【ouverture『dritte Menuett』】


【刀満】
「……」

【カリス】
「♪」

よりによってな人物に遭遇してしまった。
しかしよく考えれば容易にわかること、モニカが行くところには往々にしてカリスもいてしかるべきなのだ。

それを一人で探しに来ればこうなる確立は初めから高いってわかってたはずなのにな。

【カリス】
「近いうちにまたお会い出来ると思っていましたけど、予想以上に早い再会ですね。
もしかすると運命でしょうかね、刀満さんは運命って信じますか?」

【刀満】
「生憎、そういったものは基本的に偶然の一言で片付ける性分なんでね」

【カリス】
「あらら、それは少し残念。
まあ私も運命なんて言葉を信じる気はないですけど、今ぐらい運命と云ってみたいですね」

【刀満】
「ああそうかい」

塀の縁に腰を下ろし、足をぶらつかせながらニコニコと笑みを見せる。
どこにでもいそうな、世間で云えば可愛らしいに分類される少女、外側だけ見れば確かにそう見えるだろう。

だけどいくら外見が無害に見えたとしても、中身までもが無害だとは決して云えない。
むしろ外見だけで危険だと判断できる方がよっぽど良い。

牙を剥いた獅子には誰だって近づこう何て思わない。
野良猫の爪に猛毒が隠されていたとしても、猫を見ただけで危険と判断出来る人が何人いるだろうか?

カリスとはいってみればそんな存在なのだ。

【カリス】
「お一人なんですか?」

【刀満】
「まあな」

【カリス】
「珍しいですね、いつも横にいた小煩いちびっ子剣士はどうしました?」

【刀満】
「ちびっ子とか云うと殴られるぞ」

【カリス】
「口が滑りましたね、思わず本音が出てしまいました。
ですが彼女がいないと静かで良いですね、刀満さんとゆっくりお話も出来ますし」

それは確かに、認めていいものかどうかわからないがあいつがいないだけで緊張感が薄い。
つまり、俺はもう覚悟が出来ているということだろうか?

【カリス】
「いつもあの子が殺気をぷんぷん振り撒いていましたので、気を抜く隙も無かったのですが
今日はあのいやーなどろどろした殺気を微塵も感じないですね。
また彼女は風邪でも引いたんですか?」

【刀満】
「どうだろうな、今頃お前を探して走り回ってるんじゃないか?」

【カリス】
「……嘘ではなさそうですね。
私を油断させて彼女お得意の不意打ちでと思ったんですけど、気配が無いですね」

【刀満】
「不意打ちか、随分と酷い云い様だな。 あれでも正々堂々とした騎士なんだぞ」

【カリス】
「騎士が誰でも正々堂々としていると思ったら大間違いですよ、現に何度も不意打ちされていますから。
もっとも、あの子は殺気を隠すのが下手ですから不意打ちにならないんですけどね」

【刀満】
「それ面と向かっては云わないでやってくれよ、へこむだろうから」

【カリス】
「刀満さんがそう仰るのならそれだけは勘弁してあげましょうか。
それよりも良いんですか? 私と呑気に話しなんてしていて?」

【刀満】
「何が?」

【カリス】
「逃げなくても良いんですか?」

【刀満】
「そういうこと、じゃあ逆に聞こうか。 お前こそ呑気に話してて良いのかよ?」

【カリス】
「どういう意味ですか?」

【刀満】
「殺さなくて良いのか?」

【カリス】
「……」

【刀満】
「……」

今まで親しげに話していた二人と会話がぷっつりと止まる。
二人の間に不穏な空気が流れたのは云わずもがな……

むしろ俺が呼び寄せたと云ってもおかしくないのかもしれない。

【カリス】
「刀満さんは死にたいんですか?」

【刀満】
「冗談を、死にたいんだったら初めて会ったときにあんな全力で逃げたりしねえよ」

【カリス】
「ですよね? だったら今回も同じように逃げれば良いのに。
今回は特別に10分くらい待ってあげても良いですよ」

【刀満】
「10分待とうが10秒待とうが意味は無いんだろ?」

【カリス】
「最終結果はどちらも同じですけど、それでも死にたくないのなら少しでも
長く生きれた方が良いのではないんですか?」

【刀満】
「そりゃそうだろうな、俺はこれでも長生きが目標なんだ。
一分一秒でも長く生きれたら俺は生きたいくらいだ」

【カリス】
「でしたら、何でまた私と呑気におしゃべりを?」

【刀満】
「なんでだろうな……どうせ逃げても無駄だとわかっちゃってるからかな。
俺は無駄な努力とやっても意味の無いことをするのだけは嫌いな性質なんだよ」

【カリス】
「良くとれば合理的、悪く云えばリアリストってとこですか」

【刀満】
「リアリストを悪い意味で使って良いものかどうかは知らないけどな。
で、カリスこそどうして俺をすぐに殺さないんだ? 今日はモニカもいない、まさに絶好の機会だろ?」

