【Flame dance night "The latter part"】


【入瀬】
「さあ、俺を殺してみろ」

入瀬は体を浮かし、体を開いたまま俺の動きを待った。

【刀満】
「……」

俺もむざむざ殺されるのは癪だ、その前にこれは俺が望んだ戦いじゃないか。
何を戸惑う必要がある、殺さねば殺される。

今はそんな状況なんだ。

【刀満】
「……」

軽く眼を閉じ、モニカから託された剣を呼び寄せる。
眼を開くと俺の手にはしっかりと剣が握られていた。

【入瀬】
「こいつは驚いた、貴様が魔法使いだったとはな」

【刀満】
「全然褒めてないな、それに少しも驚いちゃいない」

【入瀬】
「いやいや、これでも驚いているつもりなんだがね。
俺は感情が顔に出にくいんだ、悪かったな」

まただよ、少しも悪いなんて思っちゃいないくせに。

【入瀬】
「だが、これでこそ殺し合いというものだ。
芦屋、本気で殺す気で来い。 お前が俺を殺しても、お前を法では裁けない」

【刀満】
「お生憎様、俺は殺すのは慣れてないんだ。
殺されるのは慣れてるんだがな……」

【入瀬】
「ふん、本当に変わったやつだ……いくぞ!」

体を浮かせたまま距離を詰めた入瀬が腕を振り下ろした。

【刀満】
「くっ!」

剣を頭の前で横に構え、入瀬の腕を防ぐ。
振り下ろされた腕はモニカの太刀に比べれば驚くほどに遅く、加えられた力も弱い。

これなら、もしかすると防ぎ切れるかもしれない。

【刀満】
「はっ!!」

入瀬の腕を上方へ跳ね上げ、がら空きになった腹部に剣を薙ぐ。
鞘に収まったままとはいえ、これで殴打されればそれなりのダメージになるはずだ。

ガシ!

【刀満】
「なっ……!」

【入瀬】
「芦屋、貴様本気で殺しに来いと云っただろう」

入瀬は薙ぎ払われた剣を空いた方の腕で受け止め、俺を睨みつけた。
冷たいとかそういうのではない、普段とは違う眼を入瀬はしていた。

【入瀬】
「これが、貴様の信念だとでも云いたいのか?
鞘も抜かない剣で、本当に俺が殺せるとでも思っているのか」

【刀満】
「は、離せ!」

呆気なく握られた手は解放され、慌てて俺は後退りして入瀬と距離をとった。

【入瀬】
「お前、俺に殺されたいだけなのか?」

【刀満】
「莫迦云うな、俺はまだ死にたくない」

【入瀬】
「ならば何故俺を殺す気でこない、何故剣を抜かない」

【刀満】
「云ったろ、殺されるのは慣れてても、殺すのには慣れてないのさ。
真剣でお前を切れば、お前が死ぬだろ?」

【入瀬】
「貴様、現状をわかった上でそんなことを云っているのか?」

【刀満】
「わかっているからこそ抜かないんだよ、お前こそどうなんだ?
お前の方こそ俺に殺されたいのか?」

【入瀬】
「くだらん疑問だ、俺は優れた人間だ。
こんなところで死ねるわけがない」

この自信たっぷりな発言、これが虚言ってことはどう考えてもないな。

【刀満】
「じゃあどうしてお前はさっきから俺に殺せと命令するんだ。
死にたがりなのか、もしくは絶対にやられないって自信があるからか?」

【入瀬】
「……残念だがどちらもハズレだな。
くだらん詮索などするな、今貴様と俺は死合っているんだからな」

【モニカ】
「二人とも、余裕だな。
特に、お前はいつまでも私が大人しく見ているなどとは思わないことだ」

二人の長話に苛立ったのかモニカが口出しを始めた。
確かにモニカにしてみればこんな無駄話をしている入瀬を黙って見ているというのが耐え難いのだろう。

【モニカ】
「やはり、お前たちは二人ともこの世界の人間だ。
死線を潜り抜けるだけの度胸もなければ素質も無い、茶番はそこまでにしてもらおうか」

【入瀬】
「やれやれ、短気なお嬢さんだ。
そういうことだ芦屋、もう一度だけ云っておこう……俺を殺してみろ」

そう云うと、入瀬は浮かせていた体を地上に降り立たせ
自分の足で、ゆっくりとした足取りで俺へと近づいてきた。

こいつ、何か狙っているのだろうか?

