【最初の出会いは×××!】


真っ青な空に、一筋の飛行機雲が長く続いていた。
快晴の空に入れられた太刀筋が、なんだか酷く痛々しく感じられた。

空とは不思議な物ではないだろうか?
いや、物という表現はおかしいか、どちらかといえば……表現のしようが無いな。

空は途中で途切れることも無く、地球上どこにいても頭上には空が存在している。
全くばらばらの地点A……B……Cを決めてそこに人を配置し、同時に上を向かせた場合
そこには必ず空がある。

時間関係や天候の関係上、全く同じ空を見ることは無いが、3地点から見えている空は別々の空でなく
大きな空という存在定義の一部分をかいつまんで見ていることになる。

ただし、これは上部が吹き抜け、つまり屋外、それもアーチなどを完全に取り除いた頭上だけに当てはまるのだが……

空はどこの世界でも『空』というモノであり、場所ごとに云い方が変わることは無い。
空の次に大きなモノとして、海があげられるが、海は空のように一意な存在ではない。

……頭上には常に空が定義されている、これは世界の常識であり、誰でも知っている当然のこと。

しかし、『空』というモノの存在はいつどうやって定義されたのだろう?
もしも、もしもであるが、この定義そのものがあるとき突然消えてしまったら?

『空』というモノを失ってしまった場合、他の定義の存在は……

【?】
「おーい、聞いてるー?」

……

急な声に思考が停止する、人はその時考えていることよりも、新たに入ってきた情報の方が優先度が高くなる。

【少女】
「いつまでぼ〜っと空眺めてるの?」

少女が俺の焦点を確かめるように、シャープペンシルの尻をくるくると回した。

【神谷】
「目が回る」

【少女】
「嘘ばっかり、ちっともペン先なんて見てないくせに」

【神谷】
「だったらいつまでも回してないで、見てないって気付いた時点で止めればいいだろ」

【少女】
「むぅ、ノリ悪いなあ」

俺の素っ気無いながらもちゃんと反応したことに満足したのか、少女はペンをホチキスに持ち替えた。
この少女は俺の数少ない友人関係にある1人で、『雪江 月花』という。

【月花】
「それでさぁ、私が1人でホチキスとめをしてるの見てどうも思わないの?」

【神谷】
「1人だと惨めだから居るだけで良いって云ったの誰だ?」

【月花】
「私だとも、私がそう云ったから君はここにいるんでしょ?」

ホチキスを俺にピシリと向けた、そんなこともわからないのかと云われている感じだった。
ちょっとムッとくる。

【神谷】
「帰るぞ」

【月花】
「女の子1人残して行っちゃうんだ、冷たいのー」

【神谷】
「俺は冷たい人間だ、じゃあな」

【月花】
「……」

珍しく文句が続かない、今日はこのまま帰してくれるようだ。
しかし、俺が立ち上がる一瞬の隙を狙い、月花は自分のスカートと俺のワイシャツをバチバチとホチキスでとめた。

【神谷】
「ちょ、ちょっと、お前何すんの!」

【月花】
「あらら、事故だね」

【神谷】
「事故じゃなくて、お前わざとやったろ」

【月花】
「どうでしょう?」

頬に指を当てて、てへへと悪意のある笑いを見せる。

【神谷】
「俺が帰ろうとするとどうなるんだ?」

【月花】
「私のスカートが引っ張られて下着が見える」

【神谷】
「当然叫ぶよな」

【月花】
「必用とあらばね」

やられた、ここで俺が無理に帰ろうとすればこいつは叫び、明日俺はいろいろと云われるわけだ。

【月花】
「観念しなさいな、どうせこの時間に帰っても暇でしょ、私を手伝っていってよ」

勝ちを確信したように口元がにやりと上がる、くそ、また俺の負けか。

【神谷】
「はぁ……仕方ない、手伝ってやるからさっさと終らせるぞ」

【月花】
「わーいありがとー、それじゃあまずシャツ脱いで」

【神谷】
「はぁあ!?」

こいつは何を云ってるんだ? この誰もいない教室で服を脱げと? どうしてだ?