【カリス】
「えぇ、それは勿論そうですよ。
ですが私としましては、やはり逃げてもらわないとやりがいがないんですよね」

【刀満】
「とんだサディスト女だな」

【カリス】
「おかげ様で♪」

いやいや、一寸たりとも褒めちゃいないぞ。
俺が逃げないから殺し甲斐が無いってことだろ? なんてこと考えるんだこいつは。

【カリス】
「いつぞやは邪魔が入りましたけど、今日は邪魔者もいませんし。
もう一回楽しみませんか? 鬼ごっこ」

【刀満】
「楽しいのはお前一人で俺は楽しくないよ」

【カリス】
「それは仕方ないですよ、逃げる者と追う者では気の持ちようが正反対ですからね」

【刀満】
「それにどうやったって俺は逃げられないだろ?」

【カリス】
「それはどうでしょうね、水の中に潜られたりしたらさすがに私でも見つけるのは困難ですよ。
後は下水道なんてところも逃げるには好都合ですよ、ミイラが逃げたりもしてますから」

懐中電灯も無しに見ず知らずの下水道なんか行けるか、恐いじゃないか。

【刀満】
「その鬼ごっこやらないって選択肢は無いのかよ」

【カリス】
「ありませんね、勿論刀満さんもわかっていたと思うのですが」

【刀満】
「確認だよ、確認……」

【カリス】
「では簡単にルール確認をしますね。
刀満さんが逃げた10分後に私が刀満さんを追う、何も難しいことはないこれだけです」

捕まったら殺される、まさにプリズンを逃げ出した囚人の気持ちだ。

【カリス】
「それではいきますよ、鬼ごっこスタートです♪」

カリスの合図と共に、俺は踵を返して足を進ませた。
一体どこに逃げたものか、勿論どこに逃げたって無駄なことなどわかりきってはいるのだけど……

……

休むことなく足を進ませ続け、気がつけばどこだかわからないような路地の裏の裏の裏。
その先を抜けた見たことのない小さな公園まで来てしまっていた。

ここから家に戻ることが出来るのかさえ不安になる場所だが、どうせ帰る必要なんてないんだ……

【刀満】
「そろそろ追っ手が動き出す時間だな……」

非常に殺風景で、ジャングルジムとブランコ、それにベンチしかない
子供が遊ぶにはどう考えても物足りない公園。

俺の死に場所はここか、出来れば誰かに看取ってもらいたかったな。
まあカリスに看取ってはもらえるが、当事者というのはなんか違う気がする。

俺はブランコに座り込み追っ手が到着するのを待つ。

死を認めるなんて出来るはずもなく、いまだに死にたいなんて思っちゃいない。
だけどこれ以上逃げようとも思わない。

一種の悟り、どう足掻いても駄目だとわかっていると人は案外落ち着いてしまうものだ。

【刀満】
「……っと、あいつが来たら一つだけ教えてもらうことがあったな」

カリスには一つだけどうしても聞いておきたいことがあったんだった。
それを教えてもらうくらいあいつも許してくれるだろうさ。

【刀満】
「早く見つけてくれないかな」

とてもこれから殺されるであろう人間の科白とは思えない。
モニカにこんなこと聞かれてしまったら烈火のごとく怒ったかもしれないな。

【刀満】
「今頃どこ探し回ってるんだろうなあいつ、まさか鉢合わせしてたりして……」

そうなった場合、俺はどうしたら良いだろうか?
ここで大人しく待つ道理も義理も無い、そもそも殺される必要は皆無なんだよな。

【カリス】
「お待たせしました、刀満さん♪」

【刀満】
「遅かったな、てっきり見失ったのかと思ったよ」

【カリス】
「夜魔は眼が良いですから、夜の世界は夜魔にとってのテリトリーですよ」

【刀満】
「お前にとっちゃ庭みたいなもんってとこか、そいつはちとズルいな」

初めから勝ち負け云々以前に、カリスの庭先で遊んでただけみたいじゃないか。

【刀満】
「一つ聞かせてもらって良いか?」

【カリス】
「一つで宜しいんですか? 最後なんですから聞きたいだけ聞いちゃっても良いですよ♪」

【刀満】
「一つで良いよ……小出さんがおかしくなったのは、お前のせいなのか?」

【カリス】
「小出という人を私はご存じでないですから、おかしくなったかと云われても」

【刀満】
「公園で手荷物が見つかった女の子のことだよ」

【カリス】
「公園……あぁー、銀縁眼鏡の可愛らしい子のことですか?
そうですね、あれでしたら原因は私にありますよ。
でも確か、あの子今朝遺体で発見されたんじゃなかったでしたっけ?」

