【 polka polka 】


【刀満】
「ふぁ、あぁ……」

【モニカ】
「欠伸をするな!」

ベゴン!

【刀満】
「ほご!」

欠伸が出るくらい眠気を訴えていた体が、脳天への頭痛で一気に引き戻される。
遠慮無しに竹刀でぶっ叩かれた脳天が痛い、血でも出てんじゃないか?

【刀満】
「ぬおぉぉ……何しやがる、なんか出るだろ」

【モニカ】
「呑気に欠伸などして集中を切らすからだ。
もう上段の受けは何度も教えただろう、いい加減まともに返してみろ」

【刀満】
「こう眠くちゃ体なんかうごかねえよ……ぁーぁ」

痛みが引き始めると待ってましたといわんばかりに戻ってきた眠気。
まだ時間は6時半を回ったあたり、何故にこんな時間から起きなきゃならんのだ……

【モニカ】
「別に私が無理に起こしたわけではなかろう?
私が下りてきたらお前の方が先に下りてきていたではないか」

【刀満】
「偶然早く眼が覚めただけだ、二度寝なんかしたら絶対に起きないだろうしな」

起きなければ千夜が鉄拳なり踏みつけなりで無理やり起こすだけだろう。
そういえば、こいつならどうやって起こしてくれるんだろう?

【モニカ】
「不甲斐ない自分に体が修練を求めたんだろうさ、良い心掛けだ」

【刀満】
「朝は体が覚醒しきってないんだから無理な運動はご法度だ……」

【モニカ】
「私に叩かれて少しは眼が冴えただろ?
もう一筋行くぞ、今日中に上段の捌きくらいは完璧に覚えるんだ」

【刀満】
「へいへい……」

モニカの竹刀と直線上に対峙し、モニカの打ち込みに備える。

【モニカ】
「づあぁ!」

【刀満】
「くっ!」

振り下ろされたモニカの竹刀を弾き返し、がら空きになった懐に……

【モニカ】
「……どうした? 何故何もしない?」

【刀満】
「痛いのやだろ?」

【モニカ】
「莫迦者が!!」

ドス! ゴフ!!

【刀満】
「おふ!」

肘鉄の二段活用、骨と内臓が悲鳴を上げている……

【モニカ】
「何故そこで何もしない! 好機を見つけたらすぐ行動に移れ。
一瞬の判断が勝利を敗北へと変えるんだ、覚えておけ」

【刀満】
「朝から何しやがる……」

【モニカ】
「フン! 私は悪くない、お前が甘いのが悪いんだ」

たく、二日前にきついことはしないって云ったんじゃないのかよ。
早くも逃げ出しそう、こんな日常が続いたら体壊れちゃう。

【モニカ】
「刀満、数日前までこっちの世界の人間ではなかったお前に
急にあれこれ出来るようになれとは云わない。
しかしな、人を傷つける覚悟が無いのなら、金輪際私の側には寄るな」

【刀満】
「飛躍したな、いくらなんでも飛びすぎだろ」

【モニカ】
「それくらいの気持ちでないと、私としても今後お前にどう接して良いのかわからなくなる。
剣を手にした者である以上、今までと同じようには扱えない」

モニカは竹刀を投げ捨て、俺のすぐ近くにまで歩を進めた。

【モニカ】
「刀満、私の顔を殴ってみろ。 出来る限り強くな」

【刀満】
「な、何だよ急に」

【モニカ】
「良いから、ほら、早くしろ」

【刀満】
「やだよ、そんな何もないのに顔なんか殴れねえって」

【モニカ】
「やはりな、それなら仕方がない」

ドフ!

