満】
「お前に救ってもらおうなんて思ってないからご安心を」
ひらひらと後ろでに手を振り、居心地最悪の教室を後にした。
【刀満】
「はぁ、どう生活すればあそこまで口も態度も悪くなるんだろうな」
入瀬のあの口調と態度は今に始まったことでもなく、俺だけに対して嫌がらせで云っているものでもない。
誰彼かまわず自分より劣る人間に対しては教師陣であろうと口調も態度もあのままだ。
確かに正論を云っているのかもしれないし、頭の出来も学年トップに居座り続けるだけのことはある。
ただそれら全てを台無しにしているのがあの口調と態度……
以前新米の女教師が来たときは一切授業をさせず、しまいには泣かせまでしたからな。
【刀満】
「俺をクズ呼ばわりするよりも、あんなんで社会人とかなれんのかねぇ」
あいつの扱いは至極簡単、適当に聞き流して一刻も早く話題を終わらせることだ。
仕事を始めてもあいつは上司にあんな口を利くんだろうか?
【刀満】
「……どうでも良いか、あんなやつのこと考えるだけで頭痛くなるしな」
あいつがどうなろうが知ったことじゃない。
頭をぶんぶん振り、夕飯のことを考えながらゆっくりと帰路へついた。
……
【刀満】
「呼びつけておきながらいもしないじゃないか」
そろそろ行くからとメールを貰ったのに、来てみれば千夜の姿はなかった。
【刀満】
「人を呼び出すときは自分もその近くについてからにしてもらいたいね。
まったくあいつはそういうところに気が回らないんだから」
【千夜】
「へぇ、私が悪いんだぁ」
【刀満】
「うわ! い、いたのね……」
【千夜】
「いましたよ、それで、私が呼んでから30分も遅刻しておきながらその態度なわけ?」
う、痛いところをつきますねぇ……
【刀満】
「いや、ね、家で色々とあったわけだよ。
風呂の掃除して、洗濯物の仕分けして、うたたねして……今に至るわけだ」
【千夜】
「最後のやつがなければ私が意味もなく30分も時間を潰す必要がなかったわけだよ、ね!?」
【刀満】
「そ、そうなるな……」
【千夜】
「悪いのはどっち? 私? それとも刀満?」
【刀満】
「俺かもしれない……」
【千夜】
「かもじゃなくて全面的にあんたが悪いんだ!!」
あんまり道の真ん中で大声出さないでくれよ、周りの人が痴話喧嘩かと勘違いするじゃないか。
【千夜】
「あんたが全部悪いのに、なんで私が悪者扱いされなければならないのかしらね。
罰として、おごりはいつもの倍ね」
【刀満】
「お前そんな食えるのかよ?」
【千夜】
「育ち盛りなうえに今日は久々の部活で張り切っちゃったからね。
二人前くらいなら軽く入ると思うけど?」
【刀満】
「太るぞ」
【千夜】
「お生憎様、私はこれでもスマートな方なのよ。 平均体重を下回ってるからもう少し太った方が良いって云われたし」
それ他の子の前で云ったら張り倒されかねないぞ……
そんなこんなで遅れてきた俺に弁解の余地はなく、千夜にいつもの倍の量をおごり
いつもの3倍お喋りに付き合わされてしまった。
【千夜】
「ふぅ、ご馳走様。 お腹も満たされて満足満足」
【刀満】
「晩飯食えなくなるぞ」
【千夜】
「家に帰るまでには消化してるから大丈夫じゃない?」
また能天気にアホなこと云ってるな、食に対する意識をもっと改めた方が良いよ。
【千夜】
「お買い物、何なら付き合ってあげようか?」
【刀満】
「ガキのお使いじゃないんだから……一人で大丈夫だ」
【千夜】
「あそう、じゃあここでバイバイだね」
【刀満】
「千夜……一応、気を付けろよ」
【千夜】
「何を?」
【刀満】
「朝のニュース、皆発見現場が近いって云ってただろ」
【千夜】
「なぁに、刀満心配してくれてるの? 私に気を使うよりもおみくじで最悪な運勢の自分に気をつけなさい」
ちょっとでも心配した俺が莫迦だったよ……こいつが襲われる可能性なんてあるわけないか。
【千夜】
「ありがとう、心配してくれたから一応云っておくわね」
【刀満】
「可愛げのないやつ……」
千夜と別れて俺は一人でスーパーへ。
もうすっかり夜に入り始めた空の奥に、薄っすらとではあるが黒い雲がみつかった。
【刀満】
「早く行かないと降られるかもしれないな」