【刀満】
「やっぱりお前なのか……」

【カリス】
「えぇまぁ、私も夜魔ですのでお腹を満たさなければなりませんからね。
彼女は調査役としてちょっとお仲間になってもらっただけですよ」

【刀満】
「仲間? どうして小出さんみたいなごく普通の女の子を味方にしようとしたんだ?」

【カリス】
「一般社会に紛れるのはごく一般的な方が一番相応しいとは思いませんか?
誰を選んでも良かったは良かったんですけど、そこは私の好みもありますので、気に入った方を選んだだけです」

【刀満】
「お前が何でわざわざ一般社会のことを調査して知る必要があるんだ?」

【カリス】
「刀満さん嘘吐きですね、一つって云ったのにもう三つ目ですよ、まあ良いですけど。
その世界にはその世界のルールがある、それを知らずにその世界で生き抜こうというのはちょっと大変ですから。
これから先どれくらいここに留まるかはわかりませんけど、知っておいた方が便利でしょう?」

【刀満】
「ごもっとも……」

【カリス】
「ですが少し気になることもあるんですよね、彼女に施した力では死ぬなんてことはありえないんですけど。
もしかすると、彼女を殺したのはあのちびっ子騎士さんですか?」

【刀満】
「……」

返答できず、だけど俺の態度でカリスは全てを理解したようだ。

【カリス】
「なるほどなるほど、犯人は彼女でしたか、案の定でした。
でも、私たちからの被害を無くすために来た彼女が、人を殺めたというのは少し笑ってしまいますね」

口元に指を添えてクスリと笑う。

【刀満】
「モニカは悪くない、悪いのは発端であるカリスだろ」

【カリス】
「根底はそこに行き着きますけど、彼女が殺したという事実だけはどうやっても覆りませんからね。
何も彼女を殺さなくても、私を仕留めれば彼女も何事もなく元通りだったのに」

【刀満】
「それが出来なかったから最善の策を選んだだけのことだろ」

【カリス】
「そうでしょうか? 彼女を生かしながら私を殺す策を考えれば良いだけのように思いますけどね♪
さてさて、あんまり無駄話をしすぎると私も眠くなっちゃいますから、そろそろ宜しいですか?」

カリスがゆっくりと俺に近づき、前と同じように手をかざす。

【カリス】
「……最後に一つだけ刀満さんに教えてあげますね」

【刀満】
「何をだよ?」

【カリス】
「勘違いの訂正ですよ。
私の初めては刀満さん、彼方なんですよ?」

【刀満】
「な、に……?」

【カリス】
「それでは、ごきげんよう♪」

カリスの手が俺の眼の前で不思議な動きをする。
それを見つめる俺の視界が、徐々に色を失い……

ガギン!

