【最高の休日の過ごし方】



【カホル】
「それじゃ、少し出てくるから留守をよろしくね」

【由都美】
「行ってきます……」

【音々】
「行ってらっしゃい」

カホルさんと久山先輩は二人でお買い物。
私は午後からも姫崎先輩と一緒にお勉強、午後も頑張らなくちゃ。

【音々】
「何か飲まれますか? カホルさんもいませんので
お店で出しているようなのも内緒で出せますよ」

【箱根】
「そんな、悪いですよそんなの」

【音々】
「そうですか? カホルさんならそういったことはほとんど気付かないから大丈夫なんですけど。
……ではこうしましょう、私が飲みたかったから淹れたのであり
箱根ちゃんは知らずに飲まされたってことにすれば箱根ちゃんは何も悪いところないですよ」

【箱根】
「はあ、だけど……」

【音々】
「大丈夫ですよ、時折一二三さんとお茶をさせてもらったりしていますから。
アッサムのロイヤルミルクティーですけど、それで良いですか?」

【箱根】
「あ、ええと……じゃあ、お願いします」

【音々】
「ふふ、かしこまりました。 しばらくお待ちくださいね」

姫崎先輩は楽しげに微笑み、厨房の奥へと姿を消した。
結局私から折れちゃった、もし姫崎先輩が怒られるようなことがあれば私も一緒に怒られよう。

【音々】
「そういえば箱根ちゃん、画廊でのお仕事はどうでしたか?」

【箱根】
「どうと云われてしまうと……まだ慣れないことばっかりですね」

【音々】
「あそこってどんなお仕事をしてるんですか?
私はおろか、満月先輩や由都美先輩もあそこのお仕事はどんなものか知りませんので
ちょっと興味があるんですよ」

【箱根】
「うぅん……カホルさんが描いた絵を展示するための下準備、ですかね?
照明の当て方とか、どの程度の高さに置くとか」

【音々】
「素人の方がそこまで気にするようだと、もはや遊びとはいえないかもしれませんね。
凝り性というかなんというのか、それだけ自分の世界を一番良く見てもらうということにもなりますけどね」

【箱根】
「……あの、少し気になったんですけど」

【音々】
「何にですか?」

【箱根】
「あの画廊って、いつごろお客さん来てるんですか?」

【音々】
「お客様ということになると……平日は勿論、休日にもほとんどいないんですよね。
元々お金を取ってまでやるようなことじゃないとカホルさんも云ってますから
拝観料は百円程度のものですし、本当にカホルさんが趣味でやっているレベルの話なんですよ」

【箱根】
「そうだったんですか」

【音々】
「えぇ、失礼な話ですけどカホルさんの絵は万人受けはしないですからね」

確かに、女性はああいった怪物染みた絵を好むことは少ないんじゃないだろうか?
ああいうのはやっぱり男の子、男性なら幅広い層に指示されると思う。

【音々】
「でも、私はカホルさんの絵好きですよ。
お仕事が終わった後も、たまにですけど一時間ほど見させてもらったりしてるんです」

【箱根】
「一時間もですか」

【音々】
「えぇ、もう何十回と見させてもらっているのですが、それでもいまだに見飽きることが無いんですよ。
私の思い込みかもしれませんけれど、カホルさんの絵は見る時間によって受ける印象が違うんです」

【箱根】
「そう、なんですか……?」

【音々】
「勿論そう感じるのは私だけかもしれません、だけど実際私にはそう感じるんです。
絵はどう頑張っても動かない静止物です、一切の変化も無く常に一定を保つ変化の現れない無機物。
それを時には全く別の印象を受けるんですから、もしかすると私はちょっと変なのかもしれませんね」

