【初日は晴れのちどんより曇り】



お風呂上りで濡れていた髪もすっかり乾き、指を通してみるとさらさらと指の間を髪が流れていった。
下着とワイシャツだけのとてもシンプルな、ちょっとエッチな恰好だけど私1人だから気にすることもない。

髪が乾いたことを確認し、私の腰下まで映す大きな鏡の前へと歩み寄る。
鏡の中でちょっとだけエッチな恰好をした私の姿、自分で自分を見て云うのもなんだけどちょっとだけ照れくさいな。
大きな鏡とは云ったけど、それは私の身長が乏しいからそう感じるだけであって、他の人にしたらきっと普通くらいの大きさなんだろう。

【箱根】
「はぁ、もうちょっとで良いから背が欲しかったな」

昔から伸びの悪いほうだったけど、ここ最近では一センチも伸びてくれていない。
何ミリかは伸びるんだけど次に測ったときにはまた元通り、体重じゃこうはいかないくせになんだかずるいよ。

【箱根】
「ちっちゃい子は可愛いって云うけど、小さいほうはこれで結構苦労するんだけどな」

と、いつまでも愚痴を云っていてもしょうがないので、身長のことは諦めてハンガーにかけられた制服を手元へと引き寄せた。
深い紺色が特徴的なセーラー服、今までずっとブレザーだったので新鮮であり、これもまた少しだけ気恥ずかしくもある。

上着に通す袖がまだ少しだけ硬い、まだおろしたてで私の体に馴染んでいないからだろう。
見栄を張ってワンサイズ大きいのを買っちゃったけど、きっと卒業するまで同じサイズなんだろうな……

上着を身にまとい、スカートのホックを留め、鏡を見ながらネクタイを結んでいく。
普通のネクタイなら慣れてるんだけど、セーラー服のネクタイは胸元で蝶結びにしないといけないからちょっと苦戦。

【箱根】
「うん、これで大丈夫かな」

ネクタイを結び終わり、いよいよ最後の一手間。
長い後ろ髪を束ね、頭の上の方から邪魔にならないように垂らす、頭の後方にちょんとポニーテールがきれいにできあがっていた。

【箱根】
「ふぅ……よし、今日も一日頑張ろう」

机の上に置いておいた銀縁シャープな眼鏡をかけ、軽く真ん中を押して微調整。
鏡の中で小さくガッツポーズと笑顔、自然な笑みが今日の一日を平穏に終らせてくれることを伝えているようだった。

……

『月代水纏女学院』

白を基調にして建てられた、ちょっと見方を変えれば宮殿とも云えるような立派な建物。
私がお世話になる学校なんだけど、何度見ても私には少し場違いな感じがする。

県内では結構有名な女子学校で、まだ設立されてそう長い年月が過ぎてはいないのだけど前の学校でも皆一度は口にしていた。
お嬢様学校というイメージそのもののような、家柄の良い人が生徒の大半を占めているらしい。

私の家はとてもじゃないけど良い家柄じゃない、普通の家なんだけどね。

競争率も高く、正直私が入るようなことがあればよほど資金面で困っているのかな? なんて考えてしまう。
だから合格発表のとき、私のプレートが掲示されていたのを見たときは一瞬止まって、その後泣き出しちゃったっけ。
一緒に受けた友人が「おめでとう」って私の頭を抱いて祝福してくれた、その子は残念ながら落ちちゃったのだけど……

【箱根】
「はぁ…ふぅぅ……」

大きく息を吸い込み、深く吐いて気持ちを落ち着ける。
今日からの不安もいっぱいだけど、それと同じくらいわくわくが私の中にあるのも確か。

校門の外から校舎に向けて軽く一礼、なんでもここの規則で朝門をくぐる前と、放課後門を出た後に必ず一礼をするのが決まりらしい。
なんだかいかにもお嬢様学校って感じがして、私もここの生徒なんだって実感できる。

