【4月17日(木)】


頭の中がぼやっとする、考え事を抱えたまま眠ると決まってこうである。
考えていたのは当然、昨日の羽子さんの態度。
いつも乱れなくきっちりとしている羽子さんにしては珍しく、惚けている間が多かった。

【一条】
「なんか悩みでもあんのかな……?」

ここで俺がどれだけ考えても羽子さんの悩みなんかわかるわけもない。
もし今日も惚けているようならサラッと聞いてみればいいか……

【一条】
「ふあぁぁ……って時間無い!」

時計が示すのは8時10分……走ってギリギリかどうかだな。

……

【一条】
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」

【美織】
「なんか随分とバテてるわね、寝坊でもしたの?」

【一条】
「したの……」

【美織】
「毎日毎日夜更かしなんかするからそうなるのよ、夜中にエロい番組でも見てるの?」

【一条】
「見てない……」

【美織】
「まあそうだろうね」

ケラケラと小さく笑っている、こいつ俺の反応がわかって質問してやがるな……
ゆっくりと息を整え羽子さんの机に眼を向ける。

【一条】
「あれ……いない?」

いつも10分前にはきっちりと埋まっている廊下側の最前列。
今日はそこがぽっかりと空いている。

【美織】
「いない? どこ見てんの?」

【一条】
「いやなに、いつもいる羽子さんが今日はいないなって」

【美織】
「……」

俺の言葉に美織の眼がちょっと睨んでいる感じになる。

【一条】
「な、なにかな……?」

【美織】
「別にぃ、最近マコって羽子と一緒にいること多いよね」

【一条】
「そんなこともないんじゃない?」

【美織】
「昨日の朝も一緒にいたし、お昼も一緒、さらには保健室で2人っきりだったんでしょ?」

う、なんか全部ばれてる、一体どこからそんな情報を持ってくるんだ?

【美織】
「保健室でも一緒だったってことは、もしかしてもうできちゃってたりしてね?」

【一条】
「ばっ!!」

【美織】
「その焦りよう、案外真っ黒かもね」

飛び掛って一発ぐらい平手を打ってやりたい、しかしここで狂乱してしまったら美織の思うつぼだ。
震える平手を必死で押さえ、美織の挑発をやり過ごす。

【美織】
「ほらほら飛び掛って訂正したらどう? このままだと疑惑は真実になっちゃうよ」

【一条】
「云ってろ……」

【美織】
「あら、拗ねちゃったー」

俺の素っ気無い反応に飽きてしまったのか、それ以上美織が突っかかってくることはなかった。
静かになったので、ぼんやりと羽子さんの席を眺めていた。

ぽっかりと家主の空いた席が酷く寂しそうに見える。

【一条】
「体調でも崩したのかな……?」

呟いてみて昨日のことが思い出された。
俺の話にも何か上の空で、時折惚けたように見えたのは体調が優れなかったからではないのだろうか?
そう考えると合点がいく、今ここにいないのも風邪かなんかで熱が出たから家で休んでいるのかもしれないな。

キンコーンとホームルームを告げる鐘が鳴り、志蔵先生が教室に入ってくる。

【志蔵】
「お早うございます、今日は連絡事項もたくさんありますから急いで始めましょうか
それじゃあ羽子さん、号令を……ってあら、羽子さんはお休み?」

先生は羽子さんがいないことに対して疑問符を浮かべている。
ということは、先生にも今羽子さんがここにいない理由がわからないということだ。

無断欠席? まさかな、あの羽子さんが無断欠席をするとは思えない。
だとすると一体……

あれこれと思案をめぐらせていると、前の扉がガラガラと開いた。

【羽子】
「はぁ、はぁ……すいません、遅れてしまって……」

制服を少し乱し、息を荒くした羽子さんが頭を下げて教室に入ってくる。

【志蔵】
「羽子さんが遅刻なんて珍しいですね、まあそれは置いておいて
朝の号令をお願いします」

【羽子】
「はい……はぁ、はぁ……起立、礼」

ゆっくりと息を整えた羽子さんが号令をかける、そこにはいつもの羽子さんの姿があった。
志蔵先生が珍しいと云うのだから、羽子さんが遅刻することは珍しいんだろう。
確かに羽子さんの性格上、10分前行動は当たり前のように感じられる。
その羽子さんが遅刻ということは、きっとよほどのことがあったのだろう。

