【1】
【男】
「簡単なテストをまずはしよう、眼の前に林檎と梨があったとする。
君はこの二つに触れることはおろか、見ることも無くどちらがどちらかを云い当てられるかね?」
【男2】
「……」
首をふるふると振るって否定の意思表示。
【男】
「そうだ、それが普通だ。
では君はどちらがどちらであるか、予想を立てることはできるかね?」
【男2】
「……」
もう一度ふるふると首を振るって同じ意思表示。
【男】
「何故、出来ないのかね?」
【男2】
「……情報が、少なすぎますから。
まずその二つがどういった状態で存在しているのか、それがわからない以上は予想を立てることは出来ません」
【男】
「なるほどな……」
男はカリカリと用紙に何かを書き記した。
【男】
「後日、詳しい通知が届きますから。
それにしたがって行動してください、お疲れ様でした」
男が部屋を出て行った。
一人残された男はどうして良いかもわからず、ただじっとその場に留まるだけだった。
……
ジリリリリリリリ、リン!!
ガツッ!
【宗志】
「ふぁ、あぁー……」
頭をがりがりと掻き毟り、眼をパチパチと瞬かせる。
止めた目覚まし時計の時間を確認すると、まだ8時になったばっかりだった。
一寸起きるのが早かったかもしれない。
【宗志】
「はぁ……」
このまま二度寝を行っても良かったのだが、窓のから覗く天気の良さに寝ているのが躊躇われてしまった。
両目を擦り、眼鏡をかけて盛大に窓を開けた。
【宗志】
「……はぁ、休みの月曜日に腹立たしいくらいに良い天気になっちゃってまぁ」
もう一度今度は逆の手で頭を掻き、一番手前にあった服に着替えて部屋を出た。
9月7日(月) 〜First spiral〜
【宗志】
「うぅーん、あぁー……」
両手をグーッと伸ばし、途中で肘を折って左右にぐりぐり。
元から何一つ予定を立てていなかった休みのため、これといってすることなどあるわけない。
そんなときは一人でゆっくり町を散歩するのが一番良い。
町って云うほどの大きさじゃないか、村って云っちゃっても良いくらいか。
いやいや、村っていうよりも相応しい表現は……やっぱり、「島」かな。
【宗志】
「のどかだねぇ……」
進行方向右手には綺麗な海、左手にはこれまた綺麗な山の木々。
現代社会の中で、あまり手の加えられていないこの島は憧れの対象でもあるのだろう。
もっとも、ここがどういう島なのかを知らないからこその考えではあるが、だ……
【宗志】
「しかしまぁ、何でこんなとこに来ちゃってるんだろうなぁ……」
この島に移ってから、三日に一回は必ずこの言葉を口にしている。
島に移って三ヶ月、そんなにも経とうというのにいまだに現状には慣れておらず
また慣れようとも思わない。
こんな島、一刻も早く出て行きたい。
それが僕の本音だ。
【宗志】
「……はぁ」
ため息は吐いても吐いても終わることが無い。
昔からため息の数だけ幸せがどうのこうのって云ってたけど
それが本当ならもう僕に幸せなんてひとかけらも残っていないかもしれないな。
【宗志】
「……んぁ?」
視線を目の高さに戻すと、視界の中で右に左にと揺れる自転車が眼に留まる。
あ、相変わらずだなぁ……
あの運転から考えて、間違いなく居眠り運転だろう。
それなのに器用に足はちゃんとペダルを漕いでいるから不思議。
【宗志】
「というか……」
ここ下り坂なんですけどぉ……
【宗志】
「のあぁあ!!」
ちょ、ちょっと待て! こ、こっち来てるって!
どう見ても前を見て運転しちゃいない、なのにどうして狙ったようにこっちに来るんだい!?
慌ててジグザグに走って逃げると…………お、追って来てる!
【宗志】
「何故に!?」
右に曲がれば右に、左に曲がれば左に自転車が追ってくる。
なにあれ、追尾機能ってやつか?
【宗志】
「アホなこと考えてる場合じゃない! わわわわ!!!」
どう逃げても何故だか追ってくる自転車からは逃げ切れないみたい。
なので、ここは最後の手段を!
【宗志】
「起きろゴーストライダー!!」」
ガキン!
ガッシャン!!