確実に一歩ずつ入瀬の足が進み、もう数歩で手を伸ばせば互いに触れるところまできていた。

【入瀬】
「あと数歩、後数歩で俺はお前に触れることが出来るぞ?
どうした、その剣まだ抜かないのか?」

【刀満】
「何度も云わせるな、俺は殺し慣れてないんだ」

【入瀬】
「そんな物騒なものを持ちながら殺しなれていないというのも妙な話だがな。
どうだ、お前に一度チャンスをやろう。 一太刀、その剣を抜いて俺に切りかかってみろ」

体を開き、無防備をアピールした。

【刀満】
「良いのかよ? そんな無防備な体じゃ、間違いなく死ぬぞ……」

【入瀬】
「構わんさ。 どうした、こんなチャンスはもう二度と訪れはしないぞ?」

入瀬は憎たらしく笑みを見せた、確かにこいつの妙な力を考えればこれ以上ないチャンスといった感じだ。
しかしだ、それが罠ではないという根拠はどこにも無い。

それ以前にこの剣は抜けないんだ、俺が入瀬を切ることなど何があっても実現しない。

【入瀬】
「ふふ、クズにはやはり出来んか? 自分の眼の前に、確実な障害があるというのに
それに抗うことが出来ない。 実力が無いのではなく自信がない、クズに相応しい思考回路だ。
やはり貴様もそういったクズの一員か、己で実行する自信も意思も持たないガラクタめ」

【刀満】
「黙れ……」

【入瀬】
「反論する意思があるのならば、俺を切りつけろ。
そうすればお前もクズから一つ成長できる、優れた人間の仲間入りだ」

【刀満】
「俺をお前と一緒にするな……」

【入瀬】
「これが最後のチャンスだと思え、剣を抜け。
その剣で俺を切りつけろ、そうすれば貴様も俺と同じ次元の人間になるんだ」

【入瀬】
「同志よ!」

【刀満】
「くぅっ!」

入瀬の言葉に俺の我慢が切れる、こいつの言葉に反応してしまったのはこれが初めてだな。
斜めに薙ぐように振られた剣、しかし感情的になった太刀筋が相手を取られられるわけも無い。

入瀬は俺が剣を握る手を弾いて難なく太刀の直撃を防ぐ。

【入瀬】
「貴様には失望した、やはり貴様はクズだ!」

ゴフ!

【刀満】
「がふ! あ、ぁあ……」

入瀬の靴が腹部に深くめり込んだ。
体重の軽いモニカの蹴りとは違う、重く、内臓を押し潰すような嫌な感触が伝わった。

【モニカ】
「刀満!」

【刀満】
「えひう、げほ……ぅぇ……」

咽の奥から酸っぱい胃液がばさばさとあふれ出した。
安定しない呼吸、口中に広がる嫌な酸味、鈍い痛みの相乗効果で気が遠くなりそうだ。

地面に膝を付き、地面にボチャボチャと胃液を吐き出した。
まだ夕飯を食べていないので、消化しきれない食べ物が出ないだけまだましか。

【入瀬】
「フン!」

ガス!

【刀満】
「あぐ!」

膝を付いて抵抗の出来ない俺の腹を蹴り上げる、衝撃が背骨まで響いて痛みもさっきより酷い。
たまらず膝が崩れ、ごろごろと地べたを転がりまわる。

汚れた口元に触れる砂の味が、酷く苦い……

【入瀬】
「無様だな、いや、相応しい云った方が良いか。
そうやってきたない地べたを這いずり回る方が、クズには相応しいというものさ」

ゴス! ゲフ!

