【ouverture『Tanz des Schwertes』】


【橘禰】
「よく、おわかりになりましたね」

街頭の光が届かない暗闇から音も無く橘禰さんが姿を見せた。
口調は穏やかながらも、眼にいつもの微笑みは感じられず、むしろ冷たく射るような眼を向けている。

【橘禰】
「完全に気配は殺しておいたんですが、いつからお気づきに?」

【モニカ】
「所詮は長く生きた狐狸、人間というものはお前たちが思っている以上に
周りの変化に敏感なんだ、カリスでさえ貴様の存在に気付いていただろう?」

【橘禰】
「私をその辺の狐狸と同じに扱うのは甚だ遺憾ですが、まあ実際狐狸であるから仕方ないですね。
長く生きたといえば長く生きてますが、実際の歳になおせば貴女よりも若いんですよ?」

【モニカ】
「そんなことを云うためにわざわざ姿を晒したわけではあるまい?
くだらん会話などするな、云いたいことがあるのならはっきりと云ったらどうだ」

【橘禰】
「そうですか……では」

橘禰さんはいったん言葉を切り、フサフサの尻尾を左右に一振り。
するとさっきまで一本しか見えていなかった尻尾が、確認出来るだけでも九本に増えていた。

初めてモニカに遭遇したときのように、髪がぴんと耳の形にたち
明らかな敵意を俺とモニカに向けた。

【モニカ】
「何の真似だ……?」

【橘禰】
「貴女を屠ります、前のような半端な力でなく九尾として力の全てを解放してね」

【モニカ】
「なるほどな……理由はやはり?」

【橘禰】
「貴女が、今朝発見された女生徒を殺した犯人だからですよ。
以前警告したはずですよ、これ以上人間世界に別次元の貴女がかかわるなと」

【モニカ】
「そんなこともあったな……」

……

【橘禰】
「あの事件、貴女も一枚噛んでいますね?」

【モニカ】
「ほう……」

【橘禰】
「あら、随分と余裕の表情ですね。
私としましては核心に迫られて蒼い顔をなさると思っていたのですが」

【モニカ】
「生憎そういったことは顔に出ない性質なんでな。
で、どうして私があの事件に噛んでいると思った?」

【橘禰】
「普通に考えれば貴女を疑わない理由は何一つ無いんじゃないですか?
この世界の者でない貴女が、同じくこの世界の者でない人のことを知っている。
この点をとるだけでも、貴女が一連の怪死事件に関わっていると見えると思いますが?」

【モニカ】
「なるほど、あまりにも当たり前の返答過ぎて逆に私としては面白くないな」

【橘禰】
「私は面白い面白くないなんてどうでも良いことですから。
貴女が害であるのか、害でなくとも害になる可能性があるのかの方が大事ですから」

【モニカ】
「人を厄害扱いとはな、貴様としてはどんな返答をお望みだ?」

【橘禰】
「一番納得が出来るのは犯人は貴女、というのがもっとも手間も省けるのですが。
さすがにそこまでいくとは思えませんので、関わっているのかどうかだけで今は良いですよ」

【モニカ】
「……関わっているかどうかとなれば、関わっているとしか云えんな」

【橘禰】
「予想通りの返答でひとまず安心です。
ではもう少し踏み込んで……貴女は、人を殺したことがありますか?」

随分と急に踏み込んできたな、もう少し段階というものがないと相手も驚くぞ。

【モニカ】
「あぁ、勿論この世界の話ではないがな」

【橘禰】
「そうですか、ですが人を殺したことはあるということですね。
あまり穏やかではない話ですこと」

【モニカ】
「貴様からしてきた話だろう。
だが、そんなことを私から聞いてどうする? 危険因子として私を屠るか?」

【橘禰】
「物騒な話は今は止めにしましょう、でもそれもいずれは向えなければならない
状況ではあるのでしょうけれど。
まだ私自身の眼で貴女が危険因子だと判断できる確固たる確証がありませんから。
勿論、物騒であることには変わりませんが」