【刀満】
「なっ!」

【カリス】
「くっ……」

金属と金属が衝突する音、それと同時に滑り込んできていた白い服の人影。
カリスはよろよろと数歩後退り、手からぽたぽたと血が流れ、珍しく笑顔を崩していた。

【カリス】
「計ったかのようなタイミングですね……ちびっ子騎士さん?」

【モニカ】
「ふん」

【刀満】
「モニ、カ……」

モニカは剣を構えなおすと、カリスと俺を同じような鋭い視線で睨みつけた。

【モニカ】
「お前の説教は後でしてやる。
それよりはまずはお前だ、カリス」

【カリス】
「先に手を出しておいて、随分と上からの物言いですね」

【モニカ】
「貴様と対等に喋るつもりは毛頭無い、お前は私にとってただの敵だ。
悪いが、今日は今までのように逃がしたりしないからな……ふっ!」

【カリス】
「……本来の姿というわけですか、本気のようですね」

大きくなったモニカを見てもカリスは特別驚いた様子はない。
しかし、眼に見えはしないながらも確実に今まであった余裕のようなものは薄れてしまっている。

【モニカ】
「もう逃がしはしない……」

【カリス】
「これは、私も本気を出さないと一方的にやられかねないですね」

余裕がなくなったのか、今まで見せていたはずの笑みを完全に無くし
真剣な眼差しでモニカを見つめていた。

【モニカ】
「行くぞ……」

【カリス】
「どうぞ……」

【モニカ】
「はああぁ!」

両手で握っていた剣を片手に持ち直し、カリスに向かっていつものような獣のスピードで距離を詰める。

【モニカ】
「はぁっ!」

素早く剣を両手に持ち直し、カリスの肩口めがけて剣を振り下ろした。

【カリス】
「……」

カリスは後に飛び退き、モニカとの直線上の一致を避けるために軸をずらすようにしてやや右側へともう一飛び。
足が地に着くと、今度はカリスが身を屈めてモニカとの距離を詰めた。

【カリス】
「ふ……」

【モニカ】
「甘い!」

モニカの横をすり抜けるように体一つ分の隙間をとり、瞬時に後に向き直りながらさらに身を屈めてモニカの足を払う。
その動きを読んでいたのか、モニカも片手に剣を持ちながらもバク転を軽々と決めてカリスの足を避ける。

【カリス】
「剣を持ちながら、良くそんな怪物染みた動きが出来ますね」

【モニカ】
「怪物がよく云うわ、それよりいつまでも手を抜いてないで、本気で殺しに来たらどうだ?」

【カリス】
「わかりますか?」

【モニカ】
「騎士という者はな、相手の心理を読むことに長けているんだよ。
相手が本気で殺しに来ているのか、もしくは身を守るための防衛なのかな。
お前は後者だ、口では本気と云っておきながら8割程度の力しか出してないであろう?」

【カリス】
「あまり感心出来る能力とは云えないですね、でも本気で殺しに行くくらいの覚悟でないと
今の貴女を振り切るのは無理そうですね」

【モニカ】
「生き残るのはどちらか一人だけだ、私が生きるか貴様が生きるか。
騎士道というものは常にそういうものさ、魔族の貴様にそんなことを説いてもしょうがないがな」

【カリス】
「魔族を知らない貴女に、魔族をどうこう云われたくはないですね。
ですが私も、こんなところで死ぬわけにはいきませんからね♪」

カリスの表情に笑みが戻った、もしかすると今までのは全て演技だったのか?

【モニカ】
「戦場で余裕で笑えるその神経、気に食わん」

【カリス】
「そう云われましても、これは持って生まれてしまったクセのようなものですから。
あんまりおっかない顔してると、男性も寄り付かなくなりますよ」

【モニカ】
「前にも云っただろ、男など騎士には不要だ」

【カリス】
「ですって、刀満さんが身近にいながら酷い科白ですね」

【モニカ】
「そうだな、刀満も甘かったが、同じレベルで私も甘かったのさ。
貴様等と対峙するのに、他の市民を巻き込むのでは意味が無いな」

今度は自嘲するようにふふっと笑った。
カリスのようなニコニコとしたものでないが、そこが妙にモニカらしい。

【モニカ】
「無駄話はもう満足したか?」

【カリス】
「聞いてる余裕なんて、ないんじゃないですか?」

カリスは一直線にモニカとの距離を詰める、突進でも狙っているのだろうか?

【モニカ】
「貴様の突進力など、貫いてくれる」

顔の真横に柄を持ってきて水平に構える独特の構え。
あんな構えでブレのない突きが撃てるのかどうかわからないが、モニカがやっているのだから大丈夫なんだろう。

【カリス】
「考え無しに私が突進など、行いませんよ♪」

突きの射程に入る直前、カリスは地面を蹴って大きく飛び上がる。

【モニカ】
「ちっ……!」

【カリス】
「残念でした、莫迦正直に戦わないのが私の性分なんですよ」

地面を大きく蹴ったカリスはモニカの背に降り立ち、くるりと一回転。
モニカが向き直るのと同時に懐に飛び込み、剣を持ったモニカの腕を跳ね上げた。

【モニカ】
「ぐ、うっ……」

【カリス】
「剣の無い騎士など、騎士とは云えませんね♪」

モニカの剣が宙を舞い、カランと金属音を立てて地面に転がった。
カリスはそのままモニカの両脇に腕を差し込み、足を刈って覆いかぶさるように倒れこむ。

【モニカ】
「くっ……」

【カリス】
「私を殺すんじゃなかったんですか?
このままでは、殺されるのは貴女になりかねませんよ?」

昨日も小出さんに同じような体勢になっていたけど、今日はそれとはわけが違う。
体の設置面を多くとるように体全体を抱きつかせ、腕を使ってモニカの首をぐいぐいと押し付ける。

