【月下裁判】


物静かに雨が降っている。
激しい音を立てることもなく、心地良い音色を響かせながしょうしょうと。

傘に落ちる雨粒にも音はなく、しっとりと降り続ける雨に彩られる世界は
とても美しく、それでいてどこか寂しげで。

ふぅー……

吐き出したタバコの煙もそんな世界には居心地が悪いのか、さっと姿を現しては
すっと世界へと消えていく。

とても物悲しい世界だからこそ、人は小さなことを恨み、小さなことに敵意を持つ。
誰しもが持つ弱さ、そして上辺を取り繕うように見せる強さ。

雨の日は案外悩みを持った人に出会う確率が高い。
寂しさ・悲しさを増徴させる力が雨にはあるのだろうか?

一体今度出会ってしまうのは、どんな悩みと怒り、それと信念と意思を持っているのだろうか……?

……

【和行】
「はぁ、はぁ……」

さっきまで音も立てずに降り続けていた雨が、途端に音を立てて降り始めた。
バシャバシャと、まるでその存在を誇示するかのように強く。

僕を敵視するように雨は冷たく、痛く、ただでさえ悪い視界をさらに遮ってくれる。

【和行】
「くっ、はぁ、はぁ……」

傘を差さない体に直接打ちつける雨はぐっしょりと衣服を濡らし
雨を吸った前髪はべったりと額に張り付き、居心地の悪さを覚えるが、今はそんなことは関係ない……

ただただ足を止めることが出来ず、出来るだけ遠くへ行きたいという思いの方が強い。
行く先にあてなど無いが、出来るだけ遠く、出来るだけ遠くに行けた方が良い……

ザー……

雨の力が弱まったころには、僕の足は止まってしまっていた。
結局あての無い逃亡なんて唐突に終わってしまうものなんだ。

公園のベンチに座り込み、今もずっと雨を受け続けている。
雨で濡れたベンチに座ったせいで下着まで見事に濡れてしまったがそんなことはどうでも良かった。

【和行】
「……」

髪を伝う雨は首筋から直接シャツの内側へと流れ込み、より一層の寒さと冷たさを与えてくれた。
もうそんなこともどうでも良い、今はただ、このままこうしている方がずっと楽なはずだ……

【?】
「どうしたのかしら……?」

突然耳に響いてきた女性の声、顔を上げれば相手の顔を確認できるけど、そんなことをしたって仕方がない。

【女性】
「こんな雨の中傘も差さずに、死ぬわよ?」

【和行】
「……」

【女性】
「なるほど、生きることよりももっと辛いことがあったか……」

【和行】
「……」

【女性】
「返答なし、か。
どうする、私のところにでも来る?」

【和行】
「結構です……」

【女性】
「なんだ、喋れるんだ。 言葉が通じればそれで良いわ。
死ぬ死なないは君の勝手だから私に止める権利は無いけど、生憎私はねっからのおせっかいなんだよね」

女性はしゃがみこんで僕の脇へと片腕を強引に通し、無理やり僕を立ち上がらせた。

【女性】
「しょっと、私は勝手に連れて行くから、足くらいは動かしてね」

女性が歩き出すと仕方なく僕の足も動いてしまう。
動かずに女性を困らせることも出来るけど、僕個人のことでそんな迷惑をかけるわけにはいかないから。

女性が咥えるタバコの煙から香るバニラの香り。
甘いバニラの香りをまとった女性に連れられ、このまま僕を夢にでも誘ってくれればいいのにな……

……

【和行】
「……」

女性の家らしき場所に連れてこられ、つくなり風呂に入れということでお湯を頂いている。

【和行】
「はぁ、何してんだ僕は……」

自分が情けなくなって思わず言葉が漏れてしまった。
今日があんな日だから自暴自棄になるのは仕方がないとして
だからって見ず知らずの女性に助けられるのは好ましいことではない。

【和行】
「……」

温かいお湯に顔を沈め、停止していた思考と感情をゆっくりと解きほぐす。

冷え切っていた身体も十分に熱と温もりを取り戻し、風呂を出るとそこには
タオルと着替え、丁寧に『これを使って』と書置きが添えられていた。

【和行】
「今の時代、こんな親切考えられないんだけどな……」

僕が女性を知らないように、女性だって僕のことなんて全く知らない初対面だろう。
このご時勢身内ですら信用できないことがあるというのに、見ず知らずの人物なんて論外だと思うのだけど。

なんてことを考えながらも、女性から貸し出された衣服をありがたく身にまとい
洗面台に備え付けられた鏡で自分の酷い顔を確認し、今一度顔をパンと叩いた。

【女性】
「お、お風呂どうだった?」

【和行】
「すいません、ありがとうございました」

【女性】
「気にしない気にしない、それにあのままほっといたら肺炎どころじゃ済まなかったでしょうしね。
そこへどうぞ、もうすぐコーヒーはいるから」

女性に促されて椅子に座わると、ちょうど出来上がったコーヒーをカップに注いでくれた。
そのコーヒーにたっぷりとミルクを注ぎ、さらにその上からクリーム状に泡立てたミルクを注いだ。