校門をくぐって校舎までの道のりを歩いていくと、校舎と校門のちょうど中間地点の大きなオブジェが眼に止まる。
オブジェの頂上部からはとても澄んだ水が止め処なく溢れ、音もなく静かに下方へと流れていく、これは噴水だ。

この学校が水纏と呼ばれる所以がこの噴水の存在にあり、この学校のシンボルにさえもなっている。
音もなく流れる水が、この学校がとても穏やかであることを示しているような、なんだか優しくなれるような不思議な雰囲気を与えてくれた。

【箱根】
「ちょっと早く来すぎちゃったかな」

手首を返して腕時計に眼を向けると、まだホームルームの開始まで30分近い時間があった。
昨日入学式があったばかりだからまだ知った顔の友人はいないから教室で時間を潰すのもなあ。

【箱根】
「折角だから校舎の見取りを済ませちゃおうかな」

どこに何の教室があるのかもわからないし、時間も有効活用できそうだしね。
鞄片手にちょっとした冒険気分で校舎の一階から探索を開始した。

……

【箱根】
「ここが保健室っと」

一階を順繰りにめぐっていき、この保健室が一番突き当たり最後の部屋になっていた。

【箱根】
「ちょうど頃合いだし、私も教室に急がなきゃ」

随分前から学校にいるのに、それで遅刻したら笑いものだよ。
一年生の教室は四階、バタバタと走る必要はないけれど少しだけ歩みを速めたほうが良いかな。

廊下を急ぐパタパタと小さな音が廊下の中に響いては消えていく。
この先で曲がって階段を上ればちょうど教室の前、私の脚は自然と早くなっていく。

そんな早足の私が先を曲がると……

【箱根】
「ぇ……!?」

眼の前に現れたのは階段ではなく、私の身長をゆうに超す紙類の束だった。
突然前に現れた紙の束にあっけにとられ、脚を止めることを忘れてしまい紙類の束へ鼻からぶつかってしまう。

【箱根】
「っぁ」

【?】
「きゃ!」

私が束にぶつかって変な声を出すのとほぼ同時に、もうひとつの小さな悲鳴が聞こえた。
どうやらただ紙の束ではなく、紙の束を持った人にぶつかってしまったみたい。

なんだろうと思ったのだけど、それよりもぶつかった私は軽い弾みで後ろへと尻餅をついてしまった。

【箱根】
「ぃたっ……」

【?】
「ひゃ、わわわわ……」

紙の束を持った人は私との衝突を予期していなかったため、急に崩れたバランスを保とうと必死に左右に揺れてバランスを元に戻そうとしている。
顔は束に隠れ、私から見えるのは紺のソックスと同じく紺色のミニスカートだけだった。
内股になってフルフルと足を震わせていたのだけど、やがて耐えられなくなったのか私と同じように尻餅をつく恰好で倒れてしまう。

【?】
「きゃぅ!」

トスンと小さな音の後、バサバサと紙がばらける音が盛大に鳴り響いた。
紙が宙を舞い、その奥から痛そうに軽く後ろ頭を押さえる女生徒の姿が確認できた。

【女生徒】
「あたたたた……」

【箱根】
「……あの、大丈夫ですか?」

尻餅をついたと同時に背の壁に頭でも打ったのだろうか、ちょっとだけ眼が半泣きになっていた。

【女生徒】
「ぁ、はい、私は別に大丈夫です。 すいません、前を確認できなくて、腕とか捻っていませんか?」

【箱根】
「痛みもないですので、大丈夫ですよ」

【女生徒】
「そうですか、お互いに良かったですね」

二人とも尻餅をついた体勢のままお互いの無事を確認する。

薄茶色のショートへアートで、ネズミ色のベストと紺色のミニスカート。

この学校は制服が選択式で、セーラー服かベストタイプかの二種類がある。
さらにそこから色の選択も希望でできるため、個人個人の制服を作ることが可能になっている。
ちなみに私の紺色セーラーはデフォルメ状態で、なんの手も加えられてはいない。

