【4月21日(月)】


【一条】
「……」

眠れない、もう布団に入って1時間以上が過ぎようというのに少しも眠くならない。
眠ろうと眼を閉じると、真っ暗な視界の先に羽子さんとのとても近い距離が甦る。

いつも見ている顔だけど、あそこまで近づいてしまうと話が変わってくる。
とても整った顔のつくりの中、驚いて黒目を大きくした瞳、僅に開いた口元、紅潮した頬。
それとふわりと漂ってきたとても良い花の香り……

【一条】
「うあぁ………」

駄目だ駄目だ駄目だ!
いい加減忘れてしまえ俺の記憶装置! これじゃあ寝れないじゃないか!

ということが1時間以上前から続いている。

羽子さんの部屋を慌てて飛び出したまま家まで全力疾走、帰りついた時は汗だくで肩でゼェゼェと息をしていた。
すぐにシャワーを浴びてそのまま部屋でテレビをつけたままぼうっとすごしていた。

夕食も簡単に済ませてさあ寝ようと布団にもぐったは良いけど、全く眠れる気配が無い。

どうして俺はそこまで羽子さんのことを意識してしまうのだろう?
あれは事故なんだぞ、俺が意図的にあんな恰好になったわけではないんだ。

………意図的に?

何かが頭のどこかでひっかかる、あれは偶然が起こした事故であり、そこに俺の意思は存在してなんかいないはずなんだ。
しかし、もしそれがそもそも間違いだとしたらどうなるのだろうか?

【一条】
「………!」

かかっていた布団をばっと剥ぎ取り、ベッドの上で上体を起こした俺は自分の手をジッと見つめてみた。
部屋が暗いためによく見えないが、この俺の手は他の人の手とは少しばかり違う……
俺の中には理屈や何かではとても表現できない『もう1人の俺』が存在しているんだ。

あれがもしも、俺が知らず知らずのうちに仕組んででき上がったものだとしたら。
俺であり俺ではない、もう1人の俺が今の俺を通して自分の欲望を満たすために行ったことだとしたら。

【一条】
「!」

頭の中に浮かんでしまった1つの可能性、とても全うな人の考えではない俺が作り出す1つの悲劇。
俺が見つめる視線の先、そこでは羽子さんが涙を流していた………

【一条】
「っ!」

考えを無理矢理払うように両腕で頭を抱え込む、俺は一体何を考えているんだ!
これが人の考えか? これが知人を見る俺の眼なのか? これが俺の本性なのか?!

ビクビクと肩が震え始め、背中に血の気の引くような嫌な寒気を覚える。
毛穴から溢れ出てきた汗がじくじくとシャツを濡らしていく、濡れたシャツが肌に張りついてなんとも気持ちが悪い。

こんな状態では眠ることもままならない、それ以前にこんな状態で眠れという方が少し厳しいかもしれない。
汗で濡れてしまったシャツを脱いで風呂場へと向かう、もう一度風呂にでも入って忘れてしまおう……

とても長い二度目の入浴、汗と共にさっきの嫌な考えも流れてしまえばどんなに楽なことだろうか。

【一条】
「はぁ………俺は何をしているんだ」

わかっていたはずじゃないか、人付き合いの辛さは痛いほどに。
人と親しくなれば親しくなるほど、失ってしまった時の反動は大きくなる。

再び記憶を失ってしまうにしても、もう1人の俺が相手に危害を加えてしまった場合でも、どちらにしてもできる傷はとても大きい物である。
前者であるのならまだ良い方だ、俺が自分自身の手で、例えそこに意思がなかったとしても後者で知人を傷つけることだけは絶対に避けなければならない。

そんなこと俺は前からわかっていたはずなのに、俺は甘えていたのかもしれない。
周りの人の優しさ、もう一度向こう側へ戻れるかもしれないというほんの僅かな希望……

俺が1人引けば全てが丸く収まる、傷つけることも無く記憶を失って苦しむことも無い。
それが最善の策なんだ、最善の策ではあるのだけど……

【一条】
「……」

…………俺にはできない、できないんだ。

俺の周りにいる人は皆優しすぎるんだ。
俺の変貌をまじかで見た廓や二階堂しかり、毎日のように何かしらで付き合ってもらっている羽子さんしかり。
美織にしたって音々にしたって同じこと、皆同じように優しすぎる。

再び過去を失ってしまった時を恐れて極力人間関係には踏み込まないつもりだったのに。
そう思う俺がいると同時にそれとは全く逆の、もう一度手にできるならもう一度手にしたいと願う俺もまたそこに同居している。