【箱根】
「そんなことは、ないと思いますよ」

【音々】
「ふふ、ありがとうございます。 あ、お湯沸いたみたいですね」

姫崎先輩は再び厨房へと戻り、かちゃかちゃと手際良く紅茶を淹れて戻ってきた。

【音々】
「どうぞ、熱いですから気をつけてくださいね」

【箱根】
「ありがとうございます、いただきます」

ミルクが混ざっているために、透き通るような琥珀色はしていないが
逆に淡く、それでいて柔らかく優しい印象を受けるミルクティーの色。

息を吹きかけて冷ましてから一口、アッサムの香りを邪魔せずまろく包んでいるミルクの淡さ。
お砂糖は入れられていないのだろう、それでも飲みにくいという感じは一切しなかった。

【箱根】
「美味しいです、先輩」

【音々】
「お気に召していただけたようで何よりです。
そうだ、箱根ちゃんはカホルさんが描かれた一番新しい絵はご覧になっていますか?」

【箱根】
「というと……白いドレスの人形の絵ですか?」

【音々】
「ええ、今までカホルさんが描かれた中でも特に異質な、と云うと語弊がありますね。
今までのカホルさんらしくない絵が描かれていましたので、ちょっと気になってしまって」

【箱根】
「綺麗な絵でしたよね」

実際私もあの絵には見惚れてしまった、後でモデルが私だと聞かされて結構恥ずかしくもなったけど……

【音々】
「あの絵、ひょっとしてモデルは?」

うぅ、やっぱり見慣れてる姫崎先輩は鋭い。

【箱根】
「私、らしいんですよね」

【音々】
「やっぱりですね、あの人形がしていた眼鏡箱根ちゃんの眼鏡に似ていましたからね。
それに、あのお人形と箱根ちゃんのイメージはまさにぴったりでしたから」

【箱根】
「私には……いえ、なんでもないです」

カホルさんと約束したんだ、自分を過小評価してはいけない。
勿論自分に自信があるとは云わないけど、だからって自分の評価を下げる必要は無い。

カホルさんの、誰も招きいれたことのない聖域で私と二人。
あの中でカホルさんと約束したんだから、それを裏切ってしまうわけにはいかないよ。

【音々】
「ちなみにですけど、私をイメージして描いていただいた絵もあるんですよ」

【箱根】
「そうだったんですか?」

【音々】
「私だけでなく、満月先輩や由都美先輩をイメージして描かれた絵もありますよ。
とは云っても、私自身カホルさんにいわれるまで自分が得のモチーフだって気がつきませんでしたけどね」

【箱根】
「先輩のイメージってどの絵なんですか?」

【音々】
「一角獣ユニコーンの絵を見たことありますか? 私のイメージはあれらしいです。
さすがに私もどうしてユニコーンに選ばれたのかまではわかりませんけど」

ユニコーン、確か先日見た記憶がある。

頭部に巻き角を携えた白馬の絵だったかな、あの絵もカホルさんの中では
ちょっとタッチの違う絵だった気がする。

ぼんやりとした蒼白い光に包まれた白馬、その白馬も結構抽象的に描かれていた。
確かに形自体は馬なんだけど、見方を変えれば全く別の絵にも見えそうな独特の物だった。

【音々】
「絵だけを見れば、幻想的な絵に見えるのですけどね。
実際ユニコーンというのは獰猛で危険な生物なんです、それと……」

【箱根】
「それと?」

【音々】
「ぇ、えぇと……その……生娘が好きなんです」

【箱根】
「へ? 生娘というと……」

つまり……処女の娘ってことだよね?

【箱根】
「……」

【音々】
「……」

私と姫崎先輩はお互いに視線をそらせた、たぶん二人とも同じように顔を赤くしていることだろう。
理解するまでに時間がかかったせいで、姫崎先輩は私以上に恥ずかしいのだろうなあ。

だけど生娘って表現なのでまだ良かった、姫崎先輩の口から処女とかの単語はあまり聞きたくない。
なんというかその、人にはそれぞれその人のイメージがあるからね。

【音々】
「私ってそんなイメージでしょうか……?」

【箱根】
「え、ぇえと……それはカホルさんに伺ってみないと」

【音々】
「あまり聞きやすい話ではないんですよね。
ユニコーンがどんなものであるかを知らないのなら、聞くのも容易いのですけど……」

なまじユニコーンがどんな存在であるかを知ってしまっているために
自分とそれを同じイメージにされているのが気恥ずかしいのだろう。

姫崎先輩でなく、私でも同じ立場ならきっと先輩みたいになっちゃうかな……?