【志蔵】
「ということなので、保健委員の人は忘れずに集まってくださいね
それじゃ、今日の授業もがんばってくださいねー」

【美織】
「ほら、あんた憧れのお姫様はちゃんと来たみたいよ」

先生が出て行くと、それを待っていたかのように美織が声をかける。

【一条】
「俺は一言もあこがれているとか云ってないが?」

【美織】
「でも気にかけてたでしょ?」

【一条】
「そりゃねえ……」

【美織】
「ふーん、マコってば趣味わっるーい」

なんでおまえにそんなことを云われにゃならんのだ……
それも趣味悪いって、羽子さんは綺麗な人だと思うけどなぁ……

……

授業中も何気無く羽子さんの姿を見ていた。
先生が喋っている間も羽子さんの手は忙しなく動き、止まっている時間のほうが少ないだろうと思われる。
あれだけきっちりとしている人だけに、朝の遅刻がどうも腑に落ちない。
寝坊をする人には見えないし、サボろうと思っていたとも考え辛い。

【一条】
「だとしたらなんでまた……」

うっかりと口を滑らせてしまい、慌てて辺りをうかがう。
生憎誰かに聞かれたわけでもなく、授業は何の問題もなく進んでいた。

授業終了のチャイムが鳴り、担当教員はいそいそと教室を出て行く。
教師が出てコンマ数秒後、購買へと走る生徒がバタバタと教室から消えた。

【一条】
「あまり腹もすいてないし、屋上でも行くか……」

……

重い鉄扉を開けると、藍い空の色が広がる。
どうせ人も来ないんだからベンチを独り占めして昼寝でも決め込もうかとやって来たんだが……

【一条】
「先客? しかもあれは……」

空の色と同じような色をしたショートヘアー、見間違いかと思って近づいてみると……

【一条】
「羽子さん……だよな?」

【羽子】
「え?……あ、一条さん」

読書をしていたであろう羽子さんは、俺が声をかけるまでこちらに気付くことはなかった。

【一条】
「こんな所で読書ですか、昼ごはんは食べないんですか?」

【羽子】
「あまりお腹も空いていませんから、ですがそれは一条さんにも云えることなのではないですか?」

【一条】
「それは確かにそうですね、隣失礼して良いですか?」

【羽子】
「ええ、どうぞ」

羽子さんが少しだけ横にずれてくれたので、俺はその間に腰を下ろす。

【一条】
「一体どんな本を読んでるんですか?」

【羽子】
「海外ではありきたりな恋愛小説ですよ
王宮暮らしのお姫様と平民の男性の2人が身分を乗り越えて結ばれる、最近では日本でもそういったものがありますね」

【一条】
「海外のものってことは……」

【羽子】
「勿論翻訳はされていない原文のままですよ」

やっぱりそうか、勤勉家の羽子さんらしいといえばらしいけど、外国語ばかり見ていて疲れないんだろうか?

