【5月12日(月)〜5月14日(水)】


【一条】
「あつ!」

ベッドから起きた体にビシビシと嫌な痛みが走る。
日曜日から少し前兆があったのだけど、ゆっくり休めば治ると思っていたのは少し甘かったようだ。

やはり土曜日の羽子さんとの一件が響いているのだろうか?

【一条】
「はぁ、今日は学校だっていうのに、行くだけで気が滅入るよ」

ベッドから起きて着替えをするだけでも痛い、こんなので学校まで行けるんだろうか?

……

【一条】
「ぜぇ、ぜぇ……」

なんだこの鉛でも付けられたように重い足は、一歩一歩踏み出すのも一苦労だな。

【一条】
「家で休んでれば良かったかな」

このままじゃ学校につく頃には1時限目くらい終わっていそうな感じがするよ。

……

【某】
「よお一条、ホームルームギリギリやな」

なんとか1時限目が始まる前にはたどりついた、もう結構身体はボロボロなんだけど。

【美織】
「どうせこの時間ってことは羽子のとこにでも行ってたんでしょ?」

【羽子】
「私が、なんですか?」

【美織】
「ほぉらね、2人して朝からいなかったら一緒って決まってるもんね」

【羽子】
「何を云っているんですか?」

【美織】
「だから、今日も朝から2人でイチャイチャしてたんでしょ、中庭で」

【羽子】
「え? いえ、今日は私1人でしたけど……?」

羽子さんの言葉に美織が信じられないといった感じに大きく目を見開いた。

【一条】
「俺が寝坊しただけだ……」

【美織】
「は? ちょっとマコあんたは何してるんだまったく。
朝から2人しかいないところで待ち合わせてイチャイチャするっていうのは定番じゃないか。
それをないがしろにして、お姉さん恥ずかしいよ」

【羽子】
「なにお姉さん面してるんですか、大体私たちはイチャイチャなんて……」

【美織】
「否定が弱いよ、このぶんだとあそこで結構進んだこともやってるのかもね。
屋外なんて、2人とも好きものだなぁ」

【羽子】
「な、何を考えているんですか彼方は!」

またいつものように羽子さんと美織の喧嘩に見えるだけのいじりが始まった。
止めに入りたいんだけど、今はそんな元気も無いよ……

【一条】
「おふぅ……」

椅子につくとすぐに机の上にぐでっと倒れこむ、こうしてると幾分かは身体の痛みも楽になるかな。

【某】
「なーんか元気無いな、黒猫でもみたんか?」

【一条】
「あんま話しかけないでくれ、今日はゆっくりしたいから……」

【某】
「さよか、そのぶんだとこの休日中によっぽど激しいことしたって感じやな」

【羽子】
「べ、別にそんなことは!」

【美織】
「なーんでそこで羽子が突っかかるのかな、もしかして図星だった?」

【羽子】
「くっ、いい加減にしないと怒りますよ!」

【某】
「なはは、一条も大変やのお」

俺を置いてきぼりにしてどんどん羽子さんが不利になっていく、そりゃまああの2人相手じゃ羽子さんじゃ敵わないか。
とりあえず俺に触れないでくれれば今はそれで良い、羽子さんにはちょっと辛いかもしれないけど……耐えてください。

……

【某】
「いーちじょー、昼飯食いに行こうや」

【一条】
「昼……もうそんな時間かよ」

あまりの痛みに時間の感覚がずれてしまっている、授業なんて何1つ頭に残っちゃいなかった。

【一条】
「悪い、ちょっと調子が悪いから……」

【某】
「やろうな、朝からなーんかおかしいなおもっとったけど、案の定やな。
腹の具合か? それとも偏頭痛か?」

【一条】
「体中全部痛い……」

【某】
「重症やな、ほんならとりあえず保健室いこか、ベッドでねとけや」

ベッドか、あれなら横になれるぶん机で突っ伏しているより良いかもしれない。

【一条】
「はぁ……ぉ」

保健室に行こうと立ち上がるものの、不意に襲ってきた痛みに一瞬制御が効かなくなってしまう。
身体の制御ができないと上手くバランスを保てなくなり、そのまま固い床へと……

