【ヒロミさんの独裁政治】


大量の資料の束がズシンと腕に重い。
あるだけ持ってこいとは言われたけど、律儀に全部持ってくる必要はなかったかな。

一人でこの量は少し辛いものがある、誰かもう一人手伝ってくれる人を……
無理かな、僕の立場上発言権なんて無いに等しいし、どうせ頼んだってあの人たちは聞いてくれないよ。
立場の弱さに改めて落胆しつつ、腕にかかる重さを噛締めながらゆっくりと足を進めた。

【成平】
「はぁ、どうしてこうなっちゃんだろう……」

溜め息についで問いかけを投げるも答える人は誰もいない。
答えられたら答えられたでそれもまた困るのだけど……

腕にかかる重さに何度かバランスを崩しそうになるも、何とか目的地の前へとたどりつく。
『生徒会室』とプレートの掲げられた部屋の扉を開くと。

【女の子】
「おっっそーい!!!」

【成平】
「うわ!」

扉を開くのとほぼ同時に聞こえてきた怒鳴り声に、思わず資料を落としそうになった。
落とさないうちに適当なテーブルに資料を置いて……これでとりあえずは大丈夫かな。

【女の子】
「ナルヒラ君遅いじゃないか」

【成平】
「そんなこと言われても、一人で持つにも限界が」

【女の子】
「男だったらそれくらい強力コネクションと愛で何とかしたまへ」

また無茶苦茶な。
男の中でも小さい僕よりもさらに小さい少女はやれやれといった感じに大袈裟に肩をすくめた。
いや、少女って表現は失礼か、これでも僕より年上なんだし、これでも……

【女の子】
「まあ座りたまへ、さて、それじゃあ生徒会改め我らが革命会定期集会を始めようか」

なにやら物騒な単語が聞こえたけどもう慣れたもの。
僕以外にも三人の女の子がいるけど、彼女たちも誰一人異を唱えはしない。

『生徒会』改め『革命会』。
それは生徒会総選挙が終った数日後、初めて役員が揃った日の出来事……

……

【女の子】
「諸君、当選おめでとう」

開口一番に僕よりも背の低い女生徒が満面の笑みで口にした。

【女の子】
「私の予定通りの人選で嬉しく思うわ。
とりあえず自己紹介から始めましょうか、私はヒ呂 尋々。
知ってのとおり今回の選挙で会長に当選しました、諸君、よろしく頼むぞ」

手を頭に当ててよろしくっとポーズを取った。

【尋々】
「次は黄泉の番よ、バーンと自分の魅力を語っちゃいなさい!」

【黄泉】
「はいはい……霧神 黄泉です、今回副会長を務めさせていただきます、よろしく」

小さい会長とは違い、副会長は随分と育ちが良いみたい。
銀縁眼鏡で知性的な感じがまず最初の印象だった。

【美香月】
「次はあたしだね、あたしは葵 美香月。
仕事の役割は会計だよ」

【縫宇】
「えと、来栖 縫宇です、役割は書記を担当させていただきます。
皆さんよろしくお願いします」

会長副会長のツートップに続き、重要部署の2人も挨拶を終える。
2人は同年代ということもあり、会長副会長の先輩方よりはいくらか面識もある。

中でも縫宇ちゃんはもう二桁以上の年月を近くで過ごしてきたいわゆる幼馴染だ。

【尋々】
「さてと、それじゃあ殿に控えし君の番だ。
起承転結の最後だから、場を弁えてしっかりと頼むよ」

うわぁ、随分な無茶振りを……
僕はあまり面白いことを言ったりするのは得意じゃないし、そういうことを求められているのかも疑わしい。

ここは当たり障りなく、無難にしておこう……

【成平】
「ああっと、風見 成平です。
担当は一応雑務全般担当です、男子一人だけですが頑張ります」

【尋々】
「カーッットォゥ! 何その一般凡人レベルの回答は? 私はそんなものは求めてないぞ!」

【成平】
「そ、そんなこと言われても……」

【尋々】
「いいこと、会長が前の大して面白くもない凡人から私に代わったってことは、全てのルールが見直されるわけ。
前会長のような誰でも考えつきそうなつまらない生徒会なんてもういらない。
私が求めているのは未だかつて無い、後世に語り継がれるような伝説的なものを作りたいのだよ」

【成平】
「は、はぁ……」

【尋々】
「それにはまず中から変えなければいけない、私らが変わろうとしなければ変わるはずがない。
それだというのに、なんだいその発言は! もっとオリジナリティーとエロティックに溢れる発言をだね」

【成平】
「え、えぇと……」

【黄泉】
「ヒロミ、話が進まない」

【尋々】
「むぅ……まだ言いたいことはあるが仕方が無い、次回からは今回のようなつまらない発言は駄目だぞ」

黄泉副会長の助け舟のおかげで何とか会長のお説教を抜けられた。
だけどさ、自己紹介でオリジナリティーはともかく、エロティックは無いのでは……?

【尋々】
「さて諸君、早速生徒会として集まってもらったのだけど、今日限りで生徒会は解散します」

【その他全員】
「……は?」

会長以外の全員がポカーンと口を開けて止まってしまった。
まだ何の活動もしてないのにもう解散って、三日天下どころの騒ぎじゃないよ。

【尋々】
「待ちに待ったこの瞬間、生徒会のトップに立ったこの瞬間、私はこの瞬間をどれほど待ったことか。
全校生徒の中のトップ、ついに私はここまで上り詰めた……そしてこれからが私の天下の始まりなのよ」

【美香月】
「?」

【尋々】
「今までどれだけこのつまらない学校生活を耐えてきたことか、しかしそれも今日で全てお終いよ。
私は選挙に名乗り出て、群衆は私を選んだ、もう私を止められるものなんていないわけだ」

【黄泉】
「ヒロミ、まさかとは思うけど……」

【尋々】
「諸君を含め全校生徒に宣言しよう、私はこれまでの面白みの無い生徒会を解体し
未だかつて経験したことの無い未知の学園生活、新世界の誕生を約束しよう。
それに伴い、私とともに君たちには私の歯車となって働いてもらいたい」

バンッ!と勢い良く机に足を上げ力強く腕を振り上げる。
のは良いんだけど……片足をあげているせいで下着がモロに……

【尋々】
「私は今ここに、生徒会改め『革命会』の発足を宣言する!」

【黄泉】
「……」

言いきって余韻に浸っている会長と、頭を抱えてあからさまに嫌な顔をしている副会長の顔が対照的で。
後2人は全く話しについていけずに置いてきぼりを食らった顔をしていた。

【黄泉】
「ヒロミ、下着見えてる」

【尋々】
「見えているのではなく見せているのだよ、そこの青少年君への私からのささやかな贈り物だ」

青少年ってことは、男は僕しかいない状況なんだから僕に見せているというわけで……

【尋々】
「ほれほれ、年上お姉さんのパンチラだよ、眼福であろう?」

【成平】
「いや、ぁ、あの……」

チラどころか完全に見えている、見せている以上僕が見ることを考慮しているのだろうけど。
僕にはまじまじと見るような勇気も根性も無いよ……

【黄泉】
「成平君も困っているでしょう、はしたないから足を下ろしなさい」

【尋々】
「何よ2人ともノリ悪いなぁ、下着の1回や2回くらい見られても何も思わないけどね。
……まさかあれか、君は私の下着じゃものたりないってぇことかい!」

【成平】
「そんなことは一言も」

【尋々】
「だったらもっと喜ぶとか、舐めるように見るとか表現があるでしょう。
ま、君がアブノーマル青少年君ならそうではないかもしれないけど」

【成平】
「僕は普通の一般男子生徒ですよ」

【尋々】
「だったら!」

バキン!

【尋々】
「もぁ!」

【黄泉】
「いい加減にする、話が進まないし時間も勿体ない」

【尋々】
「たあぁ……なにも叩くことないじゃないか」

後頭部にとても良い角度で入った副会長のゲンコツに、会長が眼を潤ませて痛がっていた。
だけど副会長もいきなりゲンコツって……

【尋々】
「とりあえず、生徒会改め革命会として動いていく以上、現在の役職名も変えさせてもらうわ。
まず私、全権力を持つ私には総帥の名こそ相応しい、異議がある人ー」

会長がハーイっと勢い良く手を上げるが、他には誰も手を上げようとはしない。
上げようとしないというか、もはやついていけなくなっていると言った方が良いのかな?

【尋々】
「異議が無いようなので私が総帥で決まりです、わーわー。
そして黄泉、副会長の彼方には革命会参謀を任命するわ」

【黄泉】
「はいはい……はぁ、やれやれ……」

【尋々】
「会計係の美香月ちゃん、彼方の役職は革命会金融でよろしく」

【美香月】
「あたし金融屋なんだ」

【尋々】
「それから書記係、縫宇ちゃんには革命会議事録役を担当してもらうわね。
それから、縫宇にちなんでニックネームは『ヌー』ってことで決まりです!」

【縫宇】
「横文字ですか……う、うぅん……」

ヌーはちょっと酷いな、まるでサバンナの動物扱いだよ……

【尋々】
「そしてどん尻に控えし君の役職なんだけど……ふむ、革命会潜伏工作員Aなんてどうだい?」

【成平】
「なんだか戦隊物の下っ端みたいですね」

【尋々】
「嫌かい? だけど他には独立諜報部員Bの役職しか残ってないんだけど」

あ、どっちにしても下っ端階級から抜けられないんだ。
そりゃ確かに僕は雑用係だけど、だったらまだ雑用って言ってもらえるほうが。

【尋々】
「よし、それじゃあ君には特別に革命会潜伏工作員A、それから独立諜報部員Bの
両役職を進呈しよう、二束のわらじで頑張ってくれたまえ」

【成平】
「ぁ、ありがとうございます……」

【尋々】
「違う違う、『ありがとうございます、シャー!』だろ?」

ああもう、こんなことで僕はやっていけるんだろうか……

【尋々】
「これからの諸君の奮闘、大いに期待しているわよ。
私たちの最終目的はこの学校の天下統一、我々の行く手に難あらずことを、ハーケンクロイツ!」

ちょ、いきなり物騒なことを言わないでください!

……

そんなことがあって、表向きの名目は生徒会の集まりということにはなっているのだけど
中身は革命会としての天下統一を目指すことを目的とした定期集会になっている。

【尋々】
「さあ諸君、今日集まってもらったのは他でもない。
来週の週末、土曜日に予定されている学園祭での催しについての話し合いをしておきたいと思う」

【美香月】
「もうそんな時期なんですね、この間夏休み終ったと思ってたのに時間の流って速いですね」

【尋々】
「我々に残された猶予は僅かに1週間弱、その僅かな時間で他を圧倒して絶対の差で勝利できる企画を考えたいのだが。
まず君たちに伺おう、何かこれだっていう案があったら積極的に出してほしい、ブレインストーミングだと思ってくれ」

【縫宇】
「ぁの、ブレインストーミングって……?」

【黄泉】
「よく企業が集団面接の際に行なう方式の一つなの。
4、5人のメンバーで組みになり、その中で全員で意見を出し合って物事を決めていくの。
ブレインストーミングにはルールがあって、まずは時間を決めること、それから出されて意見には絶対に異を唱えないこと。
そうやって意見を出し切り、そこから題材に相応しいかどうかを皆で話し合って決めていく形式よ」

【縫宇】
「はえぇ、知らなかったです」

【尋々】
「そう、だから皆遠慮なくバンバン言っちゃいなさい。
逆に誰でも思いつくようなつまらない意見を言っちゃった人には、私から制裁を加えますのでよろしくね」

にっこりと微笑んではいるものの、また平然と怖いことを言いましたね。
どうしてこの人は物騒な言葉を包み隠さずサラッと言ってのけるのだろう、いつか粛清されますよ。

【尋々】
「さあさあ何でも良いんだよ、絶対に実現不可能なことでも良いからまずは言ってみること。
ブレインストーミングの基本だぞ……って、返事が無いのね、皆冷たいなぁ。
それじゃあ私からご指名で、誰にしますかな……っと、ナルヒラ君、君の意見を伺いましょうか」

【成平】
「へ、僕ですか? ええと、やっぱりここは喫茶……」

【尋々】
「喫茶店、なぁんて言ったら私から制裁が出るよ」

【成平】
「……」

まず初めは無難な所から言っておこうと思ったのに、さっさと芽を詰まれてしまった。
このまま喫茶店って言ったらあの制裁を受けるわけだし、何でも良いから何か考えろ……何も出てこないよ。

【成平】
「お茶屋、とか……?」

【尋々】
「日本語できたわね、だけどざーんねーん、お茶屋はNGワードでしたー♪」

どこから取り出したのか、手にしたフリップの3番目のフセを勢いよく捲る。
そこにははっきりと『お茶屋』と書かれていた、というか会長こんなの作ってたんだ。

【尋々】
「それじゃあ制裁いくよー、美香月ちゃん」

【美香月】
「了解!」

美香月さんに無理矢理立たされ、逃げられないようにしっかりと肩を押さえつけられた。
そんな僕に向かって、会長が一直線に向かってきて……

【尋々】
「とおぅ!」

バイン!