傘を持っていない自分に残された選択肢は一つ。
雨が振る前に買い物を終わらせて家に戻ることだけだ。
……
【刀満】
「今夜はカレーだよぉ」
どこかのテレビ番組で云っていたフレーズを口ずさんでみた……なんだか虚しいな。
【刀満】
「……雨が余計に気分を滅入らせるな」
結局雨が降り始める前にスーパーにつくことも出来ず
止む気配も見せないので欲しくもない傘を買う破目に……
【刀満】
「千夜残らせるべきだったな……」
夜道に買い物袋をぶら下げて一人虚しく帰路に着く。
酷く孤独で物悲しい、やっぱり人の誘いは素直に受けておくべきだったか。
ああは云ったものの、やっぱり千夜も女であることは揺ぎ無い事実。
千分の一、一万分の一、一億分の一かもしれないが、可能性はゼロではない。
【刀満】
「送ってやれば良かったかな……」
ついでに千夜が横にいれば何かしら話しかけてくれるから退屈はしないだろう。
なんて婚期を逃したしがない青年を演じてみるものの、やっぱり虚しいな……
【?】
「今晩は」
【刀満】
「え?」
ほの暗く、雨が止むこともなく降り続くさびしい街道のなかに
非常に場違いな明るい女性の声。
【女の子】
「♪」
声の主は俺の目の前にいる女性というには少々幼い少女のものだった。
ニコニコと屈託なく浮かべられた笑顔が正確な年齢を判別させずにいる。
彼女はこの雨の中傘もささず、肩を出した服がびしょびしょに濡れてしまっていた。
【刀満】
「あ、傘差さないと風邪引くよ?」
【女の子】
「ご親切にどうも。 だけど私は風邪なんて引かないですから」
なんだか不思議な女の子だな、見た目云々ではなく、印象が普通の女の子と違う。
それにちょっと妙だ、服は雨でずぶ濡れになっているのに短めの髪はほとんど濡れた跡がない。
【刀満】
「えぇっと、俺に何か用? 俺とどこか出会ってたっけ?」
【女の子】
「いいえ、初対面ですよ。 とはいっても用事はございますけどね」
【刀満】
「用事って云われても……とりあえずどこか雨をしのげるところで話を」
【女の子】
「その必要はありませんよ、ここで大丈夫」
【刀満】
「とは云うけどさ、とりあえず傘の中に入ってくれるかな」
【女の子】
「ふふ、積極的な方ですね」
下心のつもりは毛頭無いんだけど、この雨の中で女の子を雨にあてさせながら話をするのはちょっと気分が悪い。
俺の言葉に従った少女は俺のそばに近づき、一呼吸置いてからぴょんと傘の領域へと侵入する。
【女の子】
「近くで見ると結構背が高いんですね、それに案外嫌いな顔じゃないですよ」
【刀満】
「そんなこと急に云われてもね……それで、俺に用事って云うのは?」
【女の子】
「せっかちな人は嫌われますよ? 一つずつゆっくりと話してあげますから焦らないでください」
なんか調子が狂うな、たぶんこの子が笑顔を少しも崩さないことと
幼く見えて思ったよりも大胆な行動に出ているからだろう。
【女の子】
「あまり必要ではないのですけど……お名前を教えていただけますか?」
【刀満】
「刀満、だけど」
【女の子】
「刀満さんですね、私はカリスっていうんですよ」
お互いに名乗りあいはしたものの、一体全体何の用があるっていうんだ?
【カリス】
「刀満さんはご存知ですか? この近辺で殺人事件があったこと?」
【刀満】
「まあね、ニュースでしょっちゅうやってるし」
【カリス】
「色々と不可解な事件で、ほとんど情報は流れてきていませんよね。
『ほうどうきせい』とかあるせいだって聞きましたけど、それって具体的には何なんですか?」
【刀満】
「詳しくは知らないけど、模倣犯が出てくる可能性を減らすため。
それからあまりにも酷い状態だった場合はさすがに公に公表するわけにもいかないから、じゃないかな?」
【カリス】
「そうなんですか……確かに、あまり気もちの良いものじゃないですからね。
私はあまり気にはしない方なんですけど、刀満さんはそういうの気になりますか?」
【刀満】
「出来ることならあんまり見聞きしたくないね……」
【カリス】
「そうですか、それじゃあ刀満さんは綺麗なままいかせてあげますね♪」
【刀満】
「へ?」
いまいち今の彼女の言葉が理解できなかった、いかせてあげるとは……?