【刀満】
「うぐ、ぐあ……」

何度も何度も腹を蹴り上げられる。
これ以上吐き出す胃液も出ない、そのせいかなんだかさっきよりもさらに痛い。

【モニカ】
「そこまでだ! もう、刀満ではお前に刃向かうことは出来ない……
もう良いだろう、お前の信念が刀満の信念に勝った。 もう満足だろう!」

【入瀬】
「信念? 俺がこいつの信念に勝っただと? 戯言は止してもらおうか!
こいつのどこに信念があった! こいつのどこに本気を感じ取れたというんだ!」

入瀬は俺の髪と胸倉を掴んで無理やり立ち上がらせる。
こいつに支えられていないと立っていることさえ出来ないなんて、情けなくて涙が出る。

【入瀬】
「芦屋! 何故だ、どうして俺を殺そうとしない!!」

【刀満】
「俺を、お前みたいな人殺しと一緒にするなよ……」

【入瀬】
「ふざけるなぁ!!」

手を離し、崩れる前に頬に拳が打ち込まれた。
勿論痛みが酷い俺には抵抗する余裕は無い、それに俺は思い違いをしていた。

普段から鼻につくほどのインテリぶりを見せていた入瀬だったが
こいつはただのインテリじゃない。
きっとその辺のやつじゃこいつと喧嘩なんかして勝てる奴なんていないだろう。

こういうのを『文武両道』と云うのだろうか?
まったく、似合わないやつにこれほど相応しいというのも腹立たしいな

【モニカ】
「それ以上刀満を痛めつけるな!
次の相手は私だ、全力で来い……全力を持って潰してやる!」

【入瀬】
「貴様も、何度云えばわかる。 外野は口を挟むな。
それに貴様が出てくれば逆効果だ」

今度は髪を鷲掴みにして俺を立ち上がらせる、立ち上がらせるというよりも引きずり上げたと云った方が良い。

【入瀬】
「貴様が俺を殺すより早く、芦屋の体が焼き尽くされることになるぞ。
いくら貴様といえど、この距離を瞬時に移動は出来まい?」

【モニカ】
「くっ、この外道が! もし刀満を殺してみろ、お前には苦しみを味わいながら死んでもらうからな」

【刀満】
「モニ、カ……」

【モニカ】
「刀満! すまない、私がお前を守れる絶対の自信さえあれば……」

はっきりと眼が開かないのでよくわからないが、モニカの表情は今までのどんなときよりも
落胆の色が濃いように感じられた。

【刀満】
「俺が受けた戦いだ、お前はちゃんと止めただろ……」

【モニカ】
「しかし!」

【刀満】
「こいつが何を考えているかなんて俺にはわからないし知りたくもない。
だけど、どんな形であれケリはつけないと、騎士って云うのはそういうもんだろ」

【モニカ】
「刀満……」

【入瀬】
「立派な考えだな、その考えを持っていながらクズのままでいようとする貴様が理解出来ん」

【刀満】
「考え云々がどうであれ、どう動くかは俺の自由だ。
入瀬、お前が人殺しの道を選んだことだって同じことだ……」

【入瀬】
「ふん、くだらん!」

まるで汚い物を放り出すように俺を投げ捨てた。
はは、俺ってば良いとこ無しだな……

モニカを説得してこの戦いから一歩退いてもらったのに
感情的になって、何も出来ずにやられて痛い思いしてか。

この痛みの世界、これがモニカが毎日のように駆け抜けている
『死線』なのだろうか……?