【成平】
「おぁ!」

僕の眼の前で後ろに向き直り、そのまま体重を乗せてお尻を僕へとぶつけてくる。
最近一部で局地的な人気のヒップアタック、会長の制裁はいつだってこれだ。
制裁どころか最近では必殺技扱いされている。

ぶつかった僕はそのまま後方に重心がずれ、重ねてあったダンボールの山の中へと……

ドサ、ドサササ! がちゃん……

【成平】
「いつつつ……」

【美香月】
「今日も体重ののった良いお尻でしたね、さすが革命会随一の侍ですね」

【尋々】
「褒めない褒めない、照れるじゃないか」

【縫宇】
「大丈夫ですか?」

【成平】
「もう慣れてるから」

【黄泉】
「はぁ……」

この一連の動作はもはや定番化してきている。
僕を跳ね飛ばして満足げな会長、その会長にゴマをする美香月さん。
痛がる僕、心配してくれる縫宇ちゃん、一人高みから見て全てに呆れ返っている副会長、
もはや革命会の名物動作と言っても良いかもしれない。

【尋々】
「ナルヒラ君の頭も良い具合にこんがらがってきたところで、もう一度同じ質問だ。
今年度の学園祭で、我らが革命会が行う催しは何が良いかしら?」

【成平】
「……早食いとか」

【尋々】
「早食いね、確かにそれは。
ざーんねーん! それもNGワードでしたー!」

バリっと捲られたのは7番目のフセ、わーい連続正解だー……

【尋々】
「二回目いくよー!」

【美香月】
「はいはい、もう一回我慢してねー」

あぁもう、こんな役回りばっかり……

……

【尋々】
「さて……そんなこんなでもうお帰りの時間だ。
で、結局今日やったことといえばナルヒラ君にヒップアタックをしただけ、っと」

【黄泉】
「はぁ、呆れた……予測はしていたけど」

【美香月】
「まさか本当に一人で全部開けちゃうとは、さっすが風見君。
神がかり的というかなんというか、逆に尊敬するわ」

【縫宇】
「あの、大丈夫?」

【成平】
「キュウゥ…………」

まさか一日に十回もヒップアタックをやられるとは思わなかった。
あの後も僕の出す答え出す答え全部NGワードに引っかかり、結果僕がNG総なめをしてしまうことに。

【尋々】
「ナルヒラ君、君とここまで意見がシンクロするとは思ってもみなかったよ。
もしかすると、私に気でもあるのかな?」

【成平】
「へ、いや、そんなことは」

【尋々】
「なんだもう、そうならそうと最初から言ってくれれば良かったのに。
何も知らない初めての子には、お姉さんがリードしてあげちゃ……もぁ!!」

【黄泉】
「くだらないことで後輩をからかわない、大体ヒロミも何の意見も出してない」

【尋々】
「つぁあ……私の知識あふれ出す大脳をぶったぁ!
私の脳はそこらへんの女の子と違って七色に輝いているんだぞ!」

七色って、そんな怪獣みたいなこと言わなくても。

【黄泉】
「はいはい、だけどそこまで言うのなら、あなたも少しくらい面白い意見を出してみなさいな。
それじゃあ私はこれで、彼方たちも見回りの先生に怒られる前に帰りなさいね。
戸締りと電気のチェックは忘れないこと、それじゃ」

【尋々】
「黄泉のやつぅ、莫迦にしたなぁ! もし明日くだらない意見出したらいけないこといっぱいしてやるんだから!
覚悟しておきなさいよ……ふふ、ふふふふふ、フフフフフフフフフフ」

【美香月】
「うわ、こわ……風見君、あ、後はよろしくねー!」

【縫宇】
「お、お大事に……」

あ、ズルイ! 明らかに会長が正常じゃなくなってるのはわかってるくせに、僕を置き去りにして逃げた。
こうなってくるとさすがに僕もまずい、会長が僕に気付く前に僕も逃げださないと……

【成平】
「僕も……」

【尋々】
「ナルヒラ君!!」

【成平】
「はいぃ!」

【尋々】
「どこに行こうというんだい、君にはまだ私の手伝いが残っているじゃないか」

【成平】
「手伝いって、早く帰らないと見回りの先生に叱られますし」

【尋々】
「ほう、君は下っ端凡兵のくせに総帥の私に異を唱えると?
……もう一回だけ聞くよ? 君にはまだ私の手伝いが残っているよ、ね!!」

身体の回りになんだか黒い靄をまとい、さらにその後ろでは大蛇のような怪物が僕を睨んでいる。
本来絶対に見えるはずはないのだけど見える、ということは……ってなんで見えるの!

【成平】
「残ってます、ええ残ってます、勿論残ってますよ!」

【尋々】
「そうだよ、ね! 残ってるよ、ね!
でわ行こうじゃないか、我々の明日への勝利のために、ハーケンクロイツ!」

ですから、そうやって物騒なことは……なんていっても、今の会長には何言っても無駄かな。

……

二日目

はぁ……昨日は散々な眼にあった。
僕が一人暮らしをしているのを良いことに、夜遅くまで僕の部屋で愚痴り続けられる始末。

おかげで今日の授業は本当に眠かった、まあ何とか居眠りすることはなかったけど。
会長はきっとずうっっっと居眠りしてただろうな、さすがに来てないってことは無いと思うんだけど……自信はない。

【尋々】
「お、昨日は色々と迷惑かけたね」

【成平】
「会長、来てたんですか? てっきりズル休みしてると思ってたんですが」

【尋々】
「改革の指導者が舞台の裏で休むわけがなかろう。
それに支配者階級はおめおめと休んではいられないのだよ、いつ身内にその座を奪われるかもわからないんだからね」

【黄泉】
「誰も盗らないわよ、それで、ヒロミは一体何をしているの?」

【尋々】
「ふふふ……はい、ナルヒラ君! 最近巷ではやっていることと言えば何?!」

【成平】
「え、えぇと……年金問題、じゃないですか?」

【尋々】
「だぎゃー!!」

いきなり妙な声を出したかと思うと、次の瞬間にはマジックが飛んできた。
当然最初の奇声ですくんでいる僕には避けることもできず、額で受け取るハメに。

【成平】
「あづ! くあぁ……何も投げなくても良いじゃないですか」

【尋々】
「君は一体何を見ているんだ、最近のテレビを見ていないのか君は?
最近の流行といえば、勿論エアーでしょ!」

【美香月】
「エアーって、エア・ギターのことですか?」

【尋々】
「ファビラス! そう、今巷ではエア・ギターから派生したエアー物が流行っているらしいのよ。
そこで私は考えた、この機会とチャンスを逃す逃すべきではないと!」

あの、会長……エア・ギターは言うほどまでに流行ってませんし、もうそれなりに前の話ですよ。
それから機会とチャンスってわけなくても、ニュアンスはほとんど同じなんですから。

【黄泉】
「それで、結局のところエアーと今していることにどう繋がりがあるのかしら?」

【縫宇】
「それって、一体なんなんですか?」

【尋々】
「これかい? 藁を括っているとくれば出来上がるものは……」

【美香月】
「藁人形だ! ということは、エア・牛の刻参りですね!」

【尋々】
「こらこら、私が作っているのは藁人形じゃなくて巻き藁よ。
よし、こんなもんで良いかな・ナルヒラ君、これちょっと持っててくれるかな」

【成平】
「良いですけど、これとエアーにどんな関係があるんですか?」

【尋々】
「巻き藁とくればあれしかないでしょう、そう、大道芸の花形『居合い抜き』!
それとエアーを組み合わせた過去に類を見ない妙技『エア・居合い抜き』よ」

【その他全員】
「……」

ああやっぱり、会長以外誰も「あぁ!」って言わないですね。
そりゃそうでしょう、確かに前例は絶対に無いでしょうね、普通の人はまずそんな無意味なことを考えようともしませんから。

【尋々】
「どうだい黄泉、皆私の意見に言葉も出なくなっているじゃないか」

【黄泉】
「皆呆れ返っているだけでしょうに……ほんと、疲れる」

【縫宇】
「あのぉ、エアーということは、実際には切れないってことですよね?」

【美香月】
「そりゃそうだ、もしこれで切れたらそれはもうエアーじゃなくてカマイタチだよ。
いくら会長が他の人とは大きく違うとはいっても、人外の力はさすがに無いでしょう」

【尋々】
「ま、結果は全てを見てからってね」

会長が僕から距離をとり、足を前後にずらし、腰をかがめて少し前かがみになる。
左手は鞘に当てられているようで、右手が刀を抜く寸前の居合いのポーズになっていた。

生徒会室には非常に微妙な、悪い意味で妙な空気が流れている。
まず誰一人として真面目に見てはいない、副会長なんて頬杖をつきながら明らかに気だるげな眼で見ているし。
美香月さんにしても、縫宇ちゃんにしてもそう、また会長の与太が始まった程度にしか見てないだろう。

【尋々】
「………」

対する会長は非常に真剣に僕が持つ巻き藁に視線を集中させていた。
とはいってもね、所詮はお遊びのレベルを抜け出てないし、やったからって真剣みたいに切れるわけでもない。
最初から切込みが入れてあるわけでもないし、一体やってどうするつもりなんだろう?

【尋々】
「…………」

【成平】
「あの、会長?」

【尋々】
「…………! つああぁぁ!」

いきなり何かが降臨したかのように、威勢の良い声と同時に右手で刀を抜いて斜めにひと薙ぎ。
ばさりとスカートが揺れ、多少なりとは風が来たものの、別段巻き藁に何の変化も……

……バサ。

【その他全員】
「……え?」

【尋々】
「……ミネウチじゃ」

【その他全員】
「え、え、ええええぇぇぇぇぇ!」

ミネウチどころの騒ぎじゃない、会長の太刀筋に合わせて巻き藁がばっさりと切れてしまっている。
受け取った巻き藁にはどこも切った跡なんてなかったはずなのに、それなのに切れているということは
まさか会長、本当に人外の力でも使ったっていうのだろうか?

【尋々】
「ふむ、自分でやってみて言うのもなんだけど、盛り上がりに欠けるね」

【黄泉】
「いや、そうじゃなくて……」

【美香月】
「なんで、なんでエアーなのに切れたんですか!」

【縫宇】
「もしかして、成平君も仕掛け人だったりするんですか?」

【成平】
「いや、僕はただ持っててってさっき言われただけなんだけど……」

【黄泉】
「ヒロミ、貴女やっぱり何か物の怪の力でも受け継いでいるんじゃないの?」

【尋々】
「皆大袈裟だな、私は何の仕掛けも作ってないし勿論物の怪の力も無い。
…………ってえぇ! なんで、なんで切れてるの!」

今になって一番会長が驚いている、この慌てようからしてどうやら会長は適当に作ったお遊び程度のつもりだったんだろう。
だったんだけど、この始末………つまるところ何の種も無いということなんだけど。

【尋々】
「……」

【黄泉】
「……」

【美香月】
「……」

【縫宇】
「……」

【成平】
「……あ、あの」

【尋々】
「……ナルヒラ君、『エア・餅つき』なんてどうだろうか?」

あ、顔がいつもの会長の悪い顔に戻っている。
なるほど、今までのことはどうやら会長の中ではなかったことにされてるわけだ。
まあその名残として、僅かにエアーの部分が残ってしまっているんだけど……なんでまた餅つきなんて?

【成平】
「餅つき、ですか……?」

【尋々】
「なんだい餅つき知らないのかい? 臼と杵を用意して、こうぺたぺたと」

何も無いところで杵を振るポーズ、これぞまさしくエア・餅つきなんだけど……

【成平】
「あの、それで何をどうするんですか?」

【尋々】
「お客さんとエア・餅つき大会でもするかい?
優勝者にはお餅二キロとか」

【黄泉】
「はぁ……誰がどう勝敗を決めるのよ、至極意味の無い……」

【尋々】
「むうぅ……それじゃあ『エア・羽根つき』とか、『エア・獅子舞』とか、『エア・門松』なんてのも」

ですから、なんでそうやってお正月ネタでせめてくるんですか。
しかもエア……門松ってなんですか?

……

【成平】
「そんなわけで、どうして僕がこんなことになってるんだろうね」

会長が出す案出す案僕が否定的なことを言ったら、じゃあ校内から一つくらいネタを仕入れてこい! だもの。
別に特別変わったことをしなくても良いと思うんだけど、それだと会長のプライドが許さない。

会長の信条は「文明開化」、とはいうものの、あまり先走りすぎても空回りするだけなんだけどなぁ……

【?】
「これはこれは、こんなところで何をしているんですかな、風見成平君?」

【成平】
「はぇ……?」

このどこか抜けたようでいて、頭に残る甘い……変に甘い声。
それと僕のことをフルネームで呼ぶってことは。

【男子1】
「よ、久方ぶり」

【男子2】
「ご無沙汰ですね、風見君」

【成平】
「波斯先輩、それに閣下、お久しぶりです」

【ハイエナ】
「なんですかなんですか他人行儀な、歳が一つ違うとはいえ昔は共に街中を駆け回った仲ではないか。
私のことは波斯などではなく、前にも言っておいたとおりハイエナと呼んでくださいな」

【成平】
「あ、そういえばそうでしたね、すいませんでした」

この眼鏡とネコミミのような癖のある長髪を持った人は来栖 波斯先輩、通称ハイエナ。
僕の一つ上の先輩で、縫宇ちゃんのお兄さんでもある人だ。

【閣下】
「別に良いじゃないですか、常からハイエナなんて呼ぶのは僕か、若旦那くらいのものでしょう」

対してこちらの背が高く、知性溢れる顔をしている人が閣下。
何故閣下と呼ばれているのかは誰も知らない、さらにいえばこの人の本名すら誰も知らないという謎の人。
一応、烏丸 是臼という名前があるにはあるが、はてしなく偽名説が濃厚なんだよね。

二人とも前の学校で僕が入っていた部活の部長さんと副部長さんだった。
今考えると凄い部活だったな、むしろ部として認められているほうが不思議な気が今になってしてきている。

何故、スルメをわざわざ一日かけて生のイカに戻したりしたのだろうか?