【カリス】
「あのですね、人間さんは普通に生活していたらお腹が空くじゃないですか。
それと全く同じ原理なんですけど、私もお腹が空くんですよ」
【刀満】
「飯を食わせてくれっていうの?」
【カリス】
「いえいえ、そんな図々しいことは云わないですよ。
もっとも、ご飯を取ることに変わりはないですけどね」
なんだか混乱してきたぞ、この子は一体何を云っているんだ?
【カリス】
「綺麗な首筋、余計な筋肉がついてないからスパッと切れてしまいそうですね……
だけど約束ですからね、綺麗なままいかせてあげるって」
【刀満】
「何云ってるんだ?」
【カリス】
「10秒間考える時間をあげますよ、どうやって逝くのが良いですか?」
【刀満】
「なっ!」
逝く、今のでようやく理解できた。
彼女が何者で、どんな考えを持っているのかなんてわからないが……彼女は俺を殺す気でいる。
しかもさっきの不自然な発言。
この近辺で起きている連続殺人事件の話、あんな話題をいきなり持ち出すということは。
犯人は彼女、なのだろうか……?
【刀満】
「っ!」
慌てて彼女から距離をとり、彼女の出方を伺ってみる。
傘の領域から締め出された彼女は雨に打たれ続けているものの
その表情にはさっきまでと同じ屈託のない笑顔、それが逆に俺の恐怖心をあおる。
【カリス】
「逃げても結構ですよ。 私に捕まるまでの間にどんな死に方が良いか考えておいてくださいね」
【刀満】
「くっ!」
【カリス】
「い〜ち♪ に〜い♪ さ〜ん♪…………」
緊張感なく数を数える少女を残し、俺に出来る限界の速さでこの場を立ち去った。
振り返ってはならない、振り返ればそれだけ気もちにゆるみが出てしまう。
全力疾走を続けながらも何度か角を曲がり、街の奥深くへと逃げていく。
【刀満】
「はぁ、はぁ……」
見通しの良い交差路で息が尽きてしまい、高鳴る胸の痛みにはぁはぁと息を吐く。
【刀満】
「ここまでくれば……」
【カリス】
「大丈夫だと、思いますか?」
【刀満】
「へ……なっ!」
あれだけ全力疾走をしたのに、自慢じゃないが足の速さは千夜にも負けないくらいに早い。
その俺が全力疾走をしてこれだけばてているというのに、当の彼女は息一つ切らさず笑顔も最初と同じままだ。
【カリス】
「残念でしたね、いくら自信があっても人間さんでは私の足にはかないませんよ」
【刀満】
「はぁ、はぁ……人間さんって、あんただって人間だろ……」
【カリス】
「ええ、あくまでも大前提はですけどね。
だけど、人間ですかと聞かれると、ちょっと違うって答えるしかないんですよね」
【刀満】
「意味がわからないんだが……」
【カリス】
「難しいところは私にもよくわからないですけど、手早く云うと混血種なんですよ。
こちらの言葉を使うならば、『ハーフ』といったところですね」
一瞬だけ顔を思案顔に変えるものの、すぐさまニコニコと笑みを元に戻した。
【カリス】
「それで、考え付きましたか?
約束どおり刀満さんの望む殺し方をしてあげますよ♪」
【刀満】
「待ってくれよ、殺すとかって……冗談だろ?」
【カリス】
「本気ですよ」
笑顔を一つも崩さず、日常会話のノリで彼女は告げた。
【カリス】
「一番損傷がない、というよりもほぼ無傷のまま逝かせてあげることも出来ますよ。
痛みも感じませんからそれがよろしければそちらを行いますけど?」
【刀満】
「待てよ、そんないきなり殺すなんて……どうして俺なんだよ」
【カリス】
「それは偶然です、初めから刀満さんを狙っていたわけではないですよ。
一応私にも好き嫌いがありますからね、その点で云えば刀満さんは私の好きな方に入っていますよ」
【刀満】
「ちっとも嬉しくないな……」
こんな状況で好きだって云われて誰が喜ぶんだ?
死ぬ最後の瞬間に告白されて誰が喜ぶっていうんだ?
