【2】


【綾斗】
「なあ、俺たちこれからどこに行くんだ?」

【霊羅】
「勿論現世ですよ」

【綾斗】
「それは分かってるんだけど、さっきもぐった時
色々と見ちゃいけない世界も見えてきたんだけど……」

さっきは城が燃えていた、あんな世界には絶対に行きたくない。

【霊羅】
「その辺りはご心配なく、死神になった人が元居た世界にしか基本行かないですから。
ですから初めてで戸惑うということはありません」

【綾斗】
「それなら良いんだけどさ」

訳の分からない世界に放り出されるのは勘弁だ。
ドンドン下降する俺たちの体、下に見える景色もめまぐるしく姿を変え、少し頭がパニックになってきた。

そんな移り変わる世界が、徐々に色を失って白一色に染め上げられていく。

【霊羅】
「もうすぐですよ、一応眼を閉じておいてくださいね」

俺は霊羅に云われたとおりに眼を閉じる。
眼を閉じても、周りが明るいせいか若干暗さもうっすらとしていた。

視界を失ったせいで、体が落ちているという感覚も同時に失ってしまった。
落ちているのか浮いているのかも分からないフワフワした微妙な感じ、重力の大切さが分かった気がした。

【霊羅】
「はい、足が付きましたよ。 ゆっくりと眼を開いてください」

霊羅に云われて足が地面についていることに気がついた。
ゆっくりと眼を開けると、木目調の床が眼に入る。

【綾斗】
「……どこだここは?」

【霊羅】
「お店です」

【綾斗】
「店?」

きょろきょろと360度くまなく視線を送る。
並べられたティーカップ、瓶詰めにされたコーヒー豆、見慣れた缶に入っているであろう茶葉。

どこかの喫茶店だろうか?

【綾斗】
「喫茶店か、っていきなり俺達入ってたら店の人が」

【霊羅】
「大丈夫ですよ、お店の人はいませんから。
というよりも、お店の人は私達なんですから」

【綾斗】
「……はい? 俺達?」

【霊羅】
「そうです、私達はしばらくここでお仕事をしていくんです」

急な展開に完全においていかれた、一つずつ整理をしよう。
まずここは喫茶店だ、そして店員は俺達二人。

整理終了……

駄目だ、俺に与えられた情報が少なすぎてなんの整理も出来やしない。

【霊羅】
「やっぱり混乱していますよね。
それじゃあ、ゆっくりお茶を飲みながら今後のことをお伝えしますね」

霊羅が水を注いだポットを火にかけ、数種類並んだ紅茶の缶から一つを選ぶ。
お湯が沸くと慣れた手つきで茶葉を取り、二人分の紅茶を淹れた。

【霊羅】
「どうぞ」

【綾斗】
「あ、ありがとう。 いただきます」

熱々の紅茶から漂う香りが混乱する俺の頭を少しだけ柔らかく包んでくれる。

【綾斗】
「ふぅ……じゃあ、説明をお願いできる?」

【霊羅】
「おまかせください。 ええと、どこからお伝えしましょうか?」

【綾斗】
「一から全部教えてもらえるとありがたいかな。
とりあえず、俺は何をしにここに来たんだ?」

【霊羅】
「確信部についてですね……申し訳ありません、それはまだ少し」

【綾斗】
「おいおい……ここにきてまだ俺は何をすればいいか聞けないのかよ」

【霊羅】
「多分今云われても理解は出来ないと思います、その場面を見てそれを経験して。
そうやって初めて理解出来る仕事ですから」

【綾斗】
「わかった、そういうことならそういうことにしておくよ。
遅かれ早かれその時は来るんだろう?」

【霊羅】
「それは勿論です、そこまでくればさすがに全てをお伝えできますので」

【綾斗】
「となると、当面俺は何をしてれば良いんだ?」

【霊羅】
「このお店で生活をしてもらいます、あ、勿論私も一緒ですからご心配なく」

そこなんだよな、最初からずっと気になってたのはここだ。
どうして俺は死んだ後も現世で仕事をしなければならないのだろう?