【女生徒】
「ぁ、いけない、早く資料を生徒会室に持っていかないと」

女生徒は辺りに散らばった資料を慌てて回収していく。
派手に散らばった資料は私のところにも結構飛んできている、この辺は私の担当かな。

【箱根】
「一人じゃ大変でしょうからお手伝いしますね」

【女生徒】
「ありがとうございます、助かります」

二人で散らばった資料を集め、私が集めた分を渡そうとしたのだけど……
これって渡したらまたさっきみたいに前が見えなくなるよね?

【箱根】
「生徒会室までお手伝いしますよ」

【女生徒】
「そんな、悪いですよ、ぶつかってしまったあげくに集めるのも手伝ってもらったんですから。
後は私一人で大丈夫ですので」

【箱根】
「とは云われましても、私がこれを返すとまた前が見えなくなるんじゃないですか?」

【女生徒】
「ぅ……た、確かにそうですね………あの、初対面の方に色々と迷惑をかけてしまって申し訳ないんですが。
お手伝いしていただけますか?」

【箱根】
「はい」

鞄を小脇に抱え、女生徒のやや後ろから目的地の生徒会室を目指す。

【箱根】
「確か生徒会室って……」

【女生徒】
「この先を真っ直ぐ、保健室の2つ隣の教室ですよ。
あ、もしかして新入生の方ですか?」

【箱根】
「はい、昨日入学式で、今日が初登校なんです」

【女生徒】
「そうだったんですか、あ、色々とすいませんでした。
新入生の方なのにぶつかってしまったり、手伝ったりしてもらってしまって」

【箱根】
「いえいえ、先輩方にはこれからお世話になるでしょうから」

【女生徒】
「今は私の方がお世話になってしまっていますけどね」

たははっと小さく苦笑いを見せる、私よりも年上の先輩なんだけどそれがとても可愛らしく見えた。
私よりも背が高く、それ以上に私よりも女性らしい大きな胸。

私もこんな先輩みたいなルックスとスタイルなら良かったのにな……

あまり女性らしくない私の体、歳のわりにこのちっさい胸はどうにかならないのかな。
胸だけじゃなくて当然身長もなんだけど、何より胸が無いから女の子っぽく見えない。

【箱根】
「とほほ……」

こんな私が有名お嬢様学校の生徒だなんて、ちょっと鬱かも……

【女生徒】
「どうかなさいましたか?」

【箱根】
「あ、いえ、やっぱりお嬢様学校って云われるだけあって、先輩はイメージぴったりだなって」

【女生徒】
「わ、私がですか? 止めて下さいよ。
私の家は上流階級ではないですし、とてもお嬢様と云われるような要素は持ち合わせていないですよ」

少し照れたようにはにかんで笑う、そんな仕草ひとつとってみても私よりずっとお嬢様らしい。
例え先輩がそういった位の人ではないとしても、仕草が先輩の格を高めている。

私みたいなお嬢様には果てしなく遠いような女の子でも、先輩みたいに振舞うことってできるのかな?

【女生徒】
「失礼します」

【箱根】
「ぁ、失礼します」

先輩につられて挨拶をするも、生徒会室の中に人の姿はなかった。
人がいないなら何も云わなくても良いんじゃないかなって思ったけど、この考えからまず改める必要があるみたいだね。