【男】
「ふお!」
前輪を横から思いっきり蹴ってやった、二輪車は真横からの衝撃には非常に弱いからな。
当然バランスの崩れた自転車は激しく横転することに、勿論乗っていた人も同じように横転した。
【男】
「あたたたたた……な、何事だ!?」
【宗志】
「毎度毎度、傷が絶えませんね」
【男】
「神保君、君が私を蹴り飛ばしたのかね?
もしそうだとしたら公務執行妨害でしょっ引くよ」
【宗志】
「危険運転でしょっ引かれるのは巽さんの方だと思うんですけど……」
【巽】
「危険運転? 私がかい? はっはっは、ご冗談を」
【宗志】
「いえ、完全に寝てましたよ」
【巽】
「はっはっは、神保君は面白いことを云うねえ。
この私が居眠り運転? そんなことするわけ無いでしょう?」
巽さんはにっこり笑って僕の眼の前に銃口を……
ひいいぃぃぃぃ!!!
【巽】
「私がそんなことするわけないじゃないか、これでも正義のお巡りさんだよ。
職務中は常に緊張状態、それが私だよ。 神保君も知ってるよね、そうだよね」
【宗志】
「はい、そのとおりです!!」
強い断定、毎回毎回この人はもう……
巽さんはゆっくりと立ち上がり、制服についた汚れを叩いて落とす。
自転車を起こし、落ちてしまった帽子を深々と被りなおした。
『柿浦 巽』、この島唯一の警察官……というよりは便利屋さん。
事件なんて起きるはずもないので、呼ばれるのは変な蛇が出たとか
蜂の巣があるとか、そんな仕事ばっかりしている。
というか、この島に来たということはほとんど警察官という職は失ったも同然だ。
【巽】
「良いお返事だ、ところでこんな時間に学校には……
と、そうだったね、今日から2週間丸まる休みなんだったっけ」
【宗志】
「そうですね」
【巽】
「良いねえ学生は、私には24時間休みなんて与えられてないから羨ましいよ。
月曜から日曜までフルで働いても給料はゼロ、酷い話だよ全く」
【宗志】
「仕事なんてないようなもんだから毎日が日曜日と同じなのでは?」
【巽】
「仕事なんて蛇退治くらいだからね。
おっとこうしちゃいられない、本官はまだパトロールがあるので失礼」
巽さんはびしっと敬礼を交わし、颯爽と自転車を漕いで行ってしまった。
何で去り際だけはいつもいつも大真面目にしてるんだろうね?
【宗志】
「やれやれ……休日だってのにあの人はもう」
明日はこの時間に散歩するのは止めよう。
また居眠り追尾機能付き自転車に追い回された上に、銃口を突きつけられたらたまったもんじゃないからね……
……
【宗志】
「ただーいまー」
朝の散歩も終わり、家に戻ってきてまずは帰宅の挨拶。
どうせ誰もいないけどさ……
だけど、云わないとこんな生活をしていたら全てを忘れてしまいそうで怖い。
そんなわけで誰もいないのはわかっていても挨拶だけは毎回行っている。
【宗志】
「さってと、朝ごはんは何を……?」
朝ごはん何食べるかを考えながらリビングに行くと
誰もいないはずのリビングのソファーで女の子が眠っていた。
【少女】
「すぅ、ぴぃ……」
【宗志】
「……うら」
【少女】
「んにゃ!」
ドタン! バタン!
身体をちょっと押してやったら盛大にソファーから落ちた。
【少女】
「いったーいなぁ、なにすんのさぁ……」
【宗志】
「何で宇理祢が僕の家で寝てるわけ?」
【宇理祢】
「宗志にご飯食べさせてもらおうと思ってきたんだけど、宗志いなかったから。
戻ってくるまでソファーで待ってたら、寝ちゃったのかな?」
【宗志】
「僕に聞くなよ……住居不法侵入で巽さんにしょっ引かれるよ?」
ぐうぅぅぅ!!