【モニカ】
「……おまえ、結局のところ私に何が云いたいんだ?」

この女は私を試している、私から何かを引きずり出そうとでもしているのだろうか?
そういった面倒な奴は好きになれない、ならこちらから踏み込むまでだ。

【橘禰】
「そろそろ結論を云いましょうか……これ以上のこの世界の人を巻き込まないでください。
別次元の存在である貴女たちは、この世界の人に干渉し、『当たり前』を断ち切ってはいけない」

【モニカ】
「つまり、刀満たちの世界に干渉しないよう、さっさと解決して去れ。
という解釈で良いのか?」

【橘禰】
「そうしていただけると助かりますね。
あまりに貴女の干渉が進み、世間の当たり前が崩れた時は、覚えておいてくださいね」

【モニカ】
「ふん、貴様の方がよっぽど物騒だ」

【橘禰】
「私はこの地の者ですから、多少の無茶をしても許されるんですよ。
では私はこれで、くれぐれもこの世界の人を手にかけないように、お願いしますよ」

……

【橘禰】
「貴女が犯したのは一種の禁忌です、最も悪い形での干渉。
どんな理由があるにせよ、貴女を放っておくわけにはいきません」

【モニカ】
「これで私も危険因子化か、まあ仕方がないといえば仕方がないか」

【橘禰】
「仕方ないで片付けるにはいささか重い話だと思いますけどね……
宜しいのですか? 剣を構えないと、私の攻撃を受けきれませんよ?

【モニカ】
「やれやれ、あれこれと話をしても納得しそうになさそうだな。
なら仕方がない、私もまだ役目も終えずに死ねんのでな」

一度掻き消した剣を再び呼び出し、さっきと同じような独特の構えを取った。

【刀満】
「本気で、やりあうつもりなのか?」

【モニカ】
「奴がそのつもりなら、受けるしかあるまい」

【橘禰】
「先ほど私を狐狸呼ばわりしましたけれど、私に云わせれば
所詮貴女は人間風情です、人と物の怪には絶対の差があること、教えて差し上げますよ」

どうやら橘禰さんは一切引く気がないようだ。
だからってモニカも大人しくやられる気などさらさらない。

なら仕方ない、俺が止めるしかないか……

【刀満】
「そこまでだ、二人とも」

緊張状態になるより早く、モニカの前に割り込んで二人の空気を断ち切った。

【橘禰】
「刀満様、そこにいますと危険ですよ?」

【刀満】
「二人が何もしなければ危険じゃないだろ」

【橘禰】
「それは出来ない相談ですね、刀満様も今となれば彼女の危険性を
ご理解いただけていることと思いますが?」

【刀満】
「モニカがどう危険だって?」

【橘禰】
「人を殺した者が、危険ではないと云えると思いますか?」

【刀満】
「ごもっとも、だけどあれはモニカが好き好んでやったことじゃない。
綺麗事で云えば、正当防衛ってやつじゃないか?」

【橘禰】
「甘いですね、例え正当防衛であったとしても、彼女は人を殺すのに躊躇しないということになりますよ?
それでもまだ、彼女を庇う必要がありますか?」

【刀満】
「残念ながら、あるんだよな。
こいつがいないと、俺が殺されちまうんだよ、だからこいつは殺させない」

聞き様によっては結構格好良いこと云っているように感じるな。
まあ、結局は俺が死にたくないからこいつに死んでもらっては困るんだ。

……ちっさいなあ俺って。

【モニカ】
「つくづく、お人好しだな……」

【刀満】
「そりゃどうも」

橘禰さんにはきっと聞こえなかっただろう。
モニカの声が笑っていた、交戦の意思表示無しと見て良さそうだ。

【橘禰】
「大を助けるための小の犠牲、とでも仰りたいのですか?」

【刀満】
「生憎そういう考え方大っ嫌いなんでな。
結果的にそうなっちゃったけど、あれは仕方のない話だよ」

【橘禰】
「矛盾してますね、刀満様の考え方を否定はしませんけど
ですがそれなら、私が刀満様を殺し、そのまま彼女を殺しても
仕方がないことで片付けられることになりますよ?」