【女性】
「よっと、ま、こんなもんで良いかな」

女性が淹れてくれたコーヒーは、表面のクリームに猫のイラストが可愛らしく描かれていた。

【和行】
「わ、お上手ですね」

【女性】
「これでもバリスタの資格があるからね、冷めないうちにどうぞ」

コーヒーに口を付けると、クリーム状の泡とエスプレッソの苦味の塩梅が心地良い。
お風呂に入って少しだけ緩んでしまった気持ちを引き締めるにはちょうど良い味だ。

【女性】
「話したくないのなら話す必要はないけど、聞かせてはもらうからね。
こんな雨の日にどうして傘も差さずにあんなところに?」

【和行】
「……色々あったんですよ」

【女性】
「死のうとでもしてたのかしら?」

【和行】
「まさか、ただ……」

【女性】
「ただ?」

【和行】
「いえ、やっぱりいいです、個人的なことですから」

【女性】
「そう、じゃあ仕方ないか」

女性は自分用にもう一つのカップにエスプレッソを注ぎ、砂糖を一つ入れて口を付けた。

【和行】
「そういえばあの、僕の服は……?」

【女性】
「今乾燥機の中だからもうしばらくお待ちください。
ところで、あんな服を着ているということは」

【和行】
「えぇ、まぁ……」

僕が着ていたの決して普段着ではない。
特別なことがあった時、厳密に云え冠婚葬祭でしか着ることがないであろう礼服。

中でも僕が着ていたのは葬、喪服だった。

【女性】
「見ず知らず、ということはまずないだろうから。
顔見知りか、もう少し親しい間柄かしら?」

【和行】
「ただの女の幼馴染ですよ……」

【女性】
「幼馴染をただので括るのはあまり良いことだとは思えないわね。
家族を除いた場合、一番接する時間が多かったのは大概幼馴染になるんだからね」

【和行】
「そう、ですよね……実際そうだったんですけどね……」

【女性】
「まあそんな子の葬儀ともなれば自暴自棄にもなるか。
悲しむのは勝手だけど、だからって自分を見失ってはダメよ?
陳腐な科白だけど、そんなことじゃその子は……」

【和行】
「違う! 僕がどうであれ、あいつは……
すいません、急に大きな声を出してしまって」

【女性】
「かまわないわよ、そういった人の相手をすることは少なくないからね。
だけど、ちょっと複雑な事情があるようね」

【和行】
「えぇ……」

どう考えてもここで話を切られたら後味が悪い、だけど女性はそんなこと
気にするでもなくコーヒーでのどを潤している。

【和行】
「あいつとは、幼稚園のころから知り合いだったんですよ……」

話さなくても良いことなのに、僕の口からは成り行きの始まりが出てしまった。

【和行】
「昔からあいつは活発な子で、おとなしかった僕はよく泣かされていました。
そのせいなのか、なにかとあいつは僕の手助けをしたがっていつも近くにいたんです」

【女性】
「……」

【和行】
「僕とあいつの力関係はいつまで経っても変わらず、友達異常恋人未満っていうんですかね。
ずっとそんな状態だったんですけど、高三の秋ごろだったかな、あいつに彼氏が出来たんですよ」

【女性】
「君としては、悔しい思いをしたんじゃないのかしら?」

【和行】
「まさか、友達異常恋人未満でしたからね、素直に祝福しましたよ。
彼氏っていうのも、僕と小学校から付き合いをしてる友人でしたから」

【女性】
「……」

【和行】
「二人とも毎日楽しげでしたよ、あいつは少しだけ遠くなりましたけど
そういった間柄だったんですから仕方ないですよね……」

【女性】
「彼女はどうしてお亡くなりに?」

【和行】
「なんてことのない不慮の事故ですよ、加害者にも予期できなかった不運な交通事故」

【女性】
「そっか……」

一旦言葉を切り、僕と女性は二人とも小さく息を吐き、コーヒーに一口口を付けた。

【女性】
「君と彼女、それからもう一人の彼の関係はわかった。
で、何がどう違っていたのかしら? 君が悲しまなくても、彼女がどうだっていうのは」

【和行】
「僕がいくら悲しんでも、僕がどれだけあいつのことを忘れようとしても。
あいつはずっと悲しみ続ける……彼がいないんですから」

【女性】
「彼は死んでいないんだから、彼女と一緒になることは不可能よ」

【和行】
「違います……今日の葬儀の中に、彼がいなかったんですよ」

【女性】
「へえ……」

【和行】
「おかしいとは思いませんか? 付き合っている恋人の葬儀に、彼自身が来ないなんて。
きっとあいつの家族と同じくらい彼だって辛いはずなのに、なのになんで……」