【入瀬】
「お前なりのケリのつけ方、見せてもらおうじゃないか。
立て、そこまで云う以上まだ終わらせるつもりはないんだろう?」

【刀満】
「まぁ、な……」

散々やられた傷がビクビクと軽い痙攣を起こし始めていた。
よろめきながらも立ち上がる、その際さっき取りこぼした鞘に入ったままの剣を支えにして何とか体を保った。

……なんだか変だな。

この剣、さっきはこんなに軽くはなかったはずだぞ?
それにいつも感じるはずの重苦しい緊張感がない。

さんざんやられて麻痺してきた俺の勘違いである可能性が勿論高いのだが。
ひょっとしてひょっとすると……

【刀満】
「!……」

【モニカ】
「な、そんなまさか!」

俺も驚いたがそれ以上にモニカが驚いている。

剣が抜けた。
あれだけ俺やモニカがどうやっても抜けなかった鞘から綺麗に刀身が抜き出されていた。

薄っすらとしか出ていない月明かりの下なのに、蒼白さを感じるほどの鋭い刀身。
美しいという世界の先にある、妖しいといった次元の輝きを内に秘めていた。

【入瀬】
「抜いたか……俺を殺す覚悟が出来た、ということだな?」

【モニカ】
「し、信じられない……」

【刀満】
「神様も、俺に人殺しになれってことかい……
殺さなきゃ殺される、いよいよ俺も死線入りだな」

勿論真剣なんて持つのは初めてだ、鞘がないだけでこうも重さが変わるものなのか。

【モニカ】
「刀満、踏み込んではダメだ! 今のままではお前がダメになる!」

【入瀬】
「だそうだ、どうする。 折角抜いた剣をまた鞘へと戻すか?」

【刀満】
「そんなことしたら、今度こそお前に殺されるだろうが」

【入瀬】
「ふふ、素晴らしい思考だ。
だがお前がそんなものを持ち出す以上、俺も生身ではただで済まんだろうな」

体を僅かに浮かし、両手を炎に染め上げて入瀬も力を表に出した。

【入瀬】
「いくぞ……!」

入瀬は炎に染め上げた腕を俺に向かって突き出した。
するとそこから炎が俺に向かって一直線に伸びてきた。

【モニカ】
「右に飛べ!」

【刀満】
「……」

モニカの指示はありがたいが、そんなことを聞いてはいられない。
何故なら、俺の体がそこまで動ける体ではないからだ。

飛べるほどの余裕もなければ余力もない。
ならどうするか、どうせ何もしなければ死んでしまうんだ。

何かやって死ぬほうがまだ悔いが無いってもんだろ!

【刀満】
「はっ!」

向かってくる炎に向かって剣を払う。
驚くほどに軽い剣が払われた軌跡、そこにあったはずの炎がばっさりと切れて消滅した。

【モニカ】
「!」

【入瀬】
「なんとまあ、たいしたもんだ」

九分九厘も負うダメだと思ったのに、俺はまだ生きている。
もしかすると俺はこの剣に『生かされた』のだろうか?

【入瀬】
「それだけの力を持っていながら俺に良いようにされるとはな。
貴様の思考だけはわからんよ、だがこれで互いに遠慮が消えたわけだ」

にぃっと、普段は決して見せない笑みをあいつが見せている。
いよいよ本腰を入れて俺を殺しに来るか……

【入瀬】
「出来ることなら、もっと存分にお前とは争ってみたいところだが
そうも云っていられないのでね。
俺とお前、今度こそどちらの信念が勝るのか……楽しみだな!」

決着をつけるため、入瀬も俺も最後の構えを取った。
俺と入瀬、立っていられるのは果たして……

ヒュ!

【入瀬】
「!」

二人の間を引き裂くように一本の筋が過ぎ去った。
あまりの速さに眼では追いきれない、そこには互いに決定的とも云える隙が生まれていた。

【入瀬】
「しまった!」

【モニカ】
「刀満! 一人にさせて、すまなかったな……」

入瀬の一瞬の隙に、モニカは剣を構えて俺のすぐ側まで駆け寄っていた。

【モニカ】
「さあ、この距離ではもう口出しするなといわれても聞けんぞ。
それに今の貴様に刀満を殺すことは不可能だ」

【入瀬】
「やれやれ、とんだ邪魔が入ったもんだな……
仕方ない、芦屋、お前との再戦はまた次の機会だ」

【モニカ】
「貴様を私が逃がすと思うか?」

【入瀬】
「さすがにこの数では不利を認めるしかなかろう。
逃げるという言葉も行為も嫌いだが、今回ばかりは仕方あるまい」

【モニカ】
「ぶつぶつ云っていられるのも今のうちだ、動けば貴様を切る」

【入瀬】
「ならば、こうするのが一番だろうな」

何を思ったか、入瀬は体の三倍はあろうかというほどの炎を背に纏い
逃げるでもなく腕組みをした。

【入瀬】
「こんな異常な状況、クズが集まらないわけがないだろう?
どうした、逃げなくて良いのかね? このままでは貴様等がこいつを殺した犯人にされるぞ」

【刀満】
「それはお前だって同じことだろう」

【入瀬】
「さてどうだろうな、見られたら消せば良いだけのことだ。
しかしお前たちにそんなことが出来るかな?」

【モニカ】
「腐った考えだな、クズという言葉は貴様にこそ相応しいんじゃないか?」

【入瀬】
「なんとでも云え、それよりぐずぐずしてると本当に犯人にされかねんぞ?」

【モニカ】
「行くぞ刀満、こいつを討てないのは残念だが余計な問題を起こしては元も子もない。
今度私がお前を見つけたら、今度はその首繋がっているなどとは思わんことだな」