【綾斗】
「何で俺が喫茶店で仕事を?」

【霊羅】
「一種の隠れ蓑です、綾斗さんが死神としてのお仕事をする間
普通に生活をしていくための仮の宿とでも思ってもらえればわかりやすいですね」

【綾斗】
「また向こうの世界に戻れば良いんじゃないのか?」

【霊羅】
「そこは色々と面倒なんですよ、手間もかかりますし。
ならばこちらで過してもらう方が良い、という上の判断なんです」

【綾斗】
「なるほどな」

立ち上がって厨房へと入ってみる。
水周りも充実してるしオーブンまでつけてある、結構何でも出来そうなくらい充実した設備だ。

【霊羅】
「お料理、得意なんですよね? 死亡報告書に書いてありましたよ」

【綾斗】
「なんだそりゃ、履歴書みたいなもんか? まあ、バイトだけどそこでチーフにまでなれたくらいだからな」

これでも生前は一人暮らし、料理くらい出来ないと生きることが出来ないんだから
必然と料理は得意になった。

【霊羅】
「じゃあお仕事の方は問題なさそうですね、店長さん」

【綾斗】
「店長? 俺がか?」

【霊羅】
「はい、私がウェイトレスです。 それとも逆が良いですか?」

【綾斗】
「いやいい、霊羅が接客をやってくれ」

その方が良いに決まってる。
ウェイトレスには可愛い娘、非常にわかりやすいお客の集客術の一つだ。

【霊羅】
「あ、大事なことを忘れていました。 名前、綾斗さんのここでの名前です」

【綾斗】
「ん? 今だって俺の名前で呼んでるじゃないか、何か問題があるのか?」

【霊羅】
「私個人としては問題が無いんですけど、上の方ではそういう決まりがありますので。
申し訳ないですけどそれに従っていただくことになります」

【綾斗】
「面倒な決まりだな、どこの世界でも上は決まり決まりって」

【霊羅】
「仕方ないですよ、でも従っていただかないと私が怒られてしまいますので」

苦笑いを見せてすいませんと付け加えた。

【綾斗】
「で、ここでの俺の名前ってなんなんだ?」

【霊羅】
「お待ちください、ええと確かこのファイルに……
ありましたありました、ここでの綾斗さん名前は『宇田川 辰己』さんです」

【綾斗】
「辰己……また珍しい名前がついたもんだな」

【霊羅】
「今後この世界ではこの名前で呼ばせていただきますのでご了承ください。
一種の芸名だと思ってもらえれば慣れるのも早いと思いますよ」

【綾斗】
「芸名ねぇ……」

芸能人や歌手の感覚ってこんななのだろうか?
普段と違う名前というのはなんというか少しこそばゆいな。

だけどそういった決まりがある以上、俺もそれに従うしかないのだろう。

『宇田川 辰己』

何度かその名前を頭の中で呟き、体の隅々までその人格を染み込ませていく。

【辰己】
「よし……」

【霊羅】
「あ、なんだか雰囲気が変わりましたね。 なんというか、引き締まった感じです」

【辰己】
「それだと普段がだれてるみたいな云い方だな」

【霊羅】
「いえそんな、そういうわけじゃないですよ」

両手をパタパタ動かして否定の意思表示。
そういった可愛らしい仕草が自然と出ているなら結構評判の店になるかもしれないな。

【辰己】
「しかしなんだ、喫茶店をやるにしたって材料を買いに行かなきゃ駄目なのか。
……そうだよ、やるにしたって材料買う金が無いぞ」

【霊羅】
「心配には及びませんよ、そういったものは全部上から支給されますから。
一ヶ月は簡単に生活できるくらいのお金は用意してあります」

【辰己】
「あ、そうなの。 じゃあその辺は全部霊羅が管理してくれ」

無駄金は使う方じゃないけど、それでもやっぱりそういった管理は好きじゃない。

【辰己】
「それから、この辺りの地理も確認しないと駄目か」

【霊羅】
「ですね、どうしますか?
今日は早くお休みになって、明日からにしますか? それともこれからお買い物に行きますか?」

【辰己】
「後手後手に回る必要もないだろ、霊羅が良いなら買い物を済まそうかと思うんだけど」

【霊羅】
「わかりました、ではすぐに準備を済ませてきますね」

……

霊羅と二人連れ添って歩く。

これといった会話は特にはない、気のきいたことを云える性格でないこともあるが
まずは会話よりもこの辺りの地理を覚えることの方が先決だ。

せわしなく視線を動かし、まずは眼に付く建物を全部記憶させていく。
大体眼に付く物を覚えれば最悪迷子になっても帰り着くことは出来る。

これは長年の経験で云えること、もう何度も迷子は経験済みだ……

【霊羅】
「そういえば辰己さん、お店のメニューメインは何にしましょうか?」

【辰己】
「……」

【霊羅】
「辰己さん?」

【辰己】
「……ん、あぁ、俺か。 悪いやっぱりまだ慣れてなくて」

集中していたということもあるけど、やはり急に慣れろといわれても無理に決まってる。
だけどこれに慣れていかなきゃいけないんだから、もっとそっちにも気を使わないとな。

【辰己】
「なんの話だっけ?」

【霊羅】
「お店のメニューのことです、お料理が得意とは書いてありましたけど
特別これが得意とまでは書いてませんでしたので」

【辰己】
「料理が得意といっても、俺が得意なのはどちらかというと料理というよりはお菓子の方なんだよな」

【霊羅】
「え、そうだったんですか?」

【辰己】
「えらい驚いてるな、やっぱり俺みたいな男がお菓子って変か?」

【霊羅】
「いえ、変ということではないんですけどちょっと意外でした」

そりゃそうだよな、俺みたいな奴がお菓子作り得意ですってのはちょっと想像出来ないよな。
勿論普通の料理も人並み程度には出来るけど、やはり菓子類の方が頭一つ抜けて上手ではある。