彼等とならもう一度手にできるのではないだろうか?
そんなことを考えてしまうと、俺には彼等と距離を置くことができなくなってしまうんだ……

【一条】
「くそ!」

行き場の無い俺の弱さを壁を叩くことによって紛らわそうとする。
じんじんと鈍い痛みが拳から伝わってくる、拳で叩かれるとこんなにも痛いんだ。

こんな痛み、絶対に彼等にあたえてしまってはいけない……

【一条】
「俺は一体、どうしたら良いって云うんだよ……」

痛みの引いた手を見つめながら、答えの出ない問に悩まされていた……

……

【一条】
「はぁ……」

まばらな雲がと藍い空を彩っている。
ぼうっと眺めていると、雲というのは結構早く動いているものだということがわかる。

今は体育の授業中、クラスメイトの男子は皆白と黒で色分けされたボールを必死で追いかけては取り合って蹴りあいをしている。
なんてことのないサッカーの授業なんだけど、その中に俺は混じっていない。
お腹痛いということで休ませてもらって1人サッカーを傍観する側へと回っている。

本当は腹なんて少しも痛くない、だけどああ云って休んでおけばとりあえず皆と距離をとることができる。
昨晩あれから1人でゆっくりと考えてみた結果、しばらくは距離をとった方が良いのではないだろうかということだった。
その考えに行き着いたのはもう外も完全に明るくなった朝7時のことだった。

それで今俺は授業に参加せずにこうやって眺める立場にいる。
ああいった人と人とが熱くなるようなことにはいるのはあまり良い判断ではないだろうからな。

【一条】
「はぁ……退屈だ」

まだ授業が終るまで20分もある、いい加減雲ばかり見るのも面白くないんだよな……

【某】
「一条! 前向けー!」

【一条】
「ふぇ?」

突然の廓の声に空を眺めていた視線を前方へと……

ボゴン!!

【一条】
「ふぎ!」

視界の中に黒と白の丸い玉がいっぱい、玉は顔面に痛みと砂の匂いを連れて突然やってきた。

【某】
「おぉ、顔面レシーブ!」

【一条】
「あたたたたた……」

顔面にもろに当たってしまった、激しい痛みに顔を抑えてしまう。

【某】
「すまんすまん、コントロール悪いからあらぬほう行ってもうたわ」

【一条】
「お前なぁ……」

【某】
「お、鼻血出てるで」

【一条】
「は? うわ、ほんとだ……」

軽く鼻の下に触れてみると確かに何か嫌な感触、この指につく赤いものは紛れも無く血だよな。

【某】
「しっかし授業も受け取らんのに怪我するとは、中々に不運やのう」

【一条】
「放っといてくれ、保健室行ってくる、先生戻ってきたら怪我したって云っておいてくれ」

【某】
「はいよ、しっかしセンセも驚くやろな、なんせ授業受け取らん奴が怪我するんやから、いや愉快愉快」

【一条】
「笑ってないで早くボール持って戻れよ」

【某】
「はいはい、この詫びに昼食なんか奢るさかいに楽しみにしててや」

その辺に転がっていたボールをゴールめがけて蹴る……おい、何故に狙った方と逆のゴールに曲がるんだお前の玉は。
摩訶不思議な廓のコントロール、あれを意識してやっているのならあいつサッカー選手にでもなれるんだろうな。

……

ちょっとだけ上を向いて保健室を目指す。
鼻血自体はもう止まっているのだけど、あそこにずっといるよりは保健室の方が退屈しなくてすむだろう。

それに保健室というものは大盛況になる場所ではない、あまり人のいないところを探していた俺としてはちょうど良い。
脳に心配があるから少し寝ていくという話しにでもなればしめたものなんだけど、そう都合よくはさすがにいかないよな。

【一条】
「失礼します」

いたとしても保健の先生くらいだろう、とたかを括っていたのだけど……

【羽子】
「あ……」

【一条】
「……」

そこには体育着をまとった羽子さんの姿があった、今の時間は女子も体育だから体育着なのは当たり前だよな。
だけど今はまだ授業中だ、どうして羽子さんまでここにいるんだ?

【羽子】
「えっと……こんにちわ」

【一条】
「……なんですかそれは?」

【羽子】
「いえ、突然だったものですからなんと云ったら良いか思いつかなくて。
それでどうしたんですか、まだ授業中なのにこんな所へ?」

【一条】
「飛んできたボールに顔をやられまして、鼻血出たので一応処置をしにと」

【羽子】
「そうなんですか、ちょっと待っていてください」

羽子さんは袋を1つ手に取り、その中に少量の水と冷蔵庫から取り出した氷を入れて軽く揺すった。

【羽子】
「どうぞ、鼻の上にしばらく置いておけば痛みも引いていくと思いますよ」

【一条】
「お手数かけます………あぁ、冷たくて気持ち良いですね」

鼻血自体はもう止まっているけど、まだ少しだけ鈍い痛みが鼻に残っていた。
そこにこの氷嚢の冷たさはなんとも心地が良い。

【一条】
「まさか見学しててこんな面に遭うとは思いもよりませんでしたよ」

【羽子】
「見学、ですか? どこかお体の具合でも悪いんですか?」

【一条】
「いや、そういうわけではないんですけど……」

あんまり他人とかかわらないようにしようとしたなんて云えないよな……
他人と関わらないようにここに来たのに、ここで羽子さんに会ってしまったら結局昨日夜遅くまで考えていたのが無になってしまった。