【女性】
「辛いからこそ、人前に出たくないっていう考えもあるわよ?」

【和行】
「それならまだ良いですよ、だけどそうじゃなかった。
彼は今日があいつの葬儀だっていうのに、他の女と……」

許せなかった、恋人であるはずの彼があいつの葬式には出席せず
こんな日によりによって違う女性と一緒にいるところを見てしまうなんて……

【女性】
「それを知ってしまったから、傘も差さずに雨の中へ?」

【和行】
「無我夢中だったんですよ、彼に対する疑問とそれから怒りと。
気がつけば式も半ばで僕はその場を逃げ出してしまった……」

あてもなくただ雨の中を走り回り、気がつけば公園のベンチでうなだれていた。

【女性】
「なるほどね、そんな彼の行動が許せないってことか。
例えそこにどんな理由があったとしても?」

【和行】
「理由ってなんですか、恋人の葬式なんですよ?
他に予定があっても何よりも優先するのが普通じゃないですか。
これじゃあ、彼のことを好きだったあいつがかわいそすぎますよ……」

【女性】
「ふぅん……」

女性はタバコを咥えて火をつけた。
口元から生まれた白い煙からは甘いバニラの香りが柔らかく香っている。

【女性】
「彼の真意はもう確かめたのかしら?」

【和行】
「え……?」

【女性】
「恋人である以上、何の理由もなく葬儀を欠席するとは考えにくい。
彼の真意を確かめるまでは、中立の立場をとっておかないと真意を知ったときが辛くなるわよ?」

【和行】
「……」

押し黙ってしまった僕に、女性は何を語るでもなくタバコをふかし続けていた。

ポーン……

【女性】
「乾燥機が止まったようね、どうする?
彼の真意、確かめたくはない?」

【和行】
「行った方が、良いと思いますか……?」

【女性】
「どうでしょうね、他人の考える真意なんて自分にとっては残酷なだけよ。
だけどどんなに残酷な真意だったとしても、それがその人自身の答えならそれが一番相応しい答えなの。
それをわかった上で君自身が納得できないのなら、微力ながら私も付き添ってあげるわよ」

【和行】
「よろしいんですか……?」

【女性】
「彼の真意を知って、またさっきみたいになると後味も悪いからね。
なるべくそうならないことを私としては願ってはいるけどさ」

【和行】
「ありがとうございます……こんな見ず知らずの僕に色々と気にかけていただいて」

【女性】
「若いうちは色々と経験した方が良いものよ。
そういえば、まだ名前を伺っていなかったわね、君の名前、なんていうのかしら?」

【和行】
「あ、すいません……中嶋 和行です」

【慧魔】
「うん、覚えた。 私は狩夜 慧魔。
短い間だろうけど、まあよろしくね」

……

【慧魔】
「お、雨上がったみたいね」

【和行】
「そうみたいですね、できることなら最初から晴れていると良かったんですけどね。
あいつ一日のテンションが天気で決まるようなやつでしたから」

【慧魔】
「天気は意外と重要な要素なのよ。
どの天気が好きかは人それぞれだけど、雨の中の葬儀ほどもの悲しいものは無いかもね」

【和行】
「ですね……」

見上げた空にはまだ濃いめの雲が残ってはいるものの、あれだけ激しく降っていた雨はぴたりと止んでいた。

【慧魔】
「さて、聞く限りだと君も葬儀を途中で抜け出したみたいだから
出棺まで彼女の側にはいれなかったのよね?」

【和行】
「そうなりますね……」

【慧魔】
「もう出棺も終わってるかもしれないけど、彼女に挨拶くらいはしておいた方が良いんじゃないかしら?
勿論私の勝手なおせっかいだから、和行君がまだ会いたくないというのであれば無理に行く必要はないと思うけど」

【和行】
「……いえ、幼馴染の葬式なんですから。
もう出棺は終わっちゃってるでしょうけど、線香くらいあげてあげないと」

途中で逃げ出してしまった僕に出来ることは、線香を上げて一言謝るくらいしか出来ないもんな……

【慧魔】
「面識は何一つないけど、私もお線香上げさせてもらおうかな」

【和行】
「たぶんあいつも喜ぶと思いますよ。
ほとんど初対面の人でも、無理やり自分のペースに持っていくやつでしたから。
最後にはたった一日で友達のレベルまで関係が進展してましたからね」