【箱根】
「で、でもでもカホルさんはそのことを知らずにイメージした可能性もありますよ」

【音々】
「慰めありがとうございます、ですが私のこの知識はカホルさんから教えてもらったものなんですよ」

あちゃぁー、フォロー失敗……

ぁ……

【音々】
「私よりも、満月先輩の方がイメージに合っていると思うのですが……
箱根ちゃんはどう思いますか?」

【箱根】
「ぇ、ぃ、いや、私はその……?」

【音々】
「どうかなさいましたか?」

ガバ!

【満月】
「ボクが、どうかしたのかな?」

満月先輩が後から姫崎先輩の首に抱きついた。
突然のことに姫崎先輩の肩がビクリと震え、恐る恐るといった感じに満月先輩を確認した。

【音々】
「み、満月先輩! お、脅かさないでください」

【満月】
「えぇー? ちゃんと入るときにノックしたのに、気付かない方が悪い。
ちゃんと箱根ちゃんは私の来訪に気付いてくれたぞ」

【音々】
「そ、そうだったんですか?」

【箱根】
「……はい」

【満月】
「箱根ちゃんは優しいよ、それに比べて音々はもう……
ボクのことなんていないも同然なんだ、その辺の石ころと同格なんだ!」

【音々】
「ひゃぅ! も、申し訳ありませんでしたから。
み、満月先輩、胸を触るの止めてくださいぃ!」

首に抱きつきながら、もう片方の手で姫崎先輩の胸を揉んでいた。
本当に、満月先輩ってば女性で良かったですね……

【満月】
「はいおしまい、気持ち良かったでしょ?」

【音々】
「良くないです! というか、何でそうやって私の胸ばかり触るんですか!」

【満月】
「だって、フィアのを触ると怒るし、一二三さんのを触るともっと怒るし。
かおるは論外だし、箱根ちゃんにそんなことしたら檻の中でしょ?」

【音々】
「どうしてその中に私が入ってないんですか!」

【満月】
「音々のは公認だから良いんだよ」

【音々】
「勝手に公認にしないでください、それに私だって怒ってるんですから」

【満月】
「あらそう、ボクは今それ以上に怒ってるよ。
なんたって可愛がってる後輩にいない人扱いされたんだからね」

【音々】
「う、そ、それは確かに私が悪かったですが。
だからといって代わりに私の胸を触るのは納得いきません」

うん、そりゃそうでしょう。
姫崎先輩の云っていることはまさしく正論だ、だけど正論であるからこそ
満月先輩には意味を持たないんじゃないのかなぁ……

【満月】
「まあまあそんなに怒らない、スマイルスマイル」

【音々】
「原因は全部満月先輩ってこと忘れないでくださいね」

【満月】
「ところでさ、何で今日お店開いてないの?」

【箱根】
「一二三さんが風邪を引いてしまったみたいで、今日はお休みらしいですよ」

【満月】
「あーやっぱり風邪引いたんだ、そりゃ大変だ。
で、かおるはどうしたの? 一二三さんの看病?」

【音々】
「由都美先輩と買い物に出かけましたよ」

【満月】
「一二三さんほったらかしなんだ、ひっどいねえかおるのやつ。
