【symphony 『princess knight』The first movement】


ピピピピピピ……カチ!

頭の上で喧しく鳴る目覚ましの音を消し去り、もう一度深い眠りに……
入ってはいけないのだ。

【刀満】
「んぅー……」

久しぶりの痛みを伴わない目覚めに、ほっとしたような物足りないような?
いやいや、起きるだけで痛いのはやっぱり嫌だろ。

【刀満】
「ふぁ、あぁあ……目覚ましで起きたのなんて何年ぶりだろうな」

昨日の夜、電池が入っていなかった目覚ましに電池を入れて久しくセットしておいた。
今までは母親か、もう一人の目覚まし代わりがいてくれたのでわざわざおく必要無かったもんな。

【刀満】
「着替えるか……」

寝巻きを脱ぎ捨て、クロゼットからワイシャツを……

ガチャ

【千夜】
「ぉ」

【刀満】
「……」

【千夜】
「何だ起きてたんだ、つまんないの」

俺が起きていることに余程がっかりしたのか、はぁっと大きく息を吐いた。

【千夜】
「目覚ましぃ? こんなの使いもしなかった刀満がなんでまた?」

【刀満】
「……入ってくんな!」

【千夜】
「別に男の子が裸を見られたってどうってことないでしょ。
刀満だってよくモニカの着替えを覗いてるじゃない」

【刀満】
「あれは覗いてんじゃねえよ! 毎回毎回タイミング悪くあいつが!」

【モニカ】
「私が、どうかしたか?」

今度はモニカが部屋の入り口に背を預けて部屋を覗いていた。
その手には竹刀が握られている……

あ、あれでぶっ叩いて起こすつもりだったんじゃないだろうな?