【慧魔】
「良い子なのね……」

【和行】
「ええ、あいつの周りはいつも楽しかったですよ」

思い出すと思わず泣きそうになってしまうのを必死に堪えながら平静を装った。
このまま平静を装い続けられれば良かったのだけど……

【男性】
「お……」

【和行】
「ぁ……」

視界に飛び込んできた男の顔。
その男の顔こそあいつの恋人、その顔を見てしまうと今の僕には平静を装うことなど容易ではなく……

【和行】
「上村、君……」

【上村】
「よう」

喪服姿の僕とは対照的に、上村君は普段着でとてもラフな格好。
そしてその上村君に親しげに腕を組む女性が一人……

【上村】
「はは、お前は何着てもかしこまった感じになるんだな。
喪服だって少しくらい着崩した方が良いんじゃないか?」

【和行】
「喪服を、着崩せるわけないだろ……そんなのは冒涜だ」

【上村】
「かったいなぁ、まあ和行はピシッとしてる方が和行らしいけどな。
ところでお前、いつの間にそんな年上の女の人と良い関係になったんだよ?」

【慧魔】
「あら、私のことかしら?」

【上村】
「ええ、和行は根っから真面目で堅苦しいと思いますけど。
ちゃんと付き合ってやってくださいね、慶子もそいつの固さは気にしてたんで」

【和行】
「なんでだよ……」

【上村】
「ん? どした?」

【和行】
「何で慶子が死んだっていうのに、そんな平静でいられるんだよ!
君はあいつの恋人なんだろ、それなのになんでなんだよ!」

【上村】
「……悪い、ちょっと取り込みそうだから今日は帰ってもらえるかな?
今日の埋め合わせはきっとするから、悪い」

上村君は親しげに腕組みをしていた女性に申し訳なさげに謝り
女性も空気を読んでくれたのか文句も云わずに引いてくれた。

【上村】
「ふぅ……さて、俺に何か云いたいことが?」

【和行】
「云いたいことがじゃないだろ……どうして君は慶子の葬儀に来なかったんだ!」

【上村】
「葬式に行く行かないは個人の勝手だ、何も和行に決められることじゃない」

【和行】
「だからって、お前が行かないのはおかしいだろ。
慶子の彼氏なんだろ、恋人が死んだのに葬儀に来ないなんて……」

【上村】
「恋人が葬式に行かないのがそんなにも不思議なことか?
死人の偲び方なんて人それぞれだ、お前のように参加する奴もいれば俺みたいな奴もいる。
それで良いじゃないか」

【和行】
「上村君、お前にとって慶子はどんな存在だったんだ……」

【上村】
「恋人だよ、わざわざ聞かなくてもお前だってそれくらい知っているだろ?」

【和行】
「……上村ー!」

淡々と語る上村君に、感情的になった僕は思わずつかみかかってしまう。
一瞬僕の変化に驚いたような顔を見せるも、すぐにさっきまでの顔に表情を戻していた。

【和行】
「だったらさっきの女の人はなんなんだ!
慶子が死んでもう別の女に乗り換えるのかよ、どういうつもりなんだ!」

【上村】
「俺が誰と付き合おうと俺の勝手だ」

【和行】
「お前慶子のことが好きだったんじゃないのかよ!
慶子は本気でお前のことが好きだったんだ、それなのにお前は、どうなんだよ!」

【上村】
「だからどうした?」

【和行】
「なっ!」

上村君は冷たく云い放ち、つかみかかっていた僕を振りほどいた。

【上村】
「慶子はもう死んだんだ、それだけのことだろ」

【和行】
「それだけのこと、だって……?」

【上村】
「さっきも云ったろ、故人の偲び方なんて人それぞれだ。
俺だって慶子のことは好きだった、だがな、今そんなことを思っていてどうなる?」

上村君の眼と声に冷たさが帯び始めた。
冷たい圧力に怖気づいたのか、僕は一歩二歩と後ずさりをしてしまう。

【上村】
「人なんて死んでしまえばそれまでだ、その時点でそいつとは全てが終わる。
それをいつまでもくどくどと考えてどうなるんだ?」

【和行】
「そ、れは……」

【上村】
「死んだやつにいつまでも構ってなどいられるか。
俺の人生は俺の人生だ、一分一秒だって他人のもんじゃない」

【和行】
「……」

【上村】
「死んだやつ相手にいつまでも悲しんでいられるか、くだらない。
和行、俺にどうこう云う前にお前の方こそ考え方を変えたらどうなんだ?」

【和行】
「僕が……?」

【上村】
「慶子の死を悲しむんなら一人で悲しんでくれ。
お前の感情を俺に押し付けるな、はっきり云って迷惑だ」

【和行】
「っ……!」

冷たく突き放すような上村君の言葉に、耐えられなくなった僕は思わず
背を向けて走り去ってしまった。

もう聞きたくない、彼の言葉を彼の口から聞きたくない!

もう彼の口から、慶子を突き放すような言葉は聞きたくない!