【女生徒】
「そちらのほうに重ねて置いていただけますか」

【箱根】
「はい、わかりました」

【女生徒】
「ふう、ありがとうございました、私一人ではもっと時間がかかってしまっていたところでした。
どこかで今回の埋め合わせをしないといけませんね」

【箱根】
「いえそんな、下心があって手伝ったわけじゃないですから」

【女生徒】
「と云われましても、それでは私の気が済まないですから。
こういったことは断わらずに素直に受けておくことも、淑女の嗜みですよ」

【箱根】
「そういうものなんでしょうか?」

【女生徒】
「そういうことにしておきましょうよ、あ、そういえばまだ名前を云ってもいませんでしたね。
私は姫崎、姫崎 音々といいます。 貴女は?」

【箱根】
「夢夜 箱根です」

【音々】
「箱根ちゃん、ですか。 可愛らしい名前ですね。
近いうちに、また出会える機会があると良いですね」

【箱根】
「もしまた出会えたら、その時はよろしくお願いします」

【音々】
「はい、こちらこそ。 あ、そろそろ急がないとホームルームに遅れてしまいそうですね」

姫崎先輩の言葉に腕を返すと、ホームルーム開始まで後数分と迫っていた。

【箱根】
「いけない、姫崎先輩、申し訳ありませんがこれで失礼します」

ぺこりと頭を垂れ、教室への階段を急ぐ。

【音々】
「あまり廊下は走らないでくださいね」

先輩の言葉にピタリと足が止まり、走らない程度に早足で歩く。
だけど姫崎先輩、私が思っていたお嬢様像に本当にぴったりな人だったな。

初対面の私を突き放すこともなく、とても親しみやすい口調で話しかけてくれて。
ルックスもスタイルも良いし、なによりあの人当たりの良さ。
ちょっと場違いで馴染めるかどうか不安だった私も今は少しだけここに入れた喜びを実感している。

本当に、また出会えると良いな……

……

【教師】
「はい、今日は初日ですからあまり長くやっても疲れてしまいますので、この辺りで切り上げましょう」

先生が手をパンと軽く叩くと、4時限目に決められたクラス委員長が号令の合図をかける。

【女生徒】
「起立、礼」

【教師】
「気をつけてお帰りください、また明日元気な皆さんに会えますことを」

先生が教室を出て行くと、ざわざわとはいかないまでも少しだけ教室が賑やかになった。
友達同士でこの学校に入った人、昨日今日で早くも友人のできた人、まだ少ないにせよ確実にそういった人たちもいた。

私は……まだ知り合いも一人もいないから話す相手もいない。

さすがに昨日今日で友人を作れるほど社交的ではない、一週間後には一人くらい友人ができていると良いな。
一人で残っていても特に何かあるわけでもないし、今日はもう帰ろうかな。

鞄の中に今日もらった教科書の類をつめ、ちょっと小さめの鞄がパンパンになって重くなったのを背中に背負う。
一瞬だけ重さで体が後ろに行きそうになったけどグッと堪えて我慢。

校舎を出るといくつかの女の子の塊ができている、皆積極的なんだな。

【箱根】
「はぁ……」

一人で帰る私になんだか溜め息が出てしまった、右を向いても左を向いてもいるのは皆お嬢様。
私みたいな背の小さい子は一人もいない、お嬢様でない私が輪に入れないのは当然といえば当然なのだけど。

いつかは私も、姫崎先輩みたいにお嬢様らしく振舞うことってできるのかな?

【箱根】
「はぁ……」

校門を出て一礼、だけど校門を出たからといって気を抜いて良いわけじゃない。
月代の生徒である以上、どんなときであれ人前ではその振る舞いを崩してはいけない。

確か生徒手帳の3章12項にそんなことが書かれていたっけ。
先輩方が皆それを守っているのかはわからないけど、自然とそう出来るようになると私もここの生徒になったっていう証なんだろうな。

【男1】
「ねえ、君、君」

【箱根】
「ぇ?」

後ろから声がして振り返る、まさか私ではないだろうと思ったけどどうやら私を呼んでいたみたい。
だけどどうして男子学生が? 知り合いの人でもないし、ここは女学院だから男子学生はいないはずだけど。