【一条】
「羽子さんこそどうしたんですか?」

【羽子】
「私はその……」

口元に指を当て、何か云い辛そうに言葉を選んでいるような感じ。
そんな羽子さんの左の手首、そこには包帯がくるくると巻かれていた。

【一条】
「腕、何かあったんですか?」

【羽子】
「あ、ええ………授業のバレーボールの最中にちょっと捻ってしまって」

【一条】
「大丈夫なんですか? 羽子さんの腕ほっそりしているからなんか心配ですけど」

【羽子】
「心配いりませんよ、本当に少し捻ってしまっただけですから……」

左腕をかばうように右手を被せ、困ったような笑みを見せた。

【羽子】
「そろそろ授業が終る時間ですね、私は次の授業から出席しますが一条さんは?」

【一条】
「そうですね……1時間だけここにいます、脳が揺れていたら大変ですから」

【羽子】
「一条さんの云うことにも一理ありますが、あんまりサボっちゃ駄目ですよ」

【一条】
「はは、手厳しいですね」

授業終了の鐘が鳴り響き、羽子さんが教室へと戻っていく。
1人残った俺は保健室のベッドへと身を移し、大の字にゴロンと寝転がった。

【一条】
「はぁ……」

白い天井が視界いっぱいに広がり、眼の端には窓から射す日の光がチクチクと刺激する。
白という色はとても純粋で混じりの無いゼロの状態、人は誰であれ皆白から時間が始まっていく。

何も知らない純な白から、過ごしてきた時間の中で得た色が少しずつ加わってその人固有の色へと変貌していく。
いまだに白が強い人もいれば、様々な経験を積んだ深く味ある色合いの人もいる。

そんな中で、今の俺は一体何色を得ているのだろうか?

透き通るような藍なのか、若若と萌える緑なのか、夕暮れのように眼に鮮やかな橙色なのか。
はたまたどこまでも暗く底の無い黒なのか、朱と蒼が入り混じる混沌とした紫か、人を惑わす血のように赤い真紅なのか。

一度俺は色を手に入れていた、しかしそれは記憶の欠落と共に全て失われ、1番最初の白の状態へと戻された。
そして再び俺が手に入れたのは前者のような明るい色ではなく、後者のように負に彩られた色をしていることだろう……

【一条】
「……」

ぼんやりと天井を眺めながら、いつしか俺の意識はまどろみの中へと沈んでしまっていた。

……

【一条】
「むうぅ……」

さてさて、これを一体どうしたものかな。
俺の手には体育授業の約束通り、廓に奢ってもらったパンがある。

しかしあいつが奢ってくれたパンというのが、なんともこう、不思議なパンである。
パンの間にご飯が挟まって、さらにその間に焼きうどんが挟まってる。
主食の中に主食を挟んで、さらにその主食の中に主食が挟まってる、どう考えたって炭水化物摂取しすぎで太るよな。

……いやまあ、食べるけどさ。

売り物になってるくらいだから不味くはないだろう、ただ、何でも食う廓が一度だってこれを食べているところを見ないとなると。
一抹の不安が無いわけではないのだけど、タダで手に入れたものを易々と手放せるほど俺は裕福な人間ではない。

とりあえず屋上でも行って1人寂しく食べるとしますか。

……

屋上に来た俺は誰もいないのを確認し、給水塔の上へと上った。

【一条】
「お……」

どうせここにも誰もいない、そう思って上ってきたんだけど……

【水鏡】
「……」

水鏡の姿があった、こんなところに上る人間はそういないであろうに、水鏡とはこれで2回目だな。
前会った時と同じように縁に腰を下ろし、どこか遠い眼差しを街の方へと向けていた。

【一条】
「よ……」

【水鏡】
「……先輩」

【一条】
「ここは立ち入り禁止だろ、こんなところ先生に見つかったら停学になるぞ」

【水鏡】
「今の先輩に注意する資格は無いと思います」

【一条】
「それはごもっとも、隣失礼させてもらうよ」

水鏡から何の反論も無いので、俺がいても別に気にしないのだろう。
縁を背にして地べたに座り、廓に奢ってもらったこの妙なパンをガサガサと開ける。

【一条】
「ふぅむ……」

こうして見るとこのパンはやっぱり何かが間違っている気がする。
これを考えた人の頭の中は一体何が壊れてしまっているのだろうか?