【羽子】
「『いかにも私らしい』とかお考えになってますね?」

【一条】
「……当たりです」

【羽子】
「ふふ、一条さんは正直ですね」

【一条】
「ははは、羽子さんにかないませんね……」

会話が1つの区切りをむかえる、俺は気になっていたことを訊ねてみた。

【一条】
「そういえば、羽子さん今日の朝はどうしちゃったんですか?」

【羽子】
「あぁ、その話ですか……気になりますか?」

【一条】
「ならないと云ったら嘘になりますね、もしかして寝坊ですか?」

【羽子】
「いえ、学校には8時にはもう到着していました」

【一条】
「だったらなんでまた?」

【羽子】
「花壇の方にいたものですから、雑草を取って水をやって、気が付いたころにはチャイムが鳴ってしまっていて」

なるほどな、だからちょっと着衣が乱れてたわけだ。

【一条】
「花壇の前で時間を忘れて、ですか……」

【羽子】
「今度は似合わないとかお考え何じゃないですか?」

【一条】
「いいえ、そのま逆ですよ、それもなんだか羽子さんらしいなってそう思ってましたよ。
確か、花の命は短くて、でしたっけ?」

【羽子】
「一条さん、どうしてそれを?」

【一条】
「昨日花壇で花に向かって喋ってたじゃないですか」

【羽子】
「なっ!」

羽子さんの顔がみるみる赤くなっていく。

【一条】
「羽子さんってば詩人なんですね?」

【羽子】
「そ、そのことは云わないでください……」

【一条】
「花に向かって語りかけるなんて、なんか可愛らしいですね」

【羽子】
「一条さん!」

顔を赤らめたまま、羽子さんは急に語尾を荒げた。

【羽子】
「そういったことはあまり口外なさらないほうがよろしいかと、誤解されてしまうかもしれませんから……」

【一条】
「誤解って何をですか?」

【羽子】
「ですから、その……」

羽子さんにしてはどうも歯切れが悪い、俺何かまずいことでも云ったかな?
言葉を選んでいるようでその先の言葉が続かない。

突如訪れる静寂、しかしその静寂もあっという間に終焉を迎えた。

【美織】
「おーい、マコー」

莫迦みたいに威勢のいい声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には美織がぴょんと姿を現した。

【美織】
「あ、なんだ、羽子も一緒なの」

【羽子】
「宮間さんですか」

美織の声はトーンダウンし、羽子さんの顔も相手に敵意を向けるような表情に変わっていた。

【羽子】
「あまり大きな声を出して人を呼ぶのは感心しませんね、本人には意味がある呼びかけでも
他の人にとっては騒音以外の何物でもないんですよ」

【美織】
「はいはいあたしが悪かったですよ、さすがクラス委員長様の云うことは違うわね」

【羽子】
「棘がある云い方をしますね」

【美織】
「別にぃ、だけどクラス委員長っていうのも良い身分よね。
他の生徒と違って重役出勤で良いんだから、あたしのような平生徒には到底できないことだわ」

【羽子】
「……くぅ」

小さく唸るような声を上げるものの、声を荒げるようなことはしない。
ここで美織の挑発に乗ってしまったら自分の負けであるとわかっているのだろう。

【一条】
「2人とも落ち着けって、美織もへたに煽らない」

【美織】
「なによ、喧嘩をふっかけたのはそっちの方だよ。
それともなに、やっぱりマコは羽子の味方なんだ」

【一条】
「誰がそんなこと云った、喧嘩の理由もはっきりしないような状態でどっちの味方もないだろ」

【美織】
「ぐ……」

荒れていた美織が押し黙る、そもそも今の口喧嘩には理由になりうるアクションが何もない。
突発的に始まって、美織が羽子さんに食って掛る展開になっている。

ということは、ほぼ美織の方が悪いということになる。
それを云うとまた喧嘩の矛先が俺にも向きかねないので黙っておくが……

【一条】
「とりあえず2人ともここは押さえて」

【美織】
「……ふん!」

ぷいと顔を背け、プンスカ怒ったまま屋上から美織は消えた。

【一条】
「相変わらず2人とも喧嘩好きですね……」

やや呆れた感じで訊ねてみた。

【羽子】
「お騒がせしてすいません……」

【一条】
「喧嘩する理由も見つからないのによく喧嘩まで発展しますね」

【羽子】
「あの方は、私がいる限り未来永劫対立をするつもりだと思いますよ」

【一条】
「羽子さんから歩み寄ったりはないんですか?」

【羽子】
「私の言葉をあの方が真面目に聞くとは思えないですね」

きっとそうでしょうね、あいつ結構強情だからな……

【羽子】
「チャイム鳴りましたね、教室に戻りましょうか」

教室に戻った後、案の定俺は美織に睨まれましたとさ……

……

午後の授業も全て終了し、いつものように俺は屋上でオカリナの演奏を。
そこで遭遇した水鏡からの一言。

【水鏡】
「綺麗な音、だけど、悲しんでる……」

前にもこの台詞を残され、水鏡には去られてしまった。

水鏡がいなくなってもう30分あまりが経つ。
することもないのだからさっさと帰ってしまえばいいのだが、どうも帰る気分にならなかった。
手すりにもたれかかったまま、ぼけっと空を眺めていた。