【男1】
「君ここの生徒だよね」

【箱根】
「はぁ、そうですけど」

【男1】
「今日もう学校は終り? よかったら俺たちとどっか遊び行かない、金は俺たちが持つから」

そういう男子学生の後ろにはもう三人、見た感じ少しガラの悪い生徒が控えていた。
まずいよ、これってもしかしてだけど……

【箱根】
「あ、すいません、今日はちょっと用事がありますから……」

【男2】
「良いじゃない良いじゃない、堅苦しい学校を出た後は少しくらい遊ばないとストレス溜まるよ」

【箱根】
「そう云われましても……」

【男3】
「そうやって決まりに縛られるのはよくないぜ、俺らと遊んで気晴らしなんてどう?」

【箱根】
「ぇ、えぇっと……」

ああ云えばこう返されて断らせてもらえない、私よりもずっと大きな三人の男子学生に囲まれてしまうと私ではどうしようもない。
かといって大人しくついていくと色々と問題も起こりそうだし。

うええぇ、どうしよぅ……

【男2】
「ね、用事くらいほっぽりだしてさ」

トンと男子学生の手が私の肩に置かれた、それだけのことなのに肩に置かれた手にはなんともいえない圧迫感がある。
学校の前で面倒起こしちゃ駄目だけど、何かしないとこのまま流されてしまいそうだし、ええと、えぇっとぉ……

【女生徒】
「こーら、何してるんだ君たちは」

どうしようもなくおろおろしていると新しい声、それも女性の声が聞こえてきた。
一斉に振り返った男子学生と同じように私も視線を向ける、そこには私の学校と同じセーラー服の女生徒。

デフォルメの私とは違う、深い緑の上着と同じ色のロングスカート、確か昨日の入学式では一人もいなかったはず。

【女生徒】
「ちっちゃい女の子苛めちゃ駄目じゃないか、ロリコンお兄さん方」

ボーイッシュな短い金髪と切れ長の眼がとても印象的な、たぶん先輩であろうその人は眼に笑みを浮かべ
男子学生をからかうような言葉を投げかけた。

【男3】
「なんなんだあんたは? 邪魔しないでもらえるか」

【女生徒】
「一人で落とせないからって三人がかりはずるいんじゃない?
ま、あんたらじゃ三人集まろうが十人集まろうが結果は全部負けなんだろうけどね」

【男2】
「なんだとぉ? 女のくせに好きなように云いたいこと云ってくれるじゃないか」

【女生徒】
「まだほとんど喋ってないんだけど、君らみたいな時代の流れにも乗れてないような古くさ〜い男についてく女の子はいないって。
ついていくようなのはよほど眼が悪いか、あるいは女の子じゃなくてメスぐらいかな」

【男3】
「このアマ、黙って聞いてれば!」

【女生徒】
「全然黙ってないじゃない、ねえ、女の子を探してるんだったらボクが付き合ってあげようか?
君たちで満足させてくれるのかは疑問だけど、遊ぼうよ」

男子学生を挑発しながら女生徒は男子学生のもとへと歩み寄る。
その目元にはなんだか不敵な笑みを浮かべ、今の状況を楽しんでいるような独特の表情だった。

【男2】
「だったら付き合ってもらおうか、とびきり痛いおもいを、なっ!」

【箱根】
「危ない!」

いきりたった男子学生が拳を女生徒に向かって突き出した。
思わず眼を瞑ってしまったのだけど、眼を開けた先に広がっていたのは予想とは全く逆の光景が。

【女生徒】
「あらあら、女の子相手に手を上げたらいけないよ」

すんでの所で女生徒は拳を避け、そのまま流れるように体が動く。
まるで舞踏か何かを見ているようなとても自然で、それでいてダイナミックその動き。

ゴス!

【男2】
「げほ!」

振り上げられた脚が男子学生の頬を抉る、一瞬のことで何が起きたのかよくわからない。
そんな私を置いてきぼりにしたまま、女生徒は一連の動作の中でもう一度体を回転させる。

バス!

【男1】
「かは!」

回転によって勢いのついた手の甲が男性学生のこめかみの辺りをとらえていた。
裏拳とかいう空手の技、かな?