【神谷】
「嫌だよ」

【月花】
「脱いでくれないとホチキスの針が取れないじゃない、それとも
渡は私にここでスカートを脱げとでも?」

【神谷】
「お前の前で裸になれって云うのか?」

【月花】
「男の子が何恥ずかしがってるのよ、お祭りになると男の子は皆上脱いでるよ」

【神谷】
「今は祭りじゃないし、俺は祭りがあっても絶対に脱がない」

【月花】
「あぁもうじれったいな、四の五の云わずに脱げばいいのよ!」

【神谷】
「や、ちょっと待て、脱がしにかかるな!」

【月花】
「暴れないで、スカートめくれるでしょ!」

……

まさか女に服を脱がされるとは思わなかった。
しかも学校で、しかも自分の教室で、しかも他に誰もいない放課後に……

【神谷】
「で、いつ針を取ってくれるんだ?」

【月花】
「んぇ?」

【神谷】
「んぇじゃなくて、脱いだんだから針取ってくれよ」

俺は脱がされたわけだが、脱がした月花は一向にホチキスの針をとろうとはせず
黙々とホチキス止めを続けていた。

月花のスカートからは俺のワイシャツがだらりと垂れ、なんとも表現しがたい状態だった。
脱がされた俺は肌に直接ブレザー、冬服の時期だったのがせめてもの救いだ。

【月花】
「ダーメだよ、針とったらそのまま逃げちゃいそうだもの
心配しなくても、全部閉じ終わったらちゃんととってあげるって」

ようは人質のような物ですか、俺のワイシャツは……

【神谷】
「しかしだ、何故お前1人なんだ? 浩徳のやつは?」

【月花】
「あいつはあいつで別の仕事だって、さっき教頭先生と車で出て行ったよ」

【神谷】
「ふぅん、大変だねえ、重役は」

話に出てきた浩徳というのは、月花と同じく俺の数少ない以下略。
本名『音無 浩徳』、このクラスの副委員長兼、生徒会会長だったりする。

正直、会長タイプというよりは書記タイプのような気がするやつだが、結構会長としての評判は良い
いつもやる気無いような顔をしているが、それは見かけだけだとか何とか……