【刀満】
「それこそが、仕方ないんじゃないのか?」

【橘禰】
「……」

何を云っても暖簾に腕押し糠に釘。
橘禰さんの表情は全くと云って良いほど変わらなかったけど
僅かながら口調には鬱陶しさのようなものが見え始めていた。

【橘禰】
「何を云ってももう無駄ですね。
ならば、何べんも云うようですが……仕方ないですね」

【刀満】
「そうだな……俺が殺されたら、後は頼んだぞ。
今度は何の躊躇もいらない、橘禰さんもカリスたちと同じ存在だからな」

【モニカ】
「あぁ、貴様も私と同罪だ。
刀満を殺し、刀満から当たり前を奪ったとしたら、私もお前を殺す」

【橘禰】
「……ご自由に、どうぞ」

九つの尻尾が円を描くように扇形に広がり、ふわりと揺れたかと思うともう橘禰さんは目前に迫っていた。
橘禰さんの爪先が俺の心臓へと伸び、俺の身体を貫……

かなかった。

後ほんの僅かに数センチ、まるで計ったかのようにピタリと止まっていた。

【刀満】
「刺さないんですか?」

【橘禰】
「……無益に危害を加えることは、千夜様から禁じられておりますから。
何故逃げなかったのですか? 彼女が殺されたとしても、何一つ彼方が悩むことも悔やむ必要も無いはずですよ?」

【刀満】
「そんな甘いことを云っていられるような存在じゃないんだよ、こいつはさ」

【モニカ】
「おぉおぉ、天下のお人好しがまた大層なことを云うわ」

【刀満】
「ほっとけ」

【モニカ】
「それで、刀満も殺せない貴様に、私を殺すことが出来るか?
もっとも、ここで刀満が殺された場合、刺し違えたとしても必ずお前を討ち取ってやるからな」

【橘禰】
「……こんなこと云ってますよ、物騒なおちびちゃんに付き合うのも程ほどにした方が良いですよ」

【モニカ】
「なっ! 誰がちびか!!」

【橘禰】
「私と刀満様はどこをどう見てもおちびちゃんには見えませんよね?
だとすれば残る可能性は貴女しかいないのでは? まあ、分っているからこそそうやって噛み付くものですけど」

【モニカ】
「……今日のところは刀満がいるから見逃してやるが、今度から口には気をつけろよ」

【橘禰】
「それはお互い様でしょう、これでも私の方が貴女とは比べられないくらいに年上なんですよ。
目上の人にはそれ相応の言葉遣いを覚えてくださいませ」

【刀満】
「まあまあ二人とも、あんま口喧嘩しないで」

モニカが一方的に橘禰さんに遊ばれているのだけど、あえて云わないでおこう。
口が滑ってとばっちりはごめんだからな。

【橘禰】
「刀満様がそこまで庇われるのなら今回の件には眼を瞑るしかなさそうですね。 ですがお二人とも覚えておいて下さい
貴女はこの世界の人を一人殺し、刀満様はそのような者と一緒にいるということを。
もし、これ以上無益にこの世界に危害をもたらすのなら、その時は刀満様がいようとも容赦はしませんから」

耳のように立っていた髪が元に戻り、九つの尻尾も一本に集束してふわりと揺れる。

【橘禰】
「一応、この件は千夜様にもお話をしておきます。
あまり聞かせたくはない内容ですが、これでも私の命は千夜様をお守りすることですので」

「それでは」と最後に付け加え、もう夜真っ只中の街に草履の音を小さく響かせながら
橘禰さんは姿と気配をいっぺんに溶け込ませていった。

【モニカ】
「まったく、お前のお人好しにはいい加減呆れるどころか尊敬さえしそうだよ」

【刀満】
「良いことじゃないか、人間一つくらい誰かから尊敬されることがあった方が良いだろ」

【モニカ】
「まったくもって褒められるようなことじゃないがな。
だがまあ、今こうして生きていられるのもお前のおかげでかもしれないな……礼を云うぞ」

【刀満】
「止せやい、お前がそんなだと調子狂うだろ。
モニカはもっと横柄で面倒くさいくらいじゃないと俺が落ち着かない」

ズブ! グリイィ!