瞬く間に大きな男二人の体が崩れ、それとは対照的に女生徒は余裕たっぷりの顔で私に視線を向けた。

【女生徒】
「そいつも、ボクがもらっちゃうね」

ニッと目元口元に笑みを寄せ、ぐるぐると腕を回す。
あっという間に2人を失った男子学生の変化は誰の眼にも明らか、想像していたであろうパワーバランスは見事に崩されてしまった。

【男3】
「や、やろぅ!」

余裕綽々の女生徒とは逆に、男子学生にもう冷静な判断などできるわけもなく
闇雲に女生徒に向かって距離を詰める。

【女生徒】
「駄目だよ、そんな焦ったりしたら」

女生徒も身を屈め、一気に男子学生との距離を詰め、二人の体が重なった。

ゴフ!!

【男3】
「が、はっ……」

鈍い衝突音とともに聞こえてきたのは男子学生の苦悶の声。
女生徒が横に伸ばした腕が男子学生の咽下にグサリと沈みこんでいた。

【女生徒】
「残念だったね、何もせずにいればボクの力だけで済んだのに。
君が動いちゃうから余計な力が掛かっちゃって余計に痛いよ?」

男子学生の体はずるずると体勢を崩し、そのままだらしなく地面に転がった。
残された女生徒の体は衝突した時そのままの形で残っていて、私にはもう何がなんだか整理がつかなくなってしまう。

【女生徒】
「三人揃って軟弱なんだから、そんなんじゃいつまで経ってももてないぞ。
さてと、そしてそっちの君のほうはどう? 変なこととかされてない?」

【箱根】
「へ、あ、はい、大丈夫です」

【女生徒】
「そう、新年時はああいった面倒なのがたまにいるんだけど、気をつけてね」

【箱根】
「はい、あ、ありがとうございました」

深々とお辞儀をする、きっとこの人が来てくれなかったら絶対に流されてしまっていただろうから。

【女生徒】
「お礼を云われるようなことは何にもしてないって、それじゃボクは急ぐからこれでね」

じゃっと手でポーズを作り、先輩であろうその人の堂々とした足取りを後姿から眺めていた。
だけど、お嬢様学校の中にもあんなかっこいい先輩っているんだ。

身長は男子学生よりも少し小さいのに、それを全く感じさせない堂々とした立ち振る舞い。
互いに対峙したそのときには、既にあの先輩のほうが優位に立っているような雰囲気もあった。

最初はあの切れ長の眼がちょっと怖いって思ったけど、話しかけてくれた声はとても明るく
怖さなど微塵も感じられないものだった。

【箱根】
「やっぱり、この学校って凄い……」

姫崎先輩に、助けてくれたあの先輩、まだ二人しか係わりはないのだけど
それだけでもこの学校の凄さをその身に感じられずにはいられなかった。

……

【箱根】
「はあぁ……」

パジャマに身を包み、ベッドの上にポスンと身を投げる。
柔らかいベッドに体が沈み、やわやわとした掛け布団に顔が埋もれてしまった。

【箱根】
「初日だっていうのに、これからが不安だよ……」

姫崎先輩と放課後の先輩、あの二人を見て私はなんともいえない重圧を感じたような気がした。
あの学校にいる以上、私もあんなふうに振舞わなければならない。

私は姫崎先輩のように人当たりはよくないし、あの先輩みたいに堂々ともしていない。
そんな私があの学校でやっていくことって果たしてできるのだろうか……

【箱根】
「くよくよ考えちゃ駄目っていうけど、私はそこまで強い女の子じゃないんだよ……」

私の身体の半分以上の大きさもある枕を体全体で抱きしめながら、私は深い眠りへと落ちていった。
不安を身にまとい、悩みながらの眠り。

私の長い物語の始まりは、こんなにも不安な夜でした。






〜 N E X T 〜

〜 B A C K 〜

〜 T O P 〜