【エピローグ】


重い鉄扉を開けると、パアッと一面に藍の世界が広がる。
いつ見てもこの瞬間は気持ちが良いものだ。
屋上に降り立ち、そのまま空に一番近い場所へ行くためにハシゴを上る。
ハシゴを上りきった先に見えるのは、視界に一切の遮りのない街の風景。

空を全身で感じながら大きく伸びをした。

【美織】
「ううーーーーーーん、はぁ」

ここの空気は不思議だ、全身に優しく染み込んでいくような感じがして気持ちが安らぐ。
何もない殺風景な給水塔の上で、あたしは空を見上げた。

【美織】
「もう……1ヶ月なんだよね……」

ここはあたしにとって始まりと終わりの場所、1つの出会いが始まって、そして、1つの出会いが終わりを向かえた場所。
1ヶ月前、あたしたちの恋は終わりを向かえた、2人とも望まない形で、それは突然やってきた……

……

マコがあたしの前から消えて、私は毎日のように屋上にやって来ては遅くまで泣いていた。
信じることができない、認めることができない、そんなだから私の涙は枯れることがない。
あの日も、いつものように私は屋上にやって来て遅くまで涙を流し続けた。

ひとしきり泣いて帰ろうとした時、首筋から何かが零れ落ちた。
それはネックレス、マコが想いを形として残したネックレスだった。
半分に欠けた六角星のネックレス、それを拾い上げた時、あたしは自分の体を強く抱きしめていた。

【美織】
「ごめんなさい……あたし……いつまでもこんなんで」

一際大きな涙の粒がボロボロと瞳から溢れた、しかし、その時気づくことができた。
あたしがいつまでも泣いていることには、何の意味もないんだとあたしは気付いた。

……

【一条】
「しばらくの間、寂しい思いをさせるかもしれないけど、美織なら必ず乗り切れるから。
俺がいなくても、美織は1人で前に進む力があるから……」

【美織】
「嫌だよ……あたしは、マコと離れるのなんて嫌だよ
もう二度とマコに会えないのなんて嫌だよ!」

【一条】
「心配するな、俺たちにはこれがあるだろう……」

内ポケットからネックレスの片側を取り出して、あたしにそれを見せる。
このネックレスに込められたのは2人の心からの想い、2人が願う、永遠の願い。

【一条】
「必ず戻ってくるから、だから……」

……

【美織】
「マコ……」

大好きな人の名前を呟いて、胸元に下がるネックレスを握り締める。
このネックレスがある限り、あたしとマコの想いが消えることはない。

【美織】
「あたし……ずっと待ってるからね」

鞄の中から1枚の紙を取り出す、それは以前マコが見せてくれたレポート用紙。
うっかり返すのを忘れてしまった、マコの記憶。

レポートなんて云うのにはちょっと無理がある、たった1文だけ書かれたレポート用紙。
それは、マコが導き出した、自分が『生きる』意味……

……

赤信号の交差点を退屈そうに佇んでいる、今までは大好きな人が横に一緒にいたのに、今はもういない。
空っぽになってしまったあたしの隣、この冷たさにあたしは慣れなくちゃならないんだ。

【美織】
「はぁ……なんだか、寂しいな」

見上げた空は美しい青空なのに、あたしの中では晴れのち曇り。
どしゃ降りのころに比べれば、幾分かマシにはなったんだけどまだまだだよね。
だけど、この冷たさもいつかは暖かさに変わると信じている。

【美織】
「あたしがしょげてどうするのよ、あいつが帰ってくるまでにあたしも強くならなきゃ」

交差点が青信号に変わり、両側から大勢の人が交差を開始する。
あたしもそんな中の1人、何気無く過ぎるだけの時間なのに、珍しく交差する人に眼がいった。
一瞬の交差の中、あたしの心臓がトクンと鼓動する。

【美織】
「……え?」

思わずすれ違った人の方を振り返った、それは大好きなあの人の姿、あの人の後姿がそこにある。

【美織】
「……ぁ……」

思わず声をかけようとしたが、頭をブンブン振るって考えを押し留める。

【美織】
「止めよ……もしあいつだったら、あたしに気が付かないわけないもんね」

再び向きを変え交差点を渡りきる、後ろを振り返ることはしない。
振り返ったところで、大好きなあの人がそこにいるなんてことはないんだから……

……

【美織】
「マコは絶対に帰ってくる、あたしとの……約束だもんね」

大好きな人が帰ってくるその日まで、あたしは待ち続けよう。
必ず帰ってくるなんて保証はどこにもないが、あたしにはわかる、マコは絶対に帰ってくるって……

屋上を柔らかな風が流れ、持っていたレポート用紙がハラリと宙に舞う。
それはまるで、鳥の羽根のように美しい起動を描いて地に落ちた。

【美織】
「だって……マコ……」

【美織】
「さよならは……云わなかったもんね」

レポート用紙に書かれていた一説、それは……
『大切な人との約束を果たす為に、俺は生きる』



FIN





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