だけど店が暇ってなると、ボクも今日一日暇になっちゃうなぁ」

満月先輩は壁に密着した長椅子に深々と腰かけ、両手を頭の後ろで組んで枕のようにした。

【満月】
「そういえば二人はさっきから参考書なんか眺めて何してるの?」

【音々】
「新年次と二年次には試験があるじゃないですか、あれのお勉強ですよ」

【満月】
「あんなのやったところで何にもならないから何にもする必要ないのに」

満月先輩も久山先輩と同じことを云うんだ。
最高点と最低点を取った人が同じ考えっていうのもなんだか不思議。

【音々】
「満月先輩は試験をどう乗り越えたんですか?」

【満月】
「ボク? ボクは何にも用意していかなかったかな。
しなくても良いテストって教師陣も云ってたから、名前だけ書いて白紙で出したよ」

【二人】
「へ?」

【満月】
「どしたの二人ともそんな驚いた顔して? ボク変なこと云った?」

【音々】
「じょ、冗談ですよね?」

【箱根】
「本当に白紙で出したんですか?」

【満月】
「そだよ、だからボクのテストは前代未聞の0点というわけよ。
だってしなくて良いって云われたのなら、しなくても文句はないでしょ?」

それは確かにそうですけど、だからってしない人がいるとは予想外だった。
でもそれが満月先輩となると、それもありなように感じてしまうからやっぱり不思議……

【満月】
「でもさ、箱根ちゃん月代に入れるくらい学力あるんだから勉強しなくても良いと思うよ。
音々は前例を知ってるから尚更ね」

【音々】
「そうではありますけど、一応予習はしておかないと……」

【満月】
「何云っちゃってるかなぁ、たかがテスト所詮テスト。
成績に関係ないテストなんてやるだけ無駄無駄、そんなのに時間を浪費したら罰が当たるよ」

立ち上がった満月先輩は私の元へ。
さっき姫崎先輩にしていたのと同じように首へを腕を回して私を抱きしめた。

【満月】
「ボクたちも、遊びに行かない?
折角の休みなんだし天気も良いよ、こんな日に陽の当たらない店の中で勉強してたら祟られるよ」

【音々】
「一体誰が何のために祟るんですか」

【満月】
「気分だよ、気分。 それとも、箱根ちゃんもボクとじゃ外に行くの嫌かな?」

フッ

【箱根】
「ひぅ!」

耳元に息を吹きかけられた、ぞわぞわと背筋にくすぐったさが駆け抜けた。
そっか、こうやって満月先輩のファンって増えるんだろうな。

【音々】
「箱根ちゃんに無理強いしちゃ駄目ですよ」

【満月】
「無理強いじゃないって、ボクからのお誘いだよ。
で、どうする箱根ちゃん、ボクと一緒に散歩でもしようか?」

【箱根】
「わ、わかりました……でも、私なんかが一緒にいてもきっと面白くならないですよ」

【満月】
「何を仰るウサギさん。 ボク一人だともっと退屈なんだから、箱根ちゃんはいるだけでプラス要素だよ。
勿論音々も付き合うよね? まさか先輩からのお誘いを突っぱねたりしないよね?」