ここにいる月花も重役、役職はここのクラス委員長兼、生徒会副会長。
こいつこそ幹部クラスとは云えない、しかしこいつが幹部なんだから、世の中って不思議……

【神谷】
「平学生は楽で良いよ……」

【月花】
「そのわりに私や浩徳の手伝いよくしてるよね」

【神谷】
「2人して俺を逃がさないだけだろ、なんで重役じゃない俺が生徒総会の準備手伝うんだよ」

このトップ2は何かあるとまず俺のところに来る、生徒会はそれなりの数が居るんだから俺に頼まなくても良いのに。

【月花】
「口動かす暇があったら手も動かす、ノルマは1時間で50、2人いるから1時間100のペースでやるよ」

そんなに急がないでもいいと思うけどなぁ……

……

【神谷】
「手が発作起こしてる」

【月花】
「痙攣の間違いでしょ、ホチキスどめを2時間もやってれば慣れない人はなるでしょうね」

あの後何とか2時間で終ったわけだけど、かわりに俺の手には後遺症が……

【月花】
「やわだねえ、私なんかもう慣れたわよ」

震える俺の手とは対照的に、月花の手は何事もないような感じに見えた。

【月花】
「さてと、ワイシャツも返したことだし、今日はありがとね、また何かあったらよろしく」

手をフリフリ、俺もうお役ごめんのようだ。
つまりもう用は無いから帰って良いということだけど……

【神谷】
「ちょい待ち、お前このまま何も無く俺を帰すつもりか?」

【月花】
「は? どういう……もしかして」

【神谷】
「そう、もしかして」

【月花】
「手伝ったお礼に抱かせろとか嫌だよ」

【神谷】
「……」

【月花】
「冗談の通じない、わかってるよ、なんか奢れって云うんでしょ?」

やれやれといった感じで軽く肩をすくめた、肩をすくめたいのはこっちだよ。

【月花】
「奢るのは良いけど、出来上がったこれを教務室まで持って行かないといけないわけ
当然手伝ってくれるんでしょ?」

机の上には、軽く見積もっても200を軽く越える閉じ物の山……山……山。
まあ、女の子1人で全部持つのはいささか無理がある量ではあるな。

【神谷】
「わかったよ、半分持つよ」

【月花】
「遠慮しないで、ドサドサッと持って行ってよ」

大きな山が二等分、二等分された山の1つがさらに二等分。

【月花】
「後はよろしくー」

俺の元に残ったのはどう見ても理不尽な閉じ物の量、またはめられた。

……

【月花】
「失礼しましたー」

重役スマイルで教務室から出てきた月花が一言。

【月花】
「仕事早いって褒められたよ」

【神谷】
「良かったな、それじゃあどこかで奢ってもらおうか」

【月花】
「はいはい、あ、一応教室の戸締り見てこないといけないから」

【神谷
「待ってるから行ってこい、ばっくれるなよ」

【月花】
「疑り深いなあ、そういうのは女の子に嫌われるよ」

捨て台詞を残し、月花はたとたとと廊下の奥に消えた。
月花が戻ってくるまでの時間を持て余し、ぼんやりと視線を泳がせる。

別に注意を引くような物は何も無い、廊下には絵が一枚飾ってあるだけだった。
とくにすることも無かったので、俺の足は絵の前へと動いていた。

【神谷】
「へえ、上手いもんだな」

描かれていたのは古い建物の油絵、この建物には見覚えがあった。
これは確か旧校舎、校舎に入りきらなくなった備品などが所狭しと押し込められていた。
生徒会を手伝っているとそんなところに入ることも多かったもんな……

しかし、この旧校舎はもう存在しない。
2ヶ月ほど前だったかな、取り壊し作業が行われ、今となっては跡地しか残っていない。

中々味がある校舎で、俺はそんなに嫌いじゃなかったけどな。

【月花】
「お待たせー、ん、どしたの?」

【神谷】
「いや、上手い絵だなと思ってさ」

【月花】
「へえー珍しい、何にも興味を持たない渡が絵に興味持つなんてね」

【神谷】
「別に絵が好きなわけじゃない、上手いと思っただけだ」

……あれ、そういえば、この絵誰が……?

【神谷】
「なあ、この学校美術部あったっけ?」

【月花】
「無いよ、それが?」

【神谷】
「じゃあこれ誰が描いたんだ?」

【月花】
「そんなの業者か学校が頼んだ絵描きに決まってるじゃない、それよりも喫茶店行かないの?」

【神谷】
「行く行く、奢りだから行く」

絵なんかよりも奢りの方が重要だ。
少しあの絵も気になったが、俺たちはそのまま学校を後にした。

……

【神谷】
「はぁー……」

ベッドの上に仰向けに寝転がる、見えるのは何の飾り気も無い天上。
俺が今見ている方向、今はそこに天上があるが、天上を取り払えばそこには空がある。

当たり前であるが、人の上にはいつも空がある。
これは地球上にいる以上、どうやっても覆すことの出来ない星の決定事項。

しかし、これがもし覆ってしまったらどうなるであろうか?