【入瀬】
「折角の忠告だ、頭の片隅にでも留めておくとしよう……」

入瀬の体が炎に包まれ、一際大きく燃え上がった。
眩い光から眼を逸らすと、炎ごと入瀬の体は消えてしまっていた。

【モニカ】
「私たちも長居は無用だ」

【刀満】
「あぁ……」

……

なるべく人目の付かない道を選んで殺人現場から逃げてきた。
実際あことここは二百メートルくらいしか離れていないのだが、この異常なまでの人の無さを
考えればここでも十分だろう。

【モニカ】
「ふぅ、とんでもない日になってしまったな」

【刀満】
「まったくだ」

【モニカ】
「それと刀満、ちょっとこっちを向け」

【刀満】
「なんだよ急、にっ!」

ぼごん!

また思いっきり殴られた、入瀬より痛くはないが、だからといって痛くないことはない。

【刀満】
「何すんだよ、痛いじゃないか!」

【モニカ】
「たわけぇ! あれだけ無茶をするなと云ったのに、なんだあの様は!」

【刀満】
「仕方ないだろ、俺の実力じゃ逆立ちしたってあいつにはかなわねえし。
逃げなかっただけでも褒めてくれよ……」

【モニカ】
「あれは逃げなかったのではない、死にに行っていただけだ。
あいつが本気になるのが遅かったから良かったようなものの、本当ならもう死んでいて間違いないんだぞ」

【刀満】
「そんな怒るなよ、モニカだって認めてくれたじゃないか」

【モニカ】
「あれはあれこれはこれだ!
良いか、今度から今日みたいに私の前で命を粗末にすることのないように、返事は!」

【刀満】
「ぁ、あぁ……」

なんか今日はえらい怒られるな、カリスの時以上じゃないのか?

【モニカ】
「それよりも、それはどういうことなんだ?」

【刀満】
「それって、やっぱこいつのことだよな」

よく見りゃ俺剣出したまんまだ、鞘にも入ってないからこんなもん持って走り回ってたら
異常者・危険人物としてお巡りさんにしょっ引かれちまうぞ。

【モニカ】
「私があれだけやっても決して抜けなかったはずなのに、どうして……」

【刀満】
「そんなこと俺が知るかよ、だけど実際抜けちまってるんだよな」

【モニカ】
「体、なんともないか?」

【刀満】
「どういうことだよ?」

【モニカ】
「私の国では、武具そのものに強い念が宿らされていることが稀にあるんだ。
多くの場合、その武具を使った者に念が発動し、使用者の体を蝕んでいく」

【刀満】
「それって……呪いってことか?」

【モニカ】
「はっきりと云えばそうなる、使えば使うほど命を縮めるのだってあるぞ」

【刀満】
「ちょ、待てや! そんな危ない剣なんで俺によこした!」

【モニカ】
「いや、さすがに呪いがかけられているということはないが。
さっき炎を掻き消しただろう、ただの剣にそんな力があるとは到底思えないんだがな」

こめかみに指を当ててうんうんと頭を捻った。

【モニカ】
「……ちょっと見せてもらえるか?」

【刀満】
「どうぞ」

モニカの剣の柄を渡そうとした、次の瞬間。

バチチ!

【モニカ】
「つぁ!」

【刀満】
「お、おい大丈夫か? 何だ今の?」

【モニカ】
「……なるほどな、これで納得がいった。
その剣に宿してあるのは念ではない、強い『魔』の力だ」

【刀満】
「念と魔って違うのかよ?」

【モニカ】
「似て非なるものさ、念と違って『魔』が宿してある場合、使用者の意思・力が尊重される。
念のように無闇やたらと力を振り続けることはないが、魔も強い力であることに違いはない。

それともう一つ重要なこと、念と違って『魔』は人を選ぶんだ。
そのために極々限られた者にしか扱えない、さっきの私のように相応しくない者は弾かれる」

【刀満】
「へぇ、凄いんだな……ん、あれ、ちょっと待ってくれよ?
ということはなんだ、俺がこれを持てるってことは、つまりそういうことなの?」

【モニカ】
「あぁ、その剣に宿った『魔』は刀満を選んだということさ。
細かく云えば剣ではなく、その刀身に『魔』が宿してあるんだがな。
だから鞘に入った状態なら私にも触れるし、今の今まで『魔』が宿っていたことも知らなかった」