【ハイエナ】
「それで、風見成平君はこんなところで何をしているのですかな?
こんなところを君のようないたいけな青少年が一人で歩いていると、いけないお姉さん方に捕まってしまいますよ?」

【閣下】
「はは、それは言いすぎでしょうが、少なからず君を狙っている生徒もいるかもしれませんね」

【成平】
「二人とも、結構酷いことを言いますね……」

【ハイエナ】
「悪い悪い、ほんの冗談ですよ。 で、話を戻しますが、こんなところで何を?
もしかすると、会長にまた何か雑用をやらされている、とかですか?」

【成平】
「……近いこと、ですね」

【閣下】
「やれやれ、風見君も災難でしたね、まさか生徒会の役員選挙に出てしまうとは」

【ハイエナ】
「彼女は一度動き出すと毒でも盛らない限り止ってくれませんからね。
体は小さいくせに無駄にパワーだけはありあまって……ふあぁあ!」

突然波斯先輩は奇声を上げ、頭をガクガクと揺さぶりだした。
あぁ、また先輩特有の発作が起きたんだ……

【ハイエナ】
「うあぁ、あああぁぁぁ……」

【閣下】
「ほら、口開けろ……っと」

【ハイエナ】
「もご! ………ふぅ、落ち着きましたよ」

【成平】
「相変わらずなんですけど、手馴れてますね」

【閣下】
「それなりに付き合いも長いですから、それに1日に3回も4回もやれば嫌でも慣れますよ」

波斯先輩の発作、別に身体のどこかが悪いというわけではなく、ただたんに体があるものを求めているだけ。
先輩が求めているものとは甘い物、ずばりいうと砂糖が無いと先輩はさっきのような発作が起きる。

タバコを吸う人がニコチンが切れるとイライラし出すのと同じ、特に命に害もなく、ただうるさいだけ。

【ハイエナ】
「はぁー、やっぱり人体には甘い物がないといけませんね、砂糖は車でいうところのガソリンですからね」

【閣下】
「いや、間違いなくそれは一部の少数派の意見だと思いますがね。
おっと、そろそろ若旦那の作業が終る頃ですね、迎えに行きますよ」

【ハイエナ】
「はいはい、では風見成平君、またな。 たまには縫宇のこともかまってあげてくださいね」

【閣下】
「それでは失礼」

軽く手で挨拶を交わし、二人の一風変わった先輩方は廊下の先へと折れていった。

【成平】
「僕もそろそろ戻っても良い……」

【尋々】
「だぎゃー!」

聞きなれた妙な怒号と共に、背中に感じる圧迫感と危機感。
これはもしかするとまた……

モフン!

【成平】
「あた!」

予想的中、会長のスピードの乗ったヒップアタックが振り返った僕の薄い胸元へとぶち当たる。
衝撃自体は柔らかいものの、その後倒れる硬い床のせいでジリジリ痛くなってくる。

【尋々】
「全く君は何をしているんだ、革命会の任務も行なわずにあんなカプセル怪獣どもと無駄話をしているとはね」

【成平】
「カプセル怪獣って……扱い悪くないですか?」

【尋々】
「あいつらは私が困ったときに役に立ってくれるからカプセル怪獣で良いの。
で、あいつらと無駄話をしているということは、さぞ面白い案が出来たと見て良いのだよね?」

【成平】
「……実は」

【尋々】
「嘘おっしゃい!」

ひいぃ! まだ何も言ってないのに……

【尋々】
「ふっふっふ、職務怠慢者には私からきついお灸をすえてあげましょう……」

【成平】
「ひゃ、ちょ、止めてくださ……」

いやー!!!! いやー!! いやー! いや…………

……

三日目

【尋々】
「豆腐投げなんかどうかな」

【黄泉】
「はぁ、あのね、やることに至極意味の無い意見はもう止めましょう?
それにお豆腐は投げるものじゃなくて食べるものなのよ、食べ物を粗末にしちゃ駄目」

【美香月】
「風見君のやられてる写真ばかり集めて個展でも開きましょうか?」

【縫宇】
「それはちょっと、お客さんが興味を持っていただけるかどうか不安ですね」

【尋々】
「それじゃあ風見君だけではなくて、黄泉のサービスショットも盛りだくさんにすれば、もあぁ!」

【黄泉】
「勝手に人をダシに使わない、それから私はそんな役回りじゃない……」

【尋々】
「いっつぅ……パンチラなんかは私のほうがあってるっとでも言いたそうな顔ね。
だがしかし、大概の男は私よりも黄泉のような凹凸の激しい体を好むのだよ」

【黄泉】
「わ、悪かったわね、凹凸が激しくて……」

【尋々】
「ほんとに、いつの間にこんな育ったんだろうねぇ♪」

ワシ!

【黄泉】
「ひゃう!」

【尋々】
「おーぉー立派に成長して、前に比べてまた大きくなったんじゃないの?
身長と比例して大きくなるなんて理不尽だ! 私にも分けろ!」

【黄泉】
「ちょっと! やめ、止めなさいよ……! んぅ!」

【尋々】
「この触り心地、まさに究極。 この柔らかさと弾力に対抗できるのは……」

【縫宇】
「な、なんでしょうか、顔が、怖いですけど……」

【尋々】
「ヌーちゃんの至高の胸しかないわよね♪ うりうり!」

【縫宇】
「ひぁあ!」

指先をいやらしくわきわきと動かして縫宇ちゃんに襲い掛かる。
解放された副会長も、いまだ顔からは焦りの色と恥ずかしさから来る頬の赤みが抜けてはいない。

まったくもう、会長がセクハラし放題の生徒会って、なんて無法地帯なんだろう……

【美香月】
「あれ、風見君どこ行くの? これからもっと面白くなりそうだよ」

【成平】
「これ以上見てると副会長や縫宇ちゃんに怒られそうだからね。
それから美香月さんも、女の子なんだから少しは会長の暴走を止めてよ」

【美香月】
「それは、出来ない相談だよね。 むしろあたしとしては、風見君をいじめてみたいんだけどなぁ♪」

あぁもうこの子はこの子で危ない発言するし、小型尋々会長……いや、美香月さんのほうが色々と大きいかな。
身長とか何かとか、破壊力は会長の方が大きいけど。

……

【成平】
「はぁ……」

生徒会室の雑踏から逃れるように、静かな屋上へと逃れてきた。
さっきまでの喧しさが嘘のようなこの静けさ、煩いところもあればここまで静かなところもまたあるんだよね。

【成平】
「はぁ、もう一週間も無いっていうのに、何1つ決まらないんだから……」

普通学園祭の催しって一ヶ月以上前から決めておくものだろうに、なんでこんな時期まで着手しなかったんだろう?
まあ言わずもがな、会長が仕事しないで私利私欲のためだけに動いていたからなんだけど。

よくよく考えたら、どうしてあの人が会長として当選できたんだろう?

【成平】
「世の中って不思議だね……」

【?】
「秋晴れの下、物思いにふける少女が一人」

【成平】
「は、ぇ?」

【男子3】
「こんなところでなにしてはるんですか、風見氏?」

【成平】
「あ、若旦那、じゃなかった……えぇと、時紀先輩」

【若旦那】
「若旦那でかまへんよ、手前としては名前を覚えてくれていただけで満足じゃけえの。
たぶん、ハイエナのやつも閣下も、手前の名前なんぞ憶えておらへんやろな」

ケラケラと愉快そうに笑いながら、手にした大振りの扇子をはためかせた。
波斯先輩や閣下と一緒にいることが多いのだけど、今日は珍しく一人だけみたいだ。

だけどというかさすがというか、この人も波斯先輩や閣下に負けず劣らずの変わり人。
初めて名前を教えてもらったときは心底驚いた、それはもう本気で自分の耳を疑ってしまいましたから。

……

【若旦那】
「『上坂柿右衛門ノ前清浄時紀』、手前の本名ぜよ」

……

あの名前だけでも驚きなんだけど、加えてこの喋り方。
日本全国北は北海道から南は沖縄まで様々な方言やなまりを使うから非常に耳に残る。
さらにいえば、今時うじって、ここまできたらさすがにもうお驚きはしないけどさ。

だけどそれに慣れてしまっている僕がいるのも正直怖いんだけど……

【若旦那】
「で、さっきからぼやーっと空なんか見てどないしたんですか? 恋?」

【成平】
「いきなりサラッと聞きますね、勿論恋ではないですよ、それから僕は男ですから。
少し生徒会で疲れてしまって……」

【若旦那】
「なるほど、尋々がいる以上疲れないというほうが無理でおま。
むしろあんな中にいて、ようやっていけてると尊敬しますわ」

【成平】
「そこは自分でも不思議なんですけど、もう慣れましたから……」

【若旦那】
「ははは、言いますな、きゃつと一緒にいることに慣れるとたぶん何でも耐えられまっせ。
それほどまでに無駄に行動力とパワーのある人でげすから」

【成平】
「そうかもしれないですね、ところで若旦那はこんなところで何を?」

【若旦那】
「やつらと待ち合わせをしたんじゃが、ちいともきやせんのよ。
おかげでこんな陽の下に何分も手前を置いたら……おぉぅ……」

【成平】
「わわ! 若旦那、ちょっとしっかり!」

僕にもたれかかるようにして若旦那の身体の力が抜ける、これは若旦那の最大の弱点、体が異常に弱いということ。
長時間陽の下にいると今みたいに脱力して何も出来なくなってしまうんだよね。

だけどこんなところで倒れられても、僕にはどうすることもできないよ。

【成平】
「ど、どうしよう……」

【ハイエナ】
「若旦那ー、おまっとさーん……って、倒れてるわ」

【閣下】
「……やれやれ、風見君、ご迷惑をおかけしましたね」

【ハイエナ】
「そうらよっと、たくもう私よりも大きい体をしておきながらなんでここまで体が弱いんだろうね」

【閣下】
「……相変わらず、見た目のくせに軽い人ですね」

波斯先輩と閣下に両肩を借りながら、ずるずると引きずられてながら若旦那が救助されていく。
こんな光景を見慣れてしまった僕は、もう普通の人ではないのでしょうか?

……

【尋々】
「遅い!」

【成平】
「うわ! す、すいません……」

【尋々】
「時間が無いというのにどこで油売ってたんだ、人間が生きられる時間なんて限られてるんだから
一分一秒無駄にしちゃ駄目、人は生きているのよ!」

【美香月】
「会長さすがです、その心に沁みる言葉、会長の言葉がなかったら私はずっと時間を無駄にするところでした」

【縫宇】
「……」

【黄泉】
「……」

ぐったりと副会長と縫宇ちゃんは力なくテーブルの上で突っ伏していた。
会長によほどハードなことをされたのだろう、だけどこの状況は僕にとって非常に悪い状況だぞ。
会長とその腰巾着状態の美香月さんとなると……

【尋々】
「ナルヒラ君、遅かったペナルティーを設けさせてもらいたいんだ。
あ、勿論君に拒否権は無いよ、だって私が支配者だからね」

【成平】
「わかってますよ……今日は何回当たれば良いんですか?」

【尋々】
「くっくっく、勘違いしてもらっては困るな、何も私は暴力で解決しようなんて思ってはいないよ。
もっと経済的で、なおかつ我々が見落としていた最大の武器をついに見つけてしまったのだから」

【成平】
「最大の武器って、一体何なんですか?」

【尋々】
「それはだね……君の顔だよ、ナルヒラ君」

【成平】
「か、お?」

僕の顔って誰かに似てたかな? 芸能人で似てるなんて言われたこと無いし。
よく女の子みたいな顔だね、と不本意だけど言われることはあるけ……ま、まさか……

【尋々】
「ナルヒラ君って男の割には小さくて、顔も童顔で結構女顔じゃない。
ここまで素材が揃っているのなら有効活用しない手は無いよねえ、美香月ちゃん」

【美香月】
「かーざーみー君、こんなのが用意してあるんだけどね♪」

【成平】
「……念のために聞いておきますけど、それは?」

【尋々】
「この学校の制服、見慣れてるでしょう? 私が着てるのと同じだもの」

【成平】
「お腹痛いので帰ります!」

【美香月】
「逃がせないんだよ、これが」

やっぱりこうなった、しかも唯一の逃げ場を美香月さんに通せんぼされて逃げることさえ出来なくなってしまった。
普段なら止めてくれる副会長も、会長の手によって再起不能状態だし……まさか最初からこれを狙って?