【一条】
「あれは……」

空から視線を中庭に落とすと、中庭を忙しなく動く女生徒姿が眼に入った。

【一条】
「行ってみますか……」

……

【羽子】
「あ、一条さん」

中庭に出ると、羽子さんはすぐに俺の来訪に気が付いた。

【一条】
「や、放課後も花壇の手入れですか」

【羽子】
「ええ、朝の時間でできなかたところも少々ありましたので、後はお水を与えに」

手にした如雨露からシャワーのように水が浴びせられる。
水を被った花が陽の光を浴びてキラキラと輝いている、結構綺麗なもんだ。

【一条】
「羽子さんはまだ残るんですか?」

【羽子】
「いえ、もうほとんど終っていますからお水をあげたら帰るつもりですが」

【一条】
「だったら一緒に帰りませんか、勿論羽子さんが良ければですけど」

【羽子】
「私と一緒にですか? 私のような固い女と一緒に帰っても楽しくないですよ?」

【一条】
「……」

前から思ってたんだけど、羽子さんって本当に固いんだろうか?
確かに勤勉かであり完璧主義者のようなところはある、しかしそんな少女が花を見ながら微笑んだりするものなのだろうか?

【一条】
「羽子さんって……」

【羽子】
「私が何か?」

【一条】
「……いや、やっぱりいいです、それよりも一緒に帰る誘い、お返事はいかがですか?」

【羽子】
「そうですね、一条さんがよろしいのであれば私もご一緒させていただきます」

手早く残りの水を撒き、如雨露を片付けてスカートについた埃をパンパンと叩いて払い落とす。

【羽子】
「お待たせしました」

【一条】
「そんじゃ帰りますか」

……

羽子さんと2人、薄っすらと紅みを帯びた帰宅路を進む。
2人の間に交わされることばはほとんどない、しかしこの状況を心苦しく思わない。
元々喋ることがあまり好きではない俺と、無駄話をするようには見えない羽子さんだ。

こんな状況は予測済みである。

【羽子】
「……ふふ」

【一条】
「どうかしましたか?」

【羽子】
「いえ、特に何かというわけではないんですけど、一条さんって変わった人だなって」

【一条】
「はは……それは捉え方によっては結構傷付きますね」

変わった人、最初と最後をとったら文字通り『変人』になるわけですが……
俺はそんなに変人なんだろうか?

【羽子】
「どのように捉えになったかはわかりませんが、文字通りの捉え方ではないのでご安心ください
私にとって、一条さんのような方と接したことがなかったものですから」

【一条】
「俺ってそんなに普通とは違いますか……?」

【羽子】
「そうですね、今までの方とは何もかもが違いますね……」

不意に羽子さんは悲しげな表情を見せる、しかしそれも一瞬のこと。
次の瞬間には厳格でキリッとしたいつもの笑みを見せた。

【羽子】
「あ、鴉……」

見上げた空には1羽の鴉が飛んでいた、鴉といえば先日の異常な光景が思い出される。

【一条】
「まさか今日も同じなんてことはないよな……」

すでに視界の中には4羽の鴉が映っているが、きっと何かの間違いだろう……

……

【一条】
「あああああ……」

嘘だと云ってくれ、夢だと云ってくれ、幻だと云ってくれ……
1羽の鴉を中心にどんどんと膨れ上がり、真っ黒い塊が空に存在している。
あの悪夢再び……

【羽子】
「凄い数、なんだか怖いですね……」

【一条】
「あのままどこかに行ってくれればいいんですけど……」

先日はあれが急降下し、俺の数メートル先の路地に皆着地していたっけ。

あ、1羽が降下を始め…………また全部くっついてきてる!
しかもまたしても俺の近辺に着陸するつもりか!