これもバイトの賜物、そっち方面が伸びたのもバイトのおかげであることは明白だ。

【霊羅】
「じゃあメニューどうしましょう?」

【辰己】
「どのみちレストランじゃなくて喫茶店だからな、メインは軽食とケーキとかで良いんじゃないか?
俺と霊羅の二人で回すわけだし、そこまで手の込んだ料理を出す必要は無いと思うけどな」

【霊羅】
「わかりました、辰己さんがそうおっしゃるなら私はそれで構いません。
だけどケーキですか、一度食べてみたいです」

【辰己】
「何なら試作も兼ねて一回やってみるか、ちょうど味見役も居ることだしな」

【霊羅】
「よろしいんですか?」

【辰己】
「器具の使い勝手もみたいし、何より俺が上手いと思ってるだけで
実際には自己満足なだけって可能性もあるからな」

【霊羅】
「そんなことないですよ、辰己さんが作るんですから絶対に美味しいと思いますよ」

なんの根拠も無い賛辞をありがとう。
となると、一体何を作ったものかな?

……

店からそう遠くないところに大型のスーパーがあった。
あれなら何かを買い足しに行くにも楽に出来そうで店の立地条件は申し分ない場所だった。

【辰己】
「さてと、それじゃあ簡単なの作るから、適当に時間潰しててもらえるか?」

【霊羅】
「そうですね、ではお店の掃除をやっちゃいますね。
お料理している間はさすがに床掃除なんかは出来ないですから、出来るところを掃除しておきます」

霊羅は掃除道具を探しに店の奥へと消えた。

【辰己】
「焼き菓子は時間がかかるしそれはまた明日からにして。
あまり時間もかけずに出来るものとなると……」

あれやこれやと自分が出来るレシピを思い返してみる。
こうやって何を作ろうか悩む時間も、俺にとっては楽しい時間の一つになっていた。

……

【辰己】
「霊羅ー」

【霊羅】
「はーい」

姿の見えない霊羅を呼ぶと、髪を三角巾で縛った姿で現れた。

【辰己】
「本格的に掃除って感じだな」

【霊羅】
「本格的にやってますからね、何かご用でしょうか?」

【辰己】
「休憩にしないか、お待ちかねのケーキも出来たし紅茶も淹れたから」

【霊羅】
「そうだったんですか、ではお言葉に甘えて休憩にしますね」

冷蔵庫から作ったケーキを取り出した。
作ったのはレアチーズのタルトケーキ、簡単に出来る割に味も良く見た目も良い優れ物だ。

タルトを切り分け、好みで付けてもらうクリームを皿に添える。
甘いケーキを食べるときは紅茶に砂糖は入れない、これがあってるのかは知らないけど
前のバイト先ではこれが普通だったからこれにしてみた。

【辰己】
「どうぞ」

【霊羅】
「わあ、本当にお上手なんですね。 見ただけで美味しいっていうのが分かりますよ」

【辰己】
「そう云わずに食べてくれ、この体で上手く出来てるかはわからないしな」

ちょいちょい味見はしたけど、前の体とこの体じゃ全てが違う。
味覚がちゃんと働いているかも確かめる意味で、霊羅には申し訳ないが一種の毒見役だ。

【霊羅】
「いただきます、あく」

フォークでタルトを切り、クリームと一緒に口に運んだ。

【辰己】
「どうかな?」

【霊羅】
「んく……」

しばらく反応がなかったけど、ぱぁっと顔が綻んだのが確認出来た。
どうやらこの体でもちゃんと味覚は働いてるみたいだ。

【辰己】
「お気に召したようで、良かった良かった」

【霊羅】
「凄いですね、これでも彼の世では色んなお菓子を食べてましたけど
その中でも相当美味しいですよ」

【辰己】
「そこまで褒められるほどの物じゃないんだけどな」

【霊羅】
「これなら彼の世でもお店出せますよ、もしその時は知らせてくださいね」

【辰己】
「話がでかくなったな……
だけどこんなの所詮は素人料理、一流の職人とは雲泥の差があるって」

【霊羅】
「ふふ、冗談ですよ。 でもこれだけお上手なら、お店は何の心配も要らないですね」

【辰己】
「お客がくればな」

【霊羅】
「大丈夫ですよ、お客様は必ず来ます。 ここはそういった世界なんですよ」

【辰己】
「それ、結構重要なこと云ったよな?」

【霊羅】
「はい、今の辰己さんにはまだ理解出来ないと思いますけど
時機に理解されると思いますので、それまでお待ちください」

で、そこに行き着くわけね。
やれやれ、一体ここはどんな世界で、この先俺は何をしていくんだろうな?






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