【宇理祢】
「お腹空いたのさ」
【宗志】
「……はぁ」
腹の音で話題を全部水に流しやがった。
お腹空いたで全てを自分のペースにもっていくのってなんかズルい。
【宗志】
「たく、食料ならたくさんあるんだから自分で料理すれば良いのに」
【宇理祢】
「だって面倒くさいもーん……宗志が作ってくれるし」
何だこのヒモ女は、食事は全部僕任せかよ。
この島に来てから一人ぶんの食事というものを作ったことが無い。
原因は9割がこいつのせいだ。
『坂本 宇理祢』、僕と一緒にこの島に移り、いの一番に僕にたかってきた女の子。
学校では一応僕と同学年同クラスのクラスメイト。
とはいっても、クラスが一つしかないので学年が同じなら必然的に同じクラスになる。
【宗志】
「休日の朝だってのに、何で僕が人の面倒見なきゃいけないんだろう……」
【宇理祢】
「そういう星の下に生まれてきたんでしょ、観念しなさい」
あのね、君がいなければ僕はこんな理不尽な生活はしてないんだよ。
【宇理祢】
「卵固めでね、半熟は気持ち悪いからやだよ」
【宗志】
「はいはい、たく……」
何が好きでこいつの面倒なんて見なきゃならないんだろうねぇ……
……
【宇理祢】
「ふぅ、満足満足」
【宗志】
「そりゃ良かったね、じゃあさっさと帰ってくれる?」
【宇理祢】
「折角来て上げたのに何その態度、どうせ何もすること無くて暇なんでしょ」
ぐ、確かにそうではあるけどさ。
だからといって宇理祢とすごそうとは別に思っていない。
【宗志】
「僕だって暇じゃないんだから。
学校にでも行こうかと思っていたところだし」
全然そんなこと思っていない、だけどそう云えばこいつが帰ってくれるかなーって。
【宇理祢】
「あ、そう。 じゃあ私も行こうかな」
【宗志】
「なんで? 学校なんて行ってもつまんないだけだぞ?」
【宇理祢】
「じゃあなんで宗志は行くの?」
【宗志】
「それはなんだ、つまり……暇だから」
【宇理祢】
「でしょうね、どうせ暇なんだから私に付き合いなさい。
学校行って山の探索でもしようよ、奥深くってまだ行ったことないよね」
奥深くって、こんな人もほとんどいない島の山の中を?
ご冗談を、間違いなく遭難するって。
【宗志】
「僕はまだ白骨にはなりたくないよ、遠慮」
【宇理祢】
「古町と風車も行くよ」
【宗志】
「嘘でしょ? 女の子だけで何が出るかもわからない山の中に?」
【宇理祢】
「そう、何が出るかわからない山の中に女の子三人だけ。
まさか宗志は女の子だけでそんな危険なところには行かせないよね」
【宗志】
「全力で止めれば行かないでくれるの?」
【宇理祢】
「違うってば、そんな面倒なことしなくても宗志が一緒に行ってくれれば万事解決。
そうと決まれば膳は急げだ、ほら行くよ」
【宗志】
「ちょ、待って、引っ張るな!」
……
【宇理祢】
「いやー良い天気だねー、日本晴れだねー、快晴だねー、探検日和だねー」
【宗志】
「こんな日は縁側で日向ぼっこでもしてるのが良いと思うんだけどなぁ」
【宇理祢】
「何年寄り臭いこと云っちゃってるかな。
天気が良い日は外で遊べって学校で習わなかった?」
それ小学校低学年くらいで云われることだよ。
この歳になってまで子供みたいに野山を駆け回って遊ぼうとは思わない、それに僕は都会っ子だ。
そうだよ、僕は都会っ子なんだ。
都会っ子にこの綺麗な山と綺麗な海は毒だ、色々と頭痛くなる。
都会っ子はやはりビル群と排ガスにまみれた街の方が良く馴染むよ。
【宇理祢】
「だけどさ、こんな時期に変な連休だと思わない?