【カリス】
「眼を閉じていてください……優しくしてあげますからね♪」
少女の笑顔とは対照的な、殺意をもった行動。
ゆっくりと近づいてくる少女の笑みから逃げ出そうにも足が動かない。
【刀満】
「一つ、聞かせてくれ……」
【カリス】
「なんですか?」
【刀満】
「あんた、何者なんだ……?」
【カリス】
「そうですね……少なくとも、あなたと同じ世界の者ではない、とだけ云っておきますね♪」
結局最後まで笑顔を崩すこともなく、カリスは俺に向かって片手をかざす。
何が起きるのかはわからないが、たぶん俺を殺すことだけは間違いないだろう。
まさかこんなことになるなんてな……
認めたくはないけど、千夜の云っていたとおり、おみくじ通りになってしまったかもしれないな。
【刀満】
「……」
【?】
「どいて!」
【刀満】
「は……?」
カリスの声ではない声が耳に届いた。
声と同時に飛び出してきたのはロングコートをまとった女性だった。
バン!
【刀満】
「うぁ! っ……」
突然飛び出してきた女性は俺を弾き飛ばし、俺とカリスの間に割って入った。
【女性】
「今回は間に合ったようだな」
【カリス】
「あらら、ちょっと無駄話が多かったかもしれないですね……」
カリスはちょっと声のトーンが落ち、困ったような顔をしていたけどそれでも苦笑いといった感じだった。
【女性】
「はぁ、はぁ……今すぐ楽にしてやる……」
【カリス】
「ふふ、それも良いんですけど。 随分と顔色が悪いみたいですよ?
まあ、徹夜で追ってきたのなら体を壊しても仕方がないですけどね」
【女性】
「ぐだぐだ喋っている暇はない……今すぐ、貴様を……はぁ、はぁ……」
【カリス】
「そんな体でやっても無茶ですよ、それに刀満さんがいるのに剣を抜くのもどうかと思いますよ?
それに、私としてもまだまだ貴女にやられる気はありませんので」
そう云うとカリスは一蹴りで自分の身長よりも高い塀の上に飛び乗り
俺と女性を見下ろしながらにっこりと微笑んだ。
【カリス】
「またどこかでお会いしましょう、ごきげんよう♪」
可愛らしく手をフリフリと振り、雨空の薄闇に紛れるようにして姿を消してしまった。
【女性】
「はぁ、はぁ……くそ……」
【刀満】
「あ、あの……」
【女性】
「あぁ、驚かせてすまない……体は無事か?」
【刀満】
「えぇまあ」
【女性】
「ふぅ、良かった……」
ロングコートと深々と被った大振りの帽子のせいで顔全体を見ることは出来ないが
女性は俺の無事にほっと安堵の表情を見せた。
【女性】
「う、く……」
【刀満】
「あの、大丈夫ですか?」
【女性】
「だ、大丈夫……軽い貧血だ……」
薄闇に包んだ雨の中でも、女性の顔色が悪いのは見てわかる。
明らかに貧血レベルの顔じゃない、息も乱れて大きく肩が動いている。
【女性】
「はぁ、す、すまない……私はやつを追わねばならない、これで、失礼する……」
【刀満】
「ぁ……」
女性はしっかり歩いているつもりだろうけど、その足元はどこか危なっかしい。
ふらふらとした足取りで交差路を曲がって俺の前から姿を消した。
【刀満】
「傘ぐらい差さないと拙いよな」
ドサ、バシャ!
【刀満】
「……おいおい!」
何かが倒れる音と、小さく水が跳ねる音。 誰だって簡単に予想できるであろう状況。
女性が曲がった交差路のすぐ近くで、女性は倒れていた。
【刀満】
「おい、本当に大丈夫なのか?」
うつぶせに倒れていた女性を抱き起こすと……
体が妙に軽い、俺とあまり身長の変わらない女性だったのにこの軽さは?
【刀満】
「……ぇ」
抱き起こした女性の深く被られた帽子がずるりと落ちた。
そこにはさっきの女性の面影は残しながらも、明らかにさっきの女性とは違う女性の姿。
【少女】
「ぅぅ……」
女性と表現するにはあまりにも幼く、とてもさっきの女性と同じとは思えないほどに小さな女の子。
さっきの女性が着ていた物と全く同じものを身に着けていながら、中身はとてもじゃないが同じとはいえないサイズ。
【刀満】
「何が、どうなっているんだ……?」
雨が少しだけ小降りなった薄暗い夜道の中。
異国の騎士が舞い降りたのは、こんなムードも何もない雨降りの交差路だった。
〜 N E X T 〜
〜 T O P 〜