【刀満】
「んぐ! えほ、げほ!!」

【モニカ】
「私はお前を殴れるぞ、だがお前は私を殴れない。
そんな奴と一緒に戦場に行けると思うか?」

【刀満】
「戦場と日常を全部一緒に考えるなよ……」

【モニカ】
「何度云えばわかるんだ? 私にとって日常全てが戦場なんだよ。
いい加減理解していると思ったが、私の早合点だったようだな」

投げ捨てた竹刀を拾い、ぽんぽんと肩を叩きながら家の中へと戻っていく。

【刀満】
「はぁ……はぁ……」

散々殴られたせいか、もう眠いなんて感覚も飛んでしまっている。
だけどそれ以上に、凄く虚しいこの感じ。

どうやら、モニカの期待を裏切ってしまったようだな……

だけどさ……

【刀満】
「そう簡単に、顔なんて……」

それが邪魔なものだということは散々モニカが云っている。
だけど、それだけはどんな人間であっても捨てちゃいけないんじゃないのかなぁ……

……

【千夜】
「おっはよー、お、珍しい今日も起きてる」

【刀満】
「時にはそういった日もあるさ。 朝飯食うか?」

【千夜】
「食べる食べる♪」

勝手知ったる人の家、いつもの席に座ってコップにミルクを注いだ。

【刀満】
「卵どう焼く? 目玉か、スクランブルか?」

【千夜】
「たまにはスクランブルエッグにして、あ、所々半熟があるようにねー♪」

【刀満】
「へいへい」

卵を二つ割って箸で切る様に溶く、勿論見様見真似なのでこれで良いのかなんて知らない。
バターを溶かしたフライパンに卵を流し込み、ぐじぐじと引っ掻き回して固まらないように崩していく。

所々半熟が残る程度で火を止めて皿へ、最後にカリカリに焼いたベーコンを添えて、と。

【刀満】
「お待ちどう、お前ケチャップ派だったよな」

【千夜】
「さーんきゅー」

受け取ったケチャップを卵にふりかけ、右手に準備していたトーストの上に乗せてがぶり。
とても美味そうに見えるんだが、女のお前がそれは違うんでないかとたまに思う。

【刀満】
「あのさ、女の子なんだからもっと上品に食べないの?」

【千夜】
「知らない仲じゃないんだから堅いこと云いっこ無し無し。
食事は一番美味しい食べ方をしてあげないと、料理に申し訳ないでしょ」

うん、そりゃそうだ、良いこと云うな。
もっともな意見ではあるけど、他の人の前ではしない方が良いと思うぞ。

【千夜】
「そういえばモニカは? 寝てるの?」

【刀満】
「長距離を走ってくるから飯いらないんだとさ。
そのせいで俺は一人で夕食の残り物の処理だよ」

【千夜】
「何々? 何なら手伝ってあげようか?」

【刀満】
「それ全部食べたら腹一杯になるんじゃないのか?」

【千夜】
「こんなの朝飯前よ、こう見えて結構入るんだから」

それは十分に知ってますけどね……
女の子であれだけ食って少しも太らないんだから、そのうち刺されんじゃないかな?

【刀満】
「お前クリームシチューとか食える?」

【千夜】
「おぉー、朝から豪勢だね♪」

食う気満々だ、まあこいつは美味い美味いと云ってくれるから悪い気はしないけど。

【刀満】
「ん? お前の家に橘禰さん住んでるんだよな?」

【千夜】
「そだよ」

【刀満】
「失礼な話だけどさ、あの人何食べんの?」

【千夜】
「何でも食べてるわね、とは云っても虫取って食べたりしてるわけじゃないから心配するな」

野狐なら虫も食べるかもしれないけど、あの人が虫食べてる絵は想像出来ないな……

【刀満】
「狐だからあぶらげばっかりってことはないんだ」

【千夜】
「あー、そういえば油揚げ食べてるとこ見たことないな、嫌いなんじゃない?」

あぶらげが苦手な狐もそれはそれで珍しいな。
そもそも、狐にあぶらげってどこから来た逸話なんだろう?