【刀満】
「はぎぃ!」

出た出た出ましたよ、お得意の抜き手ですか。
しかも突っ込んだ後にぐりぐりとおまけまで付けやがった、痛いじゃないか……

【モニカ】
「人が下手に出ればすぐこれだ。
ほら、何のんびりしてる、さっさと帰って夕食と湯浴みをさせろ」

【刀満】
「はいはい……」

……

【モニカ】
「それじゃ、私は先に休ませて貰うぞ」

【刀満】
「んぅー、お休みー」

わざわざ俺の部屋へと就寝の連絡をしてきたモニカに適当に手を振って答える。

【モニカ】
「なぁ刀満……もし私の存在が邪魔になったのなら、その時はすぐにでも云ってくれ。
奴が云っていたことは、半分はもっともな意見なのだからな」

【刀満】
「半分? 9割方もっともなこと云ってたと思うけどな」

【モニカ】
「はは、お前相手だから半分でも納得すると思っただけだ。
だが、そこまでわかっているなら何も云う必要はなさそうだな……お休み」

【刀満】
「……」

9割方がもっともなこと、人によっては10割全てがまっとうな発言と受け取れただろう。
橘禰さんの云うことこそが一番の選択であり、常識というものに当てはまるものなのだろう。

だけど俺には後1割の空きがある、勿論それは俺がカリスに狙われているということ。
そのことから守られるためにモニカは俺の側にいるということにあたる。

ほぼ全てに当たる9割を押しのけてでも、後1割こそが俺にとっては非常に重要なんだ。

【刀満】
「確かに、これじゃお人好しって云われて当然だよな」

自分でも改めて確認する自分がお人好しだという事実。
元々他者への干渉を好まなかった俺が、カリスの登場と共に180度変化している。

カリスに出会う前は、一人でのんびりしてた俺が、今じゃ超がつくほどのお人好し。
人間ってのは短期間で恐ろしく変わるものなんだな……

prrrrrr、prrrrrr……

【刀満】
「人が感傷に浸ってるのに、誰だ邪魔する輩は? もしもし?」

【千夜】
「へ〜ろ〜ぅ、私だよ。 あんまり夜更かしすんなよ、不良ー♪」

ブツ! ツー、ツー……

やれやれ、悪戯電話か。

prrrrrr! prrrrrr! ……

【刀満】
「留守番電話サービスに……」

【千夜】
「明日刀満の家燃やしてやるからな、以上」

ブツ! ツー、ツー……

【刀満】
「あんのやろう!」

Trrrrrr! Trrrrrr! ……

【千夜】
「何よこんな夜に、一人で眠れないならお姉さんと何か話しでもする?」

【刀満】
「勝手に人ん家燃やすな! 火災保険が降りてもしばらく宿無しになるだろうが!」

【千夜】
「何ムキになってるのよ、可愛げのある冗談でしょう。
そもそも、人の電話を用件も聞かずに勝手に切るあんたが悪い、反論する?」

【刀満】
「はいはい俺が悪かったですよ、で、何の用だ」

【千夜】
「ううん、まあちょっとね。 橘禰から今日何があったかを聞いたわけだよ。
それで、モニカが小出さんを殺した犯人っていうのは?」

【刀満】
「事実だよ、俺は目の前でその現場を見たからな」

【千夜】
「そうなんだ、中々にバイオレンスな現場に立ち会ったんだね。
それにしては随分と落ち着いた口調ね、思い出したい話題じゃないでしょうに?」

【刀満】
「それはそうだ、だけど俺の方も色々あってね。
で、それを俺に確かめてどうする? モニカは危険だから離れろとでも云うか?」

【千夜】
「橘禰はそう云ったみたいだけど、そのくらいではいそうですかってなる刀満じゃないよね。
私も別にモニカがどういった存在であれ、あんまり気にしてないし」

【橘禰】
「千夜様! 少しは自分の立場を考えて付き合いというものを……」

【千夜】
「あぁーもうわかったってば、私は私の好きにするから良いでしょ」

電話の先で千夜と橘禰さんが云い争っている、千夜のことを一番に考える橘禰さんなら当然か。

【千夜】
「と、いうわけだから、私も前と変わらず接するから
変に気を使ったりする必要無いって云っておいて、そんじゃまた明日の朝ねー」

【橘禰】
「千夜様、それでは千夜様自身が……!」

ブツ!