【尋々】
「心配しなくても大丈夫、何も裸になれなんて言ってないでしょ。
だけど脱がないと着替えられないから、私が手伝ってあげるわよ!」

【成平】
「ひゃ! や、いやぁ!」

……

【尋々】
「おぉおぉ、可愛い可愛い、私の思った通り磨けば光る原石だねこれは」

【成平】
「くうぅぅ……」

【美香月】
「まさかここまでとは、これが俗にいう嫉妬する可愛さってやつだね。
女の子であるあたしが自信を失いそうだよ」

【尋々】
「聞いたかいナルヒラ君、美香月ちゃんは君の可愛らしさに負けを認めたんだよ。
本物の女の子でさえそうなんだから、女に飢えた男にとってはもう潰し合いをしてでも君を手に入れたくなってしまうよ」

何を言われても嬉しくない、嬉しいと思った時点で僕は変態扱いされるんだ……

まさか学校で無理矢理服を脱がされるなんて、初めて体に危機を感じてしまった。
学校という場所上、よほど無茶なことはないと思うけど、相手が会長となると無茶も平気でしてくるから。

【美香月】
「風見君、あたしがこのまま貰って帰っても良いかな?」

【尋々】
「おぉ、お持ち帰り宣言だ、良かったじゃないかナルヒラ君、可愛がってもらいたまへ」

【成平】
「冗談じゃないですよ、というか制服返して下さい」

【尋々】
「すぐ返したらつまらないじゃない、ここから出なかったら大丈夫だって。
まあ出たとしても、男が寄ってくるだけで誰も中身には気がつかないって」

それはもう、僕の男としての全てを打ち砕く発言ですね……

【尋々】
「おっと忘れてた、ナルヒラ君、ちょっとこっち向いてくれるかな?」

【成平】
「なんです……か?!」

カシャ!

会長が手にしていたのはデジタルカメラ、これはもう誰でも何が行われたか容易に想像できる。

【成平】
「ちょ、写真撮らないでください!」

【尋々】
「ふむ……写真つきで3万くらいは出そうだね」

【美香月】
「あ、会長、あたしにも後で焼き回ししてくださいね、その筋に売れば3万どころの騒ぎじゃないですよ」

【成平】
「もぅ! いい加減にしてください!」

【黄泉】
「んぅぅ……さっきから煩いわ……よ」

【縫宇】
「はうぅ、もうお嫁に……いけ……」

副会長と縫宇ちゃんがほぼ同時に起き上がり、僕を見て止まってしまった。
ことの成り行きを知らない2人からしてみれば、こんな恰好をしている僕はもう変態扱いでしょうね。

【黄泉】
「……誰、ですか?」

【縫宇】
「新しい役員さん、でしょうか?」

ちょ、ちょっと、2人とも僕ってわからないんですか?
確かにいつもとは制服も違うし、会長に無理矢理化粧をされたし、髪型も髪留めで変えられてしまってはいるけど。

間違いなく僕なんですけど……

【尋々】
「これはもう、全く別人と見てもよさそうだわね」

【美香月】
「ですね……だけどなんだろう、そこはかとなく敗北感があるんですけど」

【黄泉】
「ヒロミ、この子は? もしかして無理矢理つれてきたんじゃ」

【尋々】
「やれやれ、黄泉は全く役員の顔なんか見てないんだね、やだやだ。
私がいる、黄泉がいる、美香月ちゃんがいる、ヌーちゃんがいる、となれば残る一人は」

【黄泉】
「まさか……成平君?」

【縫宇】
「へ? え? …………えええええぇぇぇぇぇぇ!!!」

【黄泉】
「だけど、成平君だとしても、どうしてまたそんな恰好を?」

【尋々】
「いやねぇ、ナルヒラ君がどうしても私の制服着せろって言うからね。
たまたま偶然丁度都合良く、私が代えの制服を持ってたからナルヒラ君に貸してあげたと」

【黄泉】
「たまたまも偶然も、それだけ重なれば作為的だと見るしかないわね。
ヒロミがまた無茶なことさせたんだ」

【縫宇】
「そ、そうですよね、ナル君がそんな趣味あるなんて聞いたことないですし……似合ってますけど」

縫宇ちゃん、それはあんまりだよ……

【黄泉】
「それで、成平君に女子用の制服を着せてどうしようというの?」

【尋々】
「エッチな撮影会でも開いたら儲かると、もぁ!!」

【黄泉】
「学校がそんな物認めるわけがないだろう!」

【尋々】
「そこをなんとかするんだろう! なんのための革命会なんだ!
全校生徒の頂点に立つこの私がやるって言うんだから絶対に実現するんだ!」

相変わらずの独裁発言っぷり、何故在校生はこんな危ない人を会長に選んでしまったんだ。

【黄泉】
「ヒロミがなんと言おうがダメなものはダメだ、学校の品位が下がる」

【尋々】
「品位なんて私の次の世代が立て直せば良いだろう、私の代は改革に次ぐ改革。
これまでの平々凡々としたつまらない学校からの脱却を図るのが第一目標なんだから」

【黄泉】
「だからといって学校の風紀までふしだらにして良い訳が無いでしょ!」

【尋々】
「面白くなれば良いんだ! 事後処理は来年に任せれば良いじゃないか!」

【成平】
「あ、あの、2人とも、少し落ち着いたら……」

【2人】
「元凶は黙ってて!!」

あふ、何故僕が怒られないといけないんですか……僕が一番の被害者なんじゃ……

【美香月】
「あーぁ、これは当分収まりそうにないね、それじゃあお2人が大人しくなるまで私が風見君を」

ガバ!

【成平】
「なっ! ちょ、なんで抱きつくの!」

【美香月】
「可愛い女の子は抱きしめてあげるのが一番良いんだよ、知らなかった?」

【成平】
「知らないよ、大体僕は男だから!」

【美香月】
「あらあら……こんな顔でこんな恰好して、説得力無いぞ」

ふにゅふにゅ……

【成平】
「うぁあ! な、何するの!」

【美香月】
「ちょっと胸の柔らかさを、ふむ……私のほうが柔らかいな」

【成平】
「僕は男なんだから比べられるわけないでしょ!」

本当に驚いた……こんな恰好をさせられた上に、胸まで触られるなんて。
美香月さんってもしかすると会長以上に危険な香りが漂う人なんじゃ……

【黄泉】
「ひやあぁああ!」

今度は耳の奥に響くような妙に甘い悲鳴、副会長の声なんだけどこれは。

【尋々】
「うけけけけ……うりうり、ここが良いんでしょ、えぇ、手に余る巨乳さん?」

【黄泉】
「ちょっと、やめなさ…ひぅ!」

【美香月】
「あっちはあっちでまた」

【縫宇】
「……す、凄いですね、お2人とも……」

あぁもぅ、なんなんだこの生徒会は。
こんな酒池肉林状態の生徒会なんて過去に絶対にないだろう、きっと未来にも出るはずがないのだけど……

結局この日も何も決まらず、僕の制服は会長の機嫌が治まるまで返してもらえませんでしたとさ。

……

四日目

いい加減何をするか決めないと、もうだらだらと遊んでいる時間なんて残されていない。
今日は会長にビシッと一言物申してやろう、下っ端は黙っていろと一蹴されそうだけど言わないと最後までこんなことが続きそうで。

それに、僕がまたあんな恰好をさせられて一般公開、なんていう最悪な展開もあの人なら無いはずもないのだから。

【成平】
「失礼します!」

【黄泉】
「あむ」

【成平】
「……は?」

いきまいて生徒会室に入ってきたものの、目当ての人物である会長の姿はない。
代わりに眼に入ってきたのはみたらしをパクつく副会長と、テーブルの上に山ほど盛られた大量のみたらし団子が。

【美香月】
「お、風見君もよばれたら?」

【成平】
「これまた会長が作ったんですか?」

【縫宇】
「ええ、会長さん凄く手際が良くて、いつの間にかこんな量に」

【成平】
「あれほどここで料理しちゃダメですって言っておいたのにあの人は……」

認めるところの限りなく少ない会長の中で、唯一と言って良いであろう認める点にお菓子作りの上手さがある。
本人はあくまで趣味のレベルだとは言っているものの、その味はどこかの店で売っていてもおかしくないほどの味であると波斯先輩も言っていた。

それだけなら良いんだけど、よりによって突発的にここ生徒会室で始めるから大いに問題になる。
大体なんで生徒会室にガス……水道が完備されているんだ?

【成平】
「はぁ……また僕が誤魔化さないとダメなんですね」

【黄泉】
「その際には私も手伝ってあげるから、あんまりしょげた顔しないの」

普段の副会長なら会長の暴走に腹を立てるのだけど、副会長もこのときばかりは会長に腹を立てない……どころか非常に感謝している。
波斯先輩に負けず劣らず副会長も相当の甘党だから……毎回あれだけ食べてどうしてスタイルに変化が無いのだろう?

会長曰く、「胸だけは日々成長している」とか何とか言ってたけど、栄養全部が胸に集中するということだろうか?

【成平】
「それであの、会長どこ行ったんですか?」

【黄泉】
「お団子持って屋上に行ったわよ、多分まだいるんじゃないかしら」

【成平】
「ありがとうございます、ちょっと行ってきますね」

【美香月】
「あれ、食べていかないの?」

【成平】
「戻ってきて残ってたら頂きます、副会長が残しててくれればですけど」

【黄泉】
「20分以内に戻ってくればきっと残ってるよ、それ以降はちょっとどうなってるかわかんないなあ」

……

【成平】
「あ、いたいた」

副会長の言っていた通り、屋上に会長はいたのだけど……何してるんだあれ?

両手に一本ずつみたらしを持ち、両手を大きくを天に上げた奇妙なポーズで止まっていた。
なんなんだあれは、何かの儀式か呪いの一種? それともどこかの異次元とコンタクトでもとろうとしているのだろうか?

正直声をかけるのが怖いというかなんというか、あまりにも普通ではない状態でいるわけで。

【成平】
「あ、あの……会長?」

【尋々】
「ん? おぉ、ナルヒラ君、どうかしたのかい?」

【成平】
「いや、あの、何してるんですか?」

【尋々】
「見てわからないかい? 鳥たちに餌付けをしようと思ってね」

あぁ、餌付けですか、餌付け……って何を? 餌付け?!

【成平】
「か、会長、それは本気……ですよね?」

【尋々】
「勿論、一羽や二羽ぐらいすぐによってくると思ったんだけど、検討外れだったみたい」

そりゃそうでしょう、みたらしに群がる鳥なんて聞いたことないですよ。

【尋々】
「これ以上続けても鳥も来そうにないかな、というか一羽たりとも飛んでいないしね。
ほらナルヒラ君、あーん」

【成平】
「は?」

【尋々】
「口を開けて、あーん」

【成平】
「ぁ、あー……もご!」

【尋々】
「私からのプレゼントだ、ゆっくりと味わいたまへ」

みたらしを二本まとめて口の中に押し込まれた、口の中にたれの甘い味が広がるのは良いのだけど一度に二本も食べれませんよ。

【尋々】
「気分転換も済んだことだし、私たちも本部に戻ろうか。
いつまでも口開けたまま止まってると顎を痛めるよ」

まったくもう、誰のせいでこの状況になっていると思ってるんですか。

……

【尋々】
「相変わらずよく食べるね」

【美香月】
「ホントに、どこにそんなに入るんでしょうね?」

【縫宇】
「私は二本でお腹いっぱいになりましたよ……」

【成平】
「もう慣れましたけどね」

現状に唖然とする四人をよそに、副会長はまだみたらしをパクついていた。
数にして二十串近くは食べていると思うのだけど、一向にペースは衰えを見せないからまた不思議。

【黄泉】
「あく、んくんく……ぷはぁ」

【美香月】
「結局全部食べちゃいましたね」

【尋々】
「もう見慣れているとはいえ、あの胸以外は人並みの身体の内部構造が非常に気になるよ。
お腹の中に溶鉱炉でも入ってるんじゃないの?」

【縫宇】
「それなのにスタイルの維持が出来るなんて、羨ましいです」

【成平】
「あれだけ食べてお腹壊さないんですか?」

【黄泉】
「さっきから私のことを怪物だとでも言いたそうな顔だけど、私自身何の問題もないから。
お腹も壊さないし、スタイルだって特に何もしてないしね」

【尋々】
「ま、食べたのが全部胸に行くんなら気にする必要ないもんね」

いや、胸に行ったら行ったで結局バランスが崩れると思うんですけど。

【尋々】
「ほらそこ、いやらしい妄想しない。 このまま黄泉の胸が大きくなったら嬉しいなぁとか考えるのは失礼千万よ」

【美香月】
「それはむしろ会長がそうなってくれたら嬉しいなあって思ってるんじゃないんですか?」

【尋々】
「勿論、大きい方が揉み応えがあって触るほうとしても楽しめるのだよ」

【黄泉】
「む……」

わきわきといやらしく指を動かす会長を見て危機を感じたのか、副会長はさっと胸を隠すように体勢を入れ替えた。

【成平】
「とりあえず洗い物しておきますね……あ、会長、文化祭の催しってもう決まったんですか?」

【尋々】
「いんやまだだけど、いい加減決めろって先ほど教師陣に圧力をかけられたよ。
もしかしてついにやる気になったのかい、撮影会」

【成平】
「違いますよ、会長甘い物作るのは得意でしたよね?」

【尋々】
「その言い方だと甘い物以外はさっぱりだ、とでも言いたそうね。
悪かったな、さっぱりで!」

ビィーっと舌を出して嫌な顔をされた、ということはやっぱり甘い物は自分でも上手いということがわかっているのだろう。

【成平】
「だったらこの際、奇をてらわずに正攻法で攻めたらどうですか?」

【縫宇】
「具体的に何をしようって言うんですか?」

【成平】
「会長が得意なお菓子を作って販売する、とかで良いんじゃないんですか?
ありきたりかもしれないですけど、それ相応の力もありますしちゃんとした対価も見込めますよ」