前の街にいたころはこんな時期に連休なんて無かったよね」
【宗志】
「そういう島なんでしょここは。
だけど夏休みが終わったばっかりなのに、こんな長期の休み貰っても」
長期の休みが明けてさあまた学校だ、ってところで出鼻を挫かれた感じ。
休みは嬉しいけどさ、実際何もすることがなく暇しかない休みは結構心身ともに辛かったりする。
【宇理祢】
「私は休めって云うんなら喜んで休むけどね。
大体日本人は働きすぎなんだよ、海外みたいにシェスタを取り入れれば良いんだ」
【宗志】
「あれ日本人には合わないよ」
【宇理祢】
「そうなの?」
【宗志】
「実際やったことあるけど、二時間も暇になるとどうして良いかわからなくなる」
【宇理祢】
「ふうん、慣れないとそんなもんなのかね。
なんて無駄話をしていたら、学校に到着だよ」
本当に無駄話だけで着いてしまった。
できることならもう少し実りのある話をしたかった……
【宇理祢】
「古町と風車のやつまで来てないみたいだね。
仕方ない、来るまで待ちますか」
【宗志】
「直射日光の下なんてヤダよ、それに僕は山に行くなんて云ってないし」
【宇理祢】
「だけどもうこうしてここまで来ちゃったじゃない」
【宗志】
「僕は家康に餌を上げに来たの、山荒らしなんて御免だよ」
【宇理祢】
「失敬な! 荒らしと探索を一緒にするな。
私たちが生きていくうえで必要なことなんだぞ」
【宗志】
「何で山が?」
【宇理祢】
「もし、連絡船が食料を持ってこなかったら私等餓死するんだよ。
そうならないために、一時しのぎの食料があるかを探しに行くのさ」
【宗志】
「今の時期なら探さなくてもアケビが取れるだろ、学校の裏手に何本か生えてたし」
【宇理祢】
「アケビ嫌い、種多くて食べ辛いし、なんか虫っぽいから嫌」
【宗志】
「じゃあ餓死してな」
【宇理祢】
「鬼!!」
【宗志】
「鬼で結構、そんじゃ僕はこれで」
後ろ手に手をひらひら振って別れの意思表示。
いくらなんでも山には行きたくない、あそこには僕の天敵である蜘蛛がいそうなんですもの……
……
【宗志】
「家康ー、ご飯だよー」
中庭に出て目的の相手に声をかけた。
最初は何の返答も見られなかったけど、二度三度と呼ぶと相手はひょっこり姿を現した。
狸だ。
【家康】
「……」
【宗志】
「おいでおいで」
こいこいと手招きすると、用心深く辺りをうかがってから一直線に僕のもとに寄ってきた。
こいつは何故か極々一部の人にしか懐かない、宇理祢は勿論のこと他の人もほとんどこいつには近づくことも出来ずにいる。
何でこいつにとって僕たちだけが特別扱いなのだろう?
【宗志】
「食パンの耳だけど、食べる?」
鼻先にパン耳を近づけると、ヒクヒクと鼻を動かし、躊躇することなくパンに噛り付いた。
【家康】
「……」
【宗志】
「休みの日に学校来て狸に餌やり、この島でなきゃありえない日常だろうなぁ」
まず一般的な学校で狸を飼うことまあ無いだろう。
勿論こいつも飼われているわけではないが、僕が呼べば出てくるし、こうやって餌ももらってるんだ。
ほとんど飼っていると云っても良いだろう、放し飼いだけど。
【宗志】
「さてと、ここまで来て餌やりだけで帰るのも忍びないし……」
どうせ暇なんだ、教室で無駄にたくさん贈りつけられた本でも読んでよう。
僕が教室へ向かおうとすると、いつもはさっさと隠れてしまう家康が珍しく後をついてきた。
【宗志】
「どした? 一緒に教室行くか?」
まさかね、狸がこんな人が作った建物に警戒心無しで入ろうとするはずが……
【家康】
「……」
【宗志】
「あ……」
入ってっちゃった。
しかも家康のやつ、僕を待ってるのか裏口からじっと僕を見つめている。
【家康】
「……」
【宗志】
「あ、待てってば、勝手に入ったら怒られるぞ」
動物にそんなこと云ってもお構いなし、家康は気にする素振りも見せずに校舎を進んでいく。
しかもこいつ、僕の教室へと向かっているな?
……ほら、やっぱり。
家康は僕のクラスの前でちょんと立ち止まり、カリカリと扉に爪を立てた。
【宗志】
「こらこら、こんなとこで爪研ぐと怒られるだろ」
爪研ぎを始めた家康を抱え上げる、見た目よりもずっと軽いので少々びっくり。
【宗志】
「僕の教室なんて入ったって何にも面白くないけど、良いの」
フンフンと鼻を動かし、早く入れろと合図を送る。
……たぶん。
【宗志】
「どうせ教室には誰も……いたね」
【男性】
「よ」
誰もいないだろうと思っていた教室には、予想に反して僕の友人が一人。
『伊達家 酔狂』、この島では唯一同級の男友達。
この島で僕が唯一気を使わなくて良い存在、やっぱり同姓の友達って大事。
そして僕以外で唯一家康が姿をくらませない人物でもある。
ちなみに、『伊達家 酔狂』というのは名取らしい。
本名は……何故だか誰も知らない。
【酔狂】
「家康と一緒にどうしたこんな休日に?」
【宗志】
「することも無かったから、家康に餌を上げにね」
【酔狂】
「ご苦労なことだね、しっかし宗志は家康に懐かれるね。
俺だと逃げはしないけど、そんな安心しきった顔で抱かれたりはせんぜ?」
【宗志】
「これって安心してるの?」
【酔狂】
「知らん」
だったら云うなよ。
【酔狂】
「まあ好かれてるのは確かだって、動物に好かれて嫌な気はしないだろ?