と、色々と詮索しても作ったのは俺じゃないからわかるわけも無い、俺にわかるのは旨いか旨くないかのどちらかだけだ。
見ていてもしょうがないのでまずは1口………

【一条】
「ふぐふぐ………んむぅ…」

なんだろうな、口の中でもさもさしたパンと米と麺が一緒になろうと……してはいるのだけど。
やっぱり1番肝心な所でこの3つが混じり合っていない、どれもこれもばらばらに主張してくるからなぁ。

結論から云うと、腹持ちを1番に考えて味は二の次になってしまったような感じだな。
しかも今の時間にこんな物食べたら満腹になって、午後の授業は眠気に武器も持たずに挑むようなものじゃないか……恐ろしい。

【水鏡】
「……」

俺がパンを食べている間も水鏡はずっと街の遠く、どこを見ているのかはわからないがずっと視線を外すことがなかった。
水鏡と同じ方へと俺も視線を向けるが、あるのは街と、先にあるのはあの川原かな?
そんなものだ、ずっと視線を外さないでいるような面白い物もあるわけじゃないのにな。

【一条】
「どこ見てるんだ?」

【水鏡】
「街の奥ですよ、ずっと、ずっと奥……」

【一条】
「奥って云うと、あの川原?」

【水鏡】
「はい、ですがそれよりもずっと先、ずっと先なんですよ……」

あの川原以上先は俺の視力ではよくわからない、というか普通の人であの先がわかる人はそういないだろう。
だとすると、水鏡が見ているのは川原そのものではなく、もっと別の何かということになるのだけど……

【水鏡】
「先輩、オカリナ吹かないんですか?」

【一条】
「へ? 別に吹いても良いけど、聴きたいの?」

コクンと小さく頷いた、断る理由も無かったのでポケットからオカリナを取り出して口へと添える。
流れてくるのはいつもお馴染みのあの曲、あの曲以外は吹けないので必然的にこれになる。
激しい曲ではないのでオカリナという楽器を表すのにとても適している曲ではないだろうか。

曲名はわからないけど、吹いているととても落ち着いてくる。
美織や音々、羽子さんも優しくて良い曲だと云ってくれた、実際俺もこの曲は結構気に入っている。

だけどこの横にいる少女、彼女だけはいつも感想が違っている……

【一条】
「ふぅ……」

【水鏡】
「……」

【一条】
「感想どうぞ、今日はどうだった?」

【水鏡】
「いつも同じことしか云えませんが、綺麗な音でしたよ」

【一条】
「……だけど、悲しんでるって云うの?」

言葉は無く、小さく1回頷くだけだった。

【一条】
「なあ、それってどういうことなんだ?」

【水鏡】
「そんなこと私に聞いてどうするんですか?」

【一条】
「そりゃそうだよな……」

【水鏡】
「私からああしろこうしろとは云えませんが、全ての鍵は先輩自身の中にあるんですよ」

【一条】
「俺の中に? それはつまり俺が悲しんでいると?」

【水鏡】
「ええ、そうですね」

はっきりと断言されてしまった、まだこの子と知りあって間も無いというのにどうしてそこまで云い切れるのだろうか?

【水鏡】
「感情というものはとても不思議なものです、どんなに上手く包み隠したとしてもどこかからその感情は漏れ出してしまっている。
仕事で知らず知らずのうちに出している人もいれば、人付き合いの中で出してしまう人もいる」

【一条】
「俺の場合は音から出てるってことか」

【水鏡】
「そうです、平静を装ってはいても、隠し事をしている人間というのはどこかに自分もわからない穴がありますから」

【一条】
「隠し事……か」

水鏡の説を基にして考えれば、俺の音が悲しんでいるという水鏡の発言も強ち間違ってはいないのかもしれない。
俺には人に云えないでいる隠し事が山ほどある、転校のことや記憶のこと、それからこの体のことだってそうだ。

【水鏡】
「何か思い当たる節があるようですね、結論はそういうことですよ」

【一条】
「なるほどね……」

俺が悲しんでいる理由、それは勿論俺が抱えている様々な問題のこと。
確かにどれもこれも悲しいことに分類される事柄だ、中でも記憶を失ったことが一番の痛手なんだろうな……

【水鏡】
「色々とおせっかいなことを云ってしまいましたね、私はこれで」

軽く頭を垂れ、水鏡は給水塔の上から姿を消した。

【一条】
「はぁ……」

誰もいなくなった給水塔の上で仰向けに寝転がる。
藍くて美しい空とは対照的な俺の中、薄暗い曇り空みたいな色をした様々な悩み。

こいつらが全部消えてしまうまで、俺は悲しみ続けなければいけないのだろうか……

【一条】
「……!」

何の意識もしていない、何の意識もしていないのに俺の眼から涙がツゥっと一滴流れ落ちた。
ははは、なんだ、やっぱり水鏡の云う通りじゃないか……

……

1日の授業全終了を告げる鐘の音がキンコンと鳴り響く。
皆一斉に帰り支度を始め、街に行こうとか何か食べに行こうとか云う声が聞こえてくる。

【一条】
「……」

そんなアフタームード一色の中で、俺は1人ずっと窓の外を眺めていた。
考えごとに集中するには忙しなく変わり続ける黒板を眺めるよりも、変化の少ない外を眺めている方がずっと楽だった。