【刀満】
「どういうわけなんだよ」

どういうわけだかはわからないが、どうやら千夜も俺と同じであまり大事には考えてないみたい。
揃いも揃って眼の前の脅威になりえることに疎いんだから、おめでたい二人だよ……

コンコン

【刀満】
「ん?」

【モニカ】
「刀満、まだ起きているか?」

【刀満】
「なんだよ、寝たんじゃなかったのか?」

【モニカ】
「身体は疲れていても、眠れない時というものはあるものだろう。
少し話さないか? 刀満に、一つ決めてもらいたいことがある」

【刀満】
「決めてもらいたいこと?」

なんだろう改まって? とりあえず俺の部屋というのもなんなので、二人で居間へと下りる。

【刀満】
「温かい牛乳でも飲むか?」

【モニカ】
「すまんな、貰おうか」

鍋に牛乳を注いで火にかけ、膜が張らないように時折混ぜてやる。
十分に温まったら砂糖を溶かし込んで、と。

【刀満】
「ほれ」

【モニカ】
「ありがとう」

牛乳を一口すする、猫舌なのかペッと小さく舌を出し、改めてフーフーと息を吹きかけた。

【刀満】
「それで決めてもらいたいことってのは?
今更出て行くとか何とか云うんだったらこの話は終わりになるけど」

【モニカ】
「そんな話はせんよ……刀満お前、力が欲しいか?」

【刀満】
「は?」

単刀直入、回り道せずにズバッと聞いてきた。
しかし、俺にはそんな一直線で聞かれても意味がわからない。

【刀満】
「力って云われてもな、俺はモニカみたいになるために努力するのは嫌だぞ」

【モニカ】
「多少の努力は必要にはなるが、私のようになれとは云っておらんさ。
最低限自分のみを守れる程度の強さ、それを求めるのかと聞いているんだよ。
私はカリスと交えられるが、その際に刀満の全てに気を配るのは実質不可能だからな」

それはごもっともな意見、今はモニカの邪魔にならないように
ちょこまかと逃げ回って何とか凌いでいるといった感じだ。

【モニカ】
「もし刀満が望むのなら、多少なりとも手を貸すぞ……
もっとも、刀満が自分の身を守れぬのなら、今後私の見回りに立ち合わせることは出来ん」

【刀満】
「そこまでいっちゃうんだ」

【モニカ】
「あぁ、あの子をこの手で私が討ち、あの子の最期を目の当たりにした刀満だからこそだ。
勿論力を望まないのも当然の選択だ、力はいわば一線を越えてしまうもの。
力を手にした場合、刀満にとっての日常は日常ではなくなる、それを覚悟しての選択と思ってもらいたい」

【刀満】
「……」

【モニカ】
「まあ、力は解放出来てこそ意味を成す。
この世界の刀満が解放出来ないのはいたって普通、ただ丸腰であるよりは幾分かはマシになる」

【刀満】
「ええとなんだ、一つ質問」

【モニカ】
「なんなりと」

【刀満】
「さっきから力力って云われてもな、どんな力が俺に備わるってんだ?」

【モニカ】
「口で云われるよりも、見た方が早いか。
少し失礼するぞ……来い!」

ボシュ!

いつもモニカが剣を呼ぶときと同じように剣を呼ぶ、いつもなら
モニカの手に収まっているはずの剣が今回は無い。

無いわけではないが、モニカがいつも使っている剣とは違う剣がモニカの手に収められていた。

【モニカ】
「これが刀満に与えられる力だ。
私が国から持ってきたもう一振りの剣、どうする、受け取るか?」

【刀満】
「受け取ったら俺は力を望んだってことになるんだよな」

【モニカ】
「あぁ、あの人型くらいなら一閃出来る程度の力だがな。
それでも人外である奴等に対抗できる力に違いはない、これはもう日常の話でないことはわかるな?」

【刀満】
「だけどさ、俺は剣術なんて出来ないぞ。
せいぜい素人がちゃんばらする程度しか振れないし、そもそも真剣を持ったことも無い」

【モニカ】
「剣のことなら私に任せろ、これでも私は騎士団の長だ。
団の中でも私を上回る剣士はいない、刀満にはいろはから必要なことを全てレクチャーしてやるぞ。
さあ、どうする?」

ずいと俺の前へと突き出された剣、これを受け取ることは日常との決別を意味する。
そんな大層な物を、俺が受け取って良いものなんだろうか?