月花につき合わされて残されていた教室で考えていたことが思い出された。
そういえば、あの時も同じようなことを考えていたな……

【神谷】
「どうやってみても、覆らないかな……」

どんな考えを立ててみても、『空』は地面からは上にあるという定義を覆すことは出来なそうだ。

【神谷】
「はぁ、なんだか……かわいそうな定義だな」

ポツリと呟いた俺に、言葉を返す者などいない。

静かだ、恐ろしいほどの静寂。
俺の言葉はむなしく部屋を彷徨い、誰に聞かれるでもなく消えてしまった。

アパートで一人暮らしの俺にはもうこの静寂も慣れた。
いや、もうガキの頃から静寂には慣れっこじゃないか……

……

【神谷】
「んぁ……?」

部屋の明るさに違和感があった、煌々と灯る電気がなんとも必要なさげに感じられた。
つけていても勿体ないので、電気を消そうと立ち上がる。

そこでやっとこの明るさの違和感に気が付いた。
なんだ、すでにもう夜が明けていたんだ。

どうやらあのまま眠ってしまったらしい、詳しく覚えていないが、確か10時くらいだったかな。

くうぅぅ……

なんとも申し訳なさげに俺の胃が空腹を知らせている。
昨日は月花に珈琲を奢ってもらって、家に帰ってからは何も食べなかった。
それじゃあ腹も鳴るわな……

【神谷】
「レトルトの買い置きまだあったかな……」

戸棚の中をゴソゴソ、探してみると出るわ出るわ……
正直、なんでこんなに買ったんだろうとあきれ返るくらい出てきた。

カレーやら、パスタやら、うどんやら、その他多数。

どれが食べたいというわけでもないので、目を瞑って1つ取り出してみた。

【神谷】
「……雑煮」

一瞬止まってしまった、まさかこんな物を選んでしまうとは。
予想外の展開とはまさにこれだな。

とりあえず雑煮をレンジに入れ、3分間のタイマーをセットする。
この3分間の待ち時間で学校の準備、制服に着替えて、髪を整えて……

歯を磨き終わる頃には、レンジが3分間終了の知らせを報じてくれた。
しかしまだ食べない、ここから30秒の延長時間、それが俺のどうでも良いこだわりだった。

合計3分30秒の時間をかけ、完成された雑煮を器に移す。
澄まし汁仕立てで餅が2つ、後は数種類の野菜が入っていた。

まずは一口……

【神谷】
「あ、美味いじゃない」

これと云って変に感じるところもない、というかこれは普通に美味い。
ちゃんと餅の味があるし、野菜にも味が染み込んでいる。
レトルトにしては高水準の出来と云って良いのではないだろうか。

しかし、しかしだ、ただ1つ難点をつけるとすれば……

【神谷】
「なんで正月でもない平日に雑煮を食べてるんだ」

時季が悪かった……

……

【教師】
「これを、ピューリタン革命と云うわけです、メモしておくように」

世界史教師の熱弁が教室に響く中、俺は1人授業そっちのけで空を見ていた。
空には綿帽子のような雲がいくつか漂っており、白と藍のコントラストが綺麗だった。

こうやって普段から見ている空は、いつも定義が確立されたモノである。
この『空』の定義はどうやっても覆らない、それだけ『空』というモノの定義には穴がなく
いかなる手段をもってしても『空』を否定することは出来ない。
それは、『空』が完全なる『モノ』として定義が終了してしまっているからだ。

この世で唯一完全なる『モノ』、それは空をおいて他には考えられない。

そんな『空』と比べて、他は比較にもならないほど不安定な定義で構成されている。

例えば、『りんご』をテーブルの上に置く。
『りんご』は時間と共に劣化が始まり、最終的には『りんご』という個体ではなくなってしまう。

これはりんごだけにいえることではない、完全なる『空』以外の全てのモノにいえること。
たとえそれが海であっても、機械であっても、風景であっても

そして……

【教師】
「……たる君、神谷 渡君」

【神谷】
「え、は、はい?」

突然世界史教師から振られてしまった、まずいな、前の会話なんて全く聞いていないぞ。

【教師】
「わかりませんか?」

【神谷】
「ええっと、俺にはちょっと……」

とりあえず何かを答えるように云われたのだろう、教師の台詞から推測してみた。

【教師】
「聞いていませんでしたね?」

【神谷】
「あ、えぇっと……」

【教師】
「私は呼んだだけですよ、まだ何をしてくれとも云ってはいませんよ」

【神谷】
「そう、なんですか……?」

教師はやや呆れたように小さく溜め息をついた。

【教師】
「まあ、私の授業は面白くは無いと思いますがね、テスト出題場所ぐらいは聞いてもらいたいものですね」

【神谷】
「すいません……」

【教師】
「では軽い罰を与えましょう、授業が終ったらこの地図を準備室に戻しておいてください」

教卓の端には、教師の身長を軽く越えるほどの大きな巻き地図が垂らされていた。

【教師】
「資料室の奥に立てかけておけば良いですから、よろしくお願いしますよ。
それではこのピューリタン革命ですが……」

教師は俺に罰を与えると、再び授業を再開した。
だけど……

【神谷】
「資料室ってどこにあるんだ……?」

……

資料室。

読んで字のごとく、勉強か何かで使うであろう資料が置かれている部屋。
通常どの学舎にも設置され、大体標本なんかが夜な夜な不気味に動くだのの怪現象話が噂されるスポット。

俺もここはもう今年で終わりの年だ、それだけ長い間ここにはいるのに。

資料室の場所がわからない……

だって用事が無いもの、資料室はあらかた教師が主に使用する場所だろ
一般の平生徒である俺には通常関係がある部屋ではない。

そのせいで苦労することもあるわけだ……

【神谷】
「確か、4階の突き当たりの部屋の奥って云ってたな」

月花に大体の場所を聞いてきたんだけど、どうにもその説明には腑に落ちない点があった。
なんでも、資料室という部屋自体この学舎には無いらしい。

じゃあ一体資料室って何のことなんだ、となるわけだが
たぶんあそこではないだろうかという部屋を月花に教えてもらってきた。

4階突き当たりの部屋の奥、そう云われたんだけど……何か変じゃないか?
部屋の奥ということは、最初の部屋自体は何の部屋なんだ?