餌をやり続ければそのうち人になって恩返しに来るかもね。
女狸と甘美で淫靡な愛欲生活の出来あがりってわけさ」
【宗志】
「また調子に乗って適当なこと云って。
僕に振る話題って毎回そんなんばっかりだね」
【酔狂】
「そりゃ年頃のおとこだから当然さね。
都合よく島にいるのも女の比率が多いときたもんだ、欲望もてあましてるだろ?」
女の子等がいたら絶対に云えないような科白だよ。
どうして僕と二人になるとそうやってエロスにエロスに持っていこうとするのだろう?
【酔狂】
「生憎俺は禁欲生活中、全部宗志にくれてやりますよ」
【宗志】
「いらないよ、僕ってそんな女たらしに見える?」
【酔狂】
「全然、むしろいざってときになっても手出ししないへたれ君に見える。
見えるだけで、実際は誰よりも狼気質ということもあるけどね」
【宗志】
「あー、なんか酔狂と一緒にいると毒されていくよ……」
【酔狂】
「そりゃ結構結構、こんな島にいる以上少しくらい能天気に考えんと持たんかもしれないからね。
俺たちは『閉じ込められている』んだから」
【宗志】
「……」
【酔狂】
「おろ、どこ行くが?」
【宗志】
「屋上、ちょっと一服してくるよ」
【酔狂】
「行ってらっさい」
……
シュボ
【宗志】
「ふぅー………」
口から吐き出した煙が風に乗ってふわふわと飛んでいく。
未成年である僕だけど、この島では誰一人文句を云ってこない。
正義の味方お巡りさんである巽さんでさえ、僕の喫煙にはお咎め無しだ。
この島にいる以上、それくらいの規則違反は大目に見るということだろうか……
【宗志】
「『閉じ込められている』、か……」
酔狂の言葉は僕たちの現状全てを表していた。
この島は非常に特別な存在、勿論非常に悪い意味でだ。
ここは一種の無人島、三ヶ月前僕を含めて十一人がこの島へとやってきた。
誰一人望んできたのではなく、誰もが無理やり、誰もが望まずしてここに来させられてしまった。
僕も、宇理祢も、酔狂も、その他の人も皆同じ理由でこの島に『隔離』されている。
『固有意思・事象断定能力の欠如。
ならびにE−27症状の兆候あり。』
という素人には、いや、一般的な人にはとてもじゃないが理解できない理由で僕らは隔離されている。
簡単な対話テストが行われ、数日後にはさっきの二文だけが書かれた書類と
島への移送手続きの通知が問答無用で届けられた。
拒否は認められず、拒否をしようものなら即射殺。
僕たちは何か危険な存在である、だから従わないのなら殺すまで、つまりはそういうことだ……
【宗志】
「はぁー………」
即射殺、そのことにも驚いたがそれ以上に驚いたのはそれを国が認めているということだ。
どこかの頭のちょっとおかしくなった研究所の人間の戯言ではなく
国が率先して僕たちの存在を消すように間接的ではあるが指示もしているらしい。
国の力に、十一人で立ち向かおうというのは無理な話だ。
例えそれがどんなに理不尽で、非道で、救いの無い話だとしても……
僕たちに逆らう選択肢は無かった……
全てが自由で、何をしようが外は一切手出しをしない。
全てが許された牢獄、この島では殺人さえ認められることだろう。
全てが自由、その事実がこれほどまで自分を苦しめるとは重いもよらなかった。
【宗志】
「……」
そもそも、E−27症状とは一体何のことなのだろうか?