【モニカ】
「がぐ、がっ……!」

【カリス】
「首だけに集中すると、痛い目を見ますよ」

【モニカ】
「ひぐ! う、ぁ!」

もう片方の手でモニカの腹部を捩じ上げる。
どれほどの効果があるのかはわからないが、モニカの声を聞く限り良い状況でないことはわかる。

【カリス】
「内臓がやられれば長期戦は不可能、これで私の勝率60%というところですかね」

【モニカ】
「ほ……ざけ!」

【カリス】
「あぐ!」

まだ自由を奪われていなかった手を使い、カリスのわき腹めがけてお得意の抜き手を放つ。
カリスから苦痛を感じさせる声が漏れ、わき腹を押さえながらモニカから距離をとった。

【カリス】
「えほっ、けほっ……少し近づきすぎましたかね」

【モニカ】
「げほ、げほ……これくらいできてもらわないと、殺し概がない」

【カリス】
「……私も嫌われたものですね、そもそも、何故貴女は私たちを殺しに?」

【モニカ】
「貴様等の存在がこの世界に害であるからだ。
私たちの世界ならまだしも、ここは貴様等がいて良いような世界ではない」

【カリス】
「存在を全否定してくれましたね、そこまで嫌われているのならその殺意もまあ納得です。
ですが、それは貴女にも当てはまるということはわかっているのでしょうね?」

【モニカ】
「あぁ……」

【カリス】
「そんな貴女が、私たちを否定出来るんですか?
貴女も私たちと同じく、この世界の人を殺したのではないんですか?」

【モニカ】
「くっ……黙れ」

モニカの声に苛立ちが見え隠れする。
やはりモニカ自身も、昨日小出さんを殺したことは望んだことではなかったということだろう。

【カリス】
「刀満さん、彼方はどう思います?
私と彼女、どこがどう違うのか教えていただけますか?」

【刀満】
「どこがどうって……」

どうこがどう違うのか、ありとあらゆるところが違うのではないだろうか?
カリスは俺を殺そうとした、モニカは俺を守ろうとした、それからしてまず違うのではないだろうか?

……まてよ。

はたしてそう云い切って良いのだろうか?
そもそも俺はモニカについてもカリスについてもほとんど情報が無い。

その情報が無いのに、何が善で何が悪かなど簡単に決めて良いのだろうか?

【刀満】
「……」

【カリス】
「ふふ、返答せずですか。 中々賢明な判断ですね」

【モニカ】
「今は刀満を巻き込むな、これは私と貴様の殺し合いだ」

【カリス】
「その殺し合いの中に、貴女は二人も一般人を巻き込んだんですよ。
一人は刀満さん、もう一人は昨夜貴女が殺したあの女性」

【モニカ】
「どちらも、偶然巻き込んでしまっただけだ。
巻き込みたくて巻き込んだわけではない……」

【カリス】
「ですが結果は巻き込んでしまい、一人をご自分の手で始末した。
それでは、結局貴女も私たちと何も変わらないということにはなりませんか」

【モニカ】
「黙れ……御託は、たくさんだ!」

【カリス】
「あまりいきり立つと、攻め損じが生じますよ」

カリスの云うとおりだった、モニカの怒りに任せた単調な動きをカリスが避けられないわけがない。
難無くモニカの猛攻を受け流し、タンと大きく飛び上がってジャングルジムの上へと着地した。

【カリス】
「騎士というものはどんな時でも沈着冷静であるべきです。
貴女は騎士と呼ぶには少々感情的になりすぎ、私の言葉程度で怒りを表すようじゃまだまだ私は討てませんね」

【モニカ】
「云わせておけば!」

ポシュ!

【モニカ】
「くっ……!」

モニカの体がいつもの小さい方へと戻ってしまった。

【カリス】
「あらあら、時間切れですね。
どうしますか? その小さな身体で、まだ私と交えるつもりですか?」

【モニカ】
「……この身体でも、貴様に遅れはとらん!」

【カリス】
「あらそうですか、じゃあ、もう少しだけ付き合ってあげますよ♪」

軽々とジャングルジムから飛び降り、モニカを挑発するように両手で来い来いと手招き。

【刀満】
「モニカ、今日はまた引いた方が……」

【モニカ】
「外野は黙っていろ!」

見たことのないような剣幕で怒鳴りつけられた、拙いぞ。
感情的になった人間ほど凶暴なものはいない、が、それ以上に墓穴を掘りやすいのも同時に存在する。

このままカリスとやりあった場合、高確率で負けるのはモニカになるだろう。

【刀満】
「止めろモニカ! 今日は悔しくても引け!」

【モニカ】
「煩い!」

ビュッ!