【神谷】
「突き当りってここだけど……ここは」

突き当たりの教室、そこに掛けられていたプレートには

『美術室』

と書かれていた。

【神谷】
「……ここか?」

『美術室=資料室』の構図がどうしても成り立たない。
美術室というのは美術の授業で使う部屋であり、イーゼルやら、絵の具やらが置いてある部屋だよな。

対して資料室というのは資料が置いてある……石膏像なんかも資料といえば資料か。

無理矢理な仮説をたてて自分を納得させ、美術室の扉を開けた。

【神谷】
「やっぱり、美術室だよな?」

部屋の中は普通の美術室、整理整頓はされているが、部屋には絵の具の匂いが僅かながら染み付いていた。
どう見てもここは美術室であり、資料室というのは無理が……奥の部屋だったな。

美術室の奥には扉が1つ、あそこが目的地らしい。

コンコンと軽くノック、誰もいないとは思うが、一応な。

返事は返ってこない、予想通りだったので躊躇なく扉を開けた。

【神谷】
「……ええっと」

一応ここが資料室らしいんだけど……ここはどう見ても美術準備室だ。
美術室よりも絵の具の匂いが強く、いかにも美術準備室という感じだった。

壁には数点の水彩画や油絵が飾られ、中世ヨーロッパを髣髴とさせる石膏像が数点置かれている。
ここをどうやったら資料室と呼べるのだろうか?

見渡してみても俺が持っている地図と繋がるような物は……あれ?

動かしていたせ視線に映ったものは、また奥に続く扉。

ここは美術準備室、さらにその奥があるということは、そこは『美術準備室準備室』だろうか?
準備室の準備室があるとは思えないが、興味本位でその扉も開けてみた

魔界とかに繋がってたら面白いかも
という低学年レベルの考えなんて微塵も浮かばなかった、夢のないやつ……

開けた先には準備室の準備室などなく、勿論魔界とも繋がってはいなかった。

地球儀やら、大きな巻物状の地図やら、学校の年鑑やら。
どうやらここが、目的地の資料室のようだ。

とりあえず、似たような巻物の近くに持ってきた資料を立てかけておいた。

【神谷】
「この学校、変な造りだこと」

美術準備室の奥に、資料室なんて作る学校はここくらいじゃないかな。

【神谷】
「目的も果たせたわけだし、戻りますか」

資料室を出て美術準備室へ、シーツの被せられたイーゼルの横を過ぎ……なかった。
ちょっとした興味がわき、悪いとは思いながらも少しシーツをめくってみた。

シーツの隙間から、まだ乾ききっていない油絵の具の匂いがした。

【神谷】
「へえ、結構上手いな」

描かれていたのはどこかの風景画。
両手に背の高い木立が伸び、吹き抜けの空と、細い林道が一本描かれていた。

だけどこのタッチ、どこかで……

【?】
「誰!?……」

声のした方に視線を移すと、扉の前には少女が立っていた。
少女は敵を見るような、怯えや嫌悪を表すような表情をしている。

【神谷】
「あ、俺は怪しい者じゃ……」

学校の制服を着ているんだから不審者ではない、あくまで見た目はだが……

少女はジッと俺を上から下まで一通り眺め、俺と視線を交差させると。

【少女】
「……」

【神谷】
「あ……」

手にしていたシーツを取られ、再びイーゼルにシーツが被せられた。

【少女】
「絵とは、完成させた物を始めて『絵』という、シーツが被せられているということはまだ絵は未完成ということ
完成もしていない絵を見ようとするなんて、礼儀の無い人ね」