【刀満】
「女二人で男の着替え覗いてんじゃねぇ!!」

……

【刀満】
「たく、俺にはプライバシーって無いのかねぇ」

【千夜】
「無いわね」

即答しやがったよこの部外者……

【刀満】
「せめて開ける前にノックくらいしろ、素っ裸だったらどうする」

【千夜】
「あぁーそれは確かにあるかも、ナニの最中だったら私も気まずいし」

こいつ話し聞いてんのか?
年頃の女の子のクセに変なところで親父臭いなこいつは。

【モニカ】
「何の最中だって?」

【刀満】
「お前は知らなくて良い」

俺と同年代なら知っていてもおかしくはないが、なんとなくこいつはそういったことには疎そうだ。
見た目もあるが、そもそも異性との色恋沙汰に興味があるとは思えない。

何のことか教えたら赤面ぐらいするかもしれないが、その後自慢の剣で俺が切られたら元も子もないしな。

【刀満】
「そういえば、竹刀なんて持ち出してどうしたんだ?」

【モニカ】
「今日からお前に稽古をつけるんだ、まさか私の剣でやるわけにはいくまい?
物置に投げ入れてあったのを出させてもらったのだが、出してはまずかったか?」

【刀満】
「うんや、どうせもう使わないから好きにしてもらって良いんだけどさ」

前に体育の選択授業で使ったやつだ。
柔道・剣道・空手、どれか選べといわれて俺は剣道を選んだ。

……中でも痛くなさそうだったから。

【モニカ】
「こんな物があるということは、初日から多少は無理しても大丈夫そうだな」

【刀満】
「やめてくれ、俺は軟弱な現代っ子なんだから。
今日はイロハのイぐらいで止めておいてくれ」

【千夜】
「何々、刀満剣道やるの?」

【刀満】
「剣道というか……まあ色々あったんだよ」

【千夜】
「ふぅん、無理してぎっくり腰とかなんなよ♪」

あの顔は明らかになれば笑えるぜって顔してやがる。
だけどこの歳でぎっくり腰は……無いとはいえないか。

【刀満】
「それよりもさ、どうしてお前ここにいるんだ?」

【千夜】
「は? いつもいるじゃない」

【刀満】
「そうじゃなくて、お前家に来たら橘禰さん怒るんじゃないのか?」

チラッとモニカに視線を向ける、モニカは気にするなといった感じでミルクのカップに口をつけていた。

【千夜】
「好きなように怒らせとけば良いんじゃないの?
いくら私を守るといったって、私を束縛してまで守られるのならそんなものは邪魔になるだけだし」

【刀満】
「お前なぁ、橘禰さんだってお前のこと思って云ってるんだろうが」

【千夜】
「世の中にはありがた迷惑って言葉もあるのよ。
無理な押し付けは私には迷惑なだけ、それをわからないような橘禰じゃないわよ」

【モニカ】
「刀満には到底出来ないような考えだな。
だが、あの女の云っていることも間違いではない、私の近くにいれば危険は増すだけだ」

【千夜】
「その危険が私の命にかかわったとすれば、そっからようやく熟考の余地ありだね」

【刀満】
「……」

【モニカ】
「この国の人間は、似たり寄ったりだな。
いや、お前と千夜二人が似たり寄ったりなのかもしれないな」

クスリと笑みを洩らし、カップに注がれていた牛乳を一気に飲み干した。

【モニカ】
「刀満、湯浴みをさせてもらうぞ」

【刀満】
「はいよ、云わなくても何が云いたいかわかるよな?」

【モニカ】
「私は物覚えの悪い子じゃないさ、お前の前で脱ぎはせんよ」

【千夜】
「あーぁ、面倒なこと覚えられちゃって残念だねー」

【刀満】
「何が?」

【千夜】
「眼の保養が出来なくなっちゃったね。
余計なこと教えなかったら毎日生着替えが見れたのに♪」

【刀満】
「あのな……俺は本当にそういうのが苦手なんだから」

人にいわせりゃ俺は意気地なしとか偽善者とかにあたるんだろうな。
だけど人間苦手なものの一つや二つあって当然だ。

【千夜】
「少しはそういったのに免疫付けてみれば?
年頃の男の子なんだから、成人指定雑誌の一つや二つぐらいあるでしょ」

【刀満】
「……それが無いんだよ」

【千夜】
「嘘ぉ!」

【刀満】
「うわ! そ、そこまで驚くとこかよ?」

【千夜】
「刀満みたいなむっつりはそんなのたくさん持ってるのが普通なんじゃないの?
本当に一冊も無いの? 嘘でしょ? 誰にも云わないからお姉さんに教えてみ」

【刀満】
「酷い扱いだな俺……むっつりでなければ嘘も無い、一冊も持ってねえよ」

【千夜】
「むむむ、年頃の男が興味無いなんて。
もしかして刀満って……」

【刀満】
「それ以上先はどう考えても駄目な発言するだろうから云わないで」

【千夜】
「あそう、つまんないの」

会話がぶっつりと終わってしまったので、千夜はテレビのチャンネルをくりくりといじくった。
朝の番組はどこもかしこも似たような番組ばかり、結局ニュース番組にいつも落ち着いている。

【キャスター】
「……昨夜、橋の下で男性と思われる焼死体が発見されました。
現場に野村キャスターが訪れています、野村さん?」

【野村】
「はい、現場の野村です。
今私の前には規制線が張られ、これ以上近づくことは出来なくなっています……」

【千夜】
「ここって、あの公園からそんなに遠くないとこの橋だよね?」

【刀満】
「あの公園というと、小出さんの?」

【千夜】
「うん」

【刀満】
「……そうだな、直線距離で200mってとこじゃないか?」

【千夜】
「なんかさ、ここ数ヶ月でこの街ってとんでもないことになってると思わない?」

……確かに千夜の云うとおりだ。

連続怪死事件に始まり、モニカ、カリス、橘禰さんの出現。
小出さんの死、そして今回の焼死事件。

今までそういったものにほとんど無縁だったこの街のこのめまぐるしい変わりようはどうだ。

今ニュースでやっている事件がカリスに関わっているかどうかはわからないが
全ての発端に位置するのはカリスの存在だろう。

【刀満】
「……」

【千夜】
「ねえ刀満、モニカがいない今だから云うけど。
……刀満は、恐くないの?」

恐くないか。

それはここにモニカがいないからこそ云える、千夜の本音なのだろう。

【刀満】
「人の生き死にを眼の前にして、恐くないわけがないだろ?
俺はこれでもごくごく一般的な一学生なんだぜ」

【千夜】
「やっぱり恐いは恐いんだ」

【刀満】
「あれで恐くなけりゃ、俺はこの世界の人間じゃないわな」

【千夜】
「それを聞いてなんだか安心した」

【刀満】
「何をどう安心したか知らんけど、まあ良かったと云っておこうか」

【モニカ】
「二人とも、優雅に話していて時間は良いのか?」

【二人】
「へ?」

慌ててテレビの時間を確認すると……マズ!