【刀満】
「だけどさ、俺がこんなもん持ってて良いのかよ?
モニカが持ってる方が役立ちそうだし、何でモニカが選ばれないんだ」

【モニカ】
「そんなこと私が知るか、私では役不足ということだろう……」

モニカの表情が曇る、自分は相応しくないという烙印を押されたのが悔しいのだろう。

【モニカ】
「とにかくだ、その剣はもう刀満にしか使えない。
それこそがお前の力だ、その力、無駄にするなよ」

【刀満】
「あぁ……」

モニカの口元に笑みが見えた、ほんの少し、ほんの少しだけどモニカも認めてくれたみたいに感じられた。

【刀満】
「あ、そういえばさ。 さっき入瀬の前に飛んでった物ってなんだかお前わかったか?」

【モニカ】
「お前なぁ……前にも同じような場面を見ていながら今回もわからなかったのか?」

【刀満】
「同じような?」

なんかあったか? 
最近色々なことがありすぎて俺の記憶のキャパがもう間に合ってないんだよなぁ。

【モニカ】
「やれやれ……飛んできたのは矢だ。
お前の知り合いで一人矢が得意なのがいただろうが」

【刀満】
「矢って、さっきのは千夜だってのか?」

【モニカ】
「そういうことになるな、それと毎度のごとく狐が隠れているようだしな」

【橘禰】
「あらあら、狐の私よりも鼻が利くんですね」

モニカの指摘に、橘禰さんが暗闇の中からすっと現れた。
驚いたのはその後に普段はいない千夜の姿があったこと。

【橘禰】
「千夜様の外出にお付き合いしたら、血の匂いがしたものですからね。
匂いの元が刀満様たちとは思いませんでしたけど」

【千夜】
「まっさか刀満まで人殺ししてるなんてねぇ、お父さんたちが聞いたら泣くわよ?」

【刀満】
「あぁー、まあなんだ、俺にも色々合ったんだよ」

【千夜】
「だけど入瀬のやつが連続殺人の犯人だったなんてね。
随分と近くにいたのに、全く気が付かなかったわ」

【刀満】
「俺だってわかったのはさっきだよ」

【千夜】
「なんか刀満まずそうだったから咄嗟に矢を射ったんだけど。
もしかして刀満って毎日こんなことしてるわけ?」

【刀満】
「まあ、な。 俺よりもお前がこんなとこにいるのは意外だよ。
橘禰さんならそういうものを感じたら遠ざけると思ったんだけど」

【橘禰】
「確かにそうするのが一番良いのでしょう、ただ、血の匂いが二箇所からしたものですからね……」

【モニカ】
「何? 橋下ではなくてか」

【橘禰】
「それと先ほどの場所は同じ血の匂いです。
方角的には全くの逆方向、千夜様を一人にして私が見に行くわけにも行きませんから。
危険は承知の上でしたけど、千夜様に同行していただいたということですよ」