【音々】
「もぅ……わかりました、私もお供します」

……

【満月】
「♪」

陽の下に出てから、満月先輩は常に鼻歌交じりに笑顔だ。
やはり満月先輩には陽の光が良く似合う、陽の光の中でこそ元気が溢れてる先輩は生き生きして見えるもの。

【音々】
「云い包められちゃいましたね」

【箱根】
「そうですね」

【音々】
「思い立ったら即行動、満月先輩らしいといえばらしいのですけど」

【箱根】
「……良いじゃないですか、満月先輩もやらなくて良いテストだって云ってましたし。
私もあんまり難しく考えるのもう止めます」

【音々】
「……それも、良いかもしれないですね」

クスリと姫崎先輩が笑う。
だけど本当に良い天気、満月先輩ではないけどやはりこういう日には外にいるほうが気持ちが良い。

昔は日曜日といえば意味もなく街中に出てウインドーショッピングなんてしてたっけ。

【満月】
「二人はどっか行きたい所とかある?」

【音々】
「私は特には」

【箱根】
「私もです」

【満月】
「じゃあボクのわがままに付き合ってもらおうかな。
えぇっと、まずは……」

……

余程遊びに出たかったのか、お店を出てからの満月先輩はエネルギッシュだった。

街の中をぶらぶらしたり、眼に留まったお店に入って中を見て回ったり
変わったところでは植物園にまで連れて行ってくれた。

今はもう一度街に戻ってお店までの帰路についている。

【満月】
「飲み物でも買ってくるね」

【音々】
「……ふぅ、満月先輩はいつでも元気ですね」

【箱根】
「でも楽しかったですよ」

【音々】
「楽しいは楽しいんですけど、私には少し疲れてしまいますね。
比べて箱根ちゃんは少しも疲れていないみたいですね」

【箱根】
「一応陸上部でしたから、体力だけなら少しはありますよ」

【音々】
「私は文化系ばかりでしたから箱根ちゃんが羨ましいです。
ランニングでもすれば体力つくんですか?」

【箱根】
「効果的ではありますけど、姫崎先輩は……」

ランニングは止めたほうが良いんじゃないかなぁ。
はっきりとはいえないけどそのなんだ、胸とか……

【音々】
「なっ……み、満月先輩みたいに見ないでください」

私の視線で察知したのか、姫崎先輩は胸を隠すように腕で押さえて僅かに身体をそらした。

姫崎先輩くらいに大きかったら走る際にはまあ邪魔でしょうね。
私なんかもう何の抵抗もなく走れますよ……全然嬉しくないよ。

【?】
「あ、ねえねえ君たち?」

【箱根】
「ふえ?」

【音々】
「私たちのことですか?」

声に振り返ると、そこには男の人が三人。
なんだろう、前にも一度こんな場面があったような気がする……

【男1】
「そうそう、日曜に女二人じゃ退屈でしょ?
だからさ、俺たちと一緒にどっか行かない?」

【男2】
「可愛い子二人だけでいると変な男が寄ってくるよ。
あ、だとすりゃ俺たちも変な男になるか」

三人は揃って笑い出した、こっちはちっとも面白くない。
まあ、こんなことになるんじゃないかと予想は出来ていた。

【男3】
「ちなみに、君たち今暇だよね?
俺たちも暇なんだけどさ、どうよこれから」

【音々】
「え、えぇと……人を待っているものですから、申し訳ありませんけど」

【男2】
「待ってるのって女の子?」

【音々】
「はい……」

【男3】
「じゃあ俺たちも三人、そっちも三人でちょうど良くなるじゃん。
どっか行きたいとことかある? なんなら車出せるよ」

【音々】
「ぁ、あの、えぇと……」

姫崎先輩は代わる代わる言葉を投げる男三人にもうてんやわんやだ。
このままだとなし崩し的に付き合わないといけなくなるな。

だけど私が割って入ったところで前と同じになるのは目に見えている。
こんな時満月先輩ならなんて云ったかな、えぇえとー……

【男1】
「そっちの小さくて可愛らしい君も、暇してるんでしょ?」

【箱根】
「わ、私はその……」

あぁーもう私の莫迦莫迦莫迦!
ここではっきり断らないともう断るチャンスなんてないじゃないか。

もう一度気持ちを落ち着けて、深呼吸ー。

すーはぁー……

【満月】
「ざーんねんでーした、悪いけど二人ともボクのなんだよね」