【刀満】
「もうこんなじか……なぁ! 下穿いて来い!」

【モニカ】
「お前の前で脱ぐなと云われただけだ、それに今着たら暑い」

肩にかけられたタオルで頭をわしわしと拭く。
それは良いんだけど、何故にワイシャツと下着しか着てないんだこの女は……

【千夜】
「おっ先〜♪ ごーゆっくり〜♪」

【刀満】
「あ、待て! 置いてくな!!
戸締りちゃんとして、くれぐれもその格好で人前に出るなよ、それからちゃんと昼飯食えよ!!」

【モニカ】
「まったく、急に慌しくなりおって。
そんな余裕のない行動をしていたら、いつか足元を掬われるぞ」

【刀満】
「説教たれる前にスカート穿けっての!」

……

その後色々ありまして……今日!
ではなく、気が付けばもう昼休みだよ。

午前中何やってたかひとっつも覚えてないや。
これでも勤まるんだから学生ってのは楽な職業だよな。

【刀満】
「腹が少しも減ってないな」

いつもなら昼は何食べようかと考えもすぐ浮かぶはずなのに
今日は全くそういったものが浮かんでこない。

【刀満】
「ぶらぶら散歩でもしよ……」

家に帰ったらモニカにびしびし扱かれるんだ、学園にいる間くらいのんびりしたって罰は当たらないだろ

さって、どこに行ったもんかな……

……

ぶらぶらと散歩をするものの、目的もなく学園内を歩きっぱなしというのは非常に悲しくなってくる。
教室でぐでーっとラジオでも聞いてる方が良かったかな?

【刀満】
「まだ40分もあるよ……どっかで昼寝でもしようかな」

持て余した時間は昼寝をするにかぎる、俺の足は自然と屋上へと向かっていた。

屋上にまず他の生徒は来ない、ということはまず眠りを妨げられることが無いということだ。
何故屋上に生徒が来ないのか、屋上への扉には鍵がかかっているからである。

普段は鍵がかかっていて開かないのだが、ちょいと裏技を使って鍵を……

カチャ

【刀満】
「おろ?」

裏技を使わずして扉が開いてしまった。
ということは、もしかすると他に屋上に誰かがいるということか?

ここの鍵を持っているのは生徒会、それもよほど位が上でないと管理させてもらえないだろう。

となると思い浮かぶ人物は……

【刀満】
「あいつか……」

この状況に限らず、どんな状況でも出会いたくないやつは今のところ一人しか思いつかない。
そしてその一人が、よりにもよって俺の昼寝を邪魔するようにその場所にいた。

【入瀬】
「……」

入瀬は屋上から街の方を眺めていた、余程暇なんだろうな。
しかしあいつがいるとなると、おちおち昼寝もしてられないな……

退散退散。

【入瀬】
「ここは立ち入り禁止だ」

げ、気付かれてる……

【入瀬】
「生徒会の人間でないお前がここに来たことが教師陣に知れれば
良くて停学、悪くて退学といったところだろうな」

【刀満】
「なんだよ、教師陣に突き出して俺を排除するか?」

【入瀬】
「それを望みなら、やってやらんことはないが?
さすがのお前でも、そんなことを望むほど莫迦ではないだろう」

【刀満】
「おや、俺をクズ扱いするくらいだからてっきり密告するんだと思ったよ」

【入瀬】
「確かにクズは俺と同じ空間内に必要はない、だがもう今となってはそんなことはどうでも良いんだよ。
わざわざ他者に頼るようなことは、俺の信念を曲げることになる」