考えることは勿論俺が悲しんでいる元を断つ方法。
どうにかして俺の悩みをとこうと思うのだけど、なんべん考えてみても1つだって解決することができない。

体のことなんて人に相談できるわけがない、相談したら怖がられて余計に傷が深くなるに決まっている。
記憶のことなんてさらに難しい、俺の失った記憶は他人は勿論のこと俺にだって打つ手が無いんだ。

【一条】
「はぁ……」

もう溜め息しか出てこない、こんな日は大概何もする気が起きずに無駄に時間を過ごすことが多い。
勿論今日もそう、すでに教室に人の姿は無く、ぽつーんと1人いる教室は驚くほどに広く感じられた。

【一条】
「屋上で暇でも潰すか……」

屋上で昼寝でもしよう、人混みを避けて時間を潰すにはあそこは一番適しているからな。
手早く教科書の類を鞄に詰め込み、それを持って屋上へと向かう。

……

屋上の無駄に重い鉄扉を開けると夕暮れ前の強めの光が眼を刺激した。

【一条】
「さて、どこで昼寝したもんか……な?」

東のベンチか西で大の字になるか、はたまた給水塔の上で寝るかと考えていたら、東側にすでに先客がいることに気がついた。
後姿だから確実とは云えないが、あの藍色のショートカットはたぶん羽子さんであろう。

だけど……

【一条】
「なんであんな恰好してるんだ?」

羽子さんは膝を突いて四つん這いの形になり、地面に手を滑らせるようにして何かを確かめていた。
小銭か何か落としたんだろうか? だけどそれだったら四つん這いになる必要なんて無いよな。
それにその、なんだ……この学校のスカートは他よりも少し短い、ともすれば下着でも見えそうな絶妙(?)な構図だな、あれは。

【一条】
「あの………何してるんですか?」

【羽子】
「ひゃぅ!!」

突然声をかけられて驚いたのか、羽子さんの体がビクリと震え、頼りなさげな視線が向けられた。

【羽子】
「え、えぇっとその声は……一条さん、ですか?」

口調が疑問系だ、俺の顔が普段とは違う顔に変わっているとでも云うのだろうか?

【一条】
「そうですけど、四つん這いなんかなって一体何してるんですか?」

【羽子】
「あ、動かないで!」

【一条】
「え、あ、はい!」

【羽子】
「あ、申し訳ありません……今ちょっと取り込み中なものですから」

【一条】
「取り込み中って、四つん這いになってまでする作業って一体なんなんですか?」

【羽子】
「その……コンタクトレンズを落としてしまって……」

コンタクトレンズ? あれって今ではそう簡単には落ちないようにできているのではなかっただろうか?
それ以前にだ、羽子さんって視力悪かったんだ。

【一条】
「羽子さんって視力悪かったんですか?」

【羽子】
「恥ずかしながら………実は一条さんの顔もぼやけてよくわからないんです」

そうか、だからさっき声をかけた時の口調が疑問系だったんだ。

【一条】
「だけどコンタクトって今は使い捨てが多いって聞きますよ、スペアとか持ってないんですか?」

【羽子】
「……私のはハードタイプなんです」

今時ハードとは珍しいな、最近は短い期間で使い捨てできるソフトタイプが多いらしい。
ハードタイプは眼に違和感があるからつけたがらないと入院中に雑誌で読んだっけ。

【一条】
「それだと俺が無闇に動くと拙いですね」

【羽子】
「申し訳ありません、すぐに見つけますから……」

焦点が合っていないせいか手の動きもどこかぎこちない、第一あんな小さな物を屋上の一角とは1人で見つけるのは少々困難だろう。

【一条】
「探すの手伝いますよ、どの辺りに落としたっていうのはあるんですか?」

【羽子】
「さっきそこでつまづいてしまった時になんですが、あ、そんな手伝っていただかなくても」

【一条】
「踏まないよう気をつけますから、早く見つけないと日が暮れますよ」

屈んでとりあえず自分の周りを探る、よし、俺の近辺には落ちていないみたいだ。
俺も膝をついて四つん這いになり、羽子さんが探す方とは逆の方へと手を進めていく。

【羽子】
「あの、本当に放っておいてかまわないんですが……」

【一条】
「最近羽子さんには世話になってばっかりですから、少しはお手伝いさせてください」

【羽子】
「は、はぁ……お手数かけます」

コンタクトが無いために少しだけ俺がいる位置とは見ている方向が違う。
だけどそんな仕草がなんとも可愛いらしい、いつも完璧主義な羽子さんってこういうところが他の人以上に可愛く見えてしまうな。

【羽子】
「うぅん……ううぅ……」

【一条】
「……」

2人で狭いけどコンタクトの大きさからしたら広いエリアを指を頼りに捜していく。
他の人が見たら2人揃って何してるんだと気味悪がられても仕方が無い恰好だろうな……

【一条】
「ううん……」

【羽子】
「そちらには無いですか?」

【一条】
「まだみつかってな……い!」

下を向いて指先にばかり集中していたから羽子さんとの位置関係を把握しきれていなかった。
羽子さんの声に顔を上げた俺の僅か10数センチ先、そこにあったのは羽子さんのお尻だった。

体を動かすたびに小さく揺れ、その度に短いスカートからちらちらと下着が姿を見せている。
大人びた印象を与える黒い下着、それはきりりとした羽子さんのイメージにはとてもよく合っていた。

……俺は何見とれながら考えているんだ!

