【プロローグ・ 想いは一時のお休み】


「寒くなってきたね……」

腕の中で、少女が小さく肩をすくめる。
俺は少女の寒さを少しでも和らげようと、少し強めに少女の肩を抱いた。

「ありがとう」

柔らかい笑みが俺の視界に広がった、可愛らしい、年頃の少女の笑顔だ。
俺と少女は2人、誰もいない屋上から街を眺めていた。

2人の呼吸に合わせ、口からは白い靄が出ては消え出ては消えしている。
暦はもう11月も終盤、もうそろそろ雪も降り始める時期か……

「ねえ、私たち、どうしても終らせなくちゃ駄目なのかな……」

少女が少し悲しげに、声のトーンを少し落として俺に尋ねてきた。

「……」

無言でしか返すことが出来なかった。

「はは……やっぱり、そうだよね……私のわがままで、無理は言えないよね」

さっきよりもさらに声のトーンは落ちていた。
こんな時、俺はなんて言ってやったら良いんだ……

「……終らせる必要なんて、無いんじゃないか」

「え……?」

「離れていたって、俺たちが止めなければ、決して終わりはしないさ」

腕の中の少女は俺を見上げる、その瞳が大きく開かれ、驚きを表現するには十分だった。

「だけど、そんなんじゃ悪いよ……私が足枷になっちゃうよ」

「俺のこと、嫌いか?」

「そんなことない、好きだよ、誰よりも好きだけど……」

ブンブンと頭を左右に振り、否定の意思表示。
しかし、その後はだんだんと尻すぼみしていった。

「お前がどう思っているか、全部はわからない。
だけど、俺がお前をどう思っているのかは誰よりもわかってるはずだよ」

「私のこと、どう思ってるの……?」

「恥ずかしくて言えるか……」

「言って」

少女の眼が真剣さをおび、俺の眼を真っ直ぐと見つめていた。

「……」

「……言って」

「好きだよ……これで良いだろ」

「……ありがとう」

少女は今以上に、俺に寄り添ってきた。
少女とより密着したためか、さっきまでよりも暖かい体温が伝わってきた。

「本当に、止めなくて良いの……」

「少なくとも、俺にやめる気は無いよ」

「……わかった、それじゃあ、私も止めない」

僅かに顔を俯かせ、もじもじと恥ずかしげに顔が動いた。

「ね、ねえ……1つだけ、お願いしても良い?」

「なんでもどうぞ」

「……私たちって、まだ一度も無かったよね、だから、一度だけで良いから……その」

「?」

はっきりとしない少女に少しだけ首をかしげた。
活発ではきはきと物事を喋る子だっただけに、このようなな状態は珍しかった。

「だから……ね……伝わらないかな……して欲しいの」

「してって……もしかしてだけど」

「変な方向で考えてたら怒るよ」

少女の訂正に、慌てて頭の中に浮かんだ光景を振り払った。
どうやら俺の考えと少女の考えは違っているようだった。

「もう、どうしてわからないのよ……今まで私たち一度も無かったんだよ。
私たちの関係上、普通だったらとっくに済ましていることがあるでしょ……」

「……なるほどな」

「伝わってくれた?」

少女の問いかけに、軽く1つ頷いた。
そういえば、俺たちはまだ1回もやってなかったけ。

「私その……はじめてだから……優しくしてよね……」

「あぁ……」

少女の眼が軽く閉じられた、俺は少女の後頭部へと手を回した。
回した手に軽い震えが伝わってきた、初めてのことに怯えているのかもしれない。

眼を閉じた少女にはもう何も見えていない、後は全て男である俺の仕事だ。

少女の怯えを取り除いてやるために、俺は少女へと顔を近づけた。

「んん……」

2人の唇が重なり合う、触れ合う瞬間に少女の体がピクリと跳ねた。
思わず後ろに下がりそうになる少女の頭を押さえ、唇を繋ぎ止める。

時間にして10秒も無い、だけど、俺にはもっと長い時間に感じられた。

「はふ……はぁ、はぁ」

唇を離した少女の呼吸が少し荒れていた、経験の無いことをしたのだからそれも当然かな。

「これで、満足か?」

「うん……大好き」

もう一度少女は笑みを投げかけてくれた、そんな少女がとても愛おしくなり、俺は少女を強く抱きしめた。

「ちょっと、痛いよ……だけど、嬉しい」

気温は一桁台の寒空の下、それとは対照的に俺たちの体温はとても暖かかった。

……

「それじゃ、またな」

青年は特徴的な笑みを見せ、指でピシッとポーズをとる。
なんだかちょっと気障っぽかったけど、彼がやると結構様になって見えるから不思議だ。

「あんまり女の子追いかけちゃ駄目だよ」

「心配後無用、俺ってモテないから」

そうは言うけれど、彼は自分がどれだけ女の子の注目を浴びていたのかを知らない。
初めて彼が学校に来た時から、女子の視線はずっと彼に釘付けだった。

よくよく考えると、よく私なんかが勝ち残れたと思った。

「お前のほうこそ、他の男に誘われてもついて行くなよ」

「行かないわよ、私はそんな軽い女じゃないんだから」

「はは、それもそうだ」

ポーンという音の後、日本語のアナウンスと英語のアナウンスが流された。

「おっと、そろそろ行かないとまずいかな」

彼はキャリーバックに手をかけ、服の内ポケットから航空券を取り出した。

「行っちゃうんだね……」

ボソリと私の口から言葉が漏れた、言うつもりなんて無かったのに口は押さえてはくれなかった。

「大丈夫、後4年もしたら戻ってくるんだ。
それまでの辛抱だよ、短い期間ではないけどな……」

「絶対に、戻ってきてよね」

「ああ」

「……行ってらっしゃい」

「行ってきます」

私と彼は互いに拳を作り、それを軽く打ち合わせた。
ある映画でやっていたことの真似事、ちょっとした願掛けだ。

その後、彼は振り返ることなくゲートへと姿を消した。
彼の姿が見えなくなるまで、ずっとその後姿を見つめ続けていた。

彼の姿が見えなくなった後、私はしゃがみこみ、顔を手で覆って泣いた。
声を漏らすことは無かった、だけど、涙は私の手のひらをいつまでも濡らし続けていく。

再び出会えることを信じて、私は彼を見送った。
私の恋人でもある、『六乃宮 ハモン』の後姿を、ずっと……





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