【刀満】
「おっと……ほら見ろ、俺にだって当たらないじゃないか」

【モニカ】
「っ……」

【カリス】
「どうやらこれ以上は無理のようですね、外野の気配もありますし今日はこれでお開きにしましょうか。
刀満さんを守るつもりでいたようですけど、貴女が刀満さんに守られてしまいましたね♪」

非常に愉快なのか、いつも以上に笑顔を絶やさない表情のまま
ケラケラと、云うならば残酷とも云える様な微笑を浮かべていた。

【カリス】
「ではまた近いうちに、刀満さんもそろそろ自分の身を案じた方が良いですよ」

一足でジャングルジムの上、もう一足空へと飛ぶとそのまま姿をかき消して俺たちの前から姿を消した。
どうやらモニカ最大の危機は回避できたようだ。

【刀満】
「ふぅ、大丈夫か?」

【モニカ】
「…………この大莫迦者が!!」

ズドバーン!!

【刀満】
「いった!! 何も蹴ることないだろ……内臓が痛い」

【モニカ】
「何故一人で外に出た! しかも何故自分からカリスを探した!!
奴の狙いの一つはお前だ、それを考えたら一人であんなところに外出するのが自殺行為だとわからんのか!!」

【刀満】
「そんなこと云われてもな……大体お前が勝手にいなくなるのが悪いんだろ」

【モニカ】
「何? お前手紙を読んだんじゃないのか?」

【刀満】
「勿論読んだとも、俺が寝てるうちにさっさといなくなりやがって」

【モニカ】
「そのことは全部手紙に書いておいただろう、まさかとは思うが
意味が理解出来なかったとか云うんじゃないだろうな?」

【刀満】
「そのことなんだけどさ、そのなんだ………ごめん」

【モニカ】
「は?」

俺からの謝罪に、意味がわからないとモニカは疑問符を上げた。

【モニカ】
「何で刀満が謝るんだ?」

【刀満】
「お前だって勘は良い方だろ?
俺が朝から調子が悪かったのも全部わかってるだろ」

【モニカ】
「なるほどな……だが刀満にとってはそれこそが普通なんだ。
あぁー、一応聞いておくが……まさかそれを云うために私を探した、とか云うんじゃないだろうな?」

【刀満】
「それを云いにきた、そしたらその途中であいつに見つかっちまってさ」

ポカンと口を開けたまましばしフリーズ。
やがて思考が戻ったのか、モニカは口元を押さえてカタカタと肩を震わせた。

【モニカ】
「プッ、ははは……」

【刀満】
「笑わなくても良いだろうに」

【モニカ】
「はは、いや悪い悪い、本当に、どこまでもお人好しだなお前は」

さっきまでびんびんに振り撒いていた殺気が微塵も感じられなくなっている。
どうやら興奮状態は治まったみたい、こうやって笑っていられるんだから元通りと見て良いんじゃないかな。

【モニカ】
「また、逃がしてしまったか……」

【刀満】
「あんまり気にするな、嫌でもまた会うことになるって」

【モニカ】
「だろうな……しかし、刀満に励まされるようでは私もまだまだだな」

【刀満】
「なんだよそれ、人が折角心配してやったのに。
ほら、さっさと帰って飯食うぞ」

【モニカ】
「………良いのか? 私なんかがまだ刀満の家にいても?」

【刀満】
「お前がいなくなったら俺を守る人がいなくなるだろ。
俺は80まで生きるんだ、まだ死にたくないんでな」

【モニカ】
「ふふ……お人好しが」

【刀満】
「云ってろ……」

お互いに顔を合わせず、自分ひとりだけでクスリと笑う。
どうやら、今日作った晩飯は無駄にならずに済みそうだな。

【モニカ】
「……」

【刀満】
「どうした? 早く帰って晩飯にでも」

【モニカ】
「……まだだ。 カリスの云っていたとおり、外野が隠れていたようだな。
こそこそしてないで出て来たらどうだ、狐の化け物が」





〜 N E X T 〜

〜 B A C K 〜

〜 T O P 〜