【慧魔】
「……」

……

【和行】
「あぁ、はぁ、はぁ……」

またしても僕は逃げ出してしまった。
僕の方から彼に突っかかっておきながら、結局最後に逃げ出したのは僕の方だ……

そしてまたしてもたどり着いたのは公園。
さっきの公園とは違うけど、誰もいないことは救いだった。

【和行】
「はぁ、はぁ……くそ!」

植えられていた木に向かって額を打ち付ける。
ジンジンした鈍い痛みと、雨を吸った幹の湿感が伝わってきた

【和行】
「どうして、なんだよ……僕の、おせっかいなのかよ……」

【慧魔】
「云ったでしょ、他人の真意なんて大概は残酷なものよ。
だから中立の立場をとっておけって云ったのに」

【和行】
「狩夜さん……追ってきてたんですか?」

【慧魔】
「微力ながら付き添うって云った手前、放っておくわけにはいかないでしょ?
私と出会う前も、そうやって公園に来て一人で泣いてたわけだ」

【和行】
「な、泣いてなんかいませんよ。 涙も出ていませんし……」

【慧魔】
「涙を流すだけが泣く表現ではないのよ。
君の背中、とても脆くてすぐにでも壊れてしまいそうに見える、とでも云っておこうかしら」

【和行】
「なんですか、それ……」

【慧魔】
「和行君も、そんな人のことばかり見続ければ嫌でもわかるようになるわよ……
上村君だったかしら? まさかあのタイミングで鉢合わせになるとはね」

【和行】
「ええ、しかも女連れの現場に鉢合わせるなんて……」

【慧魔】
「彼の真意を知って、君はどう感じたのかしら?」

【和行】
「……許せませんよ、あんなの。
あれじゃ、彼に本気になってたあいつはどうなるんですか……」

【慧魔】
「でも、君に彼の真意を否定することは出来ないよ。
それは全て彼が出した答えであり、誰にも否定することは出来ない彼自身の真意なんだから」

【和行】
「それは、そうかもしれないですけど、だけど……」

【慧魔】
「それに、彼の考え方はある意味では一番相応しい答えでもあるんだ。
人なんて死んでしまえばそれまで、彼も云っていたでしょ?」

狩夜さんは胸ポケットからタバコを取り出し、一腹入れてから再び僕へと向き直る。

【慧魔】
「いつまでも死人にとり憑かれて悲しみ続けるなんてくだらないこと。
彼のように生きることも、否定されるべきことではないんだよ?」

【和行】
「じゃあ狩夜さんは、慶子が死んだことなんて大したことじゃないから忘れろって云うんですか!」

【慧魔】
「そうは云っていないよ、彼はこうも云っていたでしょ?
故人の偲び方は人それぞれ、彼女がどうかではなく、自分がどうかということが大事なんだよ。
彼女が悲しむかどうかなんて、死んでしまった以上は確かめようがないのだから」

ふぅーっと白い煙を僕の顔めがけて吹き放った。
煙の煙たさの中に香るバニラの香りが僕にどうリアクションしたら良いかを戸惑わせた。

【慧魔】
「君のように、死んでしまった後も彼女を気にかけてあげるも良し。
彼のように、悲しむよりも自分の先を見つめるもまた良し。
人間なんて、簡単なようでいて一番難しい考え方しか出来ないんだよ」

【和行】
「例えそうだとしても、僕は……」

【慧魔】
「わかってるわかってる、和行君、君は彼女のことが好きだったんでしょう?」

【和行】
「……」

ここまできてしまっては、もはや隠すことなんて無意味でしかないか……

【慧魔】
「幼馴染は恋に発展しやすい間柄の一つ、そしていつの間にか君は彼女に惹かれていた。
友達以上恋人未満と云うけど、本当は誰よりも彼女と恋人同士になりたかったんじゃないのかしら?」

【和行】
「いけない、ことだと思いますか……
もう彼氏がいる慶子のことを、いつまでも好きでいることは……」

【慧魔】
「いいえ、それだけ純粋に彼女のことが好きだということよ。
だからこそ彼の答えを受け入れることが出来ない、彼女のことを大事に思う気持ちが誰よりも強い君にはね」

【和行】
「でも上村君にも云われましたよ。
それは僕のおせっかいなだけなんだって……」

【慧魔】
「君の気持ちも、彼の気持ちも、どちらも間違ってはいない。
唯一決定的な違いがあるとすれば……憎む者と、憎まれる者ってところかな」

狩夜さんの言葉に、どこか謎かけめいた雰囲気が感じ取れた。
憎む者と憎まれる者、それはつまり僕と上村君の揶揄……

【慧魔】
「和行君には彼の考えを否定する権利はない。
だけど、彼を憎む権利は勿論ある……和行君、君は彼のことが憎いかい?」

【和行】
「憎いに、決まってるじゃないですか……」

【慧魔】
「もし彼が考えを改めることがあったとしたら? もし彼女のお墓の前で、彼が一人で泣いていたら?
それでも君は彼のことが許せないくらいに憎いかい?」

【和行】
「……」

【慧魔】
「どう? 君の正直な気持ちを伝えるのは君の権利だよ。
誰に止めることも叶わない、それこそが君の真意なんだから」

【和行】
「……」

【慧魔】
「……」

【和行】
「……どんなことがあっても、もう彼を許すことなんて僕には出来ないですよ……」

【慧魔】
「それは、もし彼がいなくなってしまったとしても変わらないのかしら?」

【和行】
「彼がどうなろうと、僕は彼を許しはしませんよ。
互いに死ぬ時がきたとしても、僕は彼だけは許さない……」

【慧魔】
「堅い気持ちなのね、でもそれはそれだけ彼女のことが大切だったという気持ちの表れかもね。
それじゃあ最後にもう一つ、和行君はこれからさき二度と彼に出会わない世界と
またいつか彼と出会える世界、どちらで生きていきたいかな?」