【刀満】
「ごりっぱな信念だな」

【入瀬】
「他者をあてにすることこそが、クズのクズらしい精魂の極みだからな」

【刀満】
「で、お前は俺に自分の信念について喋りたかっただけか?」

【入瀬】
「まあ待て、貴様がここに来たことは教師陣に黙っておいてやる、その代わり」

【刀満】
「なんだ、金か?」

【入瀬】
「貧困な発想だな、心配するな金など要求せんさ。
少しの間俺の話に付き合え、それでいい」

【刀満】
「それならさっきから付き合ってやってるじゃないか、わざわざ確認するな」

【入瀬】
「それもそうだな……」

はははっと似合わない笑みをみせ、目頭を押さえて軽く天を仰いだ。

【刀満】
「で、わざわざ俺みたいなクズに何の話だ?」

【入瀬】
「おやおや……自分で自分をクズと云えるほどお前が利口だとは思わなかったがな。
まあいい、お前でも一度くらいは考えたことがないか?」

【刀満】
「何をだよ?」

【入瀬】
「自分より劣る者を、自らの手で排除したい。
自分にとって邪魔な存在の者を、消してしまいたいと思ったことはないか?」

【刀満】
「生憎、人殺しにはなりたくないんでね」

【入瀬】
「だろうな、人を殺したのであればどんなに手を加えようと証拠は残る。
いや、手を加えたからこそ証拠が存在するわけだな」

【刀満】
「誰だって気に入らない奴の一人くらいいるだろ。
だからって自分でどうにかしようなんて考えないな」

【入瀬】
「ああそうだ、人には人のルールがある。
それを犯した場合、それ以上のことが自分には帰ってくるのだからな」

【刀満】
「なんだ、お前は人殺しでもしたいなんて云うんじゃないだろうな?」

【入瀬】
「さあてな、殺しが非合法である以上俺はそんなことをする気はない。
合法的な手段で相手を仕留める、俺はそういう男だ」

云いたいことを云い終えたのか、入瀬は屋上を立ち去ろうとする。
俺とのすれ違いざま、最後にこう付け加えた。

【入瀬】
「イレギュラーが存在しない限りはな」

【刀満】
「……結局、何が云いたかったんだあいつは?」

全くもって不愉快なやつだよ。
さて、気持ちを切り替えて昼寝昼寝っと……

……

【刀満】
「ただいーまーっと」

モニカに帰宅したことを知らせるが、モニカからの返答はない。
そもそもあいつの靴がない、またどっか走りでも行ったのか?

【刀満】
「やれやれ、あれだけ張り切っておきながらもう忘れてやがるのか?」

【モニカ】
「こら」

ぽこ!

【刀満】
「あたっ! なんだ、いたの」

【モニカ】
「お前の声がしたから戻ってきただけだ。
動きやすい格好に着替えろ、庭で待っているぞ」

用件だけ伝えるとすたすたと足早に庭へと向かう、やる気満々だな。
待たすとまたギャーギャー騒ぎそうなので上着を脱ぐだけで俺も庭に向かう。

【モニカ】
「来たな。 さてと、今日から刀満には己の身を守る術を覚えてもらうわけだが
多少の痛いのは我慢できるな?」

【刀満】
「お前の云う多少が当てにならねえよ、行っておくけど俺は痛みにはめっぽう弱いからな」

【モニカ】
「痛みを知らずして危機を理解することが出来ると思うか?
男の子なんだからそれくらい我慢しろ」

俺の主張は全面却下、というよりも最初から俺の意見など聞くつもりなさそうだな。

【モニカ】
「はっ! ……ほら、お前の剣だ」

モニカから剣を受け取り引き抜こうと力を込める。
……うん、やっぱり引き抜けないな。

【モニカ】
「……刀満、ちょっと腕を出せ」

【刀満】
「は? ほら」

【モニカ】
「ふっ……」

俺の腕に向かってモニカは何かの字を書くように指を切った。
指を切り終えると、俺の腕には黒い異国文字のようなものが浮かび上がっていた。

【刀満】
「何これ?」

【モニカ】
「剣の所有者を刀満に移した、いざという時にわざわざ私が出していたら間に合わないだろう。
とりあえず、まずは剣の出し入れから覚えてもらおうか」

【刀満】
「どうすんだよ?」

【モニカ】
「簡単なことだ、剣など要らないと思え、それだけですぐに消える。
出す方は少し難しいぞ、剣を思い浮かべ強く手を握り締めろ。
本当に剣を必要としているのならば、握り締めた手の中に鞘が納まっているはずだ」