【某】
「おおっとぉ!」

【一条】
「くっ……悪い、ちょっと目眩が」

【某】
「こいつぁ保健室なんかいるよりも帰ったほうがええかもしれんな、一条お前帰れや」

【一条】
「そうは云ってもさ……」

【某】
「ええから大人しく帰れ、お前がこんなとこでぶっ倒れたら羽子のやつ大騒ぎしよるぞ」

【一条】
「……わかったよ、ふぅ」

【某】
「1人やと何かと大変やろうから一緒に付き添ったるわ、感謝せえよ」

随分と強引だけど、さっきみたいにいきなり倒れてしまうことを考えると廓の申し出を無碍に断わるのもな。

【一条】
「悪い、付き合ってもらえるか……」

【某】
「よしきた」

……

【羽子】
「あ、一条さん、って一体どうしたんですか?」

【某】
「ちいと調子が悪いみたいでな、アパートまで送っていくさかいセンセに早退しますって伝えとって」

【羽子】
「まあ、大丈夫なんですか?」

【一条】
「一応は大丈夫だと思いますけど……」

だと思うけど、この痛みは一体何から来る痛みなのかわからないから一概に大丈夫とは云えない。

【某】
「そうゆうことやから、センセの方よろしく」

【羽子】
「ちょっと待ってください」

【某】
「なんや?」

【羽子】
「そのお仕事、私に代わってくれませんか?」

【某】
「羽子に? 無理無理、一条やって男なんやからそれなりに重いんやで。
羽子の力じゃ途中でお前の方が倒れることになりかねんぜ?」

【羽子】
「大丈夫です、私もそこまでやわな女じゃありませんから。
それに、廓さんよりも私の方が適任だと思いますよ」

【某】
「なるほどな、かぁーかなんなぁこれも愛っちゅーやつかい、ほんなら仕方ないな。
せやけどお前鞄無いやろ、すぐ戻ってとってこいや」

【羽子】
「云われなくても、一条さん、少しだけ待っていてくださいね」

パタパタと廊下を駆けながら教室へと鞄を取りに行ってしまった。
廓ならちょっとは気兼ねしなかったんだけど、羽子さんとなるとなんだか悪い感じがしてくる。

【某】
「よくもまああの羽子がああまで変わったもんやな、お前も苦労したやろ?」

【一条】
「多少はな、だけどそれだけの価値のある人だったから」

【某】
「こいつも愛だらけやな、はぁ、いったいわいはいつになったら女できるんやろな」

ぼやいているうちに羽子さんが戻ってきて廓から受け取るようにして俺の腕を羽子さんは自分の肩へと回す。
廓よりもずっと小さく、廓よりもずっと柔らかい羽子さんの体が密着して……

【某】
「ほんじゃま任せるわ、一条が動けんからって変なとこ連れ込むなよ」

【羽子】
「わ、私はそんなことしません!」

【某】
「一条も、今なら具合が悪いからって抱きついてもお咎め無しやで」

【一条】
「お前じゃあるまいし……」

【某】
「ま、気ぃつけて帰れや、センセにはわいから伝えておくわ。
一条と羽子は愛欲のために早退しましたってな」

【羽子】
「もう、廓さん!」

……

羽子さんに肩を貸してもらいながらゆっくりとアパートを目指す。
支えがあるぶん朝よりは楽だけど、やっぱり一歩を踏み出す足は重い。

重い足を一歩ずつゆっくりと進ませ、なんとかアパートまでたどりつくことができた。

【羽子】
「大丈夫ですか、ゆっくりで良いですからね」

【一条】
「はぁ、すいません……」

【羽子】
「だけどどうしたんですか? 風邪か何かなんですか?」

【一条】
「ちょっと見当がつかないですね……」

ベッドに腰を下ろし、羽子さんの肩に回されていた腕をするりと抜く。

【羽子】
「看病ができるものならしてあげたいんですけど、私がいてはわずらわしいですよね」

【一条】
「ここまで送ってもらっただけで十分ですよ、今度何かお礼をしないと駄目ですね」

【羽子】
「お礼なんていらないですよ、私はもうたくさんのことを一条さんから頂きましたから。
今の私がこうしているのも全部一条さんのおかげなんですから、むしろ私が何かお礼をしないと足りないくらいです」