【和行】
「どういう意味ですか……?」

【慧魔】
「そうね、いうなれば君の願望はどっちかってことかな。
真剣に考えて答えてね、くれぐれも軽い気持ちでは答えないで欲しい」

二度と彼に出会わない世界と、またいつか彼に出会える世界だって?
どうして狩夜さんは僕そんなことを?

【慧魔】
「返答せずも勿論ありだからね、その場合君とはこれでさよならになるけどさ。
ゆっくり考えな、これは君の願望であり、君の依頼なんだから……」

狩夜さんの言葉にますますわけがわからなくなる。
唯一わかるのは、僕が彼にまだ会いたいかどうかということだけだ。

そんなの、聞くまでもなく考えるまでもないことだ。

【和行】
「出来ることなら、二度と彼に会いたくはないですよ。
もしまた女をつれているところを見てしまったら、僕がおかしくなってしまいそうですから」

【慧魔】
「悔いも後悔もない選択だと、誓えるかしら?」

【和行】
「……誓えますよ」

【慧魔】
「その眼に嘘はなさそうね、わかった」

狩夜さんはくるりと踵を返し、音もなく公園を立ち去っていく。
去り際に一言だけ。

【慧魔】
「今夜、夜9時くらいに彼をこの公園に呼び出しておいてくれるかしら。
嫌かもしれないけど、君その場に同席してね」

と言葉を残して……

……

確認した時計の針は8時50分を僅かに回ったところだった。
薄っすらと雲がかかるだけの綺麗な月が、夜の帳の中で光の自己主張をしている。

月光の本当に薄い黄金色に照らされた公園は少しだけ幻想的で。
それでいて少しの寂しさと怖さを演出してくれていた。

狩夜さんに云われたとおり上村君を呼び出し、僕は一足先にベンチで二人を待っている。
まだ二人とも現れる気配がなく、しんと静まり返った公園は完全に僕の独り占め状態だ。

【和行】
「狩夜さん、一体どういうつもりなんだろう?」

上村君と僕を呼び出して何をするつもりなのだろうか?

【上村】
「和行」

【和行】
「上村君……」

正直彼の声を聞くだけで怒りが沸々と湧き上がって噴出しそうになる。
それを必死に堪え、彼の顔は見ないようにして言葉のキャッチボールを続けた。

【上村】
「何の用なんだ、こんな時間に呼び出して」

【和行】
「別に、僕は用事なんてないから……」

【上村】
「は? じゃあお前、意味もなく俺を呼び出したのか?
くだらないことに付き合わせんなよ、俺だって暇じゃないんだよ」

【和行】
「僕だって、君と話すことなんてないし、君と話しているだけで腹が立ってくるよ……」

【上村】
「あぁそうかい、幼馴染だか何だか知らんけど、いつまでもうじうじと女々しい奴だな。
誰だっていつかは死ぬんだよ、いい加減認めたらどうだ」

【和行】
「お前、いい加減に!」

しろと云うのと同時に、上村君の顔めがけて拳を打ち込んだ。

……つもりだったのだが、予期していたのだろうか?
上村君はそれよりも早く僕の腹部に拳を沈み込ませていた。

【和行】
「ぐっ、ぁ……」

痛みと、上手く出来ない呼吸に思わず座り込んでしまった。

【上村】
「二度と俺の前で慶子の話題は出すな。
お前も、くだらない思い出なんて忘れちまえ」

【和行】
「かみ、むら……」

【慧魔】
「いけないなぁ、手なんか上げちゃ。
勿論悪いのは上村君ではなく、和行君の方だけどね」

【和行】
「かるや、さん……」

【慧魔】
「今晩は、お二人さん」

月明かりの中で火の付いたタバコが一際妖しく輝いている。
上村君は狩夜さんの登場が予想外だったのか、状況を理解するのに時間がかかったようだ。

【慧魔】
「こんなにも月が綺麗な夜に喧嘩なんて、無粋なことね」

【上村】
「俺は喧嘩なんてする気は毛頭ありませんよ。
ただ、和行のやつは俺のことが気に入らないようでしてね。
邪魔者はすぐに消えますから、手当てでもしてやってください」