簡単に云ってくれるよ、こういったのはここが一番難しいと相場が決まっている。
まずなんだったかな、こいつをいらないと思えば……

【刀満】
「……」

本当に消えたよ、こんなあっさり消えて良いのだろうか?
まあ消えたんだから仕方ない、今度は剣のことを考えて力強く手を握り締め……

【刀満】
「おぉー」

【モニカ】
「飲み込みが早いな、じゃあ早速型に入らせてもらう。
私の太刀筋を受けて弾け、簡単だろ?」

【刀満】
「お前は竹刀でやるのか? なんか緊張感ないな」

【モニカ】
「ほう? 私が真剣を使って、もしお前が捌ききれなかったらお前は血塗れだぞ?」

あ、そういうことね……
つまりは俺への配慮ってことか、だけど竹刀ってことは遠慮なく打ち込んできそうだな。

骨の一本でももってかれたら寝る間も惜しんで嫌がらせしてやろう……

【モニカ】
「行くぞ、まずは上段だ!」

振り下ろされた竹刀を鞘で受け止め……られないじゃん!

バカン!

【刀満】
「ふぎゃ!」

【モニカ】
「何をしているんだお前は、しっかりと両手で持って受け止めろ」

【刀満】
「初心者なんだから無理云うな……」

単純にモニカに力負けし、自分の鞘ごと頭を痛打された。
痛いのは嫌だって云ったのに、のっけからこれじゃこの先どうなることやら。

【モニカ】
「そもそも、私が振り下ろしてきたらお前はそれを上に弾け。
その場で受け止めたとしてもそれじゃ何の意味も無い」

【刀満】
「なんでだよ、そっちの方が確実に受けられるんじゃないのか?」

【モニカ】
「言葉で説明するよりも実際に体験した方が早いか。
もう一度私が上段から切りかかる、今度は腰を入れて受け止めろよ……はっ!」

ガス!

【刀満】
「くっ!」

腕にびりびりと伝わる嫌な振動と衝撃、だけど今度は何とか……

【モニカ】
「あまい!」

ゴフ!

【刀満】
「ぬお!」

がら空きになった腹部に向かって思いっきりヤクザキック、そりゃないぜ……

【刀満】
「ず、ずるいんでないか……」

【モニカ】
「莫迦者、戦場でそんな泣きが通用すると思っているのか?
隙あらばその先には死あるのみ、戦場とはそういう場所なんだぞ」

竹刀で肩をとんとんと叩き、お話にならないというように大きくため息をついた。

【モニカ】
「はぁ、こんなことでこの先大丈夫なんだろうか……」

【刀満】
「……隙あり!」

ごボす!

【モニカ】
「ひぐぁ!!」

ちょっと力を込めて拳骨をお見舞いしてやった。
隙を見せたら死あるのみって云ってたんだ、これくらいはあいつの不注意で片付け……

【モニカ】
「……いい度胸だな、えぇ?」

【刀満】
「いやその、隙あらば云々かんぬんって云ってたから……」

まずい、非常にまずい……
なんか眼が逝っちゃってる、なんか大蛇みたいな目をしてるんですけど。

【モニカ】
「教官の揚げ足を取ってあまつさえ危害を加えるか。
刀満、お前は中々素質があるじゃないか……」

【刀満】
「は、はは、そうなんだ……俺ちょっとお腹が……」

【モニカ】
「どこに行くのかな、刀満クン?」

スッ……

【刀満】
「……!」

ひいぃい! 真剣が、真剣の刃が俺の首筋に!