【神谷】
「わ、悪かったよ」

【少女】
「謝るのなら、これを描いている人に向かって云いなさい
描いている人は、まだ見て欲しくないはずよ」

少女はそう云い残すと、俺が出てきた資料室へと入っていった。
どうもばつが悪いと感じ、俺は少女と再び出会う前に美術準備室を後にした。

……

キンコンと六時限目終了の鐘が鳴る、毎日こればかり俺は待っている。

【神谷】
「んああぁ〜……やっと終った」

首をコキコキ鳴らし、軽く伸びをする。

【浩徳】
「やあ、ルーク神谷」

【神谷】
「浩徳!……俺はこれで」

俺に声をかけてきたのは昨日話しにも出た、生徒会トップ『音無 浩徳』である。
こいつが名前の前にチェス用語を用いた場合、高い確率で仕事を手伝わされてしまう。

【浩徳】
「待ちたまへ、今日はこれといって大仕事をしてくれなんて云わないよ」

【神谷】
「前にも似たような文句を云われて、夜8時まで付き合わせたのはどこのどいつだ?」

【浩徳】
「私だ、しかし終了報酬として夕食をご馳走したであろう?」

【神谷】
「お礼をくれれば何でもするわけじゃないぜ」

【浩徳】
「では報酬無しで良いかね?」

【神谷】
「ちょっと待て、俺が帰る選択肢は無いのか?」

【浩徳】
「無い」

友好関係はあるものの、どうもこいつはあまり得意ではない。
勿論嫌いというわけじゃない、なんというか
ペースが常にこいつにあるために、どうもいいようにあしらわれているような気がしてしまう。

月花も似たようなやつだが、浩徳はそれ以上に扱いが難しい。

【浩徳】
「まあまあ、仕事を聞いてから帰っても遅くはなかろう?」

【神谷】
「話くらいは聞いても良いけど」

【浩徳】
「話がわかる、仕事と云うのはだね……」

……

「今年度上半期の年鑑を作るから、過去の資料を持ってきてくれたまへ」

この話を浩徳から聞いたときは本当に驚いた。

仕事は過去の年鑑を持ってくるだけなのでどうということはないが
驚いたのは年鑑を作るのが生徒会の仕事だったということだ。

普通学校の年鑑というのはそれ担当の教師が作る物だろう、それを何故生徒が作るんだ?
深く考えないで良いとは云われたけど、深く考えたくもなるよ……

そんなこんなで、俺はまたあの準備室奥の資料室へと向かっているわけだ。
しかし、俺もお人よしだ、あれだけ嫌がっていたのに結局手伝ってるよ。

美術室の扉を開けるが、誰もいない。
本当にこの教室使ってるんだろうかと疑いたくなるほど人の気配が無い。

美術室を抜け、また美術準備室へ。
再びノックを2回、同じように返事はなかった……わかってはいたけど。

と、思ったのは甘かった。

扉を開けると、中には先客が居た。

【少女】
「!?」

突然の訪問者に驚いたのか、少女は筆をくわえたまま止まってしまった。

【神谷】
「君は」

少女には見覚えがある、さっき準備室で鉢合わせになったあの少女だった。
止まっていた少女も動きを取り戻したのか、くわえていた筆を手に持ち替えた。

【少女】
「無礼な! 私は入室を許可してはいないぞ!」

少女は顔を僅かに赤くしながら俺を責め立てる、完全に俺は悪のようだ。

【神谷】
「ノックしたんだけど」

【少女】
「私はそれに受け答えをしていないぞ、君は相手の返事を待たずに部屋に入るのか!」

【神谷】
「それは悪かったって、それよりも、君何してるの?」

【少女】
「見ればわかるだろう、絵を描いている……って君は昼の」

少女も俺が昼に会った男だと理解したようだ。

【神谷】
「なんだ、その絵を描いていたのって君だったんだ」

【少女】
「で、出て行けー!」

怒鳴り声と共に筆が1本飛んできた、回転を加えた筆は俺の額にコツン。

【神谷】
「いた、何も筆投げなくても……」

【少女】
「いいから、出て行けー!!!」

このまま残っていたら他にも色々投げられそうなので、ひとまず撤退!

最初の出会いからあまり良い印象は無かったが
二度目の遭遇は前よりもさらに後味の悪い物だった。


そうだった、これがあいつとの出会い。
俺にあることを教えてくれた少女、『諏訪 蓮見』との出会いだった……






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