【慧魔】
「ノン、君を呼び出したのは私なんだよ。
和行君に頼んで、そして彼にもこの場所に来てもらったの」

【上村】
「貴女が? 俺に何か用でも?」

【慧魔】
「ええ勿論、これからの彼方にとってはとても大事な、ね」

ふかしていたタバコをペッと穿き捨て、靴底でもみ消した。
口から煙を出し切ると狩夜さんは少しずつ語り始めた。

彼が呼び出された理由、それと……

彼の最後の時間について……

【慧魔】
「私に一つの依頼がきてね、その依頼を達成するにはどうしても彼方が必要なの」

【上村】
「俺がですか、それはまたなんで?」

【慧魔】
「ある一件のことで、依頼人は彼方のことを酷く憎んでいる。
例え彼方が死んだとしても、依頼人は彼方を許さないそうなのよ」

【上村】
「へえ、そうなんですか」

上村君はちらりと俺の方に眼を向ける。
名前は出さずとも、すぐにそれが僕であるということに気付いたようだ。

【上村】
「別に許してもらおうなんて思っちゃいませんよ。
その依頼人とやらに云ってやってください、お前がどう思おうとお前の勝手だと」

【慧魔】
「確かに受け取りました……
だけど、依頼人は彼方とは二度と出会いたくないそうよ」

【上村】
「そうですか、だったら好きにしてくれと云ってください。
お前がどう思おうと、俺は自分の考えは曲げませんから」

【慧魔】
「君、結構根性が据わっているのね。
さてと、それじゃあそろそろ本題に入ろうか」

【上村】
「本題?」

【慧魔】
「ええ、云ったでしょ、依頼を達成させるって。
依頼人の感情は『怒り』、そして『怨み』……それと、依頼人の望みは」

僕の望み、僕が望んだことって……

【慧魔】
「彼方のいない世界、つまりは……彼方の『死』」

【和行】
「!」

【上村】
「なっ!」

冷淡な口調で淡々と語る狩夜さんの死という言葉に、僕たちは凍りついた。
特に『死』を告げられた上村君は僕以上に言葉を失ってしまっていた。

【慧魔】
「覚悟はよろしいかしら? 罪人さん」

【上村】
「な、なんだよ罪人って!
俺は何も悪くない、俺は誰にも迷惑かけちゃいない!」

【慧魔】
「ええ、彼方の真意の中ではね。
ただ、それに納得できない人もいるってことよ……和行君のようにね」

【上村】
「くっ! 付き合ってられるか!」

【慧魔】
「レ〜ちん♪」

狩夜さんが親しい友人にでも呼びかけるように名前を呼んだ。
すると何もいない空間に黒い筋が現れ、その筋は開眼するようにガバっと大きく開かれた。

真っ黒い空間の中から、女の子が一人姿を現した。
黒いワンピースに白いエプロン、まるでどこかのメイドのような出で立ちだ。

【レーナ】
「お呼びですか? 慧魔様」

【慧魔】
「お仕事の依頼よ、被告は彼、お願いね」

【レーナ】
「承りました、では」

【上村】
「な、なんなんだあんたらは!?」

上村君は突然現れた女の子に完全にパニック状態になっていた。
実際僕もかなりおかしい状態なんだけど、考えてもきっと納得いく答えは出ないだろう。

【レーナ】
「失礼いたします」

【上村】
「いつの間に……!」

一瞬の出来事、女の子は上村君の目の前まで迫り
懐から取り出した短刀で上村君の胸を一突き……

【慧魔】
「お見事、心配しなくても死んではいないよ。
これから、彼には裁判を受けてもらわないといけないからね」

この異常な状況の中、僕に語りかける狩夜さんの声はどこか優しく
それが余計に僕の思考を滅茶苦茶にさせる。

胸を突かれた上村君は口から白い靄のようなものを吐き出した。
靄は次第に何かの形へとなり始め、最後に形作られたのは上村君の姿と全く同じ形になっていた。

【慧魔】
「それでは始めましょうか。
彼方の魂のビーカー、拝見させてもらうわよ」

【レーナ】
「大丈夫ですか?」

【和行】
「……えぇ、もう痛みも治まってますから。 彼方は?」

【レーナ】
「ご質問にはノーコメントでお願いいたします」

【和行】
「そうですか……あの、狩夜さんは一体何を?」

【レーナ】
「……裁判を行っている、としか私にはお伝えできません」

僕は上村君に殴られた際気を失って今は夢でも見ているのだろうか?
だってそうでもなければ、こんな奇妙な世界でこんな奇妙な現象が起こりうるはずがないのに……

【慧魔】
「なるほどね……残念だけど、彼方の罪はもう溢れてしまっている。
よって、彼方に有罪の判決を下します」

狩夜さんの右手にはどこから取り出したのかシャクが握られていた。
そのシャクを上村君の靄に突きつけ、最後の言葉を語り始めた。

【慧魔】
「主文! 狩夜慧魔の名において、汝を断罪に処す!」

ターンっと甲高い音が一つ鳴り、上村君の靄が水の波紋のようにゆらゆらと揺れる。
靄は世界と同化するように消え去り、上村君もその場に倒れ込んだ。

上村君の体の色という色が一つの灰色で統一され
風も吹いていないのにその体はまるで粉雪のように散り散りに舞い上がってその形を全て消し去ってしまった……

【慧魔】
「これでもう、彼と君が同じ世界で出会うことはなくなったよ」

【和行】
「どういうことなんですか……?」

【慧魔】
「人にはね、『縁』っていうものがあるんだよ。
君と彼は今回であったのが初めてだと思うだろうけど、実はもっと昔に君たちは出会っていたんだよ?
そしてこの縁というものは決して崩れない、二人が死んでしまっても必ずいつかどこかで君たちはまた出会うんだ」