狸だってあぶらげくらい食べるだろうしな。

【刀満】
「ちなみに料理って誰がしてんの?」

【千夜】
「毎日橘禰任せ、お母さん助かるって喜んでるよ」

【刀満】
「それもどうなんだ……?」

……

【モニカ】
「はっ、はっ、はっ……ふぅー」

大きく深呼吸をし、胸元をパタパタさせて中に風を送る。
しっとりと汗の浮いた体に入り込む風の冷たさが心地良い。

【モニカ】
「んー、平和というのも気持ちの良いものだな」

この街に来てから、私のいた世界では考えられないくらいに平和が続いている、
勿論それが極々狭い範囲の中のことであり、私の知らないところではどうなっているかなど全くわかりはしない。

だとしても、これほどまで身の回りが落ち着いているというのも初めての経験だ。

【モニカ】
「普通の女性にとって、これこそが日常なのだろうな」

きっと私の世界でも一線を超えいない人の日常はこことさほど変わらない。
私の日常が特別、一般人の非日常こそが私にとっては日常なのだ。

そんな世界に身を置いていては、一生こんな平穏を手には出来ないのかもしれない……

【モニカ】
「やれやれ、騎士団の者にこんな顔は見せられないな」

これでも騎士団の長、束ねる騎士たちに遅れをとるようなことがあっては断じてならない。
常に自他共に厳しくあるべき、それこそが騎士団の長を勤める私に課せられた最低条件。

ところがどうだ、こんな顔あいつ等が見たらなんと云ってくるんだろうか?