【一条】
「うあ!」

【羽子】
「? どうかされましたか?」

首を捻って俺がいるであろう方向へと体を向けたのだろうけど、残念ながら俺はそっちじゃない。
方向転換させる際に足を開いたため、少ししかのぞいていなかった下着は遮りを失ってしまった。

【一条】
「うああぁ!!」

これ以上見てしまうわけにはいかない、慌てて膝と手を使って後ろへと下がっていく。
ずりずりと後ろに下がっていると、俺の手に地面の硬さとは違う別の硬さが触れる。

その近辺によく眼をこらして見ると、どうやらお目当てのものを見つけられたみたいだ。

【一条】
「あ、ありました、よ!!」

羽子さんの方を向いてしまった、当然また下着を見てしまう破目に……
これは事故だ、見ようとして見たんじゃない、そうだ、そう考えろ俺!

【羽子】
「え、本当ですか?」

羽子さんが立ち上がってくれたのでもう下着が見えることは無い。
ところが立ち上がった羽子さんは俺の位置がつかめず、オドオドと仕切りに辺りを見渡していた。

【一条】
「はい、これで良いんですよね?」

【羽子】
「ええと……あ、これです、ありがとうございます」

両手を広げた羽子さんの手の中にレンズを渡す、羽子さんは感触を確かめてからそれを落ちてしまわないように軽く息を吹きかける。
手の中にそれを置いたまま、ポケットからレンズケースを取り出してもう1つ同じ物を手の中に落とす。
きっと俺が来る前に先に見つけていたものだろう。

【羽子】
「うん……」

片方ずつレンズを目の中に納めて2、3回目をパチパチ。
ようやく見えるようになったのか視線はちゃんと俺の方を向いていた。

【羽子】
「どうもお手数かけてしまいました……」

【一条】
「いえいえ、だけど羽子さんがコンタクトだとは気付きませんでしたよ」

【羽子】
「別に隠すつもりじゃなかったのですが、云わなくても支障は無いかと思って」

【一条】
「眼鏡はかけないんですか? コンタクトの人って眼鏡も持ってる人多いですけど」

【羽子】
「一応持ってはいるんですけど……人様の前で見せるのはちょっと、似合わないので。
それに眼鏡をかけるとその、何故だか男子から視線が増えてしまって……」

最近では眼鏡をかけている人が好きな人が多いらしい。
確かに眼鏡をかけているというだけで他人に注目されるのはあんまり良い気分はしないよな。
だけど知的な羽子さんに眼鏡の取り合わせは悪くないと思うけどなぁ。

【羽子】
「今想像しましたか……」

【一条】
「へ、いやその……しましたね」

【羽子】
「むぅ……」

上目遣いで少しだけ怒ったような表情を見せる、よほど眼鏡と自分を結び付けて欲しくないのだろう。

【羽子】
「意地悪ですね、一条さんのエッチ」

【一条】
「はぇ! どうしてそうなるんですか」

【羽子】
「そうでも云わないと私の気が晴れないんです、一条さんには痛い弱点をさらしてしまいました……」

【一条】
「まあそんな気にせずに、もう良い時間ですから一緒に帰りませんか?」

【羽子】
「折角のお誘いで申し訳ないのですが、少し調べたいことがありますから今日はお付き合いできませんね」

【一条】
「あ、そうですか……それじゃあ邪魔しちゃうのも悪いんで、これで俺は失礼します」

きっとまた難しい外国語の本でも読むのだろう、本当はそんなことはしたくないというのにな……

【羽子】
「あの、今日はありがとうございました」

【一条】
「……俺の方こそ、ありがとうございました」

【羽子】
「?」

俺の感謝に羽子さんは何のことかと首を傾げる、何がですかと聞かれると困るのでさっさと屋上を後にする。
だって下着が見れたから、なんて云えるわけないじゃないかねぇ。

……

【羽子】
「……」

彼がいなくなって広い屋上には私1人が取り残された。

【羽子】
「はふぅ……」

一気に緊張の糸が切れたせいか、膝がかっくりと折れてその場に尻餅をついてしまった。
昨日の私の部屋の時と一緒、彼が先にいなくなって私が1人で熱くなっている。

昨日あんなことがあったせいで、どうしても彼のことを意識してしまう。
彼がいる間は平常を保っていつも通りのフリをしていたけど、実は心臓が早くなって音もちょっとだけ大きくなっていた。

この身体の異常、これはつまりああいうことなのだろうか?
今までこういった経験が無いからなんとも云えないけど、今までの私とは明らかに違う私がここにいる。

【羽子】
「私、どうしちゃったんだろう……」

調べたいことなんて本当は何も無い、彼と一緒にいたら私の中の何かが壊れそうだったから咄嗟に嘘をついた。
私にとって彼は今まで接したことの無いタイプ、普通の人は私に接しようとすることなんてほとんど無いのに、彼はどうしてあそこまで?