【和行】
「生まれ変わりとでも云うんですか?」

【慧魔】
「そういうことだね、勿論昔の記憶は一切残らないから遠い昔に出会ったことなど覚えていない。
二人が死んだ後5年後か10年後か、もしくは何世紀も経った後になるかはわからないけど、必ず二人はまためぐり合う。
残念ながら、彼女はその縁の中には入っていないのだけどね」

【和行】
「確証が一切ない話ですね、そんな話を信じろって云われても……」

【慧魔】
「信じる必要はないよ、それも君の自由だからね。
だけど、その縁ももう二度とこない、たった今彼の生まれ変わりを全て絶ったのだからね」

【和行】
「そうだ、上村君は、どうなったんですか?」

【慧魔】
「私が殺した、本当は裁いたんだけど、君には殺したと云った方がわかりやすいでしょ?
輪廻の輪には戻さず、終わりの無い無間地獄に魂を向かわせた」

【和行】
「わけが、わからないですよ。
それに何も、殺したなんて云わなくても……」

【慧魔】
「そう思うでしょうね、君にとって私は理解できるような存在ではないのだからね。
だけど君は一つ忘れている、これは君が一番望んだ世界だということをね」

【和行】
「僕が望んだ世界……」

【慧魔】
「君は彼のいない世界を望んだの、私が答えを出さなくても良いと云ったにもかかわらずにね。
彼の罪は溢れていた、だから私は裁きを下した、だけどね……君にも罪があることは忘れちゃダメだよ」

【和行】
「僕の罪は……」

【慧魔】
「悔いも後悔も無いと誓ったんだから、罪は背負い続けるんだよ。
未来永劫続いた彼との縁を断ち切ったのだからね」

【レーナ】
「慧魔様、それ以上追い詰めるのはもう……」

【慧魔】
「それもそうか……それじゃあ和行君、次は君が悩む番だ。
彼の死を望んだ君は、これから君自身を憎むはずだよ。
それに負けるようなら、君も無間地獄行き……その裁判だけは、させないでよ」

女の子は再び現れた筋の中に飛び込んで姿を消し。
狩夜さんも大きく開かれた黒の中へと足を踏み入れた。

【和行】
「ぁ、待って下さい! 狩夜さん、あなたは一体……」

【慧魔】
「私? そうね……弱い者の味方、かな?」

ニッと子供のような笑みを見せると、狩夜さんはその姿全てを黒の中へと沈めてしまった。

【和行】
「上村君……」

あんなに憎んでしまった友人の名前。
今はとてもじゃないけど云えないが、きっと僕はいつの日かこう云うことになってしまうのだろう……

「ごめん……」

と……

……

【レーナ】
「宜しかったのですか? 生者を勝手に裁いて地獄送りになんてして」

【慧魔】
「それが彼の願いだった、私はそれを叶えてあげただけよ。
彼のビーカーはもうこぼれてしまっていたし、どの道地獄行きは免れなかったわよ」

【レーナ】
「あまり勝手気ままをなさいますと、お父様に叱られますよ?」

【慧魔】
「父さんはそういうの煩いからね……でもまあ、その時はその時だよ。
跡取りは私一人しかいないんだし、あまりきつくは云ってこないと思うけどね」

【レーナ】
「王であっても、娘には敵わないということなんですね」

【慧魔】
「お説教は好きみたいだけどね。
たぶん私と一緒にレ〜ちんも呼ばれると思うから覚悟しておいてね」

【レーナ】
「わかっているのなら初めから裁かないでいただけるとありがたいのですが……
それと、あまりその呼び名で呼ばれるのはちょっと……恥ずかしいですから」

【慧魔】
「云ったでしょ、弱い者の味方だって。
例えそれがどんなに醜い考えだったとしても、私が裁かなければならないの」

私は裁かなければならない。
この現世の中、裁きを行えるのは私だけなのだから。

どんなに酷い願いであったとしても、どんなに悲しい願いだったとしても。

【慧魔】
「私は……閻魔の娘なんだからね」

死者を裁けるのは閻魔王ただ一人。
娘である私には、生者を裁くことしか許されない。

それが死者を裁くこと以上に辛いことだとしても。

それが、閻魔の娘である私の『罪』なのだから。



END





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