【尋々】
「甘い物ねぇ、作って作れないことは勿論ないけど。 面白みにかけるんだよねぇ。
何かプラスアルファで面白いことができれ……ば……」

歯切れが微妙に悪い、会長の視線は机の上に投げ出された雑誌に向けられていて何かを考えているようだ。

【尋々】
「ファビラス! 点と点が全て結びつき1本の大きな川へと変化したわ!
ナルヒラ君、素晴らしい意見だ。 960点をあげよう」

【成平】
「どこからそんな数字が出たのかわかりませんけど、一応ありがとうございます」

【黄泉】
「どうやらようやく出し物も決まったみたいね」

【尋々】
「ええ、そうと決まれば早速調理室を占拠しに行くわよ。 黄泉もついてきて頂戴。
美香月ちゃんとヌーちゃんにも追々業務連絡を伝えるからね、本日は解散!」

突破口の出来た会長は弾丸のように勢いよく生徒会室を飛び出していってしまった。

【黄泉】
「とりあえず一安心かな、お手柄ね」

【成平】
「いえいえ、だけどもっと早く会長のお菓子作りの腕に着目するべきだったかな」

【縫宇】
「明日から忙しくなりそうですね」

あの会長のやる気から見て、よほど気合いが入っているのだろうけど
気合いが入ったときの会長ほど危ない人もいないから、何事もなく終るとは思えないんだよね。

……

最終日

【美香月】
「風見君、お釣りとかの準備ってもう出来てるの?」

【成平】
「それは昨日のうちに済ませてあります、内装の方も終わってますから
後は会長が売り物のお菓子を持ってきてくれれば準備完了です」

ドタバタと忙しい準備の時間を駆け抜けた文化祭もいよいよ今日が本番。

あの短期間で調理室を借りることが出来たのも、部屋を余分に確保できたのも全部会長が権力を振りかざしたからなんだろうけど
あれだけ決まらずにいたのに本番にはきっちりと完璧に仕事を済ませるのはさすが会長といったところだろう。

【尋々】
「いやいや、お待たせ」

【美香月】
「噂をすればなんとやら、会長、お菓子のほう大丈夫なんですか?」

【尋々】
「私を甘く見ないこと、菓子を作らせたら右に出るもの無しと自分で言っている私に抜かりはないわ。
とりあえずこれ、ケーキのホール2つ。 カットしてあるから注文に応じて箱詰めするだけ、簡単でしょ」

【美香月】
「あれ、2つだけなんですか? 随分と昨日材料たくさん買ったように見えましたけど。
それに副会長と縫宇ちゃんはどうしたんですか?」

【尋々】
「慌てない慌てない、他の菓子はちゃんとあの二人が持ってくるから。
売上アップのおまけつきでね」

【成平】
「売上アップのおまけ?」

【黄泉】
「……ヒロミ」

【尋々】
「お、準備できたみたいね、扉の前で突っ立ってないで入ってきたら?」

【黄泉】
「入りたくない……」

【縫宇】
「は、恥ずかしいですよ……」

扉一枚隔てての会長と副会長……縫宇ちゃんの押し問答。
縫宇の発言から何か見た目にかかわることであることは間違いないんだろうけど、会長何させたんだ?

【尋々】
「その恰好で調理室からここまできたんだからもう恥ずかしいも何もないでしょうに。
どうしても見せられないっていうのなら……私が強行に出るまでだ!」

【黄泉】
「くっ……」

【縫宇】
「あうぅ……」

会長が無理矢理扉を開け放つと、二人はいつもとは全く違う恰好。
縫宇ちゃんはメイド服、副会長は……まるでホストか執事みたいだな。

【尋々】
「おうおう似合ってる似合ってる、ヌーちゃんなんかは局地的な人気が期待できそうね。
黄泉は……なんとかならないの、その胸」

【黄泉】
「くっ、う、煩い!」

男装した副会長に違和感を感じるのはやっぱりあれだ、胸だろう。
大体元から胸の大きい副会長に男装させようというのは到底無理な話では?

【尋々】
「ちゃんとサラシ巻いたの?」

【黄泉】
「きつすぎて胸が痛い、それに息苦しいし胸が熱い……」

【尋々】
「どれどれ……おぉ、いつもはふにゅーってしてるのに今日はカッチカチだ。
これだけやってもまだこんなに出てくるのか、あんたの胸は」

【黄泉】
「私だって好きで大きくなったんじゃない」

【美香月】
「比べて縫宇ちゃんはメイド服に合ってるね、胸元も大胆に開いてセクシィー」

【縫宇】
「うぅ……あ、あんまり見ないでください、あの、本当にこの恰好で接客するんですか?」

【尋々】
「勿論、何のために生徒会費をネコババしてまで衣装を揃えたと思ってるのかね?
まあ接客といっても注文されたら注文の品を箱に詰めて最後にとびきりの笑顔を返せば良いだけだから簡単でしょう?」

【黄泉】
「営業スマイルとか私は苦手なんだけど……」

【縫宇】
「私もあまり人様に見せるような顔は……」

【尋々】
「ヌーちゃんは普通に笑ってれば大丈夫、それだけで飢えた男どもが馬鹿みたいに釣れるから。
黄泉は微笑をなるべく控えて、常に厳しい顔してたまに笑った顔見せると女子からツンデレだツンデレだって言われて人気出るからね」

会長の中では全て計算尽く、縫宇ちゃんと副会長のキャラクターを生かしての配役なんだろうけど。
この衣装を用意するのに会費をネコババしたっていうのを誰も突っ込まないのは拙いんじゃないかな?

【黄泉】
「そういうヒロミは何かしないの、私たちにこんなことさせて自分は高みの見物なんて言うんじゃないでしょうね?」

【尋々】
「心配ご無用、私は私のほうでそれなりにすることがあるから。
売り子は当分の間二人に任せるから、美香月ちゃんもお会計の方よろしくね」

【美香月】
「はーい」

【尋々】
「さて、それじゃあナルヒラ君、私たちも大勝目指して行動開始だ!
っとその前に、会長として全校生徒に開幕の弁を伝えておかないとね、ナルヒラ君ついてきたまへ」

……

【尋々】
「あーあーうーぅー、あぅー……よし。 生徒会長より全校生徒諸君へ伝達です。
本日は一年に一回のお祭り行事、教師陣も多少のことには目を瞑ってくれるよう許可も取ってある。
今日一日、日頃以上に楽しみ、日頃以上に盛り上がろうではないか。
それでは長らくお待たせした、生徒会長……ヒ呂尋々の名の元に文化祭開幕を宣言する!!!」

会長の掛け声と共に、学校中で歓声じみたものが沸きあがっているのが放送室にいても伝わってくる。

【尋々】
「なお、生徒会では凛々しくセクシーな売り子が対応をしてくれるので、男女問わず足を運んでくれたまえ」

【成平】
「お客さん、来ると良いですね」

【尋々】
「誰にものを言ってるんだい、店で売る菓子を作ったのはこの私だぞ。
もし売り切れなかったら全校生徒を粛清しないと気が済まないよ」

【成平】
「物騒なことばっかり言わないでくださいよ」

【尋々】
「じゃあ君が買い取ってくれたまえ、それで全て丸く収まるね。
私は会費が潤って満足、生徒は粛清されずに一安心、菓子は無駄にならずに損失もゼロ」

【成平】
「あの、僕にはどんなメリットが?」

【尋々】
「売れ残った場合は甘い物食べ放題だ、黄泉が聞いたら羨ましがるだろうね」

それだけ……なんとしても売り切らねば、会長のことだから全部平らげないと許してはくれないだろうし
よりによって明日は日曜日、食べきらなかったら確実に泊り込みで完食を見届けるまで解放してくれないだろうな。

【成平】
「が、頑張ろう」

【尋々】
「さてさて、開始早々繁盛してるとは思わないけど、売れるだけ売りつくすよ!」

こうして、僕の長くもあり、人生で一番強く印象に残るであろう文化祭は賑やかに、そして騒がしく開催された。

……

【縫宇】
「い、いらっしゃいませー……」

【女生徒1】
「わぁ、来栖さんのメイド服似合ってる」

【女生徒2】
「ホントホント、それだけスタイル良いとそういった服ってすっごい似合うよね。 私は胸が無いから無理だわ」

【縫宇】
「そ、そうでしょうか……私は、は、恥ずかしいんですが……」

【黄泉】
「いらっしゃい」

【女生徒3】
「え、ふ、副会長さん! どうしたんですかその恰好、まるでホストみたいです」

【黄泉】
「へ、変かしら……」

【女生徒3】
「そんなことないですよ。 ただ、胸が大きいからまるで宝塚ですね」

【黄泉】
「むぅ、これは私の意思でこうなったんじゃないから……」

【美香月】
「ありがとうございました〜♪」

来る人来る人まず副会長と縫宇ちゃんの恰好に目を奪われている。
男子が来ると専ら縫宇ちゃんに、女子が来ると大体は副会長の方へ、完全に会長の読み通りだ。

嬉しい誤算は縫宇ちゃんにも女子が食いついてくれたことで、予想よりも売上のペースが速いというところかな。

【成平】
「売上、予想以上に順調ですね」

【尋々】
「今のところはね、だけどこの売上も長くは持たないだろう。
お昼になったらひとまず客足は落ちる、その後どれだけ残りをゼロに出来るかの勝負だね。
ま、秘策も考えてあるからさほど心配はしていないけど」

【成平】
「秘策、ですか?」

【尋々】
「秘策がなんであるかはそのときまでお楽しみとして、ナルヒラ君も何か見ておきたいものがあったら今のうちに行ってくると良い。
後で君にはちょっとしてもらいたいことがあるし、暇は今しかないよ?」

【成平】
「そうなんですかそれじゃあちょっと失礼してきますね、会長は外でないんですか?」

【尋々】
「私はちょっと見ないといけないものがあるので、ね。 とりあえず楽しんできてくれたまえ。
楽しんでもらえれば革命会総帥としても嬉しいことだから」

【成平】
「わかりました、行ってきます」

【尋々】
「あぁ、時にナルヒラ君。 君のクラスの催しはなんだったかな?」

【成平】
「ええと、確かシチューの販売だったと思いますけど、それが? 食べたいんでしたら奢りますけど」

【尋々】
「いやなに、これを持って行ってくれたまえ」

【成平】
「……なんですかこれは?」

会長が手渡したのは小瓶に入った何かの粉、そこはかとなく危険な香りがしますが……

【尋々】
「心配しなくてもただの塩だよ。 後ろからこっそり近付いて鍋にぶち込んでやってくれないかな?
味がおかしくなれば客足は遠のいて自然とここの客が増えるというわけだ」

【成平】
「お返しします」

【尋々】
「なっ! 会長命令だぞ!」

【成平】
「そんなインチキしなくても大丈夫ですから、それじゃ」

【尋々】
「こんの造反組がぁ! 君はクラスの利益と革命会の利益とどっちが大事なんだぁあ!!」

……

僕のクラスも思ったよりも繁盛してるみたいで良かった良かった。
だけどまさか会長から汚れ役を請け負わされるとは思わなかったな、まさかとは思うけどあれが秘策って言うんじゃないだろうな?

【成平】
「まさか、ね……」

絶対にありえない、と言えないところがなんとも心苦しいな。

【男子生徒】
「25本追加でーす」

威勢の良い声に足を止める、この教室の催しは甘味、中でも団子を専門に扱っているんだったっけ。
確かパンフレットに書いてあった、30本以上を食べたら代金要りませんって文句だったと思うんだけど。

【成平】
「25本って、結構売れてるみた……い?」

【ハイエナ】
「ふぐ、んぐ」

【閣下】
「よく食べますね、僕のほうが胸焼けがしますよ」

【ハイエナ】
「軽いもんだ、朝飯前ってやつですよ。 お、これはこれは風見成平くん」

【成平】
「あ、どうも」

【ハイエナ】
「君も一つどうですか? 30本食べたらタダになりますよ」

【閣下】
「普通の人間は団子のような腹に溜まるものを30本も食べたら近日中におかしくなるものですが。
彼は化け物ですから、気にするのも馬鹿らしくなってきますね」

もう何本食べたのかもわからないくらい大量の串を重ねた波斯先輩とは対照的に、閣下のほうは二串食べて後はお茶を堪能していた。

【ハイエナ】
「さふいえば、縫宇のところでも確か菓子を売っていましたね。 売上の方はどうですか?」

【成平】
「結構売れてますよ、売れ残ったら僕が買い占めないといけないのでまだ不安ですけど」

【ハイエナ】
「はっはっは、心配しなさんな。 その時は私が全部買い占めましょう」

【成平】
「へ? こんなにお団子食べてまだ食べられるんですか?」

【ハイエナ】
「これでも1時間でゲンコツ饅頭45個食べた胃袋ですから、問題はありませんよ」

ゲンコツ饅頭って言うと、あの冗談みたいに大きな一つ食べたらそれだけで夕食分になるくらいお腹に溜まるあれだよね。
あれを45個って、申し訳ないけど波斯先輩って……

【閣下】
「言ったでしょう、彼は化け物だって。 頭に超がつくほど希少種な猫の化け物なんですよ」

【ハイエナ】
「褒めるな褒めるな」

【閣下】
「一言も褒めてはいませんよ、そんなことで最終イベントまでもつんですか?
途中で倒れでもしたらあいつに天誅をくらいますよ?」

【成平】
「あの、最終イベントって何のことですか?」

【閣下】
「おっと、うっかり口を滑らせましたね。 今の話はなかったことにしてください」

【成平】
「はぁ……?」

【閣下】
「僕は若旦那のところに行ってきます、ハイエナもくれぐれも食べ過ぎないように。
では風見君、文化祭が深けてきたらまたお会いしましょう」

残っていたお茶をぐいとあおり、意味深な科白を残しながら閣下は部屋を出て行った。

【ハイエナ】
「まったく、お喋りですね彼は。 それに今から気にしてもどうなるものでもないというのに。
やつの神経質は考えものだと思いませんかねえ、風見成平君?」

【成平】
「僕には何のことだかさっぱりなんですが?」

【ハイエナ】
「それは文化祭の最後になれば嫌でもわかりますよ。」

新しく運ばれてきたみたらしを頬張りながら閣下同様に意味深な科白。
ここまでの会話でわかるのは波斯先輩と閣下、それからたぶん若旦那が文化祭の最後に何かをしでかすということだ。

一応生徒会としては、なるべく無茶だけはしないでもらえるとありがたいのですが。
後で教師陣にこってり絞られるのだけは勘弁してくださいね。

【成平】
「そろそろ戻りますね、先輩も暇が出来たら買いに来てください。
会長の作ったお菓子結構美味しいんですよ」

【ハイエナ】
「尋々の手製というのがどことなく不安要素ではありますが、後で伺わせてもらいますよ」

……

【縫宇】
「いらっしゃいませー」

【黄泉】
「いらっしゃい」

【尋々】
「ナルヒラ君、ちょっと良いかな?」

【成平】
「なんですか?」

【尋々】
「そろそろ君にもお仕事をしてもらおうと思ってね、ちょっとこっちへどうぞ」

ちょいちょいと手招きをされ、会長のいる部屋に入ると。

ガチャ!