頭の中でめまぐるしく問と答えが回りだし、様々な映像が頭の中で想像されていく。

【羽子】
「はわ、はわわわ……」

ブンブンと頭を振るってできてくる想像を打ち消していく。
なんでこんなことを考えているの、私1人で熱くなって莫迦みたいじゃない。

心が慌てふためいて混乱状態にある、こんな時は花壇の花たちに水をやって気持ちを抑えないと。
明日まで引きずったらそのうちボロが出る、なるべく今日のうちにこのどうしようもない異常を上手く隠せるようにならないと。

【羽子】
「ん……っぁ!」

立ち上がろうと思って腕に力を入れると、刺すような鋭い痛みが腕から伝わってくる。
そこはちょうど包帯が巻かれた手首の辺り、あまりの痛さに涙が出そうになった。

【羽子】
「っ……何してるんだろう、私は」

包帯の巻かれた腕を上からやんわりと擦る、この痛みは私に対する警告なのかもしれない。

どこまでも嘘つきで表面だけを良く見せている私に対する、小さな罰……

……

羽子さんに断られてしまったので、今日は1人寂しく家まで帰ることになりそうだ。

【一条】
「……はぁ」

やっぱり無理だった、昨日あれほど悩んで人とは関わりを減らすって決めたのに、いざ顔を合わせれば距離を取ることができずにいる。
もしかすると俺は来るべき日に備えて偽りで関係を繕っているかもしれないというのに、それを自分で止めることがどうしてもできない。

やはり俺はまだまだ甘く、とても弱い人間だ。

【美織】
「おーい、なーにしょんぼりとしてるの?」

【一条】
「美織か……」

【美織】
「私で悪かったわね、どうせマコには羽子の方が嬉しいんだろうけどさ」

【一条】
「なんでいきなりそうなるんだよ」

【みなよ】
「あらあら、誠人君も結構隅におけないんだねー」

美織と一緒にいた少女、俺は彼女と一度だけ会っているな、結構前のことだから半分以上は記憶の彼方だけど。
あの胸に抱いた大きな紙袋、あれの印象が少女の印象全てと云っても良いだろう。

名前なんて云ったっけな、確か1つ上の先輩で……

【一条】
「ええと…………大宇宙先輩?」

【美織】
「おぉー! よく覚えてたね、マコのことだからだいうちゅーとか云うと思ったのに」

【みなよ】
「む、美織ちゃん、それは少し私に失礼だよ」

【一条】
「は、ははは……」

危なかったぁー、正直『おおぞら』なのか『だいうちゅう』なのか覚えてはいなかった。
だけどさすがに『だいうちゅう』は無いだろ、そこまでインパクト強ければきっと忘れないだろうしな。

【美織】
「で、こんな時間まで何してたの? 聞かなくても羽子に一緒にいたんだろうって見当はつくけどね」

語尾が少し荒く結ばれる、どうしてこいつはそこまで羽子さんに食って掛かるんだろう?

【一条】
「まあいたにはいたんだけど、色々あって」

【みなよ】
「ふぅん、放課後の学校は男女にとっては1番良いシチュエーションだもんねー、はも」

袋から月餅を1つ取り出して噛り付く、あんな小さな体にあの月餅が驚く量入るから不思議だよな。

【美織】
「普通一緒に帰ろうぐらい云うような気もするけど、相手が羽子で当人がマコじゃあねぇ、そんな展開なるわけも無いか」

【一条】
「まぁそうだわな」

【美織】
「ということは今マコは1人寂しくとぼとぼと家路につこうとしてたわけだ。
ちょうど私たちも帰ろうと思ってたところなんだけど、美人で優しいお姉さん2人が一緒に帰ってあげようか?」