【モニカ】
「……いかんいかん、こんなことでどうする。
この現状に慣れてしまうことは許されない、慣れきってしまう前に早く……ん?」

微かに鼻を掠めた嫌な匂い。
常人ではまず気付かない、それ以前にこの世界にこの匂いは存在しない。

つまり、この匂いの元は別世界の存在……

【モニカ】
「どこにいる!」

【カリス】
「あらあら、ばれちゃいましたか」

【モニカ】
「上か!」

頭上には幹のどっしりとした木の枝の群れ、その中でも太い枝にカリスは悠々と座り込んでいた。

【モニカ】
「いつの間に……」

【カリス】
「最初からいましたよ、貴女が気付かなかっただけでしょう?
ですが不思議なものですね、私にとっては追っ手である貴女が私の存在を見落とすなんて♪」

【モニカ】
「私が、見落とした……だと」

【カリス】
「まあ、住む場所が変われば住んだ人も順応していくものですからね。
貴女も順応してきたということではありませんか? この世界で云う日常に」

【モニカ】
「だ、黙れ!」

【カリス】
「またすぐ怒る、怒りっぽい女性は刀満さんに嫌われますよ?」

【モニカ】
「どうしてそこで刀満がでてくる」

【カリス】
「ふふ、なんとなくですよ♪
ふぁ、あぁー……折角眠っていたのに、貴女が大きな声を出すから落ち着いて眠ることも出来ませんね」

【モニカ】
「ならば、覚めることのない眠りを貴様にくれてやる。
降りて来い!」

【カリス】
「嫌ですよ、今の私に交戦の意思はありませんから。
ごきげんよう♪」

【モニカ】
「あ、待て!」

木の高さなどものともせず、近くにあった街灯へと飛び移って距離をとってから走り去る。

こうやって奴の背を追いかけるのはあの日以来か、どうやら知らず知らずのうちに
私も飲み込まれてしまったのかもしれない……

……

【カリス】
「しつっこいですね、朝は力が出ないから貴女とは争いたくないって云ってるじゃないですか」

【モニカ】
「それは私にとって好都合だ、夜魔というのは不便なものだな」

【カリス】
「まったくですね……」

カリスは急に立ち止まり、私の方に向かって走り出した。
あまりにも予想外に突然なことだったせいか、思わず足を止めて後に飛び退いた。

【カリス】
「そんなに警戒しないでください、何度も云うように私に戦う意思はありませんよ」

【モニカ】
「信用できると思うか?」

【カリス】
「信用してくれなくても困りはしませんがね。
ですが、貴女には少し聞きたいこともありますから、ゆっくりお話でもしませんか?」

【モニカ】
「貴様とゆっくり話すことなどない。
私自身、早く貴様を始末しないとこの世界に馴染んでしまいそうだからな」

【カリス】
「それは良いことではありませんか?
女性の悦びも忘れて毎日毎日剣を振るう、そんな牢獄のような生活も飽き飽きではないのですか?」

【モニカ】
「騎士であることは私の誇りだ、貴様にとやかく云われることではない」

【カリス】
「はぁ、話すだけ無駄ですか……
じゃあ仕方ないですね、私にもちょっと考えがありますよ♪」

再びカリスが走り出した、あの女一体何を考えているんだ?
右へ左へと小刻みに道を曲がる、どうやら私は奴に誘導されているようだな。

……なっ、もしかするとあいつ!

【カリス】
「ふふ、到着です♪」

やられた、完全にあいつの思うつぼ。
奴は人通りの少ない通りを抜け、人が混雑する道へと私を誘導してきた。

【カリス】
「いかがですか? こんな衆人環視の中で、私を切れますか?」

【モニカ】
「くっ……」

ここで剣を出すわけにはいかない、私が奴を殺すまでにあいつが無関係の人を何人殺すか予想できない。
奴を仕留めるために無関係の人が犠牲になっては本末転倒、それでは全く意味がなくなってしまう。

そもそもこんな大勢の中で剣を出せるわけもない、まんまとあいつの企みにはまってしまったわけだ。

【カリス】
「これで落ち着いてお話できますね」

【モニカ】
「……用件はなんだ」

【カリス】
「用件、とは少々違いますね。
さっきも云ったでしょう、貴女に聞きたいことがあるって」

【モニカ】
「だから、それはなんだと聞いている」

【カリス】
「貴女、刀満さんに何をさせたんですか?」

【モニカ】
「何のことを云っている……」

【カリス】
「先日、刀満さんが剣を手にしていましたね。
この世界の者であり、あんな物とは無縁の人である刀満さんに剣を渡したのは貴女ですね?」

【モニカ】
「それがどうした……」

【カリス】
「どうしたとは随分な云い方ですね。
貴女は刀満さんを守るために側にいるのではないのですか?
だとすれば、刀満さんに剣を渡す必要はない、むしろ死線に行けと云っているも同じ」

【モニカ】
「何が云いたい」

【カリス】
「貴女に、刀満さんを守ろうという意思が本当にあるのでしょうかね♪」

【モニカ】
「黙れ! 貴様には関係のないことだ」

【カリス】
「確かにそうですね、刀満さんの生死は私にとっては大きな問題ではない。
逆に私のしてみれば好都合ですね、お礼を云っておきましょうか?」

【モニカ】
「……貴様に、何がわかる」

【カリス】
「私は貴女のことなど何もわかりませんよ、特に興味もないですから。
でも、考え無しに刀満さんに力を渡したのなら、貴女は私以上に酷い女ですね♪」

【モニカ】
「……失せろ、今日のところは見逃してやる。
早く私の視界から消えろ!」

【カリス】
「良いですよ、聞きたいことも聞けましたからね♪
ああ、それともう一つだけ今度は私から教えてあげますよ」

私に背を向け、ゆっくりとした足取りを保ちながら言葉を続けた。

【カリス】
「想定外の出来事と、作為の加えられた出来事というのは互いに導きあうんですよ。
私の言葉がどれに当てはまるのか、ゆっくりと考えてくださいな♪」

最後にクスリと鼻で笑い、見える背中がどんどんと小さくなっていく。
こんな場所でなければ、あの無防備な背中を一閃してやれたのに。

【モニカ】
「くそ!」

ダン!と足を踏み鳴らし、奥歯をギリリと噛締めた。
何から何まで癪に障る女だ。

【モニカ】
「……」

ふぅ……私は、こんなところまで来て何をしていたんだろうな。
あんな奴、私が追う身であるあいつにまであんなことを云われるようでは私もお終いかもしれないな。

……

【キャスター】
「昨日に続き、またしても焼死体二体が発見されました。
一人は住所不定30才代の男性、もう一人は持っていた学生証から市内に住む16歳の男子高生ということがわかりました」