……なんて考えるのが普通なのだろうけど。

【刀満】
「……」

【モニカ】
「ぁ……」

あっさりと受け取ってしまった、もとより考え無しの性格
最後にはこうなることはわかっていたけど、自分の短絡さ加減を改めて知ると驚くもんだな。

【モニカ】
「本当に受け取ってしまって良いのか? 今ならまだ、私に突き返すことも可能だぞ」

【刀満】
「そんなちんけなことを云うような力ならいらねえよ。
少しくらいは自分で動けないとモニカも安心してカリスと戦えないなら、受け取るしかなさそうだしな」

【モニカ】
「ふふ、心掛けは称賛するが、向う見ずな考え方とも受け取れるな。
だがそれを受け取ったということは、云うならば私と枷で繋がれたと云っても過言ではない」

【刀満】
「一心同体とでも云いたいのか?」

【モニカ】
「そう考えておけば今は良い、後は刀満自身で強くなるかどうかだけだ。
まあ、強くなれれば……いや、どこまで足掻けるかだがな」

モニカは口元に小さく嘲笑うような笑みを見せる、こいつ何か隠してるな?

【刀満】
「何だよその微妙な笑いは、人が折角決心したってのに」

【モニカ】
「いや悪い、これはある意味私の脅しだったんだがな。
その剣があったからといって、刀満が強くなることはほぼ不可能なんだよ」

【刀満】
「どういうことだ?」

【モニカ】
「その剣、抜いてみたらどうだ」

云われるままに剣の柄を引っ張って刀身を抜きだ……せない。

がっちりと固まっているのか、鞘から剣を抜くことが出来ない。
何度力を込めてみてもビクともしない、何かが噛んでしまっているから抜けないのだろうか?

【モニカ】
「抜けないだろう? その剣、どういうわけか誰にも抜けないんだよ。
勿論私も何度もやってみたが、一度だって抜けたことはない」

【刀満】
「抜けない剣なんて何の意味があるんだよ」

【モニカ】
「抜けなくとも剣は剣だ、奴等の攻撃を受け止めることは造作もないさ。
だから云っただろ、ある意味脅しだって」

モニカが軽く指を振るうと俺の手にあった剣が姿を消した。

【刀満】
「真剣な顔で話するから何事かと思ったら、結局遊ばれただけかよ」

【モニカ】
「遊んでなどおらんさ、半分は脅し、もう半分は本気だったからな。
良いな、例えあの剣が抜けないものだとしても、刀満が日常と決別したことは確かだ。
その決意、私もそれからお前も、無駄にしてはならんぞ」

その眼には一切の淀みも偽りも迷いさえも無い、完璧といえるほどに真っ直ぐで。
それでいて奥に見え隠れする騎士である誇り、それと見た目のアンバランスからくる幼さ。

様々なものが交差したモニカの瞳は、初めて美しいと思えるほどに清純な眼をしていた。

【モニカ】
「ふぁ、あぁ……どうやら眠気もやってきたようだ、今度こそ私は休ませて貰うぞ」

【刀満】
「俺ももう寝よう……まさかとは思うけど、明日の朝からジョギングしろとか云わないよな?」

【モニカ】
「なに、その程度のことはしなくても大丈夫さ。
あくまでも刀満に必要なのは戦えるだけの力でなく、受け止められるだけの力があれば良い。
お前が学業を終えて帰ってきたら、私がお前の修練に付き合ってやるさ」

【刀満】
「あ、そうなんだ……結局頑張るのは俺なのね」

【モニカ】
「当たり前だろ、何もせずに強くなろうなど虫の良い話だ。
何もせずに得た力はいつか己を滅ぼすだけだ、まあ心配はするな、私が全部基礎を教えてやるさ」

これは、明日から結構大変なことになりそうな気がするな……





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