【みなよ】
「かえろーよー、はも」

取り出した月餅は2つめ、相変わらずハイペースでなくなっていくな……

【一条】
「折角の誘いだけど俺は1人で」

【美織】
「まあまあ遠慮するな若人君よ、女の子から誘ってきたのに無碍に断るような男じゃ永遠にもてないぞ」

わしっと襟首をつかまれて取り押さえられてしまった。

【一条】
「猫じゃないんだから掴むなよ」

【美織】
「それじゃあ大人しく一緒に帰りなさい、女の子から誘っておいて断られたんじゃプライドずたずたになるでしょ」

【みなよ】
「美織ちゃん、ガラスのハートなんだ」

【美織】
「び、微妙に古い表現するんだね、先輩って……」

どうやら逃げられそうにはない、走って逃げることもできるだろうけど明日が怖いので大人しく従っておくのが吉かな。

……

【美織】
「そういえばマコ、体育の授業サボったのに怪我したんだって?」

【一条】
「ぐ、どうしてそれを……廓の奴か」

こんなネタになりそうな話を流す奴は俺の周りにはあいつしかいないよな。

【美織】
「しっかしニブチンだね、普通ボールが飛んで来れば避けられるような気もするけど、先輩でもそう思うでしょ?」

【みなよ】
「そういうことってよくあるよね、私も授業で怪我するのしょっちゅうだよ」

【美織】
「せ、先輩もなんだ……なんだろう、なんだか凄い納得できちゃうのは何故?」

【みなよ】
「美織ちゃんはそういうこと無いの?」

【美織】
「無いです、今の今まで一度たりとも」

【みなよ】
「美織ちゃん運動神経良いもんねー、はもはも」

うぅーん、美織の運動神経云々よりもたぶん先輩の運動神経の方が特殊なんだろうな……

【一条】
「そういえば保健室行ったら羽子さんがいたな」

【美織】
「ふむ、そりゃまあいるだろうね」

【一条】
「授業中に手首捻ったんだっけ? 結構痛そうにしてたな」

【美織】
「は、何云ってんの? 羽子って手首捻ったりなんてしたの?」

【一条】
「保健室で会った時授業で捻ったって云ってたけど、違うのか?」

【美織】
「私はそんなところ見てないなぁ、第一羽子が保健室に行った理由って貧血で倒れたからでしょ?」

【一条】
「……え?」

羽子さんが貧血だって? どういうことなんだ?
保健室で会った時はそんなこと一言も云ってなかったぞ、それにちゃんと腕には包帯を巻いた後も合ったわけだし。

【美織】
「それじゃあ倒れた時に捻ったのかもね、バレーの試合中にいきなりぐらってなって倒れたから、あれはさすがに私も驚いたわ」

【一条】
「ちょい待ち、羽子さんって本当に貧血で倒れたのか?」

【美織】
「私が嘘ついてどうなるのさ、だけど倒れてからほんの数分で眼も覚めたから特に問題無いだろうって。
一応授業はそれで休むことになって保健室へ行ったと、私にはそう見えたけどなぁ」

美織が云っていることが本当だとすれば、何故羽子さんはそのことを隠したのだろう?
貧血というのはそこまで隠さないといけないことだろうか?

【美織】
「マコ、エッチなこと考えてるようだったら私の手が出るよ」

【一条】
「なんで俺が脈絡も無くそんなことを」

【みなよ】
「ふふふー、誠人君だって女の子には女の子の日があることは知ってるでしょー」

もう何個目だかわからない月餅を食べ終えてまた袋をガサガサ、一体あの袋には何個月餅が入れられているのだろう?
だけど女の子の日って云うと、あれのことか………それなら俺に貧血を隠す理由もわからなくはないが。

それで納得してしまって良いことにはあまり思えないんだけど、とりあえずはそれで納得しておくしかないか。

【一条】
「そういうこと、なんですかね?」

【美織】
「さあね、知りたかったら羽子に直接聞いてみれば?
きっと羽子のことだから顔真っ赤にして涙目ぐらいにはなるかもね、マコってケダモノだなぁ」

だからさ、なんで反論の余地も与えてもらえずに自己完結するんだよ……

……

【美織】
「そんじゃねー」

【みなよ】
「ばいばーい」

2人揃って大きく手を振ってきたので、俺も恥ずかしくない程度に小さく振り返す。
あの歳になってあんなにブンブン手を振って恥ずかしくないのだろうかあの2人は?

【一条】
「……」

結局今日1日、人との接触を避けることはできなかった。
いつの日か俺の制御が完全にあいつに奪われてしまったら、俺は一体どうなってしまうのだろうか?

感触はもう1人の俺を伝って俺にも伝わってくる、美織を、音々を、大宇宙先輩を、廓を、二階堂を。
それから昨日一瞬だけ見えてしまった羽子さんの映像、彼等に手をかけるのは紛れも無い俺自身の手なんだ。

この手が、俺と接してくれている人たちを……

【一条】
「……止めろ、悲観的に考えたって意味なんて無いんだ」

思考回路に無理矢理云い聞かせて考えを遮断する、悲観的に考えれば考えるほどにドツボなんだ。

【一条】
「はぁ……」

深く、息を全部吐き出してしまうように深く溜め息をついた俺の背を、夕暮れ空は赤々と染め上げていた。





〜 N E X T 〜

〜 B A C K 〜

〜 T O P 〜