【羽子】
「きゃ!」

一斉に向かってくる黒い塊に羽子さんが小さな悲鳴を上げる。
悲鳴の後に腕に訪れる違和感、視線を向けると……

【一条】
「あ……」

羽子さんが俺の腕にしがみついていた。
眼を閉じて、両方の腕で俺の片腕に強くしがみついていた。

しかも密着しているせいか、羽子さんの胸が腕に押し付けられる。
ムニィっとした柔らかい感触と、はんなりした温もりが腕に伝わる。

降下を始めた鴉の群れは先日と同じく、数メートル先の路地に降り立った。
空から黒い塊の存在は消えた、しかしあの路地の先には……考えるだけで寒気がする。

【一条】
「羽子さん……」

小さく震える羽子さんに呼びかけると、一瞬ビクッと肩が振るえ、恐る恐るといった感じで瞳が開かれる。

【羽子】
「か、鴉は……?」

【一条】
「皆ちょっと先に降りましたから大丈夫です」

【羽子】
「そうなんですか、良かった……」

ホッと安堵の声を漏らす、しかし羽子さんは今自分がどういった状況にいるのかは気付いていないようだ。

【一条】
「あの、羽子さん……えっと、その……」

【羽子】
「どうかなさいましたか?」

【一条】
「その……腕が?」

【羽子】
「う……で? …………あっ!」

ようやく自分が何をしているのか気付いた羽子さんは慌てて腕を離した。

【羽子】
「ご、ごめんなさい、私ったら……」

『すいません』が『ごめんなさい』になっている、それだけで羽子さんが慌てふためいていることがわかる。

【一条】
「やっぱりちょっと怖かったですか?」

【羽子】
「……はい、恥ずかしながら」

少し顔を赤らめ、下を向いてしまう。
もしかしたら俺も顔が赤くなっているかもしれない。
押し付けられていた胸の感触とぬくもりはまだ薄っすらと残っている……

【一条】
「鴉もいなくなったことですから帰りますか……とはいってもちょっと道を変えたほうが良いですね」

数メートル先の路地からは鴉のガァガァ鳴く声が聞こえる。
前を通って一斉に飛び掛ってくるともわからないしな……

【羽子】
「でしたら少し遠回りにはなりますが、こっちの道にしましょう」

そうですね、と云おうとしたら路地から一斉に鴉が飛び立った。
咄嗟に俺は羽子さんの視界を手で覆った、あんな大量の鴉を見てパニックになったら困る。

【羽子】
「あ……」

【一条】
「……もう良いですね」

【羽子】
「……ふふ」

【一条】
「どうしました?」

【羽子】
「いえ、一条さんって優しいんですね」

【一条】
「どうなんでしょうね」

2人で小さく笑った後、通常の道を進むことにした。
ここであのヤクザ風の男でも出てくれば全てが同じだな。

【男性】
「……」

【一条】
「……」

出たよ……あの焦げ茶色のロングコートと眼深に被られた帽子、間違える要素が無い。
前回のことがあったのでぶつかることはなかったが、男はまたしてもあの鴉がいた路地から現れた。
またしても餌付けをしていたのだろうか?

【羽子】
「……一条さん?」

【一条】
「あぁ、すいません、行きますか」

……

【羽子】
「それじゃあ私はここで」

【一条】
「また明日ですね、さようなら」

【羽子】
「ごきげんよう」

羽子さんと別れて1人帰路につく。

【一条】
「今日の羽子さん、なんだか可愛らしかったな」

いつも堂々としていて、慌てることが少なそうな羽子さんだったけど。
あの鴉を見た時の慌てようはちょっと驚いた、自分が腕にしがみついていることにさえ気付いていなかったし。

【一条】
「それに……結構胸おっきいんだな」

制服越しでもその大きさと柔らかさは伝わってきた、羽子さんは着痩せするタイプなんだな……

【一条】
「俺は何を考えてるんだ……」

頭をブンブン振るって思考をかき散らす。
なんとなく見上げた空にはもう1羽の鴉も見えず、紅を帯びた夕暮れの空が広がっていた。





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