ラジオから聞こえてきたのはこれまた旬なニュース、今朝千夜との食事中にも流れていたやつだ。
朝のニュース番組でやっていたのと特別変わったことは云っていない。

僅か数時間で綺麗に解決となど行くわけないので、目新しいことを云っていなくて当然か。

【刀満】
「しかしまあなんとも、物騒な街だな」

カリスが引き起こしたであろう怪死事件に続き、今度は連続で焼死体か。
今までそういった事件とは無縁だったのに、ここ最近異様な速度で事件が起きている。

これもカリスがこの世界に来たから起きたのだろうか?

【千夜】
「おーい、学園に授業と関係ない物持って来ちゃダメなんだぞー」

【刀満】
「今更云うことかよ、ちょうど今焼死体のニュースやってるぞ」

【千夜】
「くぉら! 私がまだお昼食べてないのにそういう話題を出すな、没収するぞ!」

【刀満】
「だぁー引っ張るな! コードがバカになる!」

【千夜】
「没収されたくなかったら手伝え、ちなみに拒否権はない」

いつも通りのことですね、もう慣れましたよ……

【刀満】
「で、何すりゃ良いんだ?」

【千夜】
「午後の授業で使う資料と、アンケート用紙を持ってくるの」

【刀満】
「それをどうしてお前がやるんだ? あいつの役目だろ?」

【千夜】
「そいつがいないから私が任せられたの」

あいつ、そいつというのは入瀬のことだ。
そういった仕事をいつも任せられているあいつが今日は学園に来ていなかった。

【刀満】
「通りで授業が淡々と進むわけだ、平和で結構なこと」

【千夜】
「だけどあいつが休むのって珍しくない?
今まで一度でもあいつがいないの見たことないよ」

【刀満】
「事故でもあったんじゃね? 別に気にしないけど」

【千夜】
「うーわ、小出さんのときとはえらい違い。 嫌われてるなぁ」

【刀満】
「あいつに好意的感情を持ってるやつがいたら会ってみたいよ」

なんか自分でも酷いこと云ってるな……

……

【刀満】
「……」

【モニカ】
「……」

なんとも気まずい雰囲気が二人の間に流れてしまう。
朝の一件以来口を聞いてくれないモニカ、それ以前に何を話して云いのかわからない俺。

これじゃあ気まずくなるのも当然だ。

【モニカ】
「おい……」

【刀満】
「……」

【モニカ】
「おい」

【刀満】
「……」

【モニカ】
「聞いているのか貴様!」

【刀満】
「うわ! な、何、なに!」

【モニカ】
「さっきから何度も呼んでいたんだ、返事ぐらいせんか」

そ、そうだったの? 考え事をしていたせいか少しも耳に入ってこなかった。
口も聞いてくれないと思ってたのに、俺がそう思ってただけか。

【刀満】
「で、なんだ?」

【モニカ】
「お前、今日から私の見回りにはついてくるな」

【刀満】
「なんだよ急に、今更になって云うことか?」

【モニカ】
「なんと云おうが駄目だ、お前では私の足手まといだ」

【刀満】
「おいおい、そんなこと今までだってわかってたことだろ?
それを今になって駄目だはおかしくないか?」

【モニカ】
「だろうな、今までの私はどこかおかしかったようだ。
この街に来て、国にない平和に触れているうちに私の中に甘さが出たらしい」

【刀満】
「だから俺は連れて行けないと?」

【モニカ】
「そうだ、人の頬もはれないような奴が死線に立つ資格はない。
今日からはここに残っていろ、心配しなくとも奴等を討ちもらしはしないさ」

【刀満】
「……」

やはりそうくるか、今朝のモニカを見ればそう云いだすのではないかと少しくらいは思っていた。

【刀満】
「じゃあ、俺がお前の頬をはれれば」