【成平】
「……へ?」

【尋々】
「これで、二人っきりだね」

【成平】
「鍵ってあの、冗談、ですよね?」

【尋々】
「密室の方が、君も色々と助かるでしょう?」

【成平】
「か、会長、何を?」

ジリジリと後ずさり、まさか襲われはしないと思うけど……会長に限っては可能性ゼロはありえない。

【尋々】
「どうしたの、そんな部屋の隅っこにいって? はいこれ」

【成平】
「なんですかこれ……袴?」

【尋々】
「ご名答、しかも女物のね」

【成平】
「そんな袴なんて僕に渡してどうしろ、と……」

女物の袴を会長が僕に渡した訳、なんだかそこはかとなく嫌な感じがする。
つい最近も似たようなことがあった気がするし……

【尋々】
「君が着る衣装だよ、黒地に赤のラインが大人っぽくて色っぽいでしょう。 初めて見たときからナルヒラ君に似合うだろうなって」

【成平】
「無理ですよ! だって僕着付けとか知らないですし」

【尋々】
「心配ご無用、その辺りは私が心得ているから安心して。
邪魔者が来ないように鍵もかけたし、さ、脱いで」

【成平】
「い、嫌です……」

【尋々】
「あらそう、それじゃあお姉さんが無理矢理にでも引ん剥いちゃおうかな♪
覚悟はよろしくて? あ、答えは聞いてないよ」

【成平】
「や、やぁ!」

いやああぁぁぁ!…………

……

【黄泉】
「さっき風見君の悲鳴が聞こえた、けど……」

【縫宇】
「ふあぁ……ナル君」

【美香月】
「ぐ……ま、負けた」

【成平】
「ううぅぅ……」

皆の反応を見ればわかる、皆誰がどう見ても女の子だと言いたいのだろう。
鏡を見た僕自身でさえ、自分が女の子ではないかと……少しでも思ってしまってはダメなんだ!

【尋々】
「会心の出来だよ、並大抵の女子じゃあナルヒラ君には敵わないだろうね。
ナルヒラ君ももっと喜んだらどうだい?」

【成平】
「こんなことで喜べませんよ、何度も言いますけど、僕は男ですからね」

【尋々】
「ぁーはいはい、そうですね」

さっぱり聞く耳持たず、きっと僕が何言っても糠に釘、暖簾に腕押し状態なんだろうな……はぁ。

【尋々】
「さて、ナルヒラ君のおめかしも済んだことだし、次は宣伝ついでの顔見せといこうか」

【成平】
「へ、ちょ、ちょっと待ってください。 僕はここにいるんじゃないんですか?」

【尋々】
「これだけの素材と武器があるのにこんな限られたスペースだけの使用はあまりにも勿体ないじゃないか。
大丈夫、私も一緒にくっついていってあげるから」

【成平】
「全校生徒に僕がこんな恰好してるってばれたら明日から学校中の笑いものですよ」

【尋々】
「心配しなくても大丈夫だって、ナルヒラ君だって気付くのなんてきっと一握りくらいだから。
まあ、声かけられて誘われる可能性はあるけど、その時は愛想よく笑顔で断わりなさい」

無責任な笑顔で言ってくれますけど、もし明日から僕の身の回りで人の対応が変わったら責任とってくださいね。

……

【尋々】
「ほら、胸張って。 袴はいてるんだからもっと明るくしてないと」

【成平】
「そんなこと言われても……大体なんで袴にハイヒールはかないといけないんですか」

会長が用意していたのは袴だけでなく、よりによってハイヒールが用意されていた。
一回もはいたことないから無理って言ったのに、やっぱり無理矢理はかされてしまった……

【尋々】
「袴とハイヒール、一見合わないように見えるけどこれが結構可愛らしいのだよ。
あれだよあれ、いわゆる一つの萌え要素」

【成平】
「男の僕にそんなのは求めないでください」

【尋々】
「細かいことは気にしないの、実際可愛いんだから文句言いっこ無しだよ」

肩に自家製の看板を担ぎながら頭にくるほどの笑顔で言われてしまった。
はぁ……僕も諦めないとダメなのかな、男に生まれたのを恨むべきか、女顔に生まれてきたのを恨むべきか。
はたまた会長に出会ったことを恨むべきか……一体どれが良いんだろうね?

【女生徒1】
「あ、ヒロミ」

【尋々】
「やぁ、クラスの催しの方はどんな感じ? お客さん入ってる?」

【女生徒1】
「まだまだかな、お昼までまだあるしこれから上り調子になってくれると思うんだけど。
ヒロミのところはどうなの? 最初から凄いアピールだったけど」

【尋々】
「順調な滑り出しだよ、あなたも時間を割いて何か買いに来なさい。
全部私の手製だから味は良いよ」

【女生徒1】
「ヒロミの手製って…………大丈夫なの、前の調理実習ではフライパンから火柱が出てたけど」

【尋々】
「あれは私が悪いんじゃない、油の栓がちゃんとしまってなかったのが悪かったんだ」

フライパンから火柱て、お菓子以外はさっぱりっていうのは本当だったんだ。

【成平】
「ふふ……」

【尋々】
「笑うな!」

ドス!

【成平】
「ひぐ……!」

【女生徒1】
「こらこら、八つ当たりしないの」

【尋々】
「含み笑いなんてしてないで宣伝用の営業スマイルするの、それからすぐにビラを渡す、ほら」

【成平】
「あ、よろしくお願いします」

【女生徒1】
「ありがとう、クラスの子が黄泉ともう一人のメイドの子が可愛いって言ってたけど、あなたも十分に可愛いわね。
袴がとっても似合ってるわ、下の学年の子?」

【成平】
「は、はい」

【女生徒1】
「へえ、下にこんな可愛い子がいるなんて知らなかったわ。
ヒロミの手伝いは災難だと思うけど頑張ってね、後でうかがわせてもらうわ、彼方目当てでね」

【尋々】
「……ほら、気付かれないでしょう?」

【成平】
「僕はヒヤヒヤものですよ、心臓に悪いです……」

【尋々】
「下手にびくびくしてる方がばれやすいよ、胸張ってどんどん行くよ!」

その後も会長にくっついて色々なところにビラを配りに行ったけど、誰一人僕だって気がつく人はいなかった。

【尋々】
「ほらね、私の言ったとおり胸張ってれば気づかれないもんだって」

【成平】
「そうですね……だけど考え方によっては、僕は男として見られてないってことになりませんか?」

【尋々】
「細かいことは気にしない、というか今更何を言い出すかな、その顔で」

【成平】
「そりゃ自分でも女顔だとは自覚してますけど、せめて男としてみてくださいよ……」

【尋々】
「拗ねないの、男は顔じゃない……って大概の人は言うよね。
ま、この顔に文句言うような奴なんて一人もいないか」

突然会長が立ち止まり、僕の顔をジィ―――ッと覗き込んだ。
僕よりも背が低いために軽く背伸びをした会長の顔が僕の視界いっぱいに広がって……

【尋々】
「ただ、なんべん見てもこの顔には腹が立つ! 女の敵だ! 不公平だ!」

【成平】
「なっ! ちょ、ちょっと、いひゃいです、いひゃいですってばぁ!」

ぐにーっと頬をつねられた、上手く発音できずに情けない声がもれてしまう。

【尋々】
「神様は誰にでも平等にプラスとマイナスを織り交ぜて与えてくれるんじゃないのか?
それなのにどうだ、君はプラスだけが寄り集まって出来た完璧乙女か? えぇ?」

男に見えないっていうのが僕のマイナスなんじゃ、それからこの理不尽に耐えなきゃいけないのも僕のマイナスだと思います!

【ハイエナ】
「ヤンチャは程々にしておかないと、生徒の信頼を失いますよ?」

【尋々】
「あぁもう煩いな、いきなり出てきて私にお説教? カプセル怪獣は私の呼び出しがあるまで大人しくしてれば良いの!」

【ハイエナ】
「とりあえず放してやたらどうですか? どうせ尋々が理不尽ないちゃもんつけたんでしょう?」

【尋々】
「失敬な! カプセル怪獣のクセに失礼だぞ!」

【成平】
「いたたたた……」

【ハイエナ】
「貴女も災難でしたね、女性に手をあげてはいけないと習っていないからすぐ手が出るんですよ」

【成平】
「いえ、いつものことですから……ぁ」

しまった、波斯先輩は拙い。 もう何年も家族ぐるみの付き合いをしているからこんな恰好してても絶対にばれてしまうよ。

【ハイエナ】
「おや……ちょっと失礼」

僕とはかなりの身長差のある波斯先輩は僕の顔を覗き込むように屈みこみ、僕と視線を交差させる。
いつばれるのかとヒヤヒヤの僕の心臓はびくびくと明らかにおかしい鼓動、は、早く目を背けて……

ふに

【成平】
「へ……?」

【尋々】
「なっ!」

【ハイエナ】
「やっぱり、どうしたんですかこんな可愛らしい恰好で。風見成平君?」

ふにふに

視線を交わしながら、波斯先輩の手が不穏な動き、僕の胸が……

【成平】
「ひゃ!」

慌てて先輩から離れ、胸を隠すように手で壁を作る。
まさか男の人から胸を揉まれるとは思わなかった……しかも相手は波斯先輩なんて。

【ハイエナ】
「はっはっは、まるで少女のような反応ですね、いや結構結構」

【尋々】
「こんの化け猫がぁ!」

【ハイエナ】
「あた」

うわ、至近距離ヒップアタック……会長の奥の手でもあり最も威力の高い秘技、とか自分で言ってたっけ。
痛さは普段のヒップアタックと何一つ変わらない、どこが奥の手で秘技なんだか。

【尋々】
「うら若き乙女の胸を気安く触るんじゃない、ケダモノ!」

【ハイエナ】
「スキンシップですよスキンシップ、しかし彼はれっきとした男、乙女は酷いんじゃないですか?」

【尋々】
「こんな憎たらしいほど可愛い顔の男がどこにいるって!?」

【成平】
「うわぁ……」

今ので完全に会長の中で男のカテゴリ内から僕は消去されましたね、そりゃないよ……

【尋々】
「顔が可愛い、仕草が可愛い、女の子の服が似合う。 こんな三拍子揃った男は男じゃない、乙女だ。
ナルヒラ君行くよ、こんなケダモノと一緒にいたらナルヒラ君が汚されちゃう」

【ハイエナ】
「私はあなたといる方がよっぽど汚染されると思いますけどね、辱めの方が良いですか?」

【尋々】
「はいはいご忠告ありがとう」

聞く耳持たずの会長は僕の襟首を掴み、ずるずると僕を引きずっていってしまう。

【成平】
「か、会長、苦しいです……」

【尋々】
「あのまま汚されるよりはずっと良いでしょう、たくもう、私だってまだ触ったこと無いのに」

半分酸欠に近い僕には、会長の言葉が耳に届くことは無かった。

……

色々と盛り上がった文化祭ももう終盤、お店もほぼ完売間近で会長の顔にはあまり見せない普通の笑みがもれていた。
途中から会長室に篭りきりだったけど、一体何してたんだろう?

【縫宇】
「ありがとうございましたー、ふぅ、これで完売ですよ」

【黄泉】
「皆お疲れ様、成平君もお疲れ様。 君のおかげで売上もとどまるところ知らずだったわね」

【成平】
「喜んで良いんでしょうか……」

僕がお店に入ってから確かにお客さんは多かった。
だけど、男子生徒に一緒に写真を撮ってくれって頼まれたり、男子生徒の妙な視線が多々あったのは喜んで良いんだろうか?