【一条】
「ははは……」

【羽子】
「ふふ……」

【2人】
「あはははは……」

こうして羽子さんと話していると少しは痛みのことを忘れられる、折角だからここでお礼と云ってわがままをきいてもらおうかな……

【一条】
「いきなりで悪いんですけど……もう少しだけ、話し相手になってもらえますか?」

【羽子】
「一条さんがよろしいのなら喜んで、いつもは私が一条さんに頼ってばっかりですから
そうやって少しでも頼っていただけると嬉しいです」

それから1時間くらい、俺と羽子さんは他愛の無い話をして時間を過ごしていた。
羽子さんが帰った後の静寂がとても寂しくなり、俺はベッドに大の字に寝転がって眼を閉じるだけだった……

……

あのまま夜が明けるまでずっと眠り続けていた、こんなに長い間眠っていたのは久しぶりだ。
ベッドから起き上がろうとするも、俺の身体に走る痛みは一向に良くなってはいなかった。

むしろ昨日の痛みとは比べられないくらいの激痛に変わってしまっている。

【一条】
「あぐ!」

上半身を起こすだけでも気が遠くなりそうな痛みが走りぬけ、もうこれが普通の病気ではないことを証明していた。
一体俺の身体の中で何が……?

【一条】
「病院に行くにもこれじゃあな……」

病院まで行ける自信は無い、絶対に家を出る前に痛みに挫けてしまうだろう。
勿論学校にだって行ける訳が無い、とりあえず電話くらいはしておいた方が良いか。

PrrrrrrrPrrrrrrr……

【志蔵】
「はい、小峰第三学園事務室です」

【一条】
「一条です、志蔵先生をお願いしたいんですが……」

【志蔵】
「生憎私よ、昨日は早退したみたいだけどまだ体調が戻らないのかしら?」

【一条】
「はい、なんだか酷くなったみたいで……」

【志蔵】
「了解、もうすぐテストなんだからゆっくりと休んで体調を万全に整えること。
あ、それから15日は創立記念日でお休みだから大事をとって明日も休んで良いからね。
連絡はしなくても良いわ、16日からのテストはベストの状態で出てきてね」

……

翌日の14日、痛みが少しでも引いていることを願っていたけど……

【一条】
「ぐうぅぅ……」

やっぱり引いてなんかいなかった、痛みは確実に少しずつではあるが力を上げ続けている。
このままだと後数日後には俺自身の体が崩壊しているかもしれない。

【一条】
「死ぬ、のかな……」

……死ねばこのどうしようもない痛みから解放される、だけどその先はぷっつりと途絶えることになる。

【一条】
「悲観的に考えるのは止めよう……」

病は気からって云うじゃないか、治るとまではいかなくても痛みが和らぐくらい考えてないといけないな。
それに死んだからって全て丸く収まるわけじゃないって、勇たちにも教えられたん。

今はただ、この痛みがいつかは引くと願ってベッドの上で時間を過ごすしかないんだ。

……

眼を覚ますと辺りはほとんど真っ暗、月が出ているのだろうか
僅かばかりの光が部屋の中に申し訳なさそうに差し込んでいた。

【一条】
「あづっ……」

痛みは引いていない、もはや痛みのせいで眠ることさえもままならなくなってしまっている。

【一条】
「くそっ……いっそのこと殺してくれ……」

朝にあったはずの気の持ち方はもはや通じない、痛みから解放してくれるのならばもうどうなってしまっても良い。
このまま死ぬまでこんな痛みが続くのなら一思いに殺してほしい。

誰かに頼んだところで誰もがきっと拒否するだろう、だったら俺自身の手で……

【一条】
「あ、ぐうぅぅ!」

できる訳無い、身体はおろか指の先でさえ動かせば激痛が走るというのに。

だけどそうやって駄目だ駄目だと思っていてもしょうがない、いけるところまでいってやろうじゃないか。
身体を破壊されてしまいそうな痛みを堪えながら身体に力を込める、が、上手くいくはずもない。

【一条】
「がっ! ぐうぅぅ……」

もそりと動かした身体がベッドからずり落ちる、床に落ちた痛みが全身を矢のように駆け抜けていく。
あまりの痛みに涙が出てきた、くそ、俺の身体はどうなっているんだ。

誰か、教えてくれ……

【一条】
「くそ、くそぉ!」

床に倒れたまま身動きもできず、悔し涙を流しながら嘆くことしか俺にはできなかった。
夜はまだ長い、俺に残された時間は夜が明けるまで続いてくれるのだろうか……?





〜 N E X T 〜

〜 B A C K 〜

〜 T O P 〜