【モニカ】
「お前にそんな勇気があるとも思わんがな、だがそれこそがお前の良さなんだ。
わざわざ私たちがいる世界に足を踏み入れる必要はない」

【刀満】
「じゃあなんで、お前は俺に剣を渡した?」

【モニカ】
「さて、なんでだろうな……一種の気の迷い、かもしれんな」

【刀満】
「なるほどね、とすればお前は騎士失格だな」

【モニカ】
「何? いくら刀満といえど、云って良いことと悪いことの区別ぐらいは付くだろう?」

【刀満】
「まあそれくらいな、だからこそ云ってるんじゃないか。
お前が俺に剣を渡したのはお前の判断ミス、つまりは騎士として失格だな」

俺が云い終わるとモニカは剣を呼び出し、抜いた刀身を俺の顔の前に突きつけた。

【モニカ】
「私が、騎士失格だと? もう一度云ってみろ!」

【刀満】
「物騒なもん出すなよ、ちゃんと一から説明してやるから」

平常心平常心、勿論本心では半パニック状態……
それを押し留めていたって普通を装う、俺ってこんなこと出来たんだ。

【刀満】
「騎士にとって剣ってなんなんだ?」

【モニカ】
「誇り、意思、決意……騎士にとって剣は命の一片と同じだ」

【刀満】
「その一振りを俺に渡したってことは、どうなる?」

【モニカ】
「……」

【刀満】
「モニカがその時何を考えていたかなんて俺は知らないけど
それを今になって気の迷いなんて云うようじゃ、お前は騎士じゃないだろ」

【モニカ】
「……ふふ、貴様も云うようになったな」

【刀満】
「どういたしまして」

【モニカ】
「褒めちゃいない……だが、刀満の云う通りかもしれんな。
私がお前に剣を渡したのは、私の意志だ。 これだけは訂正させてもらおう」

【刀満】
「俺を連れて行かないってのは訂正しないのか?」

【モニカ】
「それは駄目だ、お前は甘すぎるんだ。
私すら傷付けられないようでは、カリスに良いようにされるだけだからな」

【刀満】
「それは……」

【モニカ】
「それこそが普通なんだ、お前には何か激しい怒りの感情でもない限り人を傷付けることは出来ない。
何の面識もない他人に何の感情もなくも殺せるような奴、私が渡り合うのはそんな奴なんだよ」

【刀満】
「だとしてもさ、お前一人じゃ」

【モニカ】
「何度云えばわかるんだ、私は刀満たちとは違う。 と、口で何度云ってもわかってくれそうにないか。
それじゃ、お前に最後のチャンスだ」

剣を放り、朝と同じように何の構えももとらず、無防備に体を開く。

【モニカ】
「私の顔を殴れ、あれだけ私に講釈をたれたくせに
自分では何も出来ないでは、私と共にいさせることは出来んぞ」

きっとこれがモニカからの最後通告、もしこれを俺が受けられないのなら
たぶん俺の四肢をダメにしてでも連れて行かせないつもりでいるだろう。

ならば、どう足掻いたって俺に選択肢など存在しないことになる……

仕方ない、モニカのためじゃない、これは俺のためなんだ。

……パシン!

乾いた音が小さく響く、モニカの頬に触れた瞬間に感じた柔らかさ。
その感触に背筋に嫌な震えが走り、瞬時に眼をそらした。

やっぱり人を傷付けるのは良いもんじゃないな……

【モニカ】
「次からはもっと強くしろよ、ただ約束は約束だからな。
今日から刀満は私直属の騎士だ、しっかり頼んだぞ」

【刀満】
「あぁ……」

モニカが笑みを見せた、優しさや可愛らしさというものは感じられない。
だけどそんな笑顔こそが、モニカには一番相応しい笑顔なんだろうな……






〜 N E X T 〜

〜 B A C K 〜

〜 T O P 〜