【美香月】
「男なんて単純な生き物だよ。 風見君みたいな子がいれば、そりゃ盛り上がるさ」

【成平】
「はぁ……」

【尋々】
「ナルヒラ君、手は空いてるかな?」

【成平】
「空いてますけど……」

【尋々】
「ちょっとお願いできるかなー」

扉から顔を出して来い来いと手招き、全く同じ場面を数時間前に見ましたよ。

【尋々】
「心配しなくてもまたコスプレさせようとかいうんじゃないから、ちょっと私のお手伝いをしてもらいたいんだ」

【成平】
「……」

【尋々】
「会長命令、大人しく入ってこないと君の恥ずかしい写真を校内にばら撒くよ」

会長、それは命令ではなく脅しです。
逆らう自由さえないので仕方なく会長の部屋へ、もう何でも来い!

【尋々】
「ナルヒラ君…………文化祭の定番といえば?」

【成平】
「え、えぇと……」

【尋々】
「それは予告無しのゲリラ活動、群衆はいつでもサプライズを待ち望んでいるのだよ」

【成平】
「サプライズ、ですか?」

【尋々】
「そう、そしてそれを実行に移せるのはただ一人。 群衆の頂点に立つこの私」

目を瞑り、しみじみと自分がこれからせんとしていることに思いを廻らせているのだろうか?
会長が開眼した時、今まで出一番強い衝撃を受ける確立は……

【尋々】
「全校生徒の集会場、体育館をジャックします」

【成平】
「……な、何言ってるんですか? 本気でなんすか?」

【尋々】
「本気も本気、私は口にしたことは全て実現する選ばれた人種であることは君もよく知っているだろう。
これで、私の目指した群衆の統一計画は成功するんだ……」

窓の外を眺めるその眼に迷いは無い、一体どうしてまたそんな無茶なことを?

ヴィー……

会長の机に置かれたノートパソコンからディスクが吐き出される。
横にある箱からDVDでも見ていたのだろうけど、あのDVDって……

【成平】
「あの会長、まさかこのDVDの影響ってことは……」

会長はにやりと笑い、取り出した携帯電話で誰かの番号をコールした。

【尋々】
「私だ……ただいまより、計画を実行に移す。 誰一人とて体育館からは出さないように、私もすぐに向かう」

【成平】
「止めましょうよ、会長が率先して混乱を招くようなことをするのは」

【尋々】
「ナルヒラ君、私はもう革命会会長ではないんだよ」

どこから取り出したのか、顔の上半分を覆い隠す白い仮面を装着しはじめた。
まるでどこかの劇場から抜け出てきた怪人姿の会長はいつも以上に不敵な笑みを漏らし……

【尋々】
「フフフ、いざ行かん私の勝利のために。 ハーケンクロイツ!」

会長は立てかけてあったケースと僕の腕を掴み、勢いよく駆け出した。
いきなりのことで僕は倒れないように体勢を立て直すのがやっと、会長に抵抗する暇など全く与えてはもらえなかった。

だけど会長が見ていたあのDVD、僕の記憶が確かだとたぶん会長がしようとしていることって……

……

体育館の袖まで連れて来させられた僕を待っていたのは良く知った面々の顔。

【ハイエナ】
「よ、遅かったですね」

【閣下】
「やれやれ、てっきり教師陣に止められたのかと思いましたよ」

【若旦那】
「尋々にかぎってそれはあらへんでしょう、静止されようと突き通すのが尋々のポリシー。
こいつを止めるには毒でも盛らないことには」

【尋々】
「カプセル怪獣のクセに皆生意気だな。 私よりもあんたたちの方こそ準備は出来てるの?」

【閣下】
「僕の方はとうに、元々何の準備も要りませんからね」

【ハイエナ】
「私も既に終えていますよ、いつでも出て行けます」

【若旦那】
「最終確認だが、何故手前が選ばれとるんかに? 手前は三味以外かじった程度しか持ち合わせておらんぜよ?」

【ハイエナ】
「何を言いますか、以前私らの前で見せたあの実力でかじった程度とは、過小評価しすぎですよ」

僕にはついていけない話が四人の間で交わされている、あ、もしかして波斯先輩や閣下の言ってた最終イベントっていうのは。

【尋々】
「ナルヒラ君、私が合図したらステージライトをつけてもらえるかな?」

【成平】
「あ、わかりました」

【尋々】
「……それじゃあ彼方たち、準備はよろしくて?」

【ハイエナ】
「いつでもどうぞ」

【閣下】
「お好きなときに」

【若旦那】
「右に同じ、やぜ」

次の瞬間、先輩たちは真っ暗なステージへと躍り出た。
僕も会長の動きを見失わないように目を凝らして追う、定位置に着いたであろう会長の左手がふっと上がる。

会長の合図を見届け、僕はステージのライトをONにした。

ライトがついた瞬間、ステージ下からはざわざわと騒ぎ立てる声が聞こえてきた。
いきなりこんな予告もされてないイベントを行なえばざわつくのは当たり前だ。

【若旦那】
「……その昔、とある劇場で常に主役の座を努める一人の男がおりました。
才能に恵まれたその男は常に舞台の花形、しかしだからこそ、悩むべきことも多かったのです……」

群衆のざわめきを静めたのは若旦那の口上だった。
だけどあの若旦那がいつもの頭のおかしくなるような口調ではなく、一般的な標準語で話すなんて。

【若旦那】
「常に才能をねたまれ、時に命さえも危険に晒されることが多かった不遇の男。
男は生きながらえるために、姿をくらまし、そのまま幾年もの時間が彼の存在を風化させていきました」

まるで舞台のナレーションでも聞いているかのようなその語り口、それに拍車をかける若旦那の宝石のような声色が体育館にい質な世界を作り上げている。
もうステージ下からざわつく声は聞こえない、それは誰もが若旦那の声に陶酔しきっている証拠。

【若旦那】
「歴史からも忘れ去られていた男が再び姿を現したのは満天の星が輝く満月の夜。
純白の仮面を纏い、それに合わせるように同じ色をした銀髪と白い衣装で天から舞い降り、目的を果たすために劇場を移ろいました。
男の目的は勿論復讐、この劇場で己が消えなければならなくなった原因を作った者たちへの復讐劇」

【若旦那】
「男の作った脚本に合わせ、一人また一人と役者は消えていき、ついには誰一人彼を葬り去れるものは残ってはいませんでした。
そんな昔の物語、後に男はこう語り継がれました。 白い仮面は混沌の証……」

【尋々】
「男の名前は『天空』、純白を身にまとったその姿は月光の光と闇夜にとても映えていたそうです。
…………そう、この私のように!」

会長が天高く指を突き上げると、激しいドラムの破裂音が耳を驚かせた。
ドラムの後を追うようにギターの旋律とベースのバックボーンが加わり、次第に群衆のざわめきが甦り始めてくる。

予想通り、会長がやろうとしていたのはゲリラライブ。
見ていたDVDはちょうど文化祭でゲリラライブをする話だったから。

リズミカルにドラムを叩くのは閣下、普段は見ることの無いサングラスが普段以上に閣下を謎の人物へと高めている。
ギターで主旋律を奏でているのは波斯先輩、前の学校の頃からギターが趣味とは聞いていたけど、実際に聞くのは今日が始めてだ。
ベースで重厚なバックボーンを加えているのはなんと驚きの若旦那。
得意な楽器は三味線だったはずだけど、ベースも全く違和感を感じはしなかった。

そして舞台の中央、白い仮面をつけ、なんだかおどろおどろしい頭蓋骨をかたどったギターで副旋律を紡ぐのが会長だった。
しかも会長はギターに加え、ボーカルまでも担当している。

ギターが出来ることも歌が上手いことも今日初めて知ったのだけど、違和感など微塵も感じられないこの一体感。
僕は舞台中央で華麗にステップを踏み、よく通る声で歌い、耳を刺激する旋律から視線を外すことができなくなっていた。

【尋々】
「さあさあ、エネルギーの有り余っている子はバーンと全て発散させちゃいなさい!
次の曲行くよー、せーのぉ!」

会長の合図と共に楽器の音は一際大きくなり、それと呼応するように群衆の歓声も大きくなり始めている。

【尋々】
「良いよ良いよ、皆今日が人生で一番記憶に残る日であることを!」

会長の鼓動がここまで伝わってくるようで、揺れる髪、なびくスカート、輝く汗に僕は惹かれていた。
ヒ呂 尋々という人物から、僕は目を離せなくなってしまっていた……

……

【尋々】
「ふぅ……危機一髪、ってやつだね」

【成平】
「はぁ、はぁ……もう、だからあまり無茶しないでって言っておいたのに」

ゲリラライブの盛り上がりも最高潮に達し、群衆と会長たちとが一体となった体育館に静寂を運んできたのはやっぱり教師陣だった。
さすがになんの報告も無く、生徒の代表である会長自らが破天荒なことをすれば教師陣が動くのも納得。

会長はそのことをはなから予期していたようだった、ご丁寧に煙幕の出る小道具まで用意していたくらいだし。
で、その煙幕を使って僕たちは一斉に体育館からここまで逃げてくることに。

【尋々】
「文化祭で無茶をするように宣言したのは私だ、発言者が言いっぱなしでは示しがつかないでしょ?」

【成平】
「だったらせめて先生たちには伝えておいてくださいよ……はぁ、袴にヒールなんて走り辛くてしんどいですよ」

【尋々】
「ふふ、これも良い想い出だよ。 これでお仕事は終わり、後は後夜祭を各々で楽しんでもらうだけか」

ここの文化祭は二部構成、一部は昼間から陽が暮れるまで行なわれる一般的な文化祭。
二部は陽が暮れてからグラウンドで大きな篝火を焚いての鎮魂祭となっている。

昼間の文化祭よりも、夜入り時の鎮魂祭を楽しみにしている生徒も少なくはない。
それは少なからずこの後夜祭には逸話があるわけで……

【尋々】
「だけど黄泉たちはどこに行ったんだ? 後片付けもせずに出て行くなんて、嫁の貰い手がなくなるぞ」

【成平】
「僕たちよりも働いていたんですからその辺りは良いじゃないですか、後片付けは僕たちでやりましょう」

【尋々】
「ま、黄泉たちには貸し一つってことにしておこうか」

後々に、副会長たちは破茶滅茶やってとんずらした会長の代わりにこってりお説教されていたことを知らされた。
そして今度は僕と会長が副会長からこってり絞られることに……

……

思ったよりも後片付けは時間がかかり、終ったのは後夜祭の開始直前だった。

【尋々】
「皆ご苦労様、皆のおかげで今日は非常に充実した文化祭に出来ました。
革命会会長として皆に礼をしよう、どうぞ」

【黄泉】
「これは?」

【尋々】
「諸君のために作ったケーキ、疲れているときには甘いものって昔から言うでしょ?
チョコとナッツの入った私特製のパウンドケーキだ、一人一本分あるからお好きなように召し上がれ」

【縫宇】
「わぁ、ありがとうございます」

【美香月】
「会長ってばあたしたちのこと考えてくれてたんだ、会長好きー♪」

【尋々】
「うぁ! こら、引っ付かないで。 私にそんな趣味は無い」

【美香月】
「照れちゃって可愛いんだから、良い子良い子」

【尋々】
「撫でるな!」

美香月さんに愛でられてあの会長が珍しく照れていた、会長ってばあんな顔もするんだな。

【尋々】
「もう、離れる! とにかく、君たちの今日の仕事はこれでお終い。
後は想い想いに後夜祭を楽しんでくれたまへ、改めて今日一日ご苦労様」

【美香月】
「ヌーちゃん、一緒に後夜祭行こうよ」

【縫宇】
「ええ、喜んで」

【黄泉】
「ありがたく頂いていくわね、それじゃ」

銀紙に包まれたパウンドケーキを愛おしそうに抱きしめながら副会長も行ってしまう。
残ったのは僕と会長の二人、僕はどうしようか……な?