【モニカ】
「まだ訓練は始まったばかりだぞ?
それを腹が痛い程度で逃げられると思っているのか? えぇ?」

【刀満】
「ご、ごめんなさい……」

【モニカ】
「わかれば良いさ、ほら、今度はお前が打ち込んでみろ。
私が捌き方の見本とその後の対処を教えてやる」

真剣を消し、竹刀を肩に乗せたまま適当な構えを取る。
怒っているのかおちょくっているのか、一体どっちなんだろうか?

もしここで俺が手を抜いた素振りを見せようものなら問答無用で切り伏せられるかもしれないし……
ここはある程度全力で打ち込んだほうが良いだろう。

【刀満】
「それじゃまぁ……だぁあ!」

【モニカ】
「……」

俺が渾身の力で振り下ろした鞘をいとも簡単に竹刀で上部へと弾きあげる。

ドフ! メキョ!

【刀満】
「もごむ!!」

がら空きになった俺の腹部にまたもやモニカのきっついヤクザキック。
さらには追い討ちに肘鉄まで打ち込んできやがった。

やろう、さっきのこと余程根に持ってるな。

【モニカ】
「どうだ? やはり身体で覚えるのが一番だろう?」

【刀満】
「こ、こんなのが続けば身体が持たない……」

【モニカ】
「毎日続ければそのうち傷みにも慣れてくるさ。
さあ、蹲ってないで立て!」

きゅ、救護はーん……

……

【刀満】
「イツツツツ……」

【モニカ】
「いつまで痛がっているんだお前は、その程度の傷みで死にはせん」

結局、あの後俺の身体は殴る蹴るのサンドバック状態。
ミドルキック、抜き手、ローリングソバット、掌打、水面蹴りと実に様々な返し技を教えてくれた。

勿論全部俺の身体をもってしてだ……
もう身体中打ち身と摺り傷だらけで満身創痍ですよ。

【モニカ】
「何なら家で休んでいれば良かったのに、何で付いてきた?」

【刀満】
「お前が行くからだろ……」

【モニカ】
「それもそうか、だが今日の刀満は昨日までの刀満ではない。
少なくとも自分自身の身くらい、必死で守りぬけよ」

それはモニカから遠まわしでの巣立ち宣言と受け取らなければならないのだろう。
よほどのことがない限りこれからは自分の身は自分で守らないと。

【モニカ】
「おや……どうやら、今日は探さずとも向うから訪れてくれたみたいだな」

くいと顎で指すと、もう見慣れてしまった人ならざる人型が全部で三体。
こいつ等を見慣れてしまったということは、俺ももう普通の感覚ではないということか……

【モニカ】
「三体か、どうだ……一体請け負ってみるか?」

【刀満】
「え、遠慮するよ……」

【モニカ】
「そうか、じゃあ剣だけは出しておけ。
奴等の動きは私より格段に遅い、やられそうになったらさっきの動きを思い出せ!」

モニカは剣を呼び出し、人型に向かって走り出した。
俺もいつか、あんな風になったりするんだろうか……?


……


手にしていた参考書を閉じ、視線の端に入ってきた情景に眼を移した。
そこにはよく知った人物と、全く知らない人物の二人。

よく知ったというのは云い過ぎだな、顔を知っているだけの存在といった方が良いか。
元々自分より劣る人間を相手になどしたくない、しかし、あいつは中でも少々気になる存在ではある。

クズの中に時折現れる尺度に納まらない人間。
どういうわけかあいつにはそんな要素を感じていた。

【入瀬】
「ほう……これはこれは……」

奴等が行っていることなどすぐに理解できた。
ということは、予想通りあいつを普通の尺度の中に収めておいてはいけない。

あいつは近々化ける、だとすれば……

【入瀬】
「……」

口元に寒気を覚える笑みを浮かべ、男はその場を後にした。


……


【カリス】
「きゃはは♪」

誰からも注目されず、屋根の上から全ての様子を見ていた少女は笑う。
予想外の出来事と予想通りの出来事の交差、それは全てを混迷させるには十分だと。

彼女は知ったようだ……






〜 N E X T 〜

〜 B A C K 〜

〜 T O P 〜