私と姫崎先輩の肩を抱き、二人の間から満月先輩が顔を覗かせた。

【満月】
「そういうわけだから、君たちは別の女の子でも誘ってなさい。
ま、君たちみたいなのに尻尾振る女の子がいればの話だけどね♪」

【男2】
「ちょっと待てよ」

【男3】
「いや、俺たちの方が分が悪い」

【男1】
「なんでだよ、わざわざあきらめる必要なんて……」

後では男三人の声が何やかやと聞こえるが、聞こえないフリをしながら満月先輩が二人の背中を押した。

【満月】
「ああいうのはね小莫迦にしてあしらうのが一番良いのよ。
音々みたいにああだこうだと云ってるとつけ込まれるからね」

【音々】
「うぅ、ありがとうざいます」

【箱根】
「これで二回目ですね」

【満月】
「あー箱根ちゃんはそうなるのか。
箱根ちゃんちっさくて可愛いから人気高そうだしね、勿論音々もね」

【音々】
「明らかに箱根ちゃんとは違うところを見て云ってますよね」

【満月】
「当たり前でしょ、それは音々の武器なんだから。
もっとも、それを好きにしても良いのは今の所ボクだけだけどね♪」

【音々】
「ひゃう! 満月先輩もダメです!
というか、満月先輩が一番ダメです!!」

はは、でもやっぱり満月先輩って凄いな。
もし、もう今度はないかもしれないけど、今度こんなことがあったら今度こそ私も断ってみせるぞ!

……

【満月】
「ただーいまー♪」

【カホル】
「お帰り、人さらいのご帰還よ」

【満月】
「誰が人さらいか失礼な!」

【カホル】
「音々と箱根ちゃん連れてっちゃったでしょ?
帰ってきて誰もいないからそれはもう驚いたものよ」

【由都美】
「嘘、どうせ満月がって云ってた」

【満月】
「なんにせよボクが悪モンじゃないか!」

【カホル】
「二人を連れ出したのは満月でしょ?
じゃあ全部の責任は満月に集中して然るべきよね」

【満月】
「納得できーん! 理不尽だー!! 公平性を欠く判断断固拒否ー!!!」

【音々】
「満月先輩、そんなに怒らないで、落ち着いてくださいよ」

【由都美】
「同情すると付け上がる」

【満月】
「んだとこるあぁーー!!!!!」

【箱根】
「わあ満月先輩! グーに握っちゃダメですってば!」

満月先輩の腰に飛びついて暴れる先輩を押さえつける、物凄い頼りない私がだ……

【カホル】
「ま、皆揃ったことだしお茶でも淹れましょうか。
ちょうどお菓子も焼きあがるころだしね」

【満月】
「待てや! まだ話は何一つ終わってないんだぞ!」

【音々】
「満月先輩、あんまり暴れると箱根ちゃんが……」

【由都美】
「大人しくする」

コツン!

【満月】
「いつ!」

【由都美】
「後輩の前であんまり醜態を晒さない」

【満月】
「おんのれぇー、二人とも今に見てろよぉ」

【音々】
「まあまあ、そんなにいきりたたないでくださいよ。
箱根ちゃんがもうへろへろになってますから……」

【箱根】
「はふぅ……」

な、なんとか最低限の仕事だけは出来たかな。
だけど満月先輩って男性みたいに力強いよ、よく私の力で押さえられたもんだね……

【カホル】
「リンゴのタルト焼けたよー、生クリームかアイスクリームか好きな方かけてどうぞ」

【満月】
「じゃあボクこれだけね!」

八つ割りにされていたタルトの半分を満月先輩が持っていった。
その上に半分はたっぷりの生クリーム、もう半分にもアイスクリームをたっぷりと。

あんなに食べてお腹大丈夫かな……?

【カホル】
「あんまりがっつかない、欲しければ追加で焼いてあげるから
一度に取り過ぎて残したなんてことないようにね」

【満月】
「女の子はイライラしたら食欲が増すモンなのさ!」

【カホル】
「正論?」

【由都美】
「さぁ……?」

【音々】
「人によってはそういう人もいるみたいですよ」

【箱根】
「お腹壊さないんでしょうか?」

【由都美】
「壊したら自業自得、箱根ちゃんが心配する必要はない」

それはまあそうですけど、久山先輩って時々ドライだ。

だけど、こんな休日なら毎回あっても良いかな。
なんて、私は考えていた。






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