クイッと袴の帯を引かれる感触、当然引っ張ったのは会長だよね。

【尋々】
「暇なら私に付き合いなさい、一応聞いておくけど暇だよね?」

【成平】
「忙しいって言っても却下しますよね?」

【尋々】
「勿論、私も君がそう言うとわかって聞いてるんだけどね」

【成平】
「お付き合いしますよ」

【尋々】
「素直でよろしい、だけどライブみたいにやかましくも大変でもないから安心してね」

……

【尋々】
「こっちこっちー」

僕を急かすように会長は階段を上って行く、そんなに僕と段差を空けたらスカートの中が見えてしまうのに
そんなことはお構いなしなんだから。
こっちはこっちで見てしまわないように視線をそらすので精一杯なのに。

【尋々】
「はい、到着ー♪」

【成平】
「そんなにはしゃがないでくださいよ、転びますよ」

会長に連れてこられたのは屋上、下の方では煌々と燃ゆる篝火が赤く綺麗に映し出されている。

【成平】
「屋上なんてつれてきて、何かわけありなんですか?」

【尋々】
「わけありというわけではないんだけど、ね。 ここなら静かだと思って」

あまり広くない屋上をゆっくりと一周周り、落下防止の柵に背を預けてゆっくりと息を吐いた。

【尋々】
「今日は色々と私の無理に付き合ってもらってありがとう、結構迷惑なことも多かったんじゃない?」

【成平】
「迷惑ってそんな、というかどうしたんですか? 会長がそんなこと言うなんて?」

【尋々】
「さぁ、私にもよくわからないよ。 ただ君には色々とお世話になっているから、個別でお礼を言っておきたかったってところかな」

【成平】
「あの……お腹壊したり頭痛かったりしてないですよね?」

【尋々】
「はは、信用が無いんだね。 お生憎さま、お腹も頭も痛くない健康体だよ。
だけど、なんだか今日はどっと疲れた、今まで学校を盛り上げようと色々と策をうってきたけど、今日ほど疲れたのは初めてだよ」

【成平】
「今日の準備全部の総指揮をとったんですから疲れて当たり前ですよ。
だけど会長でもそんなこと言うことあるんですね、いつもはエネルギーが有り余ってどうとか言うくせに」

【尋々】
「私の会長としての大きな役目は今日でほとんど終わりだからね、この先は大きな行事もないから。
今日ぐらい本音を漏らしても許してくれないかな?」

【成平】
「許すも許さないも、会長が学園生活に新しいことを盛り込もうと取り組んでいたのは皆知っていますよ。
僕自身、今日の文化祭に限らず少し大袈裟に言えばその日その日、毎日が新鮮な生活でしたよ」

【尋々】
「そう言ってもらえると私としてもとても嬉しいよ……たとえ一人でもそう言ってもらえると、今日までやってきて良かったって思えるから。
当然私一人では誰一人満足はさせられなかった、黄泉に美香月ちゃん、ヌーちゃんにそれから君の助けが合ったからこそだよ」

【成平】
「僕は手助けになるようなことはしてないですよ、下っ端階級ですからね」

【尋々】
「はは、まだ憶えていたんだ。 だけど、私の一番の助けになってくれたのは黄泉や美香月ちゃんではなく、君なんだよ」

【成平】
「僕が、ですか?」

【尋々】
「いつも私が無理難題を吹っかけるのに、君は愚痴を言いながらも常に私に従ってくれる。
君みたいなお人よしな子がいたからこそ私も無茶が出来たんだけどね」

【成平】
「それは、喜んで良いんですか?」

【尋々】
「君に任せるよ、少なくとも私は君に感謝している。 君は私を迷惑と騒動の対称としか見ていなかったかもしれないけど」

クスクスと含み笑いをもらし、チラリと眼下で燃える篝火へと視線を逸らした。

【尋々】
「ナルヒラ君は知っているかな? この後夜祭にはちょっとした逸話があることを?」

【成平】
「願い焼きのことですか?」

願い焼きとはこの後夜祭で随分と前から伝えられているおまじないのようなもの。
紙に異性の名前を書き、軽く結んだその紙を篝火の中で焼き、燃え尽きるまで祈り続ければその想いが相手に伝わるというものだ。

どこの学校にでもある恋愛成就のおまじないと同じようなもの、それがこの後夜祭の逸話。

【尋々】
「誰が考えて伝えたのか知らないけど、馬鹿げた話だと思わないかい?
魔法じゃあるまいし、それだけで想いが届くなんて安っぽい想いだよね、想いは直接告げるから意味がある、そう思わないかな?」

【成平】
「一理ありますね、だけど皆が皆告白できる人じゃないですから。
少しでも良いからそんなおまじないに頼りたい、そんな人もいるんじゃないですかね」

【尋々】
「なるほどね……それじゃあ質問、君なら願い焼きをするかい? しないかい?」

【成平】
「僕ですか? 僕はしないですよ、もしするとしたら会長に付き合ってこんなところにいる訳無いじゃないですか」

【尋々】
「確かに、だけどそれって裏を返すと、気になる異性がいますってことだよね?」

【成平】
「え、あ、いや、その、そういうことには……」

【尋々】
「ならないよ。 うっかり口でも滑らせるかと思ったけど、やっぱりこういうのはズルかったかな。
だけどすぐに返答できないところを見ると、誰かしら気になる異性がいると見たほうが妥当かな?」

【成平】
「ノーコメントで……」

【尋々】
「ノーコメントっていうのはほとんど肯定と同じなんだよ。
誰が意中の人なのか気にはなるけど、人の恋話に水を指すのは趣味じゃないから」

弱気めいた発言をしたり、さっぱり感心のなさそうな色恋沙汰の話をしたり。
いつもの会長とはとても同じ人とは思えないようなこの発言内容は一体なんなのだろう?

【尋々】
「ナルヒラ君、ちょっと後ろ向いてもらえるかな」

【成平】
「良いですけど、何するつもりですか?」

【尋々】
「それはまあお楽しみということで、私が良いって言うまで振り返っちゃダメだぞ」

【成平】
「わかりましたよ、後ろから蹴飛ばしたりするのだけは止めてくださいね」

会長に背を見せるのはあまり好ましくないのだけど、言われたとおり背を向ける。
僕が振り返ったときに何かがあることは間違いないのだけど、さてさて一体何が起こるやら?

【尋々】
「……どうぞ」

【成平】
「? ……っ!」

【尋々】
「ん……」

振り返った先にいたのは勿論会長だったんだけど、その会長の顔はとても近い。
とても近い距離、振り返った僕の唇と会長の唇が交わされるくらいのそんな近さ……

【成平】
「なっ……なにを?!」

【尋々】
「大人しくしてる……あむ……」

慌てて距離をとろうとした僕の頭を押さえつけて会長は距離をとらせない。
それどころかより密着することで会長の柔らかく、しっとりと湿った唇の感触が僕の唇から微弱の磁気のようにひしひしと伝わってきた。

【尋々】
「んむ…………ぷはぁ……ふぅ。 どう、私の唇の感触は?」

【成平】
「んあ……はぁ、はぁ……どうしてこんなことを……」

【尋々】
「今までの君へのお礼、かな。 今までの君の功績を考えたら、私のキス程度では割りが合わないだろうけどね」

はははっと子悪魔的な笑みを見せたかと思ったらすぐに顔を伏せてしまい、ゆっくりと僕の首へと腕を回す。

【尋々】
「キスだけじゃ……まだ満足できてはいないよね?」

【成平】
「か、会長?」

【尋々】
「抱かせてあげる、なんていうのは君にも失礼だからね。 頼んでいるのは私なんだから。
……お願い、この時間だけ、私を君のものにさせてくれないかな……?」

【成平】
「!」

いつも、どんな時でも一番は自分。 どんな時、誰に対しても上からものを言うのが会長だったのに。
この瞬間だけは、会長が下から僕へ懇願するような眼差しを向けていた。

【成平】
「……」

【尋々】
「ダメ、かな?」

【成平】
「……それは、ダメですよ」

【尋々】
「…………ごめん、急にこんなこと言われても迷惑だったよね。
君には意中の人がいるのに、そんな人がいる手前、誘った私の発言は無神経だったね」

ゆっくりと目を閉じ、ハァッと小さく息を吐きながら僕の首にまわされた腕を解いていく。

【尋々】
「見苦しいところを見せちゃったね、今のことは全部忘れて。 私の独り言、ただの独り言だよ……」

【成平】
「……」

【尋々】
「後夜祭も盛り上がってくる頃だし、私たちも少しくらい顔出して行こうか」

もうさっきまでの話はなかったことに、気持ちを切り替えた会長は普段のような口ぶりで屋上を去ろうとする。
だけど……

がば!

【尋々】
「え……ナルヒラ君?」

【成平】
「ダメですよ……この時間だけ会長が僕のものになるなんてことは」

【尋々】
「だから、それは忘れてって……」

【成平】
「この時間だけなんてダメ……この時間が過ぎても、これからさきもずっと……僕のものでいてください」

【尋々】
「ナルヒラ君……まさか、君の……」

【成平】
「それ以上は言わないでください。 会長、さっき願い焼きの話をしましたよね、僕は願い焼きはしません。
願い焼きなんてしなくても、この場で伝えることができますから……」

これから僕が何を言うのかきっと会長も見当がついているだろう。
だけど会長はなにも言わない、僕がその言葉を口にするのを待っているんだ。

小さな僕よりもさらに小さな会長を後ろから抱きしめながら、短く、なおかつはっきりと想いが伝わるように……

【成平】
「好きです、会長」

【尋々】
「ナルヒラ君……」

【成平】
「返事、お願いできますか?」

【尋々】
「……どうして私なんだい、自分で言うのもなんだけど私は君に迷惑しかかけていない。
黄泉やヌーちゃんたちみたいに女の子らしくもない私なのに、どうして君は?」

【成平】
「会長からはいっぱい迷惑をもらいましたけど、いつしかそれを楽しむ自分がいましたから。
それに女の子らしくないって言いますけど、僕には十分会長は異性として魅力的だと思いますよ」

【尋々】
「女の子よりも女の子らしい顔した君に言われても嬉しくないな」

【成平】
「こんな女顔の僕では異性の対象としては見れませんか?」

【尋々】
「何を言っているんだ君は、私は腹が立つとは言ったけど一度だって嫌いと言ったことはないよ。
君のその顔も君の魅力の一つ、君の顔を見ていると女としての自信がなくなって腹が立つのは事実だけど」

【成平】
「はは、それじゃあもう一度、今度は僕のほうからのお願いです。
この時間が過ぎても、ずっと僕のもの……いや、僕と付き合ってはもらえないですか?」

【尋々】
「……君の本心を知り、なおかつ最初に誘った手前断わるわけにはいかないよ。 
私の彼氏になるっていうことはそれ相応の覚悟も必要だよ、後悔しない?」

【成平】
「後悔とか気にしてたら告白なんかしてませんよ。 それにそんなことを気にするなんて会長らしくないです」

【尋々】
「……わかったよ、私の返事はYES。 今日から君とは恋人同士だ」

【成平】
「ありがとうございます……」

【尋々】
「ぁ……ちょ、ちょっと……」

後ろから抱きしめていた手を会長の胸へともっていき、本当に軽く力を込める。
月明かりの下、僕は会長との一線を越えた……


……

【尋々】
「まさか、私の誘いが最終的にはこんな展開になるなんてね」

【成平】
「本当に大丈夫なんですか? ずいぶん痛がってたみたいですけど、やっぱりまだ痛みます?」

【尋々】
「うぅん……お腹の奥にまだ何かが挟まっているような感じがする、それとまだちょっと痛い」

違和感の感じるお腹をさすさすとさすり、ゆっくりとした動作で立ち上がる。

【尋々】
「だけど、成平君も物好きだね。 私みたいな身体に魅力もないすぐに手の出る女と付き合おうだなんて」

【成平】
「何度も言ったじゃないですか、会長は女の子として非常に魅力的だって。 僕の言うこと信用できませんか?

【尋々】
「君に言われても、なんだか女の子に言われてるようにしか見えなくてさ。
それに、私はそういった知識もないから君を満足もさせてあげられなかったしね」

そんなにで満足に出来なかったのが悔しいのだろうか……?
……悔しいんだろうな、そんな些細なことでも根に持つのが会長の良いところでありちょっと迷惑なところ。

【尋々】
「今度は絶対に私が満足させてあげるから、期待しててね」

【成平】
「別に良いじゃないですか、そんなことは……
これからもずっと、僕と一緒に過ごしてもらえるだけで、僕は満足ですから」

小さな会長の体を小さな僕が抱きしめる、こんなときには僕も包容力のある男の子が良かったとつくづく思う。

【成平】
「好きですから、会長……」

【尋々】
「二人のときはヒロミ、だよ……」

【成平】
「ヒロミ……」

【尋々】
「ん……」

自然と二つの唇が重なった、愛し合っているときの激しいものではなく触れるだけの極々軽いもの。
だけど、今はそんなキスが一番心地良い……

【尋々】
「それで、あんたたちはいつまで隠れてるつもりかしら」

【成平】
「え……会長、今なんと?」

【尋々】
「気付かなかった? 途中から私たちをいやらしい目で見つめる視線が三つあったことに」
すぅ……黄泉のおっぱいお化け! 90の大台超えたって成平君にばらしちゃうぞ!」

【黄泉】
「な、なんですってぇ!」

会長の声に怒り心頭の副会長が躍り出てきた。

【美香月】
「あぁ副会長、出ちゃダメですってば」

【縫宇】
「あの、えぇっと……」

【尋々】
「やっぱりね、覗きなんて皆趣味の悪いことね」

【黄泉】
「あなたたちこそ、学校の屋上であんなことしてるのが見つかったら退学ものよ」

【尋々】
「へえ、あんなことって何かな? 私たちはただ寒いから抱き合ってただけだけど」

【黄泉】
「く、くぅ……」

この副会長の反応から見て、さっきまでの現場を見られたのは間違いないだろう。
人にああいった現場を見られるなんて、穴があったら皆を埋めたい……

【美香月】
「いや、あたしは止めたんだけど副会長がどうしてもって説得するから」

【黄泉】
「ズルイ、美香月ちゃんだって率先して見ようって言ってたくせに」

【縫宇】
「ナル君、その、ごめんなさい……」

【成平】
「は、はは……」

【尋々】
「やれやれ、三人とも罰としてしばらくの間、最下位階級に落っこちてもらうからね。
仕事は今まで成平君がやっていた雑務などなどその他全部、よろしくね」

【黄泉】
「……はぁ、わかったわよ」

【美香月】
「よくできた転落人生ですね」

【縫宇】
「でも、仕方ないですよね……」

【尋々】
「成平君、君は彼女たちが落っこちたから一気に昇進だよ。
役職は革命会会長補佐として私の身近で働いてもらうからね」

にっこりと微笑んで僕の鼻をちょんと突いた。

【尋々】
「これからもよろしく頼むよ、彼氏君」

【成平】
「……はい!」

会長の笑み、やっぱり会長は弱気なことを言ったりしんみりしているよりもこうやって自信たっぷりの方が会長らしい。
また会長が悩むようなことがあったら、そのときは僕が力になってあげれば良いんだから。

会長の笑顔、それはこの先の生活がまだまだ楽しくドタバタになるであろうことを予測させる会心の笑みだった。



FIN





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