僕たち全員がこの症状の兆候があるらしいのだが、誰一人としてそれが何なのかを理解していない。
国や機関からの詳しい説明は無く、完全に話を揉み消されたも同然だ。
いったい、『E−27症状』とはなんのことなのだろうか……?
ガチャ……
【宗志】
「ん……?」
屋上の扉が開いた、来訪者を確かめるために視線を向けると。
【少女】
「やぁ」
表情一つ変えず、少女は挨拶を交わした。
今日も今日とて眠たそうな眼をしているな。
【少女】
「横良い?」
【宗志】
「どうぞ」
『赤松 小町』、宇理祢や酔狂と同じく僕のクラスメイト。
だけど、小町は他の人とは違って僕と同類の嗜好をもつ唯一の友人だ。
胸ポケットを漁り、取り出したタバコを咥えて火をつける。
吐き出した煙からは煙たさと一緒に微かに紅茶の香りが漂っている。
僕の他に、この島で唯一の愛煙家。
しかも僕が吸っているものよりもずっと強く、一度貰ったときはあまりの強さに咽てしまった。
【宗志】
「宇理祢たちと山に行くんじゃなかったの?」
【小町】
「風車がまだ来ないから、しばらく自由時間だって。
だからちょっと一腹しにきた」
【宗志】
「屋上に来るなんて律儀だね」
学校に喫煙スペースなど勿論あるはずもなく、どこで吸おうがお咎めなしだ。
だというのに、学校でタバコを吸うときは二人とも決まって屋上にばかりきている。
その辺にあった缶を二つに切り離しただけの簡易灰皿が置いてあるとはいえ
こんなもんその気になればジュースの空き缶で十分だ。
それなのに、二人ともいつだって喫煙場所はここ。
僕たちが煙草を吸うせいか、他の人は屋上にはまず来ようとしない。
僕と小町だけの特別スペース。
いや、この島に倣って云うのなら、僕と小町を『隔離』するためのスペース。
とでも云った方が良いのかな?
【小町】
「宗志は行かないの?」
【宗志】
「行かないって、どこに?」
【小町】
「山だよ、山。
ウリリンが探索探索って張り切ってたから、宗志も行くんじゃないの?」
【宗志】
「僕は行かないよ、山には蜘蛛がいるじゃんか。
それにあんな山入ったら下手すると出て来れなくなりそうだし」
【小町】
「確かにそれはあるかもね。
私も蜘蛛は嫌いだし……だけど、宗志ほどじゃないけど」
【宗志】
「うぐ……」
【小町】
「あんな小さいやつなのに、泣きそうな声上げて。
性格がころころ変わって面白いね」
【宗志】
「多重人格みたいに云わないでよ」
【小町】
「普段はどことなくクールで、蜘蛛を前にすると驚くほどに気弱で。
それなのにベッドの中では荒々しく……」
クスリと小町が鼻で笑った。
小町には色々と変なところばかりを目撃されている。
特に、最後のところはしっかりと口止めしておかないと拙いな……
【小町】
「で、ウリリンがもう誘って断ったみたいだけど。
どうする、山、私と行かない?」
【宗志】
「だから、蜘蛛がいるから」
【小町】
「蜘蛛ぐらい私が掃ってあげるよ。
たまにはさ、二人でこっそりっていうのも良いんじゃないかな?」
ふぅっと僕の耳に向けて煙を吐き出した。
ゾクッと身震い、僕の弱点を知っている小町には僕がどうすれば靡くか良く知っている。
【宗志】
「それって、行かないとどうなるの?」
【小町】
「皆がいる前で、襲ってあげようか?」
今度は鼻だけでなく、眼も口も笑っていやがる。
こうなってしまうとこれ以上の抵抗は悪化を招くだけになりかねない。
【宗志】
「はぁ……仕方ない、付き合うよ付き合えば良いんでしょ」
【小町】
「そうこなくちゃ」
煙草を地面に押し付け、水の張られた簡易灰皿へと投げ入れた。
【小町】
「楽しみにしてるよ、青空プ・レ・イ」
【宗志】
「云ってろ……」
ニキニキと手を握ったり開いたり、最後に左右に軽く振ってバイバイと付け加えた。
……あれ、僕置いて行かれちゃうの?
【宗志】
「……」
【小町】
「ほら、早く来るの」
【宗志】
「はいはい……」
やれやれ、結局付き合わないといけないのか……
〜 N E X T 〜
〜 B A C K 〜
〜 T O P 〜