【千夜】
「一人で良いって云ったんだけど、一人には出来ないってしつこくてね」

【橘禰】
「千夜様のことを思ってのためです、しつこいのも仕方がないと受け取ってもらえると助かります」

【モニカ】
「あいつにばかり気をとられすぎたな、本丸は別のところにあったかもしれんということか」

本丸、モニカがそういうくらいだからきっとカリスのことだろう。
だけどカリスは以前気になることを云っていた。

未だにどっかで俺はそれが引っかかっている……

【千夜】
「それよりも、刀満なにさも当たり前のように真剣持ってんの?
そんなの持ってたら何の云い訳も出来ずに檻の中だよ」

【刀満】
「とと、いい加減戻さないと」

眼を閉じて消えるように念じる、手の中から剣の感触がなくなり
さっきまであった真剣は跡形もなく消えてしまった。

【千夜】
「へえ、刀満ってばそんなこと出来るようになったんだ、意外〜」

【橘禰】
「感心することじゃありません!
あなた、刀満様に何か力を与えましたね?」

【モニカ】
「だとしたらなんだ? 刀満をより深く巻き込んだことで、私を消すか?」

【橘禰】
「千夜様の手前、手荒なことは出来ません。
ですが前に云ったはずです、これ以上この世界に関わるなと」

【モニカ】
「私が関わらなければ、終わりに出来ないんだよ」

口調は丸いけど、奥に怒りを隠す橘禰さん。
口調にも表情にも態度にも、感情を隠さないモニカ。

二人とも放っておいたらまた喧嘩始めそうだぞ……

【千夜】
「はいそこまでー、喧嘩しないの」

【刀満】
「モニカも、大人しくしてろよ」

【橘禰】
「ですが!」

【千夜】
「モニカだって考え無しに動いてるわけじゃないでしょう。
だったら好きにさせる権利がモニカにはある、それさえも認めないは通じないわ」

【橘禰】
「……」

どう見ても橘禰さんの方が年上なのに、なんか千夜に上手く躾けられちゃったみたいだな。

【千夜】
「それでなんだけどさ、明日学校休もうと思うんだよね」

【刀満】
「なんで? なんか用事でもあるのか?」

【千夜】
「私は今日初めてああいった現場を見たわけだ、そこのところをもうちょっと刀満に聞かせてもらいたくてね。
長くなりそうだから朝から行きたいのよね、で、あんたが家にいてもらわないと困るのよ」

【刀満】
「俺にもサボれってのかよ」

【千夜】
「たまにはそんな日があっても良いでしょ、それに、入瀬のことも気になるからね」

【刀満】
「なるほどな、だけどあいつまさか学園行って大量殺人なんてやらかさないだろうな?」

【モニカ】
「可能性がゼロではないが、その心配をする必要はまあないと思うぞ。
もしそういったことをするつもりなら、それを今日行なってもおかしくない。
それに、そんな気があるのならわざわざ今日みたいに夜動く必要はない」

【橘禰】
「回りくどい云い方ですね、もっと簡潔に仰ったらどうですか」

【モニカ】
「つまりだ、やつは顔を見られたくないのだろう。
あいつの話を聞く限り、自分が世界を回す一つのピースと考えているようだからな」

【刀満】
「あいつがねぇ……」

何年後かの世界、それを裏で回しているのが入瀬だと?
……なんか全くありえない話ではないところがあいつらしいというかなんというか。

【モニカ】
「とにかくだ、今日はもうお開きにしよう。
刀満の傷も手当してやらねばならんしな」

【刀満】
「へ、良いよ別に、大怪我したわけでもないし」

【モニカ】
「ほう、あれだけのた打ち回っていてよくそんなことが云えるな」

ドフ!

【刀満】
「いぎう!」

俺が云うことを聞かないからといって問答無用で抜き手はないと思う……
というか、いい加減それで話をまとめるの止めてほしい。

【モニカ】
「ほら、今の傷もちゃんと手当してやるから。
さっさと行くぞ、それにまだ食事もしていないのだからな」

【刀満】
「つつつ……そういうことだそうだ、二人とも気をつけてな」

【千夜】
「明日ちゃんと家にいろよー」

【橘禰】
「失礼いたします」

はぁ……なんか今日はどっと疲れたな。

初めて死に自分で抗って、初めて自ら死線に立って、初めて剣を抜いて。
俺自身がやったことなんてほとんどないけど、それでも生きているということは大きいんじゃないのかねぇ。

今日は久しぶりにゆっくり眠れそうだ、なんせ明日は強制的に学校休まされるわけだしな……

……


誰もが寝静まり、ぼんやりとした月明かりと街灯の明かりだけが自己主張を続ける深い時間。
この時間になると、静寂に支配された街を歩くものの姿は皆無になる。

そんな中に、こつこつと小気味良い靴の音が小さく存在を知らせようとしていた。

【?】
「……」

その足取りはどこか危なっかしいような、はっきりとした足取りではないのだが
それを不審に思う者などまずいない。

そんな頼りない足取りでも、目指している場所だけはしっかりとしていた。
静寂に割って入ってきた靴音がたどり着いた目的地、それはここだ。

【?】
「……」

外観を確認し、間違いのないことを確かめて人影は建物の中へと足を進めた。
中ではもう眠りに付いた学生と、異国から騎士の少女が一人。

勿論二人は、こんな時間の来客など知る良しもなかった……






〜 N E X T 〜

〜 B A C K 〜

〜 T O P 〜